尊いもの ◆2lsK9hNTNE
『お掛けになった番号は現在電源が入っていないか、電波が届かない場所にあります』
耳に当てたケータイから無機質な電子音声がして幸子は電話を切った。
もう一度同じ番号に掛け直す。『お掛けになった番号は現ざ』。切る。掛け直す。『お掛けに』。切る。掛け直す。
掛け直す。掛け直す。掛け直す。
何度でも何度でも。
輝子のベッドに座って彼女のケータイへ電話を掛ける。
幸子は輝子の最後をこの目で見たわけではない。
かびるんるんは消えたが、だからといってライダーがやられたとは限らない。ライダーがやられたからといって輝子が無事じゃないとは限らない。
幸子は電話を掛け続ける。胸が苦しい。この苦しみも輝子が電話に出ればすぐに終わる。
――だから早く出てくださいよ。
ケータイからは無機質な声だけが流れ続ける。幸子が求める輝子の声は聞こえてこない。
代わりにでもないだろうが、コトっというなにかを置いた音がした。
見るとベッドの横にある丸テーブルにランサーがチャーハンを置いていた。
「なんですか、それ」
「チャーハンです」
そんなことは見ればわかる。
「さっき取ったきのこを使って作りました」
幸子は頭が急激に沸騰するのを感じた。
「まだ輝子さんが戻ってきてませんよ!」
片手をベッドに叩きつけながら怒鳴った。そのままチャーハンには目をくれずケータイの操作に戻る。
「幸子さん、おそらく輝子さんはもう……」
「そんなことありません!」
そんなことはありえない。
だって変じゃないか。輝子はアイドルなのだ。綺麗な服を着て、歌って踊って、ファンを笑顔にして、テレビにも出て。
そういう人間なのだ。それがいきなり聖杯戦争なんて訳の分からないものに巻き込まれて、友達を守るため悪者と戦って死ぬなんておかしい。矛盾している。ルール違反だ。世界観が違う。
ありえない。認められない。だから幸子は電話を掛け続けた。
ランサーは悲しむような、憐れむような目を向けてくる。それがさらに幸子を苛つかせる。
幸子はただ輝子を心配して電話を掛けているだけだ。そんな目をされる謂われはない
ランサーは吐息を漏らし、ポツリと言った。
「私は……そろそろ行きます」
「そうですか」
幸子はそっけない返事を返す。ケータイからは変わらず電子音声。
「幸子さん、実はあなたに会うまえ私は……」
ランサーはそこで言葉を止める、「なんでもありません」と付け足すと姿が消した。霊体化したのだろう。構わず幸子は電話を掛け続ける。
輝子は無事に決まっている。電話が繋がらないのは……そう、きっとケータイが壊れてしまったのだろう。
考えてみれば当たり前の話だ。あの強そうなアーチャーと戦ったのだ。ケータイくらい壊れたって全然おかしくない。
――だったら、直接会いに行けばいいんですよ。
幸子はベッドから立ち上がった。窓の外に目を向けると少しだが雨が降っている。
輝子は傘がなくて困っているだろうか。
ばいきんまんなら代わりになるものくらい用意できるかもしれない。でも念のため幸子は自分の分とあわせて二本の傘を持って玄関を出た。
ここはマンションの三階。エレベーターは六階に止まっていた。待つのが煩わしくて幸子は階段を降りた。
最初からこうしていればよかったのだ。戦いなんて、たぶんそう長引くものでもない。輝子の家にいってすぐあの山に引き返せばよかった。
そうしていればこっちに向かっている輝子とすぐに会えたはずだ。
一階、出入り口のドアから外に出る、傘を広げて歩き出す。
輝子と別れた小学校の裏山が見える。ここからでもはっきりとわかるほどに荒れ果てていた。
大丈夫。あれは
ばいきんまんが原因だ。輝子のマンションに向かう途中、彼のロボットが見えた。
だから不安に思う必要はない。そのはずなのに幸子の足は自然と速くなっていった。
山に残った傷跡がまるでなにかの墓標のように見えた。まだ輝子には会えない。
◇
麓までたどり着き、幸子は膝に手をついて呼吸を整える。
山の手前では立ち入り禁止のテープが張られ、大勢の野次馬が押し寄せていた。ニュースやドラマで――殺人事件が起きたときによく見る光景。
幸子は人混みの中をモミクチャになりながら突き進み、テープの手前ギリギリまでいって、大きく息を吸う。
「輝子さん! いるんでしょう! 返事してください! 輝子さん!」
力の限り叫んだ。野次馬たちが視線を浴びせてくるがどうでもいい。幸子は輝子の名を呼び続けた。
返事はない。山はなにも変わらず無言を貫き続けている。走ってきてすぐに大声を出したために息が苦しい。声が枯れる。もう一度叫ぼうとして咳が出た。
テープから若い消防隊員が一人出てくるのが見えて、幸子を群集を抜けて駆け寄った。
話しかけようと思って声が出ず、唾を飲んで喉を湿らせる。
「すみませんっ、山に、山に誰かいませんでしか!?」
消防隊員が疲れた様子で、鬱陶しそうに答えた。
