泣くことならたやすいけれど
悲しみには流されない
恋したこと
この別れさえ
選んだのは
自分だから
□
気づくと私は、床に倒れていた。
起き上がり周囲を見回すと、そこが通い慣れた八十神高校の教室だと分かった。
「え、ここって……」
黒板や机の配置を見て、二年二組の教室だと気づく。外が暗く、人がいないこと以外は、いつもの教室と同じだ。
私はなんとなく、自分の席に着いた。
もしかして、さっきの光景は全て夢なのか。そんな想像が頭をよぎる。
ほっとしたのも束の間、喉のあたりに違和感を覚えて、手を触れた瞬間、現実に引き戻された。
「これ、首輪……」
呟くのと同時に、脳内についさっきの光景が浮かんだ。
マナと名乗る金髪の少女が、笑いながら話す姿。そして、完二くんの首輪が爆発して、勢いよく血が噴き出している姿。
思い浮かんだ光景を振り払うように、私はぎゅっと目をつぶる。
それなのに、脳内からその光景は消えない。
「じゃあ、完二くんは本当に」
声が震えた。その先は口に出せそうにない。
頭では理解していても、それを認めたくない。
私は考えを断ち切るために、別のことを考えようとした。
「……千枝はどうしてるかな」
さっきの場所には、千枝もいた。
親友がいつも着ている緑ジャージを見間違えるはずがない。
正義感の強い千枝は、殺し合いを強制するマナに対して、怒り心頭だろう。
顔に靴跡をつけてやる、と息巻く姿が、容易に想像できた。
「もしかして、他のみんなもいるのかな……」
完二くんに千枝、それと私。
この殺し合いには“自称特別捜査隊”の仲間が、三人も巻き込まれている。
想像したくはないけど、他の仲間もここにいるかもしれない。
花村くん、クマさん、りせちゃん、直斗くん。そして、リーダーの鳴上くん。
みんな信頼できる仲間たちだ。殺し合いの場にいて欲しい、とは言えないが、もし会えたなら心強い。
花村くんや直斗くんなら、もう脱出する方法を考えついているかもしれない。
「……でも」
ぽつりと声が漏れていた。
無意識のうちに出てきた、私の心の声。
私の頭に浮かんできたのは、鳴上くんの姿。
頼れるリーダーであり――私にとって初めての特別な人だ。
「鳴上くんには、いて欲しいな……」
私は自分で自分の肩を抱いた。
こうすると、鳴上くんに優しく抱きしめられたときの感触を思い出す。
この先ずっと、忘れることはないだろう記憶。
「って、私ったら何を……!」
仲間が死んでいるのに、あまりにも不謹慎だ。
少しだけ熱いほほを手で扇いで、私は窓から空の月を見上げた。
そのとき、私はあることに気が付いた。
どこかから、声が聞こえてくる。
いや、これは単なる声というより、歌声だろうか。
耳を澄ますと、歌声は上の方から聞こえてくるように感じられた。
(行ってみよう、かな)
私は教室を出て、歌声のする方へと歩き出した。
□
群れを離れた鳥のように
明日の行き先など知らない
だけど傷ついて
血を流したって
いつも心のまま
ただ羽ばたくよ
□
(やっぱり、屋上から聞こえるみたい)
屋上に向かう階段に着くと、女性の歌声がはっきりと聞こえてきた。
とても澄んだ声だ。曲はゆっくりとしたバラードで、歌詞も聞き取りやすい。
(上手……悲しい曲なのかな)
歌手に精通しているわけではない私でも、この歌は上手いと感じた。
けれど同時に、悲痛な感情が含まれている気がした。
(どんな人なんだろう)
屋上のドアをそっと開ける。
外は暗いものの、何度も来ている場所なので、恐怖心はない。
ぐるりと見渡すと、少し離れたフェンスの前に、人影が見えた。
少しずつ近づく内に、女性は私と同じ長髪だと分かった。
「……っ、誰!?」
私に気づいたのか、女性は歌を中断して叫んだ。
その声に私はビクッとしたが、ここで怯えていても仕方がないので問いかける。
「あの……あなたも、参加者ですよね?」
「……はい」
「あっ、名前……私、天城雪子です」
「……如月千早です」
私が名前を言うと、若干の間はあったけど、相手も名前を返してくれた。
立ち話もなんだし座ろうか、と促すと、これにも応じてくれた。
そして、よく鳴上くんとご飯を食べるときの場所に、二人で並んで腰掛けた。
「えっと、高校生?」
「はい」
「そっか、私も高校生なの。偶然だね」
「そうですね」
「……」
「……」
「千早ちゃんって呼んでもいいかな?」
「お好きにどうぞ」
「そ、そっか……」
「……」
会話が途切れてしまう。
私は千枝や花村くんのように、初対面からどんどん話に行けるタイプではない。
かといって鳴上くんのように、話をさせる雰囲気作りが上手いタイプでもない。
それは相手も同じようで、どうにも会話が弾まない。
