ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

人と鬼のカルネヴァーレ (前編)

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集

人と鬼のカルネヴァーレ (前編) ◆WAWBD2hzCI



「…………もうすぐ、放送か」

千羽烏月は高く昇った太陽と、自分に支給された時計を交互に見ながら呟いた。
静留と別れて一時間ぐらいだろうか。
すぐにでも走り出したい気持ちを抑えて、烏月は体力の回復と身体能力の把握に努めることにしていた。
周囲に気を配りながらも、腕を鈍らせないように地獄蝶々を振るって感覚を取り戻す。

(鬼切りも……『我、埋葬にあたわず』も、それぞれ体力と霊力を多く消費する。回復もいつもに比べて遅い)

どちらも一度使用すれば、六時間ほどの休憩が必要だろう、と暫定的な時間を己に告げた。
大聖堂で使用した『我、埋葬にあたわず』と千羽妙見流の裏奥義である『鬼切り』……烏月の奥の手だ。
使えば確実に戦況を一変させることができる。
だが、それ故に消費する体力や霊力は並外れている。どちらも一度使えば、しばらくの使用は禁じるべきだ。

放送ごとに六時間の殺し合い。
利用できるのはそれぞれ一度のみ。『我、埋葬にあたわず』は気絶覚悟で使えば二度はあるかも知れない。
目安はそこだ。現状把握を終えた烏月は、静かに湖を見つめて放送を待ち続けた。

「……それにしても」

いつまで寝ているつもりなんだ、と溜息をつきたくなる。
緑色の髪の狂人を微妙に冷めた目で見下ろしながら、烏月は軽く溜息をついた。
ドクターウェストは未だ大きないびきをかいて眠っている。きっとさぞかし疲れも取れたことだろう。
こんな緊張感のない男に説得された、ということに妙な敗北感を感じた。

烏月が羽藤桂を捜しに行きたい心を抑えて、ここに留まっている理由はふたつ。
ひとつは先述した体力の回復。
もうひとつはこのウェストに、藤林杏のことを伝えなければならないと思ったからだ。

「……気持ちよさそうに眠っているところすまないが、そろそろ起きてくれないか?」
「ん~、むにゃむにゃ……」

反応なし。
とても幸せそうな顔で眠っている。
寝言まで聞こえてきて、少しだけ烏月のこめかみがピクリと動いた。
とりあえず『ハーレムに科学力世界一の我輩最高っ、今すぐボタンを作成するのだ』などと言うウェストの頭を蹴り上げた。

ごつりっ!

「ぐはっ!? 何なのであるかっ!? 敵襲!? まさかこれも孔明の罠であるか、引け、引くのであるッ!」
「……何を言っているのですか、あなたは」

ようやく、ドクターウェストが起床。
とりあえず目覚めの挨拶と言わんばかりにヒートアップしようとするウェストを、冷たい言葉で凍りつかせた。

「藤林杏が死にました。恐らく確定情報です」

ぴたり、と停止するウェスト。
表情が若干、真面目なものになったのを見て烏月は思う。
この男はキ○ガイだ、それは間違いない。だが……場数を踏み、冷静な判断を即座に下せる猛者でもある。
彼の頭脳が一般人のそれを大きく凌駕していることは、もはや疑いようがないだろう。

そんな彼に手に入れた残酷な情報を突きつける。
藤乃静留が手にかけた、という事実を話すべきかどうか迷ったが、話さないわけにはいかないだろう。
ウェストが気絶している間に起こった出来事を説明し終わると、ウェストは少しだけ遠い目をした。

「……そうであるか。凡骨リボンが」

寂寥の瞳だった。
一時とはいえ、共に行動していた仲間を追悼するような表情だった。
悲しみではなく、寂しさのような静かな慟哭は一瞬だけ。

「……大莫迦者である」

烏月は何も言わなかった、何も言えなかった。
どんな反応をするだろうか、と内心思っていたが、想像以上に静かに受け入れられたようだ。
寂しげな表情は一瞬だけで、再び口元をニヤリと歪めて戦意を取り戻すウェスト。
諦めはない、絶望はない。
仲間の分まで、己の矜持をかけてこのゲームを転覆させるという意志が、瞳の中で野心と共に再び燃え盛った。

彼は何かを言おうとした。
改めての決意表明か、それともこの場の雰囲気を払拭するために再び騒ぎ出そうとしたのかも知れない。
結果として、ウェストは続きを語ることはできなかった。



『――さて、放送の時間だ。早速死者の発表といこう』


時刻は正午。
悪魔の放送の時間である。


名前が挙げられていく。
簡易的な放送だった。前回の説法のようなものとは異なり、死者の名前と禁止エリアを挙げるだけのもの。
六時間の間に命を奪われた者の名前が告げられていく。


