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白くけむる ◆aWSXUOcrjU



 もうもうと立ち込める熱が、宵闇を白く染め上げる。
 つんと鼻腔をくすぐるのは、硫黄の独特な臭いだ。
 ここは山の温泉地。
 バトルロワイアルの会場の東側に位置する、小山に建てられた温泉宿だ。
 殺し合いには似つかわしくない、安らぎという言葉が連想されるスポットである。
 そんな奇妙な建物を、この会場を用意した者が、いかなる理由で建てたのかは知らない。
「……うう~……」
 それでも、そこには人がいた。
 白い湯煙のその奥で、露天風呂に浸かる人影があった。
「私呪われてるかも……」
 ぶくぶく、ぶくぶくと音を立て。
 湯の中で体育座りをしながら、吐息で水面を泡立たせる、立花響の姿があった。


 こんなことになった経緯を、少し説明しておきたい。
 そもそも当初の立花響は、この会場で、こんな風に手をこまねくつもりは毛頭なかった。
 同僚の緒川慎次を亡き者とし、多くの人々を巻き込んだゲームを、絶対に許す気はなかった。
 いざ行かんと己を奮い立たせ、響は行動を起こそうとしたのだが、

「――ぎゃッ!?」

 彼女の飛ばされたスタート地点が、温泉浴場だったのがまずかった。
 石床のぬめりに足を滑らせ、彼女は温泉に落ちてしまったのだ。
 おかげでそれまで纏っていた、聖リディアンの制服は、ずぶ濡れになってしまったのである。
 ただのお湯に濡れたなら、そのまま進もうかとも思った。
 しかし、ご丁寧にもこの宿は、源泉かけ流しの温泉宿。
 もしも放置していたら、服に臭いがついてしまうかもしれない(実際にそうなるのかはさておいて)。
 さすがに硫黄臭を漂わせながら、この会場をふらつくのは、女性としての羞恥心が咎める。
 そこで響は、脱衣所洗面台の水道水で服を洗い、更に備え付けの乾燥機へとぶち込んだ。
 もちろん、そのまま全裸で立っていては、風邪を引いてしまうかもしれない。
 こうして彼女は仕方なく、服が乾くまでの間、温泉を堪能せざるを得なくなってしまったのだった。


(こんなことしてる場合じゃないのに……)
 膝を抱く腕を、きつくする。
 口から上が浮かんだ顔が、いっそう暗い表情に曇る。
 心地の良い温泉の水温も、今は素直には楽しめない。情けなさのあまりに死にたくなる。
(緒川さん……)
 思い返すのは、男の死。
 手の届くはずだったところで、それでも救うことができなかった、職場の同僚の死に様だ。
 自分は謙遜していたが、それでも、翼を思いやり、優しくしていた人だった。
 それなのに、守ることができなかった。目と鼻の先の死を、響は止めることができなかった。
 死なせたくなんてなかったのに。
 この殺し合いの舞台から、一緒に生きて帰りたかったのに。
「――あら」
 その時だ。
 がらがら、という音と共に、背後から声が聞こえたのは。
「ひぇッ!?」
 まさか誰かに見つかったのか。
 思わず奇声を上げ、振り返る。
 咄嗟に胸元を隠した両手が、ばしゃっと水音を響かせた。
「ごめんなさい、驚かせてしまって」
 湯煙の向こうに見えたのは――幸いにも、女性だ。
 臙脂色のセーラー服を纏った、同年代くらいの女学生がそこにいた。
 整った顔立ちと、プラチナブロンドの長髪には、美人という一言が何よりも似合う。
「あ……ううん全然ッ! 気にしないで」
「でも、何故こんな状況でお風呂に?」
「……それはその、色々ありまして」
 答えたいのは山々だが、内容が内容だ。その上話すとなるとそれなりに長い。
 故に脱衣所からの来訪者には、そうして言葉を濁すにとどめた。
「……よろしければ、ご一緒しても?」
「あ……どうぞどうぞ、せっかくですし」
 何がせっかくだというのか。
 そんな考えも浮かばない程度には、響は色々と動転していた。


