アイさんとの対談は、特にトラブルもなく終わりました。
 ……と言っても、インタビュアーさんの前で二人でおしゃべりしたり質問に答えるだけなので、トラブルが起こる要素はあんまりないんですけど。

「お疲れ様、真乃ちゃん」
「アイさんこそお疲れ様です、今日はありがとうございました!
 アイさんが上手くお話を広げてくれたおかげでとっても助かりましたっ」
「私の方もすごくやりやすかったよ。真乃ちゃんは、なんていうかな……
 すごく"アイドル向き"の女の子だね。うちの事務所の子達よりずっとポテンシャルあると思う」
「そ、そんな……とんでもないですよ! 全然まだまだ、です!!」

 アイドルをしていると、こういうお仕事をもらう機会は結構多いです。
 一人でインタビューを受けることもあれば、今回みたいに他のアイドルと一緒に対談形式で臨むことも。
 けれどアイさんと一緒に取り組んだ今回のそれはお世辞でも何でもなくとってもやりやすくて、すごく楽しくお話出来た気がします。
 やっぱりすごい人なんだなあ、と。人としてもアイドルとしても先輩なアイさんのことを、改めて尊敬しちゃいました。

 そんなアイさんに褒められるとすごく嬉しくて、でも少しこそばゆくて。
 口では謙遜しちゃいましたけど、それでもほっぺたが自然と緩みます。
 明日はこの人と一緒のステージで歌って踊るんだと思うとわくわくします――同じアイドルとして燃えちゃってるのかな、私。

「それじゃ、まずはお互い一回楽屋に戻って……それからまた合流かな?
 さすがに一回、マネージャーなりプロデューサーなりに話通した方がいいよね」
「あ……そ、そうですね! そうしましょう、はい……!!」

 アイさんは何気なく口にしたのだろうその言葉に、私は一瞬だけ自分でも分かるくらいぎこちなくなってしまいました。
 プロデューサーさん。アイドルには誰しも居る、けれど私の後ろには今居ない大切なひと。
 私が助けられなかった、幸せに出来なかったあのひと。
 もしかしたら、私がこの世界に招かれた理由かもしれない――後悔。

 手を振って楽屋の方に向かっていくアイさんの背中を見送って、私はぐっと唇を噛みます。
 この世界に来て、此処にも283プロがあると知った時。私は、勝手にも期待してしまいました。
 此処にはきっと、元気なままのプロデューサーさんが居るんじゃないか、って。
 でもそんな私の浅はかで甘い考えは見事に外れて。私が意気揚々と飛び込んだ事務所には、プロデューサーさんの姿はありませんでした。
 その時感じたのは、この模倣世界での再会に期待した甘ったれな私の弱さを指摘されたみたいな感覚で。
 私を素敵な世界に案内してくれたあの人の面影を頭の中につい描いてしまった時――私は、ひかるちゃんの声を聞きました。

『…真乃さん、ごめんなさい。ちょっといいですか?』
『あ――うん、大丈夫だよ。もうお仕事は終わったから……何かあったの?』

 けれどその声は、いつも元気で明るい彼女らしくない浮かないものでした。

 私のサーヴァントであるこの子に、私はいつも元気付けられてきました。
 ひかるちゃんが居なかったら、ひょっとすると私はとっくに駄目になっていたかもしれません。
 だからこそ、そんなひかるちゃんが深刻そうな声色をしているという事実は私の心を不安に駆り立てます。
 恐る恐る尋ねてみると、ひかるちゃんは――意を決したみたいに私の目を見て言いました。

『この建物の中で……さっき、出会っちゃったんです。サーヴァントと』
『……え、っ』

 その言葉を聞いた瞬間、私の心臓がどくんと痛いくらい強く脈を打ちました。
 私達は今日の日を迎えるまで、一回も他の聖杯戦争参加者と戦ったことがありません。
 それどころか出会ったことがないので、私達はきっとすごく運が良かったんだと思います。
 だからこそ。ひかるちゃんが届けてくれたその報せは、私にとってとても衝撃的なものでした。

 ……本当は、誰かに聞かれるかもしれないことを考慮して念話で話すべき場面です。
 でもこの時私には、そこまで考えを巡らせられるだけの余裕がありませんでした。
 だからほぼほぼとっさの反応で、ひかるちゃんに問いかけていたんです。

『だ……大丈夫だった、ひかるちゃん……!?
 何か痛いこととか、酷いことされたりとか――――』
『あっ、それは大丈夫です! ごめんなさい、心配させちゃって……』

 しゅんとした様子で言うひかるちゃんを見て、私は一瞬安心してしまって。
 けどすぐに、安心してる場合じゃないんだと我に返りました。

『……黒い髪の男の人でした。今此処で戦う気はないって言ってて、特に揉め事になったりはせずに済んだんです』
『そっか……よかった。こんな場所で戦いなんてしたら、関係ない人達まで危ない目に遭っちゃうもんね』
『その人、"こんな所で戦ったらマスターにまで被害が及んじゃう"みたいなことも言ってて。
 もしかしたら――此処のスタッフさんとか、お仕事に来てるタレントさんとか。そういう人の中にマスターが居るのかも』

 ひかるちゃんのその言葉に、否応なく私が過ごしていた日常がとても脆くて薄いものだったのだと思い知らされます。
 だって私は今彼女の口から聞くまで、疑ったことすらなかったから。
 アイドルとしてのお仕事をしている時にも、すぐ近くに聖杯戦争の関係者が居たかもしれない、だなんて。

『あと、……これはもしかしたら、わたしのうっかりミスかもしれないんですけど。
 わたし――その人がサーヴァントだってこと、ぜんぜんピンと来なかったんです。
 戦わないことを確認し合って別れたその時までずっと、どうしてもサーヴァントだと思えなかった』
『え……? それって、サーヴァントじゃないかもしれない――ってこと?』
『サーヴァントなのは間違いないです! 霊体化して霧みたいに消えるのをしっかりこの目で見ましたから。
 でも……なんか、それっぽくなかったっていうか。何かのスキルだったのかな……』

