『―――次のニュースです』
『アイドルグループ、『アンティーカ』に所属されていた、白瀬咲耶さんの行方が分からなくなっています』
『29日深夜、寮から外出されたのを最後に連絡が取れなくなっており、警察は事件に巻き込まれた可能性から捜査を―――』
「おっ、舞踏鳥(プリマ)、お前が仕留めたマスターのニュースやってるよォ〜」
「……そう」
聖杯戦争の開幕から翌日。
破壊の八極道にして、殺人の王子様(プリンス・オブ・マーダー)であるガムテはテレビを指さしながらお道化た声を上げた。
そこに映っていたのは、ガムテらが聖杯戦争開幕前に仕留めた最後のマスターだった。
「珍しいわね、ガムテ。貴方が殺した人間の事を口に出すなんて。
もうとっくに頭の中から綺麗さっぱり消えてるかと思ったわ」
「ンだよォ〜〜折角人が褒めてンのに。鬱陶(ウゼ)っっ!!」
「…ま、確かに手ごわいサーヴァントとマスターだったのは確かだけど。
あのババアを海の中に突き落としたんだから」
朝食の味噌汁をすすりながら、舞踏鳥は自分が仕留めた白瀬咲耶と、そのサーヴァントについて追想する。
凛々しく可憐な少女と小さな少年の組み合わせだった。
しかし間違いなく聖杯戦争開幕前に戦った主従の中で、最もガムテとリンリンに肉薄した二人組だった。
三日前、東京湾近くの埠頭で別の主従を下し、マスターの成人男性を屠ろうとした時に現れたのがかの二人組、白瀬咲耶とそのサーヴァントであるライダーだ。
彼女たちは敵であるはずのマスターを助け逃がすと、代わりにガムテと海の覇者足る四皇ビッグ・マムを相手取った。
「大変だったよな〜海に突き落とされたババアを引き上げるのにクーポンもいっぱい使っちゃったしさァ」
咲耶のサーヴァントであるライダーの少年とリンリンの間にあった力の差は歴然だった。
まさしくアリと巨象の戦いだ。
それに加えて、ライダーはガムテからマスターを守らなければならなかった。
飛び込んできた当初純白だったライダーの軍服は、見る見るうちに血の赤に染まっていない所を探すのが難しくなった。
そして、リンリンが致命傷を与えたと思った瞬間――ライダーの瞳は急速に蘇り、此処まで温存していた切り札である宝具を開帳した。
突如として出現した大型潜水艦とその大衝角は見事にリンリンのどてっぱらに突き刺さり―――それだけで終わらない。
なんと敵のライダーはそこから三度、連続して宝具を使ってきたのだ。
騎乗していた雷雲ゼウスを蹴散らされ、大相撲の押し出しのようにリンリンは海中に落下した。
これには流石のガムテも驚愕した。
召喚されてからすっと無敵だったリンリンに始めて一矢報いたサーヴァントであり、また彼女がカナヅチであったことが同時に判明したのだから。
事態は急激に動き、サーヴァントが一時的に行動不能になった事によって、戦局は逆転するかに思えた。
ガムテの右腕であり、薬(ヤク)をキメた舞踏鳥がその場に潜伏していなければ。
ガムテへ警戒を移そうとしていたライダーの一瞬の隙をすり抜け、地獄への回数券(ヘルズクーポン)によって強化された脚が、敵のマスターの胸部を貫き、鮮血が舞った。
白瀬咲耶はそのまま地に倒れ伏し、元々瀕死の重傷を負って居たライダーも共に消滅した。
そして、彼女の死体はそのまま夜の海へと処分した。
昏い水面の底へと消えていった彼女が見つかる事は、恐らくないだろう。
手ごわい主従であったが、勝者はガムテであり、それが全てだ。
彼女がこの聖杯戦争で何かを為すことはきっともうない。
だからこそ、意外だった。ガムテが殺した人間の事を口にするのは。
「まだ、あの主従について何かあるの?」
「ん〜〜そうなんだよなァ〜〜まだ何かが足りない気がするんだよな〜〜」
ガムテの超人的な勘。
それは今まで外れたことがない事を舞踏鳥は知っていた。
もう一口、味噌汁を啜って静かに尋ねる。
「……それなら、襲撃(カチコ)む?あのアイドルの事務所に」
「―――そうだなァ…取り敢えず三人で行ってみよっか!アイドルって仲間を殺した奴の手も笑顔で握ってくれるのか気になるしな〜舞踏鳥(プリマ)はどう思う?」
「知らない。偶像崇拝(アイドル)にでも聞いてみたら?」
ひらひらと。
もう忍者の手によって無くなってしまった手を振るう。
その貌に気まぐれで、無邪気で、獰猛な悪意を滲ませて。
ゲームで何か見落としているフラグはないか探すように。
己の勘を確かめるために。
ガムテは、283プロダクションに赴くことに決めた。
「さーて、それじゃライダー!オレとちょっとアイドルの事務所までお出かけしよぉ〜!!」
『―――あぁ?何でおれがこの暑い最中そんな所までいかなきゃ行けないんだ?
