Rebirth Syndrome◆ApriVFJs6M
西に傾いた太陽の光が灰色の街並みを赤く染め上げる。
夕焼けの赤い光は街も道路も空も、この島に存在する全ての物を赤く燃やしている。
そんな黄昏時の街を二人の男女が会話もなく歩いていた。
宮沢謙吾と向坂環。時が時ならこの美男美女の二人にとって夕焼けの光景はロマンチックな雰囲気を醸し出せるものなのだろう。
だが二人にとってはこの赤い光景はそんなものではなく、自らが殺めた者達の血で染められているように感じていた。
「きれいな夕焼けね。……といいたいところだけどあの色は今は好きじゃないわ。大嫌い」
「同感だな。俺もあの赤い色は大嫌いだ」
「でも、私達にはお似合いの血の赤ね」
謙吾は答えなかった。だが無言が環の言葉を肯定していた。
今もなお瞼の裏に焼きつく少女の死。
目を閉じれば瞼を透き通り視界を満たす夕日の赤い光があの光景を否応無きに思い出させる。
「なに黙りこくっているのよ……私達にそんな感傷に浸れる資格があると思って?」
「俺は、お前とは違う」
「同類のくせに何を言うんだか……ま、『親友のために殺人を犯し、苦悩する俺カッコイイ』なんていう自己陶酔に浸る余裕はあるみたいだけど」
「向坂ぁッ!」
謙吾は大声を上げて環の胸倉を掴み上げる。掴まれた服の襟首が環の首をきつく絞める。
それでも環は謙吾から視線を逸らすことなく鋭い眼差しで彼を睨みつけていた。
「あら、図星を突いちゃったかしら?」
「くっ……」
「宮沢君、貴方って見かけによらずキレやすいタイプね」
謙吾は掴んでいた服を放す。環は乱れた服を直すと口元を歪めて言った。
「別に降りてもいいのよ? 宮沢君がそう望むなら」
「なんだと……」
「だから、ここで私と別れるの。本当なら後々の障害となる貴方をここで殺さないといけないけど、まあ少しでも行動を供にした仲よ。見逃してあげるわ」
それだけはできない。謙吾にとってそれだけは決して受け入れられる物ではなかった。
それをやってしまえば完全に終わってしまう。自らの決意も、郁乃の死も全て無駄となる。
残るのはただの卑怯者。それは死よりも唾棄すべき行為だった。
「それだけは……できない……! それをするぐらいなら死んだほうがマシだ……!」
「でしょうね。貴方はは絶対にできないでしょうね。なら、下手な感傷に浸らずやるべきことをやることね」
「くっ……」
謙吾は拳を爪が食い込むほど強く握り締める。
環の言葉がひどく図星を突いていて、なのに一言も言い返せなかった。
そんな謙吾の苦悩をよそに環は謙吾に背を向け、周囲の様子を伺うような仕草を見せていた。
「どうした向坂」
「シッ! 静かにして、誰か近くにいるわ」
「誰か、か……」
「そう、そして私達の獲物」
「…………」
環と謙吾は様子を伺うため狭い路地の間に駆け込む。
人一人がやっと通れるほどの狭い隙間に密着するように二人は身を潜めていた。
外の様子を伺う環の背後に謙吾は立つ。
血と硝煙の臭いに混じって環の綺麗な髪の仄かな甘い匂いが謙吾の鼻腔をくすぐる。
「宮沢君……変な気起こすと殺すわよ」
「俺をバカにしてるのか向坂。なぜお前に欲情せねばならんのだ」
「何よそれ、まるで私が女として魅力が無いみたいな言い草じゃない」
変な気を起こすなと言っておいてそんな気を起こすわけがないと答えたら逆に不満な顔をされた。
鈴もそうだったが女は考えてることがいまいちよく分からないと謙吾は思う。
その気まぐれさ――目の前に立つ環の佇まいはどことなく猫を彷彿させる。
さしずめ鈴が野生的な山猫とすれば、彼女は気品と力強さに満ちたシャム猫だろうか
「いや、向坂は誰が見ても魅力的だと思うぞ」
そっけなく謙吾は答える。
