『らぁめん再遊記 第二話~情報なんてウソ食らえ!~』
『チャララ~ララ、チャラ、ララララ~〜♪』
──1度聞いたら耳に残る、あのチャルメラの音色。
ラーメン屋台専用出囃子と言ってもいいその旋律は、まるで狙ったかのよーに、PM.10:00〜11:00の小腹が減るタイミングにて響く印象だ。
ボロいアパートで受験勉強中、「そろそろ休憩かな」と背伸びした折に、窓の外から届く『音の匂い』。
焼肉、カレー、中華……何だっていい。
料理は『香り』という五感で、我々生物の食欲を刺激するものだが。──屋台に限っては、刺激に使う五感は『音』。
チャルメラの音が、人々に空腹を思い出させ、店へ誘い込むのだ。
「こんな時間にラーメンは…」──だなんて罪悪感を抱えつつも、あの音色を耳にしたらもう振り切るのは難しい。
ついつい、足を運んでしまうものである。
時刻は深夜二時過ぎ。
ラーメン屋台『中華そば 来々軒』と共に足を運ぶ、若干十六歳の少女が一人。
彼女──アンズは我々と違い客ではない。
この若さながら、一つの店を構える、正真正銘の店主なのだ。
200kgの屋台を引いて二年。されども、味は昭和懐かしい中華そばで、しかも熟練の味。
額に汗をにじませながら、アンズは、渋谷のネオン光へと消えてゆく。
「…よしっと!」
スッ──。
木造りの引き出しを開けば、作り置きの細麺が目に入る。
黄色艷やかに、小麦粉でうっすらコーティングされた黄色い麺をひと束掴めば、待つのは寸胴鍋。
ゴトゴト、グツグツ……。
軽く手でほぐされた後、麺は熱い湯に向かってダイブしていく。
注文は『中華そば大、麺固めで』。
麺が鍋の中で愉快に踊る間、アンズは器に醤油ダレを投入。
ラーメンは麺と醤油スープの一体感で為す代物だ。故に、この醤油ダレも麺同様、熱湯に浸されるのもまた一体感の一つか。
じゅぅあっ……こととととと………。
別鍋から鶏ガラベースのスープが、手持ちザルに漉されつつ、器をどんどん満たしていく。
あれだけ黒かった醤油ダレは、今はもうまろやかで温かみのある茶色スープに変貌。
鶏油がラーメンの海をゆったりと漂い出す頃合いには、もうすっかり仕上げの段階である。
海苔、チャーシュー、半熟ゆで卵にナルト。
アクセントにネギともやしをあしらえば、主役の登場は間近。
ざっ、ざっ、ざっ。ざっざっ。
手際よく湯切られるは真打ち登場。縮れ麺だ。
余計な水分を振り落とした後、麺はアツアツのスープとご対面。
やたらと熱い湯に御縁たっぷりな彼ら──麺ではあるが、さっきまでの釜茹でと比べれば、スープの中は居心地が良さそうだった。
「はいよ、お待ち!! ラーメン大、麺固めね!!」
さて。
カウンター席にて、待望のラーメンとうとうお出ましだ。
小雨降りで肌寒い夜中である。これはお腹いっぱい間違いなしだろう。
ほわっ……。ずるずるずる。
「その味はいかに」──と綴るつもりであったが、気が付いたら麺を啜っていた。
鼻腔を満たす、しょっぱい湯気。
それを前にしては、もはや食欲には抗えないものである。
ウェーブがかかりつつもワシワシとした食感の細麺。
良い意味で無駄な主張がなく、あっさりとしたスープに良く馴染んでいる。
そうそう。このスープもあっさり目でありつつ、コクの深さが美しい。
胡椒が醸し出す、琥珀色のうま味。そして鳥と豚骨の美学たるハーモニー。喉を通す度に、腹が減ってゆく。
味こそはシンプルかつ王道系であるものの、『シンプル』と『王道』を両立させることこそ最も難しいのである。
ごくり。…ごくごく。
店主から出された水を一口。
何だかんだで、「この世で一番うまい飲み物とは何か」と問われたら、ラーメンを食べてる時の水と推したい。
どんなに高価な酒も、どんなに世界中で売れた飲料も、この一杯がくれるひんやりとした癒やしに勝るものは、きっとない。
梅雨明け間近の深夜。
駅裏の屋台で食べた、このラーメン『来々軒』。
実に実に普通で、そして実においしかった。
なんでこういう店が東京には無くなったのだろう。今は千円以上が当たり前の店ばかり。店長さんは腕組みして睨まなくていいから。
我々はこういうラーメンを求めているのだ。
こういうのが────。
………
……
…
「──的な感じでしょ! ね、美味しいわよねっ!! 芹沢さん!!」
「…………何がだっ!? おい、ラーメンに髪の毛が入っているぞ! お前ふざけてるのか!!」
「あっ。………………。…サービス」
「あ?! なんだとっ!?」
「サービスよ。ほら、サービスだからサービス!!」
「……………」
………奴のチラチラした視線は、俺のスキンヘッドに向けられている………っ。
…(学食のような)懐かしさのラーメンに、実に美味(くも不味くもな)いこの味。
なにが、「こういうのでいいんだよ」…だっ。
コイツは確実に舐めているだろう……。
ラーメンも世の中も俺のことも、何もかもを……………っ。
ラーメンオタクよりも何よりも、こういう輩が一番タチが悪い。
おい小娘。
一つ聞くぞ…。
こんなのが、『殺し合いを終わらせるほどのラーメン』…なのか…………っ?
