冷徹なる救済 ◆aWSXUOcrjU
「見失ったか……!」
橋を渡って本島に着き、しばらくの間走った後。
見渡せども見当たらぬ影を思い、凱は苦々しげに呟く。
辺りは一面平野だが、その分相手も逃げやすかったということか。
(この地形で姿が見えないとなると、どこか別の場所に行った可能性が高いな)
こうなるとじたばたするよりも、一度ここらで腰を据えて、冷静に考えた方がよさそうだ。
凱はそう考えると、草むらにどっかと座り込み、背中のデイパックを降ろした。
中からランタンと地図を取り出し、胡坐をかいた己の正面に広げる。
山や橋との位置関係を考えると、どうやらここは、B-5と区分けされたエリアのようだ。
(身を隠せそうな場所は、山と教会、それからこの街か……)
人差し指で地図をなぞりながら、鎧の女の行方を探る。
少なくとも、南方の山へ向かった可能性は低そうだ。
彼女の態度には焦りが見えた。
逃げるにせよ、他の参加者を探すにせよ、踏破に時間のかかるルートは、避けようとするのが自然だろう。
そうなると、今はたまたま教会にこもっているのか、あるいはもう西の街まで行ってしまったのか。
(……街だな)
結論を出すまでに時間はかからなかった。
彼女はあくまで、他の参加者を殺し、弟を優勝させるために行動している。
そんな彼女が、ろくな外傷もない状態で、籠城戦を考えるとは思えない。
それよりは、他の参加者を探すために、街へと乗り込む可能性の方が高いだろう。
「目指すは西か」
であれば、自分もそちらに向かうべきだ。
ランタンの火を消し、それらをしまい、デイパックを背負い直して立ち上がる。
そうして西の方へと向き直り、街を目指そうとしたのだが、
「……?」
その時、ふと、南の空に、黒いものが見えた気がした。
視界の片隅にちらついた影を、確かめるためにそちらを見やる。
そこにあるものは、木々の生い茂る小山だ。先ほど、少女の居場所として、真っ先に切り捨てたはずの場所だ。
「あれは!」
その山から、煙が上がっている。
恐らくは頂上を挟んだ反対側から、もうもうと黒い煙が立ち上っている。
「……火のない所に煙は立たない、か!」
恐らく、あそこに鎧の女はいない。それでも何者かが、あそこで火を起こしているのは事実だ。
そしてそれは、明らかに、焚火の範疇に納まるものではない。
であれば、あそこに戦いがある。何者かが命を奪うべく、あそこで戦闘を行っている。
だとするならば、止めなければ。
凱は現場へ急行すべく、黄金の両足で大地を蹴って、目の前の小山へと駆け出した。
◆
時刻は、凱が煙を見た時から、少し前に遡る。
煙のふもと――D-5の温泉宿では、2人の少女達による、熾烈な戦いが繰り広げられていた。
「急ぎたくて、いつだって不器用で――ッ!」
少女の歌が暗闇に響く。
奏でる調べがその身を動かす。
たんっ――と跳び上がる姿勢から、振り降ろされる拳がある。
「と、お、いッ!」
轟、と鉄拳が唸りを上げた。
「憧れ、にッ!」
ぱらぱらと飛び散る破片の中、飛び退る標的の姿を見た。
「まだまだ近づけ、ないッ!」
砕かれた床から起こる粉塵を払い、
立花響は前進する。
明かりの消えた宿の廊下を、眼前の
美国織莉子に向かって、ただひたすらに駆け抜ける。
聖遺物の鎧、シンフォギアシステム。それは命の歌を紡ぐ聖衣。
鎧の奏でるリズムに従い、聖なる調べを歌いあげることで、初めてその真価を発揮するものだ。
故に、シンフォギア装者の戦いは、シンフォギアの歌と共にある。
命の歌を口ずさみ、鋼をも砕く力と変えて、立花響は戦に臨む。
(この間合いの取り方……織莉子ちゃんもクリスちゃんと同じ、ガチガチの遠距離戦タイプッ!)
