第十七章-第二幕- 人の業の光
勇者軍主力部隊ならびにアーム城主イスティーム王、
更に娘ユイナ王女は命尽きようとするキョウカ王妃を守りつつ、
懸命に治療行為に当たらなければならないという
ギリギリの状態まで追い詰められてしまったのであった。
「脈拍、更に下がります!」
「止血を急ぐんだよ!」
「傷が広すぎます! 縫合、間に合いません!」
「王女の血がもつ間に何とかするんだ! 電気ショックも用意!」
「はい!!」
衛生兵や医師達の怒号が聞こえる中、
ただ淡々と時間は流れゆく。マキナも棒立ちのままだった。
組織の中で頂点に近い存在だったはずの自分の言葉さえ
聞かないほど、自軍の兵が浮き足立っているのだから仕方が無い。
「キョウカ……まだです、まだ死んでは……!」
イスティーム王が祈るようにキョウカ王妃の手を握り締める。
しかし、勿論彼女の意識が戻る事は無い。
更なる絶望が戦場を包もうとした、その時だった。
周囲の空気が一変した。
それを感じ取り、まず勇者軍主力部隊が戦う手を止めた。
その異常さに反応し、敵軍もつい戦いの手を止めた。
この修羅場にあまりにもそぐわない優雅な気配。
そして圧倒的な力量を示す存在の出現。
それがどこからか現れたのだ。
「この気配は……ッ!?」
ざわりと全身の毛を逆立てて反応するマキナだが、
その正体はすぐに現れた。勇者軍主力部隊の後方からである。
「珍しい事に、随分と苦戦していますのね……」
ふわり、と浮きながら現れたのは、
勇気と、技と、機智の象徴、地上最強にして絶対勝利の人業勇者、
業を愛でる剣こと、現勇者軍総帥、
エリシャ=ストレンジャーであった。
「総帥!!?」
あまりに唐突な出現に、一同が目を見張る。
よく見れば、傍には夫たる
ノエル=ラネージュもいる。
「あなたの大事な物を持ってきましたの、ジルベルト」
「母上……」
と、ソニアの父親の形見の銃を手渡す。
「ユイナママがー!」
「分かっていますの、ジルベルト」
そしてエリシャの手には
ストレンジャー家の秘宝、
ストレンジャーソードが握られていた。
「総帥!
ヒーラーとしての力が必要です!
妻を! キョウカを治癒して下さい!!」
イスティーム王が懸命に懇願する。
「いいえ、キョウカ王妃を救うのは
ヒーラーの力ではありませんの」
そう言うと、エリシャは剣を構える。
「では、あの力を!?」
「私は信じておりますの。彼女の人業の光を」
ざしゅっ!
「何を!?」
キョウカの傷口に剣を差し込むエリシャにユイナ王女が驚く。
「いいから見てなさい、ユイナ。これから始まるんだ」
「何がですか!?」
「人の業の力が、総帥の魔力と融合した時、
それは計り知れない力となる。始まりますよ!」
ぽぅ……
暖かな光がキョウカ王妃とストレンジャーソードを包む。
否、むしろキョウカ王妃からの
人の業の力をストレンジャーソードが纏い、
その力を治癒力としてキョウカ王妃に還元しているのだ。
「これは……」
キョウカ王妃の業の力はエリシャの予想を遥かに凌いでいた。
みるみるうちに血が止まり、
傷口も塞がり、血色が良くなっていく。
もはや傷跡さえ残る事は無いだろう。
「脈拍、一瞬にして正常化!? どうなっている!!」
「分かりません! 血圧も全て正常値に戻っています!」
「出血、完全に止まりました! 縫合、必要ありません!!」
「電子顕微鏡観測結果!
全ての新陳代謝が以前よりも活性化!
既に人間の常識さえ上回っているぐらいです!!」
「こんな魔法も道具も薬も聞いたことが無い!
