『殺し合いをしろ』
爆発する首輪を着けられて生殺与奪の権利を奪われた上で、シンプルに絶望を植え付けられる命令を受けた、そんな状況下で自称天才魔法使いのベロニカが最初に思ったことは「なぜあたしが生きているのか」であった。
この悪趣味な企画の主催者でもあるウルノーガは、命の大樹の力を使って世界を焼き払うほどの大爆発を起こした。
その時に自分は勇者たちを助ける代償に落ちていく大樹と運命を共にした………はずだった。
しかし今、自分は間違いなく生きている。
試しに地面に向けてメラの呪文を放ってみると命の大樹で使い果たしたはずの魔力も問題無く操ることが出来た。
つまりウルノーガはあたしを万全の状態で蘇らせたということ。全盛期の力を使って抵抗されようと問題ない、そう言われているようで腹が立つ。
確かに勇者の力をウルノーガに奪われ、自分たちのパーティーは絶望的な状況に追い込まれていた。
自分が命と引き換えに守った勇者たちも、あの後どうなったのか……贔屓目に見ても負け濃厚の戦いだったと思う。
最初の場所でカミュが巻き込まれていたのを見たのを見ると、彼もまた自分と同じようにウルノーガに殺されたのかもしれない。
要するに敗北して殺された人間はこうして巨大な見世物小屋の中で再び殺し合って奴らを楽しませよってわけだ。
さて、現状把握をあらかた終えたからには次に考えるべくは行動方針。
まずはゲームに乗るか否か──考えるまでもなくお断りだ。
元より捨てた命。今さら生に執着して人を殺そうとは思わない。
かといって、状況は絶望的だ。
こちら側の抵抗で脅かされる可能性が少しでもあるのなら、わざわざこんな殺し合いなど開催するはずがない。
こちらの生死を握っている状態でありながらなお弄ばれているこの状況、ここから逆転できるとは思えない。
「はぁ……一体どうしたものかしら……」
「願いを叶える」という釣り餌がチラつかされているのだ。生への執着がある者であれば乗っていてもおかしくない。そんな人物と出会った時、果たして生への執着の無い自分なんかがその邪魔をして良いのだろうか。
邪魔をするということはつまりこの手を以てその命を絶つということ。邪魔をしないということはその者に殺されるのを受け入れるということ。
逃げて延命措置を取ってもいずれ訪れるその選択を先延ばしにしているだけ。
一体どうすれば……
そんな時、背後から男の声が聞こえた。
「迷っているようだな?」
「誰!?」
唐突な出来事に飛び退くベロニカ。
次の瞬間、彼女はあまりの光景に脱力することになる。
「案ずるな。拙者はこんな催しに乗る気などござらん。」
「ええと……まあそれは見たら分かるっていうか……」
ベロニカのいる場所は温泉。
主催者によって用意された施設の中のひとつである。
そのことは何となく把握していたのだが、まさかこんな時に温泉に浸かるわけがあるまいと思っていた。
しかしあろうことかその男は、温泉に浸かり、ゆったりとリラックスしていたのである。
ベロニカの中に様々な感情が湧き上がってくる。悩んでいた自分と、悩みなどなさげに温泉に浸かっている相手とのギャップに──とりあえずは言いたいことを片っ端からぶつけることした。
「アンタねえ、レディの前で何て格好してくれてんのよ!っていうか今の状況分かってんの?なに呑気に一息ついてんのよ!キンチョー感が足りないわ!キンチョー感が!!」
浮かんだ感情は怒りとはどこか違う。呆れともどこか違う。
言うなれば、羨望。
こんな絶望的な事態に直面していながらも平静でいられる男が羨ましかった。
目の前の男のように悩みなど無いようにいられれば、再び拾った命を儲けものとでも捉えられるのかもしれない。
誰かに殺されるその時まで、ささやかな余生を謳歌することだってできるのかもしれない。
しかし、なまじ賢い頭脳を持っているからこそ考えれば考えるほど絶望に沈むばかりだ。
自分も、この男のようになれればいいのに……。
そんなベロニカに対し、男は平然とした様子で返答する。
「まあ落ち着け。こんな時だからこそ温泉に入るのだ。」
「はぁ?」
「ユクモ村には狩りの前に温泉に入るという風習がある。士気を高めて狩りの成功を祈る……良い話だ。」