襲来する宝珠をかわしながら、響は標的を見定めた。
白いドレスを纏った少女――織莉子は、まるで逃げるようにして、一定の距離を取りながら戦っている。
露天風呂で始まっていたはずの戦いは、いつしか脱衣所を抜けて、廊下に戦場を移していた。
逃走と攻撃を同時に行うそのスタイルは、可能な限り距離を開きたいという意図の表れ。
つまり、近寄られれば勝ち目をなくす、遠距離特化のスタイルというわけだ。
その姿は、かつて一度交戦した、
雪音クリスのシンフォギア――イチイバルを想起させた。
もっとも、その時は逃げられるどころか、こちらが逃げ回る羽目になったのだが。
「今の、私の全てで、放つ歌声でッ!」
おまけにこちらが攻められたくない場所を、正確に射抜いてくると来た。
先ほどから間合いを上手く詰められず、攻めあぐねている理由がそれだ。
白い魔術師の手繰る流星は、響の踏み込みのラインを、正確無比に妨害してくる。
まるで心を読まれているかのようだ。美国織莉子の瞳には、未来の光景が見えているとでもいうのか。
(まずいわね)
そして焦りを覚えているのは、対する織莉子も同様だった。
響の読み通り、織莉子の戦闘スタイルは、ガチガチの遠距離戦特化型だ。
それも普段は、キリカが前衛件サポーターとなって、敵の動きを遅らせた状態で成立させてきた。
ファーストコンタクトの瞬間に、単独であれだけ肉薄した状態からでは、不利になるのは明白だったのだ。
おまけにこの少女、身体捌きがやたらと上手い。拳法の心得があるのかもしれない。
今はどうにか抑えられているが、突破されるのは時間の問題だ。
(やはり、ここは逃げるべきか?)
間もなく大広間が近づく頃だ。そこを抜ければ、正面玄関も近くなる。
これ以上ずるずると戦闘を続けても、状況が好転するとは思えない。
自分を警戒している者を、生かして野放しにするのは危険だが、そんなことを言ってもいられない状況か。
たんっとバックステップを踏みながら、逃走の算段を立て始めた瞬間だ。
「――ッ!?」
突如訪れたビジョンに、思わずその身を震わせたのは。
(何!? 今のは……)
木製の床へ降り立つと同時に、額に浮かんだ汗を拭う。
海色の瞳を見開かせたのは、未来に起こる光景だ。
燃え盛る炎のイメージが、己を焼き尽くすのが見える。
未来予知の固有魔法が、織莉子に危険を告げている。
これはまずい。
何者が仕掛けてくるのかは知らないが、これを喰らってはいけない。
一瞬でも回避が遅れれば、この魔法少女の身体ですらも、致命傷は避けられないだろう。
「くっ……!」
間に合えと必死に念じながら、その場から飛び退った刹那。
「――ノウマク・サンマンダ……バサラダン・カーン!」
つんざくような雄叫びと共に、猛烈な熱風が噴き上がった。
「え、えッ!? 何ッ!?」
たじろぐ響の声が聞こえる。織莉子も吹き荒れる熱気に煽られながら、半ば姿勢を崩して不時着する。
よたつきながら見たそれは、轟然と燃え上がる火柱だ。
明かりのない廊下の暗黒を、赤々と照らし出す巨大な炎だ。
ぱちぱち、と弾けながら火の粉が舞う。鼻先を通り抜けた光が、闇へと溶けて消えていく。
それでもなお火柱は絶えず、天井を抜きながら燃え盛る。
「これは驚きました。よもや、今のをかわしてみせようとは」
その光の先に、何かがいた。
天をも貫く炎の先から、何者かの声が響いてきた。
開け放たれた襖の先は、宴会などに使われる大広間だ。
その広々とした畳の上に、1人の男が座っている。
インド風の僧衣に身を包み、禅の姿勢で座している、浅黒い肌の男がいる。
「あ、ええっと……貴方は、一体?」
「私は断罪と救済を司る、乙女座の黄金聖闘士……バルゴのフドウといいます」
半ばうろたえ気味の響の問いに、落ち着いた声で男が答えた。
色素の薄い緑の髪が、男の声に合わせて揺れる。
耳元にぶら下がる金のピアスが、鈴、と鳴いたような錯覚を覚えた。
両の目を閉じたその微笑は、端整な顔つきと相まって、どこか謎めいた魅力を醸し出していた。
「セイント……?」
聞き覚えのない単語だ。思わず織莉子は、怪訝な声を漏らしていた。
「やはり、そうでしたか。貴方がたからは、小宇宙を感じられなかった……どうやらその力、聖闘士のそれとは違うようだ」
興味深い、と呟きながら、フドウは妖しげに微笑む。