単純なスタイルでは来ヶ谷唯湖に勝るとも劣らない。
だがあまりにそっけなく乾いた返事が環にあらぬ誤解を生じさせた
「……もしかして宮沢君ってホモ?」
「くっ……クラスの女子にそんな疑いの目を何度も向けられたことはあるが、なんで初対面のお前や小牧までも俺をそんな目で……」
「やっぱり自覚はあるんだ。だって雰囲気がそれっぽいもの」
「…………」
「まあ今の私としてはそっち系の人であってくれたほうがありがたいけどね。こんな状態で貴方が変な気起こされたら私はどうしようもないから」
くすりと小悪魔的な笑みを浮かべる環。
謙吾は思う、きっとこれが環の本来の面なのだろう。目的のためには手段を選ばず非情に徹しようとする彼女の内面は年相応の物であった。
とは言え、彼女の死者に対する考えは謙吾自身のものとはまるで正反対で素直に受け入れられる物ではないのだが。
そうこうしてるうちに通りから人の話し声が近づいてくる。声の調子から男の声のようである。
環は再び狭い路地から顔だけをそっと覗かせ――絶句した。
「なんなのあの二人……気持ち悪い……」
大通りには二人の少年が立っていた。
どちらも環とそう変わらない年頃の少年。
頭にバンダナを巻いた大柄の少年と、眼鏡を掛けた理知的な少年。
だが二人ともどういわけか上半身裸である。
そして一糸纏わぬその上半身は見事なまでに鍛え上げられた筋肉が備わっている。
そんな彼らは筋骨隆々の身体をボディービルダーのようなポーズを繰り返し取っていた。
割れた腹筋。
ポージングを取るたびにぴくぴくと蠢く背中の僧帽筋と三角筋。
そして洗練された筋肉の象徴とも呼べる上腕二頭筋の力こぶ。
まるで沈みかけの太陽に見せ付けるかの如く彼らは己の肉体美を競い合っていた。
「どうした? 何が見えるんだ向坂」
謙吾の位置からは二人の様子が伺えないため、なぜ環が呆然とした表情で立ち尽くしているか分からない。
彼もまた身を乗り出すように覗き込むと、二人の少年の片割れ――大柄な少年を見て声を失った。
「そんな――真人……」
愕然とする謙吾。
まさかこんなに早く親友の一人と再会してしまうとは思わなかった。
そして最も忌むべき再会を果たさなければならない現実が彼に突きつけられようとしている。
「ふうん……彼、貴方の知り合い?」
「ああ……大切な仲間の一人だ」
「それで彼が貴方の守るべき人ってわけ?」
「…………」
謙吾は無言で首を振った。
その仕草を見て環はくすりと嗤う。
「そう、なら私達のやるべきことは一つ。OKかしら?」
「…………」
「黙っていたらわからないわよ。友達を前にして決意が鈍った? どうせ私達は目的の人以外の知り合いを殺さないといけないのよ。遅かれ早かれね」
「それは――わかってる……」
「貴方が吹っ切れるちょうどいい機会じゃない。彼を殺して貴方の目的を最期までやり遂げるか、それとも彼と感動の再会を果たすか。もっとも後者の場合、私は全力で貴方達を殺しにかかるけど」
「くっ……」
撃ちなさいよ臆病者――その程度の決意で彼を守るなんて笑わせるんじゃないわ
揺れる謙吾の心に小牧郁乃の最期の声が響く。
ここで信念を曲げてしまえばなんのために罪無き少女を殺めたのだろうか。
郁乃の嘲り笑う声が耳元で木霊する。
「元より戻る道は無い――俺は……俺は理樹を……理樹を守るため真人を殺す」
「そ、じゃあ私はあっちのメガネ君をやるわ。バンダナ君は貴方がケリを付けなさい。まずが私が前に出てメガネ君を始末するから。ああ、それと宮沢君」
「何だ」
「貴方もう一挺銃を持っていたでしょ。それ貸してくれない? 私の狙撃銃じゃあ近距離で扱いにくすぎるの」
「ああ……」
謙吾は郁乃から手に入れた
AK-47とその予備弾倉を環に渡す。