 私の頭の中にも聖杯戦争についての知識はあります。
 界聖杯からもらった、本来私が持っていないはずの知識。それによると。
 サーヴァントは魔力というエネルギーで出来ているから、同じサーヴァント同士が出会えば相手が"そう"だってことはすぐに分かるそうです。
 なのにひかるちゃんは、あっちから自分がサーヴァントだってことを明かされるまでそのことに気付けなかったと言います。
 確かに――おかしな話でした。私がそこに居合わせていたら、ステータスが見えるからすぐに気付けていたのかもしれませんが……。

「(……どうしよう。アイさんとの約束――今からでも断った方がいいかな)」

 断るのは心苦しいけど、私と一緒に居たらアイさんのことまで危険に曝してしまうかもしれない。
 私は、それだけは嫌でした。この世界は聖杯戦争のために造られた世界、それは知ってます。
 でも此処に生きている人達にはちゃんと心があって、命があって。
 それならきっと、アイさんという素敵なアイドルのおかげで心を救われている人もたくさん居るはず。

 もしも私のせいで、アイさんが怪我をしてしまったら――アイドルを続けられなくなってしまったら。
 そう考えると、私が選ぶべき選択肢は一つしかないんだとすぐに分かりました。

『……よし。ちょっと残念だけど、アイさんとのお出かけはまた今度にするね』
『あ……その、ごめんなさい。
 わたしが霊体化したままでいたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに……』
『ひかるちゃんのせいじゃないよ、気にしないで。
 むしろお手柄。ひかるちゃんが私に伝えてくれなかったら、自分が危ない状況にあるってことすら分からなかったんだから』

 申し訳なさそうにしゅんとしているひかるちゃんを慰めて、その頭を撫でてあげて。
 私も私で楽屋の方へと歩き始めました。着替えたらアイさんと合流して、ごめんなさいをしないといけません。

 ……正直、少しがっくりしちゃってはいたけど。
 それをひかるちゃんに悟られたら、またしゅんとさせてしまいそうだから。
 なるべく気にしてないふりをして、足早に着替えへ向かう私なのでした。


◆◆


 着替えを終えて、収録場所になっていた放送局の裏側に回ると。
 そこには、お出かけ用の目立たない服装に着替えたアイさんの姿がありました。
 それでもオーラはばしばし出てて、ほわぁ……と思ってしまったけれど。
 二人で出かけることは出来なくなっちゃったことを伝えなければと思い、私は駆け出そうとして。

 そこで――

『……え!?』

 霊体化していたひかるちゃんの声が聞こえて、足が止まりました。
 どうしたの、と問いかけてみるとひかるちゃんは、『あの人……見えますか!?』とどこか焦った調子でそう言います。
 あの人。一瞬何のことか分からなかったけど、見るとアイさんの少し後ろには一台のワゴン車が停まっていて。
 その運転席側の扉に凭れかかるようにして立っている男の人が、一人見えました。

『あの人です! さっき、わたしが出会ったサーヴァント!!』
『っ……! それ、本当なの……!?』

 ひかるちゃんの言葉に、私は思わず息を呑みました。
 慌てて目を凝らしますが、しかし男の人にサーヴァントとしてのステータスは見えません。
 私の目からは、本当にただの人間にしか見えないのに。でもひかるちゃんは、あの人のことをサーヴァントだと言っていて。
 ……何が何だか分からない私に、アイさんは小首を傾げて聞いてきます。

「? 真乃ちゃん、どうかした?」
「あ、いえ……まさか運転手さんが居るなんて思わなくて。
 えっと――あの人はアイさんのマネージャーさん、とかですか?」
「うん、そんな感じ。結構カッコいいでしょ? 昔はたくさん遊んでたんだって」

 私の質問にアイさんは事も無げにそう返してきて。
 私は、ますますどうすればいいのか分からなくなってしまいました。

「(アイさんの、手……火傷しちゃったって、言ってたけど――)」

 視界に入った、アイさんの綺麗な手。そこに巻かれた包帯。片手だけの、包帯。
 アイさんの言葉を疑いたくなんてもちろんありません。
 でも。でもこの状況ではどうしても、"もしかして"と思ってしまう自分がいました。
 どうしよう。そう考えて固まる私に、「……どこか具合でも悪いの?」と心配そうな目を向けてくれるアイさん。
 その気遣うような表情は、とてもじゃないけど嘘を吐いてるようには見えなくて。
 だから私は、こう思いました。

 ――確かめなきゃ、と。

「……ううん、何でもありません! 今日も結構暑いですし、車でお出かけできるのはとっても助かります!」

 よろしくお願いします、運転手さん。
 そう言ってぺこりと頭を下げると、ひかるちゃんがサーヴァントだと言った男の人はにかっと笑って片手を挙げました。
 相変わらずステータスは見えなくて、私の目にはただの気さくでかっこいい運転手さんとしか映りません。
 そんな私にひかるちゃんは不安げな声で念話を飛ばします。

『大丈夫ですか、真乃さん……?』
『うん。危ないのは分かってるけど……確かめたくて。
 もしアイさんが私と同じマスターなんだったら、もしかしたら助け合えるかもしれないって思うんだ』

 危ないのは分かってる。
 分かってるけど、此処で逃げたらいけない気がしたんです。
 私だって聖杯戦争のマスター。決して、部外者ではないんですから。

『ごめんね。ひかるちゃんも危ない目に遭わせちゃうかもしれないけど――』
『謝ったりなんかしないでください、真乃さん。
 わたしは真乃さんのサーヴァントなんですから……真乃さんが危ない時は全力で助けます!』
『……ふふっ。ありがとう、ひかるちゃん』

 そんな会話を頭の中で交わしながら――私たち二人は、ワゴン車の後部座席に乗り込むのでした。


◆◆


 車の中での時間は、とても穏やかで"普通"なものでした。
 アイさんがお話を振ってくれて、私もそれに応じて。
 "運転手さん"は特に何を言うでもなく運転に徹してくれています。……少しスピードが速い気はしますけど。
 少なくとも、今のところは。ひかるちゃんが心配してくれたような危ないことになりそうな気配はありません。

「そういえばさ、ちょっと踏み込んだこと聞いてもいい?」
「? なんですか?」
「そっちの事務所、今結構大変なことになってるって聞いたんだよね。実際大丈夫そうなの?」
「あ……、そう、ですね。正直、ちょっとごたごたはしちゃってます。
 でも大丈夫ですよ! 絶対、かならず、また元の283プロに戻れるって信じてますから」

