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悲劇の果てに、夜は絶え

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悲劇の果てに、夜は絶え ◆/Vb0OgMDJY


島の北部に位置する施設、病院。
この島の構造から考えると明らかに不似合いな位置にあると言わざるを得ない施設。
島内唯一では無いのかも知れないが、最も大きな治療施設が交通の不便な場所にあるというのは甚だ不自然な立地条件である。
大学病院などの研究施設も兼ねているのであればその範疇では無いのだが……だがしかし、今はそんな事はどうでもいい。

「やっぱり……中に誰も、いませんよ」

少女の声が響く。
告げた相手は、長い髪に片目を眼帯で隠した男。
『静謐な病院』
その言葉が似合うとおり、病院は限りなく静かな場所であった。
男……九鬼が捜し人たるウェストを置いておいた場所には誰の姿も無い。
念のために、と別れて探索してみたものの、病院内の何処にも人の姿は無かった。
隅々まで見たわけでは無いので、何処かに隠れているという可能性も無くは無いのだが、九鬼の知る、また少女……美希が把握している限りのウェスト像には、おおよそ静かに隠れるなどという言葉は存在していない。
つまり、ここには捜し人は存在しない事になる。

では、一体どこへ、行ったのか?

まず、ウェストとて理由も無くうろつきは……しそうではあるが、それでもこの場所に人が来ると知っていれば幾らなんでも自重するだろう、多分。
そうなると、ここを離れたことには何かしらの理由があるに違い無いのだが、それは何か?
まず、最も簡単に考え付くのは第三者による接触であろう、この場合は、害意を持つ第三者という事になるが。
襲われて、この場から逃げ出した。
或いは、ウェストの技術目的で何者かが拉致した、というケースも考えられるだろう。
他に最悪のケースとしては、既に殺されて、埋められているという可能性もあり得るか。

だが、九鬼はその情報を、一つ一つ、否定していく。
この病院内には、『何か』があったという痕跡が、限りなく少ない。
何者かが侵入した、と思われる部屋は、僅かに3つ。
一つは薬剤関係を保管してある場所で、(何故かご丁寧に調合してある上にラベルまで付いていたが)この病院に来た何者かが持っていった事は想像に難くない。
そして、もう一つがこの部屋、九鬼がウェストを置いておいた部屋である。
分類としては、診察室になるのだろうか?
ごちゃごちゃにものが置かれ、汚い字が書き連ねられている紙や、何かを縛っていたと思しきロープなどが転がっている。

僅かに残された痕跡から判断するならば、ウェストは目覚めた後、薬剤倉庫を訪れた、またはそれ以外の第三者から首輪を受け取り、そして、この部屋で紙に書いたりしながら首輪を分解した、と考えるのが自然だろうか?
全てにおいて美希達に都合良い妄想なのだが、可能性としてもそう悪いものでは無いのだ。
まず、襲撃があったにしては、この病院は綺麗すぎる。
火薬の匂いもしない、新鮮な血の匂いもしない。
銃器や鈍器などが使用された形跡も無いので、何者かが正面から襲って来た、という可能性は低い。

また、寝ている間に殺害され、死体を隠された、という可能性も低い。
よくドラマなどでも言われるが、殺人犯が一番困るのは、死体の隠し場所である。
人体とは重く、大きいものである。
人を背負うにしても、生きている人間と死んでいる人間では、力の入り方によって重さが変化する……平たく言うと、死んだ人間の方が運びにくいのだ。
この部屋から、人の身体を運び出した痕跡が廊下に無い以上、何処かに死体を隠された、とは考え難い。
そもそも、隠す動機といもの自体、薄いのだ。

この島には死体が幾つもあり、わざわざ隠す人間といえば……美希のような人間達くらいだろう。
ただ、その場合はこの病院に複数の人間がいて、その場で殺害する必要がある場合などに限られる……少なくとも、美希が一人の時に寝ている人間を見つけて、殺したとして、それを隠す理由など無い。
九鬼に言わせると、他には捜索することを誘導し罠を仕掛けておく。
或いは、人に知られては不利になる殺害方法を所持しているというならば、死体を隠す可能性はあるそうだ。
前者は兎も角、後者はあながち否定は出来ないものではあるが、そういう殺し方をするのは大抵女子供の非力な人間で、痕跡を残さず死体を運ぶのは難しい……のだそうだ。
余談だが……やっぱり、九鬼は警戒しておいたほうがいい相手かもしれない、と美希は考えた。

