『空に消えてった 打ち上げ花火』











 夏。


 コレでもかと肌を焦がす太陽と、アスファルトに揺蕩う陽炎が、恋心を後押ししてくれる。

 そんな熱い季節。


 私には夏の思い出なんて、十七年も生きて一回もなかった。
 稽古に作法に堅苦しいしきたりばかり。
 生まれながらにして《四宮家令嬢》という制約に雁字搦めだったから、夏休みの愉しさは全く記憶に無い。
 ずっと、ずっと。真っ暗なだけの思い出が、私の夏を構成している。

 暗い部屋で、窓から見えた小さな光〈花火〉だけが強いて挙げられる夏の思い出だった。


 それが四宮かぐやという子女の決められた人生だというのに。


──会長…。酷いですよ。…貴方のせいなんですからね……。

 周囲から『氷のかぐや姫』と蔑まれて孤立し、孤立される態度を取ってた私を生徒会に招待して。


──…酷いですよ。

 一学期終了後の生徒会室で、不器用で遠回しながらも私を夏の予定に誘ってくれて。


──……あんまりですよ。

 屋敷を飛び出して、何処にいるかも分からない私の居場所を、わざわざ探して声を掛けてくれて。


──……ほんとに……ひどい…ですよ……。

 私なんかの為に、八時半までやってる千葉の花火大会まで連れて行ってくれて。
 普段はどケチこの上ない守銭奴な癖して、あの時だけは花火会場に間に合わせようとタクシーを呼んでくれて。
 後部座席で藤原さん、石上君と──皆で肩を並べながら……。夜空に溶け込む夏の光を私に見せてくれて。

 それでもって、私は花火よりも、会長の横顔から目が離せなくいて────。



──会長…。…貴方のせいなんですから。

 心臓の音が五月蝿くて、もう花火の音は聞こえなかったあの短夜。
 人生で初めて浴衣姿で夜を通したあの夜を、私は忘れられなくなってしまったのだから。

 …だから。



“不思議だ。花火を見ていると何もかも許せる。自由のない生活も、醜い裏切りも、こんなにも苦しい人生も。何もかも許していけるような気がする。(聖ヨハネ祭のアレクセイエフの言葉)”



──いつか…。『責任』。取ってくださいよね……?


──ねっ…………。


……………会長…────。






「……………」

 狭い密室で肩を並べ、小気味良いFMラジオに耳を傾け、喋りをしながら街を駆け抜ける──俺と四宮。二人きり。
このシチュエーション……、言うなれば『ドライブデート』という事になるんじゃないのか? …莫迦な考えがふと過る。
厳密には車内に運転手もいるのだから、二人きりなどではないのだが。
過去をいくら遡ろうとも、四宮と隣同士でドライブという経験は無かったのだから、不覚ながらも妙にソワソワしてぎこちない。
殺し合い中だというのに、全く俺は不埒な奴だ………。
…はは…。


『Déjà vu────ッ♪ I feel like I've been here beforeッ────♪』
『I feel ungroundedッ────────♪ It’s probably time to leave────────ッ♪』

「いやうっせぇ───────なァ?!!!! 小気味良いFMラジオ!!!!」


「…え? なんかゆうたか白銀!」

「……いや。きっと空耳ですよ。…島田さんは気にせず運転の方を…」

「………。おう。…デジャブ〜〜ッ♪ アイフィーンザセッセコー♪」


ブゥオオオオオオオォォォォォォォン………



 ぐっ……。
あぁそうだ。全身がソワソワぎこちない理由は四宮なんかじゃない。──島田虎信とかいうゴロツキの荒れた運転が大いに原因だっ!!
よりにもよってカーラジオはイニ●ャルDがリクエストされたものだから、そのタイミングの悪さたるや……。
ハイテンションかつゲーム感覚で乗り回す島田某の運転で、かれこれ十五回は衝突寸前&タイヤ痕撒き散らしを繰り返している…っ。
──…これのどこがドライブデートだ!!?
──…俺が所有する普通自動車免許を見せつけても運転を代わらせてくれない、これのどこがデートなんだっ??!
…巫山戯るのも大概にしてくれっ………。