気付けば、陽炎越しにいたはずの彼の姿が、はっきりと見えるようになっていた。
炎は跡かたもなく消え去り、穴のあいた天井から注ぐ月光が、焼け焦げた壁と床を照らしていた。
「まさか、貴方も魔法を?」
フドウなる男に、問い掛ける。
あれだけの炎が、自然に消えるとは思えない。であれば彼の持つ魔力が、今の炎を操っていたということか。
「魔法、ですか……その曖昧な言葉が、何を定義しているのかは知りませんが、貴方の操るその力と、私の力とは別物です」
「……そうですか。確かに、魔法少女でもない者が、魔法を使えるはずもない」
返答は意に反するものではなったが、その言葉には得心がいった。
腑に落ちないところはあるものの、筋肉の浮かび上がった男性体は、明らかに魔法少女のそれではない。
よもや男の魔法使いがいたのか、とも思ったのだが、そういうことではなかったようだ。
「へっ……? まほう、しょうじょ?」
間の抜けた響の呟きは、今は無視することにした。
「それで、私を狙ってきたということは、このゲームに乗ったということですか?」
「ッ! そッ、そうです、それですッ! 今のはまさか、織莉子ちゃんを殺すつもりで――ッ!」
「ええ、殺すつもりで放ちました」
織莉子と響の問いかけに、フドウはあっけらかんと答える。
応答自体は、ある程度予想することができた。それでも、それほどあっさりと言われると、さすがにうすら寒いものがあった。
この男、先ほどからまるで底が見えない。
人当たりのいい丁寧な口調と、冷酷な殺人者としての攻撃。
相反する2つの顔が噛み合わず、アンバランスな不気味さを纏っている。
何なのだ、こいつは――身震いしそうになる身体を、何とか気力で抑え込んだ。
「ですが私は、殺し合いなどという、軽々しい動機で攻撃を放ったのではありません」
「? それって、どういう……?」
「すなわち、これは貴方がた人間への試練」
生き残るに足るかどうかを見定めるため、今の炎を放ったのだと。
響の問いかけに、フドウが答える。
「……試練、とは? 何より、『人間』とはどういうことです? まるで貴方が、人間ではないような物言いですが」
「ええ。我は人にして人に非ず。私は不動明王の化身なのですから」
「不動、明王……」
スケールの馬鹿でかくなった自称を、織莉子は思わず反芻した。
不動明王は、密教において、五大明王と称し崇められる者達の中でも、中心に立つ者として知られている。
火生三昧と呼ばれる世界に住み、人間に仏の教えを説く役割と、その煩悩を仏界に及ばぬよう滅する役割とをになっている。
そして明王とは、すなわち如来――悟りを開きし、釈迦の変化身を示す称号だ。
つまりは、神を名乗ったのだ。
炎の残り香に長髪を揺らし、涼やかに笑むこの襲撃者は。
「私は遥かな時の中で、人間を見守ってきました。同時にこの大地を穢し、星を蹂躙する人間の邪心に、心を痛め続けてきました」
「ちょ、ちょっと待ってください! そんなこと、信じられるはずが――」
「事実です。貴方が信じられずとも、真実は姿を変えはしない」
己が火中より人界に降りた、明王の化身であることも。
「私が今の世を見限り、世界を改めようと決めたことも」
愕然とさせられた。
まるで揺るがぬその姿に、織莉子は言葉を失った。
よもや、本気で言っているのか。
自分が仏と同一の存在であるということも。
自分がこの人間に絶望し、人間を断罪しようとしているということも。
この男はそんな途方もないことを、本気で口にしているというのか。
「私はこの世界を救わねばならない。そのためには今ある人の世を、正しき姿へと変えなければならない。
弱き者や愚かな者が、いたずらに地上を穢す有様を正し、世界を救済しなければならないのです」
「ッ……それとこれと、一体どういう関係があるんですかッ!?」
耐えかねて、響が言葉を荒げた。
言葉を交わした時間は僅かだが、正義感の強い少女だということは分かる。
どんな立派なお題目であれ、それで殺人を正当化するのは、到底許せた所業ではないのだろう。
「ふふ……先ほども言ったでしょう。貴方がたが生き残るに足るか、試練を課して確かめたのだと」
「生き残る……とは、まさか――」
「新たな世界に生きる者は、正しく強き者でなければなりません。
己が身を支える力……そしてそれを、正しく扱うことのできる心。貴方がたにそれがあるかを、私が見定めようというのです」
