『ターミネーター3』



[登場人物]  吉田茉咲札月キョーコ





 深夜の街中を木刀片手に闊歩する金髪の女生徒。
まるで昭和さながらの光景だが、平成の今でも補導対象となるのは言うまでもない。
平成2x年、AM.0:00。FM放送でヨドバシカメラが時報を伝えた夜。
彼女は、無人の渋谷を一人歩いていた…。


「クソッ!! マジで許せねぇ…、畜生ッ!!」


 吉田茉咲はお色気担当らしく、頗る荒れていた。



訂正。


 吉田茉咲はヤンキーらしく、頗る荒れていた。


 蒸し暑い熱風が、制服に、スカートに吹き付ける熱帯夜。
彼女はにじむ汗を時折拭きながら、激しく歯ぎしりをギリギリ鳴らす……。


「殺し合いとか…。マジふっざけんじゃねえ………」
「…ふざけんなよオラァ!!」







……
「…にしてもよ、」


「…何に使うんだよ。これ」


 二時間余り割愛して。
ある程度、落ち着きを取り戻した吉田が目を落とす先。
それは、デイバッグに入っていた支給品──左手に持つオレンジ色のボールだった。


「…………ぁあ…?」


 ぷにぷに…と軟式球サイズのそれの弾力を確かめる吉田。
コンビニに置いてるカラーボールかなんかなのだろうか。
日常で見かける類似品はそれが一番近かった。
もしくは、ビッグサイズに品種改良された『いくら』とでも言えようか。
とにかく、パッと見だけではこれからの生存術になんの役が立つのか分からない支給品だった。

「…ったく、わけわかんねえゴミ寄越しやがって…」

「舐めすぎだろうがやっぱ!!」


 不可解な支給品チョイスに吉田は声を荒げる。

ただ、その苛立ちとは反対に、ぷにぷにぷにぷに……、と左手の開き閉じは未だやめようとしない。
口では暴言を飛ばしながらも癖にはなったのだろうか。
このゴムボールじみた何かをほぼ夢中になって弄くるのだった。

「しょうもねぇ。ホントにクソどうしようもねぇな」


三十八回、三十九回、四十回、四十一回……、まだまだ続く。
すまし顔ながらボールを握っては話すを繰り返す吉田。
もはや、無意識のうちにやってしまっているようなものだ。


 ただ、吉田がこのボールの名前はなにか、用途は何なのかについて分からないのも無理はないだろう。
なにせ、これは遥か未来。
平成末期の今から五十年後の世界で発明された、未知の品なのだから。知る由もないのである。

 その未来ではとっくに絶滅しきった『いくら』をモチーフにデザインのボール。
これをカチッとなるまで握ると、内容物の金属片が出てきて全身を包み込み、そのままタイムスリップすることができるという。
言わば疑似タイムマシンで、参加者の一人の超能力少女がかつてミッション達成のため使ったことのある代物だ。
奇しくも、その少女と同じブロンド髪の吉田の手に今渡っているわけだが。


ぷにぷに……、

「クソが…。ほんとどうしようもねぇヤツが主催してんだろな! あークソ!!」


このタイムマシンにも有効期限か、回数制限でもあるのだろう。
手中にあるオレンジボールは、時間トラベル機能をなくしたただの球。


ぷにぷに…、

「……田中にしつこく言われたから。進路マジメに決めようかなって思ってた時に、よ……」


しかし、『内容物の金属片が出てきて全身を包み込む』機能だけは残ってある状態で吉田に渡っている。
つまりは万が一強く握って「カチッ」と音がした瞬間。
頑丈な金属により身動きが取れなくなり、想定できる最低最悪の事態が待ち受けるのだ。


ぷにぷにぷに…、

「気が滅入っちまうわ、殺し合いとか。…こんなときによ……」


 ちなみに、金属片が全身を包み込む──とは具体的には。
身近な物で形容するとしたら、『湯たんぽ』だ。
湯たんぽの容器の中に体がすっぽり入り切って、蓋の部分にちょうど顔だけがでるイメージ。
そんななんとも情けなく惨めなフォルムに、コンマたった0.2秒で包んでくれるのが──────、


