重なる二つの願いなの ◆EAUCq9p8Q
夕飯は、この世界の母――プレシア・テスタロッサの体の維持に必要なだけの栄養をそのまま皿に載せたような、簡素なものだった。
少量の肉に添え物のソテー。別皿で少量用意されたサラダ。冷製のポタージュスープ。
バスケットに入れられたいくつかの白パンと、その横に並べられたバターと数種のジャム。グラスに注がれた水。
食事を運んでくれたNPC・大淀はもう居ない。
フェイトは、いつぶりか、プレシアと向かい合って、二人きりで食事を取っていた。
「……利き手は、右なの?」
フェイトの食事の様子を見ていたプレシアが、フェイトの食器の持ち方を見ながら少し眉根を寄せた。
フェイトの実の母(あちらの世界の)であるプレシアも、何故か利き手を気にしていたことを覚えている。
肯定すれば、プレシアも追求はせず、適当な相槌を残して肉を切り分ける作業に戻っていた。
食器を動かす音だけが、しんと静まり返った地下に響く。
数秒続く沈黙を破ったのは、やはりプレシアだった。
「苦手なものはないかしら」
なんと答えるべきか、迷った。
あちらの世界のプレシアは、フェイトが根菜を食べられることに疑問をいだいているような素振りを見せていた。
いや、疑問という言葉は相応しくないかもしれない。
まるでそうあるべきものがそうではないという違和感があり、それを訂正しているような。
そんなこと、ありえないはずなのに、そう感じてしまうような、話し方だった。
こちらのプレシアと視線が合う。根菜は、皿の上には乗っていない。フェイトの食事は、なんの問題もなく進んでいる。
どう答えるべきかを考えていると、そんなフェイトを見ながら、プレシアが口を開いた。
「何度言っても、笑ってごまかしていたのよ」
細かく切り分けた肉を口に運び、咀嚼し、飲み、口元を拭き、続ける。
「咀嚼中に口を開けては駄目と。いくら話をしたくても、少し待つようにと。食事のたびに言ったものだわ。
マナーについて話しても、不思議そうな顔をするだけで」
ごうんごうんと、機械の動く音。それは、機械じかけの鼓動音。
巨大な試験管の中で、緑色の液体に身を委ね眠る少女の、鼓動音。
プレシアは再び黙り、食事を続けた。
答えのわからぬ問いを投げかけられたフェイトもまた食事を続ける。
でも、口に入れた物の味は、どれもこれも同じだった。
◇◇◇
そうこうしているうちに、皿は全て空になり、食事は終わってしまった。
プレシアは話をしようと言ったが、食事中に行われた会話は、片手で数えられそうなやりとりだけで終わってしまった。
食事を始めた時から、だんだんと、こちらの母の姿があちらの母の姿に重なっていった。
「フェイト」
食器を下げに来た大淀に礼を言っていると、横からプレシアが声をかけてきた。
呼び方は、抑揚も声色も、あちらの母とまったく同じになっていた。
「貴女の母は……『巻かなかった世界』のプレシア・テスタロッサは、貴女に聖杯戦争に参加しろ、と言ったのね」
「……はい」
答えたフェイトに目もくれず、手元の紙になにかを書き始める。
書きながら、プレシアは続けた。
「貴女の母の望みは、貴女が聖杯を持ち帰ることでしょうね」
私と願いが同じなら、という言葉は、小さな声で言われたはずなのに、フェイトの心には強く刺さった。
フェイトの二人の母。フェイトの知らぬ二人の願い。
あちらの世界の母は、聖杯を望みフェイトを送り。こちらの世界の母は、聖杯を望み戦争を開く。
二つの思いの線が、フェイトという点で重なる。
「ならば、私から言えることは一つ」
プレシアは顔を上げ、筆墨新しい手紙を一枚、フェイトに渡した。
「勝ちなさい、フェイト。
全ての願いを捻じ伏せて、その手に勝利を掴みなさい」
手紙の内容は、主催者直筆の通達文。
踊る文字は、討伐令。生死を問わず、打倒を確認すれば報酬を用意するというお触書。
「もしも貴女が勝利を掴んだならば……その時に、貴女の母はようやく、大事なことを思い出す。
貴女という存在がもたらした意味を、思い出す」
そして、続けて書かれた主催者とフェイトとの密約。
フェイトが他のサーヴァントの打倒に成功するたびに、報酬を与えるという一文。
報酬は二つ。
新たな主従の情報と、脱落したマスターが手にしている令呪。
仮に令呪を三画残して脱落させたマスターが居れば、その三画をそっくりそのまま渡すということ。
紙を押さえたフェイトの手に、プレシアの手が重なる。
少しの痛み。少しの熱。そして魔力のめぐる感覚。
プレシアが手を離せば、フェイトの令呪の傍に一画の令呪が増えていた。
「何かあれば、いつでもここを尋ねなさい。
大淀にはいつでも貴女をここに通すように伝えておくわ」
そう言い終わると、プレシアは席を立ち、司書室の奥へと歩き出した。
遠ざかっていく背中。重ねられた手のぬくもり。与えられた言葉。
在りし日の日だまりには程遠いが、それでも、フェイトと二人の母を繋ぐ、母が夢に至るための聖杯戦争という道。
この道の先に待っているのは。
フェイトがこの道の先に望む未来は。
「お母さん」
離れる背を見て、思わず口にしてしまったその言葉。
プレシアはぴたりと止まり、振り返ってこう言った。
「私は貴女の母ではないわ。それだけは、忘れないで頂戴」
言葉を残し、闇に消えていく。
残されたフェイトは、大淀に導かれ、司書室を後にするのだった。
◇◇◇
願い。
夢。
二人の母の描くもの。
フェイトにはまだ分からない、母の幸せ。
でも、一つだけ確かなことがある。
二人の母の幸せが、この聖杯戦争の先にあるということ。
「だったら私は、戦いたい」
この先にどんな未来が待っているかなんて、フェイトには分からない。
だったら分かっていることを胸に誓って進む。
分かっていることはひとつ。
フェイトは、母に幸せであってほしい。
願えるならば、もうひとつ。
幸せになった母に、フェイトは―――
「……ランサー」
{何?}
「帰ろう。明日はもっと、頑張らなきゃ」
胸の誓いが起こす火は、明日に向けて走り出す。
【D-2/図書館裏口/一日目 夜】
【フェイト・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのは】
[状態] 疲労(小)、ストレス、魔力消費(大)、右肩負傷(小)、覚悟
[令呪]残り四画
[装備] 『バルディッシュ』
[道具]
[所持金]少額と5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する
1.二人の母に恥じない戦いを。
2.討伐令に備え準備を行う。ひとまずはコンディションを整える。
3.“雷”のバルディッシュ……!
