泣くことならたやすいけれど
悲しみには流されない
恋したこと
この別れさえ
選んだのは
自分だから




気づくと私は、床に倒れていた。
起き上がり周囲を見回すと、そこが通い慣れた八十神高校の教室だと分かった。

「え、ここって……」

黒板や机の配置を見て、二年二組の教室だと気づく。外が暗く、人がいないこと以外は、いつもの教室と同じだ。
私はなんとなく、自分の席に着いた。
もしかして、さっきの光景は全て夢なのか。そんな想像が頭をよぎる。
ほっとしたのも束の間、喉のあたりに違和感を覚えて、手を触れた瞬間、現実に引き戻された。

「これ、首輪……」

呟くのと同時に、脳内についさっきの光景が浮かんだ。
マナと名乗る金髪の少女が、笑いながら話す姿。そして、完二くんの首輪が爆発して、勢いよく血が噴き出している姿。
思い浮かんだ光景を振り払うように、私はぎゅっと目をつぶる。
それなのに、脳内からその光景は消えない。

「じゃあ、完二くんは本当に」

声が震えた。その先は口に出せそうにない。
頭では理解していても、それを認めたくない。
私は考えを断ち切るために、別のことを考えようとした。

「……千枝はどうしてるかな」

さっきの場所には、千枝もいた。
親友がいつも着ている緑ジャージを見間違えるはずがない。
正義感の強い千枝は、殺し合いを強制するマナに対して、怒り心頭だろう。
顔に靴跡をつけてやる、と息巻く姿が、容易に想像できた。

「もしかして、他のみんなもいるのかな……」

完二くんに千枝、それと私。
この殺し合いには“自称特別捜査隊”の仲間が、三人も巻き込まれている。
想像したくはないけど、他の仲間もここにいるかもしれない。
花村くん、クマさん、りせちゃん、直斗くん。そして、リーダーの鳴上くん。
みんな信頼できる仲間たちだ。殺し合いの場にいて欲しい、とは言えないが、もし会えたなら心強い。
花村くんや直斗くんなら、もう脱出する方法を考えついているかもしれない。

「……でも」

ぽつりと声が漏れていた。
無意識のうちに出てきた、私の心の声。
私の頭に浮かんできたのは、鳴上くんの姿。
頼れるリーダーであり――私にとって初めての特別な人だ。

「鳴上くんには、いて欲しいな……」

私は自分で自分の肩を抱いた。
こうすると、鳴上くんに優しく抱きしめられたときの感触を思い出す。
この先ずっと、忘れることはないだろう記憶。

「って、私ったら何を……!」

仲間が死んでいるのに、あまりにも不謹慎だ。
少しだけ熱いほほを手で扇いで、私は窓から空の月を見上げた。
そのとき、私はあることに気が付いた。
どこかから、声が聞こえてくる。
いや、これは単なる声というより、歌声だろうか。
耳を澄ますと、歌声は上の方から聞こえてくるように感じられた。

(行ってみよう、かな)

私は教室を出て、歌声のする方へと歩き出した。




群れを離れた鳥のように
明日の行き先など知らない
だけど傷ついて
血を流したって
いつも心のまま
ただ羽ばたくよ




(やっぱり、屋上から聞こえるみたい)

屋上に向かう階段に着くと、女性の歌声がはっきりと聞こえてきた。
とても澄んだ声だ。曲はゆっくりとしたバラードで、歌詞も聞き取りやすい。

(上手……悲しい曲なのかな)

歌手に精通しているわけではない私でも、この歌は上手いと感じた。
けれど同時に、悲痛な感情が含まれている気がした。

(どんな人なんだろう)

屋上のドアをそっと開ける。
外は暗いものの、何度も来ている場所なので、恐怖心はない。
ぐるりと見渡すと、少し離れたフェンスの前に、人影が見えた。
少しずつ近づく内に、女性は私と同じ長髪だと分かった。

「……っ、誰!?」

私に気づいたのか、女性は歌を中断して叫んだ。
その声に私はビクッとしたが、ここで怯えていても仕方がないので問いかける。

「あの……あなたも、参加者ですよね?」
「……はい」
「あっ、名前……私、天城雪子です」
「……如月千早です」

私が名前を言うと、若干の間はあったけど、相手も名前を返してくれた。
立ち話もなんだし座ろうか、と促すと、これにも応じてくれた。
そして、よく鳴上くんとご飯を食べるときの場所に、二人で並んで腰掛けた。

「えっと、高校生?」
「はい」
「そっか、私も高校生なの。偶然だね」
「そうですね」
「……」
「……」
「千早ちゃんって呼んでもいいかな?」
「お好きにどうぞ」
「そ、そっか……」
「……」

