ㅤ朝日が昇った世界は、数刻前の暗闇から一転、光に満ち溢れていた。
ㅤ毎朝訪れる朝日なんて、特段珍しいものでもない。闇に紛れる忍びの衣装を全身に纏っている身としては、むしろ明るさは生き残るのに邪魔になる。これが人生最後に見る曙光であるかもしれないというのに、それを視る僕――オタコンの目はどこか、冷めきっていた。
ㅤ燦然と輝く陽光は、少なくとも希望の光と呼べる代物で無いのは確かだ。現実逃避を引き剥がし、何もかも、白日の元に晒してしまう。
ㅤ無表情の仮面を貼り付けたように感情を表に出さなくなった同行者の少女、シェリー・バーキン。多感な時期にあるはずの彼女をそうさせてしまったのは紛れもなく僕であって。朝の光で彼女の表情がはっきり見えるようになり、それだけでどうもやり切れない気分だ。
ㅤそして、そんな僕らへの追い討ちとなる情報を、この朝は運んできた。
『桐生一馬』
ㅤ朝6時に行われた定時放送による死亡者の発表。彼の死は何となく感じ取ってはいた。襲撃者の女の動きはやはり人智を越えていたし、ダイケンキを奪っていった少年も桐生のいる方向へ向かって行ったからだ。でも、放送で確定されてさえいなければ、まだ彼が生きている可能性に縋ることもできていたはずだ。
ㅤだけど、こうして結果は確定してしまった。箱の中の猫は、死んでいたのだ。
ㅤ悲しいかというと、少し違う。本当に悲しい死別というものは、こんな世界に来るまでもなく経験している。それに冷たいようだが、桐生とは出会って数時間程度しか経っていない。まだ、同じく死んでいた雷電の方が思い入れは強いくらいだ。
ㅤあえて、桐生の死に思うところがあるとすれば、自分が彼を見捨てて逃げたことだろうか。間違った選択であったとは思わない。あの場に残っていても、せいぜい一緒に死ぬことくらいしかできなかっただろう。
ㅤだから正しいのは僕だ。誰にも責められる言われなんてない。だけど、シェリーに正しさばかりを突きつけるのは、きっと間違いなのだ。
ㅤ本来なら、桐生の死を共に悲しむべき相手であるシェリーに、僕は何と声をかければいいのだろう。
ㅤ謝るのは違う。僕が間違っていないのは、幼いながらに彼女も理解している。しかし、かといって開き直って励ますのもまた違う。彼女の信用を失ってしまった僕にその資格はもうない。
ㅤ堂々巡り。この状況で何を言っても間違いだ。そもそも、非情になれない奴らを集めての殺し合いなんてものが間違っているのだから、完璧な正解なんてどこにもないのだ。
「シェリー。」
ㅤだから、僕が発すべきは謝罪でも激励でもない。
「君はまだ、僕に着いてきてくれるのかい?」
ㅤこの上なく淡白な、事実の確認。彼女の意思を無視して『合理的選択』に走った僕にできるのは、してもいいのは、合理的であることを曲げないことだけだ。それを曲げてしまえばそれこそ、合理的選択の犠牲となった者たちに示しがつかないだろう。
ㅤシェリーは何も言わずにただ一度、コクリと頷く。その返事に、嬉しいとも悲しいとも思えなかった。彼女が逃げ出さなかったことへの安心も彼女から解放されなかったことへの苦々しさも、そのどちらもが心の中に存在していた。
ㅤ早朝に吹き抜ける風がやけに冷たく、体の芯まで染み渡る。互いを労るでも罵るでもない、この奇妙な同行関係は、まだ続くようだ。
■
ㅤニアミスの余地の無い一本橋の上。それは、必然の邂逅だった。
ㅤ全身を濡らしたショートヘアの少女――里中千枝が、よろよろと歩み寄って来る。その様子から、海から上がってきたのは容易に想像がついた。
「大丈夫なのかい?」
ㅤオタコンが思わずかけた第一声はそれだった。敵意が無いことを伝えるという目的よりも、思わず口をついて出てしまった一言。無意識下でも相手を労る余裕が今の自分にあったことに少し驚く。
ㅤ対する千枝。ゼルダやミファーのように真っ向から殺し合うでもなく。錦山のように咎められるでもなく。この世界で初めて向けられた、出会い頭の優しさ。どこか戸惑うような様相を表に出し――そして僅かな間を空けて思い直したかのように構えを取り、警戒を見せる。
「随分と、余裕あるんだね。あたしが乗ってないとでも思った?」
ㅤ返ってきたのは、闊達そうな風貌からは想像もつかないような、棘をびっしりと纏った言葉だった。海に落ちていたことも踏まえると、この殺伐とした世界でどんな目にあったのか、推定できる。
「乗ってたら困るんだけどね。どの道、逃げ場はないんだ。」
ㅤ桐生に拳銃を渡し、ダイケンキまでもを失った今、オタコンは武力といえるものを持っていない。千枝が何かしらの武器を所持しているのならおそらく勝ち目は無い。ひとまず問答無用で襲ってくる相手ではないようだ。刺激しないよう慎重に、相手の出方を伺う。
「どこへ向かっているのか、良かったら聞かせてほしい。」
ㅤオタコンの問いに、怯む千枝。目的地――八十神高等学校を目指す理由は、そこに仲間たちがいるかもしれないからだ。しかし、そこには少なからず正しいとは言えない動機が混ざっている。今は亡き親友の恋人を、心の拠り所としているという自覚。誰にも知られたくないし、知られ得る要素を与えたくない。
「……別に。そっちはどうなのよ。」
ㅤよって、千枝は口を閉ざした。それを、具体的な目的地は特に無いと受け取ったオタコンは、好機とばかりに、支給された紙に簡潔な情報を走らせる。そして、盗聴対策に会話を成立させるだけの言葉を添えながら、唐突に何かを書き始めたオタコンに少し困惑している千枝に、その内容を突き付ける。
『首輪を調べるㅤ研究所を目指す』
(……!)
