『らぁめん再遊記 第一話~ツルツルさん登場!~』
『殺し合いを止めるくらい絶品のラーメンを作り屋台で成功したい。』
──────(若干十七歳。超能力少女)
バトル・ロワイアルの占領下に置かれた渋谷にて、唯一有人営業をするラーメン屋台『とんず』。
アンズが営むその店では、相も変わらず閑古鳥しか客はいなかった。
『…ズルズルズ──。…ハハ、やっぱり天才だよ。お前のラーメンはな』
「うそっ?! ほんとに美味しい?!! 新田!」
『あぁ。…味とか、美味さとかそんなの関係ねぇ。お前の作る料理には……光るものがあるんだ』
「…光る、物……? なによそれ?」
『まぁー、殺し合いを終わらせるくらいの『スパイス』さ。そいつがふんだんに加わってんだから…こりゃすげーよ』
「…それが光る…ってコト? 新田」
『あぁ。ピカピカさ』
くたびれたボロボロの客席に座る一人の閑古鳥。
──否。『一体』と表記するのが正しい。
イスと同じくらいボロボロでヨレヨレの服を着せられた新田さん──改め、新田マネキンの存在は、
「…ふふふっ。ピカピカ…ね。………ピカピカ……──」
「──………ピカピカ……ピッカ……………ピカ…光るもの…──」
「──…もうっ!!! 何やってんのよ私っ!!!!!! もうぅっ!!!!」
────アンズの心を虚しくする…というより、虚しさを象徴するいい存在だった。
もうやってられない、かと言うように彼女は厨房に顔を突っ伏す。
新田人形が放物線を描いて、手足を自由回転しながら飛んでいく様は、ものの見事な程の八つ当たりだった────。
ドサリッ。
殺し合い開始、あれから既に五時間。
ひいてはとんずラーメン店が営業を開始して二時間が経過している。
「味は普通」──…と述べた最初の客が立ち去って以降、屋台を担いで移動を開始したアンズ。
自身の超能力で屋台を動かしてる故、疲れもなく四方八方歩いてみたものだが、一向に参加者と出会うことすらできていない。
たまに二、三人ほど参加者とすれ違うことはあれど、声をかけても何故か無反応。無視のオンパレード。
【マーダー】参加者遭遇対応として、対峙の心得もしていたアンズだったが、そいつらとすらも出会さない。関わることが全くの皆無。
──誰一人とてラーメン屋台に足を踏み入れてくれる者はいない現状だった。
というか、まるでこのラーメン屋台に誰も気づいてないかのような──。
どうすれば客足が増えるのか、全く名案が思いつかないこの始末で。
アンズの掲げた『ラーメン幸福理論』は早くも破綻に傾いていた。
スタートラインにすら立てないという現実に打ちのめされたアンズ。
高架線にて涙をこらえながらトボトボ歩き、走る山手線をBGMに悲壮感を出していたのだが。
──そんな最中、彼女の目にとまったのがあのズタボロに捨てられた新田人形…という次第である。
『アンズ、お前のラーメンはピカピカだよ……』
『ピッカピカだよ……』
『ピッカ………、ピカ………』
「……なによぉ………、ピカピカって………。もうっ…………」
文字通り朝日に照らされピッカピカに輝くアンズ。
──夜が明け太陽が顔をのぞかせる、この数時間。
この数時間に自分は何がやったか、何を成すことができたか……。それを考えると悔しくて悔しくて、もう堪え切れなかった。
ちなみに、言わずもがな新田人形との会話は一人会話である。
「……マオじゃん。私の…やってること………。うぅ…ぐっ………………」
街の中心部。
再開発が進んでいるエリアでもあり、古い建築物と新しいビルが入り混じった独特な景観を形成するこの高架線にて。
アンズの心の光には闇が少しずつ立ち込めていた……。
そのため────、
「…『大』か『小』しかサイズがないのか……? なんだ、ここは便所か」
「…え…………?」
「まぁいい。とりあえず大で作ってくれ、いいな」
「…え、えっ……? ──…あっ、はい!!」
