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空と君のあいだに   ◆EAUCq9p8Q.








「ごちそうさま!」

  ぱたぱたという足音。
  大人のものよりも軽い足取りが、フローリングの床を叩く音。
  愉快な子どもの一日の始まりの音。

  ドアが賑やかに開け放たれ、肩口まで伸びた栗色の髪を跳ねさせながら少女が飛び込む。
  少女は机の上に置いてあったルビーレッドの宝石に、語りかける。

(おはよう、レイジングハート!)

  少女――高町なのはの一日がいつも通りだったのは、そこまでだった。









  レイジングハートと呼ばれた宝石は何も語らない。
  ただ、当然宝石がそうあるように黙して机の上に転がっている。

(レイジングハート? 寝てるの?)

  いつもなら間を置かずに『おはようございます』と返すところなのに、いくら待っても返事が帰ってこない。
  持ち上げて揺さぶってみたり、いつもより少し強く語りかけてみたりとしてみたが、反応はない。
  何かあったのだろうかなのはが訝しんでいると、彼女とレイジングハートのホットラインに突然第三者が割り込んできた。

『やはり、思った通りか』

  同時に部屋の中に突如一人の男が現れる。
  男は、レイジングハートを眺めるなのはに(正確にはなのはの脳内に)こう続けた。

『平和ボケも大概にしておけよ』

  突然の辛辣な言葉に戸惑うなのはに対して、男―――少女のサーヴァントであるキャスター・木原マサキはレイジングハートをもぎ取り、更に言葉を続ける。

『先にこいつの方に釘を刺しておいた。『無駄口を叩くな』とな。
 そういう点に関しては、下手に理屈をこねる人間よりも、『こいつ』のほうが聞き分けもいい』

  まくし立てるように棘のある言葉が並べられる。
  なのはは少しだけ気分を害して言い返そうかとも思ったが、その後に続く言葉で文句を言おうとしていた出鼻をくじかれた。


『下らないお喋りで隙を作るような真似はやめろ。お前がどう思っていようが、戦争は止まらないぞ』

  それは、言うまでもなく正論だった。
  聖杯戦争の参加者として呼び出された以上、願いを叶えようと思う他の参加者はなのはを狙ってくる。
  油断していると、不意打ちを受けて大怪我を負ってしまう可能性もある。
  確かに言葉は悪い。だが、キャスターの口が悪いのは出会って言葉を交えた時もそうだった。
  口は悪いが彼なりになのはのことを思っての忠告、なのかもしれない。

  だが、なにか。
  その正論の中に、言葉の棘以外になにか。
  キャスターの言葉からは、言いようのない感情を覚える。
  その感情につけるべき名前を、なのははまだ知らない。

『申し訳ありません、マスター』

  そして、そこでようやくレイジングハートがいつものように機械的な音声を流した。
  キャスターの忠告のほうを優先したことに対する謝罪なのか、なのはの言葉を無視したことに対する謝罪なのか。
  レイジングハートらしくない曖昧な言葉。
  だが、レイジングハートのが気を使っているというのもあり。
  キャスターから感じるもやもやとした何かを、口には出さずぐっと飲み込んだまま、彼の進言を受け入れる、という形でなのはの方が折れた。

(……ごめんなさい。もうちょっと気をつけなきゃ、いけませんね)

「フン」

  キャスターは肩透かしを受けたとでも言いたげに鼻を鳴らし、そのままベッドに腰掛けた。
  そして、ベッドの側に置いてあったスマートフォンを投げて渡す。
  いきなりのパスになのはは多少慌てるが、なんとか落とさずキャッチできた。
  何事だろうと思うと、着信のランプが点滅している。なのはが朝食を食べている間にメールが届いたようだ。

  届いていたメールを確認する。
  どうやら、聖杯戦争の予選を通過したらしい。
  通過しなくてもよかったのにな、などと思いながら添付ファイルを開いて、目を剥いた。
  そこに記されていたのはある参加者の『捕獲』を命じる記述。
  そして、その参加者の顔と名前。
  なのははその参加者を知っている。
  その輝くような金髪と、さみしげな顔を知っている。
  今にも泣いてしまいそうな哀しい目を知っている。

