第三十章-第四幕- 天網恢恢、疎にして漏らさず
イグジステンスサッカーは自らの不利を承知していたわけではない。
それはただ、押し切れない苛立ちのみから来る行動だっただろう。
他の地域で融合したイグジステンスサッカーまでも呼び寄せて、
一部の原型
イグジスターのみを残し、遂に全長五百メートルを突破する
最強の化け物へと変貌し、再度二重結界を張り直す。
鉄壁にして無敵の布陣が完成し、万に一つの勝機が失われた。
回復が追いつかない。ロバートも息切れ寸前だ。
「ちっ……なんてこった……!」
「まだ諦めちゃ駄目ですよ、ロバートさん!」
エナが必死に激励する。
「だが……冷静に考えろ、エナ。この状況をどう打破する?
俺の切り札も、宇宙の兵器も手詰まりだ。間違いなく奴は
今まで以上の強力な結界を展開しているはずだ」
「それでも……!」
エナは愚直にも、
ソーサー・ビットを展開。
封入していた全魔法を一気に展開する。
「
魔術解放全十五詩編・反逆暴乱!!」
エナのソーサーからありとあらゆる無属性魔法が叩き込まれる。
これがエナなりに導き出した最終奥技の形なのだ。
だが、それは原型イグジスターを一部消し飛ばしたのみで、
やはり結界に何らダメージを与える事はなかった。
「はあ……はあ……!」
思わずふらつくエナだが、すぐに態勢を立て直す。
「手伝う」
イノもひょっこり出てきて、エナを援護にかかる。
味方が片端から捕食されようとしている、怯むわけにはいかない。
エナはその一心だけで、恐怖に負けそうな心を叱咤していた。
「まだです……まだ……!」
「やめろ、エナ! イノ! 喧嘩は相手を見て売るモンだ……
悔しいが、敵わねぇ……
あとは、お袋を探して何とかするぞ……!」
「私は嫌です! あなたから教わった反逆は、
そういう性質のものじゃないです! だから私は抗います!」
「同意する。あなたはその程度の男なの?」
「俺は……自信が無ぇ。奴は驚異的過ぎる……」
「ッ!」
エナが歯噛みし、握り拳を振るわせる。
「ロバートさん……喝ッ!」
ごがっしゃあッ!!
そして凄まじく完璧な姿勢で、
見事にロバートの顔面に鉄拳を叩き込む。
「がっはぁぁぁッ!?」
軽く二百メートルは吹き飛ぶロバート。
そのあまりの破壊力に、一瞬イノすらも目を点にした。
「……エナ?」
「はあッ、はあ……」
勿論ロバートはそれ以上に呆然としている。
だが、反論する余地はない。エナは目に涙をためている。
「あなたの……あなたの反逆は、私達みんなに力をくれます。
だから今までどんな無茶な事になってもついてきたんです!
それが何ですか、その体たらくは! 立って下さい!
人類史上最強の私設軍の筆頭!? 肩書きが泣いています!
反逆して下さい! 自分の運命と弱い心に!!」
「……何なの!?」
瞬間、イノは何かの寒気を感じた。
それは、何かが変貌した音のようでもあった。
場の空気が音を立てて変わった、とでも表現すべきか。
「誰に……」
ロバートはすっくと立ち上がる。口の中の血を吐き捨てながら。
「誰に向かって言ってやがるオラぁぁぁぁッ!」
怒号と共に気迫を込めるロバート。
「弟子の分際で師匠に向かって
肩書きが泣いているたぁ言いやがったな!
見てやがれ!
勇者軍筆頭の
筆頭たる所以を、今すぐに見せてやるぁ!」
「ロバート!?」
イノが近付こうとするが、気迫に弾き飛ばされる。
「イノちゃん!」
傍にいたレオナが慌ててよろけるイノを押さえる。
「これを使えば、無事でいられる保証は何一つ無ぇ。
だが、これでどうにかなるならなっちまいやがれ……!」
ロバートはエネミーイーターから
グロフィス・イグジスターを排出。
グロフィス・イグジスターは保護を求めるべく、同胞の下へ走る。
「イグジスターの恥晒しめが……!」
だが、怒りの眼差しを原型を留められないほど損傷した
グロフィス・イグジスターに向けると、人間への攻撃を一旦止め、
グロフィス・イグジスターにのみ向けて魔法を放つ。
「ライトシューター……!!」
バシュッ!
