◆◇◆◇


八月上旬の東京は、過酷だ。
平均最高気温は30度をゆうに超え、日没に至るまで常に灼熱のような高温が襲い来る。
緑地や水面の減少。コンクリートの増加。自動車や室外機による排気ガス。
それらの条件が重なる都市部は、殊更に暑くなる。
それに加え、日本は高温多湿の島国。
多量の汗によって身体のバランスが崩れることにより、毎年多数の熱中症患者を生み出す。
ここは界聖杯によって再現された“箱庭”。
文明。気候。環境。例え本物の日本ではなくとも、それらはほぼ忠実に再現されている。
つまり、界聖杯の八月もまた、草臥れるほど暑いという訳だ。

聖杯戦争の予選を生き延びたマスター、神戸あさひ
右手に発現した令呪を“包帯”で隠し、彼は社会の中に潜む。
彼は界聖杯におけるロールを持たない。
社会的地位は勿論のこと、住居も無ければ戸籍も無い。
マスターとして呼び寄せられた縁者を除けば、神戸あさひという人間を知る者はこの街の何処にも居ない。
本来ならばこの東京に存在しない筈の、いわば透明な人間だった。
帰る場所など無い。大抵は野外で寝泊まり。方々を渡り歩く。
運が良ければ、空き家や廃屋で一晩をやり過ごせる。
たまに日雇いの仕事にありつけば、なけなしの収入は得られる。
つまるところ、浮浪者同然の生活だ。

暑い。
首筋や背中が、じっとりと汗ばむ。
黒い髪の先端から、小さな雫が溢れる。
身体のあちこちが熱を帯びる。
薄手のTシャツが肌に張り付くような感触が気持ち悪い。
ペットボトルに貯めた生温い水――公園の水道から調達した――を補給しながら、バツが悪そうな顔で隣に座る相手を見る。

「ああ、暑い!!実に暑い!!そうだ!!」

朝方。大田区の境目に位置する、多摩川の河川敷。
その橋の下で、二人は並んで腰掛けていた。
一人は神戸あさひ。小動物のように縮こまりながら、小さな器に収められた牛丼をちまちまと食べる。
幼児のように不器用な箸の持ち方だった。

「この街は―――まことに暑いでござる!!」

もう一人は、力士と見間違える程の巨漢。
大粒の汗を流し、デカデカと胡座をかいて、特盛りの牛丼を豪快にかっ食らう。
和装を纏った出で立ち。歌舞伎役者を思わせる髪型。腰には布で包んだ棒状の物体を挿している―――隠してはいるが、形的にはどう見ても刀である。
その姿、平たく言えば侍だった。

「しかし、メシはどいつもこいつも美味い!!上等な食事処があちこちにある!!」

男の名は、光月おでん
東京に出現した、勇ましき快男児である。
おでんとあさひは―――二人で遅い朝食を取っていた。


◆◇◆◇


大田区、南蒲田。
産業施設の1階、様々な展示イベントが開催される大型ホール。
約1,600m²もの広大な無柱空間は、大規模な集客や大型機械の展示にも対応する。
この日は何の催しも行われていない。其処にはだだっ広い空間だけが存在する。

その中央にて。
一人の男が、凛と佇んでいた。
焔のゆらめきにも似た痣。
毛先が紅く染まった黒髪。
質素な緋色の和服。黒い袴。
そして、腰に挿した刀。
男の出で立ちは、侍だった。

彼は、この聖杯戦争に参じた英霊が一人。
豪放磊落なる快男児、光月おでんの従者。
セイバーのサーヴァントだった。
黒刀を携えた剣士は、迫る“気配”を静かに待ち構えていた。
魔力の残痕。何者かが、すぐ傍にいる。
それを察知したセイバーはマスターに断りを入れ、単独で展示ホールへと赴いた。
日中でのサーヴァント同士の接触は人目に付く。
それ故に、堂々と姿を晒しても――あるいは戦闘になっても――問題のない場所を選んだ。
そのまま敢えて姿を晒し、セイバーは相手を待ち受ける。


「よぉ」


そして、一騎。
セイバーの魔力の気配に誘われるように。
霊体化を解いたサーヴァントが、姿を現す。
その英霊は――異様な出で立ちだった。


「アンタ、サーヴァントだろ」


全身を赤黒いスーツで覆った、怪人だった。

少なくとも、セイバーの生きた時代では考えられない奇矯な風貌だ。
背中に挿した二刀や腰に携えた拳銃が、彼が戦士であることを訴えかける。

「……ああ。セイバーとして召喚された」
「おいおい、いかにも剣に生きてそうな見た目だからってそのまんまだな。
 で、俺ちゃんはアヴェンジャー。珍しいだろ?七騎に該当しないエクストラクラスってヤツ」

淡々と、物静かな口振りで答えるセイバー。
対するアヴェンジャーは、酷く饒舌だった。剣士の反応などいざ知らず、ベラベラと捲し立てる。

「そんなとこで突っ立って、俺ちゃんのこと待ってくれてた?」

幾ら軽口を叩かれようと、セイバーは気にも止めない。咎めもしない。
ただ無言のまま、アヴェンジャーを見据える。

「ひょっとしてアレ?これからデート?待ち合わせしてる最中に彼女を口説き落とす文句を考えてるってワケだ」

セイバーが、その鞘から刀を抜く。
漆のように黒い刀身が、ぎらついた輝きを放つ。
元より彼は、理解していた。
幾ら軽口を叩こうと、幾ら道化を装おうと。

「そんなキミに俺ちゃんからアドバイス。
 『接者の刀でそなたを貫きたい。いざ尋常に参る』これでイチコロだ。
 そのまま彼女をモーテルに連れてけ、あとは真剣勝負あるのみ。武士道精神に則って激しくヤりまくれ」