烏月の瞳がこれ以上ないほど、驚きに見開かれた。
呼ばれた名前は六時間近く前に再会した、己の旧知の仲にして怨敵。互いにいがみ合っていた知人の名前だ。
彼女が本気を出せば、自分などよりも更に強い。
その彼女が、桂を置いて死ぬなど有り得るのだろうか。

そしてもう一人は己の上司、鬼切り頭を継いでいただく若杉の頭領だった。
彼女もまた、なんだかんだ言って生き延びるものだと思っていただけに衝撃は大きかった。
信じられない気持ちで続きを待つ。
烏月は放送の度に神に祈りを捧げるだろう。頼むから、無事でいてくれ、と。


烏月、ウェスト両名が弾かれたような反応を見せる。
あの化け物のような男が死んだというのか、というのが両名の素直な反応だった。
僥倖、あまりにも僥倖である。
ウェスト自身警戒対象であったし、烏月自身は彼と戦って殺し合いに乗っていることを知っていた。
僅かにもたらされた吉報はしかし、やはり慰めにしかならなかった。

『藤林杏』

ウェストが僅かに眉をひそめながら、空を見上げた。
事前に聞いていたとはいえ、改めて告げられるとまた違うのだろう。
心の何処かでは静留の勘違いであることを祈りたかったが、無駄な希望だったと溜息をつく。
彼は揺らがない。死は見慣れたものなのだから。

「………………ふう」
「…………ぬう」

放送が終わる。同時に、二人は深い溜息をついた。
色々と考えなければならない。
烏月はこれからのことを冷静に考え、即座に正しい判断を下さなければならない。

(桂さん……)

無事だったことに安堵した。
心の底からほっとして、その後は思考へと意識を移す。
何をすることが桂のためになるのか、どうすれば桂が生きて帰れるのかを考えなければならない。
彼女が無事なら何も要らない。
彼女さえ帰れるのなら、主催者に反抗もする。彼女さえ帰れるのなら、この手を何十人もの血で染め上げることも厭わない。

だから考えろ、最善の行動を。
サクヤが死んだ今となっては、彼女を身を挺して護れるのは自分だけなのだから。

「……ドクターウェスト。私はここで別行動を取ります」
「なにい!? どうしてであるか、理由を述べるのである。原稿用紙三枚分ぐらいでプリィーズッ!」
「知人が亡くなりました。私は一刻も早く、桂さんを捜して守らなければならない」

それが最優先。桂を捜し出して守る、これ以外に方法はない。
情報はない。だからこそ数多くの人と出逢って情報を聞き出さなければならない。
ならば急がなければならない、今すぐにでも。

「ドクターウェスト。申し訳ないが、あなたの発明品はお借りします」
「むう……他人に使われるのは癪であるが、我輩が持っていても意味がないである。持ってけどろぼー」
「代わりに誰かへの伝言、捜索の願いがあれば聞き届けましょう」
大十字九郎に伝達を頼むのである。『我輩の力が借りたければ、そちらの対応しだいでは受けてやらないこともないのである』」

承知しました、と烏月は頷いた。
ウェストへ一礼する。発明品を借りたことへと、そして一人になっても帰れないかも知れないという可能性の示唆に。
その忠告は最終的には無駄になるかもしれない。
だが、それでも感謝の気持ちはあった。この先、己がたとえ再び修羅に堕ちたとしても。

「それでは。ご武運をお祈りします」
「うむ。そちらこそ我輩の発明品を持っていくのなら、死ぬことは許さないのである! 必ず無事でいるのであるぞ!」

凡骨リボンのようにはなってくれるなよ、という言葉が飲み込まれた。
藤林杏、結局彼女の人生は何だったんだろうか。
走り去る烏月の背中を見送りながら、寂寥の思いが胸の中にあった。どいつもこいつも大莫迦者たちだった。
せめて彼女には、二の舞になってほしくないと思った。

その背中が見えなくなった頃、ウェストはこの後の行動をどうするかを考え始めた。
もはや藤林杏が死んだのであれば、大聖堂へと向かう意味もない。
烏月に伝言こそ頼んだが、それでも仇敵(本人談)にしてライバル(本人談)である大十字九郎は自力で捜すしかない。
問題は当てがない、という純然たる事実である。

(む……? つまるところ、我輩は千羽烏月に付いていっても何の問題もないような…………シィィィィィィイイットッ!!)

