第十四章-第二幕- 見せ場泥棒再び
高速戦闘戦艦、
レッド・ワイズマンMk-Ⅱの船上にある
勇者軍主力部隊は穏やかな状態を維持していた。
疲労状態にあった者達も、ようやく回復を見せ始め、
コンディションも好調に近付いてきたのであった。
「ふぁ~」
バスクが甲板上でのんびり欠伸をしていると、コンラッドが嗜める。
「気を抜くんじゃねぇぞ。こういう時が一番危ねぇんだ」
「分かってるよ、コンラッド。気を付ける」
「分かってねぇよ。俺が敵ならこういう時を狙うぞ」
ずどん!
「どわっ!?」
砲弾らしきものが船体の近くに着弾する。
運良く直撃はしなかったようだ。
だが振動でコンラッドがよろけて倒れる。
馬上のバスクはなんとか持ち堪えた。
「ほら見ろ! お前がそういう事言うから敵が来たんだ!」
「って俺のせいかよっ!?
ええい、全員起きろ起きろ! 敵襲だ!」
コンラッドが抗議しながらも、即座に応戦態勢を取らせる。
『そこの高速戦闘艦、止まれ!
我々は
ネイチャー・ファンダメンタル!
速やかに降伏しなければ問答無用に撃沈させるぞ!!』
強気な物言いのネイチャー・ファンダメンタル艦の艦長。
通信からもその威勢の良さは充分に伝わった。
キョウカ王妃が通信室から応答する。
「一体誰に向かってものを言っているのですか?
勇者軍と知っての行いであれば、無謀なのは否定出来ませんわ」
『知った事か! 応じる気が無いなら沈める!』
その相手の態度が腹に据えかねたのか、
キョウカ王妃から通信機を奪い取ってコンラッドが叫ぶ。
「やれるモンならやってみやがれ! 最終的に沈没するのが
手前ェ等だって事を身をもって教えてやるぜ!」
『ひっ!』
何故か引きつる相手の指揮官らしき声。艦長とは違う人物だ。
「これしきの宣戦布告程度に
怯えるぐらいなら戦場に出てくんじゃねぇ!
とっとと帰ってメシ食って寝てやがれ!!」
『駄目だ……怖い、怖いよ、艦長! 僕は戦いたくない!』
『しっかりしなされ、キートン指揮官殿!
あなたが指揮官なのですぞ!』
何故か向こうで謎の内輪揉めが始まっている。
「敵の様子がおかしい。みんな、攻撃するのはちょっと待て!」
その様子に、流石に不審に思ってか、
今にも敵艦に乗り込もうとしていた
フローベール達を制止する指示を出させるコンラッド。
「おかしいって、何が!?」
慌ててソニアを筆頭に、
警戒要員にと立ったゼクウを除いて大勢が入ってくる。
「通信を聞けば分かる。こっちは何も手を出していないのに
勝手に敵が内輪揉めを始めているんだ。ワケ分からん」
「はぁ?」
ほぼ全員が同音異口に疑問を口にしたところで
通信機を通して聞こえてきた。通信を切る余裕も無いらしい。
片方はキートンと呼ばれた指揮官、
もう一人はさっき艦長と呼ばれた人物だ。
『僕は怖い、僕は怖い。
こんな……こんな武器を持ってるから攻撃されるんだ。
そうやって酷い時には暴発して
僕は死んでいくしかないんだ……』
『何を仰られる! 攻撃を仕掛けているのは我々の側ですぞ!』
『そうだ! 弾を全て撃ち尽くしてしまおう!
そうすれば敵も沈んで、暴発の心配も無くなる。
僕等は安全だ、きっとそうに決まってる……!』
『し、指揮官殿!?』
『撃ってくれ! 弾丸全てを撃ち尽くしてしまえばいい!
そうだ、そうに決まってる! ふふふ、はははは……!』
『りょ、了解しました、撃て、撃てーッ!!』
ずどんずどんずどん!!