 一瞬、どう答えていいか迷ったけど。
 結局私は、そんな風に答えました。
 直接聞いたことはありませんが、多分そうなってしまったのはプロデューサーさんが居なくなってからなんだと思っています。
 それに、悪いことというのは重なるもので。
 今朝も私は……悲しいニュースを聞いていました。

「帰ってくるといいね。白瀬咲耶ちゃん」
「……はい。本当に、早く帰って来てほしいです」

 ――白瀬咲耶さん。
 私と同じ283プロ所属のアイドルで、"アンティーカ"のメンバー。
 咲耶さんが行方不明になっているというニュースを今朝見た時、私は思わず手に持っていたコップを取り落してしまいました。
 なんで。どうして。そんな感情と動揺は、けれど引きずったままにするわけにはいかなくて。
 せめてインタビューが終わるまでは元気な私で居ないとと思い、わざと考えないようにしてきました。
 咲耶さんはきっと大丈夫。すぐにひょっこり、いつも通りの表情(かお)で帰ってきてくれるはず。
 そう自分に言い聞かせて向かったお仕事で共演したアイさんに、その名前を出されて。
 封じ込めていたはずの不安と心配が、じんわり頭の奥底から溢れ出してくるのが分かります。

「ところでさ、真乃ちゃん。別に野次馬するわけじゃないんだけどさ。
 咲耶ちゃんのことで、一つだけ聞いてみてもいい?」
「もちろん大丈夫ですよ。私に答えられることなら、ですけど」
「ありがと。えーっとね……」

 この東京は、私の居た東京よりもずっと危ない場所です。
 私はまだ、実際にそういう状況に立たされたことはないですが。
 それでもその危険度は、頭の中に詰め込まれた聖杯戦争についての知識がしっかり教えてくれていました。
 咲耶さん、無事だといいな。またお話したり、共演したりしたいな――と。
 上の空でそんなことを考える私に、アイさんが投げかけた質問は。


「咲耶ちゃんってさ。手に包帯とか、してなかった?」


 こんな風に。
 そう言ってアイさんは、自分の右手を私に見せました。
 私は、自分の心臓がどくんと跳ねるのを感じます。
 どうしてそんなことを聞くんだろう。なんで、そんなことが気になるんだろう。
 そう考えている間にも、アイさんは。

「包帯じゃなくてもいいや。
 夏なのに長袖ばっかり着てるとか、日焼け防止のアームカバーをずっと付けてたとか」
「……、」
「今の真乃ちゃんみたいにさ」

 隣に座る私の方を、じっと見て。
 その細くてしなやかな白い指で、私の手を覆うアームカバーにそっと触れます。
 心臓の鼓動がもっと早くなって。さっと、背中に寒いものが走ります。
 あ、とか。え、とか。そんな風に口を開け閉めさせる私。
 どうにかして絞り出せた言葉を、私はほとんどとっさにアイさんに向けて放ちました。
 私の早とちりならそれでいい。その時は笑ってごまかせばいいだけだから。
 そう自分に言い聞かせる暇は、残念ながらありませんでしたが。

「……アイさんは――――マスター、なんですか?」

 それに答えを返すよりも先に、アイさんはくすりと笑いました。
 その顔は、私がいつもテレビや街頭のモニターで見ているような――さっきの対談の時に見たような。
 アイドルとしての笑顔ではなくて。もっと別な色を含んだ、笑顔でした。

「うん。私ね、真乃ちゃんとそういう話をしたいなって思うんだ」

 それじゃ、お店に行こっか。
 そう言ってマイペースにスマホを見始めるアイさんの表情に焦りとか緊張はまったくなくて。
 私は、気付けばぎゅっと自分の手を握り締めていました。
 ひかるちゃんの心配げな念話に返事をしながらバックミラーを見ると、運転手さんと目が合います。
 運転手さんは――アイさんのサーヴァントであろうその人は。私に向かってまた、にかっ、と笑いました。


◆◆


「此処ね、見ての通り完全個室なんだ。
 その上そこまでお高くもないの。いいお店でしょ」
「そう……ですね。私も、とっても素敵なお店だと思います」
「そんなに緊張しなくてもいいよ。取って食おうってわけじゃないから、私も」

 アイさんに連れられて入ったお店。個室席に入って扉を閉めて、料理を頼んで。
 私達の間に会話が生まれたのは、それからのことでした。
 多分、タイミング悪く店員さんがやって来てしまったら困るからなんだと思います。
 私の向かい側には、アイさんとそのサーヴァントである男の人。
 そして私の隣には――霊体化を解いたアーチャー……ひかるちゃんが座っています。

「さっきぶりだな、嬢チャン」
「……まさか、こんなに早くまた会うことになるとは思わなかったです」
「言ったろ? またすぐに会えるかもな、って」

 そう言って肩を竦める、アイさんのサーヴァント。
 ひかるちゃんは緊張した面持ちで、けれどそれが私のために気を張ってくれているからなんだということはすぐに分かりました。

 私達のような考えの持ち主は少数派なんだということは分かっているつもりです。
 それでもやっぱり、私はアイさんと戦いたくありませんでした。
 どうにかして分かり合えないか。一緒に手を取り合って、聖杯戦争から生きて帰る方法を探す仲間になれないか。
 もしそういう関係になれたら……それはとっても素敵なことだと思うから。

「まずは紹介しないとだね。そっちの子から聞いてると思うけど、この人が私のサーヴァント。クラスはライダーだよ」
「やっぱり……そうなんですね。でも、その――」
「言いたいことは分かるぜ。不可視(みえね)んだろ、俺のステータス」

 アイさんが紹介してくれたので、ひかるちゃんの言ったことは勘違いじゃなかったと分かりました。
 それでもやっぱり、私にはアイさんのサーヴァント……ライダーさんのことがただの人間にしか見えません。
 どう目を凝らしても、ステータスが見えないんです。
 するとそんな私の頭の中を見透かしたみたいに、ライダーさんが笑って言いました。

「それはオレの異能(スキル)っつーか……逸話(デンセツ)の一環でな。
 戦う時以外は普通の人間にしか見えねえようになってんのさ。嬢チャンの目がおかしいわけじゃない」
「な……なるほど。そういうのもあるんですね、知らなかったです」
「まあ、所詮例外の中の例外だ。そんなに気にしなくていいと思うぜ」