「あっつ〜〜!! しっかしなんでこうも日本の夏はバカ暑いねんな!! ジメジメもええとこやで。なぁ、姫」

「…姫………。年々気温が上昇してるものですから…。自然に抗えませんね」

「ほんまっな!! こうゆう暑い日はやっぱビールをクイッ…って。そしてクゥ~ッ…!! ってしたい気分やで。今すぐな!」

「「…………」」


…クソッ。恐ろしい事を言い出す男め……。
普段の俺ならば今頃、最も迅速かつ、最も効率的たる対処法でこの島田某を亡き者にしたところだが…。生憎、カフェイン不足で慢性的な眠気《ナルコレプシー》に入っている。
脳は仕事を放棄し話にならない為……、仕方なく今は支給品をデイバッグに仕舞う作業中だ。

 さて、ここで利根川センセーから頂戴したありがた〜い支給品の数々を紹介する。
──俺が天才であるが故のハンデだろう。支給物は見事なまでにゴミばかりであった。
主要武器のATハンドガンはまだ良いとして、『シュシュ』に『本』に『ティッシュ&ウェットティッシュ』と『ブレスケア用品』に『ハンドタオル』……。
この無作為ぶりは、もはや何か隠された暗号を模しているのか…と考察してしまう位だ。
全く以って莫迦莫迦しい……。愚の骨頂…。
こんな品々を手配して「サッ、これで殺し合いしましょう〜!」と考え至る主催者大センセーの低能ぶりは嘲笑せざるを得ない…。
──あ、笑うのは自重しておこう。ウケ狙いでこんな支給品にしてる可能性も捨て切れない。


「………あー、会長…話聞いてますか?」

「──あっ。これはすまない、四宮。…少し集中が逸れていてな…」

「…ところでさっきからやたら不自然な角度で首を曲げて……、私の顔見てこないですけど……。一体どうされたのですか?」

「…え。あぁ、あぁ。目にまつ毛が入ってしまってな。まぁ気にしないでくれ」

「……それは……。お気の毒に…」


そうそう、支給品が正月の福袋同然な事は四宮もまた同じく。
ゲームのカードやトランプがぎっしり、それにナイフ二本(──と言っても、一方は玩具のナイフ。刺さってもグニャっと曲がるダンボール製だ)…と。
そんな物…犬か藤原書記にでもくれてやれっ……!──口を大にしてツッコみたい位の有り様だった。…なんたる酷さだ………。
ツッコもうと思えば一番マシなアサシンナイフに対しても向けれる…。
銀色に鏡反射し、その鋭利さときたらどんな腱でも軽く掻っ捌けるであろうナイフ。──ただ、それを普通…女性参加者に渡すものか?! 男女格差を考えたら俺の銃こそ四宮に支給すべきだろうに……。
最後までチョコたっぷりの屑さだな…。凡骨利根川の頭を揺らせばきっと「カラン、カラン」と小気味よい音が聞こえるだろう。

はあ………。全く以って……………。


「くだらん。…本当にくだらんゲームに巻き込まれた物だ。…誇り高い秀知院学園の俺達がな……。そう思うよな、四み────…、」

「はい。……………………にゃあ」

「ィィぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいや──────ッ!!!!!」

「うわ!! ど、どうしたんですか会長!!」


「…しまった!! お、俺としたことが…つい四宮に顔を向けて……」

「は、はぁ??? まーたそうやって不自然に目線そらして!!!」


………くっ。…『猫耳』の、…四宮…………。
何故っ、何故あの時のコスプレグッズが四宮のデイバッグに紛れているのだっ…………!
──そして何故貴様はそれを被っているっ…………!! ──てかなんでニャアと鳴いたっ…?!
昔から猫好きで…、あのモフモフだが屈託のない耳が堪らず好みな俺だが………、それを四宮が付けるなんて……まさしく『奇跡的相性《マリアージュ》』。
今の四宮に顔なんて到底合わせられない。…何故なら優秀最美な俺らしからぬニヤケ顔を見せてしまうからだっ…。
くっ、罪深い女め…。四宮……。うっかり油断して見てしまったじゃないか…。


