――キィンッ! ガギィンッ!
冴える月光の下、暗がりの丘陵にて火花が舞い踊る。
鬱蒼と茂る草を踏みしめ駆けるは二つの影。一つは人間、一つは異形。
耳を揺らす金属音は果たして何度目になるだろうか。会場でもっとも高い場所に位置するそこでは戦士の攻防が繰り広げられていた。
「ちぃっ……なんなんだこの魔物は!」
いびつな金属音と共に後方へと跳躍する人間、カミュ。
普段のような調子者を演じる余裕もなく武器を構え直す。彼に支給されたのはよりにもよって扱ったことのない大剣だった。
剣というジャンルである以上扱えないわけではないが片手剣やナイフと比べて圧倒的に練度が足りていないのは事実。
ゆえにカミュの額には冷や汗が伝い、これが得物であればどれだけよかったかとどうにもならない”もしも”を渇望していた。
「どうした! 来ないならこっちからいくぜッ!」
対するは小柄な身体を活かし高速でカミュへ肉薄する異形、カエル。
両生類の肉体とは裏腹に、器用に金属バットを片手に握り大剣と渡り合う実力はカミュでさえ息を呑むほどだ。
確かにカミュが押され気味である理由には慣れない武器だからという理由もある。が、仮に互いが得物を持っていたとしても実力の差はさほど無いだろう。
カエル自身金属バットなどという代物は扱ったこともない。しかし単純に両手で握り、振るうという用途が同じ以上適応するのにそう時間はかからなかった。
「はぁっ!」
「くっ……!」
大剣の腹に手を添え、盾のように構えるカミュはカエルの攻撃を間一髪で凌ぐ。
何十回目の火花が散り互いの顔を一瞬照らし出した。自分の焦燥に濡れた顔を見られるのを嫌ったカミュは力任せに大剣を振るう。
質量の違いか、バットごと吹き飛ばされたカエルはしかし華麗な着地と同時に再びカミュへと急接近。
しかしカミュとてそう何度も肉薄を許さない。
「ジバリーナ!」
「ッ!?」
聞き慣れぬ単語が飛び出しカミュが手をかざしたかと思えば刹那、疾走するカエルの足元に魔法陣が描かれる。
警戒を抱き足を止めたカエルの判断は誤ちだった。一瞬の地鳴りを立て魔法陣の中央から生み出された土塊がカエルを大きく突き上げる。
強烈な勢いで腹部を押し上げられる感覚に空気が漏れる。明滅する視界が映す空の色から初めて自分が宙に舞っているのだと気が付いた。
油断していた。まさか魔法まで使えるとは。
気持ちの悪い浮遊感に苛まれながらもカエルの思考は冷静だった。
だからこそこのまま素直に地面に叩きつけられてやるつもりもないし、そうならない手段をカエルは持っている。
「なッ!?」
勝利への一歩に笑みを浮かべていたカミュの顔は一瞬にして驚愕に変わる。
それも当然。カエルは空中でありながら的確にカミュの右腕へ向けて舌を伸ばし器用に巻き付けてみせたのだから。
その状態のままカエルは全力で舌を引き戻す。ぐん、と抗いようのない引張力がカミュをカエルの元まで連れて行った。
こうなってしまえば土俵は同じだ。
「がッ、は――!?」
カエルのフルスイングがカミュの脇腹を捉える。
鈍く痛々しい音があたりに響いた。バットに打ち落とされる形でカミュの肉体は猛烈な勢いで地面へ落下する。
背中を打たれ白濁した意識が無理やり引き戻された。見開いた目が捉えたのは、落下しながら第二の攻撃を加えんとするカエルの姿。
舌打ち交じりにカミュは必死に転がる。
それとほぼ同時にカエルのバットが先ほどまでカミュの頭があった場所を打ち抜き、小規模なクレーターを作り上げた。
痛む身体にむち打ちカミュは立ち上がり距離を取る。ダメージはさほど深刻ではないものの二度と喰らいたくない威力だった。
「く、そ……! 味な真似、しやがるぜ……」
「はっ、先に奇妙な魔法を使ってきたのはそっちだろ。青髪」
そしてそれは軽口を返すカエルも同じだった。
ジバリーナというカエルの知らない魔法。それは彼にとって十分脅威に値するものだ。
未だに内蔵を突き上げられる感覚が忘れられず、痛みも抜けない。互いのダメージは五分といったところだろう。
緊迫した睨み合いが続く。どちらも実力が拮抗している上、どんな隠し玉を持っているかわからないため迂闊に攻め込めないのが理由だ。
なぜ二人が争うことになったのか。二人の性格を知る者は疑問に思うだろう。
カミュもカエルも殺人嗜好の持ち主などではないし、それどころか正義漢と言える真逆の性格だ。