アヴェンジャーは、確固たる闘志を放っていることを。
戦いの意思を伴って、この場に立っていることを。
下品なジョークをつらつらと放ちながら、アヴェンジャーは背中の二刀を抜く。

「お前の真名、たぶんアレだな。『サムライジャック』」

アヴェンジャーの戯言も意に介さず、セイバーは刀を握り締める。
互いに睨み合う。剣を構え、対峙する。
沈黙。硬直。二騎の英霊が、向かい合う。
その身に闘気を宿し。その手に敵意を握り。
一触即発の沈黙が、続く。

そして―――アヴェンジャーが、地を蹴った。
不死のアヴェンジャー。鬼殺のセイバー。
これより始まるのは、伝説に名を馳せた英傑同士の対決。
闘争が、幕を開ける。


◆◇◆◇


「あの、すみません」
「ん!?何がだ」
「その……奢って頂いて」
「そりゃあ奢るに決まってるだろう!お前のその見窄らしい面構え!メシちゃんと食ってるのか!?」
「……すみません……」

あさひは小動物のように縮こまって謝った。
なぜ彼らが二人で朝食を取っているのか。
なぜ彼らが二人で河川敷にて交流しているのか。
理由は単純。日雇いの仕事で顔見知りになったからであり、二人共々住居が無いからだ。

時刻は早朝。数時間前のこと。
ちょっとした荷物運びの仕事だった。
あさひは偶々同じく日雇いの労働者として雇われていたおでんと出会った―――軽い挨拶程度の交流から始まったが、あさひは当初から彼を警戒していた。
その異様極まりない風貌。現代の社会に生きる人間とは到底思えない、まるで過去からタイムスリップしてきたかのような出で立ち。 そして、その右手に刻まれた“痣”。――隠していない、堂々と曝け出していた。
無防備にして大胆不敵。おでんに対するあさひの警戒心は、次第に最大限まで到達していた。
しかし、今は仕事が先である。この東京で生活する上で、臨時の収入は大切な糧だ―――変に律儀であることは自覚していたが、定職を持たない彼にとっては死活問題だった。
それに、周囲の目がある状況で下手に騒ぎを起こせば面倒なことになる可能性がある。そうしてあさひは様子見を決めた。

無論、労働力としては屈強な体躯を持つおでんが遥かに上だった。
彼が百人力の腕力で次々に仕事を片付けていた一方で、あさひはコツコツと地道に捌き続けていた。
決して体格に恵まれている訳でもなければ、日常的に身体を鍛えている訳でもない。元より肉体労働に向いている方ではなかったが、それでも日々の生活を送るためにも仕事は選べない。

やがて些細な転倒事故を起こし、あさひは現場の責任者から大いに詰られた。
幸い荷物は無事だったし、あさひにも大きな怪我は無かった。
だが、元より作業効率で大きく水を開けられていた少年に対する不満を責任者は堂々とぶつけてきた。
このことはおでんの手際が良すぎた、ということもあるのだが。そこを考慮するような情けは与えてくれなかった。
ぐちぐち、ぐちぐちと、陰湿に詰られ続け。あさひはただ平謝りすることしか出来なかった。
そこで、おでんが仲裁に割り込んできた。
物怖じもせず、堂々とした態度で、二人の“仲”を取り持った。
本人曰く「おれがせっせと働いている時にネチネチと粘っこいのは嫌なんだ!!」。
手前勝手な理屈でも、おでんの妙な迫力を前に責任者は素直に従わざるを得なかった。

それが切っ掛けだった。
昼間に差し掛かった仕事終わりの時間に、あさひは改めて感謝して礼を伝えた。
そうしたら「礼がしたいのか?よし!ちょうどメシの相手が欲しかったところだ!」と唐突に言われた。
それからは、なあなあで事が進んだ。
二人で牛丼屋に直行。というより、おでんに強引に半ば連れて行かれた。テイクアウトである。
「牛丼特盛!!」と豪快に頼むおでんに対し、あさひは「じゃあ……並盛で」と謙虚に注文。牛丼を持ち帰る巨漢の侍と浮浪者めいた少年。一体どんな組み合わせなのか、どんな関係なのか。周囲の人間は思ったかもしれない。
お代はすべておでんが支払った。あさひが礼をしたかった筈なのに、何故かおでんの方が気前よく金を出した。
一緒にメシを食う相手が欲しかった。それがおでんの頼みであり、応えてくれるなら幾らでも金を出すつもりだった。
そうして二人で多摩川の河川敷――先日のあさひの寝床である――まで向かい、朝食になり。そのままなあなあで今へと至る。

ここまで強引に誘われたことはなかったけれど。
ちゃんと食べてるのかって、“あの人”からも心配されたな。
ふいにあさひの脳裏をよぎる、過去の記憶。胸の痛みを、僅かに思い出す。

「おでんさんには」
「おう」
「なんてお礼を言ったらいいのか……」
「さっきから辛気臭いなあさひ坊!!もっとこう……シャキっとしたらどうだ!?」

痺れを切らしたようにおでんから叱責された。
彼の豪放磊落な態度とは真逆のせせこましさを自覚して、あさひはバツが悪そうに俯く。
特盛の牛丼をペロリと平らげるおでんを横目で見つめた。
あさひの視線の先にあるのは、彼の右手の甲に刻まれた模様のような痣。
初めて対面した時から、ずっと意識に留めていた。