正しき心身をもって乗り越えるのであれば、甘んじて死と敗北を受け入れると。
乗り越えるに足る心身を持たぬのであれば、容赦なく死と敗北を与えるのだと。
「試練に打ち勝てるならよし。試練に勝てずともそれもまたよし。生なる苦しみからの解放もまた、救済の形の1つなのですから」
その名の通り、微塵も揺るがず、フドウはそう宣言した。
(狂っている)
その姿に織莉子が感じたのは、狂気だ。
実際に発狂しているのかどうかは問題ではない。仮に本物の明王だったとしても、この際それはそれで構わない。
それでも、その思考回路は、異常だ。
この男にとっては、2つの顔は、一分も矛盾していないのだ。
冷酷な死の審判ですらも、このフドウという男にとっては、慈悲深き救済に他ならないのだ。
視点のスケールが大きすぎる。
その巨視的な思考と思想は、矮小な人間には共感できない。
「――違いますッ! 貴方の言っていることは、絶対の絶対に間違ってますッ!」
許容限界を超えた善意の押し売りは、醜怪な悪意に他ならない。
怒りの臨界を超えた響が、乙女座の聖闘士に向かって吼えた。
「勝手に人を選り好んで、選ばれなかった人を犠牲にするなんてことは、私は絶対に許せませんッ!」
「ならば、小さき人の子よ。貴方はこの私に挑むということですか?」
「当然ですッ! 戦わなきゃ止められないのなら……どんな試練だろうと乗り越えてみせますッ!」
「いいでしょう」
刹那、世界が揺らいだ。
乙女座のフドウを取り巻く大気が、瞬きの間に歪曲した。
「このバルゴのフドウ手ずから、貴方がたを救済へと導きましょう」
立ち上る歪みは熱気による陽炎だ。
大広間の畳の目を破り、じわじわと噴き出すものがあった。
火――否、あれはマグマだ。炎を纏った溶岩が、地表を破り湧き出しているのだ。
燃え盛る業火と赤熱するマグマが、温泉宿を侵蝕していく。
その畳を焼き、柱を焦がし、人界に火生三昧を具現化していく。
「さぁ、向かって来るがいい――持てる全ての力を賭して!」
地獄の釜のような火の海の中で、フドウは高らかに試練を告げた。
◆
「はっ!」
流星が躍る。
赤い暗黒を切り裂いて、宝珠が流星のごとく駆ける。
びゅん――と煌めく光の線は、しかしことごとく阻まれた。
美国織莉子の宝石弾は、そのいずれもフドウに命中せず、その眼前で急停止した。
どうやらあの男は、自らの周囲に、バリアを展開しているらしい。
その不可視の壁に阻まれて、織莉子の珠も、響の拳も、ダメージを与えられずにいるのだ。
もどかしい。焦りが響の胸を刺す。
今や灼熱地獄と化した大広間の中、立花響は歯噛みする。
「オォーム!」
甲高いフドウの叫びが響いた。
ぼうっ、と深紅の炎が爆ぜた。
織莉子の宝珠が突如発火し、180度反転して跳ね返ってきたのだ。
「う、うわッ!」
合計3発のうち1発が、とばっちりで響に迫る。
一瞬歌うことを忘れ、素のリアクションになって飛びのく。
がんっ、と畳に刺さった火球は、また新たな火種となって、赤熱の海を広げていった。
「これ以上は、分が悪いか……」
残り2発を捌きながら、織莉子が苦々しげに呟く。
「逃げるのですか? 白き娘よ」
「……生憎と、今の私には、貴方に勝利する『未来』が見えない」
う゛んっ、と空気が振動した。
手元に生まれた新たな宝珠が、あらぬ方向へと飛び去った。
織莉子の放った宝石は、庭へと続く窓ガラスを砕く。
「これ以上、無駄な消耗はできません。ここは退かせてもらいます」
それだけを言い残すと、ガラスの穴から縁側へと出て、そのまま織莉子は庭へと逃げた。
「お、織莉子ちゃんッ!?」
いけない。彼女は殺し合いに乗っているのだ。
このまま脱出を許したら、他の参加者に危険が及ぶ。彼女は乙女座のフドウ同様、この場で確保しなくては。
宵闇へと消えゆく織莉子を追って、手を伸ばそうとした瞬間。
「うぁっちッ!」
その行く手を阻むようにして、猛烈な火柱が立ち上った。
「逃げ出す者など放っておきなさい。貴方が挑むべきはこの私ですよ」
ぱちぱちと弾ける火の粉の奥から、フドウの声が響いてくる。
波濤のごときフドウの業火が、押し寄せ響の行く手を遮る。
そうだ。今は何よりもこいつだ。
火柱からなるべく距離を取り、改めて響は明王を睨んだ。
(悔しいけど、この人、凄く強い……ッ!)