行くならガキ共だけで―――』
「え〜?霊体化(スケスケ)になって行けばいいじゃ〜ン。
終わった後は有名スウィーツ店巡りしようと思ってるんだけどな〜」
『行く〜〜〜〜』
相変わらずお菓子が絡むと変わり身が早いババアだ。
舞踏鳥は今も高級住宅塔(アジト)でお菓子を貪っているであろう老婆の姿を想像しながらそう思った。
召喚してからマムを養うために費やされた費用は十億に達しようとしている。
もし海外への薬(ヤク)により潤沢な資金を東京の極道が有している状況が反映されていなければ、
潤沢な資金を持つグラスチルドレンでも養うのは困難だっただろう。
とは言え、あの婆が付いてくるならガムテの勘の通り、サーヴァントが出てきても問題ない。
件のアイドル事務所と、店にある甘露を買い占められるであろう店舗には憐みが湧いてくるが。
当然、口にはしない。
「……ババアはともかく、黄金球(バロンドール)を呼ぶのはダメよ」
「何で?」
「あいつ、アイドルに惚れるかもしれないから」
「………………」
【港区・ガムテの家/1日目・午前中】
【ガムテ(輝村照)@忍者と極道】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:地獄への回数券。
[道具]:なし
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:皆殺し。
1:283プロで握手会~。
2:早く他の主従をブッ殺したい。
※ライダーがカナヅチであることを把握しました。
【港区・高級住宅塔(グラスチルドレンのアジト)/1日目・午前中】
【ライダー(シャーロット・リンリン)@ONE PIECE】
[状態]:健康
[装備]:ゼウス、プロメテウス、ナポレオン@ONE PIECE
[道具]:なし
[所持金]:無し
[思考・状況]
[思考・状況]
基本方針:邪魔なマスターとサーヴァント共を片づけて、聖杯を獲る。
1:スイーツ店巡り楽しみ〜〜
▼ ▼ ▼
『―――どうして、そんなに辛そうな顔をしてるんですか?』
―――すまない。すまない。すまない……
『あの時みたいに眼を逸らして、地面か空でも見てれば楽じゃないですか』
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
『……今更、そんなに苦しむなら。
どうしてあの時、私を助けてくれなかったんですか?』
どうか、どうか許してくれ―――
………………
………
…
「また同じ夢か」
全身を不快な寝汗で濡らして、寝台から身を起こす。
プロデューサーと呼ばれた男の聖杯戦争最初の朝は、そうして幕を開けた。
もう、何夜目になるだろう。
にちかに、蹴落としてきたマスター達の怨嗟の声に怯えて起きるのは。
(…きっと。もうちゃんと眠れる夜は来ないんだろうな)
優勝して、願いの果てに至るまで。或いはその後も。
眠れぬ夜は、後何度続くのだろうか。
茫洋とそんな事を考えながら、覚束ない足取りで洗面所に向かう。
血が出るのでは無いかと言うぐらい顔を流水で洗って、鏡を見る。
そこに見慣れたはずの自分の顔は、かつない程酷いものだった。
今まで挫折というものを知らなかった幼い少年が始めて挫折の味を知った様な、
還暦を迎えた老人が今までの永く味わった艱難辛苦を追想した様な、そんな表情だった。
(…こんな顔、事務所の皆には見せられないな)
そうだ。
彼女たちにだけは、こんな醜い顔を見せるわけにはいかない。