ぷにぷにぷにっ……

「田中……。すまねえ……」





────カチッ。









この『いくら型タイムマシン(備考:使用済み)』だ。

恐ろしいことに、タイムマシンは未使用/使用済み問わず、使ったら『服、下着を溶かしきる欠陥』もあるようで。
吉田の肌がスースーと違和感を認識したのは、湯たんぽ状態になって数分後だった…。






 七月七日。七夕。

織姫と彦星が年に一回密会すること許された貴重な日。


『777』とそのラッキーセブンが表す通り、老若男女様々な人が僅かな思いを胸に願いを込める夜にて。
殺し合いの聖地・渋谷では一瞬、とてつもない強風が吹いた。


「…この自販機、あり得ないんだけど!」

 人為的ではない、ほんとに偶然な自然風である。
ただ、そのパワーは業務用扇風機にも匹敵する威力。
渋谷の商店街に飾られた笹を簡単に吹き飛ばし、色とりどりの短冊たちがまるでヒッチコックの『鳥』のように目の前へ襲い掛かる。

「全部売り切れってなんなわけ? 何故かおしるこだけ残ってるし……。ふざけてるでしょうがっ!」


ビュ────っと、無数の紙が奥からバサバサ飛んできて、自動販売機とリボンの少女を埋め隠す。
一枚の、水色の短冊。
それが、ベタっと貼り付いた先は、折しも風の方を向いたキョンシーの末裔・札月キョーコの額であった──。


「『大きな希望を忘れない 一年後の七月 非処女の自分を信じて』…………」


「はぁ?? 願い事じゃないし。つかなんでシーク●ットベース…。意味わかんないわよ」


 顔に貼り付いた短冊の内容を、一応詠んでみたのだが…。
あまりのくだらなさに、口に出したことを後悔しすぐさま投げ捨てる彼女はキョーコ。
大蛇のような白く長い髪に、コントラスト的な可愛らしい真っ赤のリボン。
セーラー服が束の間の強風で吹き上げられるため、両手で慌ててスカートを抑え込んだ。
少女がさっきまで見ていた物は、ダイドーの自動販売機。
今や、ベタベタベタベタと短冊が張り付き妙なカラフルと化していたが、そいつはクソ真夏だというのにおしるこしか買えないという存在価値の無さをアピールしていた。
あったか~いだけが光り輝く飲料販売機。
ジメジメした熱帯夜で、喉の潤いを求め歩いたキョーコにとっては、癪に障る存在だった。

「つかもう嫌がらせみたいなもんじゃんね」


 快速列車の如し吹き走る暴風。
短冊のほとんどが、夜の彼方へと散り消え、周囲に紙切れ一つも残らなくなった時。
前方から、最後に凄まじい勢いで飛んでくる物があった。

それは、竹。

七夕飾りの笹代わりに使ったであろう、先の鋭利な長いそいつは、キョーコ目掛けて一直線に飛来する。
不運にも、そいつは誰かマーダー参加者が投じたわけではない。風に吹き飛ばされたものなのである。
また、不運にもそいつはキョーコの頭部目掛けて飛んできてるのである。竹槍ミサイルは、誰の意図せずとて少女を殺しにかかっているのだ。

生憎、パンパンと土埃を払うキョーコの眼中にそいつは無く。
凄惨な事態の回避は一般人なら不可能であった…。


「あっ、」


「よっと」



 『一般人なら』、である。
飛んできた竹の先を指一本で止めるキョーコ。
竹は完全静止したかと思ったら、刹那。──…一瞬で全身が燃え上がり、あっという間に跡形もなく消え去っていった。
まるで次元の裂け目から地獄の手が現れ、竹槍を連れ去ったかのような。
炭一つ残さず竹は焼け消えていった。


「…普通なら死んでたわね。これ」



 札月キョーコ。
彼女の正体は古来中国からの妖怪『幽幻道士〈キョンシー〉』。西洋でいうところの吸血鬼なのだ。
故に、見かけによらずパワーは人間離れの怪力。
加減をしないと簡単に抹殺しちゃうような怪物的破壊力を持ち合わせ、もちろん主食は暖かな鮮血。
それでいて日光、ニンニクなどの典型的弱点はなく、ヴァンパイアキラー泣かせと言えよう。

 普段は、諸事情からそんな体質を隠し、兄と平和に暮らすキョーコ。
だが、今は血飛沫交える戦場地帯だ。
何の戦闘力もない一般市民が大半をしめるこの殺し合いにて、彼女はまさしく、『優勝候補』の一人であったのだ。