環は謙吾にウインクすると赤い髪を翻して大通りに躍り出る。
彼女にとってはごく簡単なこと、奇襲を仕掛けてAK-47の掃射を浴びせる。至近距離では絶対に回避のしようのない攻撃。ただそれだけ。
■
「ふぅ……さすが俺達だぜまさか天は至高の筋肉との出会いを与えてくれたのだからな」
「ええ、まったくその通りですよ。井ノ原さん。わたしもあなたのような究極の筋肉に出会えた事を天に感謝しなければ」
「よせやい照れるぜ。お前の計算され尽くした筋肉美には俺のトレーニングもまだまだ足りないことを実感させられたんだからよぉ」
「ご謙遜を。わたしも自分の筋肉を黄金率の筋肉との自負がありましたが、あなたの出会いによってその自信を粉砕されましたよ。あなたの天性の筋肉美、それは決して理論ではたどり着けぬモノ」
すっかり意気投合した真人と高松はお互いの筋肉の健闘を称え合う。
筋肉美の方向性は違えど頂点を目指す道は同じ。彼らはお互いのトレーニング方法について情報交換をし合っていた。
「くおお……こんなトレーニングがあったとは……目からゴボウだぜ……!」
「ははは、それを言うなら目からウロコですよ。わたしもこのような方法があるとは思いもよりませんでした。さっそく実践しなければ」
二人とも自分のトレーニング方法が最も優れたものだと自負があった。
だがこうしてお互いのトレーニング方法を確かめ合うと無駄な部分が多く出てくるのだ。
「高松。お前のこの筋トレはこの辺に無駄な部分があると思うぜ」
「なるほど……脂肪の燃焼効率ばかり重視しすぎたせいで肝心の筋繊維の増大を疎かにしてしまうとは……」
頂点を目指す者だからこそ、変なプライドにこだわらずお互いのトレーニング方法の欠点を見直し、お互いの良いところを取り入れることができるのだ。
そしてまた一歩、完成された筋肉に近づくことができる。
「ふぅ……もう夕方だぜ……筋肉フェスティバルinマッスルアイランド昼の部も終わりを迎えようとしているな」
「だがこれからは夜の部、大いなる太陽神に代わって無垢なる月の女神がわたし達の筋肉を祝福してくれるでしょう」
「よし、ならば高松。アレをやるか」
「ええ、いいでしょう……!」
「いくぜっ! 筋肉フェスティバルinマッスルアイランド夜の部は朝まで12時間耐久腕立て伏せだぁぁぁぁぁ! 燃えるぜぇぇぇぇぇ!」
「ふふふ……負けませんよ……」
上半身裸の真人と高松は夕日に向って腕立て伏せを始め出す。
迸る汗がキラキラと夕日に反射して輝いていた。
「ふん! ふん! ふん!」
「ふん! ふん! ふん!」
お互い全く同じペースで腕立て伏せを繰り返す二人。
それは息切れすることもなく、会話も出来るほどの余裕を夕日に見せ付けていた。
「ふん! ふん! ……なあ高松。死後の世界でも筋トレはできるんだな」
「ええ……こればかりは神に感謝せざるを得ませんね。ふん! ふん!」
真人は高松からこの世界が死後の世界であると教えられた。
最初は半信半疑だった真人であったが、今はもう彼の言葉を信じる気になっていた。
こんな筋肉を持っている人間が嘘を吐くはずがない。
そして真人自身もおぼろげながら自分の死因を思い出していた。
修学旅行中崖に転落し大破したバス。
重傷を負ったクラスメイトのうめき声で満たされたバスの中。
真人は事故の瞬間、咄嗟に理樹と鈴に覆いかぶさり二人を事故の衝撃から庇ったのだ。
結果自身は重傷を負ったものの、理樹と鈴は奇跡的に無傷で済んだ。
あとは二人が目を覚ましてくれれば――
痛みで意識を手放しそうになる真人の鼻を突く異臭。バスから漏れたガソリンの臭い。
これが引火してしまえば全員の命は助からない。
(理樹……早く目を覚ましてくれ……! バスが爆発する前に……!)
