命名
――ヒグマが空を飛んでいる。
――そして一方、流れ星が空を流れている。
――黎明の空にその2つが放つ軌跡は、まるで両側から虹のアーチが創られるかのようだった。
――虹の中央。
――ヒグマは流れ星を喰わんとし、宝具はヒグマを貫かんとした。
――そして空の高みにて衝突した。
――すでに起こっていた火山の噴火によって跳ね上げられた溶岩石の明るさに紛れるように。
――宝具の持つ存在エネルギーとヒグマが蓄えていたエネルギーが、
――ひどく幻想的な光を放ちながら、核融合するかのように凝縮されていって。
――ヒグマと宝具が、合体した。
××××××××
からん。
ぼとぼと。
ぼとぼとぼとぼと、ぼと。
「……何だ?」
空から何かが落ちてきた。
民家から出て、生きるためにあてもなく街を歩いていた、
高橋幸児の前方十数メートル先に、空から何かが落ちてきた。
「あれ、は……刀?」
近寄ってみれば、それは二種類。
地面に金属音を立てて転がったのは、鍔のない日本刀のようなもの。
べちゃりと潰れるような音を立てて落下してきたのは、赤色をした肉片だった。
そこから拡散する臭気は新鮮な血の匂いと獣臭。
鼻に入ったその匂いを嗅いだ幸児は、思わず日本刀のようなものに語りかけた。
「これは――お前が、やったのか?」
肉片は紛れもなくヒグマのものであった。
そして、その肉片の中に日本刀がある。
空を見上げても刀の持ち主はおらず、
また空から持ち主が落ちてくる様子もない。
とすれば。
これをやったのは、この刀一振り自身以外にはない。
「お前が、羆を殺したのか」
進み出た幸児は刀に手を伸ばす。
その刀はヒグマを殺したというのに血ひとつついておらず綺麗だった。
だが、ヒグマをこんな肉片にしたのは、これ以外にはありえない。
なぜか幸児にはそれが分かった。
手を伸ばす。
柄に触れる。
そこで、気づいた。
この刀には名前が無い。
「……名前が、欲しいのか」
高橋幸児はその刀を手に取った。
刀からはなんらかのまがまがしい意志を感じることが出来た。
食べたい。
まだ食べ足りない。
そう言っているように、聞こえた。
――刀はかつて名無しの宝具であった。
しかしそれには不可解があった。
本来「名無しの宝具」なんて宝具は存在するはずがないのだ。
宝具とは、伝説が形を成したものである。エピソードが具象化したものである。
すべての宝具には必ず伝説が付属し、伝説においての呼ばれ方たる真名が必ず存在する。
真名から作られるといってもいいその創造物に、真名がないなど不可解にも程があろう。
つまり。宝具として生まれてきながら、
あの時点では、「名無しの宝具」はまだ宝具ではなかった。
まだ伝説を作っていなかった。そう考える意外にない。
そう――名無しの宝具は、
これから名付けられ、伝説を作る、そういう宝具だったのである。
そして。
「お前は “羆殺し” だ」
高橋幸児の手により宝具には名前が付けられた。
――宝具「羆殺し」。神秘的な力をもつ宝具と言う存在に、
伝説となった最強の主人公を殺害した羆のエネルギーが融合した、飢える刀である。
幸児は刀を振った。
ごう、
と音が響いて、
目の前の空間が“喰”われた。
そう表現する以外にない。切っ先がブラックホールにでも繋がっているみたいだった。
ゼロになった空間に風が入り込み、幸児の前髪を揺らした。
穴持たずの意識を融合させた羆殺しの宝具は飢えている。
それは武器であり、刀であり、かつヒグマでもあるのだ。その切っ先は全てを喰らう。
高橋幸児はその事実を理解すると、
口を三日月状に歪めて、
わらった。
「あはは」
僕は運がいい。
「あはははははは」
ヒトの社会では不幸なことばかりだったのに。
「あははははははははははははは」
ヒトの理から外れたこんな場所で、生まれて初めて運がいい。
「……そうか」
そうか。
「僕の“いるべき場所”は、ここだって。そう言いたいんだな」
やっぱり僕は。
人間には、交ざれないのか。
「じゃあ、やってやるよ」
××××××××
「ガ、ァあア ウ”アアア!!!!」
D-5にあるひときわ巨大な温泉、それがたった今、
投げ込まれた傷だらけの肉体によって赤く染まり、死の色へと変化していく。
「アァア”! 何故ダッ! あのクソワニもッ! 花畑オンナもッ!