何やら大仰な名前を名乗っていたが、なるほど確かにその力は、常人とは別次元のものだ。
その不可思議な力で発生させた炎とマグマは、今や温泉宿を丸々包まんばかりの勢いで燃え盛っている。
それらをくぐり抜け、拳を打ち込もうとしても、鉄壁のバリアが攻撃を阻んで通さない。
そしていかなカラクリは知らないが、それほどの力を使ってなお、その涼やかな顔には汗一つないのだ。
ノイズとも、ネフシュタンの鎧とも――あのイチイバルとも次元の違う、馬鹿馬鹿しい程に圧倒的な力。
本当に勝つことができるのだろうか? 途方もない赤熱の闇の中、柄にもない不安が首をもたげ始めていた。
(ううん……できるかじゃない。やるんだッ!)
それでも、立ち止まることはできない。
だんっ、とシューズで大地を蹴り。
ぼうっ、と腰のバーニアを噴かせる。
迷えば確実に殺される。そうなればこの男は山を降り、他の参加者を殺しに向かう。
こいつは美国織莉子と同じだ。止めなければならない相手なのだ。
「その場しのぎの笑顔でッ! 傍観してるよりッ!」
振りかぶる拳が風を裂く。
肌を炙る熱風を巻き込み、僧衣の男へと殺到する。
ばちっ――と弾ける音と共に、金色のスパークが炸裂した。
鉄拳と光の壁がぶつかり、反発し合う2つの力が、赤い炎を黄金に照らした。
「本当の気持ちで――ッ!」
もっとだ。
もっと力を込めろ。
こんな壁ごときで止められてたまるか。
それが人々を害するというのなら、どんな障害であろうと乗り越えてみせる。
たとえ何に阻まれようとも、命を奪われようとしている人のもとまで、必ず辿りついてみせる。
最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に。
助けを求める人のもとへ、必ずこの手を伸ばしてみせる――ッ!
「――オームッ!」
刹那、炸裂。
「ッ……うぁあああああッ!!」
真言と共に巻き起こる炎が、響の全身を飲み込んだ。
バリアから灼熱が湧き上がり、その身を余すことなく焼き焦がしたのだ。
「心なき力は憎むべき暴力……されど力なき心とて、ただの無力」
業火は鉄拳を弾き返し、響はあっさりと吹き飛ばされる。
神話の鎧を炎に焼かれ、火の海の只中へと無惨に転がる。
「その心意気は好ましいものがありましたが……やはり、この程度でしたか」
フドウの声が、急速に、その温度を失っていく。
これはまずい。恐らくあの男は、今の一撃で、こちらの可能性を見限った。
試練の失敗の果てに待つのは、死だ。あの男は次の一撃で、確実にこちらの命を奪うつもりだ。
「では、そろそろ終わりにします。一足先に極楽へ逝き、救いを得るがよいでしょう」
フドウの右腕が持ち上げられる。
その鍛え上げられた手刀が、鬼火のごとき蒼炎を纏う。
立て。立つんだ。あれを食らってはいけない。
本能が告げるシグナルに従い、響は懸命に身を起こそうとする。
それでも、とても間に合わない。五体は軋み、四肢は震えて、まともに立ち上がることもできない。
これで終わりか。何もかも終いか。
この男や織莉子を止めることも、元の街へと帰ることも。
友と仲直りをしたいという、ほんのささやかな願いですらも、叶えられずに逝くというのか。
「生死即涅槃ッ!!」
蒼黒い炎の剣閃が、勢いよく降り下ろされる瞬間。
「――うぉおおおおおおおッ!」
獅子のごとき雄叫びが、彼方から飛び込んでくるのが聞こえた。
ばたん、と襖がこじ開けられる。
疾走する具足の足音が響く。
炎熱の斬撃が放たれる直前、怒涛のごとき勢いで、金色の獅子が疾駆した。
倒れ伏す響の身体を抱き上げ、迫り来る蒼穹の炎刃を、紙一重でかわす者がいた。
「大丈夫か!?」
「は……はい、何とか」
眩い黄金の鎧を纏うのは、茶髪をロングに伸ばした青年だ。
己を抱きかかえた男の問いに、響はそれだけを短く答えた。
「ほう……これはまた」
感心したようにフドウが呟く。