兎に角、どれにしろ可能性としてはごくごく僅かな物でしかない。
故に、ウェストは目覚めて、作業を行なった可能性が最も高い。

この部屋の紙に残された情報が、恐らくはソレの痕跡と見受けられる。
ウェストは首輪を所持してしいなかったが、それは第三者が所持していたと考えるべきだろう。
首輪を持った第三者がここを訪れる可能性もかなり高い。
何しろ、この島で首輪をどうにか出来そうな施設と言えば、他にはせいぜい大学くらいだろう。
その何者かが、ウェストに出会ったのならば、彼に首輪の解析を依頼する可能性も、低くは無い。
まあ彼の中身を知っていれば、の話ではあるが。

最も、その後にどうなったのか、までは不明である。
その第三者とともに行動していると考えるべきか、その場合ならば、ありえる可能性は2つ。
一つは、首輪が解除出来た、又は出来る場合。
主催者側の手がどこまで及んでいるのかは不明だけど、もし美希が主催者なら、誰かが首輪を外した時点で、他の首輪を爆破する。
……まあ、そこまではしないにしろ、参加者側に何らかのアクションを起こすのだろう。
次の放送でそれが行なわれる、という可能性もあるけれど。
ウェストもそう考えたのならば、解除する前に出来うる限りの仲間を見つけようとする筈だ。
その第三者に仲間がいて、合流しに行ったのかもしれない。
いずれにしろ、この病院に帰還する可能性は、それほど高く無い。

そして、もう一つ。
首輪が解除できなかった場合だ。
こちらは色々と問題が多いが、それは割愛するとして。
その場合は、多分次なるヒントを求めに行った、又は必要な器具を捜しに行ったという所だろうか。
第三者が、何か重要な手がかりを得ていたという可能性もあるか、美希のパソコンのように。
この場合は、設備のある病院に再びやって来るという可能性も半々程度には存在してはいる。
……が、それが何時になるかは不明であるし、ウェストらが何者かに襲われないとも限らない。
この場を本拠地とするなら兎も角、そうでないならば此処に留まる理由は殆ど無い、のではあるが……

「さて、じゃあ、案内してもらおうか」

ポツリと、九鬼が告げた。
余りにも唐突に、かつストレートに九鬼が告げた故に、美希は最初、それが自分に向けられた言葉だとは思わなかった。

「……案内?」
「決まってるだろう……涼一の、双七の仇が居そうな場所だよ」

とりあえず頭に浮かんだ疑問に対し、返された答えは至極シンプルなものであった。
美希にしても、九鬼がそういう質問をしてくるという事自体は、考えないでもなかったのだが…それにしても唐突過ぎるというべきであろう。

「……ウェスト…さんは良いのですか?」

とりあえず、と常識的な範囲の回答をしてみる。
最も、
(ううん、そうじゃ無くて)
と心の中ではこの対話自体が間違っていると理解はしていたが。

「ヒントも何も無いんだ、未だに殺しあっているよなバカがいるんだ、まずはそっちを片付けてからの方がいいだろうよ。
 それで、結果としてウェストの身の安全に結び付くだろうしな」

表面だけみれば、会話の内容には不自然な部分は無い。
だが、その会話は明らかに不自然だ。
不自然に始まってしまったものであるのに、続いている事自体が、何よりも不自然だ。

「ここからだと、来た道を戻る事になりますよ?」
「そうか、なら尚の事ウェストは安全だ。
 行き違った心配が無いからそっちに行った訳じゃない。
 間に合わないという事は無いからな」

確かに、言っている内容は正しい、だが、破綻している。
いつの間にか、ウェストの捜索が二の次になっている。

「怖いんなら、場所だけ教えてくれればここで待っていてもらってもいいが?」

この相手に、駆け引きは意味が無い。
美希よりも……いや、事によっては太一と同じくらい、人として何かが異なっている。
その内に秘めているのは、太一のような得体の知れないものであるが故の恐ろしさ、では無い。
その内に秘めるものが何であるのか、漠然とではあるが理解は出来る。
そう、理解出来るのだ。
これは、丸腰で飢えた獣の前に放り出された、といった感情だろうか。
人の姿をした、人ではないもっと恐ろしい何か、あの時の鉄乙女とも異なる……理性を持つ獣。
……いや、読んで字のごとく、鬼というべきか。
人の皮を被った、人を喰らう魔獣というのが、最も判りやすいだろうか?