沈黙を断ち切るために、私はいちばん気になっていたことを尋ねた。
「ねえ、どうして歌っていたの?」
「……」
「あ、もし言いたくないなら……」
これまでよりも気まずい沈黙。
これは言葉選びを間違えたかもしれない、と焦りながらフォローを入れる。
すると、断定的な口調での返答が来た。
「私には、歌しかないんです」
「え?」
私は千早ちゃんの横顔を見た。その横顔から感情は見いだせない。
ただ、もともと落ち着いている声のトーンが、より暗く低くなったように感じた。
「人は死んだら、歌えなくなりますよね」
「それは……」
私は何か言おうとしたけど、思いつかなくて口をつぐんだ。
死んだら歌えなくなる。それは、当然と言えば当然のことだ。
急にそんなことを言い出すなんて、ネガティブになっているのだろうか。
あるいは殺し合いというマイナスのイメージの言葉が、そうさせたのかもしれない。
「歌えない私に、意味なんてない」
暗い声でありながら、千早ちゃんの言葉には強い意志が感じられた。
「まだ死ぬって決まったわけじゃ……」
「じゃあ!」
叫ぶと同時に、千早ちゃんはいきなり立ち上がって私を見た。
その表情は先程までとは異なり、焦燥がありありと浮かんでいる。
「殺せって言うんですか!?歌うために、他人を殺すの!?」
「……」
「そんなこと、できるわけがない……」
殺すという強い言葉。それが同年代の口から出たことにも驚いた。
それでも、それ以上に、千早ちゃんの苦しそうな表情が、印象的だった。
呼吸を整えた千早ちゃんは、再び腰を下ろした。
「……だから、私は歌い続けます。
歌い続けることで、如月千早という自分が、ここにいたという証拠を残したい」
「千早ちゃん……」
私は何も言うことができず、下を向いた。
声をかけたときは、人が来て危ないかもしれないから歌うのは止めた方がいい、と言うつもりだった。
けれど、歌うことに対する千早ちゃんの熱意、あるいは執念とも呼べるそれは、あまりにも強い。
まさに命を懸けてでも、歌いたいのだろう。
(……でも、なんでそこまでして歌うのかな?)
少し考えたけど、その気持ちは分からない。
きっと、千早ちゃんの心の深いところに、その原因があるのだろう。
そんなことを思っていると、ふと、ついさっき耳にした歌の歌詞を思い出した。
□
蒼い鳥
もし幸せ
近くにあっても
あの空へ
私は飛ぶ
未来を信じて
□
蒼い鳥が、未来を信じて独りで飛んでいく歌。
この歌は千早ちゃんにとって、どれくらい大事な歌なのだろうか。
今の私には、想像することしかできない。
「……話はもういいですよね?私はここから動くつもりはありません」
そう言うと、千早ちゃんは私に顔をそむけた。
その動きからは、若干の後ろめたさが感じ取れた。
私はそんな姿を見て、意思を固めた。
「わかった。じゃあ、私もここにいる」
「え?」
キョトンとした顔を私に見せる千早ちゃん。
私は微笑んで、はっきりと自分の意思を伝えた。
「ここで千早ちゃんの歌を聴くね」
「ど、どうしてですか?何の理由が……」
困惑した様子を見せる千早ちゃん。
もちろん、捜査隊の仲間がここ、八十神高校に来てくれるかもしれない、という打算的な考えもあるにはある。
けれど、それ以上に私は千早ちゃんのことを気にしていた。
「私と千早ちゃん、どこか似ている気がするの。
なんていうか……他人事だと思えないっていうのかな」
他人事だとは思えない。これは私の本心だ。
歌に執着して――囚われて――いる千早ちゃんの姿が、かつて見た私のシャドウと重なるのだ。
どうにかしてあげよう、何かできるはずだ、などとは思っていない。
ただ、なんとなく近くにいてあげたいという気持ちが湧いた。
「それに、千早ちゃんの歌、聴きたい。
ここにいる理由、それじゃダメかな?」
「……まあ、なんでも、いいですけれど」
千早ちゃんの返事は、今までよりも少しだけ上ずって聞こえた。
【E-5/八十神高校・屋上/一日目 深夜】
【天城雪子@ペルソナ4】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:
1.千早ちゃんの歌を聞く。
2.八十神高校にいれば千枝が来るかもしれない。
※(少なくとも)本編で直斗加入以降からの参戦です。
※鳴上悠と特別な関係(恋人)です。
【如月千早@THE IDOLM@STER】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:歌う。
1.この場所で歌い続ける。私にはそうするしかない。
最終更新:2021年06月22日 16:30