心中で絶叫をひとつ。
数秒後、復活。天才とは失敗にめげることなく次に生かす者のことを言うのだ。
転べば起きればいい。七回転べば八回起きればいいし、百回転べば百一回起き上がればいいのだ。

「ええい、仕方ないのである! 我輩は我輩の道を進むのである、レッツ、プレイッ!!」

壊れたギターをかき鳴らしながらウェストも再び歩き出す。
仲間の死は受け入れよう。それが己の未熟にも要因があると認めよう。
だが、決してその道を違えることはない。彼は悪の道を懲りずに慢心する自称大天才、しっかりと歩む道筋は見えている。
その道を進むことが正しい、と絶対の自信と共に進むのならば……彼の生き様に迷いはない。



【D-4 森(南部)/1日目 日中】

ドクター・ウェスト@機神咆哮デモンベイン】
【装備】:無し
【所持品】支給品一式 、フカヒレのギター(破損)@つよきす -Mighty Heart-
【状態】左脇腹に銃創
【思考・行動】
基本方針:我輩の科学力は次元一ィィィィーーーーッ!!!!
1:知人(大十字九郎)やクリスたちと合流する
2:ついでに計算とやらも探す
3:霊力に興味
4:凡骨リボン(藤林杏)の冥福を祈る
【備考】
※マスター・テリオンと主催者になんらかの関係があるのではないかと思っています。
ドライを警戒しています。
※フォルテールをある程度の魔力持ちか魔術師にしか弾けない楽器だと推測しました。
※杏とトーニャと真人と情報交換しました。参加者は異なる世界から連れてこられたと確信しました。
※クリスはなにか精神錯覚、幻覚をみてると判断。今の所危険性はないと見てます。
※烏月と情報を交換しました。


     ◇     ◇     ◇     ◇


 如月千早
 浅間サクヤ
 若杉葛
 ティトゥス
 藤林杏
 古河渚
 古河秋生
 佐倉霧
 桂言葉
 清浦刹那
 伊達スバル
 アイン
 真アサシン
 棗鈴


以上、14名。


朝から正午にかけて執り行われた殺し合いでの死者が告げられる。
非業に飲み込まれて消えていった命が、あまりにも無機質に伝えられた。
この島に存在する者のほとんどに衝撃を再びもたらし、そして再び六時間後の出番を待つ。

「……あ……?」

一人の青年もまた、衝撃を受けた人間の一人だった。
鮫氷新一は憎らしいほど眩しい太陽を見つめ、呆然と小さく小さく絶望した。
彼にとって文字通り、望みを絶たれたという気分だった。

「スバ、ル……おい、嘘だろ……? レオに続いてお前までって……なんだよ、それ」

伊達スバル……フカヒレたち『対馬ファミリー』の兄貴分だった。
四人の中で誰よりも頼りになり、誰よりも喧嘩が強くて、誰よりも自分を助けてくれるはずだった相手が。
このみの元から救ってくれるはずだった親友が、この島から消えていった。
鮫氷新一にとって誰よりも頼りにしていたのは、スバルだった。彼の死の衝撃はあまりにも青年の心を揺さぶった。

(おいおい、これからどうすんだよ……?)

ぐらり、とフカヒレの身体が揺らぎそうになった。
嘘だ、と叫びたかった。
この地獄を救ってくれるはずの親友の死を突きつけられ、目の前が真っ暗になっていくのを感じた。

(スバルの奴、死んじまったぞ……?)

死者14名。
そんな、呆然とした頭の中に情報だけが叩き込まれた。
そのうち古河秋生、棗鈴、如月千早、古河渚の名前を知っていた。
顔を知っている。実際に話したことがある奴もいた。
写真を見れば判別できるし、数時間前には野球をしたメンバーまでが……全員、この世を去っている。

(俺が見捨てた秋生のオッサンも……一緒に野球したあの二人の女の子も死んじまった……)

その事実を咀嚼して飲み込むのに時間がかかった。
生き残りは自分だけ。
あの野球場のメンバーで生き残ったのは自分だけ……次は、誰の番だ、と乾いた唇から声が出た。
死にたくない、と。
死ぬのはあまりにも怖いんだ、と言い訳した。

(死んだ……死んだ、死んだ……古河渚、も……?)

ぴたり、青年の動きが止まった。
鮫氷新一は人を一人殺している。古河渚を騙って殺し合いに乗り、自分を騙そうとした女だ。
そう、倒したのは偽者のはずだ。それなら娘の名前まで呼ばれる必要はないはずなのだ。

(待てよ、俺が倒したのは古河渚の偽者だったはずだろ……? だったら古河渚の名前が呼ばれるはずなんてねぇだろ……?)

だが良く考えてほしい。秋生の娘ということは、少しは父親の面影が残っているものだろう。
最初に出逢った『ナギサ』と自分が殺した『ナギサ』の違い。
秋生と同じ色の髪、そして触覚のような髪型……フカヒレに言わせれば『アホ毛』と呼ばれるものが奇妙に一致する。

まさか。
まさか、まさか。
まさか、まさか、まさか。

自分が殺したのは『古河渚』なのだろうか。
最初に出逢った女の名前も『ナギサ』としか聞いていないことを今更思い返して、冷や汗が止まらなくなった。
途端に取り返しのつかないことをした、という恐怖が彼を苛もうとする。

「へ、へへ……へへへへ……関係、ねえって」

だから何だというのだろう。
仕方ないじゃないか。勘違いさせるようなことをした向こうが悪いのだ。
自分は悪くない。悪いのは殺し合いなんかに参加させた神父たちで、勘違いさせた古河渚だ。
怖がる自分を不用意に追い詰めるからこういうことになる。