聖杯戦争。
古今東西の英霊――サーヴァントを召喚したマスターが、他の主従と競い合う。
たった一組の勝者のみが聖杯へと至り、あらゆる祈りを叶えることができる。
そして。戦争の完遂とともにこの世界は“処分”され、残された人間は全て消滅する。
紛れもなく、命懸けの闘争だった。

マスターとなった者は、身体のどこかに“令呪”が刻まれる。サーヴァントに絶対の命令を下せる装置であり、マスターとしての証そのものである。
あさひは他の主従から迂闊に探知されることを恐れ、右手の甲に刻まれた令呪を包帯によって隠している。
おでんの右手の甲に刻まれた痣もまた、令呪としか認識できない代物だった。

彼もまた、マスターなのだろうか。
あさひは、俯きながら思う。
寧ろこの異様な風体で聖杯戦争何の関係もないとすれば、それこそ驚愕に値する。
明らかに怪しいというのに、相手は全く意に介さない。堂々とこちらを食事に誘い、堂々とつるんでいる。
少なくとも、相手方は気付いていない―――と思う。
心臓が、微かに鼓動を早める。

「―――ごちそうさん!!」

思案に耽るあさひの傍らで、おでんは空になったプラスチックの丼ぶりをその場に置く。
あさひもまた食事を終えて、一息を付く。 

「さて、腹ごしらえも済んだ!そろそろ本題に移らせてもらおうか!」

本題。唐突に出てきたその言葉を聞き、あさひは顔を上げる。
心臓の鼓動は、未だに変わらず。

「なあ、あさひ坊」

唐突に、空気が変わる。
先程までの豪快な表情とは違う。
おでんは、神妙な顔を浮かべており。
そんな彼の変化を、あさひは見つめて。


「マスターだろう、お前」


―――単刀直入に、言われた。

え、とあさひが声を漏らす。
一筋の汗が、頬を垂れ落ちる。
真夏の熱によるものではなく。
それは、心臓を掴まれたような動揺によるものであり。
鼓動が、否応なしに早まる。

「早朝から、共に働いていた時」

そして、おでんは淡々と口を開く。
あさひの動揺に対し、彼は冷静に言葉を紡ぐ。

「お前の注意は、ずっとおれの『手の甲の痣』に向いていた」

黙々と、おでんが告げる。
とうに見抜かれていたことを、打ち明けられる。
あさひの視線、警戒。おでんは全て察知していた。

「それに、お前の右手―――初めて会った時から、ずっと包帯を巻いているが」

そして、おでんは目を細めた。
彼が見つめるのは、包帯が巻かれたあさひの右手。
思わずあさひは、左手で包帯を押さえる。
心臓の鼓動が、早まっていく。
うだるような真夏の熱と共に。
緊張と動揺が、迸っていく。


「手を負傷したまま荷物運びの仕事をする輩がいるか?」


その一言を突きつけられて。
あさひは、荷物であるリュックサックを手に取った。
そして、おでんと距離を取るように、咄嗟に立ち上がった。

「あの―――」
「図星ってツラだな。メシにでも誘えば、二人きりになれると思ったんでな。
 まッ、楽しんだのも事実だがな!」

鞄のファスナーの隙間から、金属バットの柄が剥き出しになっている。
その気になれば、いつでも抜くことができる。いつでも戦うことができる。

「おれァ聖杯を求めちゃいねえ。
 だが聖杯を見定めたいと思っている。その善悪を含めてな」

―――アヴェンジャーを呼ぶ。そのことも考えた。
だけど、彼は偵察へと赴いている。魔力の気配が感じられた、らしい。暫くは戻ってこない。
念話で伝えたとしても、きっと相手が仕掛けてくる方が早い。
もしかしたら、相手のサーヴァントもアヴェンジャーと対峙しているかもしれない。

「だから、お前が聖杯を求めるってんなら。
 おれはお前の敵ってことになるんだろう」

令呪で呼び寄せる―――駄目だ。3角しかない命令権を、序盤に浪費するべきじゃない。 

「挑まれるんなら、おれはやるぜ。
 お前がやる気ってえのなら、受け止めてやる。
 まあ、つまりだ―――」

あさひは焦燥と共に思案を続ける。
対するおでんは、悠々とした態度で、立ち上がる。


「―――来るなら、来い」


先程までとは、まるで違う。
気迫。威圧感。凄味。
彼が歴戦の勇士であることを、否応無しに叩きつけてくる。
あさひは、息を呑んだ。後退りをした。
右手が、微かに震えていた。


「この光月おでんが、相手になってやる」


それでも。
脳裏に“妹”の顔がよぎり。
かつて望んでいた“幸福”を追憶し。
バットの柄を握り締め、歯を食いしばった。


◆◇◆◇



――――おいおい。
――――何ていうかさ。
――――マジか?って感じだよ。



血飛沫が。
肉片が。
左腕が、宙を舞う。
肘から先。
いとも容易く、両断された。
刀を握り締めたまま空中で回転するそれを、アヴェンジャーは呆然と見送る。
ほんの2分ほど前の記憶が、彼の脳裏をよぎった。




戦闘開始直後まで、記憶が巻き戻る。
先に仕掛けたのは、アヴェンジャーの方だった。
地を蹴り、瞬時に駆け抜け。
そして、背中のニ刀を抜いた。
☓字型に交差するように振り下ろされた刃は、居合の体制で日輪刀を抜いたセイバーによって阻まれる。

「嬉しいね。サムライと一騎打ちだ」

刃を弾かれたアヴェンジャー。しかし即座に次の攻撃へと出る。右手の刀を斜め下から掬い上げるように振り上げた。
セイバーは日輪刀の刃を左に振るい、敵の刃の逸らすように弾く。