事実カミュに至っては最初の広場でマナに反抗している。
一方のカエルは、呪いによって姿を変えられる前は騎士道精神に溢れていた立派な男だった。
しかし魔王によって親友を殺され、その罪を贖おうと必死で戦い続ける中でその性格は徐々に歪んでいった。
勿論困っている人間を助けたいという根底の気持ちは変わらずある。しかし、魔王を殺すことだけが親友への唯一の罪滅ぼしとしていたカエルにとってその目的は何よりも優先すべきことだった。
魔王を打倒するためには元の世界に帰らなければならない。
この殺し合いに魔王が連れてこられていることを知らないカエルはそう考えていた。
元々世界の未来よりも友情を取る男であるカエルが迷う余地はない。カエルはこの殺し合いに優勝し、元の世界に帰り――願い云々が本当なのであれば、親友サイラスを蘇らせることを目的とした。
無論、サイラスの死を受け止めた時期のカエルであればこのような考えには至らなかっただろう。
今のカエルはよりにもよって、ようやく魔王と対面し一騎打ちを果たす直前に連れてこられたのだ。冷静でいろという方が無理があった。
つまり、この戦いはカエルが仕掛けたものだった。
計算外だったのはカミュが予想以上の手練れだったということ。一瞬で終わると思っていた戦いがここまで長引き、あまつさえダメージを負ってしまった。
この殺し合いで勝ち残るということがひどく険しい道なのだと思い知らされる。
「ジバリーナ!」
睨み合いを先に切り上げたのはカミュだった。
さきほど聞いた脅威の名。しかし同じ過ちを繰り返すほどカエルは馬鹿ではない。
(馬鹿め、その魔法はさっき見たぜっ!)
予想通り、カエルの足元に魔法陣が完成される。
それと同時、カエルは全身の力を脚に込めてカミュへと飛びかかった。
さきほどまでカエルがいた場所に取り残された魔法陣は無意味にも土塊を生み出し、結果それはカエルの遙か後方で崩れ落ちることとなる。
ジバリーナという魔法は設置型だ。発動する前にその場から離れればいい。
無論それを成せる実力の持ち主など限られているが、カエルは当然と言わんばかりに勝利した。
(――ッ!?)
だというのに、なぜだろうか。
なぜ今にも殴りかかられる直前であるはずのカミュは笑っているのだろうか。
バットがカミュの頭を打ち抜くまさに直前、カエルの顎に信じられない衝撃が駆け抜けた。
風に舞う布切れのごとく打ち上げられるカエルの身体。思考が一瞬停止し何が起こったのかと考えることもできない。
掠め取られた意識が戻ったのは数秒後。地面に体が打ち付けられてからのことだった。
「俺の勝ちだ、カエル野郎」
掛けられる声は上から、つまり倒れ伏すカエルを見下ろす形だ。
カエルの首元に大剣の鋒があてがわれ、冷たい刃の感触がカエルを底冷えさせる。
自分が敗北した――刃と共にその事実を突きつけられたカエルは丸めた目をぱちぱちと瞬かせた。
カエルは知るよしもないが、カミュが放ったジバリア系の呪文には継続効果がある。
更に言えばジバリーナは設置型ではなく追跡型だ。描かれた魔法陣は固定ではなく、標的を追って再び魔法陣が生成される仕組みとなっている。
すでに呪文をやり過ごしたと思い込んでいたカエルはまるで攻撃に備えておらず、一度目よりも大きなダメージを負ったのは必然と言えよう。
完全決着。カミュが勝利を確信し、敗北を悟ったカエルが瞳を閉じた。
「命までは奪わねぇ。とっとと消え――」
「ウォタガ!」
カミュは一つ誤ちを犯していた。
それは、カエルに魔法は使えないと思いこんでいたことだ。
とはいえカエルは自分が追い込まれる最後の最後までバット一つで戦い、剣士としての実力を存分に見せつけていたのだからカミュがそう思い込むのも無理はないことなのかもしれない。
暴力の権化と化した巨大な津波がカミュの体をさらう。
身を捻るような水圧に襲われ水の中で声にならない悲鳴をあげた。周囲の木々はへし折られあえなく流木と変わる。
もがくことすら許されないまま数十メートル流され、岩が乱暴に身体を受け止めたことでようやく死の川の流れが途絶える。いつの間にか津波は幻のように消え、苦しげに咳き込むカミュだけが取り残されていた。
「かはッ! けほ、げほッ……! あ、のやろぉ……」
