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ばねあしジャックと人形の家 ◆faoWBgi.Rg


◆◆◆◆

Jack be nimble,
(さあさあ ジャック)
Jack be quick,
(いそいで ジャック)
Jack jump over
(ろうそくたてを)
The candle stick.
(とびこえろ)

◆◆◆◆

小さな机と破れたソファが一つずつ。
曇りかけた、古い鏡台が一つ。
貧相な棚が一つ。
棚の中に放り込まれた、前の住人が置いて行ったらしい、くたびれた聖書が一冊。
さして広いとは言えない部屋にあるのは、せいぜいそれきりであった。

あとは――片隅にあつらえられた、畳敷きのスペースの上に、行儀よく膝を揃えて座る人形が一体。
或いは、少女が一人、と言い換えてもいい。
零れるようなブロンドの髪も、濡れた宝石のような瞳も、真っ白い肌も、彼女が腰を下ろした一角には、まるで見合っていない。浮いている。

――本当に、置物みたいに座っていやがる。

己がマスター、ララの横顔を眺めて、サーヴァント・アサシンことウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイドは、そんなふうに考えた。
怪人「バネ足ジャック」としての仮装を解いた姿で、アサシンは、机のそばの古びたソファに窮屈な長い両脚を広げてもたれかかり、片手には空っぽのワイングラスを弄んでいる。

市民劇場の裏手にある、くたびれた通りの色に同化したような、安アパートの一室。
ララに住居としてあてがわれたのは、舞台へ上がる歌姫のイメージにおよそ似つかわしくない、そのような場所であった。

ララはそれへ不満を唱えるでもなく――生身の人間と同じ衣食住を必要としない、ということもあるのだろうが――、むしろ、どこか愛おしんでいるような風ですらあり、アサシンはと言えば、下手に人目につきそうな場所よりはこちらの方がマシだろうと、彼なりの実践的な観点から、この狭苦しい居城(生前の彼の屋敷からすれば、掌の上の小箱のような!)を肯定していた。

ソファのスプリングの鳴らすギシ、という音が、低く響く。
顔を歪め、足を投げ出し、乱暴に背を沈めたアサシンは、一晩の間変わらないララのポオズを見つめる。

――眠る前に、歌はいかが。

昨晩、聖杯戦争の裁定者たるルーラーからの通達があった後、二人きりの部屋でそう言って来たマスターに対し、彼は半ば呆れながら、サーヴァントに睡眠は必要ないことを告げた。
そして気がついた、マスターにも、ララにも、それは必要がないということに。

「グゾルが眠るときには、いつも歌を歌ってあげたのよ」

どこか寂しそうな顔のまま、ララは、この朝まで、同じ姿勢でそこへ座っていた。それはまるで、子供の寝床にあつらえられた御守りのようにも見える。

アサシンは、遠い、彼にとっては、生きていた時すらあまりに遠かった、幼い日の記憶をふとよぎらせる。
顔だけがぽっかりと抜け落ちている、ドレスを着た女性の――死んだ母の肖像。
一人きりの夜に、もぐりこんだベッド。
眠りが恐ろしく、寂しく、得体の知れぬ悪夢を幾つも見たこと。

子守唄を歌うことができても、人形は、眠ることはない。夢を見ることもないのだろう。どれほど長い夜を、どれだけの数、過ごしてきたのか。
見た目こそ少女であっても、彼女は、アサシンが生前に人として生きた時間より、はるかに多くの時間をその矛盾した身に降り積もらせてきたのだ。「変わってゆく」人間に寄り添い、歌いながら。

窓の外で、小さく鳥の啼く声が響いた。

見つめるアサシンの前で、ララが、すうと顔を上げる。アサシンを見る。

「……もう、始まってるのね」

――朝は、同じように来るのに。
その瞳にあるのは、迷いと、当惑と、そればかりでない何かが入り混じった、不思議な光であった。

「私、何も決められなくて。付き合わせちゃって、ごめんなさい」

主従としてまともに向き合ってから、幾度となく呟いた謝罪の言葉を、ララはまた、アサシンへ向かって呟く。
アサシンは、ふん、と鼻を鳴らす。

「言ったはずだろう。オレは暇潰しをしてるだけだ。
たいがいの遊びはやってきたが、人形との付き合いってのは、さすがに経験がないからな」

なかなか愉快なものだ、と顔に張り付いた悪辣な笑みに乗せて言う彼に、ララは怒るでもなく、ありがとう、と返した。
調子が狂う。舌打ち混じりに顔を背けながら、今後の方針に水を向ける。

