『悪魔のせいなら、無罪。/Just The Two Of Us』








 悪魔。
メムメムの仕事は、人の魂を狩ることだった。
──その狩り方というのが、寝ている男を淫乱で誘惑し悩殺……と、言わば『淫魔〈サキュバス〉』だ。
サキュバスといえば、顔を埋める程の豊かな胸、そして露出の多いビキニ姿…と艶麗な見た目を想像するものだが、──メムメムは淫魔要素皆無な姿。
二頭身で、露出0な黒のパジャマ姿、ぱっと見はコスプレした幼稚園児。
淫魔どころか、悪魔要素さえ背中の羽とツノくらいしかない彼女は、当然今まで魂を狩ったことなど全くない。
故に、悪魔界でのメムメムの扱いなんて蚊よりも不遇であった。
『カーストピラミッド』を上下逆さまにして直角部分(最底辺部分ともいえる)に位置するのがメムメム。
ある意味で唯一無二の彼女が、殺し合いに参加させられた時。
心に余裕がないのは分かるが、当然【対主催】として行動するはずなどあるわけなかった…────。


「…最低、二人だけでもいい…! 二人分魂を手に入れれば、先輩からご褒美をもらえるはず! …ふふふっ! ふふ…」

「あたしは殺しあいに乗るぞーーっ!! 頑張れあたしぃーーっ!!!」


…幼い見た目に騙されてはいけない。
メムメムはクズ。──精神だけは立派な悪魔だった。




……
 ぷかぷかと、闇夜に紛れて空を飛ぶメムメム。
上空から無人の街を見下ろす悪魔は、「はぁぁぁ~~……」と憂いていた。


「うーーん………。中々いないもんだなー……。バカそうな参加者さん」


悪魔、…といえど魔界からの注文道具がなければハムスター一匹さえ勝てないメムメム。(その注文道具を使っても有用できた試しは一度もないのだが。)
彼女もそのことは分かっているので、直接攻撃による殺害は一切視野に入れていない。
そうなると考えつく殺害方法は一つだった。
絶望的に頭の悪そうな参加者へ【マーダー】を唆し、楽に魂を手に入れるという──『殺人教唆』。
ここまでくるともはや悪魔どころかただのカスだが、メムメムには道がそれしかなかった。


「…あっ! アイツに頼もっかなー。……いやダメだぁ! 明らかにあたしより強そうだし賢そう……! もうっ、くそ!!!」

「……あ、また参加者発見…! 話しかけよう~と……。──…って、………死んだし。くそおっ!!!!」



「……………もう、周り見ても誰一人歩いてない…。ここまで見つけた人間二十五人……。みんな揃ってあたしより頭良さそう……………。うっ、う……」


「うわぁあぁぁあ~~~~ん!!! 最初から分かってましたよぉ~!! あたし以下のアホなんていないことくらい!! ちくしょー…、ちくしょおおお~~~~!!!! うわぁあ~──……、」



前方注意────電柱。


 ゴツンッ

「ぐへっ!!!!!」



「…………。……うっ、ぐすん。ひぐっ。ずずっ……。うぅ……………」



 このときぶつかった痛みは、なんだかいつもに増して身体によく染みていった。
やろうとしてる事がしてる事の為、本来なら全く同情できないクズの涙だったが、メムメムの妙な哀愁が気の毒さを醸し出す。

自分はこんなに頑張ってるのに、現状を良くしようと必死なのに……。
いつも理不尽で窮屈なこの世に、メムメムは自分が嫌で嫌で仕方なかった。
いつしか、飛ぶことも忘れフラフラよろめきながら落ちていく。
そしてハタリ…と。
嗚咽を止めるのに夢中だったメムメムは、力なく着地したことに長い事気付かなかった。