「…全くもうっ。どうしたんですか会長。らしくないですよ…」

「………あぁ、大丈夫。ダダダダダだだだダダダダイジョーブダカラ。…気にしないでくれ……」


「…………クッ、ハァアア〜〜〜〜っ!!! もう!! 賢ぶってても姫は察しが悪いねんな!」

「…え? なんですか島田さん。いきなり……」

「白銀はお前のその猫耳が愛おしゅうて愛おしゅうて仕方ないから顔見れへんのやろが。分かるか? お前そいつに好かれとんねん。そゆこっちゃろ。知らんけど」

「………は???」「……えっ」

「それを察して言わんのが普通女の役目やさかい。…おのれが気付かんから俺言うてもうたやないか。なぁ? 白銀!!」


 …………。
この男…、まさしくカオス《不可解物体》……。
デリカシーも何も頭にない上、場の空気を混沌化させる発言をしておいてひょうひょうとした顔だ…………。
…どうするんだこの空気…。それを言われて俺はどう返せば良いというのだ……っ。
一刻も早く始末しなければ俺と四宮のメンタルが保ちそうにない…………っ。──というか島田某、何故貴様も猫耳を被っているっ…?!! 確かに二組セットだったが何故つけた………??
…頼む、四宮…。ここはどうにか話題転換を率先してくれ………。


「…あーあー、そんなことよりも……。島田さん、目的地はどこをお考えで……?」


ナイスッ!!! さすがは俺が見込んだだけある適応力だっ、四宮!!


「…あー? そんなん、…別にないで。行く先も分からぬままブラブラ走っとるんや」

「(…尾●豊かッ!!)え……。何ですか、それは…………」

「別にええやろ行き先なんか。ただ走りまくる、それに意味があんねんやから。知らんけど」

「全く解せません…。なんなんですか貴方は………」


「まぁまぁ四宮。…島田さんがヤバい《カオス》な事は俺も同意だが、このひたすらな運転。理には適っているぞ」

「……え? …意外ですね、こんな人の盾につくなんて。会長、その理とは一体…」
「いやおいっ。薄々感じ取ってはいたが…お前らやっぱ俺のこと見下しとんな!!!」

「簡単な事だ。猛スピードで走り回る車を襲撃できる者はいやしない。ましてや、この車は『ハマーH2』という高級車で防弾、衝撃対策もバッチリだ」

「……はあ」

「ほら見ろ、このウインドウなんかちょっとやそっとじゃ傷が付かん。これはな、水と片栗粉を混ぜた繊維複合流体(shear thickening fluid: STF)が由来で、こいつは衝撃が強ければ強いほど──…、」


──あっ、あっぶねェェェェェ!!!!
これ饒舌に語れば語るほど四宮からオタク扱いされるやつじゃねっ…?!
俺がこのまま好き放題、ハマーH2について語るとなれば…行く末は………。


“へぇ。会長って意外にもオタク系の方だったんですね。そんな石上くんみたいに……”

“…普段こそは真面目なのに、さしずめ部屋に帰れば車〜車〜…と子供のようにはしゃぐのでしょう。それが会長の本性…。まぁ、なんて──”



“────お可愛いこと。”