それが真人の最後の記憶だった。
「(そっか……結局バスが爆発しちまったんだな。理樹……鈴……すまねえ) ふん! ふん!」
「ふん! ふん! どうしました? 浮かない顔をして」
「何でもねえよ……ふん! ふん!」
「わたしには分かりますよ。だってわたしには聞こえます。あなたの筋肉が泣いてる声を……ふん! ふん!」
「ははっ、やっぱ筋肉はお見通しってわけか。ちょっと……死んだ瞬間のことを思い出してな。ふん! ふん!」
「ふん! ふん! 深い理由は聞かないでおきます。ここにいる時点で、無念の想いを残して亡くなったことは想像できますから……」
「ありがとよ。でもまあここに理樹も鈴も謙吾も恭介も来てるんだから、ここでも仲良くしていくぜ。ふん! ふん!」
真人は感傷を振り払うかのように腕立て伏せに没頭する。
「死んだ人間にまで殺し合いをさせようだなんてあのコスプレ男も何考えてるかわかんねえぜ……ふん! ふん!」
「神ゆえの気まぐれなのでしょう。どうせ死んだところでわたし達は時間が経てば生き返りますからね。ただ、生き返ると言っても痛みがあるのがネックですがそのうち慣れますよ。ふん! ふん!」
「どうせ生き返るのならみんなで筋トレすれば平和に解決にできるってのによ。マッスル&ピースは世界を救うんだぜ。ふん! ふん!」
わざわざ殺し合いに参加せず。この高松と一緒に筋肉の頂点を目指し、理樹達と今までの通りの暮らしが出来ればそれだけ十分だった。
そんな想いを胸に腕立て伏せを続ける真人の背後から声がした。
「ねえ……その話……もっと詳しく聞かせてくれないかしら?」
■
何を馬鹿なことを聞いているんだろうと環は後悔した。
無防備に腕立て伏せをしている二人にそのまま銃を撃ち込めばそれで済むはずだったのに、
死者が蘇るという彼らの会話がどうしても気になって話しかけてしまった。
「き、聞いたか高松っ! 俺達の筋肉に魅せられた同志がやってきたぞ! すまねえ……12時間耐久腕立て伏せは一旦中止だぜ!」
「構いませんよ。わたし達にとっては同志の出現こそが最も喜ばしいこと……それも女性の参加者とは……」
立ち上がった二人は環に向って筋肉アピールをする。
白い歯を覗かせてポージングを取る二人。厚い胸板の大胸筋がぴくぴくと震える。
「むん! どうだ俺達の肉体美! ビビデバビデ像なんて目もねえ!」
「それを言うならダビデ像ですよ。むん!」
「いくぜ新たなる同志よ! 筋肉リミッター解除、コード筋肉ッ、極める! でぃゃぁぁぁぁぁぁっ!」
新たな同志の出現に歓喜に打ち震える筋肉達。
だが環はそんな彼らに非情の言葉を投げかけた。
「早く服着なさいよ……気持ち悪い」
「ぐはぁっ!」
「井ノ原さんしっかり!」
環の言葉をまともに浴びた真人は地面に崩れ落ちる。
「くっ……やはりわたし達の活動はまだまだ世間に受け入れられないんですね……だがわたしはあきらめません!」
「けっ、筋肉に興味ないならさっさとどっかいきな。俺達は筋肉フェスティバルの真っ最中なんだ」
「貴方バカでしょ」
「てめえ! バカと言ったなバカと! はん、どうせ俺はバカですよーダビデ像をビビデバビデ像というぐらい馬鹿ですよーだ」
「お、落ち着くのです井ノ原さん……!」
ふて腐れる真人をなだめる高松に環は話しかけた。
どちらも馬鹿であるがこちらの眼鏡の少年は多少はマシだろう。
「私が興味があるのはそんな気持ち悪い筋肉話じゃなくてその後……ここが死後の世界という話よ」
「筋肉トークが気持ち悪いという発言は頂けませんが、その様子だとあなたも死んだばかりの人間というわけですね」
高松の眼鏡がきらりと光る。高松は眼鏡を指で押し上げると言葉を続けた。
「ここは現世で無念の死を遂げた人間が集まる場。神によって理不尽な死を押し付けられた人間の集う煉獄ですよ」
「はぁ……? 貴方頭大丈夫?」