凄まじい勢いで砲弾が着弾し始めた。
一発ほど船尾をかすめた模様だ。
「何よ、結局攻撃してくるんじゃない!」
またも慌ててソニアが飛び出し、次いで他の者も飛び出していく。
しかしコンラッドは慌てず騒がず、むしろ冷静に推論する。
「あれは被害妄想の類か。説得は通じなさそうだ。厄介だな」
「攻撃してこなければ、こちらも何もしませんのに……」
どこか哀しげにキョウカ王妃が呟く。
「だが、王妃。現実問題として向こうが撃ってきた以上は応戦だ。
でなければ、
アーム城に向かうことさえ出来なくなる。
それでは困るんだ。俺も、みんなも。あんたもだ」
「はい……」
しかし、コンラッドが悠長に構えている間に事態は深刻化していた。
なんと敵の高速戦闘艦は6隻も存在しているのだ。
戦艦同士で1対6では常識から言って勝ち目は無い。
キートン指揮官なる人物の乗っている旗艦が真っ向から猛攻撃を
仕掛けたのにつられて、他の艦まで一斉に撃ってきた。
「うーわー!」
バスクが思い切り逃げ回るが、逃げ場などどこにも無い。
闇雲に撃っているためコントロールがでたらめで、
ほとんどの砲弾はレッド・ワイズマンMk-Ⅱの船体を
かすめもしないのだが、何発か、稀に直撃コースのものもあった。
しかし、ここからが勇者軍の力の見せ所でもあった。
「せいッ!」
ソニアが放物線を描いて飛んでくる砲弾を強引にレシーブする。
それも並みのレシーブではない。
砲弾にヒビが入るような力の入れようだ。
砲弾は更にもう一度放物線を描き、どこへともなく落ちていった。
更にソニアはこれを繰り返し、直撃コースへ飛んでくる砲弾を
ことごとく叩き落としてみせる。
「バスク、ルシア、手伝いなさい!」
ドルカスはこの間にデリバリー・
ランチャーの
準備に入るのであった。
「よし、今のうちに行くぞ!」
ヴァジェスがまず両翼に近付きつつあったうちの
左翼の1艦目に向かって飛翔する。
次いでメイベルが左翼の2艦目、フローベールが3艦目に突貫した。
残るは右翼3艦。先程通信を飛ばしてきた旗艦もこちら側だ。
「デリバリー・ランチャー、射出!」
ゼクウとジルベルトを搭載した砲弾が曲線を描く。
ゼクウの意図に応じ、ジルベルトはゼクウに掴まっている。
そのゼクウは途中で手を放し、
ムササビの術と呼ばれる飛行術を披露。
上手く風に乗ったゼクウは、
右翼の3艦目上空を通過しざまにジルベルトを投下。
次いでゼクウは敵の旗艦である
2艦目を勢い余って通過してしまったため、
1艦目に何とか不時着する事に成功する。
だが、敵1艦につき1名。これが限界だ。人手が足りない。
戻って来れない事を承知の上で
残りの人数を飛ばすわけにもいかなかったし、
いくら勇者軍メンバーとはいえ、
数秒そこいらで敵艦を轟沈させられはしない。
手詰まりになったルシア、ソニア、ドルカス、バスクは
飛んでくる砲弾を何とか捌く事で精一杯になってしまった。
その状況を遠くから見ていた
各艦の制圧要員は歯痒い思いをしながらも、
とりあえず目の前の敵を制圧するために奮闘するしかなかった。
一方で敵旗艦の火力は凄まじく、全員の防衛力をもってしても、
レッド・ワイズマンMk-Ⅱ側の砲門がかなりの数破壊されていた。
「まずいわね……打つ手無しなの!?」
「お姉ちゃん、まだ早い! 敵の弾丸がそれこそ無くなるまで、
徹底的に叩き落してやればいいだけじゃない!」
ルシアをソニアが叱咤する。
「だが、いつまで保ってくれるかは分からん、急げ……みんな!」
すると、ジルベルトの乗り込んだ艦から煙が出始めた。
機関部に致命的な損傷を加えた模様である。
もはや動けないようだった。
「やった、流石はジルベルト君、やるぅ!」
にこやかにサムズ・アップを行うソニアだったが、
事態は更に緊迫化した。なんと沈没し始めたのだ。
敵船員達がさっさと脱出艇で脱出していく中、
非常にドン臭い事にジルベルトは置いてけぼりを食らったのだ。
(あんな長距離、泳げるかな……)
ジルベルトとて泳げないわけではなかったが、高速で動く船に
追いつけるはずもないのは先刻承知だった。
「困っているようですね、ジルベルト」
と、突如海の方から声。しかも嫌というほど聞き慣れた声。
(この声――まさか!?)
慌ててジルベルトが甲板から見下ろすと、そこには――
「勇者軍総帥
エリシャ=ストレンジャーの夫にして
現筆頭ジルベルトの父、
ノエル=ラネージュ!
今ここに激参つかまつります!!」
なんと、父親ではないか。
暢気に手を振るジルベルトを引っ張り出し、
乗ってきたイルカに同乗させるノエル。
「父上、なんでここにいるのー?」
「エリシャの付き添いです。
ですが主力部隊が海上移動と聞いて気になって
様子を見に来てみればこれです。
アレは敵で間違いないのですね?」
こくり、とジルベルトは頷く。
「苦節二十年! まさか海洋戦力としての能力を発揮できる日が
来ようなどとは望外の喜び!