「俺ちゃんも、武士道に目覚めようかなッ」

しかし、間髪入れずに二撃目が放たれた。アヴェンジャーの左手の刀が、すぐさま横薙ぎに振りかぶられる。
一刀と二刀。手数では単純にアヴェンジャーが有利だった。それでもセイバーは眉一つ動かさず、一撃目を凌ぐ動作から継ぎ目なく即座に後方へと跳んで回避した。

「逃げんなよ。ダンスの最中だぜ」

アヴェンジャーは逃さない。地を蹴る動作と共に駆け、後方へと下がったセイバーをすぐさま追い立てた。
そのままセイバーの眼前まで迫り、疾風怒濤の勢いで次々に二刀を振るう。
振り下ろされる。振り上げられる。左右で横薙ぎに振るわれる。一直線に突く。
手数の有利によって攻めるアヴェンジャー。されど幾度となく攻め立てられるセイバーは、その刃一つ一つを的確に弾き続ける。
眉一つ動かさず。次々に構えを変えながら、あらゆる斬撃を容易く凌いでいく。

アヴェンジャーが、攻勢に出ていた。
俊敏にニ刀を振るいながら攻め立て、その剣撃をセイバーが凌いでいく。

「どうしたサムライ、さっきから守ってばっかりだぜ」

セイバーは防戦一方。敵の攻撃への対処を続け、自ら攻めへと乗り出すことはない。 

「ひょっとして恋の駆け引きも自分から攻めない方?受け身のタイプ?
 成程、日本人らしい草食系だ」

戦局はアヴェンジャーに傾いている。
―――傍から見れば、そう思えるだろう。
しかし。実際は、逆だった。

「だが、そんなんじゃ、女は落とせないね―――!」

刃を激しく振るい、軽口を叩き続けるが。
アヴェンジャーは、気付いていた。


――――澄ました顔してやがんな。
――――全然、攻め切れねえ。


敵は攻めてこないのではない。
こちらがこれ以上、攻められないのだ。
セイバーの太刀筋は、アヴェンジャーの斬撃を全て的確にいなし、あらゆる致命打を妨げる。
いかに膂力を込めようと、意表を突く一撃を放とうと。セイバーは、まるで相手の筋肉の動きを理解しているかのように“先読み“して“弾く”。

――――言っとくがな。
――――手なんか抜いてねえ。
――――遊んでるつもりもねえ。
――――仕留める気でやってんだよ。

ステータスの差は重要ではない。アヴェンジャーは『傭兵の心眼』スキルによる卓越した戦闘技術を持つ。白兵戦においては、三騎士にも引けを取らない。
にも関わらず。この膠着状態は、一向に崩れない。セイバーの守りを、アヴェンジャーは崩せない。

そして。セイバーは、一呼吸をする。
アヴェンジャーの太刀筋を完璧に見極めながら、気を集中させる。
余りにも自然で、空にも等しい―――澄んだ殺気。

2分足らず。
打ち合ったのは、それしきの時間。
それでも尚、彼は刻みつけられる。
超常の剣技を、思い知らされる。

“呼吸”の変化に気づいたアヴェンジャーは、咄嗟に後退を試みた。
そして。荒々しい風が、吹き抜けた。



全集中、日の呼吸。
参ノ型―――烈日紅鏡。
両肩を左右に振るい、円を描くかのように放たれる二連の剣撃。



アヴェンジャーは、目を見開く。
一撃目は辛うじて躱した。
間髪入れずに襲い来る二撃目は―――避けられない。
次の剣撃を放つと同時に、セイバーが前方へと踏み込んだのだ。
回避の直後。その隙を突くように、漆黒の刀身が迫る。

アヴェンジャーの傭兵としての心眼が判断した。―――これを凌がなければ、不味い。
躱せるか。無理だ。一撃目を避けたばかりの無防備な体勢に、セイバーは的確に攻め込んできたのだから。
故に、咄嗟に彼らしからぬ防御行動へと専念した。
そうしてアヴェンジャーは、左手の刀で敵の二撃目を受け止めようとした。

だが、それよりも速く。遥かに疾く。
セイバーの剣撃は、彼の腕そのものを捉えた。
そのままアヴェンジャーの左腕の肘から先を断ち、握られた刀ごと斬り飛ばしたのだ。




そして、アヴェンジャーの意識が“2分前の記憶”から“今”へと戻る。


アヴェンジャーの左腕が、宙を舞う。
不幸にも片腕を断たれた?
違う。断じて違う。
左腕程度で済んだ。それが正しかった。
反射的に急所を庇わなければ、今頃首が飛んでいただろう。
アヴェンジャーは泣き別れたになった片腕の傷口を見て、否応なしに理解した。
途中までの剣戟は、所詮“小手調べ”に過ぎなかったのだと。
今の剣技が。今の呼吸が。此処から先が、奴の“実力”なのだと。
予選で倒した凡百のサーヴァントとはまるで違う。桁違いの武勇。人外の域に迫る剣術。こいつは、本物の英傑だ。
分かっていた。此処から先は、本物の強者ばかりだってことくらい。マスターもサーヴァントも、化け物ばかりだ。


――――畜生、ふざけてやがる。


アヴェンジャーは、内心で悪態を付いた。
左腕が、再生しない。
否、正確に言うならば。
傷の治りが、明らかに遅い。
瞬時に“生え変わってくる”筈の左腕が、一向に戻らない。
動揺を悟られぬように構えながら、アヴェンジャーはその場より駆け出す。
セイバーと一定の距離を取り、彼の外周で円を描くように走り続ける。
そのまま右手で腰から拳銃を抜き、次々に牽制の弾丸を連射。破裂音が空間に轟く。その全てが、踏み込んだセイバーの瞬発力によって容易く躱される。