客が一人──座っていることに気づけずにいた。
「……………」
「んっ? なんだ、チラチラこっちを見て」
「…あっ、いや……。一応聞きたいんだけど…」
「……なんだ?」
「お客さん…、マオの知り合いの~~~…『ツルツルさん』じゃないわよねっ…?」
「……………なんだそれは……。いいから手を動かすんだ」
スキンヘッドが何よりの目印。
メガネを掛けた中年くらいのサラリーマン。
そんな男の客が着席していたことに、アンズは遅ばせとも気付かされた。
………
……
…
水垢まみれのカスが浮いたコップは一旦置いておく。
卓上に置かれたラーメンの器。
蒸気がモクモクと立ちこもり、その出来立てっぷりは生唾が喉を滑り落ちていく。
これでもかって位ドロドロの濃厚スープは、ガラを少時間煮込んだ程度じゃ出せないだろう濃さ。
箸を突っ込めば、圧倒的存在感の極太麺がワシワシと伸びていく。
──…ところどころかなりの極細さを誇る麺……というか黄色い髪が絡まさっていたが、これもまた一旦は置いておく。
メガネの客はスープを一口、静かに啜る。
濃厚でありながらどこか優しい味だ。
舌に絡む麺の食感が心地よく、自然と体が温まる。
次第に心の奥にあった疲れや憂鬱が溶けていくような気がした。
あぁ、旨い。旨い。…との勢いで麺が啜られていく。
彼の食べる様子は自分の世界に入り込み、何かを思いながら一杯のラーメンに向き合っているように見える。
まるでこの小さな屋台が、人生の短い休息地であるかのようだ。
ふと、アンズは思った。
人生とはこういうものかもしれない。
忙しい日々の中で、ほんの一瞬だけ立ち止まり、自分を見つめ直す時間がある。
それは決して大きなことではないが、確かに必要なことだ。
──そんな休息地を、絶対に参加者全員に届けなきゃいけない…。
彼女は、その固い想いを抱き、ぎゅっと客を見つめるのだった。
レンゲ内のスープを飲み干し、男はふとアンズと目を合わせた。
「なるほど、三十点だ。これは酷い」
「──………はぁっ?!!」
「だが安心しろ。エース●ックのスー●ーカップがあったとしよう。俺はそいつを三十点と思っているからそれとは同等だ」
「……はぁあああぁっ?!!」
休息地────は急激に一触即発の危険地帯と化した。男の一声で、急激に。
とんずラーメン、──遡るに来々軒の味は、アンズにとっては海の底よりも思い入れ深い味だ。
その思い入れ深さは百年大樹の年輪に匹敵するだろう、おじさんとの日々が詰まった大切な味。
その品を採点されることさえ不満だが、あまつさえ三十点…カップ麺レベルと言われるとは。
この名前も何も知らないハゲた男に簡単に貶されるだなんて、とアンズは心中、寸胴鍋のスープくらいに煮えたぎっていた。
反面して、男は冷水をかけるように冷たく声を続ける。
屋台がグラグラグラグラと怒り揺れる中、男は至って冷静だった。
「勘違いはするなよ。ラーメンは多種多様。色んな味がある。従って、俺が三十点と評したのは味の話じゃない」
「…は? はぁ?? 何が言いたいのよッ!!!」
「まぁ聞け。──というよりは俺が訊く。おい小娘」
「…何って言ってんのよッ!!!」
「簡単なQ&Aだ。お前は何故今このラーメン屋を開いた? 何故今これを作ったんだ」
「……はぁ?! そんなの……──」
────ラーメンの力でこの殺し合いを止めたいから。
…と、少し前の女性客に聞かれた時と同様の返しを答えた。
人間という生き物はその特性上、繰り返し同じ質問をされるとどうにも鬱陶しく感じ、腹ただしさが増す。
握り拳を作りつつも、なんとか激情を抑えながらアンズは取り繕った。
「……ふっ。だろうな。そう言うだろうと予想は簡単だった」
「なによそれ!! あんたさっきからハゲの癖に──…、」
「ならまた訊こう。──お前はこのラーメンで本当に殺し合いが止められると思うのか?」
「……止められるっ。止められるわよ!!!」
「いいや嘘だな」
