にんぎょ注意報! ◆EAUCq9p8Q
―――
何もない。
空っぽだ。
さざ波の砕ける音だけが、周囲を包み込んでいる。
さざ波に揺られて眠っていれば、あたりに何かが漂いだす。
霞のような、靄のような、質量のない『何か』。
無色透明の『何か』が押し寄せてくる。
次から次へと。
世界を満たしながら。
逃げようとしても、逃げ場がない。
気づけばあたり一面が、『何か』だ。
溺れてしまう。
もがいても、もがいても。
『何か』が、心の中にある大切な何かを追い出してしまう。
じわじわと、ずっと昔から汚染されていた身体に、新たな毒が回り出す。
その毒は、甘かったり、辛かったり。
染みこむように、身体を染め上げていく。
声はどこにも届かない。
ただ、泡になって消えていってしまう。
いくつも、いくつも、いくつも―――
―――
☆
服が張り付く心地悪さで、意識が覚醒する。
じっとりとした汗が、服とシーツを汚していた。
心臓がまだばくばく音を立てているのがわかる。
その原因もなんとなくわかる。あの、なんとも不気味な夢のせいだろう。
いや、もとを辿ればもっと前、出会ってしまった少女と、気付いてしまった世界のせい。
少しだけ、世界を見る角度が変わってしまった。
目をそらしていたことから目をそらすことをやめてしまった。
うとうとと、半分眠っているような心地から、一気に現実に引きずり出されてしまった。
たったそれだけで、ぼくの心は、ぐちゃぐちゃだ。
雨の中、痛え痛えとと呟きながら体を引きずり帰り、口から吐き出した
尊いものを夢の中に探すようにベッドに倒れ伏した。
うたた寝するのは得意だと思っていたけれど、ちょっとの悪夢で飛び起きて、体の痛みで眠れなくなる。
現実ってのは、どうにも、勝手が悪い。
渦巻くように。
荒ぶるように。
寄せては引いて、大きな波のように。
ぼくの心と頭を知らなかった何かと知ってしまった何かが代わる代わる埋め尽くしていく。
『―――依然捜査が続けられている状態です』
聞こえる方の耳が、そんな音を拾う。
首だけで音の方を向けば、丁度住宅街の中継からテレビ局のスタジオに移るところだった。
事件の現場を離れたあとも、『下校中の女子学生を襲った悲劇』という物騒なテロップは残されたまま。
頭の中を埋め尽くすなんかから距離を置くために、投げ出すように置いてあったスマートフォンを引き寄せる。
指が叩いた色々の中で、とあるページが目に留まる。
じっと見つめ、テレビの内容と合わせて情報を反芻し、言葉を吐き出す。
「皆、結構見てるってことかな」
端末の液晶をタップする。ページが拡大されて、『小学校』という単語が液晶いっぱいに広がる。
朝に見たきりの掲示板は、いろいろな情報が追加されていた。
まるで狙いすましたかのように、『小学校』地区周辺で、『今から向かう』という書き込みの直後に奇妙な事件も起こっている。
例えば、小学校の屋上の爆発事故。
空に突然光が湧いて、それが屋上に降り注いだらしい。
例えば、裏山の巨人。
裏山に突然巨人が現れて、笑いながら消えていったんだとか。
例えば、チェーンソーの怪人。
先ほどのテレビで報道されていた内容。
ついに被害者が出てしまったらしい。これもまた、小学校に近い。
今まで重ならなかった事件が、このタイミングで重なってしまった理由なんて考えるまでもない。
掲示板の書き込みを見て裏山の巨人も
チェーンソー男も集まってきたんだろう。
いろいろな人が集まって、戦ってるんだ。
どこか遠くの世界ではなく、この街のどこかで。ぼくと同じ街のどこかで、ぼくと同じく生きている人が。
そう思うと、なんとなく、息苦しくなって、喉を掻き毟りたくなる。
体の中で泳がせていた、どこか遠くを眺めていた自分を、また吐き出してしまいたくなる。
もう吐けるものなんて残っていないはずなのに。まともになれたはずなのに。
悪夢のように染み込んで、甘かったり、辛かったり、ぼくの心から、どんどん、どんどん、湧いてくる。
ミネラルウォーターに口をつける。
ぐびぐびといつもと変わらない音が、ニュースキャスターの声を塗りつぶす。
少しだけぼくは世界から浮き上がり、浅い水槽のてっぺんにぶつかり、人魚の尾びれが水面を打った。
☆
テレビのチャンネルをザッピングしていると、アーチャーが帰ってきた。
決意を話そうかと思ったが、やめた。
二つの耳から血を流し、顔を真っ青に染めて、よろけながら帰ってきたアーチャーからすれば、そんなことよりと返されるのがオチだ。
わざわざ実体化しているということは、念話とかいう便利なテレパシーも使えないくらい追い詰められているということ。
震える手でアーチャーはペンを握り、こう書き連ねた。
「他の主従を倒しました」
「その際に、両耳に負傷をしてしまい、全く聞こえません」
「私も片耳そうなんだ。お揃いだね」なんて冗談は思いついても口にすることはなく、淡々と状況を整理する。
筆談を交わし、互いの了承を持って、体の中から湧き上がる何かを追い出すように呟く。
「また戦えるように、さっさと傷を治してよ」
アーチャーはいつものようなスカした顔ではなく、弱々しく笑い、霊体化した。
令呪という、マスターがサーヴァントに対して振るうことの出来る、魔力の塊。
こういうふうに使えばアーチャーの怪我が治りやすくなるらしい。
ならば、切っておこう。胸の中にまた何かが湧き出して、まともなぼくをかき乱してしまう前に。
戦おうと誓ったぼくを、忘れないために。
アーチャーが怪我を治すのに専念し始めてから、またしばらく掲示板を眺め。
不意に思い立ち、慣れない手付きと痛む体でえっちらおっちら文を打つ。
◇◇◇
目撃情報
1 名前:名無しメイデン[] 投稿日:20XX/0X/XX(X) XX:XX:XX ID:mokuzulob
死神様。
真昼の流れ星。
裏山の巨人。
チェーンソー男。
火吹き男。
光る空。
諸星きらり。
他にもたくさん、聖杯戦争と関わりありそうな不思議な話が出てるよね。
見かけたら書き込もう。
書き込めば、誰かが倒してくれるかもよ?
