――淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
振り子に合わせ、時計の音が鳴る。この星は静止することなく、常に時を刻み続ける。そんな、大きな時の流れの中に、急かされるように生きてきた者たちの心もまた、移ろいゆくもの。水面に浮かぶ泡のように――溶けて消えるその時まで、変革を続けていく。
思い出が、泡沫のように浮かんで、そして消える。そのひとつひとつの瞬きが、物語を携えて。
まるで歌うように、或いは奏でるように――星はかつて夢をみた。
■
視界が染まっていく。赤く、赤く――その色調が、自然発生的でないことを伝達する。その霧の性質など知らなくとも、それが異常であることがひと目でわかる。
ゆえに、クロノはそれを認識するや否や、前進を選んだ。そもそも魔王相手に魔法の勝負に持ち込むのは分が悪い。この霧がもたらす効力も分からない。可燃によって誘爆を起こすのか、はたまたその場にいる者の魔力を高めるようなものなのか。どちらにせよ、魔法を唱える暇もない連撃で敵の選択肢を削るのが最も無難な唯一解。
魔王は絶望の鎌を用いてそれを受ける。繰り出される連撃を、横に構えた業物で二度、三度。僅かな応酬の後、これまでとの変化点は、すぐに明らかになる。
(さっきより鍔迫り合いの反動がキツいな……。この霧のせいか……?)
魔力の籠った赤い霧『クリムゾンミスト』は、内部の物質の強度を落とす。そして、人体もその例に漏れない。実質的には、あらゆる攻撃が強化されるということだ。
だとしたら、魔法での戦いは分が悪い。有する魔力の質や量は元より、この霧の中ではバリアチェンジが更に厄介な障壁となる。バリアチェンジの魔力吸収による回復は、受ける魔法の威力が高ければ高いほど、その回復力を増すからだ。
ならば接近戦で魔法詠唱の隙を与えない。感覚的に取った行動が、結果的には最適解。
しかし、そんなことは魔王も重々承知。
「討ち取れ、チャップ!」
下される指示。これまでも、魔王を狙えば何度もその邪魔をしてきたモンスターの存在。クロノの側も、その妨害は織り込み済み。
来るは炎か、霊力か。見定めるため、一歩下がる。命中不安定な『だいもんじ』なら回避し、実態の不確かな『シャドーボール』なら魔王もろとも回転斬りで打ち払う。二者択一のどちらにも対応できるよう備えたクロノに、突き付けられる第三の択。
「……ぐあっ!」
不可視の『サイコキネシス』がクロノの脳を揺らす。まるで内側から頭を揺さぶられているかの如き痛み。足はもつれ、気をやっていないと意識ごと喪失してしまいそうだ。
同時に働くは――安心感にも近い感覚。
これまでも戦闘中に意識を失うことは、少なくなかった。傷を負って気絶したのみならず、脳への電波的干渉により混乱に陥ってしまったこと。植え付けられた怒りに任せ、バーサクと呼ばれる発狂状態に陥ったこと。だけどそうなった時はいつも、気が付けば戦闘は終わっていた。先走った俺にちょっと怒っているマールが『レイズ』をかけてくれて、俺は目を覚ます。
その経験が、現状を問題無いと叫んでいる。今クロノが生きているのは、そうなってしまった時に仲間がリカバリーしてくれたからに過ぎないというのに。朦朧とした意識が下した結論は、その心地良さに委ねてしまうかの如き安心感。
「――しっかり、しろ!」
大声で自我を保ち、既に溜めていた力を解放して回転斬りを放つ。首元に迫っていた鎌を打ち払い、弾かれたように後退。
ここに、仲間はいない。一度でも意識を失ってしまえば、その先に待つのは死のみ。