アヴェンジャーのサーヴァント、デッドプールの宝具は超回復能力。銃で撃ち抜かれようが、手足を斬り落とされようが、首を飛ばされようが、即座に再生を果たす。
伝説として昇華されたが故に、その治癒力は生前をも遥かに凌駕する。霊核さえ保たれれば、如何なる欠損であろうとごく短時間で修復される。
人ならざる異形としての性質ではない。人としての異能、それも後天的に移植された力だ。
それでもアヴェンジャーは、人でありながら限りなく不死者(イモータル)に肉薄する英霊と化している。
英雄デッドプールは不死身の存在。呪われし不死者。異なる可能性の世界――彼自身が観測する“向こう側”である――において、それは周知の事実として語り継がれる逸話(イメージ)だった。

それ故に、アヴェンジャーは『赫刀』の敵となる。
怪異を斬り、不死の生命を断ち続けた“鬼殺”の刀。
かつて鬼の王にさえも手傷を負わせ、数百年にも渡ってその身を灼いた、正真正銘の“不死狩り”の刃。
鬼という魔性ではないアヴェンジャーにとって、完全なる有効打となるわけではない。
しかし。例え真の不死身でなくとも。異形の存在でなくとも。その一撃は、アヴェンジャーの異常再生力をも容易く突破する。

「なあ、アンタさ」

迫る。
鬼神の如し侍が。

「ひょっとして、怒ってる?」

地を蹴り、アヴェンジャーへと肉薄する。
縮地と錯覚する程の瞬発力。
先程までとは比べ物にならない疾さ。

「きっとアレだな。デートの待ち合わせじゃなくて、失恋に打ち拉がれてる最中だったんだろ」

超高速で駆け抜ける侍を前に、不死身の英雄は軽口を叩く。
この期に及んで余りにも能天気―――という訳ではない。
彼は現状を確かに理解している。

「さては好きなコとヤり損ねちゃったな、キミ。ムラムラしてイライラって訳だ」

それでも戯けようとするのは、己を繋ぎ止める為だった。
窮地が迫ろうと、自分を見失わなければ。
万に一つの可能性はある。
デッドプールは誰よりも饒舌な傭兵だ。
ユーモアすら忘れてしまったら、最早形無しだ。
しかし――――鬼殺の剣士は、彼の言葉に聞く耳も持たない。

セイバーが、アヴェンジャーの至近距離まで迫った。
そのすれ違いざま。雷鳴のような横薙ぎの一閃が、放たれる。
アヴェンジャーは、拳銃を宙に放り投げていた。
そのまま刀を咄嗟に抜き。
刃を縦に構え、敵の一撃を辛うじて凌いだ。

戦闘続行スキル。決定的な致命打を受けぬ限り、戦闘や生存を可能とする。
例え再生能力が阻害されようとも、アヴェンジャーは戦える。
アヴェンジャーは意識の全てを防御に費やした。右手のみで握り締められた刀は、セイバーの一閃を受け止めた衝撃によって弾き飛ばされる。
宙を舞う刀と共に体制を崩し、たたらを踏むように後ずさったアヴェンジャーは、それでもなお咄嗟に後方へと振り返る。
意識と神経を、一閃と共に走り抜けていったセイバーへ向けた。
そのまま振り向きざまに腰に指したナイフを瞬時に取り出し、振り上げるように二本同時に投擲。
すれ違いざまの一撃を放った直後の隙を狙った。あくまで牽制の技。だが、少しでも動きを止めれば――――。


それさえも、遅かった。
それでも、相手の方が一歩早かった。
波を描くような動作。
龍が舞うかの如き疾走。
一瞬で軸を変えたセイバーの“二撃目”、再び。
焔の斬撃が、踊るように放たれる。


日の呼吸、陸ノ型。
日暈の龍・頭舞い。
神楽を思わせる剣の舞踏が、アヴェンジャーの右脇腹を深く斬り裂く。

鮮血が、桜の花弁のように吹き散る。
それでも、アヴェンジャーは。
血を吹き出しながら、右脚で回し蹴りを放つ。
しかし。攻撃動作の直後であるにも関わらず、セイバーは瞬時に屈んで爪先を躱す。
そして、身を低くした体勢のまま。斜め上へと弧を描くように、アヴェンジャーの胴体に斬撃を叩き込んだ。
赤黒い血が、太刀筋に沿うように溢れ出す。
そして――――二撃目。返す刀によって、胴体への一閃が再び刻み込まれる。
瞬く間に放たれた攻撃を躱す術などない。
身体を両断されなかったことが、最早幸運だった。
度重なる裂傷によって、アヴェンジャーはよろめいて後退し―――膝を付いた。


◆◇◆◇


空は、ひどく青かった。
何処までも抜けるように、澄んでいた。
太陽の光が、じりじりと照っている。
日陰の中で俯せに倒れる少年は、虚ろな眼差しのまま、呆然と日向の輝きを見つめていた。

多摩川沿いの橋の下で繰り広げられた勝負は、余りにも一方的なものだった。
最早戦いですら無い。赤子が大人へと挑むような、無謀の行為だった。
振り翳した金属バットによる打撃は、素手のおでんに全て容易く捌かれ。難なく防がれ。
そして、一捻りで放り投げられる。
気力を振り絞って再び立ち上がり、必死になって攻撃を仕掛けても、一撃たりとも届かない。
おでんはいとも容易く防いでいく。
一歩も動きもせず、野良犬を相手するかのように軽くいなしていく。
最後は、分かりきった結末だ。
張り手で一突き。それだけで、あさひは紙切れのように吹き飛ばされる。

