『コーミックナイト』
「♬らら~ら~~らら~~、ら~らら~らら~、ら~~ら~~らら~~、ら~↓ら~~~↑」
空は青く澄み、雲は強風で流れていく…。
風に全身をコーディネートされる乙女──小宮山琴美は、飛びゆく花と共に乱舞を飾どる。
「朝起きて~~、『あーあ今日も憂鬱…』…そんなのダメでしょう~~?♬ 楽しい毎日~! 素晴らしい人生を遊ばなきゃ~~~♬」
黄色、白、桃色……、色とりどりの花畑にて、彼女は踊った。歌った。微笑んだ。
奥には滝が水しぶきをあげ、下流へと川が愉快にせせらぐ。
水の流れる音と共にやってきたのは「ちゅんちゅんっ」── 一羽のオオルリ〈幸せの蒼い鳥〉。
陽気に羽ばたく鳥は少女にこう問い掛けた。
『やぁお嬢さん~♫ なにやら楽しげな雰囲気だね!』
「! …ふふふっ! やっぱり~分かるかな~♬」
『どんな幸運が迎えてくれたのか、わたしに教えてくれないかね~♫』
「ちょ~~っと!! それはダメ♫ だって恥ずかしいのよ~~~~♬」
「…?」といった様子で首を傾げるオオルリ。
鳥は用事を思い出したのか、遠く羽ばたいていったが、彼の青い羽が琴美の頭にフワリ乗っかる。──置き土産代わりといったところだろう。
歌う天使、小宮山琴美。
赤く染まった頬を両手で挟む彼女は、幸福に包まれた『理由』を言わなかった。
いや、言えなかった。
〝恋が叶いそうだから、舞っちゃった。〟──なんて、恥ずかしくて言えやしなかった。
「夢が叶う瞬間~~~、きれいな空~~、明るい太陽~~~♪」
「かけぬけろ~ホームまで~~~…」
「おぎ~~~~の~~~たか~~~しぃ~~~~~~~~~~~~↑↑↑♬」
くるりっと一回転し、天を仰ぐ琴美。
ピアノの伴奏が止まる中、恋する乙女はキラキラキラ…と一人スポットライトを浴びるのだった。
────否。この場にはもう一人いる。
「…………………………!!!(ガタガタガタガタ…」
「……あっ…」
躍る琴美を前にして、震えるしかできずにいたのは絶世の美女──古見硝子。
暗い夜。無人のスターバックス店内にて。
二人の『こみさん』はこうして対面した────。
「…うわっ。恥ずかし……! ごめんね…っ!! 今の全部見なかったことにして!!」
「…………………っ…!(スラスラスラ」
{{こ、こちらこそ一人ミュージカルを邪魔してすみません……。}}
◆
古見さんは、コミュ症です──。
声一つ発するのさえ苦手な古見さんは、いつもノートを持ち歩いている。
要は筆談が彼女唯一のコミュニケーションツールなのだ。
{{…只野くん、なじみさん、山井さんの三人……。}}
{{私の大切な友達がここのどこかにいるんです。}}
「ふーん。ふんふん…。只野くん、ねぇ。待って、今メモするからさ」
──故に、スラスラスラーッと名前をメモする琴美の行動は意味があるのか。
自己紹介を軽く済ませた二人は、カウンターテーブルに座り、暫し『見』に回っていた。
グランドホテル三階に位置するこのスタバな為、目の前のガラスからはネオンの夜景が一望できる。
古見、そして琴美。
互いに言葉は交わさずとも、『とりあえず今は待機』という共通認識はシンパシーしているようで、今は特に動かずいる。
変に動いて殺される…だなんてたまったものじゃないだろう──と。
珈琲の湯気が立ち昇る中、二人は談笑のみをするのだった。…談笑と言っても、声は一つしか聞こえないのだが。
{{…そういえば、小宮山さん。一つ質問いいですか?}}
「あっ? ん、なに?」
{{……正直、今…、楽しい気分なんですか?}}
「…えー? そんなわけないじゃん! 今殺し合い中だよ? やばい気持ちしかないって!」
琴美は軽く笑いながらそう答えた。
……ならば何故?、と。
なぜさっき一人で物凄く幸せそうに歌っていたのか??