その声に呼応するようにして、男の眼光がフドウを睨む。
たてがみのごとき長髪を揺らせば、その姿はまさしく黄金の獅子だ。
百獣の王者を思わせる双眸が、獲物を射殺さんばかりの気迫を込めて、乙女座の聖闘士を鋭く見据えた。
「お前は殺し合いに乗っている……そう考えていいんだな」
「なれば、どうします? この私をこの場で止めてみせると?」
燃え盛る獅子の男の視線と、涼やかな乙女座の男の笑み。
灼熱の海の中、相反する温度を宿した両者が、互いに火花を散らし合う。
ずぅん――と、背後から鈍い音が聞こえた。どうやら炎に耐えかねて、天井の梁が落ちたようだ。
「……そうしたいのはやまやまだが、そんな暇もなさそうだ」
一瞬、獅子の男の目が、腕に抱えた響を見た。
「この勝負は預ける! だが、必ず決着はつけるぞ!」
それだけを最後にフドウに告げると、男は織莉子がそうしたように、庭に向かって飛び出した。
目の前に立ちはだかる炎を、どこ吹く風といった様子で払う。
縁側から飛び立ち、屋根へと降り、燃える瓦の上を駆ける。
「ちょ、ちょっと待ってくださいッ! あの人を止めなきゃ――ッ!」
「残念だが、そうはいかない! 君の身の安全のこともあるからな!」
思い出したように慌てる響へ、男は諭すように叫ぶ。
じたばたと暴れる少女の体を、黄金の腕で押さえながら、獅子は炎を飛び越えて、闇の中へと消えていった。
◆
「………」
温泉宿の庭を抜け、どれほどの距離を走っただろうか。
胸を上下させる疲労に、ぱたりと座り込みながら、美国織莉子は変身を解いた。
温泉の湯と、かいた汗――2種の雫でしっとりと濡れた、グラマラスな裸体が露わとなる。
響と戦っていた時のどさくさに紛れて、荷物を回収したのは正解だったようだ。
恐らくあのまま放置していたら、フドウの放った炎によって、跡形もなく焼け落ちていただろう。
さすがに全裸でうろつくのは御免だ。背負ったデイパックを降ろして、乱暴に突っ込んでいた服を取り出した。
てきぱきとした動作で下着を身につけ、少し皺のついたワンピースに手を伸ばす。
(恐ろしいほどの強敵だった)
その間にも、乙女座の聖闘士を名乗る男の姿が、脳裏に焼き付いて離れない。
あのような相手と戦ったのは、今までにない経験だった。
あの男は魔女とも魔法少女とも違う。どちらとも異なる力を使い、どちらをも超える力を誇っている。
響だけでも大変だったのに、あんな相手がいたのであれば、決して勝ち目はなかっただろう。
あたかも、神と対峙していたような心地だ。
まるで彼が名乗った通り、本物の仏の手の上で、踊らされていたようだった。
(でも……)
そんなはずはない、と首を振る。
この世に神がいるはずがない。超常の支配者がいるとするなら、それは異星からの使者だ。
インキュベーターによって操られ、魔法少女によって築かれてきた歴史に、神の介在する余地はない。
異星人とも魔法少女とも違う、あのような男性神の存在が、この世に現れるはずがない。
(神を創るのは、人の思い)
当のインキュベーターに語った言葉だ。
かつて自らが口にした言葉を、織莉子は胸中で反芻した。
人の想像する力は偉大だ。
厳かな神も、おぞましき悪魔も、人は自らの思いによって、克明に想像することができる。
しかしそれは、結局のところ、現実の創造とはなり得ない。
空想の世界に住まう神が、現実に降り立つことは不可能なのだ。
(……何にせよ、対策を考える必要がありそうね)
いずれにせよ、あれを倒すには力が要る。
殺し合いに積極的な者を手なずけ、彼に差し向けるのもいい。
他の参加者と戦い、消耗したところに挑むのもまたいい。
とにかくも、自分1人の力だけでは、あれを倒すことは不可能だ。
着替えを終えた美国織莉子は、これからのことを考えながら、立ち上がりその場を後にした。
【1日目・黎明/C-4】
【美国織莉子@魔法少女おりこ☆マギカ】
