生きなくてはならない。

たったそれだけのことに、わざわざ理由を求める必要なんて無かったはずだ。

だってそうだろう。
アダムとイブを創った神は一体誰に創られたのか、真剣に考えたことがあるかい?
余程の偏屈ものでも無い限り、『そういうものだ』と疑問に見切りを付けてそこで立ち止まるだろうね。
根拠も無く語られて、根拠も無く信じ込まれている。
神話とは得てしてそういうものだ。かくあるべしの真骨頂であり、疑いを挟むこと自体が野暮だとすら言えるのだろう。


──生きなくてはならない。

されば、この文言とて多くの者にとっては神話である。
人が死ぬのに理由はあっても、生きるのに理由は無い。ただ命は尊いと根拠無く信じているから生きるのだ。

だけどそんな神話に解の根拠を求めてしまった者たちがいた。

例えばビッグ・シェル占拠事件の黒幕、ソリダス・スネークはその1人だった。
彼は自らの生きる理由を、歴史の継承の中に見出した。生きる理由にしがみついたが故に、彼はあのビッグ・シェル占拠事件を起こした。

命は尊い、だから生きる。
愚かにもそんな短絡的な神話に満足出来なかった偏屈さが彼にはあったのだ。


そして……かく言う僕も生きる理由にしがみつきたくなった偏屈ものらしい。

別にソリダスのようにテロリズムに走るつもりもないし、生きる理由が無いならば死すべしなどという過激思想に取り憑かれたわけでもない。

単に僕は、命が尊いという、かの神話の大前提はこの場においては一切通用しないと気づいてしまったのだ。
何故なら、この世界で生き残れるのはたった1人だから。この場においては、命というのは何十人分の尊い命と矛盾しながら存在している。命が尊いものであればあるほどひとつの命の尊さが損なわれてしまうという、ある種のパラドックスが生じているということになるのだ。

例えばほら、こうしてむざむざ生き残っている僕は他の命を背負っているじゃないか。
僕は僕の生と引き換えに仲間を切り捨てた。
もちろん桐生やダイケンキが死んでいるとは限らないのだけど、ここで見捨てれば死ぬと思った上で逃げたのだから同じことだ。


『──なんで……抵抗しなかったの?』

『──どうしてカズマとダイケンキを見捨てたの!?』


隣に座る少女──シェリーの言葉が頭の中で反芻される。
シェリーが沈黙しているため新しい情報を得られず過去の情報が僕を苛む。ましてや、無理な移動で2人とも座り込んでいるのだから尚更だ。

そして僕にとってはこの沈黙こそが何よりも痛い言葉のナイフだ。僕の心の臓をきっちりと捉えて、グサグサと何度も何度も刺し続ける。
そんな状況に嫌気が差した僕は、気が付けばその沈黙を打ち破るべく言葉を発していた。

「僕にしか、出来ないかもしれないんだ。」


この時の僕は、何とか僕にのしかかる重圧をシェリーと分け合いたいと、そう思っていたのかもしれない。


「首輪を調べられるのは僕だけかもしれないから。」


震えた声で僕はそう言った。
そしてそれが、僕の見出した僕の生きる理由だった。

戦える参加者ならある程度いると僕は見立てている。
桐生がそうだったし、僕らを襲撃してきた奴も人知を超えた動きを見せていた。何なら銃やポケモンなどの支給品で腕力を補えばシェリーのような無力な参加者でもジャイアントキリングを狙えるだろう。

だけど、僕の持つ知力を支給品で補うことは難しい。
桐生のような実力者が例え100人集まったとしても、首輪で支配されている限りは主催者に反抗して生還することは有り得ないのだ。

だがこの首輪を解除する目処があるのなら──先の理論に法るならば、その者だけが他の命と矛盾せずに生きていられるのだ。その者だけが、命を尊い命であるままに出来るのだ。

そう、僕の命だけには価値がある。
僕だけには、生きる理由がある。

「だから僕は──生きなくてはならない。」

この時の僕は、冷静さがあまりにも欠けていたようだ。
その証拠に、そもそも自分で桐生に言った盗聴の可能性が頭からすっぽ抜けていたのだからね。


「──そっか。」

そう、僕は本当に冷静さが欠けていたのだ。
これをシェリーに言うことが彼女にとってどういう意味を持つのか、考えられない僕ではなかっただろうに。

「『僕たちは』じゃないんだね。」

──僕の唱えた理屈は、知力を持っている側の理屈でしかなかった。

僕は自分の失言に気が付いた。
だけどもう、手遅れだった。

「オタコンのためなら、誰が死んでもいいってことなんだよね。」

この時、嘘でも違うと言えていたのなら何かが変わっていたのだろうか。それを確かめる手段は無い。僕はそれを否定出来なかったのだ。

「カズマもダイケンキも見捨てて…………次は、私の番かもしれないんだね……。」

そしてこの言葉を皮切りに、シェリーは再び喋らなくなった。
彼女の中で、僕という人間が完全に信頼出来る大人でなくなったのを感じた。

彼女はまだ幼い。命というものの尊さを盲信して然るべき年頃だ。彼女にとって、生とは在るべくして在るものであるし、生きる理由は無であるべきなのだ。そんな彼女に実質的に命の無価値を説いた僕は、彼女の世界から排斥されるのも当然と言えよう。

今度の沈黙は、先の沈黙よりも鋭く僕を突き刺した。
空っぽの心に吹き込む夜風が先程までも冷たく感じられた。

とにかくシェリーは僕を見限った。彼女が逃げ出さないのは、桐生と研究所での待ち合わせがあるからだろうか。それでも心の距離は、取り返せないほど遠く離れてしまったはずだ。

不安でいっぱいの時に隣に居る人に置いて行かれるのは、こんなにも心が痛むものなんだね。
E.E。僕が溺れる君を助けなかった時も、君はこんな気持ちだったのかな?


──ああ、ことごとく僕は無力だ。

守れるはずだったものすら、守れやしない。
だけどそれでも僕には、前に進む道しか残されていない。

涙ならもう、E.Eが死んだあの時に流し尽くした。
例え、それが非情な選択であっても。例え、それが非人道的な道であっても。
それでも僕は、生きなくてはならない。


【E-4/南側/一日目 早朝】
【ハル・エメリッヒ@METAL GEAR SOLID 2】
[状態]:疲労(大)、無力感
[装備]:忍びシリーズ一式@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド
[道具]:基本支給品、765インカム@THE IDOLM@STER
[思考・状況]
基本行動方針:首輪を外すために行動する。
1.首輪解除の手がかりを探すため、研究所へ向かう。
2.武器や戦える人材が欲しい。
3.もっと非情にならなければならないのかもしれない。
4.生きなくてはならない。


※本編終了後からの参戦です。


【シェリー・バーキン@BIOHAZARD 2】
[状態]:不安
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない。
1.オタコンについていく。
2.カズマ……。
3.オタコンに強い怒り。

※本編終了後からの参戦です


Back← 062 →Next
061:初心に振り返って 時系列順 063:魔力と科学の真価
投下順
040:その男、龍が如く(前編) ハル・エメリッヒ 087:差し込む陽光、浮かぶ影
シェリー・バーキン

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2021年01月18日 23:46