…あぁぁぁ、あぁあぁぁあ……。


「──ってなりそうだから雑学はこの辺にさせて貰う。勘違いするなよ? これはあくまで学園発刊の新聞から得た知識だ。…そこは勘違いするな」

「え? え?? 私何も言ってませんよ」

「…ともかくっ。車内に身を置く事は現状最大防衛となる。生存の術として、今は車の中にいた方が一番良い」

「……はあ、成程…──」


「──…。(…じゃあ尚更運転手の交代急がねばなりませんねっ会長!!ゴニョゴニョ)」

「……。(すまない…。今俺は寝不足との闘いで精一杯だ。四宮、どうにかして此奴を…ゴニョゴニョ)」



…フフッ。
まぁ生存の術とか言っておきながら、俺はあくまでゲーム優勝を目指す【マーダー】サイド。
莫迦共が潰し合い、ゲームが佳境になるまでの時間潰しとして車内にいるまでなのだがな。
…ほんの僅かな時間であるがせいぜい余生を愉しむと良い。俺に不意打ちで命落とすその時間までをな。島田某に、──そして四宮っ。

…しかしまぁ、僅かな時間といえど、参加者が小数まで絞られるタイムは十八時間…──いや、一日程要しそうだ。
この無駄な隙間時間を有効活用するべく、とりあえず俺はフランス語スピードラーニングでも聴くとしよう。
イヤホンに軽く息を吹きかけ装着…と。

…あー、コマンタレブー。
オーオー、アドモアゼル。ジュマペール…。


「まぁでもミサイルとか戦車ぶっ放されたら流石にお陀仏やけどなっ」



………………。


「え、…そりゃそうですけど…。島田さん?」

「いや、白銀さっき言うたやん。車ン中安全やて。でも全部が全部防げるわけちゃうで。例えば〜…、グレネードランチャーとか。あれいったらハマーH2も俺等も逝くやろ」


「……………」「…………」


「島田さん……。それって俗に言う『フラグ』って奴じゃないですか?」

「なっ! おい四宮……。それを言うな…っ!! マジに飛んでくるだろうが………」

「…あっ、すみません……」


「いや、アホかッ!! 漫画か!! そんなタイミング良くグレネードランチャー来てたまるかい!!! …大体なぁ────…、」




──大体なぁ、に続けて島田虎信が何を言おうとしたのか。今となってはもう分からない。

最初に気配を感じたのはこの俺だった。


気が付いた時にはもう、後ろ窓ギリギリに大きな『弾丸』が迫っていたのだから。
この時俺はもう熟考を諦めた────。




…回収早すぎんだろ。




 ドッガガガバギャァァアアァアアアアアアアアアアアアア────────────ッッッ!!!!!!!


………
……



 ────DIE HARD。
グレネードランチャーの雄叫びを直撃した車が、二度、三度──ゴムボールのように弾んで燃え盛る。
宙を舞い、そして地面に叩き付けられ……、メッキメキに大破してもなお最後は四輪で着地した様はさすが高級車・ハマーH2と言えようが、それでも炎に包まれてることには変わりない。
油煙の焦げ焦げしさ漂う街角。火の海と化すアスファルトに、車。静寂だった夜が地獄絵図でメラメラと照らされる。
火炎車から幾ばくか離れた場所に立っていた男────狙撃者張本人は、消炎昇る大砲にフッ…、と息衝き。
この惨状に似合わぬ落ち着いた表情と、殺人者らしからぬ格式高い背広の格好がまた不気味であった。


「お〜〜。結構燃えるなぁ…………──」

「──…これで三キル…か〜…。わしも……っ! ククッ……。若い参加者達にはまだまだ負けんぞぉ……………?」


推定年齢五十代ほどのその男は、目を擦りながら巫山戯た事をほざく。
続け様、奴は大口を開けてふわぁ〜、と欠伸を漏らした。奴にとっては、この一連の殺人など、つまらない仕事をこなしたかの如く単純作業なのだろう。
その表情からは奴の心がまったく窺えない。
一見にして昼間そこら辺にいそうな普通のリーマンであるが、今後も。──これからも、こうして人をつまらなそうに爆殺していくに違いない。


