(――殺し合い、か)
アスファルトの上、レオン・S・ケネディは静かにマナの
ルール説明を思い出す。
殺し合い。それも人間同士で。ゾンビまみれの街を徘徊するという非現実的な体験をしたレオンを持ってしても異常と言わしめる発想だ。
無論、レオンは殺し合いに乗るつもりなど毛頭ない。相手がゾンビならばまだしも理性のある人間を殺したいなどとは思ったこともなかった。
そう、レオンはこれまで話の通じない相手と戦ってきた。ゆえに話し合いで解決できる可能性があるというだけで希望に繋がる。たとえ相手が殺人嗜好の持ち主でも、言葉を交わすことは出来るのだ。
会話ができないことの恐怖をよく知っているレオンだからこそ言える。この殺し合いはきっと止められる、と。
だが、障壁は多い。
まず第一に、この悪趣味な首輪をどうするかだ。
これがある限り主催の掌の上から逃れることはできない。それはルール説明の際の一連の流れで思い知らされている。
機械弄りは苦手ではないがそのレベルの腕でどうにかなる代物でもあるまい。これに関してはそういった知識と技術を持ち合わせた参加者と合流できることを願うほかにない。
第二に、ウルノーガと呼ばれたあの怪物。
いつかのタイラントを思わせる不気味な肌を持ったその怪物は、不可解な能力でマナに立ち向かった桐生とティファを吹き飛ばした。常人であるレオンからすれば何が起こったのかすらもわからない。
まるでファンタジー映画の悪役のようだった。ああいった類には銃弾が通用するのかどうかすら怪しい。
超能力も魔法も使えず、警官としての体術と銃火器への知識がある程度の人間ではとても太刀打ち出来ないだろう。現状、これがレオンにとっての最大の障壁だ。
「くそっ、俺はいつのまにオカルト世界の住人になったんだ?」
話を変えるが、ここに連れてこられた彼は新米警官だった頃のレオンである。
大統領直轄のエージェントとして特殊訓練を積むのは当分先の話だ。つまり、今のレオンは参加者の中でも無力な類に入る。
時期が違えばもっと冷静に、もっと慎重に立ち回ることができただろう。”話し合えば解決できる”などという人間の底を知らぬ甘い考えも、彼がまだ未熟であるがゆえのものだ。
仮定の話など無意味とはいえ、今のレオンが未来のレオンに比べ劣っているのは事実。
これは、それを踏まえた上での話だ。
「――あの、少しよろしいでしょうか?」
「っ!? ……あ、ああ。気が付かなくて悪かった」
考えに耽っていたレオンは背後からかかる声に肩を跳ねさせた。
もし相手が殺人鬼だったならば、と考えたらゾッとする。己の失態を反省しながら、声の主へと顔を向ける。
柔らかな顔立ちの女性だった。金糸雀のように憂いを帯びたブロンドのショートヘアにレオンははっと息を呑み、視線が行くあてもなく彷徨った。
「俺はレオン・スコット・ケネディだ。君は?」
「セーニャと申します。……あの、レオンさまは殺し合いには……」
「勿論乗ってないさ。不安がらなくていい、なんなら荷物も預けよう」
セーニャ、と名乗った女性へレオンはできる限り無害であることを主張する。
デイパックを地面に降ろし、両手を挙げぶらぶらと何も持っていないことを強調させれば、セーニャは緊張に強張った顔を少しだけ和らげた。
「安心しました。もし声を掛けた方が殺人を肯定していたら……と心配していましたが、杞憂に終わったようです」
「はは、俺がそんな風に見え……まぁこんな状況じゃ仕方ないか。セーニャ、よければ一緒に行動しないか?」
「よろしいのですか? では、お言葉に甘えて。これからよろしくお願いいたします、レオンさま」
こちらこそ、と苦笑気味にレオンが返しデイパックを拾い上げる。
ぺこりと丁寧にお辞儀まで交えるセーニャの言動は真面目で清楚という印象をレオンに抱かせた。
活発で肝の据わったクレアと長く行動を共にしてきたせいか彼女のような女性を新鮮に感じる。だからこそ、自分が守らなければとレオンの真っ直ぐな決意をより固いものにした。
「早速だがセーニャ、俺はこの首輪を外せる人間を探したい。そのために近くの病院に行きたいと思うんだが、構わないか?」
「病院、ですか……はい、構いませんよ」
反芻するセーニャの口ぶりはどこかぎこちないものだった。まるで病院という言葉を初めて聞いたかのように。