だけど、それをノイズと吐き捨てるようなことはしない。その安寧と思い出こそが、クロノの戦う理由だから。
――もう一度、あの時に戻りたいから。
そしてその想いは精神論のみならず、確かな力へと変わっている。白の約定に宿る白き加護は、死への悼みを養分にその斬れ味を増す。
「うおおおおッ!!」
吼える。それは、己が意識をハッキリさせるため。
スタルヒノックスにダルケル、強者との連戦の中で疲れた身体に鞭打って、クロノはここに立っている。薬も回復魔法もない。立ち上がるための力は気合い、ただ一つ。
(刃に籠る加護が更に強く……半端な力では相殺はできぬか。)
されどそれこそが、魔王にとっては己を貫きかねない刃となる。その力に任せた一閃を急所に受ければ、それまでの蓄積したダメージの差など関係なしに即死する。ましてや、戦場はその一撃に更なる力を与える赤い霧の中。
「防げ、チャップ!」
魔王の前にチャップが立ち塞がる。
唐突に現れ、攻撃された上で捕獲されたばかり。絆なんて芽生えておらず、"なつく"なんて以ての外。わざわざ魔王に仕える義理など一つもない。されどモンスターボールによる支配で、その命令は絶対と化す。
クロノは止まらない。この気合いという緊張感の糸が途切れてしまえば、立っていられないかもしれないから。
それほどまでに、身に刻まれたダメージは多い。それならば、1秒でも早く、そして速く。その一心で、両足を大地に踏み込み、加速。
「そこを、退けえええッ!!!」
――乱れ斬り
交錯するその刹那に叩き付けられた、四回の斬撃。その瞬間――チャップと目が合ったような気がした。
(ああ、そうだよな。)
垣間見えたその表情から感じ取れたのは――憎しみ。四天王と呼ばれるトレーナーの下で、共に挑戦者と戦いながら充足した日々を過ごしていたはずなのに――突如、見知らぬ廃墟に、持ち主のいない野生のポケモンとして配置され、ずけずけと己の領域に入り込んできた男に攻撃され、さらには利用され、消費される。
(そりゃアンタも、憎いよな。)
――俺だって、そうだ。
殺し合いという理不尽だけではない。
この世界に呼び出される前から、俺はずっと、生きる世界が、この星が、憎くて憎くてしょうがない。
■
生まれつき人は、手の届く範囲が決まっている――ずっと、そう思っていた。例えば、ルッカが発明家を目指したのも、同じ発明家である父親と、そういう家でなければ起こらない事故に巻き込まれた母親の影響を、強く受けてのものだ。その善し悪しは別問題といて、生まれつき与えられている環境が、その人の"在り方"を9割方定義してしまう。
「――つまんねーの。」
なりたいものなんてなかった。何を為すでもなく、何を目指すでもなく。でも、生まれつきという、どうしようもないものに勝手に選択肢を狭められて、窮屈だという想いだけが募っていた。
現に、ネガティブな理由から夢を追い始めたルッカは、とても苦しそうだった。
「――もっと、やりたいことを自由に、でいいじゃんか。」
なんて自由人を気取って、それを座右の銘とひけらかして、何も"できない"ことから逃げていた。
だから。
『――私、お祭り見に来たんだ! いっしょに回ろうよ!』
生まれつきの外の、本当にやりたいことに自由に手を伸ばそうとしている人が、あんなに綺麗に笑うなんて、知らなかった。
マールは、王女という身分からは絶対に手の届かない範囲の"在り方"に憧れ、それを叶えるために実行した。そんな芯の強さが、とても眩しくて。
俺は、この子の"在り方"を叶えたいって思ったんだ。
『――有罪。』