 風呂場にやってきた少女は、名を、美国織莉子と言った。
 最初に話しかけてきたことからも、響はこの娘を、殺し合いには乗っていないと判断した。
 何せこちらは丸腰だ。丸腰どころか全裸である。
 向こうも殺す気であったなら、悠長に話しかけもせず、速攻で殺しにかかっていただろう。
 故に、脱衣所で服を脱ぎ、備え付けのタオルで髪をまとめ、露天風呂に入ってきた織莉子を、響は素直に受け入れた。
「ふぅ……」
 吐息一つとっても、優雅だ。
 同性同士だというのに、思わず響は緊張した。
 こうして柔肌を晒した姿を、改めて近くで見てみると、本当に美しいことがよく分かる。
 肌は陶器のように白く、整えられた睫毛は長い。銀髪のうなじもセクシーだ。
 中学3年生だと言った彼女は、数え年で言えば、高1の響よりも1つ下に当たる。
 それでも、水滴の滴る両の乳房は、自分のそれよりもずっと大きく、形も綺麗だ。
 中指にパールの指輪を嵌めた左手が、胸の谷間に添えられていた。その煌めきも相まって、いっそう艶やかに見える光景だった。
(自信なくすなぁ)
 響自身、バストサイズはそれなりのものだと自負していたが、それでも隣のそれに比べると、さすがに悲しい気分になってきた。
「立花さんは、このゲームには乗っていないようですね?」
「え? あ、う、うん」
 そんな悲嘆を見透かしてか、不意打ちのようなタイミングで、織莉子が響に問い掛けてきた。
 必然、返す返事も上ずってしまう。こういうところも駄目なんだろうな、と、いっそう羞恥に頬を染めた。
「まぁ、自分でもバレバレだとは思うけどね……暢気にお風呂に入ってる時点で」
「いいえ、おかげで安心しました。最初に会った方が、危険な方でなくて」
 にっこりと笑って、織莉子が言う。
 嫌味を言っている気配はない。素直に安心している穏やかさだ。
 かなわないな、と改めて思う。嫉妬だとかを通り越して、つられて響の顔もにやけた。
「私はさ……今はのんびりしちゃってるけど、このゲームを、絶対に止めなきゃって思ってるんだ」
 ちゃぷ、と音を立て、右手を伸ばす。
 水面から顔を出した右手が、ぐっと拳に握られる。
「緒川さん、って言うんだけど……あそこで殺されたあの人、私の知り合いだった人なの」
「まぁ……そうだったんですか」
「うん……死なせたくなかった、って思ってる」
 緒川の死は今でも悲しいし、今でも無念だ。
 たった数分の時間が経ったところで、そうそう振り切れるものでもない。
「織莉子ちゃんや、ここにいる他のみんなのことも、死なせたくないって思ってる」
 それでも、織莉子と出会ったことで、少しは前向きに考えられるようになった。
 守るべきものを見据えたことで、失意を決意へと向けられた気がした。
 何のために戦うのか――何ゆえに人を守ろうとするのか。
 風鳴翼に問い掛けられた、自分の戦う意味と理由は、今はまだ定まってはいない。
 ほんの少し、見えてきたような気もするが、まだまだぼんやりとした靄のようで、上手く言葉にはできそうにない。
 それでも、こんな理不尽な形で、命が奪われるのは間違っている。
 緒川のように死に逝く者を、この手で守るために戦うことは、間違いではないと断言できる。
「だから、戦うんだ」
 みんなをこの手で守るために。
 このデスゲームを脱出して、帰るべき場所へ帰るために。
「私もさ、まだまだ死にたくないしね。喧嘩別れしちゃった友達とも、ちゃんと仲直りしなきゃだし」
 最後に私情が混ざるのは、まだまだ未熟ということか。
 ばつが悪そうに苦笑しながら、響は最後にそう付け足した。
「大切なお友達なんですね」
「うん……」
 織莉子の言葉に、頷いた。
 友達――小日向未来との関係は、未だ改善されていない。
 シンフォギアシステムを駆使した戦いのことを、彼女に黙っていたが故の溝は、絶交の二文字の下に分かたれたままだ。
 このままでは、死ぬに死にきれない。
 彼女と仲直りするまで、この命はくれてやれそうにない。
 もう一度最愛の親友と、親友になり直すためにも、生きて帰ろうと誓った。
「……私にも、残してきた友がいます」
 その、瞬間だった。
「ですから――」
 織莉子の声音が、急激に、穏やかな温度を失ったのは。
「――ごめんなさい」
 ばしゃん、という鋭い水音と。
 ばき、という鈍い激突音とが。
 露天風呂にほぼ同時に響き渡った。