◆
…これは…………、一体どこから説明すれば良いのか。
クソっ……。
「………はい、もしもし。芹沢です」
「ふんふふんふ〜〜ん♫」
辿る『元凶』が多すぎて…頭がおかしくなりそうだ………っ。
今日はクライアントとの打ち合わせ予定日。北海道へ出張する筈だった。
本来なら今頃、何処かのビジネスホテルで程よく酌を取りつつあるものを………。
「…ええ。はい。はい。…誠に恐れ入りますが、代わりまして部下の河上を伺わせますので、何卒ご理解賜りますよう…。…はい」
「困った困ったバトルロワイアル〜♪ アンズが助けてあげますよ〜〜♫」
「……………っ。…はい。…伺えない理由について、でございますか………。…それは……──」
俺は今、顧客に詫びの電話を入れる羽目となっている……。
──バカの歌声が響く中で、だ……っ!
「──………渋谷。…はい。大変な騒ぎになっている、渋谷のバリアーについて。…実は私、その事に巻き込まれている形でして…──…、」
ガチャッ!! ツーツーツー……
「………クソっ………。“ふざけるな”、か……………。これで一件依頼がパーだ……クソっ!!」
「お腹をすかしたおおかみさん〜〜♪ 子鹿を見つけてむしゃむしゃ〜〜♫」
「〜ぃっ……!!」
現時刻深夜の三時。
…こんな時間の、断り電話なもの故に、相手が怒るのも無理はない。
得意先から暖簾分けしたという、味噌専門の新規店舗。
先方には長い時間かけて、たっぷりとコンサル料をせしめた事もあり、「この金のなる木を無駄にしまい」と俺も意気込んではいたのだが…。
バトル・ロワイヤルという『ふざけた理由』のお陰で、何もかも全てが水の泡…失墜だ……っ。
俺の評判もっ…、清流企画の評価もっ……、信頼性も金も努力もっ………。
愚にも付かぬ理由で俺の矜持はズタボロだ…………っ!
…一体何故……俺は怒られ…、
そして一体何をさせられているんだ…? この俺は………っ。
「…………くっ……、ふざけるのも大概にしろ……………ッ」
「子豚を見つけてムシャムシャ〜〜♪ たまごさんからぴよぴよぴよ〜〜〜♫ お腹いっぱい〜〜〜♫」
「……………ぃぃっっ!!!!──」
「──おい黙れっ!!! お前が一番に大概にしろアンズ!! なんなんだそのふざけた歌は…。脳が破裂しそうだ…!」
「え? 別にいいじゃないの。──」
「──それよりも芹沢さん、試作品やっと完成したから、ほら食べて食べて! あなたのアドバイスに従ったら魔法みたいにどんどん上手くいくわ!!」
「いらんっ!!! あと何杯同じようなモンを食わせりゃ気が済むんだ、お前は」
「はぁ?! 何よっ!!! …私だって……おじさん達の変わらぬ味を守りたい、それでいて芹沢さんの言う至高の一杯に仕上げたい…。その思いで、頑張ってるんだから…!!! ほら、食べなさいよ!!!」
「………………こいつっ……。…まるで話にならん………」
…ズタボロ同然なのは何も俺のプライドに限った事ではない。──胃の調子も崩壊気味だっ…。
得体の知れないループに陥ってるのか知らんが、アンズという小娘にかれこれ十杯近くも、全く改善も進歩もないラーメンを食わされ続けている…。
…コイツはもしや…俺をアンチラーメンにさせたいのか? ──そう邪推してしまうほどだ。
ただでさえ学食のばぁさんが作るようなクオリティだと言うのに、これ以上しつこい試食を受けようものなら…──もはや恐怖症が植え付けられる。
これほどまでに我が強い上に、成長や期待も見込めない小娘…。普段の俺なら、こんな奴、即切り捨てたことだろう。
…当たり前だ。金の見込みができん店主の面倒など見れるものか。
おまけに、喧しく社会的常識もない小娘は、既に十分すぎるほど抱えている。
…ただでさえストレスの源である汐見のような女が、二人もいるとなれば、…酒がいくらあろうと足りないくらいだ……。
…だが。
…
……
………
──芹沢さんには、その殺し合いを参加者という身ながら食い止めてほしいんです。
────…俺が、か……?
──バトルロワイヤルには『アンズ』という超能力者がいるので、彼女を上手いこと頼りに、なんとかAの野望を崩壊してほしいんですよ。
………
……
…
奴。────数日前、未来から来た『ハル』という小僧の、忠告の元。
俺にとってこの小娘は、切りたくても切れない……、命綱のような存在と化している訳だ。
分かるか?
あの全裸の小僧が、俗に『全ての元凶』といった訳なのだ────…。
「…もう!! 食べないならいいわよ!! 私が食べるんだから!!! ……新田なら喜んで三杯は啜ってくれるのに…」
「馬鹿舌かそいつは……」
…ただ、奴一人が元凶ならまだ話は簡単だったものを。
ハルがわざわざ未来から飛んできて、そして数ある参加者の中から俺宛に忠告を伝えてきた理由……。
それは『全ての元凶の元凶』──『汐見ゆとり』が原因だからだ。
…
……
………
────汐見が、閣下だぁ…!?