それに違和感を覚えなかったわけではない。だが些細なことであるためレオンは特に追求せずに頷いた。
「じゃあ病院へ向かおう。運が良ければ薬も手に入るかもしれない」
「まぁ、それは魅力的ですね。……あ、その前にレオンさま、支給品の確認はお済みですか?」
「支給品……ああ、そういえば考えごとに夢中で忘れてたな。武器が入っているかもしれないし、悪いが少し待っていてくれ」
レオンが武器を持っていないことに気付いてか、投げられたセーニャの問いはレオンにとって完全に失念していた事柄だった。
支給品の確認など基礎の基礎であるというのに。殺し合いをどう突破するかという思考に囚われすぎていたせいで普段よりも緊張感を欠けさせていたのかもしれない。
セーニャへ一言声をかけデイパックを再び降ろした。
上の方にある地図やランタンなどの基本支給品を掻き分け、メインであるランダム支給品を探る。やがて忙しなく動いていたレオンの右手は硬い感触にぶち当たった。
「これは……槍、か? 立派な武器だが、出来れば銃の類が良かったな。あまりこういう武器は得意じゃないんだ」
取り出したのは黒い大きな槍。
扱う人間が違えばとても強力な武器なのだが、槍の心得のないレオンにとっては扱いづらいことこの上ない。男の自分がこうなのだからセーニャにも扱えないだろうと判断し手元に置く。
セーニャはその武器を見て僅かに瞠目するが、背を向けているレオンはその微細な変化に気づくことはなかった。
「……おお! これはいいぞ、見たところ薬みたいだ。説明書を読んでみる」
「レオンさま」
「ん? どうかしたのか? …………HPを回復? なんだこの説明は。まるでゲームじゃないか」
セーニャの呼びかけに応じはするも、レオンの目は軟膏薬に付属された説明書に向けられている。
大した用事ではないと判断したのだろうか。それとも説明書に記された内容があまりにもふざけたものだったせいか。
どちらにせよ、それは間違いだったと後に気付かされることとなる。
「ごめんなさい、レオンさま」
「……なに? セーニャ、なにを――」
――――メラゾーマ。
セーニャの唐突な謝罪にレオンが振り返る直前、詠唱が終わった。
そこにレオンの想定していたセーニャの顔はなく、代わりに太陽のような灼熱の塊が目前に迫る。
声を上げることもできなかった。呆気にとられたまま、何が起こっているのかも分からないまま――大口を開けた焔はレオンの身体を飲み込んだ。
ぼうッ、と何かが弾ける音がした。
じゅうッ、と何かが焦げる音がした。
火球が着弾した箇所、つまりレオンがいた場所から龍のような火柱が立ちのぼる。
既にレオンではなくなったそれを執拗にむしゃぶるルビーの炎は、まるで獲物を骨の髄まで焼き尽くすと語っているようだった。
仮定の話など無意味だ。
しかしもし、もしもだ。今ここに連れてこられていたレオンの時期が違えば。エージェントとしての経験を積み、バイオテロを解決したレオンだったのならば、だ。
出会って間もないセーニャへ無防備に背中を向けることも、突如向けられた火球を前に棒立ちすることもなかっただろう。相応の場数を踏んだ彼なら立場は逆転していたはずだ。
だが、現実は決して覆らない。
火柱が収まったのは果たして何秒、何分経った頃だろうか。
焼け焦げたアスファルトの上にレオンはいない。いや、正確に言えばレオンだったもの――もっとも、それを証明するものは何一つ残っていないのだが。
代わりに残っているのは髪と肉が焦げる残り香と彼が漁っていた支給品のみ。デイパックは燃え尽き、槍と軟膏薬しか原型を留めていない。
「……うッ、おえッ……! げほ、っ…………う、ぐぅ……!」
レオンを殺害した張本人、セーニャは立ち込める異臭に吐き気を催した。
いや、なにも異臭だけが理由ではない。自分が人を、さっきまで話していた人間を殺した事実がぐちゃぐちゃな感情となってセーニャを掻き乱した。
「レオン、さま……ごめん、なさい…………ごめんな、さい……ッ!」
膝を折り、地に手をつけるセーニャの翡翠の双眸から雫がこぼれ落ちる。
それはとても人を殺した者のとる行動には見えない。自分が行ったことを心の底から後悔し、神に懺悔するなど矛盾している。
そう、セーニャは矛盾していた。助けたいから殺す、殺してしまったから悲しむ。そんな不可解な鎖に縛られていた。