一瞬とはいえ死を予感させる威力の魔法を受けたのだ。恨めしげに立ち上がるカエルを睨むも、すぐに反撃に移ることは出来ない。
そしてそれはカエルも同じだ。ジバリーナのダメージに悶え、血混じりの咳を忙しなく吐き出している。
奇跡的に手放さなかった大剣を杖代わりにカミュが立ち上がる。もう油断はしない、そんな決意は不意に捉えた気配に遮断された。
「誰だ?」
声を上げたのはカエルだ。どうやらあちらも気配に気が付いていたらしい。
二人分の視線は生き残った一本の木に注がれていた。そのまま数秒と経ち、やり過ごすのは無理だと判断したのか激闘の傍観者は姿を現す。
ブロンドのショートヘアに端正な顔立ちにカミュは一瞬女性かと見間違えたが、スーツ越しに見られる鍛えられた肉体がそれを否定した。
■
「……、……」
男、ジャックこと雷電はナイフを構えながらカミュとカエルの動向を探る。
雷電がこの場に訪れたのは少し前、カミュがジバリーナを放った辺りからだった。
魔法という概念を知らない雷電は最初こそ二人の常識外な戦いに目を見開いたが、人外じみた攻防はソリダスとの一件で経験している。
さすがに津波に襲われたときは度肝を抜いたが、今こうして生き残っている事実がなによりも雷電の人並み外れた実力を物語っている。
あの時と比べナイフ一本と随分心もとない装備だが、生を手放すつもりは毛頭なかった。
「おい、あんた危ないぞ! こいつは強い、逃げたほうがいい!」
カミュが雷電へ叫ぶ。
その言葉が心からのものなのかは判別がつかないが、どちらにせよ雷電はカミュの方へつくつもりだった。
少なくともカエルの容姿を持ったモンスターと組む気はない。雷電の判断を促したのはごく当たり前の人間らしい思考だ。
そしてそれはカエル自身もよく知っている。クロノ達と出会うまで人間から信頼されたことなどなかったのだから。ゆえにカエルは雷電もカミュも同時に相手するつもりでいた。
「情報交換がしたい。手を貸そう」
「なっ……いいのか? あんたを守りきれる自信はないぜ」
「いや、問題ない。自分の身は自分で守れるさ」
「……そうか。なら、頼みがあるんだが――」
カエルを注視したままカミュの元へ近寄る雷電。
状況が状況ゆえに会話は端的だが意図は伝わった。雷電の実力を知らないカミュにとっては懸念の一つでもあるが、戦力が増えることはそれ以上にありがたい。
そこでふと何かを思いついたかのようにカミュが語りかけたところで、カエルが手をかざすのを雷電は見逃さなかった。
しかし、対処できるまでには至らない。
「ウォタガ!」
虚無から水の波動が生まれ、解放された力はあらゆるものを呑み込まんと大口を開ける。
発動されるのは実に二度目だがカミュと雷電はその脅威を知っている。同じ相手に同じ技を使うのは通常では愚行だが、この魔法に限っては最適解だ。
巨大な波はやがてカエルの視界からカミュと雷電の姿を覆い隠す。獲物の恐怖心を増大させるかのように緩やかに迫る津波は、ついに二人へ噛み付いた。
撃破には及ばずとも大ダメージは逃れられまい。そうカエルが確信したまさにその瞬間、三つの斬撃が瞬いた。
”同時”に放たれた三つの剣閃は津波を切り裂き、飛沫と変わる。
唖然とするカエルが目にしたのは三人に増えたカミュがナイフを構えている姿だった。
左右の分身を消滅させ、中央に残った本体が浮かべたニヒルな笑みはまさしくカミュがウォタガを打ち破った本人なのだと証明していた。
津波がカミュ達を覆い隠した瞬間、カミュが起こした行動は四つ。
まず雷電と武器を交換しナイフを手に入れ、次に『会心必中』を発動。そして『ぶんしん』を作り出しウォタガへと斬撃を放った。
言葉にすれば簡単だがウォタガに呑み込まれるまでの僅か一分にも満たない時間で判断、実行するとなると常識的ではない。それが出来たのはカミュが歴戦の戦士であるからだ。
邪神すらも打ち倒した彼だからこそ、何の変哲もないただのナイフでこれだけの神業をやってのけたのだ。
「馬鹿な……!? なんだ!? なにをしたんだっ!?」
「さぁな、自分で考えてみなっ!」
狼狽するカエルに今度はカミュが疾走する番だ。
ナイフを手にしたカミュの実力はさきほどの比ではない。高速で迫る無数の斬撃を防ぐので手一杯だ。
面積の少ない金属バットでは完全にはしのぎ切れず身体の幾箇所に浅い裂傷が走る。一度距離を取るべくカエルは後方へと跳躍した。