そして男は、聞き慣れない村の名前や「狩り」という物騒な単語に戸惑うベロニカに対し手招きをする。それが何を意味するのかベロニカはすぐに理解できず、首を傾げる。
「お主も入るといい。なかなかにいい湯だ。」
さて、ここで前言撤回。
どこか羨望の篭もった感情は、物の見事に怒りに書き換えられた。
「は…はぁ!?どうしてこのあたしが見ず知らずのオッサンと混浴しなくちゃいけないワケ!?」
ついつい声を荒らげて返答してしまう。
「ユクモでは混浴など常識だ。」
「さっきからどこなのよそれ!」
「案ずるな。お主の裸体になど興味は無い。」
「あたしが気にすんのよ!っていうかこんな麗しのレディーを捕まえて何て言い草よ!」
「何より──」
しばしの水掛け論を繰り広げる。この世界で悪意が無く、血を流さずにこうしてぎゃいぎゃい言い合える相手は貴重な存在だろう。しかし冷静さを欠いている今のベロニカにはその実感は薄かった。
彼女にこの繋がりをポジティブに捉えさせたのは、男の次の一言だった。
「生き返るぞ。」
「……へえ?」
面白い皮肉だ、とベロニカは鼻で笑う。
宿敵から生き返らせられたことで自分はこんなに絶望しているというのに。
(まだあたしは死んでいる……そういうことなのかしら)
生きた心地、そんなものはまだ全くと言っていいほど湧いてこない。
この温泉に入れば、それが湧いてくるとでも言うのか。
「いいわ、入ってやろうじゃない。その生き返るという温泉に。」
その言葉を聞くと男はベロニカにバスタオルを放り投げた。
どうやら主催者によってこの温泉に設置されていたものらしい。
「……こっち向いたら、お仕置きだからね。」
男の背を横目に服を脱ぎ、バスタオルを巻き始める。
死人の分際で何を羞恥することがあろうかと自嘲気味に、ベロニカは入浴姿へと変わる。
ちゃぽん、とどこか心地良い音と共に温泉に脚を踏み入れる。
一気に脚先から全身に駆け巡る温度は、確かに生を実感させてくれる気がした。
「どうだ?」
男が問いかける。
思ったままを口にするのも癪なので、ぼかして答えた。
「…まあまあね。」
「そうか。」
こうしていると、ホムラの里の蒸し風呂を思い出す。
セーニャと2人で入っているところにイレブンが女湯に忍び込んで、「飽くなき探求者」などと呼ばれたりしたものだ。
しかし、もうそんな日常にはもう戻れない。既に過ぎ去りしひと時なのだ。
もう戻れないのなら生き返らなければ良かったのに。
「……ねえ。あたしはどうしたらいいのかしら。」
「……先程から迷っているのはそういう事か。」
弱みを見せるつもりなどなかったのに、ついつい口を滑らせてしまったことに気付く。温泉で上昇した体温のせいか、どこか気が緩んでしまっている。
「それならば、拙者に着いては来んか?人は殺さぬ。こんな世界からは脱出し、あの憎き主催者を叩き斬るのみよ。」
「そんなこと、本当に出来ると思ってるの?」
男の答えに、信じられないと言いたげな顔で返した。
「人は殺さぬ。かといってみすみすと殺されるつもりもない。それならば、残された道はひとつ。脱出を試みるしかないのではないか?」
「……まあ、それもそうね。」
男は狩人であった。
ベルナ村という村で、魔物の生態を調査する『龍歴院』の依頼の下でモンスターを狩猟し続けてきた。
そして男は狩りに対し、ひとつの信条を持っていた。
それは狩りの中で感謝を忘れないということだ。
彼が狩りに専念できるのは、多くの者たちの力の賜物だ。
魔物の出現情報を集め、その依頼を管理するギルドの人々。
狩りの道具を揃え、時には半額で売ってくれる購買の人々。
武器や防具の加工をしてくれる工房の人々。
狩りの前に飯を作ってくれるキッチンアイルーたち。
彼らには感謝してもし尽くせない。
また、そもそも狩りを行うことで自然の摂理に逆らいながらも"素材"という恵みをもたらしてくれる超越者への感謝も忘れてはならない。
では、この殺し合いの場はどうか。
【メインターゲット:参加者全員の討伐】
馬鹿げていると言う他ない。こんな狩りのどこに感謝の生まれる余地があろうか。
