第2部終章-第二幕- マキナ戦役事後処理(後編)
「ふう、ただいま」
ようやく帰ってきて安堵したのか、気を緩めるライナス。
「お帰り。先に帰らせてもらってたよ」
と、
ロゼッタ=ジーニアス。一応先の決戦にも来ていたらしいが、
お互いそれどころではなかったのが明らかである。
「父さんは?」
「ん。ちょっとお買い物だって」
「そっか。なら今のうちに訊いておきたい事があるんだ」
「なんだい、改まって」
と、言いながらも居住まいを正すロゼッタ。
「この
呪鞘カオスリキッドの事だよ」
「ふむ、助かったろ?」
「それはいいんだ。ただこれほどの代物が今まで隠れていた事に、
俺は……そしてテディも驚いているんだ。
その辺のバックボーンをはっきりさせてくれ」
「……」
「今まで俺はこの家で、生まれ、育ち、そして強くなった。
だが俺はこんな物が眠っていたという話も、
母さんがこれを振るって戦ったという話も聞いた事が無い。
一体、これはどういう事なの?」
「母さんはね……その鞘はあまり気に入らなかったのさ。
もっともカオスリキッド自体は私を気に入っていたようだがね。
それに私も割とこないだまではこれの事を知らなかったんだよ」
「? 言っている意味が分からない」
「いつだったか、ひいじいちゃん……
ガイア=ジーニアスが
亡くなったって話をしたろ。そんなに昔じゃないんだけど、
それを看取った時に、私にこっそりそれを渡したんだ。
あのクソ親父には任せられなかったんだって言ってさ」
「そんな事があったのか……」
曽祖父、ガイア=ジーニアスと面識はあるが、
直接死を看取っていないライナスは素直に驚いた。
二年も経っていない事柄の話ではあるが、恐らくその間は
ロゼッタが大事に保管していたのだろう、と解釈した。
「で、正式にこれ、俺が受け継いでもいいの?」
「いいんだよ。ジルベルトって子には
ストレンジャーソードがある。
セシリアさんは相変わらず
ニノンの翼を常備してる。
アーム城のユイナにも
幻杖レプリアーツがいくだろうし、
カリンもレノールも遠からずそうするつもりだったんだろ。
お前にだけこれをやらないのは不公平ってモンさ。
ただし気を付けな。他と比べてもそれは抜群に物騒だ。
使う時は本当に必要な時にしないといけないんだよ」
「分かってる。使い方を見失いはしないよ」
緊迫感をもって呪鞘カオスリキッドを握り締めた。
そのライナスを楽しげに見つめるように、
呪鞘カオスリキッドは黒く輝いたのであった。
テディは、余暇を利用して
聖杯ライブチャージャーに力を溜めていた。
つまり自分の体力を削って、
エネルギーとして貯蓄しているのである。
「……またやってるの? 飽きないわね」
と、そこへドルカスが現れる。
「聖杯ライブチャージャーも随分と力を費やした。
俺の体力やエネルギーでいいのなら
少しずつプールしておく必要がある。
……と言っても終わった後は、当分まともに動けんが」
自分の摂取したエネルギーを
根こそぎ聖杯ライブチャージャーに注ぎ込んでいるのである。
テディがやつれているのは目に見えて明らかだった。
「……そうやってプールし始めてから五日が経つけど、
まだ満タンには程遠いようね。どんだけ貯蓄できるのよ、それ」
「現在、最大許容量の八分の一というところだろうかな。