「ケアルガ!」
僅かに出来た時間で回復魔法を自分にかける。
期待していたほどの回復効果は得られなかったが確かに体が軽くなった。
安堵する間もない。疾駆するカミュへ向かってカエルは空高く跳躍した。ジバリーナもナイフも届かない空というフィールドに回られた今、カミュは防御に回るしかできなかった。
「はぁぁッ!」
気合一閃、落下エネルギーを加えた攻撃がカミュへと降り注ぐ。
しかしカエルは一つ見落としていた。そう、雷電の存在である。
カミュがウォタガをやり過ごした後カエルの視界から外れ身を潜めていた雷電は、今まさに自分が出る幕だとカミュの前へ躍り出て大剣を斜めに構える。
甲高い金属音が鳴り響いた。あまりの衝撃に雷電は顔を顰め数センチ足を地に沈めるが、なんとか防衛には成功した。
「今だ!」
「ああ!」
雷電の掛け声に合わせてカミュが風のようにカエルの右方へ回り込む。
ジャンプ斬りの反動で体勢を立て直そうにも間に合わない。打つ手がなくなったカエルの脳裏を諦観とともに仲間たちとの記憶がよぎる。
(――俺は、死ぬのか……)
あっけない。罪無き人々を殺める覚悟を決めてまで友情を選んだ自分はなんだったのか。
相手の実力を見誤り、自分が仕掛けた勝負で負けて死ぬなどサイラスに格好がつかない。
ああ、魔王の笑い声が聞こえる。自分を嘲笑っているのだろう。考えれば考えるほどに惨めになる。
死が迫る一瞬の間がとても長く感じられた。
いや、事実その死は訪れない。
カミュも雷電もぴたりと動きを止めていたからだ。
「……な、……」
我に返ったカエルも彼らが動きを止めた理由を思い知らされることとなる。
空気が重い。重力が何倍にも引き上げられたかのようなプレッシャーが肌に纏わりついて離れない。
凍えるような悪寒が背筋に走り擬似的な死を体感させてくれる。反して心臓は焼けるように熱く滾り地鳴りのような鼓動が脳を活性化させた。
「随分と楽しそうなことをしているじゃないか」
美しく、それでいて冷たい声色が転がる。
言葉一つ一つに三人はじとりと生ぬるい汗を滲ませた。
「私も混ぜてくれないか?」
硬直した身体を無理矢理に動かし、三人は同時に声の主へと振り返る。
二メートルはある長身に黒いロングコートを風に揺らす銀髪の男の姿は死神と呼ぶにふさわしい。
否、彼は死神などではない。――堕ちた天使だ。
「ちぃっ!」
カミュの舌打ちに続いて雷電、カエルが武器を構える。
その場の誰もが直感した。次元が違う、と。
そして、全員でかからなければ勝てない相手だということも。
「ああ、そうだな。お前達は光だ。だからこそ私は闇になり、光をも食らう混沌となろう」
全員の戦意が向けられる中、当の天使は涼し気な顔で雷電の方を一瞥する。
いや、詳しく言えば雷電ではなく雷電の持つ大剣だ。無骨な刃を舐める視線は心底愉しげで、哀しげだった。
「さぁ、はじめよう。長き絶望を」
男、セフィロスが片手をかざす。
途端に夜闇を暗雲が包み、稲妻が走る。
雷雨に導かれた三人の戦士はセフィロスという共通の敵を討たんと地を駆けた。
■
カミュ、カエル、雷電と対峙するさなか、セフィロスは物思いに耽ていた。
雷電の持つ大剣。見間違えるはずもない、あれはクラウドの剣だ。
正確に言えばザックスからクラウドが譲り受けたものだ。あの飾り気のない巨大な刀身を見るたびに心に熱情の霧がかかり、みぞおちに熱い塊がせり上がる。
憎んでいるのか、悲しんでいるのか、興奮しているのか、セフィロス自身胸に螺旋を描くこの感情に明確な名前をつけることができない。
ただ、
(――因果かな、クラウド)
運命とはわからないものだ。
片翼の天使は嗤う。極彩色の空想を頭の中で紡ぎながら。
さぁ、抗え光よ。闇を払う夜明けはまだ遠い。
■
セフィロスの力は圧倒的だった。
残像すら見せるカミュの連撃を最小限の動きでかわし、カエルのトリッキーな攻撃を予測し、雷電の重い一振りを片手で受け止める。
元々カミュとカエルは戦いによって疲弊していたということを踏まえても次元が違う。渾身の攻撃が空を切るたびに本当に勝てるのかという疑問が三人の脳に張り付いた。
「どいてろ! ウォタガ!」
出し惜しみはしない。カエルの持つ最強にして最大の攻撃魔法を放つ。
