僕とシェリーの二人は、公園に到着した。
いつ襲撃されるかわからない状況での行軍は、かなり精神にくる。
兵士にしばしば発生するというストレス障害への解像度は、高くなるばかりだ。
「そろそろ朝食にしようか」
僕は振り向いて、つとめて明るくシェリーに話しかけた。
しかし、シェリーはわずかに頷いただけで、それ以上の反応はなかった。
ショートヘアの少女に同行を断られてからこれまで、会話らしい会話をしていない。
「ほら、あそこに座ろう」
返事を待たないまま、僕はこげ茶色のベンチへと早足で近づいた。
ついでに公園内を見回す。視界を遮るものは、遊具とトイレくらいのものだ。
追いついてきたシェリーは、キョロキョロしていた僕に不信感を抱いたようだ。
「……?」
「ああ、なんでもないよ」
安全確認だと事実を伝えることもできたが、要らぬ心配を与えまいと適当に濁した。
そのままシェリーをベンチへと誘導して、デイパックから食料を取り出した。
「そういえば、食料はなにが入っていたんだい?」
「えっと、カロリーなんとか」
「ああ!栄養調整食品か。いいものだよ、アレは」
日本製の某食品について力説するも、シェリーの反応は鈍い。
箱を開けて、袋からショートブレッドに似た形状のブロックを取り出したところで、その手は静止していた。
「シェリー?どうしたんだい、ぼんやりして。
あ、もしかして苦手だった?それなら僕のハンバーガーと交換――」
「ちがうよ!」
シェリーから明確に否定されて、僕はビクッとした。
「カズマはもう、ご飯も食べられないんだって……そう思っただけ」
それだけ言うと、シェリーは栄養調整食品を口に運んだ。
返す言葉のない僕は、ハンバーガーの包み紙を剥き、ひと口かじる。
慣れ親しんでいるはずなのに、なんの味もしない。僕はぐいと水を飲んだ。
しばらくして、ハンバーガーを胃に流し込んだ僕は、ベンチから立ち上がった。
「まわりの様子を見てくるよ。なにかあればすぐ呼んで」
隠れている参加者がいるかもしれない。有用な道具が落ちているかもしれない。
もそもそと口を動かしているシェリーを横目に見ながら、それらしい理由を並べていく。
「時間があれば、名簿を見ておくといい。
ゆっくりチェックする暇もなかっただろう?」
本当の理由は、この空間から離脱したかったからだ。
シェリーは聡明だ。いつヒステリーを起こしてもおかしくない状況なのに、落ち着きを保っている。
その、いつでも切り捨てられる可能性を理解した上での落ち着きこそが、僕の身を苛んだ。
「……もし、僕のことを信じられないなら、逃げてくれて構わない」
僕の情けない念押しに、返答はなかった。
おそらく、こう伝えたとしてもシェリーは逃げないだろう。
しかし、逃げないのは僕を信じているのと同義ではないのだ。
「それじゃあ、また後で」
シェリーは聡明であり、同時に純粋でもある。
ダイケンキと戯れていた姿も、まぎれもなくシェリーの一面だろう。
いたいけな少女からの信頼を失い、しかもそれを回復できる見込みがない。
僕はそんな真綿で首を締められるような重苦から、解放されることを望んでいた。
これはその場しのぎでしかない。それでも僕は、束の間の休息を求めていた。
■
ほんとうは、オタコンに返答することもできた。
でも、私はそれをしなかった。もぐもぐと、ただ口を動かした。
ちらりと見たときのオタコンは、とてもさびしそうな笑顔をしていた。
ベンチに残された私は、名簿を読むことにした。
そこにはレオンやクレア、そしてパパと私の名前があった。
ラクーンシティでも会えずじまいだったパパのことは心配だ。
それと同じくらい、レオンとクレアの名前はショックだった。
「レオン……」
放送で流れたレオンの名前は、聞き間違いでも別人でもなかったのだ。
あの日、ラクーンシティから脱出したその後のことは、よく覚えていない。
きっとあれからすぐ、ここに連れてこられたはず。そこで殺されてしまった。
レオンにもう会えないと思うと、自然と私の視界はにじんだ。
「クレアに会いたい」
レオンと同じく、私を助けてくれた恩人だ。
クレアなら、ここでも私のことを見捨てずにいてくれる。
化物に襲われそうになったときも、クレアは庇ってくれた。
オタコンとは違う。本当に危ないときでも、クレアなら――。
(――ここから離れて、クレアを探しに行く?)