あれはハッピー過ぎて有頂天な様子に見えたのだが………、と内心、古見さんは疑問で膨らんでいた。
琴美本人から「タブーにして!」と言われていたので、これ以上掘り下げることはできないのだが…。
これも何かの伏線として後々回収されるものだろうか。
…今はまだ、見 に回るだけでいる。
『ちょっと! ねえ、コト。さっきから誰と話してるの…?』
「…………………っ!!!!(びくっ」
そんな折、なんの前触れもなくして第三者の声がこの場に響いた。
二重の意味で人と会いたくない古見さんは、電気ショックを受けたかのように怯え散らす。
彼女に走る、戦慄。一閃。
支給武器であるコルク入りバットを慌てて掴みキョロキョロ…と。手汗が滲んでパニック寸前だった。
要警戒を高める彼女とは対照的に、琴美は随分と落ち着いた様子。
いや、むしろ笑顔を見せて楽しんでいる様子だった。
彼女のメガネが視線を飛ばす先には、第三者の顔……。
────おさげで、琴美らと同い年くらいの少女が、『四角い薄板』に映っていた。
「あはははー。ごめんごめん! 伊藤さんと通話中なの忘れてたよ」
『…ねえコト。もう切っていい? 明日学校だし……、私眠いよ…』
「いや?! 切らないで?!!!! 私を一人にしないで伊藤さん!!! 一人じゃ心細いからビデオ通話にしたんだからさ!!!」
『…よくわかんないけど、誰かが近くにいるようだし、一人ではないんじゃない?』
「いや………。これは、また別腹みたいなものだし…………」
琴美とライン通話を交わす──伊藤さん…と呼ばれた少女はアクビ混じりのため息を漏らした。
改めて振り返るが今現在はド深夜。
伊藤さんの表情から察するに、熟睡している途中いきなり琴美から電話がかかった、的な様子だが、…なんと傍迷惑なことだろう。
ただ、基本和気藹々と会話する様子や、文句を漏らしつつも通話を切らないところから、琴美と伊藤さんの仲の深さが見受けられる。
琴美のスマホをチラっと覗き見し、ようやく安静に至った古見さん。
「あぁ、よかった。参加者じゃなかった…」と、そっと胸を撫で下ろすのだった。
『…えっ?! 今の誰?? もしかしてさっきまで話してた人……今の美人さん??』
「あぁ、紹介遅れたね。彼女は古見さん。いい人だよ」
──絶世の美女を前に、伊藤さんは分かりやすく驚きを隠せなかった。
『美しい花には棘がある』…と言ったら多少ズレてる感はあるが、コミュ症とはいえ古見さんは千年に一度クラスの整った容姿。
顔、体型なにもかもが完璧で、男女問わず虜にする奇跡の産物だ。
ゆえに、地味ーズの一人である伊藤さんはその輝きを前に、ヒソヒソ…と琴美に不安を上げるのだった。
『(…コト。なにで知り合ったのか知らないけど、さすがにこの人相手なら……私も緊張する…)』
「(…大丈夫だよ! 確かに見た目は派手ーズだけど……、中身は結構私ら寄りだからさ)」
『(…私ら寄り……?)』
「(うん、私ら寄りだから)」
「ねえ! 古見さーん、これ私の友達の伊藤さん。古見さんも自己紹介してよ!」
ビクッ。
急に話しかけられた上に、スマホを顔近くまで押しつけられ古見さんは一瞬狼狽えた。
が、落ち着きをさっさと戻した彼女は、琴美の指示通り自己紹介を始めるのだった。
…ペンを手に取り、ノートにサササーッと書いてゆく。
『えっ?? なに?? え??』
二秒ほどして、スマホに向かって書いたノートを見せつけ始めた。──割と速筆な様子だ。
彼女が何をしてるのか全く理解できない伊藤さんはこのとき、新元号発表するのかな?と思考がショートしていた。
「……………………!」
{{私は古見硝子です。小宮山さんとはさっき出会いました。伊藤さん、よろしくお願いします。}}
『………………………えーー…』
四十七秒以来、二回目のヒソヒソが始まる。
『(……私ら寄りって…、そういうこと??)』
「そう! はははっ、面白い子だよね古見さんは!」
『(…ちょっとコト、声大きいって!)』
「…これはー、あれだね。映画のさ…『●の形』みたいな? あの映画もしょうこちゃんだったしね」
『……それそうやってネタにしていい映画じゃなくない??』
…伊藤さんの背後に集中線のような物が見えたのは気のせいか。
表情オンリーワンといった様子の伊藤さんだが、その顔はどこか軽く引いてるようだった。──琴美に対して。
数十秒ほどのヒソヒソ声の後。
少々苦笑いつつも、「まっ受け入れるか」、との様子で伊藤さんはノートの彼女に話しかけた。
『…とりあえず。古見さん、コトをよろしくね』
{{…! は、はい!}}
『会ったばかりだから分かんないと思うけど……。コトってさ、悪い人じゃないけど…ヤバい人ではあるから、変なことしたら遠慮なく注意していいよ』
「ちょっと伊藤さん!!!? 私悪くもヤバくもないんだけどっ!!!!」