ㅤそれは唐突に差し伸べられた、この殺し合いの中での希望だった。
ㅤもし誰も殺さずとも帰れるのなら、多くの者の他者を殺す動機がなくなって、殺される心配も無くなるということ。もちろん、他人を殺すことに特別感を抱いていた久保美津雄のような者もいるかもしれず、不安要素が消え去るわけではない。それでも、常に心を締め付けているこの不安や恐怖の大部分からは解放されることだろう。
ㅤ目の前の男は、見るからに科学者といった風貌の、頭の良さそうな人。専門知識なんて持ち合わせていない高校生の集まりでしかない自称特別捜査隊には絶対に辿り着けない角度から、この殺し合いへの対抗策を見出すことができるのかもしれない。
ㅤ縋りたい。そう思わずにはいられなかった。
「良かったら、ついてきてくれないかな。君が戦えるのなら身を守れるし、大人数でいるだけでも危険は減るだろう。」
ㅤ盗聴されても不自然には思われない程度の会話の流れを作り、オタコン自身の声で勧誘する。その話術からも、オタコンの頭の良さは何となく伝わってきて。首輪を調べるというのも、現実的に可能なのかもしれない。
ㅤそんなことを考えながら次に提示された紙には、簡潔な一言だけが書かれていた。
『みんなを救いたいんだ』
ㅤそれは弱々しくも、オタコンの確かな意志だった。
ㅤオタコンは、皆が助かる道を提示してくれている。ここはもちろん、首を縦に振るべきだ。正義っていうのが何なのかはまだ分からないけれど。少なくとも、命令通り殺し合うよりは正義に近いものだと思う。完二にだってわかる、簡単な理屈。
「うん……」
ㅤいいよ――そう言おうとした口は、しかし次の瞬間には止まっていた。まるで幽霊を見たかのような驚愕の色に表情を染めて、ただただ立ち尽くす千枝。
「……?ㅤどうしたんだい?」
ㅤ心配そうに、声をかけるオタコン。しかし、返事はない。
ㅤ千枝の目の先には、オタコンの背後に佇むシェリーの姿があった。
ㅤ望んでもいない旅館の跡を継ぐことが生まれつき決まっていて、その修行のためにやりたいことを我慢するしかなくて、そんなレールの敷かれた運命というものを諦観していた、かつての雪子。シェリーは、その時の雪子と同じ表情をしていた。悲しいとか、苦しいとか、そんな感覚とも違う。願いが叶うのを諦めているような表情だ。雪子のそんな顔を見るのも少なからず辛かったが、無垢な子供が浮かべているそれはまた違う心苦しさがあった。
ㅤ同時に、オタコンの知力に依存する道が希望であるなどとは到底、思えなくなってしまった。
ㅤみんなを救う――聞こえはとってもいい言葉だけど。それを謳ってた奴で、根本的にやり方を間違っていた奴だって、いたじゃないか。雪子に始まり、最終的に菜々子ちゃんまで危険な目に合わせて。その全員を助けられたのが本当に奇跡だと思えるくらい、生田目は色んなものを掻き乱していた。
「救いたいって言ってもさ……」
ㅤ生田目の救いたいっていう気持ちは、自分たち自称特別捜査隊と同じだったはずなのに。結果的に方法が合っていたか間違っていたかの違いでしか無かったのに。正しい気持ちが正しい結果を招く保証なんて、どこにもないんだ。
ㅤ例えば、盗聴だけでなく、監視もされているとしたら?下手に首輪に手を出して、それが主催者の怒りを買って爆発させられたら?
