「すみません。そのボール、貸していただけませんか?」

放送を間近に控えて歌うのを中断した星井美希に対し、モンスターボールを指差して要請する9S。周りにあるものの中で唯一、ハッキングできそうだと感じたのである。

「ん、いいよ。はい。」

承諾した美希は9Sにボールを手渡す。ハッキングする際にそれを手に取る必要性は無いが、他者の持ち物に勝手に触れることに抵抗を覚えたために許諾を得るというプロセスを踏む9S。そしてそういったやり取りの中で9Sはやっぱり人間のようだと感じる美希。

(かつては僕も、こんな風に誰かと……?)

相手のことを想い、歩み寄ろうとする現状にどことなく既視感を覚えつつも、9Sはモンスターボールを握り、念じる。そして次第に、意識が仮想空間へと吸い込まれていく。そんな9Sを待っていたのは──



『──ッ!?何だ、これは…………!』



四方八方をセキュリティシステムの役割を果たす『敵』に囲まれた光景であった。

(これは……何て険しいセキュリティなんだ……)

9Sのアクセスを検知するや否や、迎撃にかかるセキュリティシステム。突破が一筋縄ではいかないのは明白だった。

しかし、だからといって諦めるわけにはいかない。
これは殺し合いのために配られた支給品。つまり扱い方によっては人を殺せる道具であると考えられる。
そんな道具を、美希が使い方も分からないまま扱っていれば命にも関わる事故に繋がる可能性も否定できない。

(今度は……必ずハッキングを成功させてみせるッ!)






「なるほど、この生き物に司令を与える媒体ですか。」

モンスターボールのハッキングを終え、9Sはその機能を覗く。
本調子であればこのレベルのハッキングであっても、現実世界と電子世界の同時進行で戦うことができたのかもしれないが、今の9Sにはそこまで精密なハッキングはできそうにない。少なくともハッキングして電子世界で戦っている間の10秒ほどは無防備になるため、戦っている敵のモンスターボールをハッキングするのは現実的ではなさそうだ。

(さて。僕が操作するか、爆破するかの二通りを選べそうですね。爆破したらこの子は所有者無しの状態にでもなるのでしょうか……。)

9Sから見てもモンスターボールに用いられる技術力に多少は驚くものがあった。が、それよりも驚くべきことは、仕組みを解明しようとすれば9Sをも唸らせる小型装置を、専門知識など全く無い美希が正しく扱えている点であった。
高度な仕組みを作ることが難しいのは当然の摂理。しかし使用者が仕組みを知らずとも扱えるモノを作り出すとなるとその難しさは格段に跳ね上がる。

(――サイケこうせんを撃て。)

「……!むううん!!」

試しに外部の音声を認識する装置に情報を送り込む。
するとムンナことおはなちゃんは何も無い場に向けてその通りに攻撃する。

「面白い装置ですね。これ、僕がハッキングして扱えば僕の命令を聞かせることもできるようです。」

モンスターボールの仕組みに高揚感を覚える9S。しかし美希は少し悲しそうな顔で返す。

「でも、無理やり戦わせるのは可哀想だと思うな。」

「……確かに、そうですね。ごめんなさい、僕の配慮が足りなかったみたいです。」

己を咎める美希に、素直に謝罪する9S。
美希はこんな殺し合いに巻き込まれていいはずがない、優しい子なのだと実感する。



──そんなはずないだろ。


そして同時に。
そんな9Sの脳裏に、ふと何かが込み上げてきた。


──機--命体のくせに、悲しいはずが……


「──ぐっ!!」

突然、9Sは頭を抑えてうずくまり、美希が心配そうに駆け寄る。

「どうしたの?ナインズくん、すごく怖い顔してるよ?」

「申し訳ありません。何かを思い出しそうに……」

今、思い出しかけたものは何だ?断じて美希に対してのものでは無いが、それは憎悪と呼ばれる感情の類であったことは分かる。

だが、アンドロイドに感情などあるはずが無い。確かに、人類とのコミュニケーションに支障が出ないよう、人類が様々な状況で感じる感情に即した行動をプログラムしているのは確かだ。だがそれは、アンドロイドの感情とは呼べないはず。

『──感情を持つことは禁止されている。』

"感情"というキーワードからか、再びノイズ混じりの記憶がフラッシュバックする。

これは誰の言葉なんだ。
禁止されている?
それならばアンドロイドは感情が無いのではなく、規則によって無いように振る舞わされているだけなのか?

だったら一体、何のため?

……それを突き詰めていくと、何かを思い出せそうな気がする。



『ごきげんよう、みんな。殺し合い楽しんでる?』

9Sの欠けたピースの模索は、マナの放送の声に阻害された。
一旦記憶を掘り起こすのを中断し、放送に耳を傾ける。
いつの間にか、隣にいる美希が9Sの裾を掴んでいたことに気付く。



その名は、唐突に告げられた。


『天海春香』


「っ……!」

「……美希?」

一番初めの死者の名前が呼ばれた瞬間、美希の瞳からぼろぼろと涙が零れ落ち始めた。
それは掴みどころの無いマイペースな彼女と、歌っている時の可憐な彼女しか知らない9Sには想像もつかない一面であった。
そこにいたのは先ほどまで希望とやらに満ち溢れた歌を歌っていた彼女とは違う、一人のか弱い少女だったのだ。