「俺は、悪くねえ、悪くねえよ……」

彼ら、彼女らは皆、死んだ。
刺殺、射殺、斬殺、撲殺、絞殺、圧殺、爆殺、轢殺。
自分はどんな風に殺されてしまうんだろう、と考えると狂いそうになってしまう。
死にたくない、死にたくない、死にたくない。

もっと生きていたい。
だから自分に降りかかる火の粉は全部振り払っただけに過ぎないのだから。
必死に頭を振って否定した。
渚の名前が呼ばれたのは偶然だし、自分は殺し合いをしようとした悪魔を斬り殺しただけに過ぎないのだ。

(そうだよ……狂うなよ、俺……? 生きたいなら、クールになれよ……)

不安と恐怖で吹っ飛んでしまいそうな理性を強引に押さえ込んだ。
だって狂ったら終わってしまう。
狂ったら、利用価値がなくなってしまったら……その瞬間、自分の命は簡単に消し飛ばされてしまうと知っている。
フカヒレは僅かに同行者であり、主でもある柚原このみへと視線を向けた。

放送を前にして思うことはないだろうか。
自分と同じような衝撃を受けてくれれば、もしかしたら。万が一にでも逃げ出せるのではないか。
そんな淡い希望はあっさりと打ち砕かれる。

「ふっ……ふふふふふふ、あはははははは……」

笑っていた。
柚原このみは死者の名前を聞いて可笑しそうに哂っていた。
悲しみではなく、歓喜。
憎らしい存在が消滅したことへの、人間としての本能の喜びのままに哂い続けた。

「そっか、死んじゃったんだ、刹那さん。あははは」

本来の彼女なら、笑わなかったに違いない。
本来の彼女なら、複雑であろうとも悲しんでいたに違いない。

だが、彼女の精神は悪鬼に蝕まれつつあるが故に。
人間の本能、より強い負の感情が黒く黒く黒く、純粋だった少女の心を染め上げていくのだ。
世界の代弁者のような存在だった清浦刹那。
彼女が死んだことを聞いて、最初に思った感情は……いい気味だ、というどす黒いものだった。

「……ファルさんはまだ生きてるね。良かった、良かった」

それはまた、喜ぶべきことだとこのみは思う。
復讐しなければならないから。
世界に、主催者に、ファルに復讐することが悪鬼たる自分の突き進む道なのだから。

「ねえ、フカヒレさん」
「はっ、ははははい、何でございましょうか、このフカヒレめにぃ!?」
「うん、そろそろ行こうと思うの。用意して」
「はい、ただいまっ、お嬢様!」

へこへことしながら、フカヒレは崩壊しそうになる頭をフル回転させて考える。
言うとおりにしなければ殺される。ならば、絶対服従が絶対条件だ。そうすれば殺されない。少なくとも彼はそう思っている。
スバルは死んだ。だけど、まだ希望がなくなったわけではないのだ。
鉄乙女がいる。椰子なごみがいる、橘平蔵がいる。
彼らなら必ず自分を、この鬼の手から救い出してくれるに決まっている。そう、信じた。信じるしか自分を保つ方法がなかった。

「…………あれ……?」
「そ、それでこのみ様、どちらへ…………このみ様?」

ふと、彼女の足が止まった。
可愛らしげに首をかしげているその様子は、年相応のものだと言っていい。
フカヒレもまた首をかしげた。少し怖いから離れたところにいるのはご愛嬌だが、このみはフカヒレなど毛ほども見ていない。
その視線は別の方向へ。精神を集中させて『それ』を知覚する。

あの女の匂いがする、と言えばいいのだろうか。
そんなはずがないのに。
たった今、彼女は放送で名前を呼ばれていたはずなのに……どうして、生きた彼女の気配を感知できるというのだろう。

「…………まさか」

このみの足がその方向へと動いた。
彼女が悪鬼に侵食された分、五感は人間のそれを上回って発達している。
その嗅覚が『彼女の匂い』を捉えたのだ。
嫌な予感がして、このみはずんずんと先へと進んでいく。もちろん、フカヒレこと鮫氷新一を置いて。

「あっ? えっと……」
「途中でいなくなったら、またおしおきだからね……?」
「は、はいぃ! 全力で追従させていただきます……!」

今の彼女なら、このまま我を忘れて逃亡しようとする彼を仕留めることは容易い。
それはフカヒレ自身にも分かっていることで、もはや反抗のしようはなかった。
このみは眼鏡の少年を追従させながら、可愛らしい鼻を動かしてその匂いを追い続ける。

(……この腐った匂いと、あの人の匂いが混ざったような……それでも、まだ生きているような)