二度それを見ているカミュと雷電は即座にその場を離れ取り残されたセフィロスに巨大な津波が迫る。
いくら歴戦の戦士であろうとその魔法を初見で対応することなど不可能だ。カエルはその考えは過信なのだと思い知らされることとなった。
「ファイガ」
宣告。同時、爆炎。
草原を灼き木々を燃やす灼熱の塊は津波と衝突し、猛烈な勢いで水蒸気を発しながら豪水を打ち消す。
カエルにもその魔法の名は聞き覚えがあった。しかしその威力は自分の知ったものとは比にならない。
津波を蒸発させる膨大な熱量など知っているはずもあるまい。
やがて完全にウォタガが消失した頃、立ち込める水蒸気はセフィロスが虫を払うかのように腕を薙いだことで晴れた。
「うおおぉぉぉっ!!」
呆けた顔のカエルを横切り、二人の分身を携えたカミュがセフィロスへ肉薄する。
カエルが稼いだ時間の中でカミュはぶんしん、会心必中を発動させていた。今現在自分ができる最大の強化を経たカミュは疾走の勢いを殺さずヴァイパーファングを放つ。
猛毒を帯びた三つの刃は紫に煌めく。二つは空振るが、一つがセフィロスの右腕を掠めた。
ほう、と息を漏らしたセフィロスが興味深そうに傷口を眺める。視線は動かさぬまま、追撃を仕掛けるカミュの身体に拳打を与え吹き飛ばした。
「毒か。面白い技だ」
そう言うセフィロスの顔は、とても毒にかかっているとは思えないほど涼やかだ。
耐性があるのか否か。どちらにせよ、自分の最大の攻撃がまるで通用しない事実にカミュは苦悶の表情を浮かべる。
セフィロスの視線が上を向いた。
上空十数メートル、そこには金属バットを掲げたカエルの姿があった。
バットが悲鳴をあげるのにも構わずただ目の前の敵を破壊することだけを目的とした剣技を前に、セフィロスは冷たい笑みを浮かべる。
隕石の如く降り注ぐカエルの攻撃をセフィロスは”右手”で受け止める。ヴァイパーファングによって受けた傷口から少量の血が噴き出し、鈍い音が聞こえたが無機質な表情はひび割れない。
即座に体勢を立て直そうとするが意思に反してカエルの身体は動かない。バットの穂先をセフィロスが掴み、信じられない怪力を発揮していたからだ。
いくら引いても微動だにしない。そうして悪戦苦闘している内、メキメキと不快な金属音がカエルの耳に届いた。
みれば金属バットは見事にへし折られている。その光景にゾッとしたカエルは即座にグリップから手を離し、ウォタガを放とうと右手をかざす。
「ウォタ――」
「遅い」
瞬間、カエルの腹部にセフィロスの足刀が炸裂。
ジバリーナを上回る衝撃に呼吸を忘れ、彼方へと緑の風を走らせた。
水平に数メートル吹き飛びやがて硬い地面に身体をバウンドさせてようやく勢いが止まる。
ぐるぐると乱れる視界の中で使い物にならなくなった金属バットを投げ捨てるセフィロスの姿が見えて、そこでカエルの意識は途絶えた。
「さて」
一瞬の内にカミュとカエルを叩き伏せたセフィロスは、まるでメインディッシュだと言わんばかりに雷電を見る。
ナイフのように鋭い視線を浴びた雷電は肩を跳ねさせはしたものの、抵抗の意思は失わない。
自分では敵わないということは知っている。しかし逃げるために背を向ければその瞬間に殺されるだろう。
だからこそ、生きる意味を知った雷電は死なないために剣を構える。最愛の人との、ローズとの再会のために。
「お前はなにを見せてくれるんだ?」
「っ!? くそっ!」
セフィロスの姿が陽炎の如く揺らめいたかと思えば刹那、雷電の手の触れられる距離にまで迫っていた。
動じながらも雷電は即座に反撃の刃を翻す。しかしそれよりも早くセフィロスの手が雷電の腕を掴んでいた。
「ぐっ! あ、あぁぁっ!?」
「ああ、やはり見れば見るほどに愚かな剣だ」
掴まれた雷電の左腕が痛々しい悲鳴を上げ限界を訴える。
セフィロスにとっては雷電の腕を折ることなどまさに赤子の手を捻るようなものなのだろう。
雷電の空を裂くような絶叫を楽しむように嬲るその姿は今まさに死地におかれている雷電にとっては悪魔そのものだった。
「……ッ、……!」
「ほう?」
しかし、セフィロスの期待は裏切られることとなる。
雷電はこういった拷問を過去に経験していた。目尻に涙を滲ませながら奥歯を噛み締め、鋭い眼光でセフィロスのガラスめいた双眸を射抜く。
気に入らない目だった。勝機もないのに屈さず反抗するその目が。