「フェイトちゃん……?」

  小さなつぶやきが、ただ物憂げな表情を映す液晶面に零れ落ちた。


  そしてなのはは、スイッチが入ったようにすぐに出発の準備を整え始めた。
  通学時間にはまだ早い。
  だが、居ても立ってもいられない。
  髪の毛をいつものツインテールで結び、制服に着替える。
  あとは、あとは、と頭を回転させ、両親役のNPCに不審に思われないように通学用のかばんを持ち、用意が完了したことを再確認して部屋を出ようとする。
  しかし、ドアノブに手をかけようとしたところで。

「何をする気だ」

  顔をあげると、眉をしかめたキャスターが居た。
  なのはの行く手を阻むように立ちふさがっている。
  なのははもどかしさを感じながらも、キャスターに送られてきたフェイトの画像を見せて、手早く説明しようと試みる。

「この子、フェイトちゃんっていって……」

「それは知っている。昨日『そいつ』を弄った時に戦闘記録で確認した」

「だったら!」

「……会いに行くつもりか」

  キャスターの一言に、黙って頷く。
  それ以上の説明は必要ないと思ったから。
  だが、キャスターはそれこそ馬鹿らしいと言わんばかりにもう一言付け加えた。

「行って何の意味がある」

「……」

  キャスターのその一言で、勢いばかりで動いていた心が少し押し込められる。
  そしてさっと潮が引いたように、焦るばかりだった頭が少しだけ冷静さを取り戻す。

  行って何か意味があるのか。全く意味がないのではないか。
  なのは自身、フェイトについて全く知らない。
  誕生日も、好きな料理も、家族のことも、彼女の戦う理由も、願いも、何も知らない。
  もしかしたら、彼女は望んでこの舞台に来たのかもしれないし、そうだったらなのはとフェイトはまた戦うことになる。
  確かにキャスターの言うとおり、意味なんてないのかもしれない。

  そこまで考えて、なのははこう答えた。

「何か意味があるから、じゃないよ」

  確かに、ここに居るのはフェイトの意志かもしれない。
  フェイトを探したところで、また戦うことになるかもしれない。
  でも、それでも。
  あの日なのはに宿った気持ちは。
  『友達になりたい』と思った心は嘘じゃないから。

「きっと、『何も意味がなくても』なの」

  『友達になりたい』。
  だから、彼女と会う。
  何があったのか話をする。
  なのはに出来るのはちょっと前も、今も、たったのそれだけ。
  『たったのそれだけ』が何の意味もなくても。
  この聖杯戦争の舞台で、『たったのそれだけ』が出来るのはなのはだけだから。

  通達を見て、『フェイト・テスタロッサ』を敵主従と捉えている他の参加者には居ない。
  フェイトもきっと、誰かに歩み寄ろうとはしない。きっとまた、悲しげな顔で空を駆ける。
  フェイトは、またひとりぼっちのままで、心を削り、泣きそうな瞳で、戦う。

  そんな哀しいこと、絶対に嫌だ。
  その行動に何か意味が居るというなら、この一言で十分だ。

「だって、それが友達でしょ?」
「だから、お願い、キャスター」

  なのはのお願いにキャスターは露骨に嫌そうな顔をしたが、それ以上何も言わなかった。
  ただ、黙って道を譲った。

「……じゃあ、行ってくるね」

  キャスターは答えない。
  ただ、目元を手で覆って俯いただけだった。


  ○

  通学路を走りながら、なのはは胸元のレイジングハートに語りかけた。

(悪いことしちゃったかな)

『いいえ』

  キャスターの忠告通り、簡素な返答のみを返すレイジングハート。
  キャスターはなのはが『狙われる側である』ということを(かなり遠回しに)教えてくれた。
  レイジングハートもレイジングハートなりに、なのはの身を案じ、今この瞬間も警戒してくれているのかもしれない。

(レイジングハート)

『はい』

(……帰る方法も、早く見つけないとね)

  レイジングハート自体あまりお喋りな方ではないが、こうも事務的な会話ばかりだと、なんだか調子が狂う。
  きっと、聖杯戦争中、レイジングハートはずっとこの調子だろう。
  こんな異常な状況がいつまでも続くのは、なのはにとってはどうも心地悪いものである。

  だから、聖杯戦争なんてせずに早く『いつもの日常』に帰る。
  キャスターは『次元連結システム』を用いれば聖杯戦争からも離脱は可能だと言っていた。
  今はフェイトが優先だが、キャスターの聖杯戦争のシステム解明の鍵となる『何か』も探し出し。
  機械的だけど、意外とお喋りなレイジングハートの待つ日常へ。
  可能ならばフェイトも一緒に。