飢えた獣に、交渉は意味が無い。
自分が餌にされるか、他の餌を差し出すかの二択だろう。
幸い、この獣はまだ餌を選ぶだけの理性を持っていて、その上美希の手には大好物の餌が存在している。
美希自体がどうにかされる危険は限りなく低い……今の所は。

もっとも、お預けをすれば即座に襲い掛かって来ることも想像に難く無い。
本当にどうしてこんなのがあのお人好しの師なのかは知らないが、場所を聞き出す為なら恐らく相当な行動をも行なう筈。
だから、素直に教える、か嘘を教えるかだけれど、

嘘を教えるメリットは、余り無い。
近場と騙してこの強力な戦力を手元に置いておくという利点はあっても、バレた時のリスクは高い。
そして、この場合は、確実な物証、即ち双七の遺体が、その場所に無ければいけない訳であり、疑念を抱かれるには十分だろう。
だから、

「わかりましたよ、最後に双七さんと別れた場所まで案内します」

普通に答えるより他にないのだ。
そして、この地に一人残されるのと、九鬼と行動を共にすること、安全とは言い難いものの、九鬼と共に居た方が若干安全かもしれない。
……というか、多分九鬼は以後美希の事など放っておく公算が高い。
ざっと目を通した限りでは、今生き残っている中で九鬼クラスとまではいかなくても強くて、尚且つ確実に安全な相手は、既に居ない。
九鬼が安全かと言われると微妙なラインではあるが、それでも彼の実力は惜しい。
だから、同行するしか、無い。

ただ……

「一応……書置きだけは……残しておきませんか?」

必要になるかもしれない保険だけは、残しておく事にした。


夜の街に、一片の蝶の影が舞う。
青く美しい羽をはためかせ、
燐粉に月光を反射させて、
夜の闇のなかでも、一つの芸術のように、ヒラヒラと舞い続ける。

だが、その美しさは、ある種の不吉さを、見るものに励起させる。
基本的には日中に活動するものであるが故に、夜の蝶々は、仏の使いや、死霊の化身など、死や霊を連想させられる。
そう、あたかも、この島という死の近い場所において、次に死後の世界へと案内される相手に向かうかのような禍々しさを、その美しさの中に併せ持っていた。

その、蝶、否、それは蝶ではなく、紛れも無い人の…少女の姿である。
その青い髪、白と青の襦袢、白い肌、そのすべてに夜気を纏う少女は、夜闇を進む。
あたかも、彼女自身が、夜の化身であるかのように、ヒラヒラと、ヒタヒタと、もう大分低くなった月明かりの下を進む。

(桂ちゃん……)

まるで、そう、正しく一夜の夢のようであった。
彼女の身体を満たす力が、先ほどまでの桂の姿が幻では無いと告げるが、それは事実確認に過ぎない。
もはや、彼女-羽藤柚明-は最愛の少女たる羽藤桂に会うことは無い。

もう、決めたのだから。

既に、この手は血に塗れ、桂の手をとる資格なんて存在しない。
いや、そもそもあの桂の手を取る資格があるのは、ただ一人。
既にこの世のものでは無い、あの人だけ。
柚明は、その人を桂に再会させるために、進む。
羽藤柚明では無い、唯のユメイとして、オハシラサマとして、桂を守る。
桂の居るべき安息を、取り戻す。
今の柚明に出来るのは、ただそれだけ。
その他の事柄は、些事に過ぎない。
その手にかけた少女の事も、今桂を守っている少女達のことも、全ては過去の幻影に過ぎない。

ただ、一つの目的。
桂以外の全ての人を手にかけ、桂を最愛の人と再会させる。
その為に、薄青い翅をヒラヒラとはためかせ、夜の街を美しい蝶々が進む。

夜の中、人目を引く美しい蝶々は、他の全てを幻影とし、ただ進む。
己が、夜の主とばかりに。

無警戒に、

無防備に、

「…………え?」

……既に、己が蜘蛛の巣へと絡めとられて居たとも知らずに。

蝶々の翅のはためきが止まる。

その青く美しい翅を地に落とし、片方を赤く染めて。

そこで、ようやく蝶は己の片翅を染める赤の正体と、その意味に気がつく。

片翅を襲う熱さは、哀れな獲物に付き立てられた捕食者の牙―銃弾―であり、そしてこの場所は、すでにそのテリトリーであると。

捕らわれた獲物は、その檻からどうにか逃れようと、再び羽ばたこうとする。

だが、既に遅い。

蝶々は既に蜘蛛の巣に囚われ、その翅はもう羽ばたく事は無い。

一度蜘蛛の巣に絡めとられた獲物に待つ運命は、一つしかない。

のろのろと、何とか肩を抑えて歩き出した柚明の、腹部を貫く、新たに熱く、重い衝撃。

哀れな獲物に振り下ろされる、蜘蛛の無慈悲な牙は、再び、今度は致命的な場所へと、突き刺さったのであった。


(終わりだな……)