一ヶ月と十日ほどこれを続ければ、ほぼ満タンになるだろう」
と言いながらも既にテディはふらふらしている。
「……大人しく皆に手伝ってもらったら?」
「……思ったより苦痛でな。皆に味あわせたくはない」
「この強情っぱり」
と、嘆息しながらも、ドルカスも作業に参加する。
「おい!? 無理をするな、加減を間違えると死ぬぞ!」
「そんなヘマしやしないわよ」
平然と切り返すドルカス。
「一人だけそうやって無駄に苦労するのは見てられないもの。
しょうがないから私も付き合ったげるわよ。いいでしょ?」
「……すまんな……!」
聖杯ライブチャージャーは無尽蔵のエネルギータンクではない。
こうして日頃のデメリットを乗り越えて初めて使える代物なのだ。
その可能性と危険性を、テディは心底噛み締めていた。
レイリアとエイリア、そしてサイモンは
妖精の森に到着。
妖精王
セリナ=ワルキューレ=ヴァルキリーの前で、
戦後報告を済ませているところであった。
「……つまり今回の事件の根幹は、
ストレンジバスター機関による
メシア戦線以前の出来事が発端の一つになっていた、と。
そういう解釈でよろしいのですね、レイリア、エイリア?」
「はい。間違いないです」
「ただ、いわれの無い理由だという自覚もあります。
クローン体であるとか、体内に
ナノ・マシンを飼ってるとか、
そんな理由でいちいち付け狙われていたのではたまりません。
種族内の男女差別がようやくおさまりかけた昨今、
新たな差別の火種が撒かれないよう、ご配慮を願います。
これは私達やゼクウ、それに
ジルベルトの飼い猫だけの問題でなく、
遺伝子調整技術の恩恵を受けた全ての生物への配慮であります」
セリナ女王と、その夫のリッシュは沈思黙考する。
「分かっております。少々悩ましい問題ではありますが、
この事件はケーススタディとして
各国へ問題提起するべきでしょう。
ネイチャー・ファンダメンタルの事はさておいても、
遺伝子調整生物についての差別意識はそこかしこにあります」
「僕も協力を約束しよう。一度とは言え、ある程度まで
差別意識を払拭してきた自負もあるからね」
両名共に快諾はしてくれた。ただしそれが成されたとしても
差別意識の払拭には相当の時間を伴うだろう。
「では、私達は帰ります。お姉と甥っ子どもが待ってるのでー」
「失礼しました」
と、レイリアとエイリアは帰宅する。
先に帰ってきたセシリア、サイモン夫妻に甥っ子達も全員いる。
一昔前までは家族全員が揃って過ごせる時間は貴重だったのに、
サイモンが出稼ぎをほぼやめてからというもの、
任務中以外は当たり前の光景のようになりつつあった。
随分といい時代になったものである。
「ただいまー!」
「ただいま」
「おかえり、二人とも!」
セシリア、サイモン、ブルーノ、マーカスが揃ってお出迎えである。
「随分と疲れたみたいね、二人とも。サイモンから聞いたわ」
「お姉……」
「こんなに理不尽な戦いも、私達にとっては初めてだった。
エドウィン元総帥と一緒に戦ってた頃でさえ、
こんな後味の悪い戦いは、メシア戦線以来だと思う」
「大変だったみたいね。でも、もう大丈夫。
私は……私達はあなた達の味方だから。
勇者軍の皆だって味方になってくれてるでしょう?
不安がる事はないわ。それにジルベルトだっけ?