『申し訳ありません、マスター』

(いいよ。レイジングハートはなにも悪くないから)

  短い謝罪。
  なのはの心を慮ってか、いつも通りの気遣いを見せるレイジングハート。

『……申し訳ありません、マスター』

  ただ。
  一度だけ。
  レイジングハートは、もう一度だけそう呟いた。
  繰り返された言葉に、特に意味は無い。
  少なくともなのはにとっては、特別な意味を持たない言葉を、もう一度だけ呟いた。

  なのはは繰り返された言葉を少しだけ不思議に思ったが、特に気に留めることなく道を急ぐことにした。

「待っててね、フェイトちゃん」

「絶対に、追いつくから!」

  声を出して気合を入れて、また少し離れてしまった未来の友達に向かって駆け出す。
  聖杯戦争も何もなく。今はただ、隣へ―――

【C-3/高町家近くの道/一日目 早朝】

【高町なのは@魔法少女リリカルなのは】
[状態]決意
[令呪]残り三画
[装備]“天”のレイジングハート
[道具]通学セット
[所持金]不明
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
1.フェイトを探し、話をする。
2.もし、フェイトが聖杯を望んでいたら……?
3.キャスターの聖杯戦争解明の手助け。
4.『死神様』事件の解決。小学校へ向かう。
[備考]
※天のレイジングハートの人工知能は大半が抹消されており、自発的になのはに働きかけることはほぼ不可能な状態です。
 ただし、簡素な返答やモードの読み上げのような『最低限必要な会話機能』、不意打ちに対する魔力障壁を用いた自衛機能などは残されています。
※天のレイジングハートに対するなのはの現在の違和感は(無~微)です。これが中~大になれば『冥王計画』以外のエンチャントに気づきます。
 強い違和感を持たずに天のレイジングハートを使った場合、周囲一帯を壊滅させる危険があります。
※木原マサキの思考をこれっぽっちも理解してません。
※通達を確認しました。フェイトが巻き込まれていることも知りました。フェイト発見を急務と捉えています。









  ○○○


「滑稽だな、いいように踊らされているとも知らずに」


  なのはの魔力反応が遠ざかってからしばらくして、キャスターはそう呟いた。

  通達を一目見て即座に自分を見失うなのはの姿は、まさに道化そのものだった。
  キャスターに言わせれば、あの通達は『お粗末』の一言で済む。
  あの文面だけでは、『フェイト・テスタロッサ』が何かをやったという証明にはならない。
  情報は一切提示せずにただ顔と名前をよこし、『捕まえれば令呪を渡す』『図書館に連れて来い』と書かれているだけ。
  これを討伐令の類と受け取る奴・頭から信じる奴は、余程の馬鹿かお人好しくらいだ。
  まず考えられるのはルーラーの聖杯戦争加速を目的とした行為。
  もしくは、鬼札(ジョーカー)として紛れ込んだルーラーの内通者。
  ひょっとすると、ランダムに抽出した主従の名前と顔を送っただけかもしれない。
  いずれにせよ、ルーラー側に聖杯戦争に介入しようという意志があり、その対象として『フェイト』が選ばれたということだろう。

  その程度のことを、まるで大事件のように取り立てて、下らぬ決断で行き急ぐなのはをどうして笑わずにいられようか。


「せいぜい愉快に踊ってみせろ。その間に俺は、準備を進めさせてもらう」


  それでもあえて止めなかったのは、なのはが混乱したほうがキャスターにとってもそのほうが都合が良かったからに他ならない。
  なのはの頭の中は今『フェイトちゃん』でいっぱいだ。
  他人への思いやりなんていう下らない感情を優先させて、目が曇っている。
  それこそ、幾つもの重要な要素を見落とす程に。

  まず、彼女は自身の胸元で煌めく緋色の輝石『天のレイジングハート』の変化に気づいていない。
  調整は上々。人工知能の大半を消し去り、暫くの間なのはが愉快に踊ってくれるようにとあえて簡素な応答機能だけは残してある。
  といっても「はい」「いいえ」「ありがとう」「ごめんなさい」「私語は慎むように」などを返すだけのプログラムと呼ぶのもおこがましい出来の機能だが。
  だが、『その程度』でなのはは違和感すら持たずに駆け出してしまった。
  所詮人と物との絆ごっこなどそんなものだとキャスターは笑った。