狙撃の為に固定していた腕を解き、銃を下ろす。
念のための第三射を用意していたが、どうやら必要は無さそうだ。
命中した箇所は恐らく肩と腹部。
現在の血の広がり方ならば、数分後には致死量に達するだろう。
トドメを刺してやることも考えたが、必要無いだろう。
多少長く苦しむことになるが、そんなことを気にしてやる理由も無い。
それに、観測手もいない上に、命中率の落ちる直立の体制からでは流石に急所を打ち抜くのは厳しいものがある。
一人ならば兎も角、

「見事です」

最終的には敵対するかもしれない相手が側に居る状況では、スキが丸出しになる姿勢は取れない。
深優が直に牙を向くとは考えていないが、それでもかつてのキャルのように信頼できる相手では、断じてありえない。
故に、ある程度の距離を、置いておかねばならない。

「しかし、良かったのですか?
 彼女が、何かしらの情報を持っている可能性もありましたが」

……それなりに距離があるとはいえ、人が物に変わる瞬間を目にしておきながら、その涼やかな声は揺らぐ事が無い。
元より、感情をあまり表に出さない相手であるが、人の死に対する感じ方自体、異なるのかもしれない。
むしろ、会話もせずに殺したという事に対する疑問すら、ぶつけて来る。
彼女にあるのは、ただアリッサという目的に進む意思と、それに繋がる為の事柄を学ぶという貪欲さのみ。
内に、強いものを秘めていることを知っているが、それは恐らく、そのものと対峙したとき以外には、現れる事はないのだろう。

「お前の情報だと、首輪に関して役立つ技能は所持してはいない。
 こんな状況下で一人で出歩くということは、仲間を失ったか別れたか、いずれにしろ人探しにはそれほど役に立たない。
 そして、所持品は死んだらゆっくり奪えばそれでいい」

ある意味では深優は、玲二と同じような存在である。
人をそのように育てたのか、人から作ったらそのような存在であったのか、程度の差だろう。
迷いも、憎しみも無く、ただ精密な機械として在り続ける。
たった一つの事柄を除いて、だが。
だから、今しがた少女の命を奪った事も、今死に行く……既に死んでいるかもしれないが、彼女…ユメイと言ったか、の事もどうでもいい。

「……ええ、確かに彼女が私たちに役立つ情報を所持している可能性は低いと思いましたが」

ユメイ……服装と名前からすると日本人。
もはや慣れたものではあるが、不思議な力の使い手。
その力も、死んでしまえば何の意味も無い。

「……後一分ほど、この場で監視した後に道具を回収しに行く」

死にかけた状況で何か出来るとは思えないが、念には念を入れておく。
ダイナマイト等を所持していて死なばもろとも、という事も無いとは限らないのだから。
そうして、長くもなく短くも無い時間の末、

「行くぞ」

背後の深優には振り返らず、歩き出した。


遠くで、青い蝶々がいきなり地面に落ちた。
何が起きたのかと聞かれると、そう答えるのが自然だろう。
無論、事実としては異なる。
思わず駆け出そうとする山辺を止め、物陰に隠れるようにしながら慎重にその蝶に近づく。
見えてきたのは、青い着物を着た少女。
それが、恐らくは遠距離からの狙撃によって、撃たれた、という所だろう。

(……致命傷だな)

ある程度近づいたことで、状態が少しずつ見えてきた。
傷そのものはどうにか成らない事もなさそうだが、いかんせん血を流しすぎている。
撃たれて直に止血していれば助かったかもしれないが、最早今から病院まで運んでも……いや、既に手遅れか。
どの道、治療できそうな知り合いも居ない。

「…………ユメイさん」

隣の山辺の口から、人名が漏れる……目の前の少女の名が。
ユメイ……何処かで聞いた名前。
……ああ……そうだ、確かあの時。
あの……そう、あの赤い男に、あの少女……何と言ったか…確か羽藤、が殺されかけた時。
その少し前に、羽藤から聞いた名。