彼女たちがこれからもアイドルとして羽ばたいてい行けるために。
自分はまだ、彼女たちが信頼してくれていた『
プロデューサー』でいなくてはならない。
だから、何人かのアイドルが頼んできた、一度顔が見たいと言う連絡も全て断った。
万に一つ、彼女たちが聖杯戦争に巻き込まれる可能性を作ってはならないのだから。
考えながら、着慣れたスーツに袖を通す。
勿論出社するわけではない。単なる意識の切り替え、意味の薄いルーティーンというだけ。
どの道行動するのは人目に付きにくく、日光が苦手だと言うランサーが動ける夜間である。
だから、昼間はこうして情報収集とと言う名の無駄で無為な時間を過ごしているのだ。
食事はコンビニ弁当やカップ麺など買いだめしたものを食べると言う、大崎甘奈には輪をかけて見せられない、そんなライフサイクルだった。
「……また行方不明者か」
その手のスマートフォンに表示される、女性の行方不明者のニュース。
それを見て過るのは二つの考えだ。
一つは、事務所のアイドル達は無事だろうかという考え。
そして、もう一つは……
(ランサーは…彼はどうして…)
ランサーは、夢で見たあの青年だ。
勘だが、それは間違いない。
だが、人間なら即死している傷を受けても立ち上がり、敗退したマスターを情け容赦なく喰らうその姿はまるで……
―――考えるな。
その考えは、今は間違いなく不要なものだ。
前に進むための足を縛り上げる余計な思索だ。
第一、マスターである自分があの青年を、ランサーを信じなくてどうすると言うのか。
そう、もっともらしく結論付けて。
再び情報収集に意識を戻そうとした、その時だった。
ピンポンと、玄関のチャイムが鳴ったのは。
まさか、いよいよ283プロダクションの誰かが来てしまったのか。
その未来に怯えながら、恐る恐る扉の覗き穴から外を伺う。
「……?」
予想と反して、立っていたのは二人組の男だった。
恰幅のいい初老の男に、その部下と思わしき三十代ほどの男。
その二人を見た瞬間、何故か背筋に冷たいものが流れた様な気がした。
このまま居留守を使おうか、そう思ったのと同時に再びチャイムが鳴る。
僅かな逡巡の後意を決して、扉を開けた。
「はい……何方でしょうか」
「あぁ、朝早くにすみません。警視庁の大石という者です。
少し、お話を伺いたいことがあって参りました」
警察。
その二文字にドクンと胸が跳ねる。
テレビで目にしてきたサスペンスの犯人はこんな気持ちだったのだろうか。
提示される警察手帳を見てそんな事を考えながら、要件を尋ねる。
「警察の方が、何の御用ですか…?」
尋ねている自分の声が自分の声では無い様で、気持ち悪かった。
今にも吐きそうで、横隔膜が痙攣して、猛烈に嫌な予感に全身に鳥肌が立つのを感じていた。
だが当然、刑事は彼の状態などに頓着しない。
躊躇なく、端的に、何故此処へ赴いたのかを
プロデューサーに伝えた。
「実は…お宅の事務所に所属していた…白瀬咲耶さんが一昨日の晩から行方不明になってましてね。
貴方…何か知りませんか?念のため、一昨日の晩何処にいたかも教えてもらえますかね」
「……は?」
見せられた写真。
そこには自分がプロデュースしていた283プロでも人気のユニット、アンティーカのメンバーである白瀬咲耶が映っていた。
だが、大石と名乗った刑事の言葉は、余りにも現実味が無く。
時間にして十秒。完全に思考がフリーズし、言葉が出てこない。
代わりに頭の中に浮かぶのは『どうして』という四文字だけだ。
どうして咲耶が?何故。何故。何故。何故……?