セフィロスの顔から笑みが消えたかと思えば躊躇なく雷電の左腕がへし折れた。
「が、ああああぁぁぁぁッ!!」
凄まじい熱と激痛が雷電の左腕を駆け抜け、ぶらりと脱力する。生を繋ぐバスターソードが地に落ちた。
ありえない方向へと折れ曲がったそれに視線を当てようともせず、喉が枯れるほどに叫び終えた雷電はがくりと項垂れた。
待ち焦がれた反応だ。セフィロスは細い指で雷電の顎元を撫で顔を上げさせた。
「自らの無力を呪うといい」
「だ、れが……!」
「お前がだ」
上げられた雷電の顔はやはり期待とは異なるもの。
死を目前にしながらも瞳は死んでおらず、動く右手でセフィロスの身体を力なく叩く。
醜く生に縋る姿は一種の芸術のようだった。そしてセフィロスにはその芸術は理解できない。
とどめを刺さんとセフィロスの右手が雷電の首にかかる。その瞬間、セフィロスの右上腕部に刃が突き立てられた。
「や、らせるかよ……ッ!」
気配を消して忍び寄っていたカミュのナイフを伝い血が滴り落ちる。
貫通させるつもりで刺したのにも関わらず僅か数センチに留まる現実に歯噛みする。一体どんな肉体をしているのか、そんなカミュの疑問に答えてくれる者はいない。
ヴァイパーファング、ジャンプ斬りに続いて刺突と右腕を集中的に攻撃されたというのにセフィロスは動じる気配もない。
それどころか感嘆の息を漏らし、口角を釣り上げてみせた。
ぞくりと背を走る悪寒にカミュは瞠目し、直後セフィロスが右腕の筋肉に力を込めたかと思えばナイフは呆気なく砕け散った。
特殊な効果も能力も持っていない一般的なナイフはこの激闘の内に限界を迎えていた。武器を失ったカミュは抵抗も出来ず、セフィロスの肘打ちを受けて弾丸となる。
「……か、は……っ! ぐ、……!」
「これで邪魔者はいなくなったな」
歪んだ視界ではなにが起こったのかを理解するのも難しいが、自分が窮地に立たされているという事実だけは薄れる意識の中でも明確に主張している。
もう言葉を紡ぐこともできない。セフィロスの低い唸りのような笑い声が雷電の鼓膜に張り付いていた。
セピア色の記憶の中で蘇るのは英雄の背中。彼ならばもしかしたらこんな状況でも生き延びる手段を見つけ出せたのかもしれないと願望に近い理想を描く。
では、自分は――やはりまだ、自分は自分を信じれていないのか。本当の自分というものを見つけられていないのか。
それだけは、嫌だった。意思を持たぬ兵器のままでいるのは嫌だった。
「お、い……のっぽ、やろう……!」
「なに?」
潰れかけた喉から血混じりの声を絞り出す。
そのたびに込み上げる血の泡に咳き込みながら、雷電は言葉を続けた。
「おれ、たちは……勝つ! ……おまえの、負けだ……!」
それは、十人が見れば十人が負け惜しみと答えるだろう。
しかし雷電には心当たりがある。こんな化物相手でも決して引かず、生き延びるであろう男に。
セフィロスの眉が僅かに歪んだ。何故ならばセフィロス自身にも心当たりがあるからだ。自分を打ち負かす存在に。
知らずにしてセフィロスの心を揺さぶった雷電は役割(ロール)を果たしたと言わんばかりに瞳を閉じる。
言ってやったのだ。兵器としてではなく人間としての挑発を。最高の負け惜しみを。
不快感を示したセフィロスは雷電を宙に放り捨てる。地を失った雷電は風を浴びながら最愛の人の姿を思い浮かべる。
(――――ローズ……)
ザン、と空を舞う雷電の身体を赤に染まった大剣が支える。
雷電の腹を貫通し、尚も刀身を余らせる質量の名はバスターソード。宿敵の剣を持つセフィロスの顔は、どこか嘆くように歪んでいた。
「強い光だ。だからこそお前にこの剣は似合わない」
背に剣を生やす雷電だったものに語りかけ、無造作にバスターソードを振るい死体を放り投げる。
セフィロスの胸に達成感や喜びはなかった。ただあるのは埋めようのない虚無感と、宿敵への執着心だけ。
大剣を肩に担いだセフィロスは振り返ることなく、その場を後にした。
■
丁度セフィロスが雷電を殺害した後、必死の形相で山岳を駆け下りる影があった。
カミュだ。激闘の中で刻まれた傷に顔を歪ませながら、息を切らしセフィロスから距離を取る。
完全な敗走。カミュの心の中には屈辱と後悔が入り混じっていた。
(くそっ! あの野郎……躊躇いなく殺しやがって!)