オレが、オ”レガッ、ヤってやろうとシテタのにッ! 何デ邪魔スルんダお前ッ!!!!」
「お前が僕を笑ったからだ」
羆の独覚兵に覚醒し、穴持たず(ホームレス)から穴持たず(ビースト)へと変化、
人を捨て、超常の力を手にし、アニラと
初春飾利へ復讐しようとしていた
樋熊貴人は、
彼らを探して街を歩く途中ひとりの少年に出会った。
今や羆の一員と化し、言葉も獣よりの唸るものに、体格も巨大な獣の体躯へと変化していた彼には、
鍔のない抜き身の刀を下げてとぼとぼと歩く少年の姿がとても小さく見えた。
だから笑った。
そして手に入れた力を振りかざしてその少年の身を裂こうとした。
切り裂かれたのは、こちらのほうだった。
強化されたハズの皮膚がバターのように切り裂かれた。
爪で防御しようとすればそれは不自然なほど音を立てず急に折れた。いや削られたのだ。
少年の刀は。
まるで切っ先に当たったものすべてを削り取るような刃を持っている。
そう気付いた樋熊貴人は即座に刀でなく少年の方を狙った。
具体的には刀を握る少年の手を壊そうとした。
少年がただの人であれば。独覚兵たるそのスピードについていけず腕を壊され刀を落とし、
そのまま腹を食い破られ臓物を引きずり出され白目を剥く間もなく殺されていただろう。
でも化け物の刀を握る少年もまた、ただの人間ではなかった。
人から化け物へと変わっただけの樋熊貴人。
人であり化け物であり、化け物の刀を手にした高橋幸児。
どちらが“喰われる”かは明白だった。
「――僕はきっと、50.01%だったんだ」
「何ダ、ト……」
血が漏れていく。血が薄れて意識も薄れていく、
そんな中樋熊貴人は温泉の中に入ってこちらにやってくる高橋幸児の声を聴いた。
「あの白髪犬が、49.99%で。僕は50.01%だった。
四捨五入すれば同じなのに。たった0.02%の違いなのに。
僕は受け入れられずにあいつだけ受け入れられて。
あいつだけ幸せになるんだ。そんなの、許せるわけないだろう、なあ」
「……グァ……」
「そんな塵みたいな差で、僕だけが認められない、あんな世界なんて、滅んじまえばいい」
高橋幸児はひどく冷たい声でそう言った。
「幸いここじゃ、僕は運がいいみたいだ。こんな世界に来て初めて僕は受け入れられた。
だからってこの世界を作った奴に従うかって言うと、それも癪だ。だからあいつらも殺す。
僕を笑った奴を殺す。僕を拒絶する奴を殺す。
僕を受け入れないやつを殺す。
僕を差し置いて受け入れられてる奴を、殺す。それで僕より強い奴に殺されるなら、もう構わない」
それはきっと、僕の居場所なんて結局どこにもなかったってことだから。
そう言って幸児はゆっくりと、宝具「羆殺し」を上段に構えた。
「……チクショ、う。ワニ野郎。花畑オンナ。……」
「心配するなよ。そいつらもたぶん、殺すから」
振り下ろす。羆の独覚兵、樋熊貴人の頭が綺麗に、西瓜割りのように裂けた。
ぱっかりと開いた脳から脳漿が飛び散って、
“その一滴が高橋幸児の口の中に、静かにそして確実に、しっかりと飛び込んでいった”。
バチャリ。
温泉の中へと死体は沈んでいった。
真っ赤に広がる温水の中で、高橋幸児は紅い返り血を浴びて真っ赤だった。
人とアヤカシの混種(ダブルブリッド)は、
宝具とヒグマの融合体(ダブルブリッド)をもって、さらなる赤へと沈んでいく。
【孫悟空を瞬殺したヒグマ いい感じにトガってた名無しの宝具 融合】
【“羆”の独覚兵(樋熊貴人さん)@穴持たず 死亡】
【D-5 温泉/早朝】
【高橋幸児@ダブルブリッド】
状態:無理やりごまかしている疲労、ちょっと右肺と右側の肋骨が無くなっている
装備:宝具「羆殺し」@ヒグマロワ
道具:基本
支給品、携帯用酸素ボンベ@現実、ランダム支給品1~2(武器ではない)
基本思考:白髪犬への執着
0:自分を受け入れない世界が憎い。自分を受け入れたこの殺し合いも憎い。
1:ワニと、花畑。
※宝具「羆殺し」の切っ先は全てを喰らう。
※“羆”の独覚兵の脳漿などが体内に入り、独覚ウイルスが体に入り込んだ可能性があります。
人間とアヤカシのハーフである彼に独覚ウイルスが反応するかどうかは分かりません。
最終更新:2015年02月05日 13:59