──はい。『汐見ゆとり』閣下。──ならびにバトル・ロワイヤル終身名誉ゲームマスター『A』大統領。この二人が出会わさった結果が……この惨状なんです。
………
……
…
汐見ゆとり………。
基より、頭のネジが外れたパッパラパー女ではあったが、五十年後の未来ではテロ組織のリーダーとして政権奪回に成功した『英雄』とのことらしい…。
拉麺党党首だかタリメンだか知らんが、…奴の才能を見込んで入社させたのは紛れもなく俺自身。
別にラーメンの道を選ばずとも、他の料理業種で通用できた汐見を、このレールに敷いたのは俺……。
俺の選択が馬鹿で、俺が何もかもを間違えていたのだっ…………。
「(ズルズル)うん、美味しい!! …そうだ、ねえ芹沢さん聞いてくれる? 知り合いにヒナって奴がいるんだけど…、そいつ、私のラーメンにイクラ乗せて食べるのよっ!? 信じられないでしょ!!」
「乗せたところで台無しになるほどのラーメンじゃないだろ!」
「はぁ~?!」
………信じられない。
いいや、『信じたくない』のは俺が一番だ。
つまりは、元を辿れば起源は…俺──。
──芹沢達也が『全ての元凶の元凶の元凶』という────…。
…
……
………
──ですから、健闘を祈ります。芹沢さん。あなたの麺の力で、誇りをかけて…。どうか。
────…お、お前………。
──では。
────ま、待て!! おいっ…!!!
………
……
…
「………………っ」
……いや、もう考えるのはよそう。
取引先の信用が一つ失われ、それどころか自分の命が危機に瀕している現在。
俺の身体中、至る所に元凶の大群が纏わりついて鬱陶しいものだが、『過去』に構ってる暇はない。
大切なのは『今』。
この元凶娘・アンズを利用し、俺は何としてでも生き抜かねばならないのだ。
無論、ラジコンとしての操縦は困難を極める上に、波長の合わない小娘ではあるが、奴の『力』は本物。
──ラーメン自体は贋作同然だが、『超能力』だけは頼もしい存在なのだ。
したがって、俺は今のみを見据えなくてはならない。
「………あ、芹沢さん!!」
「………」
無理やり背負わされた運命を、
同時に、狂った未来をも破壊するために………っ。
俺は………………。
「あ、…危ないっ!!!!」
「あ?──」
「────……あぁっ?!!!」
ドンッ────…………
────などと、本来なら響き渡る筈であっただろう、その音。
アンズの念動力により、俺は『ソイツ』からギリギリ回避できた訳だが。
……それにしてもハルの奴。
どこまで『殺し合いの内容』について知っていたかは分からんが、…予め説明はできなかったのか…………っ。
シャ────────ッ
──キキィッ
「…あーもうっ! …ごめん早坂、外した」
「謝る必要はありませんよ。ていうか凄い軌道で避けましたねこの人……。今の見ました?」
「……ちょっと!!! 危ないじゃないのっ!!! 気をつけなさいよ!!!」
「…え? 嘘、もう一人いるわけ?! キモっ」
「まあ避けようが攻撃外そうが、もう一人いようが関係ありません。内さん」
「はぁ?!! 何いってんの?! とにかく芹沢さんに謝りなさ──…、」
「────追撃あるのみ、ですから。」
──…俺が、キックボード乗りの小娘【マーダー】二人に襲われるという……っ。
未来の説明を…………。
「………殺る気なわけ? あんたら……ッ………」
「だろうな。…チッ、早速厄介事か……」
…これだから俺は電動キックボードが嫌いなんだっ。
◆
…
……
………
シャ────────ッ
海が盛況しだすこの季節。
この長い長い下り坂を、軽車両に二人乗りで。
操縦者の背中にぎゅっと抱きつきながら、夏の夜風を浴び進む。
ゆっくり、ゆっくり……、下ってゆく………。
…はあ。
願わくば、在学中一度はこういう青春を体験したかったものだ。
中々恋愛が発展していかないかぐや様とはいえ、一度や二度、絵に描いたような青春を味わっただろうに。あの方と。
本当に、私も、理想的な青春を送りたかった………。
「……誠にキモい……。早坂胸の弾力を感じながら…女子二人夏風を浴びる…。女子同士のイチャイチャであるこの現状………。まさしくキモさ堪らない青春だ…」
「…はい?」
「ただ、早坂はキモいか? ──となると話はまた別。早坂は確かにキモいっちゃキモいけども、あの黒木と比べたら段違い。……というよりも別ベクトルのキモさがある」
「………だから、…はいぃ?」
「つまりは早坂。アンタはキモいならぬ『グロい』っ!!!! そう、グロいこそが早坂を表すピンポイントな表現なんだよ!!」
「…また始まりましたか、それ………」
あと、…願わくば『男女間』でそういう青春を送りたかった………。
シャワーを浴びた後、私は目的の人物と会うため、キモい連呼女(以下:絵文字)の支給武器に乗せてもらっている。
絵文字に支給された武器というのが、この電動キックボード。
ただでさえ一人乗り様、おまけにバランス力が求められる物ゆえに、乗り心地は(…色んな意味で)悪かったが、まぁ歩くよりマシ。
これを走らせてでも迅速に再会したい人物が、私の中にはいた。
──金髪の除き魔。私たちの裸を見た、…あの忌々しいオヤジが……………。
「……って違う違う!! そうじゃないっ!!!」
訂正。
────私の仕える四宮家令嬢。かぐや様の姿が、…もうすぐそこに…………。
絵文字の腰を片手に、私はふと手中のスマホアプリに目を落とす。