ふと、そんな考えが浮かんだ。
オタコンはジャングルジムを見ていた。
ベンチにいる私のことを、気にしているそぶりはない。
なにより、オタコンが自分で「逃げても構わない」と話していた。
(……でも)
しばらく考えて、私は思いなおした。
そもそも、どこに行けばクレアに会えるのかわからない。
それ以上に、ここでオタコンと離れていいのか、わからない。
オタコンはクレアとは違う。危ないときは他人を見捨てる人だ。
だけど、私のことをだまそうとしていたとは、とても思えなかった。
初めて会ったときの穏やかな話し方。
カズマとの会話の中で見せた、ほがらかな表情。
そして、私に「逃げても構わない」と話したときの、さびしそうな笑顔。
あれがぜんぶウソだとは思えない。ウソだとは思いたくない。
オタコンへの怒りは完全には消えていない。
カズマやダイケンキ、そして私を見捨てたオタコンのことは信用できない。
それでも、逃げるかどうかの話になると、私の頭はぐるぐる回って決められない。
やがて、私はあることを決めた。
■
「オタコン、話があるの」
しばらく公園内をぶらついてからベンチに戻ると、シェリーから声をかけられた。
また沈黙に支配される時間のスタートだと考えていた僕は、面食らった。
シェリーはまごつく僕を不思議に思ったのか、首を傾げていた。
「名簿に知っている名前があって」
それって、と途中まで出かけた名前を、僕は飲み込んだ。
僕も名簿を確認して、シェリーと同じファミリーネームの人物を見つけていたからだ。
正直、偶然を期待していた。肉親の参加という事実は、あまりに過酷だ。
「ひとりはパパのウィリアム」
「そうか……」
期待もむなしく、僕は主催者の非道をあらためて憎んだ。
しかし、予想以上にシェリーの反応は淡泊だった。
「それと――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。その……なんだ。
君のお父さんなんだろう?もっと、こう……心配とかは?」
僕はシェリーの話を思わず中断した。
父親まで殺し合いに巻き込まれているのに、どうして淡泊でいられるのかという疑問を言外に込めた。
冷静に考えると失礼だが、このときは物事を突き詰めたい欲求に駆られていた。
シェリーはその問いに対して、うつむいて答えた。
「もちろん心配よ。だけど……。
パパはいつも仕事……なにかの研究をしていたみたい。
めったに帰ってこなかったし、いたとしてもイライラしてた」
その言葉で、僕はシェリーの態度に合点がいった。
父娘の関係ではあるものの、お互いに干渉していなかったがゆえに、詳細に語る言葉を持たなかったのだ。
そうした様子を、僕は淡泊だと捉えてしまったということだろう。
同時に僕は奇妙な符合を感じた。偏屈な研究者の父親を持ち、孤独な幼少期を過ごしたという点で、僕とシェリーは似ていた。
「ごめん、話を戻していいよ」
「うん。それと、名簿にあったのはレオンとクレア」
レオン・S・ケネディとクレア・レッドフィールド。
前者は放送で呼ばれていた。シェリーも理解しているのか、悲痛な面持ちだ。
知り合いの死を受け止めるのは大人でも辛い。それでもシェリーは健気に言葉を続けた。
「私のことを、命がけで救ってくれた二人」
「命がけで?」
「そう。二人がいたおかげで、ラクーンシティから逃げられたのよ」
ラクーンシティという都市は聞いたことがなかった。
命がけとなると、都市規模での災害かなにかが起きたのだろうか。
「二人は、シェリーと同い年くらいの子かい?」
「違うわ。二人とも私より大人よ」
「大人?そうか……」
「たぶん、オタコンよりは若いと思うけど」
僕は首をひねった。災害時に大人たちに助けられた、それ自体に違和感はない。
ただ、二人の呼び方からは気安い、もっと言えば親密な雰囲気を感じた。それで二人は同年代だと勘違いしたのだ。
そんな些末な思考をしていると、それでね、とシェリーが言葉をつないだ。
「さっきまで、ラクーンシティでのことを思い出してた。
こんなときに、私を助けてくれた二人ならどうするんだろうって」
「それで?」
「わからない。二人とも、私よりずっと大人だから」
大人と子供の差、というわけではないだろう。
付き合いの長い僕でさえ、この状況でスネークがどう動くのかは読めない。
他人の思考をトレースするのは、簡単なことではないのだ。
「でも、これだけはわかるの。あの二人なら、こう言うわ」
すう、と息を吸い、シェリーは顔を上げた。
シェリーの瞳はまっすぐと、僕のことを見ていた。
「どんなに大変なときも、あきらめちゃダメなんだ、って」
シェリーは僕と視線を交わしたまま、こう宣言した。
「だから、オタコン。私はあきらめない。生き残ることを、あきらめない」
「うん……うん。僕もだ、シェリー」
目の前にいるのは少女のはずなのに、眩しいものを見ている気分だった。
とても陳腐な表現をするなら、僕は胸を打たれていた。
シェリーは逃げることも選べたのに、結局は逃げなかった。
逃げを選んだ僕なんかより、よほどシェリーの方が大人だった。
■
「シェリー、そろそろ行こうか」
「うん」
「もしよければ、教えてもらえるかい」
「なにを?」
「君を助けたっていう、レオンとクレアについてさ」
「わかったわ!なにから話そうかしら……」
【C-4/公園/一日目 昼】
【ハル・エメリッヒ@METAL GEAR SOLID 2】
[状態]:疲労(中)、無力感
[装備]:忍びシリーズ一式@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド
[道具]:基本支給品、765インカム@THE IDOLM@STER
[思考・状況]
基本行動方針:首輪を外すために行動する。
1.首輪解除の手がかりを探すため、研究所へ向かう。
2.武器や戦える人材が欲しい。候補はスネークやクレア。
3.もっと非情にならなければならないのかもしれない。
4.生きなくてはならない。
※本編終了後からの参戦です。
※シェリーから情報を得ました。詳細な内容は後の書き手にお任せします。
【シェリー・バーキン@BIOHAZARD 2】
[状態]:疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:生き残ることをあきらめない。
1.オタコンについていく。
2.カズマ……レオン……。
3.クレアやパパ(ウィリアム)に会いたい。
※本編終了後からの参戦です
最終更新:2024年10月09日 10:55