分からない。言葉は通じているはずなのに、意味が理解できない。
思考がまとまらず、自分が今、真っすぐ立っているかも分からない。
「……お、一昨日の晩は…家に居ました。コンビニで買い物をしたぐらいで…咲耶の事は今、知りました」
「ふーむ。大丈夫ですか?貴方。何だか大分疲れてる様ですが」
「少し、風邪をひいて……仕事の方も休ませて貰っているんです」
「…………………」
疑われているのか。
確かに、彼女が失踪した時に丁度休暇を取っていた自分が疑われるのは不自然な話では無いだろう。
だが、本当に何も知らないのだ。
じっと刑事が疑惑の視線で見つめてくる。
どうする?どうすればいい?
ここで逮捕されてしまえば、聖杯戦争はどうなる。
本当にどうすればいい。ランサーを呼ぶか?
いや、その方法を取ってしまえばランサー目の前の二人を…しかし――――
「……そうですか!いやー体調の優れないときにすみません。ご協力感謝します。
また、何かあれば伺う事かもしれませんが。今日はこれで」
「―――え?」
大石の予想を裏切る様なその言葉に、混乱していた脳内が再びフリーズする。
客観的に見ても、自分の態度は相当怪しかっただろう。
にも拘らず、ここまですんなりと相手が引き下がるのは完全に予想外だった。
刑事の片割れは露骨に解せないと言う顔をしていたが、大石の方は全く部下の様子など構わず。
「貴方も戸締りは気を付けてください。最近の連続行方不明事件…神隠し、いや。
鬼隠し何て我々警察の間では言われてますから…ま、直ぐに解決して見せますがね」
鬼隠し。
冗談めいた大石の言葉に、再び心臓が跳ねてしまう。
その言葉を聞いた時、先ず浮かんだのが自分が呼び出したあのランサー…だったのだから。
「では私たちはこれで。あぁそうだ。もし疲れているなら旅行でも如何です?
海外とまではいかなくても。田舎の村で羽を伸ばすというのも悪くはありませんよ―――」
それだけ言い残して二人の刑事は
プロデューサーの自宅の前から去っていく。
できる事なら、もう二度と来てほしくはない。
遠くへ去っていく二人の背中を呆然と見つめながら、
プロデューサーは強くそう思った。
▼ ▼ ▼
刑事たちの姿が見えなくなると同時に静かに扉を閉め、鍵をかける。
そして玄関の壁にもたれかかり、ずるずると…崩れ落ちた。
明るい外の光が途絶し、視覚的にも心情的にも昏くなった玄関で、男は茫洋と己の従僕を呼んだ。
「ランサー。今の話、どう思う」
答えは沈黙だった。
それでも返答を諦めきれず、再び槍兵を呼ぶ。
そうしてようやく、ランサーは霊体化を解いて姿を現した。
プロデューサを見つめるその視線は、凍える様な冷たさを湛えていて。
問われた彼は簡潔に。
「興味はない」、そう応えた。
「興味はない、って……」
「聖杯戦争に巻き込まれていれば十中八九その女は死んでいる。
ならば今更その女に思考を裂くのは、無意味だ」
「そうじゃなくて、その……」
プロデューサーは、ランサーの血の通わない台詞に何とか食い下がろうとした。
だが、言葉が出てこない。
まるで舌を縫いつけられたように、何時もなら言えたはずの、いうべき言葉が出てこない。
自らの矛盾に、気づいてしまっているから。
ここに来るときに抱いていた願いに、白瀬咲耶という少女は何ら関係がないという事に。
本来なら、動揺などする必要がない事に。
頭の片隅にでも放り込んで、勝つための知略を巡らせるべきだという事に。
それなのに、自分はこうして我を喪い、無様に床にへたり込んでいる。
自分はこんなにも無能だったのかと、自嘲せずにはいられなかった。
そんな彼に、ランサーはなおも冷淡に続けた。
「貴様は死んだ女は界聖杯に再現された偽物だとでも言われて安心したいのだろう。
だが…知った事か」
「ちっ、違う!違う…俺が言いたいのは……!」
ランサーの言葉を否定しようとして、再び言葉に詰まる。
そんな打算が、甘えが、無かったと本当に心の底から無かった言えるのかと。
そう思ってしまったから。
そんな彼の胸倉を掴んで、ランサーは無言で締め上げた。
「貴様の様な弱者を見ていると…反吐が出る…!」
苦しい。息ができない。
陸に打ち上げられた魚のようにぱくぱくと、滑稽に身体を震わせる。
言葉を放てない以上、令呪の使用も不可能だ。
「貴様は言ったはずだ!優勝するのは俺たちだと。今後も方針は一切変えないと!」
腹立たしかった。
どうしようもなく、腹立たしかった。
何か遠い昔の思い出したくない思い出を延々と見せられているような。
そんな不快さをランサーは感じていた。
「俺が貴様の様な弱者を主と認めているのは、聖杯を目指すという目的が一致しているからだ…!