ただ、それはまるでパズルの1ピースがちょうどハマったかのように。
吸い寄せられるが如く、ポンコツ悪魔が着地した先は─────、


「あれ~っ?! ちょっと大丈夫ですかぁ~!! こりゃやばい…! 誰かぁーー!!! 救急車!! きゅ~きゅ~しゃ!!!」


────バカの頭の上だった。



「…ひぐっ! うぐうっ!! げしゅんっ!! …もうやだ~~………」

「泣かないでくださいよ~~~!! 大丈夫ですから!!」

「…────ひっ! ヒ、ヒ、ヒィィッ!!?? きょ、巨乳だぁあああああああああ!!!???!! ひゃあああああぁぁぁあああ!!!!!!」

「………へ?? どうしたんですかぁ~~??」


何だかと何だかは惹かれ合う…とよく言うものだが、藤原千花とメムメムはこの時出逢ってしまったのだ。


………
……


「へえ~~っ!! 悪魔、ですかぁ~~~!!!」

「…はい。とゆ~わけで……、千花には殺しの方、よろしゃっすっ!!」

「…分かりました! チカっとたくさん魂を集めて、メムちゃんにご奉~仕させていただきまーすっ!!」


 おつむが悪い同士なだけあって意気投合はあっさり早い。
支給武器『護身用ペン』を回し歩く藤原書記と、追って浮遊するメムメム。──まるで新世界の神&死神さながら二人だが、彼女らに心理戦は難しいだろう。
マ~ダ~二人組は、居酒屋密集地の小汚い横丁を歩いていた。


「ところでメムちゃん────ッ」

「…は、はひぃ?」

「『紅生姜』ってぇ~、あれ実は大根の千切りじゃないって知ってました?」

「……え? そりゃ、生姜じゃないすか…?」

「おっ!! さすがメムちゃん! 私最近まですっぱ辛い汁に漬けた大根だと思ってたから、発見してびっくりしたんですよー!」

「…………。──ゴニョゴニョ(…よしよし。ドン引きレベルだけど、こいつバカだ…! わーいっ!!)…。…そら、すごいすね……」

「……あっ、メムちゃん。言い忘れたけど、私結構地獄耳だから。小声でも悪口はやめてくれないかなあーー」

「ぎくっ!!!! いきなり目の光消えて怖っ!!! …す、すませんっした~っ!!!」


…酷い会話であった。
──ただ、話が進むにつれ、藤原書紀がメムメムに一歩ずつ立場がリードしているように感じる。
見た目は花畑そのものの書紀ちゃんではあるが、腐っても秀知院学園生徒というわけか。
気づけば、メムメムは絞りきったかのようにしょぼくれていた。


「…てゆーか……、『紅【生姜】』って思いっきり書いてるじゃん………」

「おお~っ! メムちゃん選手、小声禁止令を出され、ついに堂々と毒を吐くようになりましたぁ!!」

「……ま、ともかく!!! 千花はちゃんとたくさん殺してくださいよっ!!!」

「もうメムちゃんったら~! わざわざ釘を刺さなくても分かってますよー!」


──やたらやる気満々な藤原書記だが、二人合わせて武器がペン一つという現実を、恐らく気付いてないから自信満々なのだろう。

 羽虫がたかる自動販売機二台を通り過ぎて、歩く藤原書記一行。
自販機奥には、小さな駐車場スペースがあり、大きな看板を照らすライト以外、暗黙曇天の寂しい場所であったのだが。


「ところでところで、メムちゃん! ダチョウのステーキって──……、」

「…はぁ。なんす──……、」




「「────あっ………!」」


看板に寄りかかるように、そこには『参加者』が一人座っていた。──いや、うずくまっていた。
バチッ、チカチカッ…。
調子の悪いライトで、照らされては一緒陰に包まれを繰り返すその男は、震えて震えて、そして嗚咽を漏らし泣いていた。
その泣き様は、先ほどまでのメムメムを思い出させるが、奇遇にも彼女同様、男は『性格とは不相応な見た目』をしていたのだ。


「メムちゃん、敵を発見しましたー!! ただちに魂回収へ取り掛かります!!」

「えっ??!」


というのも。
座っている状態でもはっきりと分かる男の圧倒的『体格』、そして『筋肉』。
まず男の体格だが、恐らく二メートルは越えよう超巨漢。
頭の茶髪、そして時折発する英語の嘆きから、外国人であろう男。──その丸太のような腕はもはや三割三十本の助っ人レベルである。
そして、衣服越しでもはっきりと盛り上がる筋肉。肩幅は広く、屈強にも程がある肉体美。
背中はごつごつと石のようだった為、頭を抱えて微動しか動かないその姿はまさに石像だった。