王女誘拐の罪と、下された判決。
マールはどこに行っても王女様で、俺はどこに行っても平民だった。生まれつき、俺たちはただいっしょにいることすら、許されていなかった。
――憎い。自由を奪ってくる、生まれつきの運命が。そんな雁字搦めの運命に縛られた、この星が。
過去に僅かなズレがあるだけで、現代に産まれてくるかどうかすら変わってしまう儚い足場なのに、それは俺たちの"在り方"にどこまでも付き纏う。
だから俺は、目指したんだ。
どれだけ生まれが平凡でも、どれだけ大罪人の烙印を背負っていても――この星の天敵、ラヴォスをぶっ倒せば、英雄だ。平民には手の届かない王女様の結婚だってできるだろうさ。
そして、この星に証明してやるんだ。
生まれつきの運命なんて、クソッタレだ――ってな。
■
命を繋ぐ灯火が、立ち消える。黒い風が、またひとつ涙を零した。
乱れ斬りの速度の前に、チャップが全ての憎しみを込めて放たんとしていた"しっぺがえし"は、終ぞクロノに届くことはなかった。それでも、4回にわたる接触により発動した『ほのおのからだ』は、己を殺した者への呪詛のように、クロノの身体を激しい火傷で蝕んだ。すでに限界の近い身体に重なるダメージが、命を削っていく。
戦場に残ったのは、2人だけ。大義のために英雄になった者と、復讐のために王になった者。或いは、その志に共鳴する未来もあったのかもしれない。だが、そうならなかったからこそ、両者はこうして赤い霧の中で対峙している。
そんな中で――突如として始まった
第二回放送が、二人の鼓膜を揺らした。
「どうする?」
魔王は問い掛ける。
「この情報を逃すのは、脱出を試みるにも優勝を志すにも不利益かもしれん。一時休戦とするか?」
「馬鹿言ってんなよ。」
その申し出を、鼻先で一蹴するクロノ。
「……魔法の詠唱時間になり得るものを、易々と渡すわけねえだろ。」
「……間違いないな。」
流れる"ノイズ"に僅かに意識を取られつつも、両者は再び相見える。一瞬の後に再び始まる斬撃の応酬。もう、いつかの二人ではない。その往く道が重なることなど、起こり得ない。
『――ゼルダ』
その名が呼ばれる。すでにその死体も見ており、彼女の死自体は知っている。けれど、クロノの心を変えた者がいるとするならば、それは彼女だった。
ダルケルも含め、あれだけ憎み合い、互いの憎悪をぶつけ合った相手の名前が、他の有象無象と同列とばかりに呼ばれていく。
「こんな世界じゃなくたって……殺し合いを命じられてなんかなくたって……戦いってきっと、こういうものなんだろ。」
その言葉の意味するところが分からず、僅かに首を傾げる魔王。それを問えば、クロノは再び口を開く。
「なりたい在り方と手の届く範囲が一緒な奴らは、わざわざ血生臭い戦いになんて手を染めてなくてさ。そうじゃない奴は大なり小なり、世界に……星に、満足してない奴らだ。」
自暴自棄に、自分自身を傷付けるような戦い方をしていたグレイグ。ダルケル曰く、何かしらの使命を抱えていたらしいゼルダ。そして、そんな使命に寄り添うことを選んだダルケル。そして――今し方殺した、チャップと呼ばれていた魔物。皆、何かしらの鬱屈した感情を抱え、それをぶつけるかの如く戦っていた。
「そして、そんな世界への不満を持った奴らが、世界変革の時を刻むんだ。」
そうか、と。合点がいったように魔王は笑った――元の世界の、己の最期を想起しながら。
「ならば私はあの時――幸福だったのだろうな。」