一体どうなっているんだよぉ!?」
そのあまりの衝撃に、衛生兵達も混乱するばかりだった。
「凄い……これが総帥の力?」
ユイナ王女もただ唖然として見つめる他無かった。
「いいえ。これはキョウカ王妃の力ですの。
ここまで人の業を背負って生きてきた人は
私も初めてお目にかかりますの。
私はその人業の力を引き出したに過ぎませんの」
と、エリシャはようやくストレンジャーソードを
引き抜いて、キョウカの身体から離した。
そうしたそばから、わずかに残った傷口も消え失せる。
その後、きっかり三十秒後にキョウカ王妃は目を覚ました。
「……う……ん……あら? 総帥閣下?」
つい自分が死にかけた事さえ忘れて、驚くキョウカ王妃。
「キョウカ王妃、お久しぶりですの。
人の業の光、確かに見届けさせていただきましたの」
「総帥閣下が自ら救援に?」
「お届け物のついでですの。でも良かったですの。
無理をしては駄目ですの。今は休んで欲しいですの」
軽くハグして背中を叩いてやると、
エリシャの肥大化した母性本能が
キョウカ王妃を包み込み、たちまちの間に休眠させてしまう。
「これで大丈夫ですの、イスティーム王」
「ありがとうございます、総帥!!」
イスティーム王、ユイナ王女共に最大級の敬意の込められた敬礼。
「お礼は彼に言うといいかもしれませんの」
と、少し困ったようにエリシャはバスクを指す。
「俺!?」
「彼の必死な救難信号が無ければ気付くのが遅れて
間に合わなかった可能性がありますの」
「ありがとう、バスクさん!」
泣きまくるユイナに抱きしめられ、ついついうろたえるバスク。
「あ、いや、俺、そんなに大したこと……」
「って、まったりしている場合でも無さそうよ!」
とんでもない救出劇を見せられ、ついつい攻撃の手が止んでいた
ネイチャー・ファンダメンタルの兵士一同は改めて
攻撃態勢に入っていた。まだ相当数の兵士がいる。
「ジルベルト、これも使わないとですの」
「頑張るのですよ、ジルベルト!」
『分かったのー』
エリシャとノエルはストレンジャーソードも渡してくる。
それを受け取り、念を込めた。
カッ!!
ガシャコン!
そして鈍い音を立て、魔力弾がリロードされた。
いつでも発射する準備は出来ている。
「非戦闘員を傷付けてしまった事は我等の落ち度。謝罪をしよう。
だが、こうして助かったのを確認した以上、我々は再度攻撃をする!
かかれ! 遺伝子調整生物全てを討ち滅ぼすのだ!!」
正々堂々とした戦闘状況に戦意を取り戻したマキナは、
再度攻撃指示を出し、兵士を鼓舞する。
「イスティーム王、ユイナ王女!
キョウカ王妃を連れて下がれ!!」
ヴァジェスの指示が飛ぶ。
「後を任せます!」
そう言うと、イスティーム王達は
キョウカ王妃を連れて再度退避する。
そうする間にも兵士達が猫達めがけて殺到してくる。
そこに割って入るジルベルト。目が本気であった。
すなわち、セーフティロックを解除し、最大出力で叩き込むのだ。
ずっどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!
凄まじい爆風が戦場を包む。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
爆風により、まずジルベルトが大きく吹き飛び、
ほぼ同時に何百人もの敵兵士が四方八方に薙ぎ散らされる。
その吹き飛んできた兵士にぶつかる事によって、
連鎖的に千人近い兵士が一瞬で戦闘不能になった。
味方の受けた衝撃も凄まじく、
ヴァジェスが大きく怯み、バスクとフローベールは落馬し、
ゼクウはその場で何とか踏ん張り、
サイモンもノエルも、リュミエルもギースも
派手に転倒し転がっていく。受け身を取るのも一苦労だ。
エリシャは何とかホバーで浮く事により、やり過ごしたが、
まともに耐える事が出来たのは、
スプレッダー戦役に
出撃していたメンツのみであったほどである。
バクン! ぶしゅぅぅぅ!!
放熱板が開き、ストレンジバスターが猛烈な蒸気を吹く。
冷却時間が始まった証拠であった。
この一撃だけで物量戦の決着は着いていた。
元々対人用に作られていないだけに遠慮会釈の無い砲撃は、
敵をほぼ壊滅させるに等しい打撃を与えたのだ。
「くっ……だが、まだ終わりではないぞ!!」
デウス=エクス=マキナが強く叫ぶ。
「いいえ、ここで終わらせるわ! 全員、戦闘用意!!」
何故か元気良く叫ぶリュミエルにみんな苦い顔をするが、
とりあえず間違っていないので従う一同であった。
「攻撃、開始!!」
テディの号令で、エリシャとノエルを除く全員が
マキナに向かい、一直線に突撃を開始した――
最終更新:2011年05月22日 21:17