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タンカーから降りた遥は、南下してラクーン市警へ向かっていた。
どこで誰に襲われるか分からない状況では、どうしても緊張して注意深くなる。
遥は思い出していた。母親に会おうとして、神室町までひとりで訪れたときのことを。
沖縄から東京に行くだけでも、子どもには難易度が高かった。
ひそかに交通費を貯めて、周囲の大人にバレないように沖縄を出発。
生まれて初めて訪れた大都会では、高層ビル群に見下ろされて圧倒された。
不機嫌なチンピラに声をかけて恫喝されたり、交番の警官に迷子として扱われそうになったりした。
きらびやかなネオンサインと無秩序な人間の流れに酔いながら、必死に母親の手がかりを捜し、やがて行きついたバー「バッカス」で、たくさんの死体を見ることになった。
床に転がるピストルを思わず手にして、それによって命が奪われたことを理解すると、恐怖でへたり込んでしまった。
そして、ひたすら縮こまっていたときに声をかけられたのだ。
「あのときは、おじさんが来てくれたけど……」
放送を信じるなら、桐生一馬はもうこの世にいない。
そのことを考えるたびに、心はもやもやとして歩みは遅くなる。
「ううん」
もやもやとした感情に頭を支配されまいと、頭を左右に振る。
つい数時間前にした決意を思い返して、前を向いたそのとき。
いきなり目の前に現れた男に、大きな手で口元を塞がれた。
「ん……!?」
「静かにしていろ。近くに化物がいる」
有無を言わさぬ迫力に、遥はコクリと頷いて、男の指し示す方向を見た。
そこには、ふらふらと平野を移動する影がひとつ。
(あっ……!)
「おい、お前!」
(化物なんかじゃない!あれは……)
遠目で表情までは確認できないものの、遥は確信した。
その影は、数時間前までいっしょに行動していたウルボザだった。
思わず男の手を強く振り払い、ウルボザのもとへと駆け寄ろうとする。
「ウルボザさ……ん?」
しかし、遥は足を止めた。近づいたことで、影のシルエットに違和感を抱いたからだ。
不自然なまでに揺れている右腕は、今にも千切れてしまいそうだった。
左腕は手首から先が欠けていたし、腹部や太ももの一部は削れているように見えた。
その理由がわからず、それ以上は進めなかった。
「知り合いなら諦めろ。あれはゾンビだ」
「ゾンビ?」
「常人では動けるはずのない傷。もはや人間ではない」
背後から届いた男の言葉を、遥は否定できなかった。
ゆえに数メートル先のウルボザを見つめながら、呆然と呟くしかなかった。
「人間じゃ……ない」
■
ソリダスは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
目的地への道中で、他の参加者を発見したまではよかったが、それが幼い少女だと判ると、ソリダスは己の不運を恨んだ。
オセロットからの進言を受けて、クレアとバレットには「全ての参加者が重要な鍵になり得る」と説いたソリダスであったが、それ自体は二人を都合よく動かすための方便であり、腹落ちしているとは言えない。
戦場で無力な子供を連れているのは、負傷兵を抱えているのと同等かそれ以上のリスクを孕む、という思考は根幹にあるままだ。
それでも少女を守ろうと決めたのは、重要な鍵である可能性を捨てきれなかったからである。
自ら提示した可能性に行動を制限される。自縄自縛だ。
(お守りをするのは面倒だが……)
たとえ無力でも囮(デコイ)にはなると割り切って、少女に接触しようとしたタイミングで、付近に化物を発見。現在に至る。
無論、ソリダスは最大限に警戒した。これまでに遭遇した化物は、ラクーン市警にいた二種類。そのどちらも、優れた感覚器でこちらの位置を把握して襲いかかる危険な存在だったからである。
しかし、新たなゾンビにはそこまでの危険性を感じなかった。まだ距離はあるとはいえ、少女の声に何ら反応しなかったことから、少なくとも鋭敏な感覚器は備えていないと判断できる。
その歩みは緩慢で、加えてあの傷付いた両腕では膂力もたかが知れている。
(これならば、警察署のアレよりは楽に済みそうだ)
ソリダスはクレアからラクーンシティの事件の話を教えられた際に、ゾンビへの対処方法についても聞いていた。
その方法とは、頭部を破壊すること。脳に損傷を与えれば、即座にゾンビは活動を停止する。
この情報は、これまでにしてきた対処の正しさを示す裏付けとなった。
「それって……剣?」
「そこでじっとしていろ」
ソリダスは、デイパックからバタフライエッジを取り出した。これで首を両断すればいい。
まだ棒立ちのままの少女を脇に押しのけて、十数メートル先のゾンビと相対する。
(勝負は一撃)
バタフライエッジは、愛用の刀と比較するといささか大振りで、外装式強化服のない状態では、大上段から振り下ろすのも一苦労だ。
それゆえに、ソリダスは一撃必殺を狙う。大剣を左下から右上へと斬り上げる、いわゆる逆袈裟の形だ。
達人技のごとき一刀両断など望まない。首と胴体を泣き別れにしてしまえばいい。
ふっと息を吐いて、丹田に力を籠める。近づいてくるゾンビを睨みつけて――少女に視界を遮られた。
今しがた脇へと押しのけた少女が、両手を広げてソリダスを見ていた。まるでゾンビを庇いたいかのように。
「なんのつもりだ」
「ウルボザさんをどうするの?」
「もしお前の知り合いだったとしても、このままにしては……ん?」
無意味な問答に割く時間はない。
苛立ちを隠さずに答えていたソリダスは、少女の言葉に違和感を覚えた。
「今ウルボザと言ったか?その名は放送で呼ばれたはずだ」
「うん……怖い女の人から、私を逃がしてくれたの」
「つまり、お前を逃がした後で感染したというわけか……まあいい、無駄口を叩いている暇はない。お前はすぐに――」
「お前じゃない」
発言を食い気味に遮られて、ソリダスは鼻白む。
「私は“遥”……お前じゃない」
ハルカと名乗った少女は、ソリダスを真っ向から見ていた。
物怖じしていない、まっすぐな視線を受けたソリダスは、とある少年を思い出した。
かつてリベリアで内戦の起きた頃、CIAの工作任務の一環で、現地の子供を反政府軍の兵士として育てていたことがある。従順な手駒を作るために、心の拠り所となる家族を殺害して、過激な映画を常日頃から見せて、食事にはガンパウダーを混ぜた。
はたして首尾は上々、調教された少年兵たちのはたらきは期待を超えた。その中でも周囲から一目置かれていたのは、白人の少年だった。
(ジャック……?)
その冷酷さを恐れられて“白い悪魔”の異名を付けられた少年。
ソリダスは彼の双眸から強い意思と可能性を感じて、目をかけて育てて――あるいは息子のように感じて――いたのだ。
その少年、ジャックと同じ視線を、ハルカと名乗る少女から感じた。
(記憶障害……ストレス反応の類か?我ながら情けない)
ソリダスは動揺をおくびにも出さずに自己分析した。
警察署でクレアに対して珍しい情動を催したこと、そして少女への妙な感覚。
そのどちらも、殺し合いの場で精神的に不安定になっているからだと説明づけられる。
しばらく過酷な戦地から離れていたとはいえ、もしそうだとすると屈辱ものである。
「ねえ、質問に答えて!」
「……静かにしていろ。ひとまず距離を取る」
その言葉から、どうやら問い詰められていたらしいと気づく。
少女の背後のゾンビは近づきつつある。いくら緩慢な動作とはいえ、悠長にしていたらやつの仲間入りだ。
ソリダスは小さな手を掴むと、強引に歩き出した。抵抗する少女に「いいか」と噛んで含めるように伝えた。
「これはお前の課題だ。あのゾンビを無力化して、被害を広げない方法を考えろ」
「つまり、殺すってこと?」
「無力化できるのなら手段は問わない」
口ではそう言いながら、現状では頭部を破壊する以外の方法は無いと判断していた。
ゾンビと化した時点で理性は失われ、あるのは本能のみ。言葉を弄しても伝わらないなら、実力行使に訴えるのが正着だ。
草原に点在する木の陰まで少女を移動して、そこで課題を明確にする。
「五分だ。もし奴を殺さない方法を思いつくのなら、それを教えろ。
ただし五分以内に思いつかなければ、今度は邪魔をしないでもらう。いいな?」
「……」
「返事は?」
「……わかった」
これは、少女が有用な駒となり得るか否かを試すテストだった。
危険なゾンビを目視してなお、ただ知り合いを殺したくないと現実逃避をしているようならば、切り捨てて良い。
ソリダスはさながら試験官のように、腕組みをして少女を観察した。
□
遥は内心でウルボザの死を受け止めつつあった。
ボロボロの身体を見て、まだ生きているかもと期待するには、遥はこれまでに死体を見過ぎていた。
それなのに、ウルボザを庇おうとしたのは何故なのか。答えは二つある。ひとえに認めたくなかったから。
そして、あのまま無惨に殺されてしまうのは不憫だと考えたからだった。
「ねえ、これ使えない?」
遥はそう言うと、白髪の男にピストルを差し出した。
男はそれを慣れた手つきで検めて、少し驚いたように言った。
「このベレッタは、あの男の愛銃と同じモデルだ」
「あの男って?」
「私と同じ、蛇の暗号名を持つ男……」
「ヘビ……」
遥は名簿にスネークという名前が二つあったことを思い出した。
ソリッド・スネークとソリダス・スネーク。どちらかは白髪の男なのだとしたら、もう一人は何者なのか。
「じゃあ、その人は家族なの?」
素直な疑問に、男は口角を上げながら「兄弟だ」と答えた。
その表情は嬉しそうでもあり、寂しそうでもある。そこにある複雑な想いを感じて、それ以上質問することは躊躇われた。
すると男は話をピストルのことに戻したので、そこで遥の思考は打ち切られた。
「しかし、これは対人間を想定した麻酔銃だ。
ゾンビに打ち込んでも、身体に異常をきたしている奴らが眠る見込みは薄いだろう」
「そうなんだ……じゃあ、これとか!」
遥はデイパックから他のアイテムを取り出して男へと見せる。
しかし、男の反応は微妙なものだった。ステルススーツは壊れていると分かると落胆し、魔鏡には怪訝な表情をしていた。
そして、それだけのやり取りでも、時間は過ぎていく。
「タイムリミットだ。答えは出たか?」
「……ううん。殺さない方法は思いつかない」
冷静に答えを求めた男に対して、遥は正直に返した。
そして、そのまま正直にやりたいことを伝えた。
「だから、最後にウルボザさんと話させて」
■
草原に佇む少女と、それに近づいていくゾンビ。
二人の様子を木陰から観察しながら、ソリダスは鼻先で笑った。
「まさか囮役を買って出るとは思わなかった」
少女は「あのゾンビと会話したい」と言い出したのだ。
ゾンビを無力化する方法を提示してこなかった以上、少女自身には対抗策は無いはずだ。
しかし、少女の瞳からは強い意思を感じられた。まるで襲われる危険性など考慮していないかのようだった。
「あまりに無謀……脳内物質の影響か?」
例えばアドレナリンによる交感神経の興奮は、戦場では平常を超える力を出すことに繋がるとされる。
そして、そのような興奮状態に置かれたとき、突拍子もない行動を取る人間は存在する。
「フン。そうだとしても構うまい」
いずれにせよ、ソリダスにしてみれば願ってもない申し出だった。
駒として有用か否かを判断できないまま少女を同行させたところで、持て余すことは容易に想像できる。
そのリスクを負うくらいなら、ここでゾンビを確実に無力化するための駒として使う方がマシだ。
あるいは何らかの奇跡でゾンビを説得できたのなら、それは神に感謝しておけばいい。
「アレはさておき、真島や錦山に期待をしておくか」
念のため囮にする前に、少女からはこれまでの行動と知人の名前を聞きだしていた。
錦山を説明するとき不安そうな表情をしたのは気になるが、ともかく少女の生死は些細な違いとなった。
ソリダスはひとつ息を吐くと、少女とゾンビの対峙に再度集中した。
□
遥は草原の真ん中で、近づいてくるウルボザを見ていた。
やけに遅く不安定な歩き方は、別れる前のシャンとした立ち振る舞いとは大違いだ。
ようやく彼女の顔まで目視できたとき、遥の脳裏に浮かんだのは月を見上げるウルボザの横顔だった。
その彫りの深い、美しい顔立ちは既に崩れ始めていた。
「ウルボザさん」
その変化を目の当たりにして、めげそうになりながら、それでも遥は意を決した。
うつむきがちに、ぽつりぽつりと呟いていく。
「放送は聞いた?」
「おじさんとウルボザさんの名前、呼ばれたよ」
「ウルボザさんのこと、“厄介な子供に付き纏われて災難だった”とか言ってた」
「わかってる。私を守ってくれたから……私のせい」
「ごめんなさい」
「……まだ聞こえてたらいいな」
気づけばウルボザとの距離は、手を伸ばせば届く程度にまで近づいていた。
しかし、ウルボザはその場に立ち尽くしたまま、襲い掛かろうとしてくる様子もない。
「ウルボザさん……?」
遥はウルボザを見上げた。白濁した瞳から、感情を読み取ることはできない。
それなのに、遥はまるでウルボザから何かを伝えられているように感じた。
「……うん」
「私、もう死のうとしない」
「生きて……マナに謝らせる!」
その宣言の直後だった。ウルボザの身体が、風でゆらりと揺れた。
そしてそのまま、さながら糸の切れた操り人形のように崩れ落ちていく。
「ウルボザさん!!!」
崩れ落ちていく最中、遥はその目で確かに見た。