◇◇◇
本文を三度確認し、投稿する。
錯綜する事件と噂、どこからどこまでが本当にそうなのかは分からないが、どこかからどこかまではきっと本当に聖杯戦争の結果なんだと思う。
情報共有という形を取れば、知れるかもしれないと思った。
知ることができれば、目をそらさずに居られるかもしれないと思った。
◇◇◇
2 名前:名無しメイデン[] 投稿日:20XX/0X/XX(X) XX:XX:XX ID:mokuzulob
ついでに、まだ有名になってないだろう目撃情報を一つ。
予選の時から海沿いで噂になってたんだけど、この街には人魚が居るらしいね。
何人も、人魚の歌に誘われて、帰ってきてないんだって。
他人を殺してしまうほど歌が上手くて、人魚のお刺身は美味しくて、骨は綺麗な薄桃色。
知ってた?
◇◇◇
信ぴょう性を持たせるためにアーチャーについても少し触れておく。
手の内を一部バラしてしまっているが、そんなこと気にしないというのは予選期間からの付き合いで分かっている。
あの戦闘狂のアーチャーのことだ、戦いの幅が広がりますねと言いながら、慣れない顔でにたにた笑うだろう。(怪我がちゃんと治ればの話だが)
二つ合わせて、ぼくに出来る精一杯の、
宣戦布告。
戦う意志を、見える形で残しておく。
誰かに向けて撃ちながら、いつかの自分に釘を刺す。
胸のうちに、また、認識をぼかすような靄が出てきた時に、自覚出来るように。
「これで」
ひとまずを終え、ベッドに体を横たえる。
「ぼくは、もう少しぼくで居られるのかな」
呟いた言葉は、ぼく自身にも届かない。
ニュースの音も、すっかり聞こえない。
日を跨ぐ時計の音だって、聞こえない。
寝返りを打ったから、もう聞こえない。
現実は、しばらく耳に届かない。
だから、
海野藻屑は戦うことにした。
アーチャーが再び動き出すその時まで、自分の中で渦巻く、目を背けたくなるような現実と。
☆
昔。
聖杯戦争に来るより昔。
海野藻屑にとって、一番大事だったのはいつだって海野雅愛だった。
体中に海野雅愛という存在が刻まれ、その痛みを伴う存在感と一緒に生きてきた。
立ち止まってしまうと、考えてしまう。
だったら、海野雅愛を失った今の海野藻屑は、海野藻屑なのだろうか。
もしかしたら、海野藻屑という存在は、すっかり消えてしまって、今ここに居るのは海野藻屑の抜け殻ではないのだろうか。
今の海野藻屑を見たら、
山田なぎさはなんというだろうか。
悪夢を見た。
押し寄せてきた甘い『何か』は、きっと『安心』。
押し寄せてきた辛い『何か』は、きっと『現実』。
海野雅愛を失い、体を満たしていた痛みを伴う愛を失った。
残った抜け殻は、『安心』に毒され、『現実』を噛み締め、中身をどんどん失っていく。
立ち止まって、振り返り、考える。
そうして取り残されてみれば、今の海野藻屑を海野藻屑だと認めてくれるものは、もうこの世界中に、何もなかった。
☆
体を満たしていく安心が、毒になって、体を蝕んでいく。
世界を満たす現実が、毒になって、心を蝕んでいく。
体に残っている痛みが引くたびに、海野藻屑は、少しずつ、少しずつ、海野藻屑として不完全になっていく。
もしも体に這うように付いている痣が全て消えてしまったら、その時そこに居るのは、海野藻屑なのだろうか。
斜めに構えていたはずの視点が、戦争という現実によって焦点があってしまう。
もしも海野藻屑の現実が、陸に打ち上げられちまった一人の人魚が消えてしまったら、その時そこに居るのは、海野藻屑なのだろうか。
「ぼくは、ぼくなんだ」
自信がなかった。不安だった。
今の海野藻屑は、山田なぎさにとっての海野藻屑と同じなのか。
海野藻屑から海野雅愛を引いて残ったものを、自身を作り上げていた全てを失ってしまったちっぽけな残り滓を、山田なぎさはあの日と同じように抱き寄せてくれるのか。
「ねえ、ぼくはさ……海野藻屑なんだ」
海野藻屑は、海野藻屑だ。
海野藻屑は、まだ海野藻屑で居たい。
せめて、もう一度山田なぎさに会える日まで、海野藻屑で居たい。
