森の中を、二人の若い男女が行く。
この一文だけを読めば、デートか何かと推測できそうだ。
だが、二人の表情の強張りは、決してそんな華やかなものではないことを物語っている。
「ねえ、錦山さん。これからどこへ行くの?」
「どこへ行こうと勝手だ。」
簡単な問いかけを、男、錦山彰は突っぱねる。
その後女、里中千枝は話そうともせず、ただ森に二人の足音だけが響く。
本当のことが分からないまま、錦山が船を停泊させていた場所が見えてきた。
☆
自分の前を歩いていた錦山さんが、急に立ち止まって、スーツのポケットから何かを取り出した。
一瞬、武器か何かかと思って、身構えるも、何の変哲もない煙草だった。
「俺が煙草を吸うのが、そんなに面白いか?」
「……ごめんなさい………。」
私が煙草を吸っている錦山さんを見たのは、面白いからというわけでは全くない。
鳴上君を思い出したからだ。
いつだったか、ふざけて悠君が菜々子ちゃんのお父さんの格好をマネして遊んでいた時のこと。
私が未成年だから煙草なんか吸っちゃだめじゃないと言ったら、これはチョコレートだって言われた。
今の目の前にある煙草は、煙の嫌な臭いがするから、本物のタバコだろうけど。
何故悠君がそんなことをしたのか、もう思い出せない。
そんなに前の出来事でもないのに、凄く、懐かしい思い出。
いけない。
うじうじ悩んじゃいけないと思ってるそばから、また悩み始めてる。
けれど、私はどうすればいい?
突然。ふいに思い付く。
悠君も、そしてあの子もこの戦いに参加させられているのではないかと。
誰一人知り合いがいないのなら、偶々貧乏くじを引いただけかもしれない。
だが、完二君がいて、自分もいたなら、他の知り合いも参加させられている気がする。
そして、地図の上には、自分達が通っていた八十神高等学校の名前が載ってある。
どうやら無作為に参加させられたわけではなく、知り合い同士纏めて参加させられているのかもしれない。
煙草の吸殻を無造作に捨て、錦山さんは船に乗り込み、私は後部座席に腰かけた。
「私……行きたい所があって………。」
「……どこか早く言え。」
黙って地図の上の八十神高校の場所を指さした。
無言で私達を乗せた船は走り出す。
丁度B-5とA-5をつなぐ橋の下を通り過ぎたあたりで、遠くの異変に気が付いた。
ここからでも見えるくらい高く、煙が上がっている。
地図から推測するに、研究所で何かが起こっているようだ。
昔の私なら、すぐに降ろしてもらって、許可を得なかったら、泳いででも向こうに行っていただろう。
だけど、死にたくないという恐怖、そして殺したくないという恐怖が、それを妨げる。
今の私には危険な場所に飛び込む勇気も、決断力もない。
ただ、心を落ち着かせる場所、落ち着かせてくれる人がいてほしかった。
それからは何もなく、ただ船のジェットの音と、波の音だけが聞こえてくる。
潮の匂いを嗅ぐと、あの時のことを思い出す。
みんなで、海へ行った日。
花村君が、私たちの水着姿に興奮して、冷たい目で見られていた。
あの時、悠君は何を言っていたか、もう思い出せない。
楽しかったけど、遠くへ行ってしまった思い出。
いや、遠くへ「行ってしまった」思い出というのは間違いだろう。
そう思う原因はよくわかっている。
幼馴染のあの女の子でも、生田目でも、ましてやマナでも、ウルノーガでもない。
確かに外的要因はあったにしろ、私自身が、思い出から遠く離れた場所に行ってしまった。
まだ人殺しはしていないが、それは問題ではない。
人を殺そうとした、という事実が何より重く、深くのしかかる。
その事実でさえこれだけ私を変えてしまったのだから、きっと誰かを殺してしまったら、きっと私は壊れてしまう。
多分元の世界に無事に帰っても、きっと友達との関係は変わってしまうだろうし、その事実は、ずっと付き纏うと思う。
だからといって、無抵抗のまま誰かに殺されるのは、もっと嫌だ。
誰かを殺して、自分の身を守らなければならないのは、最初に襲われた時に思い知ったはず。
けれど、もしもの話。
悠君だったら、どうしていた?