 白い魔法少女、美国織莉子。
 その特性は未来予知。
 刹那の後に訪れる未来も、一月の彼方に待ち構える未来も、等しく見据える未来視の眼。
 その力を持った織莉子には、実のところ、風呂場に誰かがいることは、扉を開ける前から分かりきっていた。
 どうしてそうしているのかは知らないが、入浴中の相手なら、殺すことは造作もない。
 魔法少女である自分なら、武器の類を持ち込まずとも、魔法による攻撃が可能だ。
 だからこそ、この奇襲を実行した。
 自らも相手に裸身を晒し、完全に油断させたところで、必殺の一撃を叩き込んだ。
「Balwisyall Nescell gungnir tron――」
 予想外だったのは、相手もこちら側の人間だったということだ。
 飛び退る少女――立花響の動きは素早かった。
 水音が聞こえると同時に、湯から石床へと跳躍して避けた。生成した魔力の宝石は、虚しく仕切りの木壁を貫通した。
 着地と同時に、彼女を包んだのは、眩いばかりの山吹の光だ。
 陽光にも似た光が晴れた瞬間、織莉子はしばし、目を見張った。
「何で……どうしてこんなことをッ!?」
 一糸まとわぬ姿であるはずの響が、未知の装束を身につけていたからだ。
 ぴっちりとフィットしたスーツ生地に、随所に際立つ機械部品。
 音楽を奏でる橙の鎧は、魔法少女の戦闘服とは、明らかに一線を画している。
 それでも、その攻撃的な形状から察するに、用途は同じなのだろう。
 正体こそ掴めないものの、相手もまた、異能の持ち主だったということだ。
「言ったはずです。私には、私の帰りを待つ友がいる……」
 言いながら、織莉子は身を起こす。
 しっとりと濡れた裸身を晒し、ひたひたと石床の上を歩いた。頭に巻いたタオルをほどき、水面に向けてふわりと落とした。
「……そして、なさねばならない大願がある」
 眼前に突き出すのは左手の指だ。
 己の魔力の結晶体――ソウルジェムの指輪を光らせた。
 彫像のような美しい肢体は、一瞬にしてその姿を隠す。純白のドレスが顕現し、まばたきのうちにその身を覆う。
 魔法少女たる美国織莉子の、豪華絢爛なる戦闘装束。
 殺すと決めた相手へと、手向けと捧げる白き喪服だ。
「そのためにも、立花さん……」
 別に、目の前の娘を恨んでいるわけではない。
 どころか、殺さなければならないことに、罪悪を感じてすらもいる。
 それでも美国織莉子には、殺してでも押し通るべき理由があった。
 この場の人間達を皆殺しにし、ゲームを終わらせねばならない理由があった。
「貴方には死んでもらいます」
 織莉子には、もはや時間がないのだ。
 世界を覆う最強の邪悪――鹿目まどかを抹殺する計画は、破綻寸前の瀬戸際にあった。
 今あの見滝原の町を、長く放置していては、奴らに対策を練られてしまう。
 どころか、魔女化寸前の友・呉キリカを、完全に無防備な形で、置いてきぼりにしてしまってもいる。
 なさねばならない大願があった。
 守らねばならない親友があった。
 そのためには、一分一秒でも早く、このゲームを終わらせなければならないのだ。
 この場の参加者を一掃してでも、すぐさまキリカの元へと戻り、鹿目まどか抹殺のために、動かねばならないのだ。
「く……ッ!」
 目の前の少女が構えを取る。年上の立花響が拳を握る。
 近接型のグラップラーの構えだ。微かに見える未来の中でも、彼女は徒手空拳による格闘で、己に襲いかかってきていた。
(この未来視も、どこまで頼れるか……)
 問題は、その未来予知の力が、どうにも不調らしいということだ。
 遠い先の未来ですらも、克明に映し出すはずの織莉子の力が、今は大きく衰えている。
 今は、ごく近くに起こる未来を、ぼんやりと見ることができる程度でしかない。
 この不調が今回の戦闘に、どのような影響を及ぼすのか。
 果たして今の美国織莉子は、まともに立ち回ることができるのか。
(速攻で決するしかない)
 できることなら、あの一撃で、確実に命を奪いたかった。
 それがかなわなかった以上、出来得る限り速やかに、決着をつける必要がある。
 未知の力を携えた、山吹色の少女を前に、織莉子は臨戦の構えを取った。


【1日目・深夜/D-5 温泉・露天風呂女湯】

【立花響@戦姫絶唱シンフォギア】
【状態】健康、シンフォギア展開
【装備】ガングニール(体内に融合)
【道具】なし
【思考】
基本:殺し合いを止め、みんなで脱出する
1:ひとまず織莉子を無力化する
【備考】
※第7話「撃ちてし止まぬ運命のもとに」終了直後からの参戦です
※直前まで入浴していたので、変身を解くと全裸になります

【美国織莉子@魔法少女おりこ☆マギカ】
【状態】健康、魔法少女服
【装備】ソウルジェム
【道具】なし
【思考】
基本:一刻も早く優勝し、見滝原市に帰る
1:まずは目の前の響を殺す。なるべく短期決戦で終わらせたい
2:未来予知の不調が気になる
3:皆を殺すことは悪いと思うが……
【備考】
※第5話「そのために私はここにいる」開始直前からの参戦です
※直前まで入浴していたので、変身を解くと全裸になります
※呉キリカ、鹿目まどかが参加していることに気付いていません

※D-5温泉・露天風呂女湯の脱衣所に、響のデイパック(支給品一式、ランダム支給品1~3)、
 織莉子のデイパック(支給品一式、ランダム支給品1~3)、織莉子の衣服一式が放置されています。
 また、同所に置かれた乾燥機に、響の衣服一式が入っています。

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最終更新:2013年04月03日 20:09