もちろん、確信はない。
腐った死体がそこにあるだけなのかも知れないし、放送を信じるならそれが当然だ。
だが、もしもという可能性がある。
この世界は黒く染まって腐っている、このみが実感した世界の裏側だ。だからこそ、その可能性にも行き当たる。

確かめよう、と思った。
汚い世界の裏側を確かめなければならないと思った。
その先に、更に深い業と憎悪が待ち受けていたとしても。


     ◇     ◇     ◇     ◇


『では、また六時間後に再会しよう――』

ぶつり、と放送が途切れた。
島のあちこちで怨嗟や、絶望や、悲嘆、あるいは歓喜の感情が飛び交っているだろう。
一人の少女がいた。じっと、何もない虚空を見つめ続けていた。
少女はほんの一瞬、魂を抜かれたような表情だった。まるで心を奪われたように、動こうとはしなかった。

「…………嘘」

ぽつり、と少女の口からそんな言葉がこぼれた。
一度生み出されれば、それはまるで洪水のように後から後から流れ出す。

「……嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘。
 嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。
 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ!
 刹那が死んだなんて嘘、そんなはずない!! 桂さんが死んだのも嘘! そんなことがあるわけないッ!!」

この世界は自分に都合の良い世界なのだから。
指が欲しいと思えば指が生えてきた。自分のための世界……否。
自分の名前は『世界』なのだ。故にこの世界は自分自身、だからこそ親友の刹那たちが死ぬなど有り得ない。

「そうだよ、私だけは大丈夫なんだから。
 だから刹那たちだって大丈夫。そんな酷いことあるわけない。
 まったく、ダメな人たち。放送を言い間違えるなんて。
 そう、嘘なんだから。嘘、嘘、嘘。あはははは。嘘だってば、しつこいな。まったくつまんない」

口元を優雅に歪めてみせる。
そう、自分がこんな目にあっているなら、他の人にも同じ目にあって貰わないといけない。
偽りでも刹那を失った悲しみを味わったんだから、自分もどんどん殺さなきゃと思った。
そうすれば放送のたび、多くの人に同じ苦しみを味わわせてやれる。そうだ、それがいいと笑い続けた。

「まったく、桂さんも仕方ないよね。私の子、ちゃんと守ってくれないといけないのに。
 食べなきゃ、桂さんを食べなきゃ。
 そうしたら私の赤ちゃんも戻ってくるよね? あは、ははははは。はははははははは♪」

笑う。
哂う。
嘲笑う。

悪鬼に侵食された身体は少女の身体を蝕み続ける。
もはや精神は正常になど戻らない。
憎しみで生きる存在、憎悪を糧にして生きる存在。それこその己の存在価値。
それが悪鬼という妖怪なのだから。

「………………?」

彼女の鼻が、何かを捉えた。
こちらに近づいてくる気配。知らない匂いと、知っている匂い。
嫌らしく笑った。今度こそは歓喜の笑み、近づいてくる怨敵の存在に高笑いしたくなってきた。

「あは、柚原さんだぁ」

何という偶然。いや、世界は自分のものだ。なら偶然じゃない。
北に向かおうと思ったのに、突然利きだした嗅覚が明確に憎悪の対象の一人を突き止めた。
さあ、歓迎しよう。
果敢にこちらへと向かってくる食料の存在を。

一分にも満たない時間だった。
ざり、と地面を踏みしめる音がして、世界は復讐の相手の一人の姿を見た。
ぼろぼろのおさげ、瞳を見開いて驚愕の意志を示す柚原このみがそこにいた。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「………………どう、して」

西園寺世界を前にして、このみは喉が渇くほどの驚きを得た。
目の前にいたのは『清浦刹那』と名乗った少女の姿。
放送で呼ばれたはずの彼女は、こうして壮絶なほどの祝福の笑みで柚原このみを歓迎していた。
彼女は口元を歪ませて笑っている。微笑み続けている。

あまりにも異様な光景だった。
死んだと告げられているのに生きている。
生きているはずなのに蛆虫が湧いたような死体の匂いがする。
そして何よりも、自分と同じ同族の匂いがした。そんな気配がした。同じ化け物なのだと告げていた。

「こんにちは柚原さん、よくも指を、指を、指指指喰いちぎってくれたよね、よね……?」
「………………そっか」

このみは自然に納得した。
知っていた、この世界が腐りきっていたことは知っていた。
だからそれを再確認しただけに過ぎない。だから驚きなどというものはなかった。
やっぱりか、という諦観だけがあって悲しくなっただけだった。

彼女はファルと同じなのだ。
このろくでもない世界そのもの。偽名を騙って人を騙し続けたのだ。
その結果として『清浦刹那』が死んだとしても関係ないのだ。

「ふふふふふふ……」
「…………あは」

ならば。
ならば、もう。
ならば、もう遠慮なんてしない。

互いの想いが一致する。
両者の感情が等しく、全く同じものとなる。
復讐しよう、目の前の女に思い知らせてやろう。
自分が受けた恐怖を、苦痛を、絶望を……目の前の鬼を必殺することで、制圧することで、征服することで。