残酷なまでの実力差。
圧倒的な格の違い。
闘争と呼ぶのも烏滸がましい打ち合い。
それを何度も繰り返して。
あさひは、雑草塗れの地面に顔をうずめる。

――――人間もバケモン揃いだぜ、此処は。
――――金属バットで何発頭ぶん殴ってもケロッとしてるような奴が平然と彷徨いてるマッポーだ。

アヴェンジャーの言葉が、あさひの脳裏をよぎる。
ああ。思えば、その通りだった。
最初の戦いでも、あさひは苦戦を強いられた。
妹を攫った“あの女”とも格が違う。この地には、常識を超えた戦士たちが跋扈している。
サーヴァントだけではない。
マスターでさえ、化け物が揃っている。
あさひは思い知らされる。
自分はこの場において、ちっぽけな存在に過ぎないのだと。所詮は弱者に過ぎないのだと。

――走馬灯のように、記憶が蘇った。

あの悪魔と、母さんの間に、生まれた。
あの悪魔から、日常的に虐げられてきた。
地獄のような日々だった。
誰も手を差し伸べてくれなかった。
苦痛。慟哭。絶望。狂気。
あさひを取り巻く世界は、悪夢のようだった。

それでも。
一匙の、希望があった。

いつか必ず迎えに行く。
あいつからの暴力に耐えて。
血に汚れた日々から抜け出して。
そうして、母さんと―――妹を迎えに行く。
いつか3人で。家族みんなで。
絶対に、幸せになる。
病めるときも、健やかなるときも。
喜びのときも、悲しみのときも。
富めるときも、貧しいときも。
死が、みんなを分かつまで。
誓いの言葉を、反復する。
己の背骨を保つ祈りを、あさひは繰り返す。


――――もういいの、そういうのは。
――――だって私、生まれ変わったんだから。


あの時、妹は。
神戸あさひを、拒絶した。
彼女の瞳には、悪魔が宿っていた。
家族を奪った、もう一人の悪魔が。
もう、妹は取り戻せない。
奇跡に、縋らない限りは。


「俺達には」


声を、絞り出した。
それはまるで、執念のように。
あさひは、バットを支えに。
力付くで、その場から立ち上がる。


「俺には、“しお”しかいない」


再び、バットを両手で握り締め。
眼前で、構えた。見据える先は、光月おでん
聖杯が無ければ。奇跡に頼らなければ。
きっと。俺達は、呪われたままだ。
神戸あさひは、想いに突き動かされていた。


「―――だからッ」


そして―――駆け出した。

余りにも鈍く、余りにも重い動き。
それでも尚、バットを振り被る。
目の前の敵を討つべく。
必死に、必死に、走り抜ける。

「なあ、坊主。無理するな」

だが、敵は既に戦意も無く。
その目には、憐れみを宿し。

「もういい。もうやめろ」

何の構えも取らず、迫るあさひを見つめ。


「今は、休みな」


そして。おでんに一撃を叩き込む前に。
あさひは、崩れ落ちた。
体力の限界だった。気力が残っていても、身体がそれに追い付かなかった。
地面に俯せに蹲るように倒れたあさひは、屈辱と悔しさに塗れるように。
顔を伏せて、咽び泣いていた。




光月おでんは、内心で唖然としていた。
そして、目の前で蹲る少年を、憐れむように見据えていた。

――――覚悟は出来ていても、戦い方をまるで知らない。
――――ただの童子だ。それが、ここまで必死になって足掻いている。
――――こんな小僧が、命を懸けようとしていやがる。
――――聖杯戦争とは、こんな者達でさえ招かれるのか。

藁にも縋りたい想いなんだろう。
何がなんでも、手に入れたいのだろう。
持たざる身であっても、掴み取りたいのだろう。
この街は、あの自由な海とは違う。
誰よりも奔放な強者達が蠢く世界とは、根本からして異なる。
淘汰され、搾取される弱者。どうしようもなく無力でありながら、それでも尚奇跡を求めてしまった者達。
強さから取り残された者にとって。
聖杯とは、最後に残された道筋なのだ。

例え、それが“黒”であったとしても。
“正しくないもの”だったとしても。
この坊主のようなマスターにとっては、最後の希望なのかもしれない。

それを悟り、おでんは背を向ける。
元より聖杯を求めるつもりはない。
祈るだけで全てが叶う願望器など、余りにも無粋。
ましてや有無を言わさず殺し合いへと誘う“奇跡”など、限りなく黒に近い代物だ。
しかし、それに縋らねばならない者も此処にはいる。
聖杯の善悪。それを求める者の善悪。
それらを見極めることが、光月おでんの方針だ。
故に彼は、蹲る少年にとどめを刺すことはしない。このような子供を、仕留める気にはなれない。

いずれまた、この少年と相見える時が来るかもしれない。
聖杯戦争が進み、サーヴァントと共に再び対峙する時が来るやもしれない。
もしもこの少年が、再び闘志を向けるというのならば。その時は―――。
後味の悪い感情を腹の底に抱えながら、光月おでんは去っていく。


◆◇◆◇


アヴェンジャーは、膝を付いた。
胴体と脇腹から多量の血を流し、項垂れるように俯く。
そんな彼を見下ろすように立つのは、無傷のセイバーだった。
刀を虚空に振るって血を払う侍の姿を、饒舌な傭兵は目を細めて見上げた。