【状態】疲労(中)、ソウルジェムの穢れ(2割)
【装備】ソウルジェム
【道具】支給品一式、ランダム支給品1~3
【思考】
基本:一刻も早く優勝し、見滝原市に帰る
1:市街地へ向かう
2:フドウを警戒。戦力が整うまでは手を出さない
3:未来予知の不調が気になる
4:皆を殺すことは悪いと思うが……
【備考】
※第5話「そのために私はここにいる」開始直前からの参戦です
※
呉キリカ、
鹿目まどかが参加していることに気付いていません
◆
煤けた壁に囲まれながら、バルゴのフドウは思考する。
奇跡的に形を保ちながらも、ほとんどが焼け焦げた宿の中で、黄金聖闘士は物思いにふける。
「犠牲を伴う変革は正義ではない……か」
真理だ。
叶うことなら、誰の命も奪うことなく、平和な世界を築きたかった。
それは己も――そして旧友・マルスもまた、一度は考えたことだったはずだ。
誰もが山吹の少女のように、清い心を持てたなら、あるいはそれも有り得ただろう。
しかし、それは叶わなかった。
どれほどの年月を重ねても、人々は悔いを改めなかった。
地獄のような煩悩の世を、この目で見続けてきたからこそ、フドウは自ら起ったのだ。
かの軍神の呼びかけに呼応し、彼の願う新世界を、共に実現する道を選んだのだ。
(果たして、あの少女のような者が、この場にどれほどいることか)
バラのタトゥの女によって、この地に飛ばされたフドウは、当初どう動くかを決めあぐねていた。
この小山の頂上に座して、己はこの場でどうあるべきかを、しばし思案し続けていた。
何せ不動明王の化身である己を、容易く確保した相手である。
その上、マルスと死闘を繰り広げたサジタリアス星矢を、滅却してみせたほどの相手である。
だからとて、彼女らの言葉に素直に従い、ただ下劣なゲームに乗るのは興が乗らぬ。
「いずこであれ、この世は等しく御仏の庭」
そうして考え続けるうちに、フドウはある結論に至った。
どうせどこにあろうとも、自分が為すべきことは変わらないのだと。
いずれ地球を滅ぼすのであれば、順序に大差などないのではないかと。
そう考えてからの行動は早かった。
最初から、何も迷うことなどなかったのだ。
不動明王は人の子に問う。汝は新しき人の世に、住まうに足る人間たり得るかと。
「このフドウの眼(まなこ)をもって、見届けさせてもらうとしよう」
すっくと立ち上がりながら、フドウは言った。
煤けた虚空に呟きながら、僧衣と長髪を翻し、明王の化身は歩みを進めた。
ばたん――という音が、背後で響く。
生死即涅槃の斬撃を受け、真っ二つに断ち切られた襖が、力なく畳へと落ちる。
倒れた襖の向こうには、既にフドウの姿は見えなかった。
【1日目・黎明/D-5 温泉・廊下】
【フドウ@聖闘士星矢Ω】
【状態】疲労(極小)
【装備】なし
【道具】支給品一式、ランダム支給品1~3
【思考】
基本:人の子らを見極める
1:己を倒しうる力と心があれば、潔く敗北を認める。
その力と心がなければ、死によって救済を与える。
2:積極的にゲームに乗るつもりはない。逃げる者は無理には追わない
3:できるなら新生十二宮に戻りたい。マルスと共に、新世界の創造を進めたい
【備考】
※第37話「揺るぎなき守護者!乙女座の黄金聖闘士!」にて、蒼摩達と会う直前からの参戦です
※D-5の温泉宿が、フドウの炎によって炎上しました。
一応温泉宿の形を保ってはいますが、中には崩壊した部屋もあるかもしれません。
また、露天風呂女湯の脱衣所に置かれた、
響のデイパック(支給品一式、ランダム支給品1~3)と衣服が燃え尽きました。
◆
「ここまで来れば、ひとまず大丈夫だろう」
響を草の上へと降ろしながら、長髪の男がそう言った。
「あ、えっと……助けていただいて、ありがとうございました」
「なに、気にしないでくれ。それより、身体の具合は?」
響の感謝の声に対し、男はそう問い掛ける。