私の戦う理由など、敢えて熟考するまでもなく明らかだ。緩やかに流れる河の流れのような、魔法王国ジールでの平穏な日々。そんな日々に唐突に与えられた、ラヴォスという名の厄災。運命というものを憎み、復讐のために魔王となる決意をするのに、それは充分すぎる理由だった。
だが、ある浜辺で行われた、カエルとの一騎打ち。最後の瞬間、私はグランドリオンの一閃を受け入れていた。再びラヴォスの災禍に見舞われ、戦うための憎しみなど、よりいっそう積もっているはずであったのに――刃を受け入れる心は、どこか晴れやかで。
あの時、世界の景色は灰色に映っていた。
ラヴォスとの邂逅を果たし、かつて崩壊した古代王国に再び帰り着くことができたというのに、またしても歴史は変わらなかった。
母ジールの暴走を止めることも、姉サラを救うことも叶わず、己が人生を賭けたラヴォスへの復讐という大願すら失敗に終わったというのに。
それでも、その怒りを、その憎しみを、戦いにぶつけることはしなかった。
きっとあの時の私には――希望が、見えていたのだ。
たとえ死に絶えたとしても、その意志を継いでくれる存在が、確かにいるのだと。
その希望は――赤い色をしていた。
■
ある城の最奥にある儀式の間。
灯火の揺らめきだけが、ぼんやりと室内を映し出す。
部屋の中央に佇むのは、魔王と呼ばれた男。
そして魔王は、来訪者に向けてただ一言、問うのだった。
『貴様は、何のために戦う?』
それは、ただの興味だった。
一度牙を折った勇者を、再び立ち上がらせた男とは、いかなる信念を抱く者か。
魔族を束ね、ラヴォス復活を目的として活動していれば、魔王討伐にやってくる者は少なくなかった。その者たちは、決まって謳うのだ。村を救うため。町を救うため。森を。大地を。そして――国を。
そして、それを謳った者の末路を、魔王は知っている。救国の大義に手段を違え、目的へとすり替えた挙句にラヴォスの力でその国すらも滅ぼした女王を。
しかし、後に英雄と呼ばれる男は、たったひと言、返した。
『――クソッタレなこの星に、俺の記憶を刻み付けるため。』
その言葉に、魔王の口角は僅かばかりに持ち上がる。
『かつてのサイラスのように、二度と立ち上がれぬようその闘志を折ってやろうとも思ったが……』
魔王決戦の最中、僅かに交わされたのみの言葉の応酬。だが、クロノという男の信念を測るには、充分だった。
『貴様はきっと、変わらぬのだろうな――』
■
クロノは、他人の心を動かすことのできる男だった。星を変えるという強い意志。その想いを伝達する求心力。彼の周りで、人の心は確かに、変わっていった。
もし、自分にそんな力があったなら、母の暴走を止めることもできていたかもしれない――なんて、たられば論の希望を捻り出しているその心境の変化すら、あの男に充てられたのかもしれないと感じるほどに。
「――だが、今の私の心には、貴様は希望となり得ない。」
変わり果ててしまった男に、刃を向ける。男は、殺し合いに乗ってしまった。保身のためか、私欲のためかは知らない。知ろうとも思わない。それでも、仲間を切り捨てて、ただ独りで歩む決意をしたクロノの姿は、魔王がかつて見た希望と、違う色をしていた。
ああ、そうだ。これはただ、勝手に期待し、勝手に裏切られた気になっているだけだ。クロノに落ち度などない。そんなことは分かっている。
だけど、それでも。
「ラヴォスの討伐……他者と歩むのを辞めた貴様には成し得ん!」
魔王は一度、ラヴォスを滅ぼすため、彼の蘇生すら願ったのだ。それほどまでに、ラヴォスへの復讐は魔王の生きる意味となった。それを今さら、諦められようはずもない。クロノがその希望となり得ないのなら、殺すより他にない。そして今一度、己の力で挑戦するのみ。