 サーヴァントのスキルって色々あるんだなあと場違いにも感心してしまいました。
 ひかるちゃんがそんな私の方を見て、「真乃さんっ」と小さくたしなめます。
 そうだ、感心してる場合じゃないや……とその言葉ではっとすることが出来たので――気を取り直して私は、ライダーさんのマスターであるアイさんの方に視線を戻します。

「私のサーヴァントはこの子です。クラスは、アーチャー」

 いつもはまずクラス名でなんか呼ばないので、つい真名で呼んでしまわないように気を付けつつ。
 私がアイさんにひかるちゃんのことを紹介すると、「かわいい子だね」と笑ってくれました。
 見るとひかるちゃんはちょっと照れたみたいにそわそわしていて、その姿に少し緊張がほぐれた感じを覚えます。

「真乃ちゃんはもう他のサーヴァントとは戦った?」
「いえ……まだ、誰とも。マスターと出会ったのもアイさんが初めてです」
「そっか、なら私と一緒だね。私も実はまだ、聖杯戦争らしいことには一回も出くわしてないんだよ」

 それは、本当に私達と一緒です。
 私達もこれまで、聖杯戦争らしいことには一切遭遇せずに過ごしてきましたから。
 アイさんたちもそうだってことは――もしかして。
 もしかしてアイさんも私と同じで、戦いたくないと考えているマスターなんじゃないかって。
 そんな期待を込めて、私は口を開きました。

「アイさんは、聖杯を目指しているわけじゃないんですか?」
「……もしかして真乃ちゃんはそうなの?
 聖杯なんて要らないから、とにかく元の世界に帰りたいとか――そういうこと考えてる感じ?」
「……はい。実を言うとそうなんです、私」

 素直に言って、頷きます。
 するとアイさんは、「そうなんだ。なんだか真乃ちゃんらしいね」と頬を緩めました。
 けど。その後には、「でも」という言葉が続いて。


「ごめんね。私はそうじゃないんだ」
「あ……」


 私が一瞬抱いた仄かな期待は、音を立てて砕け散りました。
 私は、そうじゃない。その言葉の意味はすごくはっきりとしたもので。
 ひかるちゃんが私の手をテーブルの下できゅっと握ってくれます。
 アイさんの答えを聞いた私のショックを少しでも和らげようとしてくれているような、そんな優しい手でした。
 だから私も、すぐに気を取り直します。
 落ち込むんじゃなくて、アイさんにすぐさま次の質問を投げかけました。

「……アイさんは、何のために聖杯を欲しがっているんですか?
 もし生きて帰りたいってだけなら、私たちと協力して――」
「正解。でも、聖杯戦争からの抜け道を探すってやり方なら付き合えないかな。
 その方法で帰れるならそれでもいいけどさ、まず確実じゃないでしょ?
 界聖杯は"生きて帰れるのは一人だけ"って言ってるし、そもそもこの世界は界聖杯のお腹の中。
 なんとか穴を開けて脱出しても、その瞬間宇宙空間にドボン――とか。そんなオチかもしれないよ? あと、それにね」

 アイさんの口から出る、正論。
 それはすごく現実的な意見で。

「百歩譲って奇跡が起きて、元の世界に帰る手段が見つかったとしてもさ。
 ……分かんないんだよねー。帰った先に、私の席があるのかどうか」
「……どういうこと、ですか?」
「私ね、死んでるの。元の世界だと」

 ――――でも。
 その次にアイさんが言った内容は、打って変わって非現実的なものでした。
 隣のひかるちゃんからも、「えっ」という声が聞こえます。
 でもアイさんの顔は冗談を言っている風にはとても見えなくて。

「ファンの子に住所特定されて、インターホン押されて……何も警戒せずに出たところでグサリ。
 もしかしたら死ぬ前に此処に呼ばれたのかもしれないけどさ、どの道あの傷じゃ助かんないよ」
「……アイ、さん」
「だから私は聖杯が欲しいの。
 元の世界に帰るために――元の世界で生きるために。真乃ちゃんは、それって悪いことだと思う?」

 面と向かってそう問われた私は、すぐには答えられませんでした。
 元の世界で死んでしまってから、もしくは死んでしまう寸前から呼ばれたというアイさん。
 私はなんとなく、アイさんが帰りたい理由が分かった気がしました。
 ただ生きたいだけ、死にたくないだけ……という風にはどうしても見えなかったんです。
 だとすると。私が思い付く"理由"は、月並みですけどひとつだけだったのです。

『……ねえ、ひかるちゃん。
 アイさんには――大事な人が居るんだね』
『はい。……わたしも、そう思います』

 アイさんには、大事な人が居る。
 それは恋人さんなのかもしれないし、お母さんやお父さんなのかもしれない。
 アイさんはまだすごく若いけど――お子さん、なのかもしれない。
 けどきっと、この人はそのために生きて帰りたいと願ってるんだと分かって。
 私は、アイさんにこう言いました。

「……思いません。誰も、その願いごとを悪いなんて言えないと思います」
「ふふっ、ありがと。真乃ちゃんは優しい子だね、ほんとに」

 私は少し、聖杯戦争のことを軽く考えていたのかもしれません。
 私は、恵まれています。
 事務所のことはあるけれど、ままならないこともたくさんあるけれど。
 でも――私は生きていて。大事な人達も、死んじゃってはいなくて。
 きっと、だからこそ私は"聖杯を望まない"なんて方針を掲げられているんでしょう。
 もしも、私がアイさんの立場だったら?
 もしも私が、大事な誰かを失ってこの世界に呼ばれていたら?