悲鳴さえあげる暇も無く、グロフィス・イグジスターは
かつてのロバートの宣言通り、限りなく無様な結末を迎えた。
だが、その間だけの時間が、イグジステンスサッカーにとって
本当の致命的なタイム・ラグになっていたのだ。
ロバートはマントを開き、
ストレンジャーソードを高々と掲げる。
「
封神封魔流……禁術!! 開祖ッ! 召ぉぉぉぉ喚ッ!!」
やはり、その瞬間も空気が変貌した。
近付くだけで死んでしまいそうな怒気と、
全てを包み込む優しさを内包した究極の破壊者。
アルファ=ストレンジャーが、
とうとう
物質界に顕現してしまった。
「俺を呼んだのは、お前か。
ロバート=ストレンジャー」
「この惨状を見ろ、貴様が心ある者なら、力を俺に貸せ!」
「いいだろう。だが少しだけ待て。
俺の存在に引かれて、俺のカウンターもまた姿を見せる」
「な……んだと!?」
またも、空気が変貌する。
近付くだけで全てを許されてしまいそうな慈悲と、
全てを巻き込む暴虐を内包した最凶の創造者。
魔神王もまた、とうとう物質界に出現したのだ。
「著しく強い力があると思えば、またもお前か、アルファ」
久しぶりに再会したかと思えば皮肉で始まる。
これこそが、この二人の関係を端的に表していた。
「魔……神……王!?」
その出現に一番驚いたのはイノであった。
かつての仲間達があれほど追い求め、死に絶えてもなお、
会う事すら叶わなかった存在が、目の前にいる。
そう思った時、イノは自然と口にしていた。
「あなたが魔神王……了解した。
私は
魔神軍筆頭
イノ=ヘレティック。
勇者軍のカウンターとなる組織の長よ。
ロバートにはアルファがいる。
なら、私にはあなたが必要よ。力を貸しなさい」
そのずけずけとした、何一つ遠慮の無い物言いに、
むしろ愉快さを感じたようで、魔神王は笑う。
「不遜な物言い。いかにも学の無い人のものだ。
だが、正直さはむしろ心地良く、好ましい。
確かにお前は、勇者軍のカウンターに相応しいだろう。
お前の薫陶を受け、お前の意思を継ぐ者達もまた、な。
……いいだろう。お前に我の力を少しの間、委ねる権利をやる」
「アルファ、来い!」
「魔神王、任せる」
ロバートはアルファの依代となり、イノは魔神王の依代となる。
その瞬間、二人の身体から血が吹き出し、身体にヒビさえ走る。
「ぬうううううううう!」
「ううううあああああ!」
「抗うな! そのまま受け入れればダメージは極小で済む!」
何故かアルファと魔神王の声が唱和し、
ロバートとイノはそれに従い、力を込めずに受け入れた。
「ロバートさん!」
エナが心配そうに見つめる。
ただ依代として融合するだけでも、大地は鳴動し、
周囲の火山が噴火。空には雷雲が轟き、暴風と豪雨が降り注ぐ。
砂嵐が吹き荒れ、竜巻がイグジスターもろとも周囲を荒らし回る。
見た目だけなら地獄絵図だが、これは大いなる
惑星アースの怒り。
これは大いなる歴史の怒り。人類の生命の意義の怒りである。
イグジステンスサッカーはまだ理解していなかった。
自分が相手にするであろう敵の恐ろしさを。
其は勇者。一度剣を薙げばその剣圧は惑星をも両断す。
其は魔神。一度狙いを絞れば億以上の敵を、
星の裏側からでも精密に狙い撃つ。
どれほどの者が無謀にも彼等に挑んだというのだろう。
まともな存在の身であっては、どう足掻いても敵しえぬ者達。
そして、それ故に決して志と運命を交差させなかった者達。
その両者の逆鱗にイグジスターは触れてしまった。
「す……げぇ……!?」
ヴァジェスの記憶も混乱している。
久しぶりだ、と感じる父の記憶と、
初めて見る、と感じる自分の記憶が
混在しているため、無理も無い。
そんな中、ふとノーラが見ると、エナがうずくまって泣いていた。
「どうしましたか、どこか痛んじゃいますか!?」
「ええ……さっき殴り飛ばした時に、
指の骨全部折っちゃいました。腕の骨も痛いです……」
「……無茶し過ぎですよ。ほら、治癒しますから」
惑星アースを恐らく救うであろう鉄拳を見舞ったエナの拳に、
ノーラは賞賛と激励の治癒魔法をかけてやるのだった。
ちなみにエナ自身で治癒出来ない事もなかったのだが、
実は痛すぎてうっかり忘れていた、というのは後日談である。
イグジステンスサッカーもあまりの存在の出現に戸惑っている。
圧力だけで動く事もままならない。捕食の手も止められている。
「……ストレンジャーソードも不公平ね」
(何の事だ?)
憑依した魔神王の精神体に向かって呟くイノ。
「あっちにはあんなにも優秀な武具が揃っている。
真のカウンターになるためには、私達もああいうのが欲しい」
(ならば、今用意してくれよう)
「?」
魔神王は、イノの砲斧アックスバスターを一気に強化し、
ストレンジャーソード並みの可能性を持たせた武具へ進化させた。
「HO! サプライズプレゼントだZE!
ご機嫌じゃねぇか、YEAH!!」
レイビー、ラケル、ノーラ、ゲイル、レオナの手にも
それぞれに不思議な武具が渡されていった。
ラケルだけ妙にハイテンションだが、特に誰もツッコまない。
「……私のこれは分かるけど、他が分からない。
どう使えばいいのか、教えなさい」
(後で説明を受けよ。各人の脳には直接訴えかけたのでな)
よく見ると、一旦うろたえたものの、
レオナやレイビー達の様子は、至極冷静に近い。
ならば問題は無いのだろう、と納得した。
「なら、そうさせてもらう」
そう言うと、イノは新しい砲斧を掲げた。
「
ヘレティックガンホーク。当てにさせてもらう」
「ふはははははは! はぁーっはっはっはっ!
悪くない、いやむしろ絶好調だ! この禁術!
危険だとは聞いていたが、この全能感は何だ!?
負けねぇ! 負けられねぇ! 負けるわけがねぇ!
そうだろう!? アルファ=ストレンジャー!」
(そうだ。俺の遺伝子と、俺の子孫達の託した武器と、
そしてこの封神封魔流があれば、お前は無敵だ)
「だったらよ! 行こうぜ、アルファ!
イノ、魔神王もだ! 俺達の手で!
人類の、生命の、歴史の手で!
あンのクソゴミ共を、この星から捻り消してやる!」
「……イグジスター、あなた達はやり過ぎた。
その罪を、私達の罰によって、散りなさい。
行きましょう、ロバート……!」
二人が、いや四人が大地より飛翔し、
その反逆をイグジスターに叩きつける時が来た。
最終更新:2013年08月29日 23:47