目の前で見せつけられた雷電の死はカミュにショックを与えるのに余りあった。
名前も知らない男だが共に戦った仲間だ。その仲間が目の前でなにも出来ずに殺されたという事実はカミュの心に疑問を抱かせる。
自分がもっとうまく立ち回っていれば殺されずに済んだのではないか。助けられなかった自分に責任があるのではないか、と。
.どちらかと言えばカミュは過去のことは悔いても仕方ないという思想の持ち主だ。
しかし状況が状況ゆえに割り切れない。デルカダールにイシの村を焼かれた時のイレブンは恐らく、これ以上の自責の念に囚われていたのだろう。
仇を取ってやる、という決意はしかし勝てるのだろうかという疑問で揺れる。
(……まだだ、まだあいつには勝てねぇ。武器が、仲間が必要だ……!)
そびえる木々を視界の端で溶かしながら、カミュはその結論に行き着く。
イレブンやベロニカなどの仲間達がいれば勝てる。そう心の底から思う。
だからまずは戦力を整えなければならない。これから先カエルやセフィロスのような実力の持ち主と戦わなければならない機会がないとは考えられないのだから。
(無事でいろよ……イレブン)
焦る脳内に浮かぶ相棒の顔は、霞がかっていた。
【C-5/展望台付近/一日目 黎明】
【カミュ@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて】
[状態]:ダメージ(中)、MP消費(小)、後悔
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、折れたコンバットナイフ@BIOHAZARD 2、ランダム支給品(1~2個、武器の類ではない)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間達と共にウルノーガをぶちのめす。
1.とにかくこの場から離れる。
2.仲間や武器を集め、戦力が整ったらセフィロスを倒す。
3.雷電の死は自分の責任?
※邪神ニズゼルファ打倒後からの参戦です。
※二刀の心得、二刀の極意を習得しています。
【コンバットナイフ@BIOHAZARD 2】
雷電に支給されたナイフ。
特別な効果もなく耐久力も一般的なナイフと変わらないので武器としては心もとない。
セフィロスによって刃を折られている。
■
「……ん、……」
意識を失って一体どれくらい経った頃だろうか。
カエルは丸い目をゆるりと開き、ぼうっと熱を帯びた脳で状況を整理しようとしていた。
「ようやく起きたか」
「なッ!?」
しかしそれは響く低声に中断させられる。
咄嗟に後方へ宙返り、落ちていた金属バットを拾い上げる。
見上げた先にあったのは予想通りセフィロスの姿だった。しかし予想外だったのはセフィロスが一切の戦意を無くしていたということ。
いや、戦意というよりも興味自体を無くしているようにみえた。
「やめておけ。お前では私には勝てない」
「……っ、ふざけんな……!」
セフィロスの言葉は挑発や誇張でもなんでもない、確かな事実だ。
唯一の武器である金属バットは折れ、ダメージも蓄積している状態。対する相手はほぼ無傷に近い上にバスターソードまで手にしている。
それにカミュや雷電の姿も見当たらない。三対一でも僅かな傷をつける程度しかできなかったのだからカエルに勝機はなかった。
「一人は殺し、一人は逃げた。残っているのはお前だけだ」
「なっ、殺したのか!?」
「ああ。お前がしようとしていた事をしただけだ」
淡々としたセフィロスの言葉を聞き、そこでようやくカエルはセフィロスの手に血濡れたデイパックが握られていることに気がついた。
殺されたのはカミュか、雷電か。その疑問はセフィロスの後方で倒れ伏す雷電の亡骸を目にしたことで晴れる。
「……俺を、殺すのか?」
「そのつもりだ。だが……そうだな、私の頼みを聞いてくれたら見逃してやろう」
「頼み、だと?」
頼み、とは口ばかりで実質それが命令なのだとカエルは確信する。
そしてそれは当たっていたようで、セフィロスの抜き身のような視線がカエルを射抜いた。
「クラウドという男に、私が展望台にいると伝えろ。私の名はセフィロス、この名を聞けばあいつは必ずここを訪れる」
「……わかった」
カエルはこんなところで命を落とす訳にはいかない。
素直に従うことに嫌悪感を抱かなかったわけではないが、そんなくだらない感情の末に死ぬなど御免だ。
そもそもここを離れてしまえば自分が約束を守るかどうかなどわからないはずだ。それもセフィロスの自信の現れだろうか。
命令通りに動こうが動かまいがどうでもいいと暗に言われているようでカエルの自尊心に亀裂が走った。
と、おもむろにセフィロスが雷電のデイパックをカエルの前へ投げ捨てた。
「持っていけ、私には必要ない」
「な……」