それが魔王の憎悪。魔王の、戦う理由。
「……ああ。ま、アンタからしたら、そうだよな。」
そんな魔王を見るクロノの目が、どこか冷めたものへと変わる。互いの業物が交錯する、その寸前。
「悪いけどさ――」
クロノはただ一言、発した。
「――ラヴォスなら倒したよ。とっくの昔にさ。」
「――!?」
斬撃が重なり合う。
その一瞬を制したのは――英雄の側だった。
万象は、常に変革の一途を辿っている。泡沫が如き人の心も、その例に漏れず。されど、一度消えた泡沫が、再び結びを得るこの世界の法則は、僅かな例外を内包していた。
(……そう、か。)
――死という、変革の終着点。そこに理外的に与えられた、死者の蘇生という終着点のその先。
(私がいない間にも、時は流れ、そして――)
死んだ瞬間から歩みを止めてしまったが故に、移ろい続ける時の流れに置いて行かれた泡沫は、己を貫いた白き刃をどこか惚けたように見つめる。そして、その意味に気付いた瞬間にゆっくりと、膝を着いた。
(――私の願いは、既に叶っていたようだ。)
そのまま太刀を引き抜くと、吹き出したように鮮血が舞う。
「……私の負け、か。」
それひとつが致命傷。抵抗しようにも、返り血を浴びて赤黒く煌めくクロノの太刀が魔王の首を狙っている。死を待つだけの受刑者のような状況であるというのに、心は、どこか晴れやかに思えた。
「……いや、最初から戦いの舞台にも、私は上がれていなかったのだろうな。戦う理由など、私には既に無かったのだから。」
勝敗を喫する最も重要な局面で、戦いの目的を失ってしまった。しかしそれは、大願の成就の瞬間でもあった。
「……なんだよ、それ。」
――しかし、クロノはそれを肯定しない。
「アンタ、結局何がしたかったんだよ。」
それが、意味も得もない叫びだと、分かっている。魔王は、間もなく死ぬ。既に致命傷を与えており、仮にトドメを刺さずとも、その灯火が消えるのを待つのみの命。そんな相手に、突きつける言葉なんかではないはずだ。ゼルダの無実を信じて逝ったダルケルのように、仮初の満足に浸らせてやればいい。
理屈の上で、その空虚さは分かっている。だが――
「アンタがやるべきは……ラヴォスへの復讐なんかじゃなかっただろ……!」
「ッ……!!」
――魔王の存在は、クロノの現状を生み出した元凶と言っても過言ではなかった。
クロノの生きる時代まで続く人間と魔族の諍い。その根底にあったのは、中世で魔王がラヴォス復活を願い、人間たちを生贄にしようとしたことだ。メディーナ村をはじめとする魔族の生き残りには魔王信仰が残り、人間を憎んでいた。
クロノが裁判で受けた冤罪も、ガルディア城に入り込んでいた魔族に由来していた。それだけではない。マールの祖先であるリーネが狙われていたことにより、巡り巡ってマールが産まれなくなる危険性が生じたのも、全て。
クロノが抱いている理不尽への怒りは、そして憎しみは――その多くが、魔王に由来しているのだ。
「やり直しの機会があったのに、サラを救おうともしなかったアンタに……満足する終わりなんか訪れるもんかよッ!」
女王の側近の預言者として古代王国に辿り着いたアンタが、ジールを殺せばそれで良かっただろ。そうしたら、サラは助かった。ラヴォスだって復活しなかった。その後の世界で魔王が誕生する歴史も消えて、人間と魔族が憎しみ合う必要も無くなって。
そんな大団円の何が気に入らなかった?
そんなにもラヴォスへの憎しみに囚われていたのか?
或いは、母親を殺すのを躊躇ったのか?