嗚咽と嘔吐きを繰り返すセーニャのレオン殺害の動機は至ってシンプルだった。
優勝し、この殺し合いをなかったことにするためだ。更に詳しく言うのならば、彼女の世界で起こった世界樹崩壊前まで時間を戻すため。
この殺し合いはウルノーガの手によって開催されたものだ。
ならばウルノーガが世界を支配する前の時間まで戻り、そこでウルノーガを倒せばこの殺し合いは起きないはず。
更にセーニャの姉であるベロニカは世界樹の崩壊から自分達を救うために命を投げ捨てた。時間を巻き戻せば、ウルノーガの暴走とベロニカの死を阻止できる可能性があるのだ。
勿論その道を歩むことの罪深さは理解している。理解した上でセーニャはベロニカを、みんなを救いたかった。
この場に呼ばれたのは自分だけではない。ルール説明の際に見えたカミュの姿が決定的だ。
恐らく集められたのはウルノーガに因縁が深い人物。つまり、セーニャが共に旅をしてきた仲間たちだ。
イレブン、カミュ、シルビア、ロウ、マルティナ、グレイグ――この中の数名、あるいは全員が呼ばれているのは確実だろう。
そう推測していたセーニャは、自分が願いを叶えられずとも他の仲間に託すと決めていた。
きっと、彼らは自分を止めるだろう。
彼らは立ち向かうはずだ。願いを叶えるという甘言に乗らず、自らの手で生き残りウルノーガを倒さんとするだろう。
けれどそれではベロニカは生き返らない。この殺し合いで犠牲になった人達は蘇らない。
「……私は、私は皆様を……救いたい、……!」
自分に言い聞かせるように呟いた言葉は風に溶ける。
このままでは自分を見失いそうだから。心を軋ませる罪悪感と重圧に押し殺されてしまいそうだから。
その信念だけは曲げない。自分はみんなを救うために殺す。
ひどく矛盾した決意を固めたセーニャは、震える足で立ち上がりレオンの遺した支給品を回収する。
ぎぃ、と槍が悲しみの音色を奏でた。
重い。けれど、命の重さにしては軽すぎる。
哀しき処刑人は祈りを捧げる。天へ昇ったレオンの魂を悼むように。あるいは、自分の内に牙剥く罪の意識を和らげるように。
数分の黙祷を捧げ、覚束ない足取りで歩く。レオンが言っていた病院という施設へ。
過ぎ去りし時を求めて。
【レオン・S・ケネディ@BIOHAZARD 2 死亡確認】
【残り69名】
※レオンの死体は焼失しました。
【D-5/一日目 深夜】
【セーニャ@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて 】
[状態]:健康、決意、罪悪感(大)、MP消費(極小)
[装備]:黒の倨傲@NieR:Automata、星屑のケープ@クロノ・トリガー
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(確認済み、1~2個)、軟膏薬@ペルソナ4
[思考・状況]
基本行動方針:優勝し、世界樹崩壊前まで時を戻す。
1.優勝する。それが無理ならば他の仲間を優勝させ後を託す。
2.病院へ向かい、参加者を殺害する。
3.……ごめんなさい、レオンさま。
※世界樹崩壊後、ベロニカから力を受け継いだ後からの参戦です。
※ウルノーガによってこの殺し合いが開催されたため、世界樹崩壊前まで時間を戻せば殺し合いがなかったことになると思っています。
※回復呪文、特技に大幅な制限が掛けられています。(ベホマでようやく本来のベホイミ程度)
※ザオラル、ザオリクは使用できません。
※ザキ系の呪文はあくまで生命力を奪う程度に留まっており、連発されない限り即死には至りません。
【黒の倨傲@NieR:Automata】
レオンに支給された黒い槍。
特殊効果として『攻撃速度UP』、『黒い衝動』が付与される。
『黒い衝動』はHPが30%以下に攻撃力が40%上昇する効果。本ロワオリジナル効果としてこの状態になった場合、大きな破壊衝動に駆られる。
【星屑のケープ@クロノ・トリガー】
セーニャに支給されたケープ。
高い防御力に加え、魔法防御+10の効果がある。女性専用装備。
【軟膏薬@ペルソナ4】
レオンに支給された回復アイテム。
味方単体のHPを100回復させる。とはいえ100という数値はペルソナ基準であるため当てにならない。
わかりやすく言えば中程度の回復効果がある。
最終更新:2022年06月24日 01:14