『らくらく安心ナビ』──GPS連動で、家族の居場所を簡単に探せる見守りアプリだ。
かぐや様に襲い掛かる、ありとあらゆる脅威…凶悪から、彼女を護るのが私の使命であり、存在意義。
かぐや様にスマホを買い与えられたと同時に入れたこのナビによると、ここから1km範囲以内に確かにいるようだった。
ただ、このアプリ自体…決して性能が良い物とは言えない。
アプリ起動時、『GPS連動には多少の時差が生じます』という小さい注意書きがあった点から、嫌な予感は漂っていたけども。
超大雑把なマッピングに、かぐや様の位置ポインターがあっちに行ったりこっちに行ったり……そしてエラーでアプリが再起動したり…と。
verは最新版と表記されているにも関わらず、中国会社が作ったのか? ってぐらいに酷い出来だった。
…あとやたら胡散臭い広告も頻出するし。
それでも、私はこの安心ナビを唯一頼りに、彼女を探さなければならなかった。
何故なら、かぐや様のスマホは、この終わってるナビアプリが精一杯の安物泥スマホ。
…あの最低な父親が、娘に買い与えた……──チンケなスマホを唯一頼りにしなきゃいけない。
そんな彼女なのだから………………っ。
「…………………かぐや様」
うろちょろバグの様な挙動をしていたポインターは、ついさっき突如として全く動かなくなった。──この付近にて。
チカチカと点滅するポインターが、まるで危険信号の様に見えて……。
…………遅ばせながらお迎えに上がりますから、待っていてくださいね。
………かぐや様────と。
…嫌な想像で心臓が沸き立つ中、それでも可能性を信じて、私は今絵文字の運転に身を委ねている。
「………早坂…。そのかぐやって子に、そんなにも思い入れがあるんだね。グロテスクな思い入れが………」
「…私とかぐや様とでドロドロした変なのがあるみたいなニュアンスじゃないですか……──」
「──って、まぁ良いや一々……。…かぐや様とは物心付く前からの主従関係でしてね。軽い昔話になりますが聞きますか?」
「…うん、いいよ。早坂……」
……どうでもいい補足だけど、この絵文字女…。
話を聞く限り、どうやらヤバいとかスゴいを使う感覚で、『キモい』という言葉を発するらしく………。
かぐや様含め私は、さっきからコイツにキモい(=グロい)と散々に言われてきたけども、悪意的な意味は無いらしかった。
…いや、むしろ好意的に使っているというか………、つまりは私はグロいッグロいッと絵文字から大称賛を浴び続けているわけで……。
…なんの悪意もなく多用されるグロいに、苛立ちとむず痒さは感じるが、一々指摘するのも野暮ったい。というか面倒臭い。
絵文字は『そういう人』と受け入れつつ、私はスルーすることを決めていた。
住宅街を走り抜けるキックボードに、ノーヘルの女子二人。
吐息のような風を浴びる中、私はナビアプリをギュと見つめた。
かぐや様再開までの移動時間。余暇潰しとして、私が口を綴った昔の話。
それはまだ私達が六歳の頃の、ベッドでの体験だ。
「………就寝前、明かりを消そうとした時に、かぐや様が急に話しかけてきたんですよ。弱々しい声で、本を片手に」
「うん。……本?」
「ええ。今夜は寝付きが悪くなると彼女は予感したんでしょうね。私に読み聞かせをしろと差し出してきて──…、」
「あっ!! …ごめん、早坂。…ところでどうする………?」
「……何がですか………。──」
「──って、あっ……」
…話し始めも良いところだけども、かぐや様との幼少話はまた別の機会になりそうだ。
絵文字の視線の先。彼女が話を遮ってくるのも無理はない。
坂道を下った先にて、かぐや様とは全く関係ない────『参加者』が一人突っ立っていた。
出会うものならかぐや様一択であったが、そこにいたのは坊主の眼鏡リーマン、ただ一人。
「……どうする?、って。愚問じゃないですか、内さん」
「…ま、そうだよね。………キックボードでやれるかどうかは不安だけども」
私はそのサラリーマンに会った経験はない。
本当に見ず知らず。どんな名前かも、どんな声なのかも、どんなスタンスで殺し合いに望んでいるのかも知らない。
言ってしまえば、どうでもいい人間の一人でしかなかった。
「……やれるかどうかじゃないですよ」
「………やるんだよ、って言いたいわけ?」
「いえ違いますよ。ていうかあの人の生死は今眼中にありませんから。…何はどうあれ──」
いや、寧ろどうでもいい人間だからこそだった。
「──今轢いておけば、後々ゲーム展開的に楽でしょう」
「…………うん、分かった」
「では申し訳ありませんが、お願いしますね。…内さん」
急加速していくキックボード。
────私はあの男を奇襲《轢き逃げ》するつもりでいる。
運転者の絵文字とは何だかんだで意気投合した仲。
私の『ゲームのスタンス』を理解した上で、尚も付いてくる彼女は、ブレーキを完全に放棄し真っ直ぐ進み続ける。
急速に縮まる距離。
こちらの殺意に気付いてか否か、ボーーっとある意味では隙一つなく突っ立っているサラリーマン。
…別にこのサラリーマンには恨みとかそういう嫌な感情はない。
頭がつるっパゲだからといって、嫌悪感とかも特には生じていなかった。
それに、奴を無視して突っ走るという選択肢もあるにはある。
「行くよっ、早坂……!!」
「…ええ」
ただ、『四宮かぐや優勝』という完成図に他参加者たちは、────十分すぎる程に邪魔だった。
ドンッ────、と。
思いの外あっけない音と共に、サラリーマンは宙を舞う……。