『…あっ、こっちの話だからコトは気にしなくていいよ』
「するよっ!!!?! スマホに映る少女は毒舌ドSキャラで、そんな相棒と共に苦難に立ち向かう私……。──私らはカゲロ●デイズかっ!!!! 伊藤さんはエネかっ??!!!」
『…ね? ヤバイでしょ? 古見さん遠慮なくドン引いていいからね。私が許可するよ』
「………………………~~っ…」
{{…反応に、困ります…………。}}
伊藤さんの軽い微笑みに、古見さんは言葉を失うまでだった。
いや元から喋ってなんかないけども。
…
……
………
あれから暫く時間が経る。
カフェインと緊張感のお陰で、夜更けになっても眠気は来なかったが。
頬杖をついて窓からの景色を眺める古見さん。
カフェ内にて響く音は小さなピアノジャズと、──それとコト&伊藤の話し声のみ。
…正直、この時間まで通話を続ける伊藤さんもちょっとヤバい奴に感じた。
(………はあ…………………)
(只野くん…………)
(…どこにいますか……? 只野くん………………)
古見さんが想いに耽るは友人・只野仁人。
バス内にてたまたま隣の席だった彼は、震える自分へひっそり声をかけてくれた。
〝僕が探しに行きますから…! 待っててください……! 古見さん……!〟
と。
思い返せば、彼との初めて出逢った時も『隣』。
隣の席にいた至って普通の男子生徒が、期待していなかった自分の高校ライフを変えてくれたのだ。
彼なら。
只野くんなら、また私を救ってくれるはず。
只野くんとなら、グッドエンドで殺し合いを終えれるはず。
だから…、
(今、どこにいますか………。私はここですよ……!)
(只野くん………………)
この思いが……。どうか伝わりますように──、と。
古見さんは真っ暗な夜空をただ、ただ眺めていた。
ちょうどその時、願いの女神『流れ星』が一つ。夜空を駆け抜ける。
「あっ!! 流れ星だ! 見た? 古見さん」
{{あっ、はい! …きれいでしたね。}}
『ちょっとコト! 急に話題変えないでよー…。コトがロッテの勝率調べろって言ったから今検索したのに』
「はは…。まぁまぁ、伊藤さんそれはあとで……!」
ところでさー、と琴美は口を開く。
テーブルに肘を付け、顎を掌に乗せて、ふと古見さんの隣。
スマホ片手に彼女は古見さんに他愛もない疑問を投げかけた。
「古見さんって願い事…なににした?」
{{……え? あっ、はい。『みんなが幸せになりますように』…みたいな、です。}}
「…ぶはっ!!! ちょっと何それ~!!」
『…何それ、はないでしょ……。普通に優しくて良い願い事だと思うよ』
「いやいや~!! 確かに優しくてココロ温まるけど……すっごい無欲じゃん!! それが面白くてさ~~」
何が面白いのかさっぱり分からなかった。
無欲と言うが、たかが流れ星一つにどんだけの願欲を託すつもりなんだ、と。
古見さんら二人はこのとき思った。
このとき、は。
「私ならさ、まず『叶える願いを五つにしろ!!』って言うね」
『えっ、まだこの話 続けるの?』
「まぁ、聞いて。それでー、一つ目はやっぱり『ロッテシーズン優勝』…かな! あれだけ補強して五位ばかりなんだから、もう他力本願でしか優勝できないよ!!」
ロッテ……?
あぁ、野球の話か、と。
自身の支給武器『金属バット』を軽く一振りした琴美を見て、古見さんは察した。
「二つ目はやっぱり角中の若返りを頼むね! 独立選手初の二千本安打を見たいんだな~私は! あっ、あと鈴木大地のFA阻止もお願いしよっかな」
「三つ目は~~、………(伊藤さん、恥ずかしいから……伊藤さんだけに教えるよ……)」
『(…えっ、なに)』
「(…胸を、さ……。やっぱり、おっきくしたいよね……。でも、自分で言うの嫌だから伊藤さん代わりにそれお願いしてよ……!)」
『…言っとくけどコトのヒソヒソ声結構大きいよ? (…あっ、声『だけ』は大きいね……)』
「ちょっ!!! 伊藤さん、しーっ!!!」
…気づけば完全に蚊帳の外にいた古見さん。
というか、伊藤さんも琴美が何を言いたいのか全く読めずにいたのだが、とにかく古見さん彼女はポツンとしていた。
ブンッブン、とバットを振り回す琴美の、伝えたい思い…。
全く察せない上に、ロッテが何だ~とかついてけない話題を挙げるので何も話せずにいる。
ゆえに琴美をただ見つめるしかできなくなっていたのだが、
────そんな彼女と、ふと目がガッチリ合った。
五つ目は~~~…、と琴美は続ける。
彼女の目を、瞳孔を、眼の奥の魂を見て、古見さんはようやく『何が起きそうか』察した。
『…いや四つ目飛ばしてるよ? なんで蒸発させたの?』
「五つ目の願い……。やっぱり、これがとっておきかな」
立ったはいい。
立つまではよかった。
ただ、それ以降古見さんは急に足がすくんで動けなくなってしまった。