 ……どうしていたかは、分かりません。
 分かるはずもないんです。だって私は、そうなったことがないから。

 だけどそれなら、私とアイさんは。
 ひかるちゃんとライダーさんは。
 戦うしかないんでしょうか――そうするしか、ないんでしょうか。
 もしそうならとても寂しいし、悲しいな、と。
 そう思う私に、私達に、アイさんはぱっと表情を明るくしてこんなことを言いました。

「けどね、真乃ちゃん。私、真乃ちゃん達と組みたいとは思ってるんだよ」
「え、でも……」
「聖杯を手に入れられればそれが一番いいけどさ。
 もしもそれが叶わなかったら、結局私も真乃ちゃんのやり方に縋るしかなくなるでしょ?」

 だから私は、真乃ちゃんにも生きていてほしい。
 そう言うアイさんの言葉は、とっても正直で……直球(ストレート)で。
 それだけによく分かりました。アイさんは――本気で、私と組みたいと言ってくれているんだと。

『ひかるちゃん、あのね』
『大丈夫ですよ、真乃さん。
 わたしも、……たぶん、真乃さんとおんなじこと思ってますから!』
『そっか。……そっか、そうだよね……!』

 やっぱり、私達の心は一つなんだと安心して。
 私は、アイさんの言葉に対してこくりと力強く頷きました。

「アイさんの進む道を、私は歩けません。
 でも……それでも、協力し合えるところはあると思うんです」
「うん、私もそう思う。私達も別に、自分から進んで誰彼構わず襲おうとしてるわけじゃないからね。
 真乃ちゃん達の邪魔はしないし、真乃ちゃん達が嫌がるようなこともしないよ。
 そっちが私達のことを信じてくれるなら、私はぜひ協力し合いたいなって思ってる」
「ならそうしましょう、アイさん。私……アイさんのことを信じます」

 アイさんは、信じられる。
 たとえ最後に辿り着きたい結末(ばしょ)が違っても、手を取り合って歩くことは出来るはず。
 それが私の、私達の出した答えでした。
 アイさんはそれを聞くと、「ありがとう」と言って顔を綻ばせ、とっても綺麗な笑顔を見せてくれました。

「よし、じゃあ同盟成立だね。いつまでも――ってわけにはいかないかもだけど、当分は仲良くしよっか。
 改めてよろしくね、真乃ちゃん。アーチャーちゃんも」

 綺麗で、可愛くて、素敵な。
 すごくアイドルらしい――――そんな、笑顔でした。


◆◆


 ぷるるる、ぷるるるる、と。
 デフォルト設定の着信音が鳴り響く。
 同盟の締結が済んだ真乃達は、運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながらすっかり緊張が解けた様子でアイと談笑していた。
 ライダーはそれに時折相槌を打ったり、話を振られれば答えたりしながら過ごしていたのだが――着信音が響くと席を立つ。

「悪り、苺(ウチ)の社長から電話来ちまった。
 ちょっと出て来るから、何かあったらアイを頼むな」
「あっ、はーい! その時はわたしがしっかり守ります!!」
「ハッハッハ、い~い返事だアーチャー。じゃ、よろしくな」

 同盟相手のアーチャー・星奈ひかるにそう言い残して個室を出る。
 通路で話すのも悪目立ちするだろう。店員に一言断って外に出、脇の路地裏に。
 そこでようやく通話ボタンを押す。すると電話の向こうから、声が響いた。
 画面に表示されている名前は『社長』だとか、『苺プロ』だとか、そういうものではなく。
 ただ一文字、『あ』とだけ――記されていた。


『どうなった?』
「上手く行った。晴れて今日から、アイと櫻木真乃は同盟関係だ」
『マジかよ。トップアイドルは伊達じゃねえってことか』


 煙草に火を点けて話す相手は聖杯戦争の関係者だ。
 星野アイ櫻木真乃、それぞれのマスターの間で締結された同盟。
 たとえ目指すところは違えども、それまでの道のりの中でなら自分たちは手を取り合える。
 アイのその言葉は、善良で純粋な少女の胸を打ったらしい。
 そうなれば後はあれよあれよと同盟成立。サーヴァントの方も、特に疑義の念を抱いている様子はなかった。
 大したものだと、ライダー……殺島飛露鬼はそう思う。
 星野アイ。彼女を勝者にすると決めている身ではあるが、それでも末恐ろしいものを感じた。

『まあ上手く行ったなら何よりだ。
 283プロダクションは明らかに"怪しい"からな。その点苺(そっち)は可愛いもんだ、アンタのマスター以外は』

 ――櫻木真乃は、星野アイを信じた。
 "信じてしまった"し、"信じさせられてしまった"。
 アイは嘘の天才だ。アイドルとして成り上がるために使われていたその技巧(スキル)が交渉の席で使えない道理は当然ない。
 真実の身の上話。真乃達の方針と反目している旨をしっかり伝えた上で、そこからそれでも組めると希望をちらつかせるやり方。

「――――あの嬢チャン達は利用出来る。
 アイを守る上でもそうだし、場合によっちゃそれ以外にもだ。
 見てて眩しいくらいまっすぐで純粋な、"いい子"二人さ」
『へえ。使いやすそうだな、都合が良いじゃねえか』
「もし気付かれたら気付かれたでやりようはある。そうだろ?」

 そして、嘘をつくどころか触れすらしなかったとある事実の存在。
 アイと殺島はこの時点で既に別な主従と同盟を結び終えている。
 対談前はそうではなかった。対談が終わって、外で合流するまでの僅かな時間で――状況が大きく動いた。
 その、あまりにも大きな隠しごと。それの気配を匂わせることすらなく、アイは仮面の信頼関係を手に入れた。
 真乃も、そのサーヴァントも。星野アイという"嘘つき"を相手取るにはあまりに純粋すぎた。

「それより忘却(わす)れんなよ? アサシン。
 櫻木真乃との会談(ハナシ)が済んだら、アイを連れてお前のマスターに会いに行くからな。
 こっちだけ一方的に顔見られてるままじゃ同盟は組めねー……アイもそう言うはずだぜ」
『疑われたもんだな。俺のことを何だと思ってんだよ』
「腐れ外道(ヒトデナシ)。反論出来るか?」


 星野アイと殺島飛露鬼にとって、櫻木真乃星奈ひかるは一方的に利用するための相手だ。
 彼らが未だ仮とはいえ、真に組むに値すると認識した同盟相手こそがこの通話相手。アサシンのサーヴァント。
 殺島と件のアサシンが遭遇し、アイがそのことを知り。
 真乃が本人達すら知らない内に"籠の中の鳥"と成ったのは――あの、テレビ放送局の中でのことである。


◇◇


「なあ、そこのアンタ」

 殺島飛露鬼が、星奈ひかると遭遇した後。
 そのことを、マスターのアイに伝えるべく進んでいた時。
 殺島は、放送局の中ですれ違った一人の男を呼び止めた。
 服装は平凡。魔力の気配もなく、手を包帯やら何やらで隠してもいない。
 別に不審な動きを見せていたわけでも、同じくない。
 にも関わらず殺島は、その男に対して不意に話し掛けた。
 一言目は今しがた記した通りの言葉。そして二言目は――――