スキンヘッドが満月と重なるほどに、高く……────。
…飛ぶ筈だった。
………
……
…
「ほう。『ライオン一頭 脱走か。渋谷区』………おいアンズ。仮に遭遇したとなっても、お前の力なら対処できるんだろうな?」
「……ちょっと話しかけないでよ!! 今集中してるんだからッ…………」
「あ? まあいい。話が通じる相手ならともかく、さすがの俺も猛獣と出くわしたのならくたびれるからな。その時は頼むぞ。──」
「──………それで、『お前ら』はどうなんだ。会話は可能なのか? おい」
ギギギギッ…
ギギギギッ…
「ぐっ…………」
「…なに……、これ…………っ。…キモっ………」
…なにが、ライオンだっ……。
私自身も、襲う参加者相手皆が皆、猛獣のように何の知性も感情もないNPCだったらどれほど良かったことか………っ。
始末する筈『だった』リーマン。
椅子に腰をこけ、呑気に新聞を広げるソイツの視線を感じながら、私と絵文字は今、跪いている……。
──いや、違う。
跪か『されて』いる感じだ………っ。
言葉に形容するのも難しい…見えない力で無理やり地につかされて、屈まされて……。
バカみたいなことを言うなれば、────『念動力』で、抑えつけられ………。
身動き一つ取ることさえできないでいる…………っ。
「…は、早坂…………っ…」
「なんな…っ……………。これは……」
「もう…呆れて怒る気もしないわ……。ねえアンタ達っ!!!」
「「……っ…」」
「危ないじゃないの!! 危うく芹沢さん怪我するとこだったでしょっ!!! …本当にっ、殺し合いに乗るなんて……反省しなさいよっ!!!!」
「…バリバリ怒ってるじゃねえか」
「ねえ芹沢さん! …私、これからどうすればいいのっ…? いつまでも『力』で抑えてるわけにもいかないし。…この子達、どうすればいいのかな……」
「知るか。この件に俺は関係がない。………ただ、独り言を呟くとするのならな……」
「……?」
「────とっとと始末した方が身のためではあるだろ。…これはあくまで独り言だからな? これからお前がどう行動し、結果的にどうなろうが俺は一切関与していない。以上」
「……は………? はぁ……っ?!! …き、キモっ……………」
「………っ」
「…芹沢さん。…始末…って……………」
屋台から身を乗り出し、こちらへ近づいてくる金髪女…。ソイツの困惑した目と、ふと合う。
どうやらこの訳の分からない『圧力』は、ソイツ──アンズという女によるものと察せるが………私的にはそんな事もうどうだっていい…っ。
奇襲を仕掛けるも即返り討ちにされ、…文字通り手も足も出せず屈しているこの現状。
何の意味もなくただ時間だけが浪費して……、成り行き次第では絵文字共々処刑される…この現状……。
……自分の誤判断で、再開以前の問題に………。
かぐや様とはもう二度と会えなくなるかもしれないという……──このっ……、現状…………っ。
…彼女のせいにするつもりは無いが、かぐや様という存在。
彼女の安否が、私をここまで判断ミスに狂わせたのかもしれない。
……それ程までにかぐや様というエナジーは、私の原動力だった。
私にとって、かぐや様はどれだけ輝く宝石よりもブランド品よりも四宮家の全財産よりも……。大切で護らなきゃいけない存在だった。
彼女のことで頭が一杯だった。
もはやかけがえのない存在……。絶対に手放したくない物、それが四宮かぐやだった。
…従って、生死がアンズの手中にある今、改めて冷静な判断をさせてもらう………っ。
この勝負………──私達の負け【敗北】だ。
…私は降りることにする。
…
……
………
──早坂ー…。これ、よみきかせてよ…。
────珍しいですね。あなたというお人が……。
────…仕方ありません。できるだけ迅速に…! 早く!! 寝てくださいよ………。
────かぐや様………。
………
……
…
“出来るだけ迅速”にっ…………。
「…………あの…………、…申し訳…ありません……でしたっ……。深くお詫び…申し上げます…」
「え?」
「は、早坂………っ!?」
「芹沢…様で宜しかった……ですよね………」
「……なんだ、小娘」
「…信じられない気持ちは…重々理解できますが……、私共、貴方様に敵わないことを身に沁みて………、もう襲撃も関与もせぬことを…心から誓います…………」
「ほう」
「……は、早坂?! な、何言ってるの…………!! こんな奴らに頭下げなくても………」
「…そうですよね………? 内さん…」
「いや…! おかしいって!! ね、ねぇ早さ──…、」
「ですよね………ッ」
「……! ………………………」
「…我々のだいそれた過ちを詫びるとともに………、お願いできますでしょうか……………──」
「──どうか私達にご容赦と、慈悲を………。力から解放され次第、即退散しますので…………………。どうか、この願いを承知できますでしょうか………………。芹沢様に、アンズ様…………」
「……何言ってるのよ! 『人を憎んで罪を憎まず』──おじさん達から習った教訓だわ! 芹沢さんの独り言なんか知ったこっちゃない!! 最初から許すつもりよ!!」
「…………真ですか……?…」
「ええ!!」
「…………」
正直なところ予測できた返しではあった。
徐々に身体を抑えつける力が弱まっていく中、ニコリと微笑んだアンズは、私達の前に丼を置く。
「…『人を憎んで罪を〜』じゃコイツらを許してない事になるだろうが……………」