「はぁーあ。喉ほんっと乾いたんだけど…」


 ギロッギロと意図せずとも真っ赤に血走るキョーコの瞳孔。
常日頃は兄の血液少量で自重する彼女だが、現状は野に放たれたアリゲーター同然。
多少理性は保つつもりだが、例えば弱っていたり死にかけの参加者が目についたら居ても立っても居られなくなることは間違いない。

「なんか、もう…」
「カッラカラだから…、やばいわ…。『喉』が」


 おしるこを買って冷やす時間など待っていられない。
そもそもどこで冷やすかなんか検討もつかない。
キョーコは、『自動販売機代わり』を求めてジリつく夜を歩き出した。





「あっ」


 初遭遇は突然にだった。

曲がり角を歩いた先、ガンガンガンッとラグビーボールのような形の金属が転がり続けていたのである。
いや、転がるというよりは、おきあがりこぼしのようにグラグラ揺れているというか。
最初は何なのか理解できないキョーコだったが、よくよく聞くと金属音に混じって「おらっ!」と声がする。
そしてよくよく見ると、そのラグビーボールを見ると部分的に顔が出ていて、それまた起き上がりこぼしのようだった。
ものすごく険しい女の顔、何となく自分と同世代に思えるその顔から「おらっ! …クソッ!! おらっ!」と聞こえ、
つまりはソイツが『初遭遇の参加者』であった。


「…いやキモっ。何…これ」



「…ぁあん?! なんだテメェーは!!?」

「いやそれはこっちのセリフよ! つか意思疎通できるのかよ…! 余計キモいわ…」


 キョーコのファーストコンタクトはダルマ。
吉田のファーストコンタクトは吸血鬼。

 なんとも奇妙な組み合わせだ。
キョーコは張り詰めた緊張感が解け呆れ返ってしまった。
それにしても、さっきからダルマヤンキー吉田はグラグラグラグラ何をしているのだろうか。
彼女の意図なんか全く分からないキョーコは、とりあえず暇つぶしがてらに聞いてみることとした。


「アンタさ、一応…妖怪とか?」

「はぁ?! 違ぇよ!! いくらを握ってたらこうなっちまったんだ!! 私はこんな姿がデフォじゃねえぇ!!!」


「…いや意味分かんないわよ。寿司の話?? …って、そんなん聞いてるんじゃないや」
「今殺し合い中なんだけど、一体何してんのよ。馬鹿みたいだわ、あんた」

「…チッ! 背中のボタン押そうとしてんだよ」

「は? ボタン? なんでよ」

「ボタンを押したらもとに戻るから苦労してんだよっ!! こっちは!!」
「だから黙ってあっち行ってろ! 見世物じゃねえーんだよ」


 想像以上の口の悪さに辟易したキョーコ。
吉田がボタンがゴチャゴチャ云々と言っていたので、よくよく見てみたら、たしかに顔の真反対部分にオレンジ色のスイッチらしき物が確認された。
拳サイズほどで楽々押せるそのボタン。
ただ、手足がないダルマが自らそれを押すのは至難の業であろう。
成程、なんだか知らんがそれを押したくてガチャンガチャン四苦八苦していたのか、とキョーコは察しに至った。


「行けっつってんだろオラァー!!」

「……」


 嗚呼。
とにかく潤したい。水がほしい。
喉はモップ掛け暫く後の床タイル並にわずかな水分しかなく、舐めたくなるほどカッラカラ。
涎なんかじゃ足りないくらいにキョーコは渇ききっていた。
だが、眼の前のこいつを吸血したとして、喉は潤えどまったく満足度は高くないだろう。
というか単純に不味そうだし。
いや、それ以前にこんなやつを殺したところで残るのは汚点とプライドの崩壊だけだ。


「…だからあっち行けよ!! 何回も言わせんじゃねえーー!」


ならば、どうするか。



「…はぁ、──」

「──しょーがないわね~…」


 普段のキョーコならさっさと見なかったことにするだろうが、今はジェットストリームも終わる時刻一時過ぎ。
深夜テンションで少しハイになっていた彼女は、意外にもヨシダルマを助けてあげることにした。


