Monochrome-モノクローム- ◆g4HD7T2Nls
monochrome
■ □
黒。
夕闇の下にひとり、黒い少女が立っていた。
土の上、血の飛沫の散らばった草を踏みしめて、悠然と立つその少女は黒い。
暗く、濃い、夜の色をしていた。
長く流れるような髪の黒、風にそよぐ細糸の束は夜を写すベールのよう。
ほの暗い色調で統一された衣服の黒、そこに塗された紅の斑点とリボンがより黒く少女を染める。
そして、光を映さない瞳の漆黒、内にある何かを守るようにセカイを遮断していた。
黒。
少女は染まらぬ黒の色。
少女は染まりきった黒の色。
何物にも交わらず、何物にも交われぬ。
何者にも交われず、何者にも交わることを拒絶する。
そんな色。
だから黒。
凝らされた黒の瞳は、腐り落ちた世界を俯瞰している。
世界は黒く、暗くて、汚れて、穢れて、暮れた、少女の瞳と同じ色をしている。
だから、その少女の瞳は黒かった。
黒、少女、名を、榊しのぶ。
彼女の瞳は今、白を捉えている。
□ ■
白。
鬱蒼とした林の下にひとり、白い少女が座っていた。
土の上、血の飛沫の散ばった草に腰を落として、呆然と座り込むその少女は白い。
儚く、薄い、昼の色をしていた。
長く澄んだ髪の白、湿った地面にばら撒かれた光沢は土の侵食を許していた。
身を包んだ外套の白、泥と血を塗された斑点は少女の白を汚している。
そして、光を映さない瞳の蒼白、射影機に似たそれは内に何も無いことだけを世界に示していた。
白。
少女は染まる白の色。
少女は染まりきれない白の色。
何物にも交わり、何者にも交われる。
何者にも交わらねばならず、何物にも交わることを受け入れる。
そんな色。
だから白。
風車のように空回る白の瞳は、かつての優しい世界を俯瞰していた。
世界は白く、明るくて、綺麗で、暖かで、晴れた、少女の瞳と同じ色をしている。
だから、少女の瞳は白かった。
白、少女、名を、能美クドリャフカ。
彼女の瞳は今、黒を映していた。
□ ■ □ ■
白黒。
モノクロームの空の下にふたり、白と黒の少女がいた。
土の上、転がった二つの死体を挟み、見つめ合った少女達の色は白黒。
淡く、霞んだ、灰の色をしていた。
「ねえ、あなた」
血に染まった黒が、口を開く。
「……」
血に染められた白は、音を返さない。
「そう。あなたよ」
しかし繰り返す黒、榊しのぶに音の答えは不要だった。
白、能美クドリャフカの視線はこの瞬間、しのぶを捉えている。
意志は、哀しげに揺れる思いは、確かにそこにあった。
榊しのぶは、それ以上を望まなかった。
「あなたがやったの? これを全部」
しのぶは問う。
赤い草原に横たわる二つの死を指して、咎める罪科を、ではなく事の次第を質した。
正しく求めた答えは、事実、真実、意味。
「…………」
答えはやはり音でなく、頷きをもって返された。
こくり、こくり、こくり。
小さく、けれど紛れもない、頷き。
光の消えた瞳をゆらゆらと揺らしながら、クドリャフカは首を縦に振っていた。
そこに欺瞞はなく、ましてや誇張も見られない。
少なくともクドリャフカにとっては、しのぶの確認に関して何一つ、否定するべき要素は無いようだった。
「そう」
呟くように言って、しのぶは白から視線を切り、灰の空を見上げた。
気がつけばもうすっかりと、夕の刻は過ぎている。
右に来たる闇、左に落ちる光。
真上で煙る、肺を病むような天頂の雲。
幻想的に吐き気を催す世界の形が浮かんでいた。
「かわいそうにね……」
呟きながら視線を地に戻す。
変わり往く空の下、地には赤く染まった骸が二つ、相も変わらず転がっている。
木に寄りかかるようにして死んでいる少女。
草原の上に仰向けの状態で死んでいる大男。
何があったのか。
答えはきっと、望めない。
しのぶはため息をつくように、一つ息を吐き出した。
「……」
吐き出して、ふと見やる。
ちらりとそれを、
向けられていた銃口を見やって、そこでもう一度呟いていた。
「……かわいそうに」
眉間を寄せ、沈痛な面持ちで、白を、『かつて白だったもの』を、見て呟いた。
「もう、壊れてしまったのね」
かつては白だった少女。
守られるべき存在だった少女。
面影はあった。けれど、今は違う。
純粋で、綺麗で、汚れの一つも無かったのだろう能美クドリャフカの姿は、今や見る影も無い。
震える細腕から続く小さな手に、似合わぬ拳銃は握られている。
ぶれつづける蒼白の瞳は暗く、怯えと恐怖とを全方位に叩きつけている。
小刻みに動く口元は、何故か、薄く笑っているようにも見えた。
青白い頬につたう血は黒い涙のよう。
純白だったマントは赤黒く染められて、夕の暗さを投影する。
白かった能美クドリャフカの体の半分が黒ずんでいる。
血に汚された少女が此処にいる。
価値を奪われ、存在を穢された哀れな存在。