アヴェンジャーは思う。
マジで何なんだよ。
速すぎんだろ、こいつ。


セイバー、継国縁壱
鬼狩りの呼吸を編み出し、未来へと連なる礎を築いた始祖。
あらゆる鬼殺の勇士の頂点に立つ猛者。
その剣戟は“炎”の如く猛々しく。
その型は“水”の如く流麗に。
その一閃は“雷”の如く鮮烈に。
その体術は“風”の如く俊敏に。
その武勇は“岩”の如く揺るがず。
そして、その名は闇に射す“日”の光が如く。
彼の者は、紛れもない最強の剣士だった。
鬼舞辻無惨を滅ぼし、鬼殺隊がその役目を終えた瞬間に至っても尚、彼を超える者は一人とて現れなかった。

剣の怪物。真の超越者。
実の兄を狂わせる程の、天賦の才。
鬼の王さえも慄かせた、神域の武。
アヴェンジャーが対峙した英傑は、紛れもない強者だった。

「勝負は付いた」
「おいおい。まだ終わっちゃいねえさ」

アヴェンジャーを見下ろすセイバー。
左腕は無い。脇腹や胴体からの出血は続く。本来ならば負傷をすぐさま治癒してしまう超再生能力も、鬼狩りの黒刀の前では十全に機能しない。
それでも尚、アヴェンジャーは口を開く。

「片手さえ残ってりゃ、やれることはある」

目を細め、ニヤリと笑む。
この期に及んで、大胆不敵に。

「で、何が出来るって?」

聞かれてもいないのに、喋り続ける。
まるで虚空に向けて話しかけるように。
見知らぬ“向こう側の世界”を見つめているかのように。
だが、セイバーは。そんなアヴェンジャーを、何も言わずに見据え続ける。
そして、アヴェンジャーは残された右腕を構え。


「ファックサインだ」


―――中指を、豪快に立てた。セイバーに向けて。
ヘヘッ、と嘲笑うように睨みつけ。アヴェンジャーは、これみよがしに突き立てた中指を見せつける。

傲岸不遜。あまりにも挑発的。
セイバーは目をほんの僅かに見開く。その手振りの意味を知る由は無くとも、それが“挑発の動作”であることは理解できた。
片腕を失い。幾つもの手傷を負い。敵の前で、膝を突いている。
その命は、いつ断ち切られてもおかしくはない。首筋に刃を突きつけられたも同然の状況。
にも関わらず。アヴェンジャーは、不敵な態度を崩さなかった。

恐れも知らぬその態度を、何も言わずにセイバーを見据え続ける。
呆気に取られているとも、一目を置いているとも取れる。その表情は、決して動かぬまま。
沈黙。静寂が、その場を支配する。
暫しの間を開けた後。
セイバーが、ゆっくりと口を開いた。

「お前は」
「あン?」
「界聖杯に何を望む。その剣で、何を掴まんとしている」
「何だよいきなり、面接かよ」

そう問われて、アヴェンジャーはゆっくりと右手を下ろす。

そのまま顎をわざとらしく掻きながら、取り留めもなく答える。

「俺ちゃん、別に望みはねえよ」
「……この地に参じた上で、界聖杯を求めないのか」
「いやまあ求めっけど。俺ちゃん自身は興味無いの」

何処か戯けた態度でぼやくアヴェンジャーの言葉に、セイバーは黙って耳を傾ける。

「癌でボロボロになったり、訳あってキンタマみたいなツラになったり。
 ジョシュ・ブローリン似のマッチョと殺り合ったり。
 生前は色々大変なこともあったけどさ」

生前の記憶を振り返りながら、取り留めもなく言葉を重ねる。
戦国の世を生きたセイバーにジョシュ・ブローリンなど伝わる筈はないが、聞き手である彼は意に介さない。
そのままアヴェンジャーは、過去を懐かしむように、自らのことを語り続ける。

「女房とは最後までイチャつけたし……なんやかんやで子供も生まれて、元気に育った。
 ま、最後まで楽しくやっていけたよ。つーわけで未練とかナシ」

アヴェンジャーは、ヘラヘラと笑った。
傍から見れば、軽薄な態度だった。
しかし、それは紛れもない本心だった。
未来から来た男の力を借り、女房を襲った死の運命を覆し、掛け替えのない愛を取り戻した。
そこから先は――――なんだかんだ言って、幸せだった。間違いなかった。彼女はやっぱり、最高の女だった。
それで十分。アヴェンジャーにとって、それだけで満足だった。

―――セイバーは、何も言わなかった。
ただ、ゆっくりと瞼を閉じて。
何かを噛みしめるように。
何かを、愛おしむように。
穏やかにも見える感慨の表情を、ほんの一瞬だけ見せた。
暫しの沈黙の後。その両眼を開き、問いを続けた。

「ならば何故、お前は戦う。求める願いもなく、未練もない」

聖杯だけではない。
奇跡を求める者達の善悪も、見極める。
それがマスターである光月おでんの方針だった。
故にセイバーもまた、眼前のアヴェンジャーにそれを問う。

「ガキが俺を呼んでた」

そして、きっぱりと断言した。

「ガキが助けを求めてたから、わざわざ駆けつけてやったんだ。
 で、話を聞いてみりゃ、そいつは妹を取り戻したいんだとよ。
 だから手を貸してやった。どうだ、俺ちゃん立派だろ?」