「止められるって言ってるでしょうがッ!!!!」
「いや嘘だ」
「…ィッ!!! もうっ、いい加減にし──…、」
「厳密に説明するとだな。殺し合いを止めるラーメンの『可能性』。──それに関しては俺は嘘だと思っていない」
「………………え、」
「お前の『自信』が嘘だと言っているんだ。お前もどこかで「本当にいけるのかな」と不安に思っているんだろう。いや、絶対に思っている──」
「────証拠に、見ろ。この切り損なって繋がっているナルトを」
そう言って男が箸ですくい上げたのは、器の中の一本ナルトだった。
スープが垂れ落ちる魚肉製の白い棒。
束の間、その汁が落ちる音のみがこの場に響き続けた。
「…あっ…………」
あつあつのラーメンに飲水はつきもの。
あの冷え切った清涼水が、味もないというのに最大級の美味さを誇るのだ。
冷え水でピシャリとされたアンズは何を言うことも無かれ。
男は最後に一つ吐き終える。
「いいか。つまりはお前の拉麺心が『三十点』だと俺は言っている。「最高の隠し味はまごころ~」だなんてよく聞くが、小娘。お前のラーメンには心が足りなかったんだ」
「………………」
アンズが押し黙ったのは他でもない。
男の主張がズバリお見通しというわけで、心に突き刺さった以上ぐうの音も出なかったからだ。
確かに自信のなさが心中潜んでいた。
心のどこかで、「失敗で終わるかもしれない」という不安があった。
挫折したかもしれない、という思いを心の奥底に必死に沈めて、隠していた。
それをこの男にたった数口ラーメンを味見されただけで見透かされ、芯を食われている。
気づけば、膝をついて地面を呆然と眺める中、アンズは「だったら……」と思った。
(……だったら、何者なのよ…………。このツルツルさん…なんなのよ。)
…と。
ダンッ────
「…え?」
思えば未だ名乗りを上げないこのメガネの男。
その容姿から勝手に『ツルツルさん』と呼んでいたが、彼の名前はアンズでさえ聞き覚えのあるものだった。
──芹沢達也。
『麺屋せりざわ』店長
ならびに、フードコンサルタント企業『(株)清流企画』社長。
「……えっ??」
卓上に叩きつけられた『名刺』にそう書いてあった。
ラーメン界の第一人者にしてカリスマ。
多くのラーメンヲタクに絶大なる崇拝をされるその男の名前。
ふとアンズが見上げた先には、ニヤリッと笑みを浮かべる芹沢がいた──。
「だが安心しろ。俺はお前みたいなラーメン屋を山程見てきた上、山のように事業復活させてきたからな」
「…………な、何を言って──…、」
「正直言って『殺し合い』を終えるという最終目標は困難の極み。おまけに小娘、お前は瞬間湯沸かし器の傾向があるからかなりの問題児だからな。はっきり言って嫌いの部類には入る」
「…いや、はぁ??!」
「あぁ俺はお前が嫌いだ。…ほんとにうるさい最近の女が苦手なんだよ。──そんな俺とついてこれるか? つける自信があるなら『契約完了』だ。やるぞ──」
「──【殺し合いを終わらせるほどのラーメン作り】…をな」
「………………………っ!」
アンズの今度の沈黙は決意表明の表れだった。
何だか分からないけど、この男となら。
芹沢達也とならやれるかもしれない…、自信がついてくれるかもしれない……と。
ゆっくりと立ち上がったアンズは二つ返事を返し、温かい日の出の太陽光を存分に浴びた。
その眩しさ、反射してくる光は本当にピッカピカであったという。
「……よろしくねっ! ツルツルさん!!」
【1日目/C3/屋台『とんずラーメン』前/AM.03:59】
【アンズ@ヒナまつり】
【状態】健康
【装備】中華包丁
【道具】寸胴鍋
【思考】基本:【対主催】
1:芹沢と協力して打倒主催!!
2:私のラーメンが…30点……?
【芹沢達也@らーめん才遊記】
【状態】満腹
【装備】???
【道具】???
【思考】基本:【対主催】
1:アンズと協力する……………?