4.司書室の少女に対して、興味……?
[備考]
※ランサー(姫河小雪)、キャスター(
木原マサキ)、
大道寺知世&アサシン(セリム)、バーサーカー(
チェーンソー男)、
輿水幸子を確認しました。
※木原マサキがプレシア・テスタロッサやアルフについて知っていることを知りました。
※小学校に通うつもりでいます
※プレシア・テスタロッサの存在を知りました。
※キャスター(木原マサキ)と念話が可能になりました。
※キャスター(木原マサキ)からバルディッシュのエンチャントを申し出られました。返答は保留中です。
※プレシア・テスタロッサより討伐令の存在をリークされました。
また、プレシアとの間で以下の密約が交わされました。
【条件:フェイト・テスタロッサの他主従の打倒
報酬:新たな主従の情報と、打倒したマスターが最後に有していた令呪全画の譲渡】
【ランサー(
綾波レイ)@新世紀エヴァンゲリオン(漫画)】
[状態] 健康、霊体化中
[装備]
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う
☆
私は運命(Fate)を否定する――と、彼女は確かに言ったのだ。
◇◇◇
『巻かなかった世界』のプレシアがアリシアを取り戻すために手を出したもの。
それが、フェイト・テスタロッサだ。
おそらく、プレシアが(自身、つまり『巻いた世界の』プレシアが、だ)以前誘われた人造生命計画、プロジェクトF.A.T.Eの産物だろう。
人工的に同一の器(肉体)を作り上げ、そこに魂を籠める。そうして、アリシアを取り戻そうとしたのだろう。
目の前に出された結果は、醜悪の一言だった。
利き手が違う。アリシアは左利きだった。
性格が違う。アリシアは奔放で活発で可愛らしかった。
素質が違う。アリシアは危険な戦場など関係ないくらいの、ささやかな素質しか持っていなかった。
食べ物の趣味が違う。アリシアは白パンには必ずジャムを付けていた。根菜の味が苦手で試行錯誤をした。
他にも。他にも。他にも。他にも。上げ始めればきりがない。
なまじ、外見が瓜二つなため、プレシアの目には『おぞましいなにか』にしか見えなかった。
生きていたアリシアへの冒涜だった。死んだアリシアへの冒涜だった。
「母」と呼ばれた瞬間にはいっそ殺してしまおうかと思ったくらいに、不愉快な存在だった。
あんなもののために時間を費やしたもうひとりのプレシアは、どんな顔であの醜悪な怪物を見つめていたのだろうか。
いろいろな感情が混ざっていたはずだ。
だが、その感情がどういう形で表出していたかは察することが出来た。
平行世界で行われる聖杯戦争へのフェイトの参加がそれを如実に語っている。
手元に置いておきたくないという嫌悪。アリシアを諦めきれないという執念。切り捨てても構わないという打算。
結局、フェイトという少女は、ゴーレムとそう変わりない。アリシアを冒涜していない分、ゴーレムのほうが余程愛着が湧くというものだ。
同じプレシア・テスタロッサだから分かる。同じくアリシアを愛していたから、分かる。フェイトに抱く同じ感情が、分かる。
だからプレシアは、フェイトを利用することにした。
もうひとりのプレシアがそうしたように、フェイトを使いアリシアへの道を築くことにした。
討伐令によってフェイトを使い潰す。
生き残るならそれでも良し。アリシアが復活した暁には視界から消えてどこかで勝手に暮らせばいい。
死ぬなら死ぬでそれも良し。アリシアを冒涜した存在が聖杯戦争を加速させ消え去るなら望むところだ。
「惜しむらくは、貴女は救われないということ、かしら」
仮にフェイトが聖杯戦争の末に勝利を手にしたとして、持ち帰った聖杯で何が出来る。
在りし日のアリシアの動きをトレースさせ、更に精度の高いまがい物を作ろうというのか。
きっと、平行世界のプレシアは、あと一歩が届かない。
その一歩分の時間は、プロジェクトF.A.T.Eが奪ってしまっている。
プレシアの最後の一歩の余地すら奪うなんて、フェイトとは、なんと忌々しい存在だろう。
「私が、アリシアを取り戻す。貴女へのせめてもの餞にね」
ここには居ない自分に誓う。願いの成就。
願いを掴むための仮初の楽園は、戦争の中で目を覚ましつつあった。
最終更新:2020年07月26日 21:16