「…うーん……。ま、三十点ってとこかな………っ? クククッ……。派手さが…ちと足りんかったから…………。まぁもういいや──」

「──さっさと全員殺して……っ! ひとっ風呂浴びて帰ろう……………」


燃えゆく車内の死体はわざわざ確認するまでもない、と言うように。
中年リーマンは身体の向きを反対方向に変え、またつまらなそうにこの場を去っていった。








「…それは言い換えるのなら、『隙だらけの背中』……。フッ、誰だか知らんが哀れな男だ──」




「──そう思わないか? ────『四宮』」

「…えぇ。それよりも、この現状でその鎮まった態度……。流石ですよ…──」


「────『会長』は……。私なんて…もう、恐ろしくて……。震えが止まりを見せません………」

「心頭滅却の精神だ、四宮。この灼熱の如し煙も、そしてスリルも……。心を平静に保って、暫く俺について来い……っ」

「…ええ。了解」



────燃え盛るハマーH2から、ブロロロ…とアクセル音が鳴る。



「それじゃあ、────島田さん、お願いしますっ!!!! アクセル全開で、突き進んでくださいっ!!!!」


────こんなに大破し、辛うじて原型を留めているに過ぎない廃車だというのに。



「行けっ!!! 島田さん!!!!」


────かつて公道を走り回った高級車の『魂』は、まだ。


「命令すんなガキの癖になァ!!! ンなん、言われへんでも──」



────炎に負けないくらい燃え燥いでいた────。

運転手の島田某は、恨みを晴らすが如くアクセルを踏み倒し────、そして同じく前方を睨む後部座席の二人、俺と四宮。車は一気に加速するッ。
──ブゥオオオオオン────。
装甲は大火傷まみれだが、ハマーH2は最期の運転を遂行すべく、そして、誇りをかけて。
火炎車は、隙だらけのリーマン目掛けて、夜の街を110km/h限界突破で走り切る《Driv'ing High》──。


「──あのクソをぶっ潰すまでやァアアアアアアアッッ!!!!!! 喰らえェエやァアッッッ!!!!!!!」


 “轢ッ”
 【Night】ッッ──────────、

  “逃ッ”
  【of】ッッ──────────、

   “炎ッ”
   【Fire】ッッ──────────!!!!


──マフラーが炎を吹き散らした。






ドンッ────、


「があっ……!!!!」


俺自身生後以来初であろう、人を轢き飛ばした感触が伝わる。
窓ガラスが大破している故もれ聞こえたうめき声と、宙へ弾き飛ぶリーマン…。
…愚かな殺人者め。──値段にして12,000,000円。その重みある価値の高級車が、たかが豆鉄砲一発で機能停止すると思うか?
それに、此奴──ハマーH2は元々イタリアの軍用車を模して製造された物。
…闘う相手を見誤るとは、殺人者として全く情けない奴だ。

言っただろう?
この『ハマーH2は最大防衛』……とな────。


「まぁ全然安全じゃなかったですけどねっ!!! ゲホッ、ゲホ……。大破どころか爆発寸前ですから、この車!!!」


……………確かに、安全…ではない。
打撲と軽いムチウチで住んだ四宮と俺はまだいい方。島田某なんてどうして運転できるのか不思議なくらい頭から血を流したのだから、…防具としては失格の烙印だ。
………フッ。…その点は御愛嬌ということで片付けるとしよう。


──…キキィ──────ッ…


「おっしゃ、ほんじゃさっさと降りるで、白銀っ!! 姫っ!!」

「…はいっ。四宮、俺に掴まれ…!!」

「えっ…? あ、わ、私は一人でも大丈夫ですから…とにかく出ましょうっ!!」



熱した鉄板の如しドアを蹴り破り、無事外界へ。
この俺を殺めようなどという、莫迦な殺人者の面を一目拝もうと。島田某の後を追う形で、俺達はハマーH2の亡骸を後にした。