「目下のところ、どうするか…だな。
前にも言った通り、癪な話だが、オレは大して強くない。“三騎士”の連中は言わずもがな、他の奴らと小細工なしに正面からやり合って勝てる――今のオレたちの方針からすると、生き残れる、と言った方がいいか――可能性は、低い」

ララは、静かにうなずく。聖杯戦争の知識は、当然ララも得ていた。アサシンのクラスは、そもそも強大な戦闘能力を誇るクラスではないのだ。

「だが、やりようはある」

アサシンはテーブルにグラスを置き、虚ろな双眸を宿した仮面をトランクから取り出して、目の前に掲げた。

怪人たるバネ足ジャックにとって、通常は悪手と言える「早期から姿を晒すこと」は、必ずしもマイナスにならない。

目覚めたララに呼ばれずにいた間、彼はこの街の夜を怪人として跳び回っていた。
それは当初は、隷属者として呼び出されたことへの反発であり、好きにやってやるという意思表示だったのだが――結果として、「バネ足ジャック」ならぬ「火吹き男」の噂の流布のみならず、この街の大まかな地理を頭に入れ、ロンドンと異なる建物や地形に対する、バネ足の具合も確かめることができた。

加えて、アサシンは、「バネ足ジャック」としての気配を消して民衆(NPC)に同化できる。
それを利用して、表向きララの「伯父」であり「マネージャー」のような立場の人物として、劇場の関係者へも顔を見せておいた。
マスター周辺を動き回るのに不審がられない、それなりの役柄というものはあった方がいい。
幸い、この造られた街には、人種も装いも種々雑多なNPCが多く配置されていると見えて、金髪に碧眼、痩身大躯なアサシンの姿も、さほど目立たずに済んでいるようだった。

アサシンは、その間に得た情報を、ララに伝える。

「昨晩、劇場に来る客から、おかしな噂をいくつか聞いた。
ひとつは、『チェーンソー男』とかいう化物」

機械式の回転鋸を振り回し、人を襲う異形の巨漢。唐突に現れ、唐突に空を飛んで消える怪物。そして、不思議と顔の印象が記憶に残らないという。噂では、それは「少女」と戦っているのだとも。

「もう一つ。街で目撃された、これも大男だ。『包帯男』とか言われていたがな」

ボロボロのコートと帽子、腐臭を纏った巨漢が、平然と、「当たり前のもののように」街のただ中に存在していた。そしてこれも、「少女」と共にいたという。

「『チェーンソー男』に、『包帯男』……」

ララが反復する。
バネ足と異なる、二つの怪人の噂。或いはそれら二つは同じものなのかもしれない。いずれにせよ。

「断言はできないが、参加者とサーヴァントに関わる何かだろうよ。
すでに動き出してる連中がいた、と見るべきか。
そして少なくとも、今日以降は否応なしに動き出す奴らが増える。……あんな通達があった後だしな」

アサシンは、ララが握りしめている手紙と写真とに目をやる。

それは、昨日の夜、ララの元へ直々の通達に現れたルーラーが、残して行ったものだった。

どこかおどけたような予選通過の告知や、ささやかな資金の同封、諸連絡……それらの中でも、参加者の一人「フェイト・テスタロッサ」の捕獲を示唆する文言は、特に目を引いた。

写真の中、幼さを多分に残した少女の面立ちを見ながら、開始以前、或いは早々に「やらかした」のだろうと二人は話し合った。少なくとも、ルーラーに目をつけられる何かが、その少女にあったことは間違いない。

捕獲の礼は、「令呪一画の贈与」によってなされるという。この街で何を成すにせよ、それは魅力的な褒賞であったが、今は釣られて動くべきではない、アサシンはララへとそう告げた。

ララは、この聖杯戦争において最初の贄と定められてしまった、見知らぬ少女のことを気にしているようだ。アサシンとて、内心では、自分の姪ほどに見える、写真の少女が気にならないわけではない。