あの場に居たフドウを放置し、敵前逃亡をした最大の理由は、どうやら響の負傷にあったようだ。
燃え盛る温泉宿の中、自分を守りつつ戦うことは、難しいと判断されたのだろうか。
自分が不甲斐なく感じられて、響は己自身を恥じた。
「あっ、もちろん平気のへっちゃらですッ! あちこち痛いですけど、十分動けますッ!」
それでも、あまり心配をかけるのはよくない。
痛む身体をどうにか動かし、ガッツポーズを取って言った。
割と洒落にならない攻撃だったが、どうにか身体も動くようになった。
それに、ガングニールとの融合によって、だいぶ治癒力も上がっているそうだ。
今これくらい動くのならば、何とかやっていけるだろう。
「そうか、ならいいんだ」
いくらかホッとした様子で、男が言った。
「……っと、そうだ。君、名前は? 俺はGGG機動部隊隊長の、
獅子王凱だ」
「スリー、ジー……?」
聞き覚えのない名前だ。
凱と名乗った青年の組織名に、響は首を傾げる。
ひょっとすると、特異災害対策機動部のように、政府の特別機関なのかもしれない。
何より、その金色のバトルスーツは、なんとなく同業者のような雰囲気がする。
「?」
「あ、えっと、そうですね」
言いながら、響はガングニールの装着を解いた。
戦闘が終わったのだから、いつまでもこの格好でいる意味もないだろう。
「私は特異災害対策機動部二課の、立花響で――」
「わっ!?」
と、その時だ。
凱が何かに驚いたような声を上げ、突然そっぽを向いてしまったのは。
「ふぇ? どうかしたんですか?」
「いや……大丈夫、俺は見てないから」
見てないから、というのはどういうことだろうか。
視線を逸らした上に、左手で顔を押さえている凱の姿に、響は怪訝な顔をする。
ひょっとすると、服に何かついていたのだろうか。ひとまず自身の視点を降ろし、確認してみることにした。
首を傾けると、ちょうど目線は胸元に向く。2年前からすっかり見慣れた、十字の傷が目に入る。
……十字の傷?
ちょっと待った。何で服を着ているのに、それが外に見えているのだ。
聖リディアンの制服は、こんなに胸元が開いたデザインではなかったはずだが。
異変に気付き、眉根がひそめられる。何かがおかしいと思い、もう少し注意深く見まわす。
「――――――ッ!?」
そして、気付いた。ぶっちゃけ見回すまでもなく気付いた。
そういえば戦う前の自分は、温泉で服を濡らしてしまい、乾くまでと思って湯に浸かっていたのだ。
そして服を着た状態のまま、温泉に入る馬鹿はいない。
「ひぃえええええええええええ~~~~~~ッ!!!」
すっぽんぽんの身体を両手で隠し、顔を真っ赤に染めた響は、それはもう物凄い悲鳴を上げたのだった。
【1日目・黎明/D-6 山間部・ふもと】
【立花響@戦姫絶唱シンフォギア】
【状態】パニック、疲労(小)、全身にダメージ(中)
【装備】全裸、ガングニール(体内に融合)
【道具】なし
【思考】
基本:殺し合いを止め、みんなで脱出する
1:~~~~~~ッ!?!?!?
2:織莉子とフドウを止めたい
3:フドウを警戒
【備考】
※第7話「撃ちてし止まぬ運命のもとに」終了直後からの参戦です
【獅子王凱@勇者王ガオガイガーFINAL】
【状態】困惑、疲労(小)、顔面ダメージ(小)、両腕ダメージ(極小)
【装備】IDアーマー@勇者王ガオガイガーFINAL
【道具】支給品一式、ランダム支給品0~2
【思考】
基本:この殺し合いを打倒する
1:響と情報交換を行う
2:フドウを警戒。可能なら止めに行く
3:仮面の女(=ソニア)を止めたい
4:とりあえず、何か響に着せるものはなかっただろうか……
【備考】
※FINAL.06「我が名はG(ジェネシック)」にて、ソール11遊星主達の前に姿を表す直前からの参戦です
※ソニアは地図上北西側の街に行ったと考えています
最終更新:2013年04月19日 03:26