「……。…なっ?! て、てめっ??!」


「ボタン押すだけでいんでしょ。それくらいならしてあげるわよ」

「や、やや、やめろっ!!! やめろオッ!!!!」

「いや何焦ってんの。別に殺さないわよ。ま、信じようが信じまいがアンタは何もできないけどね」

「いや違ぇんだよっ!!! とにかくあっち行けって!! 私一人でできんだよ!!!」


 ダルマの妙な態度が引っ掛かる。
その顔は急に真っ赤で、あせあせととにかく必死な様子だった。
まるで、見せたくないものを隠しているといった──キョーコはノックなしで部屋に入ったときの兄の慌て顔を彷彿とした。

ただ、ダルマ自身「ボタンを押せば助かる」的に話していたので別にやましいことなどないだろうとキョーコは判断。


「やめれ……グヘッ!!」

吉田を足で転がし、背中のボタンが見えるようにすると、


「…ぐぐ……──あっ」
「やめろ!! 今すぐやめろォッ!! そのボタンを押すんじゃねえぇえー……、」



「よいしょっ、と」


つま先でポチっと押し切った。




 瞬間。
シュルシュルシュル…と包帯のように金属片が夜空天高く舞い上がっていく。
同時に、オレンジのボタンも高く弾み、そこに向かって六つの金属片が吸い込まれるように収納されていった。

地面に落ち、ポン、ポンと信号機にぶつかるまで弾むいくらタイムマシン。


「はい。これでいいで……、」






「しょ……………、」






「………えっ……………………………?」





キョーコは、目の前の妖絶な光景を前に、絶句するまでだった。





 ────De deden den deden…

ダルマがいた場所、プシュウゥゥゥ…と煙が立ち込める中。



 ────De deden den deden..

そこにいたのは、立膝をついて呆然と下を眺める金髪の女。
言わずもがなダルマの元の姿だ。



 ────De deden den deden.

金髪の彼女は、自分の今の姿──厳密には服装に何を思うか。
服どころか下着、ブラジャーすらも着ず、これでもかというくらい露出された裸。



 ────De deden den deden…!

脱出された衝撃で揺れ動く乳房。──スタイルが良いだけあってその大きい胸が良く目立つ。
座り姿勢から辛うじて隠れる陰部と、ラインのいい尻。
金の髪が風に尋ねられて吹き付けられる。
故に恥部もちらちら覗かせてきた。



 ────De deden den deden…!!

暫し、放心していた吉田だったが、やがて覚悟したかのようにゆっくり顔を上げた。
目を合わさり、二秒。
あんぐり口を開けるだけであったキョーコはハッとさせられた。



 ────De deden den deden…!!!!

真夜中の道路で、突然現れた立膝の…全裸の女。
キョーコは過去に金曜ロードショーで見た『映画』を思い出し、目の前の光景と映画のリンクっぷりを驚嘆する他なかった。

奇しくも、その映画のキャラと『互いに』金髪である。




「これは…──、」






「──『ターミネーター3』………!!」









  In the ruins after the nuclear war.
  (核戦争後の廃墟の中。)

  The battle between humans and machines that wanted to destroy humanity continued for decades.
  (人類を滅ぼそうとする機械と人類の戦いが数十年続いた。)

  But the final battle is not in the future, but in SHIBUYA today.
  (だが最後の戦いは未来ではなく、現在の渋谷で広げられるのだ。)


  Tonight ...
  (今夜…)





「見やがったな!! オラァ──────!!!」


ドガッ

「あイッタぁーーっ!!! 助けてあげたのにっ!!!」



【1日目/F3/渋谷センター街・街外れ/AM.02:14】
【吉田茉咲@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
【状態】全裸
【装備】木刀
【道具】タイムマシンボール@ヒナまつり
【思考】基本:【対主催】
1:死ねっ!!!

【札月キョーコ@ふだつきのキョーコちゃん】
【状態】喉の渇き、ぶん殴られて「アイッター!」
【装備】???
【道具】???
【思考】基本:【微静観】
1:理不尽過ぎでしょっ?!
2:とにかく飲みたい


前回 キャラ 次回
011:『患部を切ってすぐ食す~狂気の相場晄~ 013:『らぁめん再遊記 前日譚
吉田さん 033:『札月妹! キョーコちゃん
キョーコ 033:『札月妹! キョーコちゃん
最終更新:2025年06月15日 13:48