どちらにせよ――アンタは道を間違ったんだ。
死に行く者に、ありったけの呪詛を吐く。過去も現代も未来も、何もかもぶち壊して行った命の行く先が、安寧であってなるものか。屈辱と後悔に塗れながら、無様に死んでいくべきなんだ。
白の約定を天に掲げる。直下に見据えるは、魔王の首。
「俺は……アンタと同じ間違いは犯さない。」
殺し合いを開催した主催者への怒りなんて、無いわけがない。実際に手を下したのはウィリアム・バーキンという化け物だったようだが、実際はアイツらがマールを殺したようなものだ。
ルッカやロボのことだって、殺したくない。二人とも大切な仲間で、ルッカに至っては幼い頃から一緒にいた仲だ。一時の選択で切り捨てるにはあまりにも重すぎる。
だけど、そうやって選んだ道の先に、マールはいないから。剣を取る理由なんて、それで充分だ。そしてその道は――魔王が選ぶべきものだったんだ。
「……クロノ。」
血溜まりに霞んだ喉で、処刑を待つのみとなった男は、捻り出すように名を呼んだ。
「……何だ。命乞いなら聞く気はねえよ。」
「その太刀は、喪失の哀しみを喰らい、強くなる。」
それは、思わぬ発言だった。一瞬、面食らったような顔になる。
……魔王を貫いた、あの瞬間。
俺は確かに、あの一撃で魔王を殺すつもりだった。
致命傷で済ませる気なんてなかった。
だが、魔王はまだ生きており、こうして喋ることもできている。
その理由は、第二回放送にあった。戦闘に集中しており、流し聞き程度に済ませていたものだったが、知っている名前があれば聞き漏らさない程度には聞こえていた。
故に、あの瞬間は知っていた。ルッカもロボも、まだ生きているということを。それを知った俺は――きっと
喪失とは程遠い感情を抱いたのだろう。
「その感情は、貴様の命取りとなる。だが、その感情に苛まれながらも、他ならぬ貴様自身の手で仲間を殺したならば……貴様は誰よりも強くなれる。」
「助言のつもりかよ。」
「……好きに受け取れ。」
本当に、憎憎しいほどに中途半端な野郎だ。殺し合いに乗った俺の味方になるのとも、殺し合いに反逆する側として俺と敵対するのとも、違う。
だけど、その感情は少しだけ、分かる。
「……アンタの宿敵が言ってたぜ。人は死ぬ時、生きている時に深く心に刻んだ記憶が浮かぶものだ……ってな。」
だから、だろうか。それとも、かつて死んだ自分を復活させるのに、助言をくれたからか。
「楽しい思い出か、悲しい思い出か……アンタは、どっちなんだろうな。わからねえけど……」
積年の恨みだとか、怒りだとか――魔王に積もるそんな一切合切が、この瞬間は清々しいほどにどうでもよく感じた。
「――その記憶が、アンタが本当に護るべきだったものに、いつか誰かを繋げてくれる時が……あったらいいな。」
白の約定を、横凪ぎに振るう。白く煌めく一閃がその首を通過したその後に、ごとり、と物々しい音が木霊する。
それが、かつて魔王と呼ばれた男の、最期だった。
その姿からは、遥か未来の世界で魔物からの信仰を一身に受けた王の風格などは感じられない。それは、失意と絶望に塗れた一人の男の姿だった。
「さすがに、疲れたな……。」
頭数にして4の敵との戦い、それを単独で勝ち抜いたのだから、まごうことなく大勝利と呼ぶに相応しい結果だ。怪我も疲労も溜まり切っているが、殺し合いの優勝には一躍近付いたと言っていいだろう。
――しかし。
「……認めないのニャ。」
放送内容すべてを把握しているわけではない。
だが、呼ばれた名前については、分かっている。
その中に特に、殊更心を乱すような名前はなかった。
しかし、戦いに夢中となっていたからこそ――本来あって然るべき名前が無かったことに、クロノは気付かなかった。
小さき狩人が、そこに立っていた。
その手には青龍刀と、いつの間にか拾われていたハイリアの盾を携えて。
「ボク達を足蹴にしながらのハッピーエンドなんて、ゼッタイに。」
ニンゲンたちの生活において、モンスターとは命では無かった。モンスターは、食肉であり、薬であり、そして素材でもあった。旦那様のような人もいて、皆が皆そうだったとは言わないけれど。