(…………ちっ)
知らず、歯を強く食い縛る。
あの時、赤い男を殺しておけば、良かった。
そうすれば、結果として涼一が死ぬことは、無かったのだから。
その羽藤と別れたのは、電車が恐らくはあの男の手による……狙撃によって破壊されたからだが……そう考えると狙撃という戦い方自体が、気に食わない。
涼一のことが好きだったらしい、一乃谷刀子が死んだ時も、結果としては狙撃が影響している。

……そう、
遠くから、一組の男女の姿が迫る。
間違える事の無い……あの男の、狙撃によってだ。
どうやら、多少の縁はあるようだ。

「……あ」

と、そこで声を出した山辺に、視線を向けて、黙らせる。
聞こえはしないとは思うが、それでも直線距離にして約50メートルくらい、それなりに近い距離に奴らは要る。
森の中なら兎も角、この街中で脇に山辺を抱きかかえて撤退するというのは、あまり気が進まん。
それに、時間の無駄にもなる。

「深優……さん?」

だが、黙らせたにも関わらず、山辺の言葉は続く。
……ミユ?

「知り合いか?」

苗字だか名前だかは知らないが、響きからすると女の名前のようではある。
それがどういう知り合いなのかまでは知らないが。

「はい、えと、あの女の人は深優さんという人で……
 ……私が双七さんと別れた時、双七さんと一緒だった筈の、……仲間、の人です」
「……何?」

どういう、事だ?
あの男の方は、間違いなくこのゲームとやらに従い、他者を殺すのを主目的としている。
そんな男と、共にいる女。
それが、元々は涼一の仲間だったと。

「……少し、此処で……いや、どっかに離れて隠れてろ」

顔も見ずに、山辺に伝える。
残念だが、それ以上に気を使ってやる気は無い。
そして、返事を待たずに、姿勢を落とし、家々の壁や塀に隠れるように、男達の進行方向、死んだ少女の下に向かう。
深優とかいう少女は、男と共にユメイとかいうのの死体の下に移動し続けている。
その動きは、ある程度の警戒心を含みながら、それでいて男に対する敵意などは存在していない。
少なくとも、深優とかいうのが男にイヤイヤ付き従っているようには見えない。

ならば、出てくる結論は一つしかない。

静かに、音も無く、それでいて素早く。
男達の近く、数歩で拳が届く位置まで移動し……

「よう」

声を掛けた。


退くには、近すぎる。
まず、最初にそう感じた。
油断、としか言いようが無いだろう。
第三者の介入があり得ないとまでは思ってはいなかったが、それでも死んだ少女に意識が向いていて、他への警戒が弱かったのは事実だ。
そして、距離にして10メートルも無い位置。
以前の男の能力から考えると、近すぎる距離だ。

だが、それで即座に撤退できるかというと、そうではない。
一人なら兎も角二人いる状況では、行動には意思疎通の為の対話が不可欠であり、それだけのスキを与えてくれる相手では無い。

「何の、用だ?」

とりあえず、奇襲はされなかった。
油断せず、何時でも行動できる用にしながら、男の方を見る。
……まだ、銃は向けていない。
いきなり襲い掛かられていたら、かなりの被害を受けていたのは間違い無い以上、ある意味では僥倖とするべきか。
とは言え、何がきっかけになるか判らない以上、迂闊には動けない。
なので、どうにか、有利な状況に持っていく為に、会話に乗る。
……とは言え、その会話の内容で油断してくれるなどとは思えないが。

「ちょっと、そっちのお嬢さんに聞きたい事があるんだがね」

男の表情は、いまいち判断に困る。
元より右眼を眼帯で覆った人相の悪い顔。
その顔には、軽い『笑み』のようなものが浮かんでいるかのような錯覚を覚える。
何か、前に出会った時とは、異なるものを感じる。

「……何ですか?」

深優が答える。
その声には、何時もどおり感情は感じられないが、それでも多少は強張っているようだ。
内容としては、恐らくユメイという少女を殺した事についてだろう。
そして、その事を言い逃れできるような材料は無い。
別に言い逃れする気など元から無いが。

「お前さんは、そいつの仲間なのか?」

だが、内容は予想を裏切っていた。
質問の意味は、よく判らない。
いや、内容は判るが、この場において重要な質問とは思えない。

「……ええ、彼とはある協定を結んでいます」
「そうか……」

多少の戸惑いの後、深優が答える。
誤魔化した所で、あまり意味は無い。
深優が何処かのグループに忍び込んで、内と外から挟撃する、という選択肢が難しくはなったが、それだけだ。