「いや、探せるところは隈なく探したが誰もいなかったよ」
「そんなはずありません! もっとよく探してください!」
「大方、あの騒ぎで逃げ出したんだろう。だってもし山に残ってたら今頃……」
死んでいる。
先に続く言葉を想像し、気づいたら幸子はその場から走りだしていた。
もう一度輝子のケータイに電話する。繋がらなくて輝子の家に電話するが、誰も出ない。
息が上がる。胸が苦しい。足が痛い。喉が枯れる。痛い。苦しい。辛い。寒い。
踏み出した右足が濡れたコンクリートで滑った。倒れそうになり、閉じた方の傘で身体を支えようとして無理な重さが掛かり、音を立てて折れた。
うつ伏せに倒れこむ。背中を冷たい雨粒が打ち付けてくる。
頭では起き上がらなくてはと思ったが、身体がいうことを聞かなかった。
いや、起き上がろうとする身体に頭がついてこなかったのかもしれない。どっちでもよかった。
そもそもなぜ転んだら起きなくてはいけないのだろう。
人というものは得てして立っているよりも寝ている方が楽なものだ。転んだならそのまま横になっている方が快適なのではないか。
身体を濡らす雨もシャワーだと思えば気持ちがいい。このままここで横になっていよう。それがいい。なに考えず、なにもせず、ここでずっと寝ていよう。
「大丈夫?」
頭上から声がした。首を上げずに目だけ動かすと、横にあるアパート二階の窓から右目に包帯をした少女が顔を出していた。
「ここまで上がって来れる? そのままじゃ風邪引いちゃうよ」
風邪。そういえばもう随分と引いていない。アイドルになってから昔よりだいぶ健康に気を使うようになった。
――ああ、そういえばボクはアイドルなんでした。
なら確かに風邪を引くのはまずい。そんな理由で幸子は立ち上がった。
◇
「ごめんね。もっとちゃんとした服があればよかったんだけど」
「いいですよ、別に」
どうでもいいですから、とは口には出さなかった。まだ声が少し枯れている。
幸子が借りた服は、ただ布を服の形に縫い合わせただけといった体の代物だった。元々着ていた服はビニール袋に詰めてその辺に置いてある。
幸子は部屋の中を見渡す。一言で言えば質素だった。
目につく置物といえば鏡台と、棚。あとは幸子が座っているボロボロのソファーと眼の前にある丸机くらいだ。冷蔵庫すらない。
こんな部屋でまともに生活できるのか疑問だったが、それも幸子にとってどうでもいいことだった。
包帯の少女――ララというらしい――はコップに水道水を注いで机の上に置いた。枯れた声を聞いて、気を利かせたのだろう。
そういえば喉を痛めるのもアイドルにはよくない。幸子は「どうも」と言ってコップを握り、飲んだ。
ララが、幸子の隣りに腰掛ける。こちらの顔をじっと見つめながら言った。
「あなた
輿水幸子だよね? アイドルの。一つ聞きたいことがあるんだけど」
――ああ、そういうことか。
どうして見ず知らずの人間が、外で倒れている幸子に声をかけてきたのか疑問だったが合点がいった。つまり彼女は幸子のファンなのだろう。
なら、質問にも答えなければいけない。ファンにサービスするのもアイドルの仕事だ。
「なんですか?」
「あなたはどうして自分とはなんの関係もない人たちのために歌うの?」
それはちょっと予想外の質問だった。なんの関係もない人だなんてファンの側がするとは思えない発言だ。
「別にボクはファンのために歌っているわけじゃないですよ。もちろん、ボクの歌を聞いて喜んでくれるのば嬉しいですけど」
本当ならファンにこんなことは聞かせられない。でも嘘の言葉を用意するのも面倒だった。
「ボクが歌うのはプロデューサーに聞いて欲しいからです。カワイイ衣装を着るのも、ステージで踊るのも、全部プロデューサーに見てほしいからです」
「じゃあ、あなたはプロデューサーのために歌ってるということ?」
幸子は頷いて、でも思い直して首を横に振った。
「ボクがプロデューサーに愛されたいからです」
それが幸子が歌う理由だ。
アイドルを始めたときから変わらない
輿水幸子の根幹だ。
だが全てではなかった。
確かにそれは根幹だったけれど、幸子がアイドルになった理由だったけれど。
アイドルを続ける理由はそれだけじゃなかった。
上手く踊れなかった場所が必死に練習してできるようになるのが楽しかった。
新しく作られた曲に合わせて歌うのが楽しかった。
スタッフの皆に支えられてステージに上がるのが楽しかった。
ファンの皆を笑顔にするのは楽しかった。
輝子と小梅と同じユニットでいることが楽しかった。
輝子と小梅と一緒に練習するのが楽しかった。
輝子と小梅と一緒にステージに上がるのが楽しかった。
輝子と小梅と一緒に話すのが楽しかった。
輝子と小梅と一緒になにもしないでいるのが楽しかった。
三人でずっとアイドルを続けたいと思った。アイドルをやめても三人で一緒にいたいと思った。それはそんなに難しいことじゃないと思っていた。
――なのにっ!