世界の汚濁を浴びて、心まで汚泥に侵された彼女はきっと、もう戻ることは出来ないのだろう。
侵食した穢れは魂にまで染み付いて、美しいものは醜い壊れ物に成り果てる。
「だから不快よ」
見ていることも不愉快だった。
不快感と、悲壮感しか、その光景は齎さない。
いったい誰が彼女をこうしたのだろう。
誰かの悪意か、あるいは善意か。
いずれにせよ独りよがりな誰かの意志が、綺麗だったはずの彼女を壊したのだ。
その光景はどこか、しのぶが守りたい少女に似て見える。
しのぶが守らなければならない存在の、壊された形に思えたのだ。
「…………っ」
見ているだけで、気持ち悪い。
気持ち悪くて、吐きそうだった。
だから踏み出す、一歩。
一つ、握られた銃が、見つめる少女の手の中にある。
だけど踏み出す、一歩。
一つ、黒い銃が、しのぶの手にもあった。
同じ黒。黒い銃だ。
握り締めたそれは、汚れの凝縮した彼女等の汚濁そのものに相当した。
ならば、吐き出す弾丸とは心の内の、最も鋭い思念たる。
即ち、殺意。
やがて闇に染まる世界の中で、少女は二人、向け合った。
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黒白。
モノクロームの空の下、銃声ふたつ。
くらりと傾く、小さなからだ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
黒。
結果を見送ることもなく。
榊しのぶは踏み出した。
長い髪が翻り、夕闇に広がって、幕のように過ぎていく。
ここにはもう、何も無い。
疎むべき罪悪も、尊ぶべき清純も、今はもう、何も無い。
野原に三つ、傷跡がある.
それだけだった。
しのぶは歩みだす。
振り返ることはなく。
前だけを見て、歩んでいく。
「さよなら」
呟くような、言葉を一つだけ残す。
灰色の空の下、黒と白とが交差した。
これはただ、それだけのこと。
けれど背をむけて、歩く彼女の後ろ姿に印はあった。
裂けた、布。
制服の左袖。
二の腕に掠った、痕跡。
ぶつけた思い。
ぶつけられた思い。
ズキリと痛む、それだけを良しとして、右の手のひらで握り締め。
愛でるように抱えながら、榊しのぶは近づく夜に溶けていった。
【時間:1日目 17:59】
【場所:C-2】
榊しのぶ
【持ち物:草刈鎌、
ベレッタM92(残弾14/16)、水・食料一日分】
【状況:健康、左の二度腕に切り傷】
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白。
沈んでいく白。
仰向けに倒れ、空を仰ぐ能美クドリャフカの頭上、赤い日が落ちていく。
虚無が過ぎていく。
少女はその間際、一つの後悔を思い出す。
それは誓い。
果たせなかった一つの思い。
成し遂げられなかった、尊い生き方。
―世界の良き歯車となれ―
そんな言葉をかつて、原初の頃から、身に刻んでいた。
崇高な願いを、生まれた頃から、身に込められていた。
大好きだった人から、かくあれと願われて、贈られた名前だった。
クドリャフカ。
名誉ある名前。
気高き礎。
誇らしくて、嬉しくて、だけど出来なかった。
贈られた願いから、込められた思いから逃げ出して。
そうして、大切なモノを失った。
後悔が胸にあった。
ずっと、拭えない悔恨があった。
繰り返したい、もう一度。そう願った。
もう一度があるならば、きっと。
成し遂げて見せるから。
果たして見せるから。
願われたように、生きて見せるから。
もう一度があるならばきっと、『今度』はきっと――
「私は」
クドリャフカは、
「なれたですか……?」
世界廻す歯車に、
「私は、これで、いい……ですか?」
狂った世界をくるくる廻す、血でさび付いた歯車として、もうすぐ止まる。
「私は……」
叶えたかった思いは、刻まれた願いは、これで成し遂げられたのだろうか。
死を運ぶ、無垢なる礎。
それが殺し合いの世界で求められた、良き歯車の形だと言うのなら。
「……っ……っ」
痛む右腕のせいか、涙が溢れた。
胸の奥が苦しくて、辛くて、考えるのをやめて、見上げた空は遠かった。
焦がれた蒼は見えず、灰の雲が頭上で阻む。
手を伸ばしても、その向こうへは届かない。
だから、もういいや、と。
「しーゆー」
明るく綺麗な、戻れないあの場所への、別れの言葉。
素敵で、大好きで、大切な人達へと。
きっと、『今度』は離れないよと、願うように。
そして訪れる夜に、少女はゆっくりと目蓋を閉じた。
【時間:1日目 18:00】
【場所:C-2】
能美クドリャフカ
【持ち物:
CZ75(10/15)、不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康、右の二の腕に切り傷】
最終更新:2011年12月21日 10:26