ニコリ、と琴美は微笑む。
そのスマイルはまるで天使。邪悪を知らず、天然水よりも澄み切った心の、なんと美しい笑みだった。
「私の好きな……、智貴くん好みの女の子に、さ……。私を変えてほしいんだ………」
『…??』
「それが一番の願い、だね…………! 私は、智貴くんが隣なら、それだけでいいんだ………!」
『いやロッテがどうとか煩悩まみれだったじゃん』
どういう幻覚か。
オーラが見えたというのか。
琴美の周りにきれいな花が舞い散る幻覚が、一瞬見えた。
──それは、古見さんにのみ。はっきりと確認できる。
ここで思い出されるは、一番最初。バトル・ロワイアル開幕直後、琴美と出会った瞬間だ。
あのときも彼女はるんるんと楽しそうで、まるで花畑を走り回るかのような華麗さだった。
────何故、琴美はバトル・ロワイアル中にも関わらずお花畑いっぱいだったのか。
────そして、何故、琴美はグダグダと願い事の話を今しているのか。
さっきから渦を巻いていた二つの疑問が、貫通されたかのように一片に『理解』したとき。
「だから、私はこれをチャンスだと思ってるんだよ……!」
『え?』
古見さんは、一目散に逃げ出した────────。
────震える体を必死にこらえながら、彼女は走る。
「…伊藤さん、ロッテの勝率.485ってさっき言ったよね」
『えっ、うん…』
「────なら『私のゲーム優勝確率』はほぼ五割ってことだ────────ッ」
『…え?』
鬼に金棒。やべーやつに刃物。
琴美も金属バットを振り回して、古見さんを追いかけていった……………。
◆
「~~~~~~~~~~~~~~~~~……………っっっっっ!!!!!!!!!!!!」
「待てェええ────────────エエッ!!!!!!!!!!! 古見さぁーーん!!!!! 絶対追いつくからなぁあ────────────!!!!!!!!」
ホテルのカーペットを、古見さんは全力疾走で駆け抜ける。
顔中真っ青で、汗もだっらだらだが堪えて彼女は逃走し続けた。
背後には言わば本物の鬼……。
突然豹変した殺人鬼との鬼ごっこが今繰り広げる……!
──いや、果たして琴美は『突然』豹変した、のだろうか……?
思い返せば、「この人やばくね…?」感全開だった琴美。
普段日常生活では、やばい人と出くわしたらまるで幽霊を見てしまったかのように、見ないふりをするものだが、古見さんはそれをしなかった。やらなかった。
しなかったからこそ、ピンチは必然的にやってきた。
『古見さんほんとごめんなさい。後で私がキツく注意するから…』
『だから今はとにかく逃げて。ほんとにうちのコトがすみません…。やばい上に悪い人でほんとごめんなさい……』
「おおぉおおお────────────!!!!!!!!!! 燃え上がれッ、燃え上がれッ、優勝掴み取れ──────!!!!!!!!!」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!!!!!!!」
声にならない叫びが響いた。
優勝に目がくらんだ変人と、喋らない美人。女達は汗水たらして、この夏夜を懸命に走り続けた…。
そう。今日は─────、七月七日の夜。
二十年も前に、フランク・ボーリックか逆転満塁サヨナラホームランを打った。七夕のナイター。
(只野くんなじみちゃん山井さん誰か誰か誰か誰か助けて~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!!!!!!!)
ボーリックが駆け抜けたあの夏が、またやって来る────。
【1日目/G7/ホテル・3F/AM.1:41】
【古見硝子@古見さんは、コミュ症です。】
【状態】疲労(大)
【装備】コルク入りバット
【道具】古見友人帳@古見さん
【思考】基本:【静観】
1:小宮山琴美から逃げる。
2:只野君たちに会いたい…。
【小宮山琴美@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
【状態】疲労(大)
【装備】イチローのバット@トネガワ
【道具】スマホ
【思考】基本:【マーダー】
1:古見さんを追い駆けて殺す。
2:優勝の願い事でロッテを優勝させる。自分を黒木智樹くんが惚れるような女にさせる。
3:伊藤さんと通話しながら行動。
【外部介入】
【伊藤光@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
【状態】眠気
【装備】なし
【道具】なし
【思考】基本:【対危険人物→小宮山琴美】
1:コト(小宮山琴美)の暴走を止める。
※小宮山琴美と通話している是での参戦なので、渋谷にはいません。
最終更新:2025年03月24日 21:35