本当はわかっているのだ。かびるんるんが消えたときから。輝子がもうこの世にいないって。
だけどとても辛くて、泣き叫ぶほど辛くて、逃げ出した。
電話に逃避して、心配してくれたランサーにも当たって、危険かもしれないのに山に戻って。
もしかしたら輝子のしてくれたことを台無しにしていたかもしれない。
膝を両手で抱えた。涙が零れそうになって顔を埋める。
だけど泣く資格なんてない。あのときランサーがあの場に残らなかったのは幸子を無事に帰すためだ。
幸子がいなければランサーも一緒に戦えた。そうすれば輝子が死ぬこともなかったかもしれない。
そのとき、歌が聞こえた。
ララが歌っていた。今まで一度も聞いたことがない。幸子の知らない歌。
悲しくて冷たい、けれどどこか優しい。冷えた身体をそっと抱きしめてくれるような――そんな歌。
気がつけば涙が出ていた。駄目だと思っても止められなかった。
幸子は無性に悔しくなった。泣いていることがなのか、それとも他のなにかなのか。
わからないけど悔しくて悔しくてたまらなかった。
「ちくしょう……ちくしょう……」
似合わない言葉を呟きながら、幸子はずっと泣き続けた。
◇
「色々とありがとうございました」
幸子は玄関に立ち、礼を言った。目が赤くなっているであろうことが鏡を見るまでもなく予想できた。
「気にしないで。さっきの質問をしたくて助けただけだから」
「でも助かりました」
本当に。
事態はなにも変わっていない。輝子を失った傷が癒えたわけでもない。でもすこしだけ前を向けた。
「あなたの歌、綺麗でした」
「ありがとう」
ララは心の底から嬉しそうに笑った。
幸子がドアに手をかける。だがそこで動きを止めた。振り返る。
「ボクからも一つ聞いていいですか?」
「どうぞ」
「例えばの話ですけど――大切な人が亡くなってしまったとして、他の誰かを犠牲にすることでその人を生き返らせることができるとしたら、それは正しいことだと思いますか?」
なるべく軽い感じに聞こえるように努めて言った。
わかっている。聞くまでもなくこれは間違った考えだ。
だけどどうしても思ってしまう。聖杯を手に入れれば輝子にもう一度会えるのではないかと。
だからこれは儀式のようなものだ。間違っていることを間違っていると言ってもらい、その道を諦める。
そのためのただの確認作業。そのつもりだった。
「正しいかどうかが重要なの?」
それは幸子が考えていなかった――あるいは考える事を避けていた答えだった。
ララは窓の外を指さし、続ける。
「私、あそこにある劇場で毎晩歌っているの。
お客さんは皆喜んでくれて、拍手もしてくれて、中には涙まで流す人もいて、とても嬉しかった。
もしあの人たちを犠牲にしなければいけないとしたら私はとても辛い」
「で、ですよ……」
「でも」
ララは幸子の言葉を遮った。
「……私の大切な人の最後はたぶん安らかで満たされたものだったと思う。
だから他の人を犠牲にすれば生き返らせられるって言われても、すぐにそうしようとは決められない。
だけどもしあの人の最後が理不尽で残酷で認めたくないようなものだったら……
私はきっと彼を生き返らせるためになんでもする。誰でも殺す。何人でも何百人でも殺す。
私にとって彼は正しさや世界なんかよりもずっと重い」
ララが真剣な表情でこちらを見た。幸子は思わず後ずさっていた。
「あなたはどうなの?」
「え?」
「あなたの例えに出てきた大切な人というのは、あなたにとってどれくらい重い存在なの?」
幸子はなにか言おうとしたけどなにも言葉が出てこなかった。
息が詰まって、胸を抑えた。
◇
ララは窓から、遠ざかっていく幸子の姿を眺めていた。
彼女は言った。自分が歌うのは愛されたいからだと。それはララが想像していたよりもずっと自分に近いものだった。
ララは漠然と、人間と人形は違うものであると思っていた。
アイドルたちが歌う理由も人形の自分とは全く違うなにかである思い、あるいはその違いから自分の中のなにかが見えるのではないかと考え、倒れていた彼女に声をかけた。
でもそこに大した違いはなかった。
愛されたいから。
突き詰めればララが歌う理由もずっとそれだったのだと思う。
人々に愛されたいから。グゾルに愛されたいから。