  さらに、キャスターそのものの行動への注意も欠けている。
  なのははキャスターに対して一切の指示を出さずに、ただ駆けて行った。作業をしろというわけではなく、隠れていろというでもなくだ。
  おそらく彼女の意識は既に『聖杯戦争』からかけ離れている。
  レイジングハートの戦闘記録が正しいものとするなら、彼女にとっての現状は『聖杯戦争に呼び出される直前からの続き』だ。
  他の組への警戒などはあるかもしれないが、根本がズレている。
  二人一組の概念など消し飛んでいるだろうし、仮初めながらも運命共同体であるキャスターの動向への警戒など抱いてもいなかっただろう。
  ならばその『失念』を最大限活用させてもらうまで。

  キャスターは窓の外を見つめた。とうになのはの姿は見えなくなっている。
  それをもう一度だけ確認すると、彼は霊体化を行い壁をすり抜け、家の外に出た。


  ○○○


  高町家の裏の路地でキャスターは再び自分の状態を確認し、小さく息をついた。


「狂人たちがありがたがっている『魔術』とやらも……蓋を開けてみればこの程度か」
「再現できているのはこけおどしの見てくれと、ちょっとばかしの能力のみ。
 この程度で『聖杯によって英霊が顕現』などとは、笑わせる」


  『魔術』を鼻で笑いながら道を行く。
  英霊としては格が低く出来ることも少ないキャスターだが、それでも課せられた制限は大きい。
  キャスターの懐刀たる次元連結システムを、この聖杯戦争ではたったひとつのものにしか付与することができない。
  更に、次元連結システムのコアを生前のように0から生成することも不可能。
  次元連結システムのちょっとした応用で身辺警護用の重力場操作マシンを作ることも出来ない。
  戦闘能力も皆無(これは生前からだが)、現時点ではゼオライマーすら呼び出せない。

  言うまでもなく超絶劣化だ。
  他のサーヴァントに、いや、なのはより多少劣るマスターにだろうと、襲われれば為す術なく打ち倒されるだろう。
  キャスターが、よくもまあ、ここまで、好き放題にやってくれたものだと失笑すらこぼす程に。


「まあいい。俺が蘇れただけでも上々だ」


  そんな圧倒的不利な状況で彼が家を出た理由は一つ。 
  やるべきことがある。
  聖杯戦争参加者ではなく、キャスターではなく。
  冥王計画を遂行する『木原マサキ』として、当然しておくべきことが一つ。


  ◇

  そも、冥王計画とはなんなのか。
  冥王計画とは『木原マサキ』が次元連結システムと自身の八卦の龍たる『ゼオライマー』を操り、冥府と化した世界に王として君臨するための計画である。
  しかし、この『木原マサキ』とはキャスターとして顕現した木原マサキとは微妙に意味合いが違う。

  キャスターは生前から自分の命に固執していない。
  木原マサキと呼ばれた『この個体が』ではなく『木原マサキ』という意志の宿ったものが冥府の王たる頂にたどり着く事こそが『冥王計画』。
  この聖杯戦争でも器として生前通りの木原マサキの姿で顕現したが、その姿に拘りはない。
  木原マサキの意志の宿るものこそが、冥府に君臨したその瞬間に木原マサキの意志を宿していたものが『木原マサキ』であり『冥王』なのだ。

  生前彼は、幽羅帝・秋津マサト両名に受精卵の段階から遺伝子操作を加え、彼の愛機たる天のゼオライマーに『木原マサキ』を込め、保険をかけていた。
  木原マサキの死後も、二人とゼオライマー内に宿る『木原マサキ』が世界を滅ぼし、冥府の王として君臨できるようにという、まさに『木原マサキによる冥王計画』を遂行するための布石を。
  それこそが『冥王計画』を遂行するための保険。キャスターが息絶えたとしても、続く『木原マサキ』がその後を継げるようにというお膳立て。