それすらも揺らぐと言うなら、此処で死ね。俺が殺してやる」
「あっ……が、あぁ……」
ランサーから見て、
プロデューサーは聖杯戦争に参加するマスターとしては何一つ取り柄が無かった。
戦う力など持たず。戦局を見すえる頭脳もなく、他者を蹴落とす覚悟すら弱い。
自分が敵サーヴァントやマスターの首級を挙げる度に口に出すのは「すまない」という謝罪の言葉で。
それがどうしようなく勘に触った。
その点で言えば、生前の主たる
鬼舞辻無惨の方が余程仕えるに値する主だったと言えるだろう。
何しろランサーは、無惨から謝罪の言葉を聞いたことが一度もない。
しかし―――それでも、そんなマスターが本戦に至るまで戦ってこれたのは偏に願いの強さゆえだ。
そんな主が、抱いた願いさえ揺らいで仕舞えばどうなるか?
答えは一つ。塵屑のように最も無様な敗残の徒として生涯を終えるだろう。
ここは戦場だ。殺し合いをする場所なのだから。
それならばいっそ、自分の手で。
鬼であるランサーがそう考えるのは無理からぬ話だった。
「……ッ!それ、は……だ、めだ…!」
だがランサーのその言葉を受けて、完全に色も喪った
プロデューサーの瞳に再び意思の炎がともる。
足を必死にばたつかせて。締めあげられ今にも落ちそうになる意識を振り絞る。
だって、自分はまだ何も。何も出来ていないからだ。
この身は既にどうしようもない程罪に塗れていて、全てを悔いながら死ぬしかないのだろう。
咎人はもがき苦しみ、絶望と後悔の中で死んでいくしかない。
だけれど。
―――こわくて、こわくて、こわくて、こわくてこわくてこわくて……
それでも、今ではない。
自分はまだ、にちかが味わった苦しみの、半分ほども味わっていない。
願いの果てに至るまでは、まだ、死ねない。
それまでは、まだ地獄に落ちる事すらできない。
「ラン…サー…令、呪を……もっ……」
右手の令呪が光を放つ。
ランサーを止めようと、命令を放とうとする。
しかしそれよりも先んじて、頸の圧迫感は消えた。
それと共に、身体が重力に従い自由落下し、尻もちをつく。
げほげほと、再び無様な姿で咳き込んだ。
「それは、もっと使うべき時に取っておけ」
それが、主を殺そうとしておいていうべき言葉か。
普通のマスターならば、そう反論したかもしれない。
だが、
プロデューサーは何も言えなかった。
首から手を離した時のランサーの顔を見てしまったから。
羨むような。来るべきでは無かったのに、こんな場所まで来てしまった男を憐れむような。
先程までの冷たい視線とは全く違った、夢の中で見た青年と同じ顔をしていたから。
「お前は今まで通り、俺に一言、戦えと命じるだけでいい。
―――勝って聖杯に辿り着く以外の事は、もう考えるな」
そう言って、ランサーは姿を消した。
恐らく夜まで呼んでももう返事は帰ってこない事は言わずとも分かった。
完全に謀反と呼べる行動だったが、ランサーに対する怒りだとか反感は湧いてこなかった。
むしろ、ここまで無残な姿を曝した自分にまだ仕えてくれている事に感謝の念すら抱いていた。
「ランサー…すまない……」
鬼であれれば良かった。
敵を討ち滅ぼす一本の剣であれれば良かった。
鬼の肉体であれば痛みも直ぐに忘れることができた。
この身が一本の剣なら迷わず、一人の少女のために戦う事ができた。
けれど男は、どうしようもない程に脆弱な一人の人間でしかなかった。
だからこうして、みっともなく這いつくばりながら、最早何度目になるか分からない謝罪の言葉を。
血を吐くように、口にし続ける。
カナカナカナカナカナ…と。
外から微かに聞こえるひぐらしの声だけが、静かに。
後戻りは、もうできないと告げていた。