「ここに着たばかり人はみんなそういうんですよ。死の瞬間の記憶の混濁により自らの死を認められなくてですね」
完全に頭のおかしい人間のようだ。
ここが死後の世界で自分はとっくに死んでいるのだと。
わざわざ話しかけてみた自分が馬鹿みたいだと環は思った。
「もしかするとあなたは――生前、似たようなイベントに巻き込まれて命を落としたのではないでしょうか? あくまでわたしの想像ですが」
「なに……よ……それ」
「いやはや神は残酷だ。生前に殺し合いを強要され、死んでまで殺し合いをさせられるとは全くもって許しがたい存在ですよ。神というものは」
頷く高松に合わせるように真人が口を開く。
「俺も最初は到底信じられなくてよ……こいつのことひょっとして俺より馬鹿なんじゃねえかと思ったけど、俺も思い出したんだよ。自分が死んだ時のこと」
「なんですって……!」
「俺の場合はバスの事故だ。修学旅行中に乗ってたバスが崖に落ちて死んじまったらしくてな。結局俺の親友も一緒にここに来る破目にだ。理樹に鈴に恭介、それに謙吾……」
「なっ……」
真人の口から飛び出した言葉はあまりに衝撃的だった。
彼の言葉を信じるなら謙吾もすでに死亡してここに連れて来られたということになる。
そしてそれが真実なら――環自身もすでに死者であることの証明だった。
「だからわたし達はSSSという組織を結成して神への反逆を企てようとしているのですよ。生きているときに理不尽な運命を課せ、死してなおも理不尽な運命を課す神を討つために」
「………」
「さあ! あなたもわたし達とともにゆりっぺさん、いえ同志仲村ゆりの元へ参りましょう!」
狂信者のように演説をして環に手を差し伸べる高松。
彼は全く悪意無く純粋な気持ちで神への反逆の正当性を説く。
「……こんな話をまともに聞こうとした私がバカだったわ。もういい、消えなさい」
あきれきった表情の環は手に持っていたAK-47を高松に向けると躊躇無く引き金を引いた。
至近距離で放たれた無数の礫が高松の至高の筋肉に深々と突き刺さる。
あまりに突然の環の凶行に高松は成すすべがないのだった。
「ぁ……が、ふっ……!」
「高松ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
崩れ落ちる高松の身体。それを抱きとめる真人。
環が放った礫の群れは高松の筋肉を手の施しようのないぐらい破壊し尽されていた。
「ぁ……井、ノ原さん……」
「喋るな今手当てを……!」
「す、すみま、せん……この傷は、致命……傷です……心配、しないでください……その内生き返りますから」
「強がってるんじゃねえ! 生き返ると言っても痛みはあるんだろうがっ!」
「はは、馴れてますか、ら」
「高松ぅ……」
ゆっくりと高松の身体から力が抜けてゆく。
真人はその光景を成すすべもなく見守っていた。
「悔しい……です。わたしの……筋肉が、銃に負けるのは……」
その言葉を最後に高松は息絶えた。
環は肩で息をしながら残された真人と対峙する。
「タカ坊も雄二もこのみがとっくに死んでいる? 寝言は寝てから言いなさい。あ、死んだら寝言も言えないか」
「てめぇ……よくも高松を……! この落とし前はきっちりつけさせてもらうぜぇ……」
「…………」
AK-47は弾切れを起こしてしまっている。
予備の弾倉はあるが再装填する余裕なんてない。
「殺しはしねえよ……少しばかりおねんねしてもらうぜ……」
「(ちっ……宮沢君早く着なさいよ……ッ)」
拳を鳴らす真人の巨体。
格闘で環が真人に勝つのは不可能である。
いや、銃に弾が装填されていたとしてここまでの距離で真人を無力化するのは難しい。
頼みの綱は謙吾だけだった。
「――そこまでだ真人」
今にも環に飛び掛らんとする真人の背中に冷たい金属の感触が伝わる。
かつての真人の親友は低く感情の無い声で真人に散弾銃の銃口を向けていた。