理由なんてものを聞かれれば。
答えられることは、それだけだった。
それ以上のことはなかった。

「……お前のような男は」
「は?」
「かつて、幾人も目にしてきた」
「アンタの友達、みんなお喋りセクハラ男ってこと?」

おちょくるようなアヴェンジャーのジョークも咎めず、セイバーは言葉を紡ぐ。

「捲し立てて、戯けて振る舞っているが――」

短い問答で、セイバーはアヴェンジャーの本質を悟っていた。
赤黒の異装で素顔を隠し。畳み掛けるような言葉で惑わし。その姿は、一見英雄とは思えない。


「お前は、“そうせず”にはいられなかったのだな」


しかし。それでも。
このアヴェンジャーという英霊は。
かつてセイバーが見てきた者達と、近しい魂を持っているのだと。
この時、彼は悟った。

「皆、同じだった。刹那の中で己が進むべき道を選び取っていた。
 命を懸けてでも、鬼と戦うことを選んだ。
 それこそが、為すべきと思った選択だったから」

セイバーの記憶に蘇る、鬼殺の剣士達。
家族を殺され。義憤に動かされ。他者を救うため。動機は数多あれど、皆が命を懸けて戦っていた。
そうするべきなのだと、心より思ったから。
最後まで身を置くことの出来なかった組織であるとしても。セイバーは、為すべきことを為さんとする彼らへの敬意を抱いていた。

誰かの幸せを守るために戦う。
家族や愛する者のために、命を懸ける。
それは、何よりも尊ぶべき信念だ。
限りある命の灯火による、確かな輝きだ。
―――貴方は、価値の無い人なんかじゃない。
セイバーの記憶。守れなかった愛する者達。己の中の後悔と苦悩を癒やしてくれた、炭焼きの一家。

そして、セイバーは黒刀を振るい。
腰に挿した鞘に、刃を納めた。

「おい」
「道は同じだ。お前がこの戦争を生き延び、私もまた生き延びていけば。自ずと、再び相見えることになる」
「知らねえよ。つーか武士の情けかよ」
「……そうだな。お前に、情けを掛けてみたくなった」
「切腹しようか?俺ちゃん」

背を向けたセイバーに向けて、アヴェンジャーは冗談を叩き続ける。
相も変わらず、飄々とした態度を貫いていたが。
それでもセイバーは、僅かながらも微笑んでいた。

「―――いずれ、また」

その一言と共に、セイバーは霊体化して姿を消した。
おい、と呼び止める声が虚しく響き。
沈黙が場を支配したのを確認して、アヴェンジャーはその場で仰向けに倒れた。
体力の限界、というより。
この聖杯戦争のレベルを思い知らされたことによる、虚脱感と言うべきだった。

ちんちくりんのあさひ坊やに、約束した。
お前がお前でいるのならば、俺が聖杯を取ってきてやる。
格好を付けたというのに、これでは形無しだ。分かっていたことだが、いざ対峙してみるとその脅威を嫌と言うほどに理解してしまう。
サーヴァントというものは、化け物揃いだ。


『ハロー、もしもし坊や。元気か』


アヴェンジャーは、念話を飛ばした。
自らが不在の間、マスターは無事でいるのか。
それを確かめたかった。だが、返ってくるのは沈黙のみ。
神戸あさひからの言葉は、戻ってこない。

『おい、あさひ』
『ごめん。ごめん、アヴェンジャー』

僅かな焦りを覚えるアヴェンジャーだったが、直後に脳内に言葉が響いた。
弱々しい声だった。酷く、か細い一言だった。


『……敗けた』


そして、あさひはただ一言。そう告げてきた。
アヴェンジャーはそれを聞き、呆気に取られ。しかし同時に、自嘲するかのような笑みを溢していた。


『そうかよ。俺もだ』


――――なあ、ヴァネッサ。
――――なんか背負って戦うのって、やっぱクソほど大変だわ。


最愛の女性に、心の中で語り掛けた。
此処から先も、苦難の連続かもしれない。
それでも。アイツに顔向けできるような、とびきり刺激的でクールな男でありたいと。
“ウェイド・ウィルソン”は、改めて誓った。




【大田区・蒲田(大展示場周辺)/1日目・午前】

【セイバー(継国縁壱)@鬼滅の刃】
[状態]:疲労(小)
[装備]:日輪刀
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:為すべきことを為す。
1:光月おでんに従う。
2:他の主従と対峙し、その在り方を見極める。
[備考]

【アヴェンジャー(デッドプール)@DEADPOOL(実写版)】
[状態]:『赫刀』による負傷(左腕欠損、胴体および右脇腹裂傷(大)、いずれも鈍速で再生中)、疲労(中)
[装備]:二本の刀、拳銃、ナイフ
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:俺ちゃん、ガキの味方になるぜ。
1:骨が折れるな、聖杯戦争ってのはよ。
[備考]
※『赫刀』で受けた傷は治癒までに長時間を有します。また、再生して以降も斬傷が内部ダメージとして残る可能性があります。


【大田区・多摩川近辺/1日目・午前】

神戸あさひ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(大)、全身に打撲(中)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:金属製バット、リュックサック
[所持金]:数千円程度(日雇いによる臨時収入)
[思考・状況]
基本方針:絶対に勝ち残って、しおを取り戻す。
1:折れないこと、曲がらないこと。それだけは絶対に貫きたい。
[備考]


光月おでん@ONE PIECE】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:二刀『天羽々斬』『閻魔』(いずれも布で包んで隠している)
[所持金]:数万円程度(手伝いや日雇いを繰り返してそれなりに稼いでいる)
[思考・状況]
基本方針:界聖杯―――その全貌、見極めさせてもらう。
1:他の主従と接触し、その在り方を確かめたい。戦う意思を持つ相手ならば応じる。
2:界聖杯へと辿り着く術を探す。
[備考]


時系列順


投下順



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アヴェンジャー(デッドプール
光月おでん 016:鬼殺の流
セイバー(継国縁壱

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最終更新:2021年08月14日 08:52