――――――もう、手遅れだと。
▼ ▼ ▼
日が昇り始め、気温が上がり始めた頃。
一仕事を終えた二人の刑事はパトカーに乗り、署への帰路についていた。
「大石さん…どうしてあの男を見逃したんです?」
「白瀬咲耶さんが最後に確認された時間と最寄りのコンビニの監視カメラに映っていた時間は一致してる。アリバイがあるんですよ。
それに…これは私の勘ですがあの男はシロだ」
「いやいや、勘って…」
「あんな何もしなくても死にそうな顔をした男が誰かを誘拐したり殺したりはできんでしょう。
それに、知らないって反応も演技ではなさそうでしたしねぇ」
「…まぁ、そうですね。あの様子だと、迂闊に手紙を見せるわけにもいかないでしょうし」
大石はこの聞き込みに当たって、一枚の手紙を持ち込んでいた。
それは彼女が生活していた寮で見つかった、彼女の遺書ともいうべきものだった。
結局、事件については何も知らないという証言と彼の状態を鑑みて見せることは憚られたが。
「浮かない顔ですね。大石さん」
「ん…まぁ、ね。この手紙は私らじゃなくてももっと別に読むべき人がいるんじゃないか。
そう思いまして…取り敢えず、次は咲耶さんのお友達にでも当たってみましょうか」
そう言って大石は胸ポケットから件の手紙を取り出し、再びそれに視線を落した。
(白瀬さん…アンタ一体、何と戦ってたんです?)
時間がないときに書く走り書きのようだったが、間違いなくその文字は白瀬咲耶の筆跡と一致していた。
その内容を改めて読みながら、大石は白瀬咲耶と言う少女に想いを馳せた。
一体どんな状況で、何を思って、少女はこの手紙を書いたのか。
彼女の身に何が起こったのか。この手紙を書くまでにどんな道程を辿ったのか。
彼女は何と戦い…そして、敗れたのか。
以下が、その内容である。
『この手紙を私以外の誰かが読んでいるのなら、私はもうこの世にいないでしょう。
勿論、そうならないように最善を尽くします。
でも、自分がどれ程危険で困難な道を選んだかは理解しているつもりです。
その時が来た時後悔しないために、この手紙を残します。
先ずは父と母と、
プロデューサー。そして、私のかけがえのないアンティーカの仲間に感謝を。
貴方たち出会えて、私は幸福でした。
手紙にすれば何千枚、何万枚でも書ききれないほど、幸せを貰いました。
私の戦いを、秘密にしてごめんなさい。そして…本当に、本当にありがとう。
もし、この手紙を私の戦いが何を意味するか分かっている人が読んでいるなら、
どうか、貴方が生きてこの東京を去れますように。
過酷な戦いの中で、貴方が何か過ちを犯してしまったとしても。
私は貴方を許します。
世界が貴方を許さなくても、私は貴方を許します。
だからどうか嘆かないでください。
傷つけないでください。貴方の心を。
謝らないで下さい。昨日までの全てを。
貴方が無事に元の居場所に戻った後、幸せを掴めますように。
それだけが、私の願いです。
白瀬咲耶』
【
プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:精神疲労(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:そこそこ
[思考・状況]
基本方針:聖杯を獲る。
1:聖杯を獲ってにちかの幸せを願う。しかし…
2:咲耶……
【
猗窩座@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターを聖杯戦争に優勝させる。
1:敵のサーヴァントを探し、殺す。
時系列順
投下順
最終更新:2021年09月11日 19:58