眼の前に鎮座する、湯気立つそいつ。
……仲直りの証としてこれを食べろと言うのか、彼女は屈託のない笑顔で箸を差し出してきた。
言うまでもないがこれを食している暇はない。
──…かといって、芹沢達に申した謝罪や敗北の意思表明も嘘というわけではない。
絵文字は未だ闘争心が鎮火していない様子だけれども、私は彼らに構い、ここで道草を食う暇も余裕もなかった。
…そう、余裕がない。
……私はかぐや様に早く会わなければいけないのだ。
「……寛大な御心、感謝します。………私を信じてくださりありがとうございました、アンズ様………──」
「──行きますよ、内さん。…早く……」
「えっ……。いいの…? 早坂…」 「いや私のラーメン食べないの?!」
「……私の、いや私達の『最優先事項』を…お忘れですか。内さん」
「……………そう。早坂が良いならそれに従うよ」
「いや食べてから行きなさいよ!! 美味しいわよ?!」
アンズがバカ正直な純粋者で助かった面もある。
念動力が弱まった折、立ち上がった私は絵文字を起こし、ヨタヨタ、キックボードへと歩を進めた。
私は本当に……。
こんなことをしている場合じゃないんだっ……………………。
ペラっ──────
「おい待てメイド」
「…………。………ご心配なく。再度轢きにかかることは決して行いません…………。…決して」
「いや違う。その事に関してはどうだっていい。一つお前に聞こう。…なに、簡単な質問だ。時間は取らせん」
「…………なんなりと」
「お前は何故殺し合いに乗っているんだ? 返答次第ではこちらも態度を変える…だなんてするつもりはない。ただ、その真意を純粋に問いたいのだ」
「……え。は、早坂!!」
「…………畏まりました。真意…単刀直入に言えば奉仕です。…センター分けで、私と同い年の女子──…、」
「そいつは『四宮かぐや』の為か?」
……………………………………………え。
奴の。
芹沢の。
全く予測していなかったその発言で、足が急速冷凍されたかのように動けなくなる。
…奴は、
「えっ?」
…今、
「え?? 四宮??」
…何と言った……………………?
「え……………………」
「……御名答か、そいつは運が良い。お前も時間が無い様だからな、手短に説明するぞ」
…時間が…、確かに止まったかのような感覚だった。
静止して、何もかもが静寂に死にきっている中、
新聞の巡る音が異常に大きく感じた。
ペラっ────────────
何故…、
ヤツはその事を知っているんだ………………………?
「“何故知ってるか”……、か。答えは単純だ。十数分前、丁度この場所であたふためいた娘と出会してな。センター分けで、制服姿の。大した会話は交わさなかったが、妙に印象深い奴ではあったよ。四宮はな」
「………えっ」
「暫くして、その四宮は突拍子もなくバタバタ走り去っていった。恐らく奴にも考えがあってのことだろう。……いや、四宮が走り出したのにも明確な理由があった」
「…え」
「ほら、アレを見ろ」
「………アレ……………」
私は芹沢の方へと振り返る。
奴の指差す先には遠く向こう側、
ピンク色の小さなホテルが建っていた。
「ああアソコだ。…これは後になって解った事だが、四宮のお嬢が去った後、血相を抱えた連中が四人、その後を追ってきてな。従って、四宮は奴ら【マーダー集団】から逃げていたと推測立つわけだ」
「……………かぐや様が、…………追われて………………?」
「…え?? ちょっと待ってよ芹沢さん!! 確かにあのホテルには四人組がいたけど──…、」
「…ぃっ!!! 口を挟むなアンズ!! お前は食器洗いを済ませたのか?! 口より手を動かせ、手を!!!」
「……はぁ?! な、なによ。今やるところだったわよ!!!」
ガチャ、カチャ………
「…申し訳ないなメイド。事情を知っていたら俺も四宮を匿ったものだが。…巡り巡った運命は今重なり合ったというわけか。すまない」
「……………………………」
「まぁ、信じようと信じまいとお前の自由だがな。信じたくない気持ちは重々理解できる──」
「──ただ、信じて動いた所でお前にデメリットが無いと、俺は考えるがな」
「…………」
「想像してみろ。怒り狂った野郎共が、一人の幼娘を追い回して。しかも、逃げ込んだ先が『そういう』ホテルと来たものだ。これから何をされ、どんな目に四宮が遭うかはもう……。…すまん、これ以上言う必要はないな。──」
「──だが、そんな下衆な推測が立てられるほどの事態であることには間違いない。どうだメイド、信じるか信じないか。…いや、信用するか悩む程の暇はあるか? お前には」
「……なに、それ………。…ホテル…キモっ……」
「……………………」
…信じるも、なにもない。
芹沢。奴の発言を鵜呑みとするのならば、
──かぐや様は、
──ラブ………ホテルに逃げ込んで、
──取り敢えずの安否確認。生存の確認はできている。
但し、安否と同時に彼女は、
こうしてる間にも、
現状。
今、まさに。
──危機に瀕している。
「……うそ………。信じられない、キモ………」
…………………。
…私も『ウソ』だと思いたかった。
いや、嘘と決めつけて縋りたかった。
「手短に説明……とは言ったが随分長いこと話してしまったな。ついついお喋りが過ぎるのが俺の癖でね。…困った物だ、まったく…」
「…………………。…芹沢様」
「ん。なんだ」
ただ、その信じたくもない情報に縋っていた方が、まだ希望が見えていた。
少なくとも、何とかできるという可能性はあった。