「……そうか」

男の口数は、少ない。
そして、感情も笑みに隠され、見通せない。
俺とともに深優も攻撃すると、決めたのだろうか?
……いや、あの笑みには、どこか、覚えがある。

と、そう考えた瞬間、
一瞬にして、男の身体が、倍以上に膨らむ。
いや、それは膨らんだ訳では無くて、

「深優!下れ!」

男が、素早くダッシュし、こちらに飛び掛ったのだ。


一足飛びで5メートルの距離を縮め、後一秒後にはその突き出した拳はこちらに届くだろう。
……何も、しなければの話ではあるが。

既に、手が届きそうな位置に居る男に向け、M16を構える。
何とか、相手に殴られるよりも先に構える事に成功し、セミオートで発砲。
獣の唸り声のような音を立てて、秒速975mという速度の5.56mmライフル弾が、秒間15発の密度で吐き出される。
オートでは二秒足らずで弾丸を使い果たしてしまうが、それでも構わない。
相手のコートが防弾であることは確認済みだが、それでもこの密度の銃撃による衝撃を受けては、肉体の方が持つ筈が無い。

トリガーの重さが変わり、弾倉が空になった事を確認して、まず全力で後方に飛ぶ。
相手は、強力な接近戦能力者。
致命傷を与えていない限り、近くにいては攻撃される恐れがある。
咄嗟のことで正確に狙いをつけられ無かったとは言え、少なく見積もって20発中12~5発は命中している筈。
当たり所にもよるが、まず数秒は動けない。
コートを外れて肩にでも命中していれば、それだけでほぼ勝利した事になるのだが……

と、そこまで思考した段階で、玲二は己の読みが甘すぎた事実に気が付く。

人は、飛ぶようには出来ていない、これは純然たる事実である。
そう、飛ぶように出来ていないのに、後方に飛んだ玲二は、地面に着地するまでのホンの数秒…瞬きする程度の時間の間、その身体の自由は奪われる。
普通に考えれば、致命的になど到底なり得ない僅かな時間。
だが、

(…………な)

その、正しく刹那とも称するべき時間の間に、『来た』
頭部を、交差した両の腕で守り、可能な限りに身体を低くして、全身で体当たりするかのような勢いで、九鬼が玲二に迫る。

(んだと!?)

それは、普通では、いや普通でなくともあり得ない。
常人ならば、防弾チョッキを纏っていようと、M16の口径ならば骨が折れて衝撃でショック死することもあるというのに、だ。
正面から、真っ直ぐに突き進んだのならばそれこそ20発全てをその身で受けていてもおかしくないというのに。
その、正しく常人なら10度殺せるだけの衝撃を、正面から打ち破り、無人の野を進むがごとく、

(くっ!!)

男は迫り、そして右の掌、掌打を突き出す。
走った勢い全てを乗せ、
玲二に攻撃を届かせる為の最期の一歩、右足の踏みしめるその一瞬前。
左足から腰の回転を経て生み出される全身の運動エネルギーと、全体重を乗せた右の一撃が、玲二に放たれる。

「がはっ!」

咄嗟に、銃を持たない左腕で何とか防いだが、到底防ぎきれる衝撃ではない。
玲二の口からは、苦悶の声が漏れ、衝撃で後方に飛ばされる。
何とか尻餅を付かずに両の足で着地した玲二に、

「おおっ!!!」

九鬼の追撃が迫る。
掌打の際に地に着いた右足より生じる全てのエネルギーを掌打とは逆の方向に回転させ、そのエネルギー全てを、乗せた左脚が、玲二に迫る。
大木すらへし折りそうな風音をたてて、死神の鎌のような一撃が、玲二に迫る。
……玲二とて、単なる狙撃屋などではなく、最高の名を与えられた殺人者、ファントムである。
掌打で飛ばされたとて、その後、一秒の間があれば迎撃の姿勢まで持っていける。
そして、掌打を受けたのが、後方に飛んでいる間であったことは、この際大きな意味を持っていた。
元より慣性が後方に向かっていた上に、空中にあったが為に、九鬼の掌打の威力の全てが効果的に伝わった訳ではなかった。
恐らく、身構えた状況であったのならば、受けた左腕が折れていただろうその一撃は、結果としてヒビすら生じさせていない。
……だが、その全てを帳消しにする程のマイナス点が、この追撃を受けている状況である。
元より不自然な姿勢に攻撃された為、身構える為の一秒、その一秒が、生み出せない。
九鬼とて、その事実を認識していたからこそ、蹴りでもって追撃を行なったのであろう。