「……大切な友達。呼ばれちゃったの。」

美術館という人工施設の中で、最初の一時間強は眠って過ごし、さらにその後もずっと歌っていた美希。殺し合いの世界に来てからの美希はずっと日常の延長上にいた。
しかし、だからといって心の準備ができていないわけではなかった。
春香が夢に出てきた時から、生物学では凡そ解析できそうにもない虫の知らせめいた何かがずっと胸の中にあった。

(ミキ、こういうの外したことないもんね……。)

だけど、それでも。予感があったことと悲しみに耐えられることはまた別である。
良き友人であり、共に高め合うライバルでもある春香の喪失を実際に突きつけられたことは、その予兆とは比べ物にならないくらい悲しかった。

「大丈夫。」

そんな美希の頭に、9Sはそっと手を乗せる。
もっと強いと思っていた女性が、思いがけずふと見せたか弱い一面──何て愛おしいのだろう、と。9Sは不謹慎ながらにそう思った。

「僕が、美希を独りにはしませんから。」

「ん……ありがと、ね。」

美希と9Sでは美希の方が少しだけ背が高く、頭を撫でるには少しぎこちなさが生まれる身長差である。そういった所作のところどころが、やっぱり人間らしく見える。

(どこかプロデューサーみたい……安心、するの……。)

美希にはその手が、きっと人間よりも暖かく、心地良いものなのだと思えた。


少なくとも、もうひとつの名が呼ばれ、その手の温もりが離れていったその時までは。


『ヨルハA型二号』


「ヨル……ハ……?」

自分と同じ「ヨルハ」の名を冠し、アルファベットと数字で構成された名前の人物。記憶の無い自分と関係のあるアンドロイドであるのは明らかだった。

「うっ……!」

「わっ……ナインズくん!?」

そしてその名を認めた瞬間、9Sは視覚システムにまでノイズを及ぼすほどの頭痛に見舞われる。
まるでハッキングされたかのように、意識が保てなくなり、次第に闇へと沈んでいく。
そして僅か数秒。9Sの意識が戻った時、美希の頭を撫でていたはずの手は美希の両手に包まれていた。

「良かった……気がついたみたい。」

美希と目が合う。
ありがとうございます。そんな言葉を発するつもりだった。しかし、9Sの口から零れたのは別の音声。

「彼女はどうして裏切ったのだろう──」

「え?」

「最初に在ったのは、そんな疑問。」

「ナインズ……くん?一体どうしたの?」

「裏切ったのは、---だろう?──疑問の答えとなる彼女の言葉は、思考回路に一抹の不安を残した。」

ふらふらと、美希へと歩み寄る9S。

「だから僕は無断でバンカーの中枢をハッキングして……そう、知ってしまったんだ。」

そして9Sはその肩を掴む。
困惑と、多少の赤面を見せる美希を真っ直ぐ見つめる。

「そう、僕は……人類(あなた)に会いたかった……人類(あなた)に、触れたかったんだ……!!」

先ほどの美希以上に涙を流し、その場に崩れ落ちる9S。それはこの世界で志半ばで倒れた、殺し合うはずだった敵に向けて語った夢。本来は叶うことのなかった、露よりも儚い夢。


「僕は、貴方を護ります。それがヨルハ(ぼく)の生きる証だから。」

9Sは誓いを立てる。
その様子を見て、美希は思う。
きっとその瞳の先に映っているのは自分ではないのだと。

(やっぱり……ナインズくんの過去は……)

天性の直感力など無くても分かる。ナインズくんが何か闇を抱えていたこと。記憶を取り戻すことが、必ずしも幸福な結末に繋がるとは限らないということ。

「安心して。」

分からない。
ナインズくんの記憶を取り戻すのが本当にナインズくんにとって幸せなことなのか。
過去を乗り越えることは必要なことかもしれないけれど、時にそれは前に進む気力すら奪ってしまう──ちょうど、千早さんがそうだったように。

「ミキも……ナインズくんを独りにはしないよ。」

すぐに出すことの出来ない結論を頭から遠ざけるように、美希はそう語りかけた。

【B-4/美術館の廊下/一日目 朝(放送直後)】
【星井美希@THE IDOLM@STER】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(0~2個)
[思考・状況]
基本行動方針:自分にできることをする。
1.ナインズくんが記憶を取り戻す手伝いを……?


【ヨルハ九号S型@NieR:Automata】
[状態]:記憶データ欠如
[装備]:マスターソード@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(確認済み、0~2個)、モンスターボール(ムンナ)@ポケットモンスター ブラック・ホワイト
[思考・状況]
基本行動方針:記憶を取り戻す。
1.僕は一体何者なんだろう。


※Dエンド後、「一緒に行くよ」を選んだ直後からの参戦です。
※ゴーグルは外れています。
※記憶データの大部分を喪失しており、2BやA2との記憶も失っていますが、なにかきっかけがあれば復活する可能性はあります。
※元の世界で人類が絶滅していたことを思い出しました。
※まだ名簿は見ていません。


【ムンナ ♀】
[状態]:健康、ピンク色の煙を出している
[特性]:よちむ
[持ち物]:なし
[わざ]:あくび、サイケこうせん、ふういん、つきのひかり
[思考・状況]
基本行動方針:美希についていく。

※所有者は星井美希のままですが、モンスターボールをハッキング済みのため9Sがモンスターボールに情報を送ることで遠隔操作に近い指令ができます。


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082:虚空に描いた百年の恋(前編) 投下順
046:Day of the future 星井美希 102:Androidは眠らない?
ヨルハS型九号

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最終更新:2021年05月02日 01:15