…………
………
……



「がっ………。ぐ……、…う……………。ぎ、ぎぎ…………………。ハァ…、ハ………………ァ………………。…ククク──」



「──クククッ………!! は、はは……はっ…! クククッ………………! …ク、ク………!!」


「…見るな、四宮」

「……………っ」


 眼、鼻、耳。顔の穴という穴から血を垂らす中年リーマン。…何が可笑しいというのか、口部からは唯一笑い声が漏れ出す。
この一笑──轢かれた衝撃で前頭葉が損傷したのか、それとも自分が死に行く“今この時”をも楽しんでると言う訳か。…どちらにせよもう俺には関係ない事だ。
島田某、そしてしゃがむ俺と四宮の三人に囲まれて、ただ痙攣を続ける殺人者はまるで道端に落ちた蝉だった。──否、蝉ほど長生きできるのならもう御の字だろう。
既に虫の息となった奴は、もはやただ俺達に看取られるのみだ。


「ク…クッ…………。ク、クク……グッ………。ぎぎ……………………」

「おい、オッサン。…なに笑とんねん。あぁ? 言うてみいや、コラ」

「ちょ、ちょっと。島田さん…」


「……………………………………。…………クク、……………クッ………」


メンチを切りしゃがむ島田某と、彼に胸倉を掴まれ振り回される中年。
血痕が付着しながらも尚気高さが溢れるそのスーツからして、奴は重役か権力者と推察できるが。──まさか自分がこんな最期を迎えるとは思いもしなかったろうにな。
…仕方ない。こうして出逢ったのも何かの縁と考えるとして。惜別に俺からも最期、奴に言葉を贈るとしよう。


「…聴こえてるのか知らんが、まぁいい。良いか。これは神の憐れみだ。あれほどの事故なら貴様は普通、即死」

「………………ク、ク………………………」

「神が改心させる時間をチャンスとしてくれたのだ。この短い時間の中できちんと自戒できれば、極楽に行ける可能性も、…辛うじてだがあるだろう」

「か、会長…………………」


「………………。ふ、は…、はは………………」




「「……あっ」」


奴の震える手が、俺の胸元へとゆっくり、ゆっくり伸びて行く。
ピタッ──。皺目立つ指先の感触が伝わったのは、金の飾緒。
戦時中、戦没者の章飾から特殊な工程で金箔を集め作られた、この秀知院学園の飾りを握り──奴は何を考えたか。
スー…、と手を降ろしていき、俺との最初で最後となる会話を口にし出した。


「ク…………ク、クッ…………。まさしく……、──勝者…………っ! ……き、君は………人、生の……………勝者だ…………ね………」

「…なに?」

「この……飾緒……。…あの、…秀知院……学園、の…………。………生徒会長にしか………………与え、られぬ…。重みの……………飾り……だ」

「………それがどうしたと言う」

「………まさしく…人生の………勝者、じゃないか………………、君…は。…そんな……人間と、相まみえる…とは………………わしも運が……ない。……す、素晴らしい……………っ!! …おめでとう……っ!──」


「──Congratulations…………っ!! Cong…ratulations………っ………………!」


「………………」

「………下賤ね…。狂ってる…」


賛辞の言葉を送るその顔は──、──その目は、視力を失ったかのように死にきっていて、そして狂気だった。


「チッ、なにがおめでとうや? …ちゅうかオッサン。お前、視覚も聴覚も理解力もまだイカれてへんようやし、俺からも言わせてもらうわ」

「………………ク、ク………ッ……」

「自分、何十年生きとる思うねん? どこぞの馬の骨に「殺し合いしてください」ゆわれて、ほんで従うとか……。終わっとる思わんのか? 何歳やねんお前。やって善い事と悪い事の区別もできんのか」