「ふふふふふ、ふふっ、くくくくけけけけけけけけけけけッ!!!」
「あはははははははははははははははははははははははッ!!!」

鬼となった西園寺世界が高らかに哂い続ける。
悪鬼となった柚原このみが高らかに笑い続ける。
二匹の鬼が互いを喰らい尽くそうという気持ち、歓喜と哄笑が響き渡った。

鬼同士の潰し合い。
憎しみを糧にして生き続ける悪しき妖怪へと変貌した二人の少女の殺し合い。
世界は歪む、嘆き続ける。
生み出してしまった狂気と憎悪と悲嘆と絶望、その全ては間違いなく悪鬼の覚醒を認めた世界の咎なのだから。

遅れてきた青年がいる。
何の取り柄もない一般人であるところの鮫氷新一は死地へと足を踏み入れてしまった。
選択権などなかったとはいえ、その場に足を踏み入れた以上は公平だ。

「ひっ……ひ、ぃぃぃぃぃ……!」

二人の少女の敵意に、殺意に、殺気に足が竦んだ。
本能が告げていた。一秒でも早く逃げろ、と。
理性が告げていた。逃げれば確実に捕まって殺される、と。

(た、助けて……助けてくれ、俺、いやだよ、こんなの……!)

進むも死、退くも死。
ここにきて彼の進退窮まったと言ってもいいのだろう。
これから始まる殺し合いは人の身で生き残れるような、生易しい殺し合いではないのだから。
二人の少女は凶器など持っていない。隠し持っているものはともかく、今はそれぞれが無手のように見える。
だというのに、フカヒレにはそれが最強の暗殺者よりも更に恐ろしい存在に見えたのだ。

どうすればいい。
どうすれば死なずに済むのか。
気を緩ませれば失禁してしまいそうなほど震える身体を抑え付けて、彼はただそれだけを考え続けた。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「――――――ぁぁああああッ!!」

先手はこのみだった。
大地を蹴ると、爆発したような轟音が響いた。一瞬で世界との距離をつめる。
悪鬼化に伴う身体能力の増強。
このみの脚力、および腕力は著しく向上。何の変哲もないはずの小さな右手は、今や鉄塊のそれに近い。

容赦などしなかった。
手下のフカヒレに使ったような遊びではなく、相手を一撃で叩き潰すための一撃。
振り下ろした右手は世界の顔面を叩き潰すはずだった。

「あはははっ、すごいね! 柚原さんも強くなったんだ! でもでもでも私のほうが強いに決まってるんだからっ!」
「うあっ……!?」

全力を尽くした右腕の一撃は容易に受け止められ、そのまま投げ飛ばされた。
身体を捻って受身を取る、が元よりこのみは投げ飛ばされるなど生涯初めてのことだった。
受身の取り方も見よう見まねのようなもので、不完全な状態のまま地面に叩き付けられる。
かはっ、と空気を吐き出してしまうが、すぐに立ち上がった。

(うそ……あの時は、このみのほうが強かったのに。強かったはずなのに!)

簡単に制圧できた。彼女の血の味をまだ憶えている。
あの段階では柚原このみに軍配が上がっていたはずだったのに、現段階ではこうして圧倒されている。
たった一度の攻防で分かってしまった。
目の前の自称、清浦刹那は……化け物として、自分よりも更に戻れない場所にまで来てしまっているのだ、と。

そして、このみの考えは限りなく正しいのだ。
悪鬼に人間としての精神の半分を明け渡してしまった世界の身体能力は、このみのそれを大きく超えている。

「くっ……!」

銃を取り出した。
ドライから譲ってもらった銃には勇気がこもっている。
彼女のようになるのだ。その教えを生かすときが来た。息を吸い、このみは力の限り叫ぶ。

「銃を持ったら躊躇うな。ありったけの殺意をこめて標的を……撃ち殺せッ!」

射撃、光の弾丸が放たれる。
初めて撃った銃の振動は重くなかった。悪鬼としての恩恵なのだが、拍子抜けなほど反動を感じなかった。
込めたのはありったけの殺意。世界に……セカイに向けて叫んだこのみの恨み言だった。

「あはっ、当たらない当たらないっ! そんなの当たるわけないじゃない! はは、はははははっ!!」

世界はこのみと同じように地面を蹴って回避する。
このみは運動神経は悪くないが、世界は腹の中の子供のことを考えればしばらく走ってはいない。
両者の運動神経はせいぜい年相応のものに過ぎないはずだ。
だが、互いに己の内側から侵食する悪鬼の身体能力を借り得ている。年相応の少女が、銃弾を避けるぐらいには。