今ここに我が真の力が試されます。
ジルベルト! 父の雄姿を見ているのですよ!?」
そう言うとノエルのイルカは更に加速し、
一気に敵の旗艦へ追いつく。
「帰りもお願いしますね」
と、イルカの頭を撫で、自らはジルベルトをおぶったまま跳躍。
一気に甲板へと取り付いた。
「うおおおおおおおおおおおおおッ!」
息子の見ている前だからなのか、
凄まじくテンションの上がっているノエルが、
槍の一閃だけで、敵の砲台をあっさり二門も叩き斬る。
それにつられて、慌ててジルベルトも攻撃を開始し、
敵艦の副砲を根元からすっぱりと叩き割る。
「ぎ、ぎぇぇぇぇえぇええ!」
さっき通信から聞こえたのとまったく同じ声の悲鳴が聞こえた。
ジルベルトは黙って指を指してやる。
「ジルベルト……あれが指揮官だと言うのですか?」
ジルベルトはただ黙ってこくりと頷くのみ。
「臆病な指揮官もいたものですね。戦場で恥を晒すおつもりか?」
「ててて敵だよ、敵! みんな攻撃して!」
しかし敵兵は大混乱に陥り、結構な数の人員が
戦いもせずに脱出を始めた。
「ここ、これだから僕以外の人間なんて信用ならないんだ!
もう怖いよ、助けてよ、ジモンさーん!!」
そう言いながらキートンと呼ばれた指揮官は銃を乱射する。
何発かは直撃コースを取っているが、
ノエルの盾にあっさり阻まれる。
「凄い大きな音、凄い反動、怖いよ、銃は怖い。
信用出来ないよこんなの! 弾が無くなれば安全なんだ!
だから撃てばいい、撃てば!!」
しつこく乱射するが、またもノエルの盾がそれを阻む。
「へへ……弾が無くなった……あんぜ……ん……じゃない!
敵が、敵が敵が来るよ! リロード、リロード!!」
またも無様に対応を始めるキートン。
そんな悠長な事をしている間に、主砲がジルベルトを狙うが、
ジルベルトは慌てず騒がず、
主砲の弾を身体一つで強引にキャッチすると、
身体をそのまま時計回りに一回転させ、
撃たれた砲弾を主砲へ投げ返す。
ずどがん!
かなり致命的な損傷を受けたらしく、大いに船が傾く。
「わわわ! もう怖いよ、やだよぉ!!」
情けない事をのたまうキートンだったが、
その恐怖が力を与えるのか、次第にその射撃が
凄まじく精密性をを帯びてジルベルトを襲う。
「むー」
かろうじてかわしたが、明らかに不機嫌になるジルベルト。
ごすっ!
いきなりキートンに向けて方向転換し、
乱暴にその銃を蹴り飛ばす。
「うわぁぁぁん! もう駄目だぁ! 撤退するよ!
ジモンさん、許してぇ~!!」
最後まで情けない事に、キートンはとっとと脱出していった。
間もなく船はエンジンが停止し、
自力での航行能力を失ったようだ。
「ジルベルト、乗りなさい」
ノエルに言われるまま、
ジルベルトはイルカへと再度同乗し、帰還する。
その途中で、水蜘蛛の術で
ゆっくりと帰ってくるゼクウも同乗させた。
イルカは大変だが、まあ何とかなるレベルらしい。
「ふぃー、危なかったぁぁ。しかし、これだけの
大規模海上戦闘やらかしたんだ。
もう敵に海上戦力はろくすっぽ残ってないだろ。
ありがとうな、えーと……?」
礼を言うコンラッド。
「ノエル。ノエル=ラネージュです。ジルベルトの父親ですよ」
「見せ場泥棒のノエルは相変わらずか」
と、ヴァジェスが前に出る。ジルベルトとキョウカを除いて、
この場でノエルと面識があるのは彼だけだ。
それに、ソニアも前に出る。
「あ、あの。ジルベルト君のお父様ですか。
私、
ソニア=メーベルヴァーゲンです。
ジルベルト君と日頃から仲良くさせてもらってます、
よろしくお願いします!」
「息子から聞いていますよ。父親としてこの子をお願いしますね。
では、私は再度エリシャと合流しなければなりませんので」
「ジルベルト君のお母様……総帥も
惑星アースに?」
「ええ、これほどの大規模な敵組織だと知っていれば、
この子も最初から
ストレンジャーソードを
持ってきていたでしょうが、これは仕方有りません。
なのでエリシャの手で、ジルベルトの元に
ストレンジャーソードを運びます。その日が来るまで、
上手く持ちこたえるのですよ、ジルベルト」
『分かったの。シエルとか見かけたらよろしく言って欲しいの』
「分かっていますよ。では、これにて!!」
ノエルはまたしてもイルカに乗ると、
凄まじい勢いで水平線の向こうへ去っていった。
ジルベルトは彼が見えなくなるまで手を振っていたようだった。
「ノエルと知り合って20年来の仲になるが、
あいつが
ドルフィンナイトとして戦うの、
俺……初めて見たぞ……」
と、ぽつりとヴァジェスが呟いているが、
それは他人は聞かぬが華であろうか。
ともあれ、海上戦力の脅威は当面の間除かれた。
壊された砲門の修理はワイズマン・ファミリーに任せるとして、
とりあえず勇者軍主力部隊は、
ザン共和王国の大離島にある
離島都市、雪の降る
チルド・シティへと到着するに至った。
なお、ここからはコンラッドも本格的に同行する事になり、
更に戦力を結集した勇者軍主力部隊は、
一つの節目を迎えようとしていた。
最終更新:2011年03月26日 21:39