  木原マサキが死のうとも、『木原マサキ』が冥王の座に着く。
  それこそが冥王計画。
  それこそが木原マサキと『木原マサキ』の夢の展開図。

  ◇

  この計画の全容を知れば、当然打つべき手も見えてくる。

  この聖杯戦争においてキャスターがまずやるべきことは当然一つ。
  仮に高町なのはが戦闘の末死亡してキャスターが消滅するとしても、『木原マサキ』は消えず冥王への道を歩み出せるように布石を打っておく。
  もう一人か二人、高町なのはの死後、キャスターの消滅後、『次元連結システム』を手にして目覚める『木原マサキ』を用意しておく。
  生前彼がそうしたように、自身の死を受け入れ、自身の死すらも舞台演出の一部とし、その死の先にある栄光を掴む道筋を作っておく。
  全ては、『冥王計画』完遂のために。


  しかし、この保険をかける上で一つ問題がある。
  この舞台では新たなる『木原マサキ』を生み出すことはほぼ不可能に近い、ということだ。


  生前の彼ならばこの程度のことで悩みはしなかった。
  さすがにクローン受精卵の入手は不可能でも氷室美久のようにアンドロイドを一体作成し、そいつに初期設定として人格を投影して時を待たせるよう制御装置を施す。
  ただそれだけで終わる、数週間もかからない作業。
  だが、今回の状況ではあの『成長するガラクタ』では間に合わない。
  聖杯戦争がどれだけの期間続くかは分からないが、少なくとも『この』聖杯戦争は数日の内に事態は急変する。
  その引き金を引くのは『高町なのは』と『天のレイジングハート』。
  『フェイト・テスタロッサ』を探す上で、彼女は必ず何者かと衝突し、周囲を廃墟に変えるほどの戦闘を行うだろう。
  そうなってしまうと、あとは坂を転がり落ちるように戦争は進んでいく。そうなるより早く、数日で、出来るならば今日のうちにでも『木原マサキ』として行動のできる器を用意しなければならない。

  ならば、実在する人間を用いるか、といえば話はそう簡単ではない。
  相手の人格を末梢し、同時に木原マサキとしての人格をインプットすることではじめて『木原マサキ』足りえる。
  これは遺伝子段階で操作を加えた幽羅帝や秋津マサトだから可能だったことで、既に確立した自我を持った人物にはかなりの困難を極めるだろう。
  科学者は、現在から根源への干渉を行えない。科学者が操作できるのは現在と未来だけ。
  生者の持つ『生』『愛』『感情』、あるいは『魂』と呼ばれるものに介入を行うためには、彼らの根源に最も近い場所で行う必要がある。
  もし現在から根源への干渉を行えば、彼らの身体はズタズタになり、利用不可能になるだろう。
  脳の機能を破壊しつくすか。あるいは『こころ』と呼ばれるものを消滅させるか。
  結果は同じだ。生まれるのは『木原マサキ』の器ではなく屍が一つ。
  NPCであれ、マスターであれ、サーヴァントであれ、その理を覆すことは不可能。

  参加者である人間たちは利用できず、一からガラクタをつくり上げるには時間が足りない。
  一見八方塞がりにも見える状況。


「だが、それでもまだ、不可能ではない」


  確かに、既に自我を確立した『人間』に対しての操作は不可能だ。
  マスターだろうとサーヴァントだろうとNPCだろうとその一点に変わりはない。
  だが、仮に参加者中に『機械』がいれば。
  『機械』じゃなくてもいい。『概念』だろうが『意識の集合体』だろうが。
  生まれついてのものではなく、人工的に製造された『魂』を持つ参加者がいれば。
  現在進行形で自身の『根源』と深く関わり続けている存在がいれば。
  人格と存在の全ての機能を、魂よろしく文字通りコアとしてその身中に『魔力核』に持つ存在がいれば。
  存在の根底が『魔力の宿った物質』や『宝具』であるモノがいれば。
  彼らの存在の根底に対して、キャスターと彼の有する稀代の科学の粋たる次元連結システムの応用で干渉できるならば。

  当然のように彼らの存在を書き換え、塗り替え、『木原マサキ』に置換することができる。
  冥王計画の保険を、キャスター死後計画を引き継ぐ次なる『木原マサキ』を用意しておくことができる。