このみの放った銃弾は世界から逸れ、虚空へと飛来していく。
世界には届かない。弾丸である以上、その動きは変えられないのが必然だ。

「―――――曲がれ!」

その常識をこのみが打ち砕く。
世界の表情が凍りつく。その瞳は背後へ、先ほど避けたはずの銃弾が迫ってくる様子を見た。

それは『魔法銃、イタクァ』
術者の意志どおりに弾丸の軌道を修正し、何処までも標的を追跡する銃なのだから。
避けられたなら、もう一度帰ってくればいい。
飛来する弾丸が二発、世界は少女に相応しくない形相のままに叫んだ。

「こっ―――――のぉぉおおおおおおおおおおッ!!」
「えっ……!?」

光の弾丸を素手で弾き飛ばす。
ただ弾くのではなく、弾かれた弾丸がこのみへと突き進むように思いっきり叩き落した。
ぐちゃり、という音と同時に牙を向く己の放った弾丸。
このみが反応できたのは偶然にも近い。かろうじて首を逸らすことで、凶弾と化した弾丸は吹っ飛ばされる。

「ひぃぃいいいいっ!?」

イタクァの弾丸はこのみの背後に隠れていた鮫氷新一の下へと。
直撃、されど本人に傷はなし。彼が身を隠していた大木へと突き刺さり、木の皮容易に貫通した。
その事実に青年は愕然とした。
彼女たちの戦いによる流れ弾は、大木の裏側であっても喰らい尽くすと分かったのだから。

逃げたい、でも逃げたら殺される。
それでもここにいたら危険すぎる。ちょっとしたことで死ぬのだということも証明された。

(お、俺が何したっていうんだよ……だ、誰か、助けてくれよぉぉぉぉ……)

戦いに参加することもできない。
逃げることすら許されない状況で、フカヒレの精神が磨耗していく。
そうしている間も激戦は加速していく。止まらないアポトーシス、互いを全殺せんと迫り切る。

激昂した世界もまた銃を取り出した。
89式小銃。右手で構え、蛆虫で形成された指で引き金を引いた。
放たれた銃弾は三発。
このみは地面を蹴って弾丸を避ける。五感もまた、悪鬼の浸食と共に鋭くなるのだ。
銃弾の動きを目で追え、そして弾丸を避けるだけの身体能力があれば……避けることなど容易い。

避けられた弾丸はイタクァのように曲がることなく、そのまま地面に突き刺さる。
世界が苛立たしげに地団太を踏む。

「何でよ! 何でアンタのは曲がって私のは曲がらないのよ! 不公平じゃない……!」

世界は憎悪を吐き散らす。
妬み、嫉みもまた負の感情。悪鬼の温床となる憎悪が溜まり続ける。
際限なく、自分の思い通りにならないだけで世界の憎悪は溜まり続ける。
その姿が醜かった。このみは何だか悲しくなってしまった。
世界の姿が哀れだとは思わない。ただ、目の前の化け物と同じ存在になってしまったということが、嫌だった。

人間に戻りたい、と思った。
多分、もう戻れないことだって知っているけど、それでも戻りたかった。
あの日常に帰りたいと思う心を大事にすることにした。それが、柚原このみの証明になると信じて。

「くっ……ぁぁぁぁあああッ!!!」

柚原このみのまま、復讐をしよう。
絶対に生き続ける。そう誓ったのだから、こんなところで死んではいられない。
接近し、右手を掲げた。そのまま振り下ろし、今度こそ世界の首を千切ってやると意気込んで。

だが、それでは足りない。
絶対的に身体能力で劣っている以上、再び地面に叩き付けられるのが関の山だ。
予想通り、世界の左腕によって阻まれた。
世界がニヤリと哂い、そしてそのまま瞳を見開いて思考が凍結する様をこのみは確認した。

「なっ……!?」
「喰らうで、ありますッ!!」

右腕は捉まれていることで使用できないが、左手に握られたイタクァは咆哮することができた。
接近、零距離はもらったのだ。
イタクァの弾丸を曲げる必要もない。このまま心臓に向けて弾丸を放つ。

銃声が三度、世界の心臓めがけて発射された。
世界は身を守る。心臓や腹はダメだ、腹部には大切な赤ん坊がいることをまだ彼女は憶えていた。
たとえ今はそこにいなくても、言葉から返してもらうときまで腹は大事にしなければならない。
身を丸めて、両手で身体を抱くようにして銃弾を迎え撃つ。

「がっ……ぎ、ぎぃぃぃぃ……!!」
「これでぇ……終わりでありますッ!!!」

自由になった右腕を振るう。
世界は抵抗できない。身を守ることが精一杯で、苦痛を噛み殺すのが限界だったのだ。
ごうっ、と空気を切り裂いて振るわれる小さな豪腕。
それは確実に世界を捉えて、そのまま薙ぎ倒した。世界は何一つ抵抗できず、そのまま森の向こう側まで吹き飛ばされた。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「はっ、はあ……あは、やった……やった……!」