「……………」

「親父くらい歳の奴にあんま言いたくないんやけどもなぁ………。ほんまお前屑やからなっ? 最低やぞ? ボゲッ──…、」


「……………………逆…さ…っ」



「…あぁ?」



「わしは……かれこれ…三十年近く………っ。働き…続け、たが…──」

「──……わしが……この国にしてきた…………、…その…発展の……礎……貢献……! その………圧倒的…貢献…貢献………──貢献っ……を考えれ…ば………!──」

「──若者《クズ》の……っ! 五人や六人………。…殺そう…と……問…題は無いっ……!──」


「──わしには…許される………はずだっ………。……若…造、…………違うかっ………………!!」



「……………」

「……此奴………っ」



「……………………クククッ…。はは、ははははっ…………! ハハハはははっ…! ははははははは──…、」

「もうええわ」


外道に掛ける言葉はもう無い──、と。島田某は強く握っていた胸倉を力無く離す。
ドンッ──と地面に後頭部が激突する音が響き。それが直接の死因となったか、それとも下賤同然の罵詈雑言はイタチの最後っ屁で言い終えたと同時に力尽きたのかは分からない。
どちらにせよ、リーマンは糸が切れたかのように全ての身動きを取らなくなり──。


「………お亡くなり、ですね」

「…………。けったくそ悪い……ッ…」


────不気味な笑みのまま絶命し切った。




「……………………」


「………。さて、弾丸が…四つ。…よいしょっと。結構重たいのですね、グレネードランチャーって…」

「……な?! お、おい四宮!!」


『氷のかぐや姫』──。とは、中等部時代の彼女を表す異称だが、…四宮は冷たい眼差しで、そして尚且つドライにも死体の武器を担ぎ始めた…………。
……何を……。血迷っているのか此奴は………?


「姫…!? お、お前なぁ……」

「…し、四宮。仮にも…人様の……。しかも今事切れたばかりの人間の武器だぞ……? お前らしくない…。も、モラルとかないのか…」

「…あら。お言葉を返すようですが、会長らしからぬ適切さに欠けた思考回路。これを誰かに拾われて、そしてまた撃たれでもしたら溜まった物じゃありませんよ」


「「………………………」」


「それとももう一度喰らいますか? この下賤な花火を」

「………。…すまない。俺とした事が」



…一応納得する素振りは見せたものだが、しかしやはり四宮…。侮れん、恐ろしい女だ。
合理性は強調する反面、倫理観は著しく欠けている……。見ろっ、ヤクザ者の島田某でさえ流石に引いてるぞ………。

この冷たさは死体を前にしたショックも含まれているのだろうが、奴は『氷のかぐや』から脱却した今でさえ恐るべき一面がある。
優秀かつ、何に対してでも常に万能で、それ故に一切の隙を見せない──小悪魔のような女。
難攻不落で、在りし日の風雲たけし城よりと付け入る隙がない。
まだ奴は牙を見せていない現状だが、この殺し合いで一番敵に回してはいけない人間はまさしく四宮。
バトル・ロワイヤル優勝も、四宮なら容易くやってのけることだろう。
末恐ろしい無惨さこの上無い。


────そんな女に、俺は惚れ。あまつさえ告白させようと四六時中策を練っているのだがな。
…………はぁ。…はは…………。


「…いやあり得へんって!! 捨てときやそんな──…、」

「さて長居は無用だ。そうだな? 四宮」

「ええ、会長」

「……おま…。お前らっちゃ、ほんま………」


 後は腐り朽ち果てるだけの、中年の死体には目もくれず。
未だバチバチと熱気五月蝿いハマーH2をバックに、俺達は立ち上がり行動を開始した。
──存在意義は全くとて無い島田某がひっついてくるのは癪だが、…始末するのはまだ先としよう。

数歩進んで、涼しい風に吹かれる。
金の飾緒が揺れる中、上着のポケットに手を突っ込み、俺は今後の生存術について省察し続けた。




【黒崎義裕@中間管理録トネガワ 死亡確認】
【残り65名】








「…──────あっ!!」




──さて、『ポケットに手を突っ込んだ』俺であるが………。
その際生じた『気付き』たるや、吉なのか、凶なのか…………。


「? どうしたのですか? 会長」


「……拙い。…今引き返したらまだ間に合うものだろうか…………。クッ、面倒臭い……っ」

「はあ? なんやねん白銀」


「ポケットに入れた筈の…。俺の支給武器が……無いっ! 十中八九、あの車の中だ……」

「はぁ〜〜〜!?」「そんな、会長…。ドジキャラは…伊井野さんで十分ですよっ」


…無論、支給武器とはどんな莫迦でも使いこなせるあのハンドガンを指す。
そいつはポケットサイズだった為、いつ引き金を引いても良いように仕舞っておいたものだが……。──これも寝不足の限界が故かっ…。
クッ、屈辱だ………。

俺の周りには暴力奴の島田某に、ナイフ&ランチャー四宮がいる為、武器所持の必須性乏しいとも言えるが……。
ただ、それだとあまりに格好が付かないではないかっ! このっ、俺がっ!! 莫迦っ!!