「何しに来た? 此処の局員じゃねえよな、おたく」
「ああ……私服警備員か何かか?
 午後から都議会のお偉いさんの収録があってな、そのボディーガードとして配備されてんだよ。
 怪しく見えたんなら謝るぜ。何なら身分証明書でも見せてやろうか?」
「不要(いら)ねって。そういうの」

 これだ。表情は笑みすら浮かべているが、その意識は既に強く目の前の男に集中されている。
 何か少しでも妙な動きを見せたなら、殺島は躊躇なく服の内側に仕込んだ銃を抜き、発砲するだろう。
 それだけではない。場合によっては"回数券(クーポン)"を摂取し、素性隠しのアドバンテージを捨て去る覚悟さえあった。
 殺島には、この時点でもう分かっていたのだ。目の前の男が――決して只者ではないと。

「オレの知る限り、シラフでそんだけ"出来上がってる"奴は二つなんだよ。
 令呪がねえんだから尚更そのどっちかしか非実在(アリエネ)ェ。
 ――忍者(バケモン)か、英霊(サーヴァント)かだ。で、お前はどっちだよ?」
「……、」


 殺島は、忍者という存在と戦ったことがある。
 忍者。極道の敵であり、かつての彼が復讐の矛先を向けていた存在。
 その結果勝つこと叶わず、されど納得を抱いて死んだのが殺島という男に与えられた結末だったのだが――
 そんな末路を辿った殺島だからこそ、分かった。
 今自分の目の前に立つ、一見するとただの人間にしか見えないこの男。
 この男から漂う――忍者(かれら)と同種の匂い。洗練された、研ぎ澄まされきった肉体の気配。

 殺島としても、アイに危険が及ぶ可能性のある此処で事を始めるのは避けたかった。
 が、こんな存在を自由に歩かせていてはそれこそアイが危険に曝されかねない。
 だからリスクを承知で大きく出たのだったが、そんな殺島に男は数秒沈黙し。

星野アイの追っかけ、とでも言えば満足か? 運転手さんよ」
「……ッ!?」

 事も無げに、殺島が人間の皮を被っている際に利用している役割(ロール)を言い当ててのけた。

「大方俺と同類……いや、同種か? とにかくそういうスキルでも持ってんだろ、おたく。
 魔力を外に出さず残穢も残さない。当然マスターの目から見ても何も映らない。
 そこまでは流石に見抜けなかったけどな、アンタのマスターは流石に目立ち過ぎだ。
 令呪を隠すやり方は、もうちょっと上手いこと考えるのを勧めるぜ」
「……成程なぁ。張られてたってわけだ、ずっと前から」
星野アイは怪しかった、だからその周りの人間の顔も一頻り頭の中に入れてた。
 アンタもその中の一人だったってだけだ、気に病まなくてもいい」
「説明有難(アザ)な。"してやられた"ってことはよ~く分かったわ」

 アイドルに怪我は禁物だ。
 特に今の世の中、多少でも目立てばSNSの邪推と噂話のタネになる。
 だから基本、アイの包帯を巻いた右手はそもそも映さないようにされることが多かったのだが……それでも局の人間や共演するアイドルが見れば分かる。ましてそれが人気絶頂のアイドル・星野アイともなれば――アイが怪我をしてた、とか。なかなか治らないみたいだ、とか。そういう形で話の俎上に上がることも多いというわけか。
 殺島は納得しつつ、反省もしつつ。
 しかしそれはそれ、とすっぱり切り替えて……笑みと共に極道の眼光を光らせた。

「……で。どうするつもりだよ、此処から?
 もし諦めて帰る以外の答えなら、オレも黙っちゃ居られねーゾ?」
「本当はさっさと星野を殺して騒ぎを起こしつつ、炙り出されるバカが居ないか眺める算段だったんだが。
 アンタがどれだけ"出来る"のか知らねえが、此処で事を起こすのは確かにあんまり美味くねえ」

 一方で。
 予期せずして暗躍を邪魔立てされたサーヴァント……アサシン・伏黒甚爾は怯んだ様子こそないものの、しかし面倒臭げに頭を掻いた。

 彼もまた、殺島と同じく"サーヴァントとして感知されない"性質を持ったサーヴァントである。
 殺島のそれはあくまでも回数券頼みの脆弱な性能の中で副次的に生じた利点であるものの、甚爾のは彼と全く異なる。
 後付けの増強(ブースト)など行わずとも超人。生まれ持った呪わしき"無能"――天与呪縛。
 甚爾がその気になって掛かれば、"破壊の八極道"に名を連ねた殺島と言えども厳しい戦いを強いられるのは間違いないだろう。
 そして事実、甚爾の目から見ても殺島はどうにか出来る範疇の相手として映っていた。
 宝具など若干のブラックボックスがあるのは気掛かりだが、勝利のビジョン自体は描けている。
 とはいえだ。白昼堂々人目の多い此処でおっ始めれば、暗躍を生業とするアサシンの彼にとっても背負わねばならないリスクは大きかった。

「けどよ。俺が大人しく帰ったら帰ったで、テメェは眠れない夜が続くんじゃねえか」
「……何が言いてえんだよ?」
「おたくのおかげで星野アイがマスターだってことには確証が持てた。
 なら潰す手段は幾らでも思い付く。アンタが俺の立場でもそうだろ?」

 ……殺島は、痛いところを突いてきやがるな――と思った。
 実際、そうなのだ。どの道相手はアイを狙っていた以上、あそこで引き止めた判断が間違いだったとは思わない。
 だがその結果、この男がアイの正体に対して確信を持ってしまったこともまた事実。
 素性の割れているマスターを、それも魔術だの極道技巧だのの戦う手段を持たないカタギの女を潰す手段など殺島だって幾らでも思い付く。