◆
あれは。
あれは、一週間前だった。
ヤツは深夜遅く。
ガシャ────ンッ
「なっ??!!」
唐突に。
シュウゥゥゥゥゥ…………
ポーン、ポン…
「…んだ、これは………………」
“現れ”やがった。
「…やぁ」
「なっ?!!」
「僕は『ハル』。芹沢達也さんですよね?」
「……あぁそうだ。だが小僧、…俺は男娼癖もなけりゃ少年癖もない。ついでに面倒事も起こす気はない。見なかったことにしてやるから十分以内に家から出ていけっ」
「あぁすみません。タイムマシンの仕様上、服が消えちゃうもので…」
「…何言ってるんだお前………」
「とりあえず時間があまりありません。説明は後からするので一緒に来てください」
「あぁ?? ど、どこに──…、」
「はは。どこへって…──」
「──五十年後の未来に、ですよ」
…
……
ブオンッ、ブオオオォォォオォ
ガシャッギガギガギギギギ…
ギャアアァァァァァァ……………
「な、なんだ…。これは………」
「えぇ、酷い街でしょう。ここは大日本東亜帝国・伊勢拉麺第9区。平成の時代で言うところの『渋谷』です」
「あぁっ??!!」
「2020年。日本政府は解放組織のテロ行為により崩壊され、『タリメン政権』が牛耳るようになりました」
ブオンッ、ブオオオォォォオォ
「戦争を繰り返し侵攻を続けた結果、街は荒れ果て暴走族がたむろする…、草木は枯らされ失業者は80%…、おまけに知識人や権力者は全員処刑されたので国民平均知能はIQ70台。まるでヒナお姉ちゃんの好きな世紀末漫画ですね。──」
「──ほら」
──『芹沢達也(死亡) 麺歴10年に処刑。ここに埋没』
「…な、なんだこの墓は…………」
「えぇ。芹沢さんもまた知識人なのでこの末路に…。そうそう、近々『ヌードルをフォークで啜るから』という下らない理由で米英と核戦争をおっぱじめるらしく、ほんとこの未来は終わってますよ。……さて、芹沢さん」
「…あ?」
「もう、お分かりですよね…?」
「いや、なにがだっ?!」
「この大日本東亜帝国の統治者大統領が誰なのか……………をね」
ガシャッギガギガギギギギ…
ビュオオオオォォォォォ……
「…いや知るわけないだろっ!」
「見て下さい。あの看板を…」
「あの看板…だぁ………?──」
「──なっ??!!!」
ビュオオオオォォォォォ……
「…そうです。『汐見ゆとり』閣下。──ならびにバトル・ロワイヤル終身名誉ゲームマスター『A』大統領。この二人が出会わさった結果……この惨状なんです」
……
…
「いかがでしたか。遠い未来の体験は」
「いかがもなにも……。今日はもう酒を流しこまんと寝れる気がしない……──」
「──小僧…。お前は…なんなんだ」
「…はい?」
「お前はこの俺に何がしてほしくて来たっ?! …それが気がかりで…もう頭が痛くなりそうだっ」
「…はいはい……。それがですね…──」
「──芹沢達也さん。残念ながらあなたは一週間後『殺し合い』に巻き込まれます」
「あぁあ??!」
「その殺し合いの主催者が、汐見さんと手を組んだ男張本人──A。…僕もどうにかして過去改変を試みたのですが、あまりにもバックの力が強く…遠く及ばずでした」
「…こ、殺し合い…?」
「はい。殺し合いです」
「芹沢さんには、その殺し合いを参加者という身ながら食い止めてほしいんです」
「…俺が、か……?」
「バトルロワイヤルには『アンズ』という参加者がいるので、彼女を上手いこと頼りに、なんとかAの野望を崩壊してほしいんですよ」
「…………アンズ…………?」
「はい。彼女は感情モンスターなので適当に情で語れば簡単に信頼してくれます。ですからそういうスタンスでご接しを……」
「……………」
「すべては僕たちの未来のために──。…では、僕はそろそろここらへんで失礼します。長居をしたらバレちゃうのでね」
「な?! お、おい! ちょっと待て!!!」
「健闘を祈ります。芹沢さん。あなたの麺の力で、誇りをかけて…。どうか」
「おいっ!!!」
「────では、失礼します」
気付けばガキは部屋から居なくなっていた。
深夜という時間帯もあり、一連は俺が見た夢だと思っていたのだが。
──夢は、必ず叶う。
一週間後、目覚めた俺は知らないバスの中で座っていたんだ………。
最終更新:2025年06月01日 17:26