…従わずにいるなど、それこそ愚の骨頂だった。
……それが、かぐや様の順従たる、…私の使命なのだから………。
「貴重な情報、誠に感謝します──」
「──…その一方で、貴方がかぐや様を保護しなかった責任について。身勝手ながら有事の際、徹底的に『追求』するつもりでおりますから──」
「────ご覚悟を。では、失礼します」
「……やれやれ、喋る必要のないことまで説明したようだな俺は。…全くこの悪癖は早治を検討せねばなるまいものだ………。──」
「──それじゃあ俺からも以上だ。『急がば回れ』、今度ばかりは安全運転を願うぞ。メイド」
「……飛ばしてくださいね、内さん」
「…う、うんっ。行くよ!!」
絵文字に引っ付き、目指すは離れのホテルまで。
キックボードを走らせ、私達はこの場を後にしていく。
時間を大幅ロスした芹沢襲撃タイムではあったが、その分何よりも欲しかった情報を得たので結果はオーライか。
…この失った分の時間は、絶対に取り戻してみせる。
かぐや様も……っ。何もかもをっ…全部…………………。
シャ────────ッ……………
不安と半端じゃない憂苦をグッと噛み殺しながら、私は再び夜風を浴びていく……。
「あぁそうだ。おい待て、絵文字の娘!!」
キキッ──
「え。私?! 何?」
「メイドはともかく。お前に是非とも渡したいものがある。…この割り箸なんだがな、一本五千円ってところでどうだ?」
「…はー??! いやキモ!! キモ高っ?! ただの割り箸でしょそれ!! 普通にいらないしキモっ!!!」
「…(キモキモ何だこいつは……。)あぁそうだ。これは何の変哲もないただの割り箸。五千円の値打ちに合うかで言えば、ボッタクリもいいところ。別に無理に買えとは言わないさ──」
「──だが、いいか? お前はバトル・ロワイアルについて『何も知らない』。お前も……、メイドも……、そしてお前らは『四人連中』の事さえも、何一つ情報がないわけだ」
「…………」
「買うか買わないかは自由だがな。もっとも、懐に収めておいて損だけは無いと言っておこうか」
「………………………わ、分かったって…!!」
去り際、割り箸と五千円札が夜空を交差。
それぞれの元へとトレードされていった。
「…くははっ! 毎度!」
【1日目/B2/ラブホテル前/AM.04:18】
【早坂愛@かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~】
【状態】精神不安定(軽)
【装備】チェンソー
【道具】???
【思考】基本:【奉仕型マーダー→対象︰四宮かぐや】
1:かぐや様、古見硝子以外の皆殺し。(主催者の利根川含む)
※:マーダー側の参加者とは協力したい。
→同盟:山井恋
2:ホテルにいるかぐやとのいち早い合流。
3:かぐや様が心配。
4:変態覗き男(新田)を警戒。
5:後々来るであろう『個室にてヤバイ女と出会う未来』に警戒…。
【うっちー@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
【状態】健康
【装備】電動キックボード@らーめん再遊記
【道具】割り箸
【思考】基本:【静観】
1:早坂についていく。
2:黒木が『キモい』なら、早坂は『グロい』!! グロメイド!!!
◆
………
……
…
暴走娘二人組が去って以降、幾ばくか刻が経つ。
情けないくらいに凡庸なラーメンの匂いが漂う中、俺は相変わらず新聞を読んでいた。
「…ねえ芹沢さん。あの割り箸さ、一体どんなすごい物なの?」
「なに? 割り箸に凄いもクソもあるか。本当にただの箸だアレは」
「はぁ?!!」
俺は夕刊新聞が好きだ。
「つまりはゴミで五千円をぼったくったわけ?!!!」
「ああ。人間ってのは想像深い生き物だからな。意味有りげに言えば、信じてしまうものだ。──」
「──なにはともあれ、軽い臨時ボーナスこれにて頂きだ…! ふふふっ、人の金で飲む酒が一番美味いってものよ!」
「詐欺じゃないのっ!!!! もう、信じられないっ…!!!!」
新聞という読み物は実に興味深い。
新聞記者という輩は、常に論客気取りで、一面に政治関係の罵詈雑言を掲げ、スポーツ面も悪意に満ちた記事を書くことが多い。
情報を判別せずそのまま掲載することから紙面の殆どは憶測記事とネタで大半。まるで個人アフィブログのようなレベルを平気で売り出す。
悪評。誤情報。印象操作のデパートだ。
「あっ。…そうだ、あのメイドさんがかぐや(?)って人追っていたの……なんで分かったの? 私たちそんな子と会ってないじゃない」
「あー。あれも適当だ。参加者名簿の中から目についた名前を話した。それだけだな」
「え、え、…はぁあっ?!! …たまたま当たったからいいものを………。外してたらどうする気だったのよ!!!」
「その時は『そいつがセンター分けの女生徒を追っかけていた』だとか言えばいいだけだ。…ただ、そのケースの場合、信憑性にやや欠けるものだから、今回は幸運が働いたな」
「……信じられない……っ。最低………」
「ほう。何が最低と感じた?」
「あんたが適当に大嘘こいたせいで、あの人達…迷惑に振り回されたじゃないっ!!!! メイドさん、改心する一歩手前だったのに……!! なんでそんな酷い嘘流すのよっ!!!!」
「……バカか。あの娘共は間違いなく再襲撃に掛かっただろう。メイドは知らんが、絵文字の変な女は間違いなく殺意が鎮まっていない。そんな危険な連中を、口八丁適当丁で退けられたのだから、感謝してほしいぐらいだ」