思わずだらしなく開いたカエルの口から驚きが漏れる。
まさか必要ないなどという言葉が飛び出るとは思いもよらなかった。この殺し合いにおいて支給品がどれほど重要なのかぐらいはセフィロスも分かっているはずだ。
それでも今の彼には必要ないという。それも当然、セフィロスには既に最高の武器が手に入っているのだから。
それを知らないカエルは彼の正気を疑いつつ、警戒交じりに雷電のデイパックを拾い上げた。
一刻もこの場を離れたいという気持ちと反面、カエルはセフィロスの動向が気になっていた。
クラウドという男との関連性。圧倒的な力を持つセフィロスが出会いたいと思う人物。
もしやそれがこのセフィロスという男の友の名なのか。自分とサイラスとの関係がふとよぎり、気がつけばカエルはセフィロスに質問を投げていた。
「そのクラウドという男は、お前のなんなんだ?」
「因縁、というべきか。私は奴と決着をつけなければならない」
「……決着、だと?」
ああ、とセフィロスが短く紡ぐ。
セフィロスからの返答はカエルが予想していたものとは違った。
どちらかと言えばカエルと魔王の関係に近い。隣で戦う仲間ではなく、対面する敵なのだ。
何故戦うのか、その理由を聞こうとしたカエルはセフィロスの吐息混じりの笑みに制止される。
「これ以上お前と遊ぶつもりはない。命が惜しければ行け」
「……へっ、言われなくてもそうするさ」
セフィロスにその気がない以上問答を続ける意味はない。
カエルはくるりと身を翻し、焦るように山を駆け下りる。セフィロスの元を離れた途端、彼の思考に負が満ち始めた。
(……俺は、弱いのか?)
カミュという手練に手を焼いていたのもそうだが、セフィロスに手も足も出なかった現実がそんな疑問を抱かせる。
カエルは自分が実力者であると自負していた。事実元の世界ではクロノ達と肩を並べて数多の魔物を薙ぎ払っていたし、苦戦することはあれどどんな敵も倒してきた。
しかし今はどうだ。カミュと雷電相手に一度は敗北しかけ、セフィロス相手に至っては三人同時でかかっても全滅した。
自分の力がこの殺し合いに通用するのか、そんな一抹の不安が騎士としてのプライドを削る。
(いや、勝ってみせる。絶対に――!)
結果、カエルはそう自分に言い聞かせるしかなかった。
こんな姿になった時点でプライドもなにもあったものではない。卑劣と言われようと、どんな手段を使っても生き残り魔王を倒す。
目的に囚われ身体を駆り立てるその姿は、まるで兵器のようだった。
【ジャック@METAL GEAR SOLID 2 死亡確認】
【残り68名】
【C-5/展望台付近/一日目 黎明】
【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:ダメージ(中)、MP消費(中)、自己嫌悪
[装備]:折れた金属バット@ペルソナ4
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(1~2個)、ジャックのランダム支給品(2個)
[思考・状況]
基本行動方針:友との誓いを果たす。
1.クラウドを探し、展望台にセフィロスがいることを伝える。
2.その過程で参加者を殺して回る。
3.俺は本当に優勝できるのか?
※魔王打倒直前からの参戦です。
※グランドリオンの真の力を解放するイベントは経験していません。
※魔王が参戦していることを知りません。
※ケアル系の魔法に大幅な制限が掛けられています。
【セフィロス@FINAL FANTASY Ⅶ】
[状態]:右腕負傷(小)、毒
[装備]:バスターソード@FINAL FANTASY Ⅶ
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(確認済み、武器の類ではない)
[思考・状況]
基本行動方針:クラウドと決着をつける。
1.展望台でクラウドを待つ。
2.因果かな、クラウド。
※本編終了後からの参戦です。
※心無い天使、スーパーノヴァは使用できません。
※メテオの威力に大幅な制限が掛けられています。
※
ルール説明の際にクラウドの姿を見ています。
【金属バット@ペルソナ4】
カエルに支給された武器。
命中率が30と極端に低いものの、当たれば大ダメージが期待できる代物。
セフィロスによってへし折られている。
【バスターソード@FINAL FANTASY Ⅶ】
カミュに支給された大剣。一度雷電に渡り、セフィロスの手に渡った。
身の丈ほどもある巨大な片刃両手剣であり、持ち主であるクラウドはこれを片手で軽々振り回す。
元々はザックスの愛剣だったが、本編の五年前にクラウドがこれを使ってセフィロスを突き刺している。
恐らくRPG史上もっとも有名な初期装備。
最終更新:2022年12月10日 20:23