当てに出来る子なんでしょう?」
「そりゃあもう! 現総帥のエリシャちゃんは
あんまり面識も無いんだけど、ジルベルト君は
小動物みたいで可愛くて強いんだよ!」
「……可愛いかどうかはともかく、確かに強い。
あれは戦い方次第では、更に伸びる子だ。将来が楽しみだな」
「ほら、色々いっぱい頼もしいのがいるじゃない。
だから辛気臭い顔してないで、ご飯にしましょ!」
「おー! ごはんー!!」
「ああ。そうさせてもらう」
楽しい一家団欒の再開である。この慈しむべき時間を
団結して守るために、より結束を固める
ルスト家の面々であった。
イスティーム王、キョウカ王妃、愛馬
チトセ、
そして研究部へのレポートをまとめたバスクが同伴して
共にアーム城へと連れ立った。バスクの事後処理は
比較的時間もかからず、レポートを渡すだけで済んだ。
既に報告書を出していたルシアの苦労が報われた形だ。
「ただいま、ユイナ」
「お城の防衛、ご苦労様でした」
イスティーム王とキョウカ王妃が並んでユイナ王女に語る。
「お父様、お母様、よくご無事で……」
「もうキョウカが前線に出る事も無いだろう……ユイナ。
幻杖レプリアーツがそろそろ届いてはいないかな?」
「あっ、はい。私が持ってます」
と、ユイナ王女は幻杖レプリアーツを取り出した。
既に技のストックが済んでおり、キャパシティもパンパンである。
「もうキョウカが前線に出るような危険な事もほぼ無いだろう。
それがユイナの身を守る。ユイナの手で持っておきなさい」
「あっ、はい!」
と、改めて大事そうに幻杖レプリアーツをしまうユイナ。
「さあ、まずは一休みといこうか、キョウカ」
「はい。だいぶ疲れましたわ、元帥閣下」
手に手を取り、私室へと引っ込んでいく二人。
ユイナ王女が手持ち無沙汰にうろうろしていると、
バスクがいるではないか。
「あっ、バスク君。遊びに来たの?」
「あ、いや。仕事なんだけどもう終わった」
「そう? じゃあお腹すいたでしょ? ごはんにしない?
腕によりをかけていっぱい作るから!」
「食べる食べる!!」
嬉々としてユイナ王女についていくバスク。
その顔は両者とも、とても嬉しそうである。
何やら春めいた予感がアーム城に吹きすさぶ。
実は改修工事の音がうるさいが、
そんなものは誰も気にしていなかった。
メイベルが出かけている間、
あんみつを預かって、
五匹となった猫達と適当に戯れながら、
ジルベルトはぼーっとしていた。
「随分と暇みたいね、ジルベルト君?」
(そんなことないのー)
念話が送れるようになってからというものの、
実はジルベルトはそれを磨く事に集中していたのだが、
そんな事はソニアに理解出来るわけもなかった。
実はかなり懸命に猫相手に意思の相互疎通の練習をしていたのだが、
これがなかなかに難しい。
「……やっぱり、マキナの事が響いているの?
ジルベルト君は随分と戦うのを嫌がってたみたいだし」
(戦うのは嫌だったけど仕方が無かったのー。
家族を守るためには戦わないといけなかったのー)
「猫達、大事だもんね?」
(ソニアさんもー)
「え? 私?」
(家族なのー)
「…………ッ!!」
凄まじい勢いでこっ恥ずかしさのあまり顔が紅潮するソニア。
まさかこのタイミングで惚気台詞とは思わなかった。
「ばっ、馬鹿! いきなり真顔でそういう事言わないの!
ものもの、もの凄くびっくりするじゃない!!」
(なんでー?)
あくまで無邪気なジルベルトを、
何故だか勢いに任せて無性に殴りたくなったが、
こらえるのに随分と苦労したソニアであった。
……と、視界に
絶壁砲剣『矛盾』が入る。
「……私の父さんの形見、なんか見る影もなくなってくわね。
いや、そのおかげで勝てたからいいんだけど……
娘としてはなんか微妙な感じよね、それって」
(僕もびっくりなのー)
「こういう真似が出来る辺り、ジルベルト君、
ほんっとにバケモン入ってるわよね」
(化け物呼ばわりされるのは慣れてるのー。
ソニアさんもそのうち慣れるのー)
「……慣れて嬉しいかなぁ?」
ぼやくしかないソニアであったが……
なんか無駄に機嫌が良くなり始めたジルベルトを見るにつけ、
そんな事はどうでもよくなりつつあるのであった。
そうして、文字通りのかりそめの平和が過ぎ去っていく。
それが次なる戦乱の予兆であるかのように――
<勇者の館G 第2部 完結>
最終更新:2011年02月21日 01:11