自らの益は他の損。他の益は自らの損。こんな環境、生まれるのは憎悪だけだ。そして感謝を忘れた狩りなど、ただの蹂躙。そんなものに手を染めるつもりはない。
勿論、自ら命を絶ってリタイアするつもりもない。
ではどうするのか。
話は単純。メインターゲットを達成せずともクエストはクリア出来るのだ。
勝ち目の無い大型モンスターを相手にしながらも、「竜のナミダ」だけを納品して撤退したり。
なかなか採取できない特産キノコを諦め、代わりに虫退治で済ませて後続の捜索者の負担を軽くしたり。
ギルドの依頼には「サブターゲット」と呼ばれる、撤退が許される最低限のボーダーがある。
【サブターゲット:マナとウルノーガの討伐】
このゲームにおいても、参加者の皆殺しなどせずとも主催者だけを倒して帰ればよいのだ。
…と、男はその旨をベロニカに伝える。
「はぁ……」
消去法的に主催者に抗う。
言っていることには一理あるし、着いていく以外に道が無いのも分かる。
何より、他者との交流に少し心が落ち着いてきたのも事実。なるほど、確かに先ほどまでの自分は"死んでいた"のかもしれない。
「仕方ないわねぇ……そういうことならこのベロニカさまが手伝ってあげるわ。」
「ベロニカ、か……。良い名だ。」
心なしか暗いオーラの薄れたベロニカを見て、男はにいと笑った。
「そういえば、アンタの名前はなんて言うのよ?」
「忘れた。」
「は?」
「気が付けば自然の中に人生の半分ほどを費やしていたのでな……長いこと名など呼ばれておらぬ。街の人たちのように、ハンターとでも呼んでくれ。」
そうして、2人はしばらくの間身の上話などの雑談を交わした。
その際、ベロニカはハンターが死んでいないことを知ることとなる。
自分が死んだのに招かれたのだから、ほかの参加者も皆死んでいてもおかしくはない。そう思っていたのだが、そうなるとカミュも元の世界では死んでいないのかもしれない。
「良かったらちょっと付き合って頂戴。あたしは知りたい。あたしの死後、彼らに何が起こったのか。」
最初の会場ではカミュしか見なかったが、ほかの仲間たちも巻き込まれているかもしれない。誰であれ、この殺し合いの世界の地図の中で、私たちの唯一の共通項である「イシの村」を目指せば合流が望めるはずだ。
「任せておけ。必ずお主を護ると誓おう……拙者の名に賭けて。」
「覚えてもないもんを賭けてんじゃないわよ……。」
こうして「生き返った」あたしは、とりあえず生きがいと呼べるものを見つけられた気がする。
まだ明確な希望は見えない。前は向けない。だけど、あたしを残して過ぎ去りし時──それを知るまでは、意地でも死んでやるもんか。
【B-5/温泉/一日目 深夜】
【ベロニカ@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて 】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(1~3個)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を探す
1.イシの村に行けば仲間と合流出来るかも
2.自分の死後の出来事を知りたい
※本編死亡後の参戦です。
※仲間たちは、自身の死亡後にウルノーガに敗北したのだと思っています。
【男ハンター@MONSTER HUNTER X】
[状態]:健康
[装備]:斬夜の太刀@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(0~2)
[思考・状況]
基本行動方針:主催者の討伐、または捕獲
1.ベロニカを護りつつイシの村に向かう
2.ベロニカは呪文を使えるなどと言っていたが……どういうことだ?
【
支給品紹介】
【斬夜の太刀@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて】
男ハンターに支給された武器。本編では両手剣(主に大剣が分類される武器種)の一種であるが、名前と見た目に従って、彼が扱う場合は太刀として扱うものとする。
最終更新:2019年08月11日 00:35