「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!! バ、バババ、バカですかぁ??!!!」


そんな怪物へ、果敢に藤原書記は挑もうと言うのだから、当然メムメムは止めにかかる。
いくら精神がすり減ってる様子の男とはいえ、無謀にも程があるだろう。


「バカすぎっすよ??! 千花絶対敵いませんって!!! 人を選びましょうよ!!!」

「大丈夫だいじょぶ~♪ それに困ってる人がいたら声を掛けるってのが人情ってやつですよ!」

「人情も欠片もないゲーム今やらせてますがねっ??!!」


藤原書記の前でピカピカ角を光らせたり、脚を必死で食い止めたりと、妨害に全力を出すメムメムだったが、──…徒労に終わる結果だった。
大男の肩をポンポン、と叩いた藤原書記は、ペンをテクニカルに回しながら語りかけ始める。


「…あー……、ハロ~! ウェルカム・トゥ・シブヤ! 大丈夫ですかぁ~~~?」

「……Oh、what's?」

「私、藤原千花と言いますー! こっちは悪魔のメムメムちゃんでぇ~~、一緒に今殺し合いをしてるんです~!」

「こ、殺し合い…デスか………」



「(…なっ?! ば、バカにも限度があるっすよ!!! こいつに話しかけるのは百歩譲るとして、なに殺すことバラしてんすか??!!)」

「(あっそうでしたね~~。それにしても外国人が日本で寂しく一人…という状況…。まるでロスト・イン・トランスレーションですよメムちゃん!)」

「(いや知らないわ! 何の話してん──……、)」



「うっ、あぁ、わァァァァァアアアアァァァァァァ………ッ!! ワァンアァン……!!! Ohhhhh! ァァァア………」


「「わっ??!! びっ、びっくりしだぁ!!!!」」


 何が起因となったか、大男の突然の大号泣にたじろぐ二人。
腕に顔を押し付け、頭が痛くなるぐらいに涙を放流する男。

────彼を前に、ポンコツタッグは何を思うか。二人の移した行動はまるで対照的だった。
元々戦意なんてなかったが、完全に闘う顔を失ったメムメム。
その一方で、千花は再び大男に近寄り、保育士のお姉さんのように優しく声をかけるのであった。


「……大丈夫ですよ! なにがあったか、話してください!! 私が受け止めてあげますから!」

「……ち、千花……。(コイツ…………! もう逆に尊敬するわ………!)」


「…………ズズッ……。殺し合い…………、……。…フジワラさんは自分が『何のために』参加させられたか……、分かりマスか?」

「………う~~~ん? 役割、ですかぁ~…」

「ワタシは分かりマス………。自分の『役割』が………………。トネガワさんは、力が強くて屈強なワタシに『これをしろ』と言いたいのデショウ…………」

「「……と、言うと?(…あっ、バカと被っちゃいました! byメムメム)」」



「『殺し役』──をやってほしいようデス…………。ワタシに………──」

「──……だけど、ワタシは絶対に人殺しなんかしたくない……………………!!──」


「──フジワラさんとメムメムちゃん、カナちゃんに…男女問わず誰も手にかけたくないっ…!!!」



「「…………………………」」



「ダカラ、辛いんデス…………。ワタシは……………………」



大男の気持ちが痛いほど伝わる駐車場。
沈黙がしばらく独壇場を続ける。

…藤原書記がここで思い出されたのは『泣いた赤鬼』。有名な絵本だった。
見た目は凶暴な鬼だが、心はとてつもなく聖人で。怯える子どもたちとどうにかして友達になりたい優しい鬼の話だ。
あの絵本では、見かねた青鬼が彼のために一役買ってでる…というシナリオが続かれたのだが。


(……………………よしっ…)


名前も知らぬ大男を救うため、「ならば私も」と。
藤原書記もまた行動に出るのであった────。


スマホからYouTubeを開くと、お気に入り動画欄から速攻タップ。
広告をスラっとすっ飛ばしたのち、動画が始まるとなると、彼女は大男の隣に座り込む。


「えっ?? 千花、何を──…、」


静かで哀しかった駐車場にて、一つの洋楽が流れていった……────。



 …~~♫



────藤原書記のダッミダミな歌声とともに。YouTubeと、彼女の口。二つから奏でられる。





 ♪うぃがるみ~~~~~~

 ♪どろ~~~んと、どぅ~~~い~~~……




「…は??! な、なにしてんですか!! 千花?!」


 バカの突拍子もない行動…。
メムメムは当然ながら、大男もまた意表を突かれ彼女の方を振り向いた。
一体、藤原千花という『カオス』は、何を考えているのか。
間もなく、曲はサビに突入する。