突然やって来て、全てを奪って行ったニンゲン。クロノは、オトモがかつて憎んだ災厄の姿そのものだった。
■
「ここには、ボクたちの集落があったんだニャ。」
ある狩りの日に、懐かしの渓流を訪れた際、ボクは旦那様に、昔話をしたことがあった。
「突然やってきたハンター達に、ボクたちは全く敵わなかったのニャ。」
何故、大キライなニンゲン相手にそんな話をしたのかは、覚えていない。それまで結構な苦楽を共にしてきた旦那様に、僅かばかりの信頼が芽生えていたのか。それとも、旦那様が本当に信頼できるか試したかったのか。それとも、久々にやって来た昔の居場所に、つい寂寥の想いが溢れたのか。もしかしたら、狩りの前に飲んだ達人ビールで酔っ払って饒舌になっていただけなのかもしれない。
「だからボクは、小さくても生きていけるよう、強くなりたいんだニャ。」
何にせよそれは、本心だった。
「――そうか。」
普段は気さくな旦那様が、珍しく荘厳な雰囲気を纏わせて口を開いた。ニンゲンの言葉なんて――と、聞き流すこともできなかった。
「……この焼け跡、大タル爆弾Gによるものだろう。大型モンスターも居ないこのような地に設置するには、まるで遊びと言わんばかりの過剰火力よ。嘆かわしいものだ。大自然への感謝を忘れようとは……。」
弱肉強食の理の整った世界の外側の安全地帯から、そこに立ち入る覚悟もないまま、ただ石だけ投げ付けていく。旦那様の言葉からは、そんなニンゲンへの嘆きが、すごくすごく、伝わってきて――
「それはとても、無念だったろうなぁ。」
世渡り上手だから、ニンゲン達への恨みも憎しみもそっちのけに生きていける選択ができると得意げな顔をして。
そんな自分の顔も、本当の気持ちに、蓋をするかのようで。
ああ、それだけボクは――悔しかったのだ、と気付いてしまったから。
■
ロボが言っていた。タイムゲートが開くのは、ラヴォスの力の歪みなんかじゃなくて、その先の物語を俺たちに見せたい何者かがいるからなんだと。
だとしたら、怒りや憎しみの渦巻くこの殺し合いの世界すら、誰かが見せたい……もしくは見たいと思った結果なんだろうな。
星はかつて夢をみた。泡沫が如く、浮かんでは消える命の物語の中で。
そして、再び星は夢をみる。
憤怒と憎悪に満ちた、限りなく歪な夢を――
【チャップ@ポケットモンスター ブラック・ホワイト 死亡確認】
【魔王@クロノ・トリガー 死亡確認】
【残り38名】
【B-2/北の廃墟入り口/一日目 昼】
※魔王の発動した「クリムゾンミスト」が残っているかどうかは、後の書き手に一任します。
※魔王の死体に彼の持っていた支給品が残っています。
【クロノ@クロノ・トリガー】
[状態]:ダメージ(大)
[装備]:白の約定@NieR:Automata
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(1個)
[思考・状況]
基本行動方針: 優勝し、マールを生き返らせる。
1.仲間を殺す、か。
2:人が集まってそうな場所へ向かう。
※マールの死亡により、武器が強化されています。
※ED No.01 "時の向こうへ"後からの参戦です。このルートでは魔王は仲間になっていません。
※グレイグからドラクエ世界の話を聞きました。
【オトモ(オトモアイルー)@MONSTER HUNTER X】
[状態]:ダメージ(大)
[装備]: 青龍刀@龍が如く極 ハイリアの盾(耐久消費・中)@ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド、星のペンダント@FF7
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2個(確認済み) ソリッドバズーカ@FF7
[思考・状況]
基本行動方針:クロノを倒す。
1.ご主人様、今頃どうしているニャ?
2.……ニンゲンがどういう生き物だったか、思い出したのニャ。
最終更新:2024年11月12日 00:54