「宮沢君遅いのよ……てっきり逃げたと思ってたわ。でも、その様子だと覚悟はできたようね」
「……覚悟なんてとっくにできているさ」
「てめぇ……どういうつもりだ……謙吾ォォォォッ!」
「見ての通りだ真人、お前の怒りも哀しみも憎しみも俺が全て背負ってやる。だから理樹のことは任せろ」
親友が自分に銃を突きつけている姿が真人は信じられなかった。いや、信じたくなかった。
だが謙吾の「理樹は任せろ」という言葉の意味はよく理解できていた。
「おい謙吾ぉ……お前たまに俺よりバカになる時があるのは知っていたがここまでバカだとは思わなかったぜ。答えろ謙吾ォッ!」
「ぬかせ、お前にバカ呼ばわり筋合いはない」
「ンなこたわかってんだよっ! そんなことして理樹や鈴が喜ぶと思ってんのかよ!」
「もちろん哀しむだろうな。だがお前のような馬鹿でも恭介のように器用でもない俺はこうするしかない。理樹を生き残らせるためにはお前や恭介……そして鈴も殺す」
「このバカヤロウが……!」
「ああ、お前の言うとおり俺は馬鹿者だ」
「そこまで分かってるなら銃を降ろせよ謙吾ぉぉぉッ」
「……それはできない。俺はすでに人を殺している。それも全く無抵抗の少女をな」
哀しみを称えた瞳で謙吾は己の犯した罪を淡々と告白する。
まるで自らに対する罰を与えるかのように。
「あの子に言われたよ。自分一人まともに殺せない人間が理樹を守り抜くことなんてできないって。俺の決意はそんなものなのかと」
郁乃が遺した呪いは謙吾を蝕み、親友すらも飲み込もうとしている。
それが郁乃の命を奪った謙吾の代償。止められぬ哀しみの連鎖。
「分かっただろ……ここで俺が揺らげば彼女の死が全て無駄に終わる」
「一人でカッコつけてんじゃねえよ……! 良いこと教えてやるよ……ここは死後の世界で、俺達はとっくに死んでいて、ここで死んでも後で生き返るってな」
「なんだと……?」
真人が口にした思いがけない言葉。
死後の世界。
死者の復活。
どれも信じられない言葉である。
「俺も高松からその話を聞いたときは信じられなかったけどよ、思い出したんだよ……俺達が死んだ原因を」
「な、に……?」
「忘れてるなら教えてやるよ――修学旅行の日、俺達が乗ったバスが崖の下に落っこちたことをなぁっ!」
「!?」
「落ちた時はまだみんな生きてたよ。だけどみんな骨が折れたりしてまともに身動き取れねえ、救助が来れば全員助かるはずだった」
「真人、黙れ」
「ははっ、その様子だと知ってるようだな。だけど俺達は全員死んじまった……バスから漏れたガソリンに火がついてみんな木っ端微塵だ!」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇっ! 『まだ』バスは爆発していない! 時はあの時で止まったままだッ! 俺もお前も理樹もまだ生きている……! 奇跡はまだ続いているんだ!」
奇跡はまだ起き続けている。
だが奇跡はいつまでも続くはずがない、だからその為の準備をあの世界で謙吾達は長い時を繰り返し続けている。
いつか迎える奇跡の終焉の時、残された理樹と鈴が強く生きていくための準備を。
知っているのは謙吾と恭介のみ、残りの皆は作られた幻想世界で真実を知らぬまま日常を送っている。
真実を知らない真人の言葉が本当ならば奇跡がすでに終わっていること他ならない。
それは謙吾の決意を根底から覆してしまう事実。絶対に認めるわけにはいかなかった。
「それに死んだ人間が生き返るだと? ふざけるな真人ッ! あの子が……あの子が生き返るものか……割れた西瓜のように弾け跳んだあの子の顔が元通りになるわけないだろォォォォ!」
「謙吾……」
涙を流し咆哮を上げる謙吾を真人は見つめ続けていた。
少し立場が違えば真人もまた謙吾と同じ行動を取っていたかもしれない。
真人は謙吾に向き直るとあぐらの姿勢で道路に座り込んだ。