「そんなわけないしっ!!!! それに、あのホテルには確かに四人連れがいた…。──子供のよっ!!! 何も野蛮なんかじゃないちびっ子たちが!!! …メイドさんがあの人達を襲撃したら……どうすんのよっ!!!!!」
「知るか。俺達に幸運が作用した分、そのガキ共に不幸が渡る。そう考えろ」
「ぃっ!!!! もう、アンタって人は……もうっ──…、」
「お前こそ『もう〜』…だ。聞け」
「…えっ?!」
俺は新聞を愛してやまない。
こんなしょぼい紙切れで世論を動かせると勘違いしている、マヌケな記者共を想像するのが、何よりの笑いの肥やしとなるのだ──。
「────いいか? お前のお花畑脳はやたら悪を毛嫌っているが、ラーメン店において『悪』は時として強い味方となるのだ」
「……は?」
「悪は時として富を産む。お前の今後の…、殺し合い脱出後の経営についての話をしよう。──」
「──アンズ。お前の『来々軒』は食べログ評価星4の優良店らしいが、例えばこいつの評価を意図的に下げるとする。つまりは自演だ。自分や知人に協力してもらい、悪評を流したくって星1まで下げるのだ」
「いや絶対嫌よ!!! そんなの…馬鹿じゃないの!!」
「うるさいっ黙って聞け。…今はSNS最前線時代。星1の屋台ともあれば、頭の悪いインフルエンサーが店に集まり動画を撮る。バズり狙いに悪評を垂れ流すレビュー動画というわけだ──」
「──しかし、奴らYouTuberは無能ゆえにその職を選ばざるを得なかったバカばかり。一度麺を口にした途端、こう思うだろう。『あれ、悪評ほど不味くなくね』とな」
「……え?」
「その動画が拡散され再生される度に、同じく頭の悪い視聴者共が店に集まる。怖いもの見たさで来店し、その度『思ったより美味い!!』と勘違いし、次第に食べログ評価は元の高さまで戻っていく。売上も鰻登りになった上にな」
「………………………え、それ……」
「ラーメン作りにおいて一番重要な事は味であるが、『ラーメン店経営』においては別だ。味よりも、悪。悪を味方につけることこそ成功の秘訣……! 聞くぞ。お前にとっての成功とはなんだ? アンズ」
「…成功って。…それは、今は──…、」
「『殺し合いを終わらせるほどのラーメンを作ること』、だよな?」
「…………っ!」
「何事も綺麗事で済むほど、この世の中も、バトルロワイヤルも、人生も甘くない。『悪』こそが、お前の一杯に足りない最大の要因なのだ」
「………………」
…だとか、適当なことを言ってみたが。
──流石はハル曰く単細胞の小娘だ。
こんなめちゃくちゃな主張にぐうの音も出なくなったぞ。
俺の言った台詞。要約するならば、『つまり僕は何も悪くないよーん』という正当化でしかないのにな……。
「……ごめんなさい芹沢さん。私が間違っていたわ」
「なんだどうした」
「私、考え方を改めてみるわ!! 悪こそが大事!! 悪い奴らは大体トモダチ!! その考えで挑んでみるわね!!!」
「はいはい、そうかそうか」
…だが、これだからバカは堪らない。
しかも、コイツのような『実力あるバカ』は俺らからしたらこれ以上ないくらいの好都合なカモだ。
バカと何とかは使いよう、とよく言ったものだが。
俺はアンズのラーメン革命(笑)で絶対生き延びてみせる。
(行く末は、無許可営業に衛生法、未成年就労や殺し合いの件、超能力の件で、アンズの親から脅迫グレーに金をゲット。これでコンサルがパーになった件は埋め合わせだ!!)
ラーメン店で一番大切な物。
それは悪でも味でもない。バカな客の存在だ。
バカこそが俺を潤わせ、そして生存競争を勝ち抜かせる可能性を大いに沸かせるのだ…────。
「というわけで食べてみて!!」
ドン
「…あ? ……………何だ……これは」
「廃油マシマシ醤油濃いめ添加物増量賞味期限切れブラックラーメン!! 新商品よ!! 今までは化学調味料は体に悪だから控えてたんだけども……。芹沢さんのアドバイスで、新たな一歩に踏み出せたわ!!!」
「…………………お前…」
「ほら、たーんと試食して!! ねっ!」
……ただし、コイツや汐見のようなホンワカパッパはお断りである。
◆
【ラーメン界の第一人者・芹沢達也 〜本日の名言〜】
──いいか。ラーメン店において悪は時として強い味方となるのだ。
〜バトル・ロワイヤルを経て学んだ『ラーメン道』 アンズメモ〜
①悪評は経営において有効活用すべし。逆ステマは絶対バレない自演方法!!
②最初は悪評まみれでも成り行き次第では向上される! 未来を信じて頑張ろう。
③ラーメンの隠し味に悪は必須。ただし加減はほどほどに……。
◆
【1日目/B2/屋台『とんずラーメン』前/AM.04:23】
【アンズ@ヒナまつり】
【状態】健康
【装備】中華包丁
【道具】寸胴鍋
【思考】基本:【対主催】
1:芹沢さんと協力して打倒主催!!
2:必要悪ってことなのね……。
3:ホテルの四人組(ライオス一行)が心配。
【芹沢達也@らーめん才遊記】
【状態】満腹限界(大)
【装備】???
【道具】???
【思考】基本:【生還狙い】
1:アンズの念動力を利用し生還。
2:どんな卑劣な手段を取ってでも生き残る。
3:殺し合い開始数日前、俺は未来から来た『ハル』にゲーム崩壊を託された。……なんなんだコイツは。
4:それにしてもアンズのラーメンは冷食同然だっ!
最終更新:2025年08月03日 15:20