復讐する相手の一人を倒した。
このみは分かる。あれは全力を込めた一撃だ。脇腹をごっそりと削いでやった。
出血やら内臓が零れることやらを考えれば、もはや致命傷。
生きていたとしても立ち上がれないし、そのまま出血多量で消えていく命だろうことは明白だ。

「……あはっ♪」

勝者に与えられた権利。
敗者の肉を貪り、甘い血を啜り、骨を砕いて呑み込んでやりたい。
世界の尖兵をこの腹の中に収めてやりたい、という欲求。
鬼としての本能が告げる。食え、と……憎悪した相手を喰らうことで完全なものとなれ、と。

それは甘美な誘いだった。
それは魅力的な提案だった。

「あ、は…………うぐっ」

だからこそ拒絶した。
自分は化け物ではない、と否定した。
人を喰らって悪鬼の力とすることは、柚原このみではなくなるということなのだから。
御馳走を前にして食べない、という辛さを我慢して、このみは背後で震えるフカヒレことフカヒレに笑い掛けた。

「行こっか、フカヒレさん」
「………………あ……」

彼は震えている。
何かに恐れを抱きように。
雷を恐れる小さな子供のように、顔面を痙攣させながら震え続けていた。

「……? フカヒレさん、どうしたの?」
「あっ……あ……あああ……!」

錯乱した彼の様子に苛立つ。
言いたいことがあるならはっきり言ってほしい、と言おうとして……気づいた。
その『匂い』に気づき、フカヒレの視線が自分の後ろに向かっているのに気づき、その異様な気配に気づいた。

「ひゃ、は……」

そうだ、何を勘違いしていたのだろうか。
脇腹がごっそりと削れている?
出血多量や臓物損傷で確実に死ぬはず?
そんな常識は通らない。そんな通例のような出来事は人間に活用しなければならない。

「ひゅ、ははははははははははははははッ!! 痛い、痛いじゃない、もう! あははは、酷い酷い酷いぃぃぃいい!!」

即ち、化け物を前にすればそんな常識など打ち砕かれて当然なのだ。
それでも柚原このみの手には、絶対すぎるほど命を奪ったような感覚が残っていて。
まるでゾンビのような西園寺世界の存在に、数秒ほど現実を直視することに時間がかかって。

その隙を突かれて、このみはあっさりと敗北した。

お返しとばかりに振るわれたのは、華奢な左腕だ。
銃弾による傷は所々に蛆虫が集っている。
改めて形成された世界の両腕は変わらず悪鬼の力を提供し続け、その一撃はこのみのそれよりも更に上。
鉄塊の一撃をもろに受けたような衝撃と共に、小さなこのみの身体は大木に叩き付けられた。

「痛かったなぁ、柚原さん……? すごく、すごく痛かったのよ。聞いてんの? ねえ」
「か、ひゅ……けほ、けほっ」

近づいてくる。
悪鬼よりも更に上の存在が近づいてくる。
魔導書による再生能力と、悪鬼としての能力向上。西園寺世界のそれは悪鬼を超えている。

彼女の思考はひとつ。
目の前に倒れているこのみを殴り、蹴り、バラバラにして血の滴る内臓を咀嚼すること。
このみのように人を喰らうことを忌憚することはない。
西園寺世界は『正常』だ。自分が正常だと思っているのなら、彼女の世界は巡りめぐって正しくできている。

「償ってよ。償ってよ、私の赤ちゃん、桂さんの赤ちゃん? とにかく返してよ返して」
「うっ……あ……」
「返せ、って言ってるでしょ!? いいよね、もう。食べちゃうから。食べたら赤ちゃん帰ってくるかな?」

ぶつぶつ、と意味の分からないことを呟く鬼。
このみの意識が覚醒する前に食べてしまおう、と万力の如き腕力で肩を捕らえる。
逃げられない。それをこのみは実感した。

こういうときに仲間がいるというのに、鮫氷新一は呆然と突っ立ったままだ。
その隙を使えば逃げられるかも知れないのに、頭が真っ白になってしまっているらしい。
もしくは目の前の光景を、彼女の言動を否定したかったのかも知れない。
いかにゲームマスターである彼としても、現実の少女が人を喰らうなどという非日常は信じたくなかったに違いない。

そんな思惑など知ったことではない。
くぱぁ、と世界の小さな口が開いた。このみはその光景を見ることしかできない。
それは威嚇に近い行為だが、死刑宣告でもある。彼女は愉快に痛快に、お行儀よく言う。


「いただきます」


     ◇     ◇     ◇     ◇

144:瓦礫の聖堂 投下順 145:人と鬼のカルネヴァーレ (後編)
144:瓦礫の聖堂 時系列順
141:怪異なる永劫の内に 西園寺世界
140:調教 柚原このみ
140:調教 鮫氷新一
115:もう一人の『自分』 千羽烏月
115:もう一人の『自分』 ドクター・ウェスト

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー