ウルボザと別れてからしばらくして、遥は偽装タンカーへと辿り着いた。
 タンカーは、かつて遥が芝浦の埠頭で見た客船と比べて、一回り以上は大きく、それでいて無骨であった。
 船体に近づいて入口を探す遥だったが、ほどなくして気づく。
 沿岸に横付けされたタンカーの、船首と船尾に、タラップが配置されていた。

 階段状のタラップをのぼり、船首側の甲板に着いた遥はその場にへたり込んだ。
 ひとり恐怖に怯えながら走って逃げて来たことで、精神的にも肉体的にも消耗していた。

「ウルボザさん、大丈夫かな……」

 遥を逃がして女性と対峙したウルボザを心配し、遥は手すりにつかまって立ち上がると、自分が走ってきた方角に目を向けた。
 しかし、空は白んできたが、誰の姿も見えない。タンカー付近に参加者はいなかった。
 悪い想像が遥の頭をよぎる。
 ウルボザは、女性に食べられてしまったのではないか、という想像。
 背後で風に揺られたロープが軋む音がして、遥はびくりと体を震わせた。

「……隠れなきゃ」

 もしウルボザが生きていたなら、このタンカーにいる遥を目指すはずだ。
 そう確信して、遥はタンカー内に留まることにした。
 甲板を船首から船尾まで一周し、身を隠すのに適した場所を探していく。
 円筒形の揚錨機やワイヤーで固定された積荷、それにコンテナと、背丈の小さい遥を隠してくれる場所はたくさんあった。
 それでも、屋外というだけで不安は募る。

「タンカーの中も、見たほうがいいよね」

 船内の構造は未知数であり、安全かどうかも判断できない。
 それでも遥は、自分自身に言い聞かせるようにしながら、船内を探索することを決意した。
 ハンドルを回すタイプのドアを、力を振り絞って開けると、灰色の廊下へと進む。
 どうしても開かないドアは素通りして、廊下を道なりに歩いていく。
 すると、開けた場所にたどり着いた。

 リフレッシュルーム。
 タンカーの乗組員が休憩する場所として作られた、ホールのような場所だ。
 部屋にはテーブルやソファが配置され、部屋の一角には簡単な飲み物を出すカウンターもある。
 人が居ないか慎重になりつつ、ソファへと辿り着き腰掛けた。
 ここを今は安全な場所だと認識した途端に、遥の身体を気だるさが襲う。

「……あれ」

 多大な消耗と過度な緊張。年齢不相応な部分のある遥とはいえ、それらによる疲労には敵わない。
 ゆっくりと、そのまぶたは閉じられていった。




 遥の意識が覚醒したのは、第一回放送が始まってからのこと。
 船内に反響するマナの声をぼんやりとした頭で認識しながら、いつの間にか横向きに寝ていた体を起こす。

『それじゃあ、死者の名前を発表するわ』

 目をこすりながら放送を半ば聞き流していると、名前が呼ばれ始めた。
 そして、それが今までに死んだ参加者の名前なのだと理解した直後に、その名前は呼ばれた。

「え……」

 さほど間を置かずに呼ばれた二人の名前。
 ウルボザ、そして桐生一馬が死んだことを示していた。
 ぼんやりしていた頭を、ガツンと殴られたような衝撃があった。
 信頼していた二人を同時に喪い、冷静な頭で考えられない。
 放送が終わるまで、遥は呆然としていた。

『――それじゃあみんな、頑張ってね。健闘を祈ってるわ!』


 マナによる放送が終わったとき、遥は名簿を握りしめていた。

「ひどい……」

 ぽつりと呟いたのは、遥の純粋な気持ちだ。
 どこまでも参加者を小馬鹿にして笑うマナは、いつか見たチンピラたちを思い出させた。
 道端の仔犬に石を当てて、痛がる姿を見てげらげら笑っていた彼らと、やっていることは変わらないように思えた。
 マナは、人が死ぬ姿を見て、この上なく喜んでいる。
 そう思うと、遥の心中にある感情が溢れてきた。

「許せない……!」

 それは“正義感”や“義憤”と呼ぶべき感情。
 そこに、ウルボザや桐生一馬という信頼できる存在を喪った悲しみも加わり、感情は膨らんでいく。
 混乱もある。不安もある。
 それでも遥の中では、マナを許せないという感情が強く生まれていた。

「でも、これからどうしよう」

 呟きは虚空へと消える。
 遥は自分の弱さを自覚していた。
 ひとりではマナに反旗を翻すことはおろか、自分の身を守ることも難しい。
 タンカーに来るはずだったウルボザも既にいない以上は、誰か人と合流する必要がある。
 それも、信頼できる味方になってくれる人と。

「誰かいないかな……」

 数少ない知人を思い浮かべながら、遥は名簿を眺めていった。
 例えば、東城会の百億円を巡る争いにおいて、桐生一馬の味方であった人物。

「伊達さん……柏木さん……花屋、さん?」

 そういえば“サイの花屋”の本名を知らないな、と余計なことを考えつつ。
 期待した名前は見つからず、かわりにあったのは桐生一馬と敵対していた二人の名前。

「真島吾朗、さん」

 真島吾朗について、遥は深く知らない。
 遥を誘拐し、バッティングセンターの部屋に閉じ込めたこと。
 遥と桐生が訪れていた桃源郷に、トラックで突入したこと。
 どちらの騒動も、目的は遥や百億円ではなく、桐生と勝負することだった。

「たぶん悪い人じゃない」

 桐生は真島に何度も喧嘩を挑まれたと聞いた。
 そのときの話しぶりと、桃源郷で見た振る舞いから、真島は単に血の気が多い、喧嘩したがりの人であり、野心や悪意はないと遥は判断した。
 もしかすると味方になってくれるかもしれない。
 確信はないものの、遥は真島を合流したい人として据えた。

「あと、錦山さん……」

 もう一つの見知った名前について、遥は半信半疑でいた。
 遥の記憶に間違いがなければ、錦山彰は命を落としたはずなのだ。
 ミレニアムタワーの最上階、桐生との決闘を終えたあと、爆弾を自ら撃ち抜いた。
 同姓同名の他人かもしれないし、ウルボザのように生き返ったのかもしれない。
 とはいえ、仮に後者だったとしても、遥には錦山を信用するべきかどうかが分からない。
 錦山は東城会の百億円を狙い、積極的に騒動を起こしたと聞いている。
 その一方で、桐生は錦山のことを親友と呼んでいた。

「おじさんの親友なら、信頼できるのかな……」

 最期を思い返すと、錦山も悪人ではないように思えてくる。
 しかし、明確に善悪を判断するだけの材料が、今の遥にはなかった。
 そのため何分か考えてみても結論は出ず、錦山については保留とした。




 放送から二時間が過ぎた。
 その間に遥は、支給品の確認とタンカー内の探索をしていた。
 どちらもすんなりとはいかなかったが、特に前者は時間がかかった。
 ウルボザから受け取った支給品はもちろん、遥自身に支給されたものも、まだ確認していなかったためだ。

「よく分からないものも多いけど……このお守りは持っておこうっと」

 拳銃やマイク、それに子供向けの本。
 拳銃は使えそうになく、マイクは使い方が不明。本は言わずもがな。
 よく分からない支給品ばかりの中で、遥はウルボザに支給されたお守りを首から掛けた。
 鬼子母神のお守り。柔和な笑みをたたえた女性が描かれているそれは、遥の心をわずかばかり落ち着けたのだ。

「とりあえず、ここから出よう」

 そして、船内の探索も、遥の足ではたっぷり三十分以上かかった。
 開かない扉が数か所にあり、全てのエリアを探したわけではないのだが、ひとまず誰もいないと判断することにした。
 これからするべきなのは、信頼できる味方となる参加者を探すこと。
 自分にできることをやる。そう決心して、遥はタンカーを降りた。


【E-3/偽装タンカー/一日目 午前】
【澤村遥@龍が如く 極】
[状態]:健康、恐怖、不安、マナへの憤り
[装備]:鬼子母神の御守り@龍が如く 極
[道具]:基本支給品、M9@METAL GEAR SOLID 2、魔女探偵ラブリーン@ペルソナ4、魔鏡「かがやくために」@テイルズ オブ ザ レイズ
[思考・状況]
基本行動方針:自分の命の価値を見つける。
1. 人が集まりそうな場所に行き、信頼できる味方を探す。(候補→真島吾朗)
2. 錦山彰については保留。
※本編終了後からの参戦です。
※偽装タンカーの大まかな構造を把握しました。


【鬼子母神の御守り@龍が如く 極】
ウルボザに支給されたお守り。
装備すると「敵の囲みが緩くなる」効果が得られる。

【M9@METAL GEAR SOLID 2】
澤村遥に支給されたピストル。
麻酔弾を発射するために改造されており、手動で一発ずつ装弾する必要がある。
完全に発射音を消すサプレッサー付き。麻酔弾の弾薬は15発。

【魔女探偵ラブリーン@ペルソナ4】
澤村遥に支給された本。
低年齢向けの作品。自室で読むと「根気」と「寛容さ」が上昇する。

【魔鏡「かがやくために」@テイルズ オブ ザ レイズ】
澤村遥に支給された魔鏡。
魔鏡技「ToP!!!!!!!!!!!!!」を使えるようになる。
原作ではコラボイベントで登場した天海春香が使用。この場で他の参加者が使えるかどうかは不明。
本ロワでの設定として、形状はマイクの持ち手部分に魔鏡が埋め込まれているものとする。


【偽装タンカーの備考】
※偽装タンカーは沿岸に横付けされており、乗降口は二か所あります。どちらも甲板につながる階段式のタラップです。
※タンカー内には開かない扉があります。これらの扱いについては後続の書き手さんにお任せします。


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最終更新:2024年08月24日 19:13