ㅤただの失敗ならまだいい。でも、それどころか最悪の方向に向かってしまう要因もたくさん考えられる。オタコンが希望だなんて、断定できたものではない。
ㅤでも、たったひとつ、言えることがある。
「……少なくとも、さ。その子は、救われてるようには見えないんだよ。」
ㅤモヤモヤするし、イライラする。壊れそうなくらいにぐちゃぐちゃになった気持ちを、全部ぶつけるように。
「――ペルソナッ!!」
ㅤ思い切り、アルカナを蹴りつけた。パリン、と何処か心地良い音を奏で、千枝の心の影『トモエ』が顕現する。本人の荒ぶった心を映し出すかの如く、トモエは乱雑な軌道を描き――シェリーへと、向かっていく。
「え……?」
「……シェリー!」
ㅤ驚愕の混じったオタコンの声が、明るい空に響き渡った。
■
ㅤ振り上げられたトモエの薙刀は、シェリーの頭部を砕く直前に、ピタリとその動きを止めていた。
「あ……あ……」
ㅤ眼前まで迫った死に、腰を抜かして動けなくなったシェリー。藁をも掴む想いで、助けを乞うように視線を動かした先にあったのは、オタコンの姿だった。シェリーを庇おうとするでも、助けようとするでもなく。向けられたトモエという暴力から、少しでも離れようとするかのように、海に落ちるギリギリまで橋の端まで離れていた。
「……ほら。冷たい関係だね。」
ㅤ千枝の口が、冷徹な言葉を紡ぐ。
「あたし、心の底から信じられるような人はもうひとりしかいないけどさ。一緒にいるのなら、せめて表面上だけでも信じたいじゃんか。」
ㅤ人に、醜い部分があることは知っている。自分の心も、他人の心も、ある程度を割り切って、受け入れなくては関係を築けないことも、知っている。
ㅤ例えば、先ほどまで同行していた錦山さんはヤクザだし、自分が考えている以上に黒い一面も持っているんだってのは想像がついた。だけど、あの人の語る命への真っ直ぐな向き合い方だけは、信用に足るのだと思えたのも確かだ。だから海上の戦いでもお互いを助け合いながら立ち回れたし、そのおかげであの死線を自分は生き抜けたのだとも思っている。
「あたし、あんたには協力できないね。」
ㅤぶっきらぼうにそう言い放つと、千枝はオタコンとシェリーを横目に、そのまま南へと歩いていく。その歩みを止められる者は、その場にはいなかった。
「……。」
「……。」
ㅤそして、その場には沈黙だけが残された。本当に危ない時、オタコンはシェリーを見捨てるということが証明された今、オタコンが何を語っても説得力を持たなかった。
ㅤシェリーも分かっている。それが正解なのだと。首輪なんて自分には調べられないし、それができるオタコンは誰よりも率先して生き延びるべきなのだと。でないと、誰か1人を残して皆が死ぬことになるのだと。
ㅤだけど、理屈じゃない。切り捨てられる側は、たまったもんじゃない。みんなが助かるための礎にされるのは嫌だ。
ㅤだけど、オタコンから離れて生きていられるようなアテがあるわけでもなく。
「……逃げないよ。分かってるから。」
ㅤ運命を悟ったかのようなシェリーの言葉が、オタコンの心にただただ突き刺さる。あの時身体が動かなかったのは紛れもない事実で、正当化できる理論も存在しない。
(みんなを救いたい、か……。)
ㅤあの言葉は、本当に自分の心の底から出た言葉だったのだろうか。それとも、ただあの少女を味方に――自分の盾にするための、ただの薄っぺらな甘言だったのだろうか。
ㅤ今となっては分からない。分かりたくも、ないのかもしれない。
【D-4 橋/一日目 午前】
【ハル・エメリッヒ@METAL GEAR SOLID 2】
[状態]:疲労(大)、無力感
[装備]:忍びシリーズ一式@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド
[道具]:基本支給品、765インカム@THE IDOLM@STER
[思考・状況]
基本行動方針:首輪を外すために行動する。
1.首輪解除の手がかりを探すため、研究所へ向かう。
2.武器や戦える人材が欲しい。
3.もっと非情にならなければならないのかもしれない。
4.生きなくてはならない。
※本編終了後からの参戦です。
【シェリー・バーキン@BIOHAZARD 2】
[状態]:不安
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない。
1.オタコンについていく。
2.カズマ……。
3.オタコンに強い怒り。
※本編終了後からの参戦です
【里中千枝@ペルソナ4】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(大)びしょ濡れ 右掌に刺し傷。 精神的衰弱(鳴上悠の存在により辛うじて保っている状態)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、守りの護符@MONSTER HUNTER X、ランダム支給品(0~1個)
[思考・状況]
基本行動方針:殺さないと殺される、けど今の私じゃ、殺す覚悟もない……
1.八十神高校へ向かい、鳴上君と再会する。
2.それからどうすればいいのか決める。
3. “自分らしさ”はどこにあるのか、探してみる
4.自分の存在意義を見つけるまでは、死にたくない
5.願いの内容はまだ決めていない
※錦山彰、ミファーは死んだと思っています。
最終更新:2022年12月10日 19:36