「じゃあどうする? どっちが死滅(くたば)るか此処で試すか?」
「蛮族かよ。もっと直球で言わねえと伝わんねえか」

 殺島の言葉に、甚爾は肩を竦めて。

「この際だ。効率よく聖杯戦争を進められるように――組むってのも悪くねえ話だろ」

 十数枚の顔写真を、おもむろに手渡した。
 恐らくはアイドル、並びに芸能関係者であろう顔が並んでいる。
 その中の一枚を見て、殺島は思わず固まった。
 大人しそうな、おっとりとした性格なのが滲み出ている顔の少女。


 櫻木真乃
 それは、ちょうど今、まさに。
 アイが共演し、対談している――"同業者(アイドル)"だったからだ。


◆◆


 その後の流れは、実に単純だった。

 着替えのために戻ってきたアイに事の経緯を(その前に星奈ひかると出会ったことも含めて)伝え、櫻木真乃がマスターである可能性を認識させた上で判断を仰いだ。
 渡された顔写真。共演相手の笑顔が写ったそれを手に取り、眺めながら――アイは口を開き。

「いいんじゃない、同盟。受けちゃおうよ」

 甚爾との同盟を受ける旨の言葉を、口にした。
 殺島としてもそこに異論はない。
 あの男は決して信用の出来る相手ではないが、間違いなく有能で強力な戦力だ。
 味方に引き入れられれば……寝首を掻かれるリスクを承知する必要はあるものの、それに見合うだけの恩恵を受けることは出来よう。
 前金代わりに渡された顔写真。それによって判明した、櫻木真乃がマスターであるという可能性。
 その情報の信憑性を後押しする、殺島が局内で出会ったサーヴァントの少女。

 それらはアイと殺島の主従(ふたり)に、とある策を萌芽させた。

「でも、もし真乃ちゃんがマスターなら。ただ倒すだけじゃ少しもったいない気もするんだよね」
「……って、言うと?」
「どうせなら――利用した方が賢くない? それこそ同盟組むとか言ってさ」


 これが、真乃がひかるから殺島と遭遇した旨の話を聞いている間にアイ達が交わしていたやり取り。
 若く善良な小鳥達を捕らえるための鳥籠が、真乃達を閉じ込めようと口を開けた瞬間の記録である。

 星奈ひかると邂逅した殺島が考えたのは、彼女を味方に付けること。
 あのまっすぐな眼は――他ならぬ殺島に引導を渡した忍者を思わす眼は、信用できる。
 自分に何かがあったとしても引き続きアイを守ってくれる、そう感じたからだ。
 その考えは今も変わっちゃいない。変わっちゃいないが、忘れるなかれ。
 殺島飛露鬼は死に、忍者への復讐心から解放され、今はアイのために戦う身だが。
 それでも彼は、極道なのだ。白と黒なら、黒。善と悪なら、悪。
 そういう生き方しか出来ない――そういう人間(イキモノ)、なのだ。

 だから殺島は、清々しいほどまっすぐに外道の策に乗る。
 それが最善ならば是非もない、と。
 全てはアイのためにと、彼は鳥籠の蓋を閉めたのであった。


◆◆


『アサシン、なんて言ってた?』
『ただの事務的な確認だ。上手く行ったって伝えておいたぜ』
『そっか。分かった』

 外の殺島と念話で手短にやり取りを済ませつつ。
 その一方で、目の前の少女二人が繰り広げる他愛ない話に笑って混ざる。
 そこに不自然な気配はまるでなく。とてもではないが、彼女が腹芸を弄しているなどとは気付けまい。
 まして、この二人では。あまりに純粋で、善良で、心の清い少女達では。
 アイの嘘を見抜けない、見破れない。大人の汚さというものを、彼女達はまだ知らないのだ。

「(それにしても。こんなにうまく行くとは思わなかったや)」

 自信はあった。
 何しろ、これまでの人生で散々嘘をつき続けてきたアイだ。
 最初から真乃がマスターだと気付いていたわけではないけれど。
 それでも、"マスターの可能性が高い"と聞いた時点で既に確信していた。
 この子なら騙せる。この子は、私達が勝つために利用出来る――と。

 そして結局、その予測の通りになったわけだが。
 しかし現実は――アイの想像していた以上に上手く行った。

 全てが手のひらの上。方向を示して少し転がして、それで終わり。
 もちろん上手く行ってくれたに越したことはないのだが、アイも大一番に挑むに当たってそれなりに覚悟はしていたつもりだ。
 だから、多少拍子抜けしてしまったのは否めなかった。

「(純粋で、まっすぐで。……いい子なんだろうなあ、この二人)」

 罪悪感は今更感じない。
 申し訳なく思うくらいなら、そもそも最初からこんな不義理を働くなという話だ。
 だけど、アイも人間だ。だから多少、感じ入るものはあった。
 櫻木真乃も、そのサーヴァントも。いい子――なのだろう。とても、とても。
 少なくともアイがあのくらいの歳だった頃はあんな風じゃなかった。
 あれよりもっと現実を知っていたし、もっと擦れていたし、もっとズルい子どもだったと記憶している。

「(櫻木真乃ちゃん、か。
  最初は正直、今時ずいぶん古臭いキャラ作りしてるなと思ったけど……)」

 芸能界は妖怪の犇めく魔境で。
 そこで咲き誇るアイドルは嘘の花弁を持つ花だ。
 少なくともアイは自分のことを造花だと思っているし、そうでない同業者など見たことがない。
 誰もが多かれ少なかれ嘘をついている。大事なのはその塩梅と、つき方の巧拙だ。
 だから最初に真乃を見た時、アイの抱いた印象は――今の時代にそれはキツくないか、という身も蓋もないものだった。

 優しくて純粋な、どこかふわりとした印象を与えるアイドル。
 それだけ見れば、確かに"アイドル向き"だ。
 それ故にキャラクターとしては決して新しくないし、その道には手垢が山ほど付いている。
 この先大変だろうなあ、とか。飽きられたら悲惨だよなあ、とか。
 裏垢のツイートエグそうだなあ、こういう子に限って文春砲喰らうんだよなあ――とか。好き勝手思っていたのだけど。

「(案外、本物だったりするのかな。この子)」

 もしかすると真乃は、自分とは違う"本物"なのかもしれないと、今ではそう思うようになりつつあった。
 もちろん嘘は多少あろう。嘘を一切使わずに育てられた生花は世間の目という名の紫外線に勝てない。
 ただ、それでも。櫻木真乃という偶像(アイドル)の花弁は、嘘よりも真実の方がずっと多いように思えた。
 だとしたらそれはとても凄いことで――そして、キャラを作って嘘で固めて売るのよりもずっと大変な道。
 茨道の中をサンダル履きで進むようなものだ。その意味が分かってるのかな、とか。そんなことを、先輩らしく考えながらも――