 ♪…じゃ~すたぁ~~~、とぅざあ~~~す

 ♪うぃっけんうぃっきまいまいほ~~~↑~~~↓

 ♪じゃすたとぅざあ~~す…♪──


「──ジャスタートゥザアース!!!(裏声)♫」



お世辞にも上手いとは言えない美声が、この街を轟かせる。
エアマイク片手に、──勿論小指を立てて歌う藤原千花。
しばらくして。
曲の歌い途中ではあったが、彼女は『自身の考え』について遅ばせながら説明を始めた。


「…ふ~んふ~ん♪ 外国人さん! 泣かないでください!!」

「…エ?」

「悲しいときは歌えばいいんですよっ! 歌には不思議な力があります! 悩んでるときはまず歌えば、バッと気が晴れるものなんです!!」

「…エ? エ? で、ですガ……」

「まぁまぁ! ご遠慮せずに!! 私の好きな歌なんですから!! ほら!」



 ~♪


 ♪じゃぁ~すた~~とぅざあ~~す

 ♪うぃっけんみっきは~うは~うは~~~う♪



「…………………っ──」

「──♪𝒋𝒖𝒔𝒕 𝒕𝒉𝒆 𝒕𝒘𝒐 𝒕𝒉𝒆 𝒖𝒔 ♫ 𝒀𝒐𝒖 𝒂𝒏𝒅 𝑰……♫」



「おお~~~っ!! ネイティブ~~!!!」


少女と大男の歌声。
深夜の駐車場というエモさ感じる場所と、しんみりした80'sジャズソングが妙にマッチし、心地良さが溢れてくる。

間奏──つかの間の休息タイムが始まった際、いい機会だからと。男の自己紹介が始まった。



……
「…へ~~! ──『マイク』さんって言うんですねーー!! カナダってすごい遠くの国じゃないですかー!」

「…ハイ! …このジャズソングも、カナダではポピュラーで、死んだリョージさんと…よく一緒に歌ったんデス……!」

「あー! だからあんなに上手かったんですねえ~~!! 聞き惚れちゃいますよ!」

「イエイエ…! フジワラさんもキュートな歌声デス」


大男──マイク・フラナガンと、コミュ力バグりまくり──藤原千花の和みっぷりといったら、傍から見ても微笑ましいくらいだった。
────これが殺し合い中でなければどんなに良かったことだろう。
二人は悲壮感など関係なしに、陽気に歌い続ける…。


フォン…フォン…と。
──電光に飛び交う蛾は、二人をどう見たか。

『just two of the us』の残り再生時間はまだまだ終わりを見せない様子だ。





…~♪






「…バカバカしい。……呆れた」


 気づけば完全に忘れられてる自分であるが、もうそんなことはどうでもいい。
メムメムは蛾をなんとか通り越して、上空へと飛び上がっていく。
次なる獲物…もとい殺人代行者を探すために……。

──というか、メムメムってクズっちゃクズだけど、この場じゃかなりまともな部類の方ではないのか。



【1日目/E3/上空/AM.0:46】
【メムメム@悪魔のメムメムちゃん】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】???
【思考】基本:【奉仕型マーダー→魂集め】
1:アホそうな参加者をマーダーに誘導して、魂を集める。
2:バカ(藤原千花)は見切った。つか殺しのこと忘れてんじゃねーーよ!!!


【1日目/E3/小さな駐車場/AM.0:46】
【藤原千花@かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~】
【状態】健康
【装備】護身用ペン@ウシジマ
【道具】???
【思考】基本:【静観】
1:マイクさんと歌う。

【マイク・フラナガン@弟の夫】
【状態】軽い心労(回復傾向)
【装備】???
【道具】???
【思考】基本:【対主催】
1:フジワラさんを守る。
2:殺しは絶対にしたくない。


前回 キャラ 次回
023:『夢で逢えたなら… 025:『コーミックナイト
メムメム 052:『Darling,Darling,心の扉を
藤原書記 031:『クマとリボンと音楽少女(終)
マイク 031:『クマとリボンと音楽少女(終)
最終更新:2025年07月18日 23:36