しかし、アサシンはララに下手を踏ませるつもりはなかった。
己の意思で、この不思議な矛盾をはらんだ人形の少女が、新たな願いを見つけるまで付き合うと、決めた以上は。


未だ、ララは何をなすべきかに迷っている。決めかねている。
ただ、少なくともあの劇場で「歌う」ことは、彼女にとって大きな意味を持っているらしい。

彼女を生みだした人間から厭われ、傷つけられ、「怪物」と恐れられ、自身もまた「怪物」として振舞い――――その中でたった一人見つけた愛する者のために、すがるように歌い続けて生を燃やした彼女にとって、不特定多数の人間たちに向けて歌を歌うことが、たとい用意されたNPCといえ、いやむしろそれだからこそ、自分の中の新たな「何か」を手探るきっかけになっているのは確かだった。

だから、今はまだ、渦中へと飛び込ませるわけにはいかない。
ララは夜の舞台の時以外、この目立たぬ住居から出ないことをアサシンと約束した。あくまで、他の陣営が動き出すのを待ち、アサシンが情報を収集し、備える。


――そうだ。跳び回るのは自分だけでいい。
――日中は街に紛れ、必要ならば、夜は「怪人」となって。
――かつて一度忘れ去られた、滑稽で悪辣なバネ足の道化として。


ソファの背へ差し始めた、窓から昇る日の光に目をやると、アサシンは大きなトランクを片手に、ゆっくりと立ち上がった。
見上げるララ。その、不思議な光をたたえた瞳を、アサシンは今一度、見つめ返した。

「何かあったら、すぐに令呪を使え。
……街の端にいようが、月の向こうにいようが、すっ跳んで来てやる」

そう言って背を向け、戸口へ向かったアサシンへ、言葉が投げかけられる。

「貴方にも」

アサシンは、足を止めた。

「今晩は……貴方にも、ちゃんと歌を聴いてほしい。
だから、帰ってきて」

背を向けたまま、アサシンは――ウォルターは、バネ足ジャックは、少し黙った後、ぞんざいに後ろ手を振ってこたえながら、部屋を出て行く。

バタリ、と戸の締まる音。

そうして、さして広いと言えない部屋には、再び顔を落とした人形が一体。
或いは少女が一人きり、残された。



【D-3/市民劇場裏、アパートメント/1日目 早朝】

【ララ@D.Gray-man】
[状態] 健康
[令呪]残り三画(イノセンスの埋め込まれた胸元に、十字架とその中心に飾られた花の形で)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 劇場での給金(ある程度のまとまった額。ほとんど手つかず)、QUOカード5,000円分
[思考・状況]
基本行動方針:やりたいことを見つける。グゾルにまた会いたい…?
1. 今は歌いたい。
2. アサシン(ウォルター)に歌を聴かせたい。
3. フェイト・テスタロッサが気になる。
[備考]
※「フェイト・テスタロッサ」の名前および顔、捕獲ミッションを確認しました。
※「バーサーカー(チェーンソー男)」及び「バーサーカー(ジェノサイド)」の噂をアサシン経由で聴取しました。


【D-3/市民劇場裏手の通り/1日目 早朝】


【アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド)@黒博物館スプリンガルド】
[状態] 健康、スキル「阻まれた顔貌」発現中
[装備] バネ足ジャック(バラした状態でトランクに入っていますが、あくまで生前のイメージの具現であって、装着を念ずれば即座にバネ足ジャックに「戻れ」ます)
[道具] なし
[所持金]一般人として動き回るに不自由のない程度の金額
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(ララ)のやりたいことに付き合う。
1. 街で情報収集をしながら、他の組の出方を見る。
2. 夜までには帰ってきて、ララの歌を聴く。
3. 『チェーンソー男』『包帯男』に興味。
[備考]
※「フェイト・テスタロッサ」の名前および顔、捕獲ミッションを確認しました。
※「バーサーカー(チェーンソー男)」及び「バーサーカー(ジェノサイド)」の噂を聴取しました。サーヴァントに関連する何かであろうと見当をつけています。
※街の地理を、おおむね把握しました。
※劇場の関係者には、ララの「伯父」であると言ってあります。

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最終更新:2020年06月28日 00:00