そして、その蹴りはもう直側に迫る。
受けるのは、不可能。
少なくとも二箇所か三箇所、小さくないダメージを受ける事になる。
カウンター等も不可能。
そうなると残る選択肢は一つ、回避、しかあるまい。
……だが、どうするのか?
足は着地の姿勢であり、このままでは跳躍も移動も不可能。
足を使わずに、攻撃を回避する、そんな事が可能であろうか?
答えは、……是

「!」

九鬼に、僅かな驚きが走る。
玲二は、蹴りの着弾する直前、銃を後方に投げ捨て、『前に』攻撃をかわしたのだ。
具体的には、迫る足の『下』
前転するようにして、九鬼の左足をくぐり抜け、彼の左側へと身体を移す。
後方に転がれば、今度は更に不自由な姿勢で追撃を受ける事になる。
また、九鬼の右側、玲二から見て左側に移動するのも、下策であった。
右から迫る攻撃を、左に避けるというのは理には叶っているが、九鬼のように身体の捻転を多様する攻撃方法を持つ相手には、蹴りの勢いを殺さずに、そのまま追撃されてしまう為、下策となるのだ。
それに対して、身体の回転軸の外側になる九鬼の左側ならば、即座の攻撃は不可能となる。
一手か二手、時間を稼げる事になる。
加えて、玲二はその回転の最中に、左手で腰からコンバットナイフを逆手に抜きはなち、九鬼の左足を切りつける事に成功していた。
転がりながらな為に威力も狙いも甘いものでしか無いが、それでも一方的に攻撃されるままという『流れ』から、逃げ出す事に成功したわけだ。

そして、回転の勢いを殺さずに立ち上がり、九鬼の方向を向き直る。
その時丁度、九鬼の右後ろ回し蹴りが放たれるが、姿勢としては玲二のほうが有利。
難なくかわし、その次に放たれようとしていた左の掌打を、ナイフの動きで牽制し、止める。
圧倒的に不利な姿勢から、なんとか玲二は互角の位置まで戻した事になる。

とはいえ、これは玲二が有利という事実には繋がらない。
そもそも、距離と銃という圧倒的なアドバンテージを有していながら、互角の状況にまで持ち込まれてしまったのだから。
加えて、九鬼の一撃は容易に玲二を戦闘不能にするが、玲二がそれだけのダメージを与えるのは、左手に逆手に構えたナイフしかない。
そして、そもそも判りきった事実だが、迫撃において九鬼は玲二を圧倒的に上回っている。
状況だけを見れば互角のようだが、状況は圧倒的に九鬼の有利である。

玲二が、『一人』ならばであるが。


空中を半回転するように、深優の右腕と共に振り下ろされた『光の翼?』とでも形容するしかないそれを、九鬼が後方に移動して回避する。
恐らく、風切り音を立てて迫る得体の知れない武器を見て、一度引いた形だろう。
その機を逃さずに、デイパックよりコルトを取り出し、続けざまに二発、頭部に向けて発砲。
それを受けて、両腕で頭部をカバーしながら、九鬼は少し下る。
その時、初めて九鬼の全身を見る機会に恵まれ、そして瞬時に判断する。

「逃げるぞ!」

再び、タイミングをずらして二度発砲し、地面に落ちたM16を乱暴に拾い上げながら、走る。
一瞬送れて、深優も駆け出す。
追撃しようとする九鬼に最期の一発を発砲し牽制した後、そのまま逃走する。

無論追いかけてくるが、その動きは明らかに、先ほどよりも遅くなっていた。
……どうしてあれだけ動けるのか理解に苦しむが、九鬼は見えた範囲で右足に二発、左足に一発、銃弾を受けていた。
内右足の一発は、太ももの中心付近を、おそらく貫通していた。
あれでは、走る速度が落ちるのは当然。
というか、何故追ってこれるのかすら不可思議だ。

……だが、同時にある意味チャンスではある。
理由は不明だが、九鬼は明らかに、俺たちを……正確には深優をか、狙っている。
以前の邂逅で受けた印象では、そこまで積極的に敵を倒すという意思には溢れていなかったのに、今はまるで飢えた獣のようだ。
……いや、不明ではない、か。
細かい事情は知らないが、あの笑み。
あれは、かつての俺の、キャルのものだ。
身を焦がす激情を、吐き出せるかもしれないという期待。
恐らく、九鬼は深優を誰かの仇か、それに類する存在であると、認識しているのかもしれない。
その誰が誰なのか、深優とはどういう関係で、何処でそれを知ったのか。
そんな事は、どうでもいい、重要な事、それは
今なら、殺せるかもしれない。
怒りに身を焦がしている今ならば。