もちろんそれだけではなくて歌うことそのものも好きだったけれど、それも多分幸子と同じだ。
人間も人形も愛を根幹にして別の動機も持ちながら歌っている。
ならば人間と人形の違いとはどれほどのものなのだろうか。ララは自分というものがなんなのかますますわからなくなった。
そういう意味ではララが、幸子と話して得たものはなにもない。
だからといって彼女と話したことへの後悔はなかった。心残りがあるとすれば――彼女の問いへの答えだ。
あのあと彼女は、結局なにも言わずに出て行った。あの問いはおそらく比喩でも喩え話でもない。
聖杯を手にいれるために他のマスターを犠牲にしてもいいのかという話だ。
本当なら適当に嘘を言っておくべきだったのだとう思う。
ララは自分がどうするべきかまだ決めていない。でもどうするにしろ幸子が聖杯を求めるならいずれ敵対することになる。
「自分の身勝手な思いで誰かを犠牲にするのは間違っている」とでも言っておくのがお互いのためだったのだと思う。
でもどうしても嘘をつけなかった。適当な言葉で彼女を騙すことができなかった。それはたぶん、彼女がララの歌を綺麗だと言ってくれたからだ。
【C-2/1日目 夕方】
【ランサー(姫河小雪)@魔法少女育成計画】
[状態]疲労(中)、絶望(微)、ストレス
[装備]
[道具]ルーラ、四次元袋
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:出来る限り犠牲を出さずに聖杯戦争を終わらせる。
1.
江ノ島盾子たちのところに戻る
2.
江ノ島盾子と
蜂屋あいの再会時に
蜂屋あいのサーヴァントを仕留める。
3.出来ることなら、
諸星きらりに手を貸してあげたい。
4.幸子はことはしばらくそっとしておく
[備考]
※
木之本桜&セイバー(沖田総司)、
フェイト・テスタロッサ&ランサー(
綾波レイ)、
蜂屋あい&キャスター(アリス)、キャスター(
木原マサキ)、バーサーカー(
チェーンソー男)、
輿水幸子を確認しました。ステータスは確認していません。
※
江ノ島盾子がスキル『困った人の声が聞こえるよ』に対応していることに気づきました。
蜂屋あいの心の声が聞こえません。
※
諸星きらりの声(『バーサーカーを助けたい』『元いた世界に帰りたい』)を聞きました。
彼女が善人であることを確信しました。
【D-3/アパートメント近く/1日目 夕方】
【
輿水幸子@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]
[所持金]中学生のお小遣い程度+5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:―――
0.―――
[備考]
※ランサー(姫河小雪)、
フェイト・テスタロッサ&ランサー(
綾波レイ)、
キャスター(
木原マサキ)、バーサーカー(
チェーンソー男)を確認しました。ステータスは確認していません。
※商店街での戦闘痕を確認しました。戦闘を見ていたとされるNPCの人となりを聞きました。
※小梅と輝子に電話を入れました。
※『エノシマ』(大井)とメールで会う約束をしました。
また、小梅と輝子に「安否の確認」「今日は少し体調がすぐれないので学校を休む」「きらりを見かけたら教えて欲しい」というメールを送りました。
【D-3/市民劇場裏、アパートメント/1日目 夕方】
【ララ@D.Gray-man】
[状態] 健康
[令呪]残り三画(イノセンスの埋め込まれた胸元に、十字架とその中心に飾られた花の形で)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 劇場での給金(ある程度のまとまった額。ほとんど手つかず)、QUOカード5,000円分
[思考・状況]
基本行動方針:やりたいことを見つける。グゾルにまた会いたい…?
1.アサシン(ウォルター)に歌を聴かせたい。
2.
フェイト・テスタロッサが気になる。
[備考]
※「
フェイト・テスタロッサ」の名前および顔、捕獲ミッションを確認しました。
※「バーサーカー(
チェーンソー男)」及び「バーサーカー(
ジェノサイド)」の噂をアサシン経由で聴取しました。
最終更新:2020年06月28日 00:21