「ここに居るのも、ぼくなんだ。お父さんは居ないけど、それでも、ぼくなんだ」
だから、山田なぎさの知っている海野藻屑として振舞うことを忘れない。
海野雅愛は失ってしまったが、それでも、あの日のままの海野藻屑として過ごすことを忘れない。
いくら戦争が現実だとしても、現実に海野藻屑を引きずり込ませない。
いつかもし出会えた彼女が、目の前のそれに気づいてくれるよう。
人の虚を突いて走りまわせることだってするし、必要とあらば海に飛び込んでもいい。
路上でだって泣いてやる。君の手を引いて山を登ろう。夢みたいな話をする。海の底の話もする。
だから、どうか、認めてほしい。
ここに居るのが海野藻屑だと、あの日山田なぎさと安心したいと願った海野藻屑なのだと。いつか会う日が来たならば。
その日まで、どんなことをしてでも、海野藻屑でありつづける。
無色無臭の毒たちが回りきり、海野雅愛が作り上げてきた海野藻屑が死んでしまわないために。
海野藻屑がただひたすらに、あの日のままの海野藻屑であるために。
心の底で願っている山田なぎさとの再会の時までは、どうにか海野藻屑でいられるように。
戦って。
戦って。
戦い抜いて。
この戦争を戦い抜いて。
それでも、海野藻屑で居られるように。
海野藻屑は、海野藻屑であるために、『安心』と、『現実』と、それに毒されていく現実の海野藻屑と戦い続けていく。
「ぼくは戦う。だから、負けないでよ」
「ねえ」
「『海野藻屑』」
☆
砂糖菓子の弾丸は、砂糖菓子の弾丸を放つ。
【Bー1/海野邸/2日目 未明】
【海野藻屑@砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない】
[状態]健康(?)、不安(小)
[令呪]残り二画(内腿の青あざの中に)
[装備]なし
[道具]ミネラルウォーター入りペットボトル、おてがみ、スマートフォン
[所持金]クレジットカード(海野雅愛名義のゴールドカード)、5000円分のクオカード
[思考・状況]
基本行動方針:山田なぎさに会いたい
1.ぼくは、ぼくとして戦う
2.アーチャー(
森の音楽家クラムベリー)の回復終了後、スレについてを伝える。
[備考]
※家にはポチが居ます
※NPC海野雅愛が存在するかどうかは不明ですが、少なくとも海野邸には出入りしていません。
※掲示板を確認しました。少なくとも江ノ島のスレと大井のスレは確認しています。ついでにスレを立てました。
※通達は確認していませんが、朝までには確認すると思います。
【アーチャー(森の音楽家クラムベリー)@魔法少女育成計画】
[状態] 霊体化、魔力消費(小)、意識混濁(弱)、両聴覚器官破壊(極大・魔力で治癒中)、聴覚異常(極大・魔力で治癒中)
令呪「また戦えるようにさっさと傷を治して」の効果で回復効果に大きな補助あり
[装備] なし
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: 強者との闘争を求める
0.回復に専念する
1.戦いを―――
[備考]
※
木之本桜&セイバー(沖田総司)、
江ノ島盾子、蜂屋あい&キャスター(アリス)、
高町なのは、アサシン(
クロメ)を確認しました。
※
フェイト・テスタロッサを見つけてもなのはに連絡するつもりはありません。
※小学校屋上の光の槍(フェイト)を確認しました。
※江ノ島盾子・アサシン(クロメ)とそれぞれ
情報交換しました。どの程度聞いたのかは後続の書き手の方にお任せします。
※アサシン(クロメ)から暗殺を宣言されました。ちょっとワクワクしています。
※バーサーカー(
ジェノサイド)のオタッシャシャウトによって両聴覚器官を破壊されました。
魔法少女の特性上魔力によって復元可能ですが、ある程度復元するまでほとんどの音を聞き取ることが出来ません。
また、復元後も昔と同じように音が聞こえるとは限りません。
※アーチャーに詳しい魔法少女のサーヴァント(クラムベリーの子供達、魔王塾生など)が居ることを察しました。
最終更新:2020年06月25日 01:42