「けっ……わかったよ謙吾。俺の命、てめえにくれてやるよ。でもな謙吾……俺や恭介はともかくお前は鈴を撃てるのか?」
「……っ」
「ほら迷ってるじゃねえか、なるほど……てめぇが殺した女の子の気持ちが今ならわかる気がするぜ……」
「真人……」
「まだ――間に合うぞ。今ならてめえの顔面一発ぶん殴ってチャラにしてやるよ」
「すまない、真人……」
「……ほんと不器用なやつだな謙吾は。俺ぐらいバカならここまで苦しまなかったのによ。そこまで言うなら死んでも理樹を守りぬけよ。あいつを途中で死なせたら絶対化けて出てやるからな」
「ああ……理樹は絶対守ってやる」
「はん、できればそこは理樹と鈴にして欲しかったけどな」
謙吾は真人の鍛え上げられた胸板に照準を合わせる。
せめて顔だけは綺麗なままで。
真人は目を閉じ仄かな笑みを謙吾に向けて最期の言葉を紡いだ。
「じゃあな――謙吾。理樹を頼む」
■
空は赤く染まり灰色の街並みも空と同じ色に染まっていた。
まるで世界が燃え落ちるような色。真人の亡骸は仰向けに大の字に寝そべるように横たわっている。
その顔はどこか満足そうな笑みを浮かべ眠っているように見えた。
全てが終わった後、謙吾と真人を見守っていた環が初めて言葉を発した。
「ほんと男の友情って暑苦しいわね……タカ坊と雄二もあんなのかしら」
「どうした向坂。死者に対する感傷は持たないんじゃなかったのか?」
「別に……そんなつもりじゃないわよ。ただ私にもいずれこうなる時が来たらどうしようかって。私の場合守りたい人が複数人いるから」
「……誰を最終的に生き残らされるか決めているのか?」
「いいえ、まだよ」
「決めるなら早めに決めておくことだな」
「命の優先順位か……嫌な言葉」
「何を言うか、俺もお前も地獄の底まで付き合ってもらうぞ」
「あら、私の事を嫌いだと言ったばかりなのに」
「ふん……」
環は謙吾の前に回りこむと小首を傾げ、上目遣いで謙吾を見て言った。
「それと、私のことは環でいいわよ? 私も貴方のこと謙吾って呼ぶから。ふふっ、地獄まで付き合ってもらうって言われたんですもの。他人行儀な呼び方なんてつれないわ」
「……勝手にしろ」
そして二人は道路に横たわる二体の亡骸を一瞥した後、歩き出した。
「ねえ謙吾」
「何だ……?」
「彼――井ノ原君が言っていたバスの事故って本当なのかしら」
「……さあな。どうせ奴の妄言だ。気にすることはない」
「嘘。あの時の貴方どう見ても動揺してたわよ」
「…………」
謙吾は環の問いに一言も答えなかった。
「あら、だんまりかしら。まあ別に私も深く詮索しないけど」
口ではそう言いつつも胸の奥底に残る小さなしこり。
高松の言っていた死後の世界と死者の復活。どれも正気の沙汰でなく信じられるものではない。
だが真人の言っていたバスの転落事故。これは謙吾の反応から間違いなく事実で謙吾もその事故に巻き込まれていることは伺える。
だが謙吾は『まだ』バスは爆発していないと答えていた。
もしバスの爆発が本当なら謙吾も真人も高松は死者であり、環自身も蘇った死者であることを認めざるを得ない。
「蘇る死者か……」
生ける死者が持ち込んだ死者蘇生の理。
それはゆっくりであるが他の生者に広がりをみせつつあった。
まるでウイルスの如く感染してゆく復活幻想。
この島に蔓延る殺戮遊戯とは異なる狂気が人から人へと伝播する。
【時間:1日目午後5時30分ごろ】
【場所:G-3】
宮沢謙吾
【持ち物:ベネリM4 スーパー90(5/7)、散弾×50、水・食料二日分、不明支給品(真人)、インスリン二日分】
【状況:健康】
向坂環
【持ち物:AK-47(0/30)、予備弾倉×5、USSR
ドラグノフ (9/10)、不明支給品(高松)、予備弾倉×3、水・食料二日分】
【状況:健康】
高松
【持ち物:無し】
【状況:死亡】
井ノ原真人
【持ち物:無し】
【状況:死亡】
最終更新:2011年09月09日 02:12