……あんな小さなピストル一つにわざわざ数メートルも引き返すのは…煩わしさの極みであるが…………。
…ぐうっ、やむを得ないだろう。


「…不覚だ。……四宮、悪いが今銃を取ってくる。急いで戻るから少し待っていてくれ」

「あっ、会長!!」



…恐らく後部座席に置いてある所だろう。探す手間は無いものと考えられるが、…全く……寝不足の俺は情けない……。
来た道をUターン。──俺は忙しなく車へと身体を向けるのだった。






────その振り返った視線の先に、『俺のハンドガン』は在った。





「……………………………えっ?」






委しく言えば、『銃口』がこちらを向いていた────。






「………クククッ………!──」



「──上手いもんだったろう? 齢男の……っ、…『演技』も中々…………っ!」





────想像を驚嘆上回る光景を目にして、この時俺は考えることを完全に忘れていた。


────ハンカチで顔の血を拭い、ニタニタ不敵に笑う眼の前の男が。

────絶命した筈の男が、何事もなかったかのように直立し。



「だがなぁ…………、ダメじゃないか……っ!! …クククッ……。これだから……、これだから、敗者共は面白いっ…!! 滑稽で、淀みなくバカで………!! ククク──」


「──刮目…っ…………! 花火の再炎をっ…!!!」



────あの時。

────『奴』が俺の飾緒に触れたあの時、盗ったのであろうハンドガンが。

────一発だけ、放たれて。




 ──パァンッ



「…え? ……………………──えっ」

「……ぃっッッ!!!! 避けろッッ、白銀ぇえっ!!!!」





────中年リーマン。奴は恐ろしく狡猾で、卑怯で、そして何よりも計算高く。
────たった一発の弾丸でここにいる三人全員を滅ぼす手段を取ってみせた。


────速急、距離を詰めた島田に突き飛ばされる俺。
────やっと我に返った俺が見た『スローモーション』は。




真っすぐカミソリのように飛んでいく弾丸と──────。

狙いピッタシに『ランチャーの』黒い弾に直撃する様と──────。



「…会ち──…、」




火花。






太陽の様な眩しさと、悲鳴の様な爆轟が泣き喚き。

火花が盛大に咲き乱れる。






俺の目は熱く熱く、どこまでも焼き付かれた。

─────『今の』ランチャーの持ち主が、高く弾む光景に。









かの奉る不死の藥の壺に、御文具して御使に賜はす。
勅使には調岩笠つきのいはかさといふ人を召して、駿河の國にあんなる山の巓いたゞきにもて行くべきよし仰せ給ふ。
峰にてすべきやう教へさせたもふ。
御文・不死の藥の壺ならべて、火をつけてもやすべきよし仰せ給ふ。

──────────(竹取物語 原文)


 かぐや姫は月に連れ帰される歳、愛した男に不死の薬を残す。
だが彼女の居ない世界で生きながらえるつもりはないと、男は薬を燃やしたという美談で締められる。

でも、考えてみればあの性悪女が相手を想って不死の薬なんて渡すと思うか。
俺はいつも思うよ。

あの薬は「“いつか私を迎えに来て”」────そんなかぐや姫なりのメッセージだったと。

だけど男は言葉の裏も読まずに、美談めいた事を言って薬を燃やした。
……酷い話だ。



俺なら絶対かぐやを手放したりなんかしないのに────…。




最終更新:2025年04月17日 21:43