もはや表情を失ったはずのウルボザの顔に、穏やかな微笑を。
■
人影のない草原でかすかに聞こえるのは、少女のすすり泣く声だけ。
座り込む少女へと向けて、ソリダスはクレアからの受け売りを口にした。
「ゾンビというやつは、生前と関係のある場所を徘徊するようになるらしい。
警官なら警察署を。主婦ならスーパーか散歩コースを。記憶もないのにご苦労なことだ」
少女は何も反応しない。
「ただ、あのゾンビ……ウルボザはどこかの場所を目的地としていたとは思えん。
それならば考えられる関係はひとつ。生前に行動を共にしていたハルカ……お前だ」
ソリダスも淡泊に話し続ける。
「つまり、ウルボザは死してなお、守ろうとした相手を探していた……ということだ」
この発言に、センチメンタリズムから少女を慰める意図などない。ましてやスピリチュアルな発言をしたいわけでもない。
奇妙な現象について自分自身を納得させるための理屈を考えているだけだ。
それというのも、崩れ落ちた死体から首輪を回収する際に、ソリダスはあることに気づいたのである。
(頭蓋骨の損傷具合から見て、この死体は頭部に強烈な一撃を加えられている。
しかし、そうだとすると“脳に損傷を与えれば、即座にゾンビは活動を停止する”という説明と矛盾する)
クレアに嘘を教えられた可能性よりは、今回の現象を例外として扱うべきだろう。
アドレナリンで火事場の馬鹿力を出せるように、生命は時として途轍もない力を発揮する。
ウルボザは脳に損傷を与えられてもなお、少女のために生きようとした。その結果、奇跡的にゾンビとして数時間だけ活動できた。
ソリダスはひとまず、そう結論づけた。これ以上の考察は無意味だ。
「それで、ハルカ。お前はどうする?」
「……スネークさんは?」
「私は参加者との接触を第一に考えて、東の高校へ向かう」
ソリダスの当初のプランでは、八十神高校の前に偽装タンカーに寄る予定だった。
しかし、つい二時間ほど前までタンカーにいたという少女の情報から、他の参加者はいないと判断。
それに加えて、少女とゾンビのやり取りを見ている最中、E-4の方角に紫色の閃光を目撃したこともあり、リスクはありつつも参加者と合流しやすいと思われる方角へ向かうことを優先しようと考えた。
幸い麻酔銃という扱いやすい武器も手に入れた。メタルギアRAYは後回しにする。
「じゃあ、私もついていく」
「そうか。私はウルボザとは違う。自分の身は自分で守ることだ」
それでも来るのか?と視線で問いかけると、少女は涙を拭い頷いた。
この時点で、ソリダスは少女を有用な駒になり得ると認めつつあった。
ジャックと同じ視線を感じたのは、あながち勘違いでもなさそうだと。
「それで、おじさんはソリッドさん?それともソリダスさん?」
「……ソリダスだ」
ほどなくして、ソリダスは「クレアと同行していればよかった」と思うことになる。
【E-3/草原/一日目 昼】
【澤村遥@龍が如く 極】
[状態]:健康、恐怖、不安、マナへの憤り
[装備]:鬼子母神の御守り@龍が如く 極
[道具]:基本支給品、魔女探偵ラブリーン@ペルソナ4、魔鏡「かがやくために」@テイルズ オブ ザ レイズ
[思考・状況]
基本行動方針:自分の命の価値を見つける。
1.ソリダスとともに東へ向かい、信頼できる味方を探す。(候補→真島吾朗)
2.錦山彰については保留。
※本編終了後からの参戦です。
※偽装タンカーの大まかな構造を把握しました。
【ソリダス・スネーク@METAL GEAR SOLID 2】
[状態]:健康
[装備]:M9@METAL GEAR SOLID 2(麻酔弾×10)
[道具]:基本支給品、バタフライエッジ@FF7、壊れたステルススーツ@METAL GEAR SOLID 2、薬包紙(グリーンハーブ三つぶん)@BIOHAZARD 2、首輪(ウルボザ)
[思考・状況] 基本行動方針:バトルロワイアルの打破と主催の打倒。
1.主催者に対抗するための集団“サンズ・オブ・リバティ”を作り上げる。
2.“八十神高等学校”へと向かう。
3.殺し合いに乗った者は殺す。
4.首輪を外す。
5.ソリッド・スネークよりも優れた兵士であることを証明する。
※主催者を愛国者達の配下だと思っています。
※ビッグ・シェル制圧して声明を出した後からの参戦です。
※地図上の固有名詞らしき施設は、参加者の誰かと関係があると考えています。
※澤村遥から、これまでの行動や知人についての情報を得ました。
最終更新:2024年09月30日 20:48