「(――――なんて。
  すっごいどうでもいいことだけどさ、この作り物の世界では)」

 アイは、皆に愛されるアイドルとして此処に居るのではない。
 この世界は、如何に美しく咲き誇れるかを競う場などではないからだ。
 櫻木真乃は籠の中の鳥。星野アイは友人のような顔をして彼女の正面と、そしてその後ろに立つ者。
 それだけの話で、それまでの話だった。


【目黒区・食事処(個室制)/一日目・午後】

櫻木真乃@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:ひかるちゃんと一緒に、アイドルとして頑張りたい。
1:アイさん達と協力する。


【アーチャー(星奈ひかる)@スター☆トゥインクルプリキュア】
[状態]:健康
[装備]:スターカラーペン(おうし座、おひつじ座、うお座)&スターカラーペンダント@スター☆トゥインクルプリキュア
[道具]:なし
[所持金]:約3千円(真乃からのおこづかい)
[思考・状況]
基本方針:真乃さんを守りながら、この聖杯戦争を止める方法を見つけたい。
1:一時はどうなるかと思ったけど……良かったあ~……。
2:アイさんのことも守りたい。


星野アイ@【推しの子】】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:子どもたちが待っている家に帰る。
1:アサシン(伏黒甚爾)達との同盟を主にしつつ、真乃ちゃん達を利用する。
2:思ってたよりうまく行ったなー。
3:真乃ちゃん達とお買い物した後は、アサシンのマスターと会いたい。


【ライダー(殺島飛露鬼)@忍者と極道】
[状態]:健康
[装備]:大型の回転式拳銃(二丁)&予備拳銃@忍者と極道
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:アイを帰るべき家に送り届けるため、聖杯戦争に勝ち残る。
1:櫻木真乃とアーチャー(星奈ひかる)にアイを守らせつつ利用する。
2:アサシン(伏黒甚爾)のマスターとアイを会わせ、正式に同盟を結ばせたい
[備考]
※アサシン(伏黒甚爾)から、彼がマスターの可能性があると踏んだ芸能関係者達の顔写真を受け取っています。
 現在判明しているのは櫻木真乃のみですが、他にマスターが居るかどうかについては後続の書き手さんにお任せいたします。



◆◆


「――――は? 星野アイ?」


 聖杯戦争、その本戦が始まった。
 勝つにしろ負けるにしろ、もうこの世界で過ごす時間も残り僅かになったわけだ。
 当然此処から先は、私も気合を入れて臨む必要がある。それは分かってるし、だからこそアサシンにわざわざマカロフを調達して貰った。
 かと言って、人よりちょっと多く修羅場を潜ってきた程度の凡人でしかない私が自発的に起こせる行動はあまり多くない。
 良くも悪くもアサシンの暗躍と、持ち帰ってくる情報の内容次第。
 その状況にやきもきしていたのは事実だし、アサシンからスマホに連絡が来た時には一体どんな動きがあったのだろうとどきどきもした。
 そんな私が電話に出るなり、あの男は藪から棒にこう言ったのである。
 『アイドルの星野アイ、知ってるか?』。もちろん知ってる、テレビで見ない日の方が少ない。そう答えた私に、アサシンは。

 『アレと同盟組んだわ。その内顔合わせることになるだろうから、変なボロ出すなよ』。
 事もあろうに、そんなとんでもないことを宣ってくれたのだ。

「いや、あの、ちょっと待ってくれません?
 情報量が多すぎて頭が追いついてないんですけ」

 ぶつん。

「――――ど……」

 画面に表示されるのは、『通話が終了しました』の文字。
 伝えるべき内容は伝えた、ということなのだろうか。
 はははは、我がサーヴァントながら優秀なことで実に助かるなあ。

 ……え、いや、マジで星野アイと同盟結んだの? あのアイドルと?

「えぇ……」

 あの人マスターだったのか、とか。
 そもそも何処でどうやって同盟までこぎ着けたんだ、とか。
 近々顔合わせするってどういうことだ、私は一回もそんな話聞いた覚えないぞ、とか。
 言いたいことは山ほどあったけど、よく落ち着いて考えてみれば……決してまずい話ではない。

 アイは同盟相手としては有名すぎる。
 でも、純粋に戦力が増えるというのはありがたい話だ。
 アサシンのことは信用してるものの、あくまであの男は"暗殺者(アサシン)"。
 搦め手に頼ることが多くなってしまう都合、戦力として数えられる自軍のユニットが増えるのはとても助かる。
 ……最後の、近い内に顔合わせをする――というところだけはどうしても気が重くなってしまうけど。

「私、あの人あんまり好きじゃないんだよな……」

 聖杯戦争本戦、初日。
 早くも私は、嵐の予感を感じていた。


【世田谷区・空魚のアパート/一日目・午後】

紙越空魚@裏世界ピクニック】
[状態]:健康、困惑
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:マカロフ@現実
[所持金]:一般的な大学生程度。裏世界絡みの収入が無いせいでややひもじい。
[思考・状況]
基本方針:生還最優先。場合によっては聖杯を狙うのも辞さない。
1:は??? 星野アイ??????

【世田谷区のどこか/一日目・午後】

【アサシン(伏黒甚爾)@呪術廻戦】
[状態]:健康
[装備]:武器庫呪霊(体内に格納)
[道具]:拳銃等
[所持金]:数十万円
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする
1:基本的にはマスター狙いで暗躍する。
2:ライダー(殺島飛露鬼)経由で櫻木真乃とそのサーヴァントを利用したい。
[備考]
櫻木真乃がマスターであることを把握しました。


時系列順


投下順



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002:ひかるがサーヴァント!? 守りたい人のために! 櫻木真乃 018:みんなの責任! 大切な人の願いは
アーチャー(星奈ひかる
002:ひかるがサーヴァント!? 守りたい人のために! 星野アイ
ライダー(殺島飛露鬼
OP:SWEET HURT 紙越空魚 033:天秤は傾いた、――へ
アサシン(伏黒甚爾

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最終更新:2021年08月28日 23:33