作戦、というほど上等なものでは無いが、策はある。
その為には、あの場所に行く必要がある。

「深優! 橋を越えて東に逃げるぞ!」

わざと聞こえるように、大声で深優に呼びかける。
ここから橋まで、大体300メートル。 おおよそ、一分程度あればたどり着く。
その間に数秒から数十秒の時間は稼げる。
そして、その間に追撃を諦めるなら、それはそれで構わない。
正面から戦う理由、いやそもそも『戦う』理由など、存在しないのだから。

殺し屋……というと安っぽいというか、弱そうではなるが、そもそも殺し屋とは強い人間では無い。
極端な話、よぼよぼの爺さんだろうが、麻薬中毒のジャンキーだろうが、昨日まで唯の高校生、少女だろうと構わない、というか実例がある。
重要なのは、殺す事。
強さなど、必要無い。
必要なのは、考える事。
どんな相手でも、殺す為の手段を模索する事だ。
寝台を共にした後にすっとナイフで首をかき切れば、それでいい。
人のごった返す駅で、そっと背中を押してやれば、それでいい。
一人を殺す為に、他の乗客の命など気にせず飛行機を落とせば、それでいい。

昔は割と饒舌だったのに最近は依頼時もあんまり喋らないくらい無口なM16愛好家だろうが、
銃を肩に担いで、『その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやるぜ』とか叫ぼうが、
オサレなドレス着て『ヤンマーニ』とか電波を受信して踊って『美しい……』とか言われようがそれはそれで構わない。
ただ単純に、人を殺せばいい。
感情の挟む余地も無く、ただ無意味に人を殺せれば、それは殺し屋だ。

ファントムとは、幻影。
いつでもある影にして、見えない幻。
そして、そんな今適当に考えた言葉も、正直どうでもいい。
というか既に忘れた。

どれだけ卑怯な手段であれ、ただ殺す、それだけが、俺という存在だ。


ツヴァイと深優は基本的には中、遠距離に秀でている。
対して、九鬼の戦闘可能領域はあくまで近接に限定される。
ならば、とるべき戦術は、距離を置きながらの遠距離攻撃に限る、というよりほかの選択肢など無い。

武装を確認。
M16は狙撃に使用したものの、本来は突撃銃である。
面の制圧という用途において、本来ならば人など寄せ付けない。
……ただし、それは銃弾を充分に所持している、という前提によって成り立つ。
ユメイの狙撃後に足した分も差し引くと、M16の残弾は27。
戦闘には心もとない数であるが、『狙撃』ならばどうだろうか?
無論、狙撃は市街地や森などの遮蔽物の多い場所においてはあまり有効ではない。
だが、直線でしか無い橋の上ならば?

それは、戦闘ではなく、狩りとなる。
いかに防弾コートを装備しているとはいえ、着弾の際の衝撃を防げないし、何より頭部と脚部にはその守りは無い。
無論カバーは出来るが、完璧にガードしながら移動することなど出来ない。
そして、それでも接近されたなら?
その場合は、逃げればいい。
究極的には、相手を殺す必要など無いのだ。
そもそもこの場での戦闘自体が不本意かつ予想外な選択ではあるし、その状況で近づいてこれる相手を殺そうと思えば、いったいどれだけの消耗を覚悟しなければならないか。

いずれにしろ、橋は足止めにも狩にもは最適な地形であるのだ。




少し先に見える姿から目を離さずに、考える。
あの時のアレ。
見た事は無いし、どういう能力なのかも不明だが、アレは間違いなく“人妖”の力だ。
つまり、あの深優というのは、人妖、もっと言えば、……涼一の、知り合いの可能性すらある。
無論、ヤツが涼一を殺したという確証は無い。
だが、それでも涼一と一緒にいて、それで今あの男と行動を共にし、平然と一人の人間を殺した。

……少なくとも、涼一に対して、利をなす行動をしたとは、考えにくい。
ならば、あのお人よしのアイツを騙して、利用した、そうだろう?
……バカな、ヤツだ。
それでも、きっとアイツは最期まであのあの女の事など疑わないに違いない。
仮にその本性を知ったとて、恨み言など漏らさなかったに違いない。
ああ、そうだ、お前はそういうヤツだったよな……

けどな、

オレは、そんな事許す筈も無い。


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