会話が途切れてしまう。
私は千枝や花村くんのように、初対面からどんどん話に行けるタイプではない。
かといって鳴上くんのように、話をさせる雰囲気作りが上手いタイプでもない。
それは相手も同じようで、どうにも会話が弾まない。
沈黙を断ち切るために、私はいちばん気になっていたことを尋ねた。

「ねえ、どうして歌っていたの?」
「……」
「あ、もし言いたくないなら……」

これまでよりも気まずい沈黙。
これは言葉選びを間違えたかもしれない、と焦りながらフォローを入れる。
すると、断定的な口調での返答が来た。

「私には、歌しかないんです」
「え?」

私は千早ちゃんの横顔を見た。その横顔から感情は見いだせない。
ただ、もともと落ち着いている声のトーンが、より暗く低くなったように感じた。

「人は死んだら、歌えなくなりますよね」
「それは……」

私は何か言おうとしたけど、思いつかなくて口をつぐんだ。
死んだら歌えなくなる。それは、当然と言えば当然のことだ。
急にそんなことを言い出すなんて、ネガティブになっているのだろうか。
あるいは殺し合いというマイナスのイメージの言葉が、そうさせたのかもしれない。

「歌えない私に、意味なんてない」

暗い声でありながら、千早ちゃんの言葉には強い意志が感じられた。

「まだ死ぬって決まったわけじゃ……」
「じゃあ!」

叫ぶと同時に、千早ちゃんはいきなり立ち上がって私を見た。
その表情は先程までとは異なり、焦燥がありありと浮かんでいる。

「殺せって言うんですか!?歌うために、他人を殺すの!?」
「……」
「そんなこと、できるわけがない……」

殺すという強い言葉。それが同年代の口から出たことにも驚いた。
それでも、それ以上に、千早ちゃんの苦しそうな表情が、印象的だった。
呼吸を整えた千早ちゃんは、再び腰を下ろした。

「……だから、私は歌い続けます。
 歌い続けることで、如月千早という自分が、ここにいたという証拠を残したい」
「千早ちゃん……」

私は何も言うことができず、下を向いた。
声をかけたときは、人が来て危ないかもしれないから歌うのは止めた方がいい、と言うつもりだった。
けれど、歌うことに対する千早ちゃんの熱意、あるいは執念とも呼べるそれは、あまりにも強い。
まさに命を懸けてでも、歌いたいのだろう。

(……でも、なんでそこまでして歌うのかな?)

少し考えたけど、その気持ちは分からない。
きっと、千早ちゃんの心の深いところに、その原因があるのだろう。
そんなことを思っていると、ふと、ついさっき耳にした歌の歌詞を思い出した。




蒼い鳥
もし幸せ
近くにあっても
あの空へ
私は飛ぶ
未来を信じて




蒼い鳥が、未来を信じて独りで飛んでいく歌。
この歌は千早ちゃんにとって、どれくらい大事な歌なのだろうか。
今の私には、想像することしかできない。

「……話はもういいですよね?私はここから動くつもりはありません」

そう言うと、千早ちゃんは私に顔をそむけた。
その動きからは、若干の後ろめたさが感じ取れた。
私はそんな姿を見て、意思を固めた。

「わかった。じゃあ、私もここにいる」
「え?」

キョトンとした顔を私に見せる千早ちゃん。
私は微笑んで、はっきりと自分の意思を伝えた。

「ここで千早ちゃんの歌を聴くね」
「ど、どうしてですか?何の理由が……」

困惑した様子を見せる千早ちゃん。
もちろん、捜査隊の仲間がここ、八十神高校に来てくれるかもしれない、という打算的な考えもあるにはある。
けれど、それ以上に私は千早ちゃんのことを気にしていた。

「私と千早ちゃん、どこか似ている気がするの。
 なんていうか……他人事だと思えないっていうのかな」

他人事だとは思えない。これは私の本心だ。
歌に執着して――囚われて――いる千早ちゃんの姿が、かつて見た私のシャドウと重なるのだ。
どうにかしてあげよう、何かできるはずだ、などとは思っていない。
ただ、なんとなく近くにいてあげたいという気持ちが湧いた。

「それに、千早ちゃんの歌、聴きたい。
 ここにいる理由、それじゃダメかな?」
「……まあ、なんでも、いいですけれど」

千早ちゃんの返事は、今までよりも少しだけ上ずって聞こえた。


【E-5/八十神高校・屋上/一日目 深夜】
【天城雪子@ペルソナ4】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:
1.千早ちゃんの歌を聞く。
2.八十神高校にいれば千枝が来るかもしれない。

※(少なくとも)本編で直斗加入以降からの参戦です。
※鳴上悠と特別な関係(恋人)です。


【如月千早@THE IDOLM@STER】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:歌う。
1.この場所で歌い続ける。私にはそうするしかない。

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最終更新:2021年06月22日 16:30