「さあて、どれほど居るかな、そんな愚かなガラクタどもが」


  『愚かなガラクタ』が居る可能性がどれほどのものかはさしものキャスターでも計り知れない。
  ひょっとしたらまったくのゼロかもしれない。
  しかし、仮にゼロだったならばその時は別の手を打つまで。
  なんなら、天のレイジングハートから削ってやった人工知能の代わりに『木原マサキ』を埋め込んでやってもいい。
  戦闘記録に残っていた『フェイト・テスタロッサ』の死神の鎌が如き魔装『バルディッシュ』を使ってやるのも一興だ。
  口角を釣り上げ、不敵に笑う。
  高町なのはが家を出てきっかり10分後。
  キャスターもまたひとり、舞台の上に躍り出た。


  舗装道路をかかとを鳴らしながら歩く。
  他の参加者に見つかるように、あえて実体化したまま。
  危険はない。
  スキル:自己保存がある限りキャスターは消滅しない。
  なのはが生きている限り、『木原マサキ』は不滅だ。
  だからこそ、自らが餌になるように姿を晒す。
  サーヴァントの反応に食いついて出てきた愚かな奴らが夢に溺れて踊るさまを、高らかに笑ってやろうじゃないか。


  木々と家々で覆われていた裏路地を抜ける。
  そこには突き抜けるような青い空が広がり、遮るものもなくただ『天』だけがキャスターを見下ろしていた。
  目の眩むような青空に目を細めながら、最後に、冥王計画の中核を担う存在について考える。

  この下らない戦争に即座に終止符を打てる兵器。
  何者にも到達すること叶わぬ『天』の名を関する八卦の龍。
  彼を呼び出したその時こそが、冥王の再臨の時。

  今はまだその時ではない。
  状況が整っていない。
  裁定者に干渉される可能性がある。彼らが強権に近い能力を有しているとすればそれらを無効化する力か、あるいは裁定者からの容認が必要となる。
  高町なのはの存在も邪魔だ。あれは確実に冥王計画の障害となる。洗脳や精神崩壊による無力化か、他の理解あるマスターとの再契約が必要だろう。
  そして、次元連結システムのコアたる物質(現在は天のレイジングハート)を用い、この地に機体を呼び出す必要もある。

  そういったすべての問題を解決したその暁には。
  己が器たる『天』を呼び戻し、破壊と蹂躙の限りを尽くし、聖杯に託されるはずだった幾つもの願いを踏みにじり、この地に冥府を築く。

  キャスターは青空を一度だけ鼻で笑うと、再び街への道を歩みだした。

【C-3/高町家の近くの道路(なのはとは別方向)/一日目 早朝】

【キャスター(木原マサキ)@冥王計画ゼオライマー(OVA版)】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:冥王計画の遂行。その過程で聖杯の奪取。
1.予備の『木原マサキ』を制作。そのためにも特殊な参加者の選別が必要。
2.特殊な参加者が居なかった・見つからないまま状況が動いた場合、天のレイジングハートを再エンチャント。『木原マサキ』の触媒とする。
3.ゼオライマー降臨のための準備を整える。
4.なのはの前では最低限取り繕う。
[備考]
※フェイト・テスタロッサの顔と名前、レイジングハート内の戦闘記録を確認しました。バルディッシュも「レイジングハートと同系統のデバイス」であると確認しています。
※天のレイジングハートはまあまあ満足の行く出来です。呼べば次元連結システムのちょっとした応用で空間をワープして駆けつけます。
  あとは削りカスの人工知能を削除し、ゼオライマーとの連結が確認できれば当面は問題なし、という程度まで来ています。
※『魔力結晶体を存在の核とし、そこに対して次元連結システムの応用で介入が可能である存在』を探しています。
  見つけた場合天のレイジングハートを呼び寄せ、次元連結システムのちょっとした応用で木原マサキの全人格を投影。
  『今の』木原マサキの消滅を確認した際に、彼らが木原マサキとしての人格を取り戻し冥王計画を引き継ぐよう仕掛けます。
※上記参加者が見つからなかった場合はレイジングハートに人工知能とは全く別種の『木原マサキ』を植え付け冥王計画の遂行を図ります。
※ゼオライマーを呼び出すには現状以下の条件のクリアが必要と考えています。
  • 裁定者からの干渉を阻害、もしくは裁定者による存在の容認(強制退場を行えない状況を作り出す)
  • 高町なのはの無力化もしくは理解あるマスターとの再契約
  • 次元連結システムのちょっとした応用による天のレイジングハートへのさらなるエンチャント(機体の召喚)

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000:前夜祭 キャスター(木原マサキ 017:機械式呪言遊戯
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最終更新:2020年06月28日 00:06