また残された仲間を集めて、マナとウルノーガを倒し、この世界から脱出する計画を練り始めているかもしれない。
元の世界では上手くいかなかったが、この世界で彼との新しい関係を築くことが出来るかもしれない。
彼がこの戦いに参加しているかどうかは分からない。
そして、この世界の八十神高校にいるかどうかも分からない。
何より、会えても私の思い通りになるかどうかも分からない。
何もかも根拠のない推測だが、悠君がいなくても、八十神高校へ行ってみる価値はある。
悠君だけじゃない。花村君、りせちゃん、クマくん、直斗くん。そして、悠君と仲良しのあの子。
全員がいなくても、一人くらいはあそこにいてもおかしくない。
知っている誰かに会おう。そして、話し合おう。
放課後のジュネスみたいに、集まってどうするか決めよう。
「おい、誰かが俺達を狙ってないか、お前も気を配れよ。」
「あ、そうだよね。」
錦山さんに言われて、辺りを見回す。
海上は波一つないほど穏やかだが、陸地から狙撃されるかもしれない。
彼はボートを操縦しているし、いざという時に戦えるのは自分だ。
トモエのブフーラさえあれば、ある程度遠い場所の相手でも戦えるし、足場の悪さも補える。
幸いなことに、近くの陸地から私達を狙っている相手はいなさそうだ。
上がり始めた太陽が、水面を照らし、きらきら光っている。
こんな時じゃなかったら、その美しさに見惚れていただろう。
海はとても穏やかで、今の私と同じで平穏を求めて続けているようだった。
そして、突然荒波に変わることも同じだった。
★
(ガラにもねえこと、引き受けるもんじゃねえな……。)
俺はとりあえず、Jetmaxでの移動に決めた。
行ける場所が限られるが、反面敵からの襲撃方法も限定される。
遠距離から狙われても、銃で対抗すればいいだけだ。
それより問題は後ろのガキだ。
ただのガキならまだしも、情緒不安定でしかもよくわからねえ強い力を持っている。
今のガキの態度と、あの森の惨状が動かねえ証拠だ。
付いてくるのを許したはいいが、言ってしまえばいつどんな形で爆発するとも分からねえ爆弾を抱えちまったようなものだ。
少し前まで、最悪肉壁か鉄砲玉にすればいいと思っていた。
しかし今考えてみると、爆弾を盾にすれば自分もただではすまないし、鉄砲玉といっても撃った方に返ってくる鉄砲玉かもしれない。
どうも、自分と言うのは衝動的でいけねえなと反省する。
堂島宗平の射殺や、松重の殺害から見ても、どうにも衝動的すぎる面がある。
どうにかして、行ける所まで行けたら、距離を置くのが最適解だろう。
にしても、行きてえところがあるだあ?
人をタクシー代わりにするんじゃねえ。
まあ自分が行きたい場所があったワケでもねえから、別にいいんだが。
むしろ問題は着いた先にある。
ガキが行きたいっつってた、八十神高校。
この近くには、あのセレナもある。
俺が桐生だったら、真っ先にこの地図にあるセレナへ行き、そこを拠点代わりにする。
今のあいつが何を考えてるか分からんし、たまたま同じ名前の別の施設かもしれねえ。
だが向かいがてら、あいつに鉢合わせしてしまったら面倒なことになる。
どうにかしてガキと別れる口上を見つけるか……だな。
それとも今から、そっちに近づかないように説得するべきか?
丁度B-5とA-5を繋ぐ橋の下に近づいた辺りで、向こう側から煙が上がっているのが見えた。
大体の目測だが、あの研究室の辺り。
また何か乱闘騒ぎが起こったんじゃないかと疑問に思う。
まあ、どの道近づかないから自分には関係ないのだが。
一番警戒していたのは、ガキが警戒するんじゃないかと思っていたが、それは取り越し苦労だったようだ。
Jetmaxのハンドルを切り、右折する。
海は相も変わらず穏やかだ。
俺は今まで何度か死体を海に流したし、この世界でも必要があればするつもりだが、そんなことをしても海は顔色一つ変えねえだろうな。
太陽が顔を出し始め、もうすぐ放送が始まるということに気付く。
桐生のヤツがそう簡単に死ぬわけがねえから知り合いのことはいいとして、何人が死んじまうのかは気になる。
このガキをどうするかも、まだ情報が足りねえ。
結局、ここでも何かに合わせて行動するか、衝動に駆られるしか動けないという自分に少し苛立った。
【A-5→B-5/海上/一日目 早朝】
【里中千枝@ペルソナ4】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(中)
[装備]:鬼炎のドス@龍が如く 極
[道具]:基本支給品、守りの護符@MONSTER HUNTER X、ランダム支給品(0~1個)
[思考・状況]
基本行動方針:殺さないと殺される、けど今の私じゃ、殺す覚悟もない……
1.取りあえずは錦山さんと一緒に行動してみる。
2.八十神高校へ向かい、かつての仲間とこれからどうするか決める。
3.それからどうすればいいのか決める。
4. “自分らしさ”はどこにあるのか、探してみる
5.自分の存在意義を見つけるまでは、死にたくない
6.願いの内容はまだ決めていない
【錦山彰@龍が如く 極】
[状態]:健康
[装備]:マカロフ(残弾8発)@現実
[道具]:基本支給品、セブンスター@現実、閃光玉×2@MONSTER HUNTER X
[思考・状況]
基本行動方針:人を殺してでも生き残り、元の場所に帰る。
1.なんだってこんなガキと俺が一緒に……
2. Jetmaxで八十神高校の近くまで移動する
3.そのあとこのガキはどうする?
最終更新:2021年01月18日 23:46