都内某所。公園の中に拵えられた四阿の中で、一人の大男が涼んでいた。
日本人離れした長身はしかしこれでも元の世界でのそれに比べて幾らか縮んでいる。
大方、マスターとして活動する際に過剰に目立ってしまうことへの配慮的な処置なのだろう。
拒否権なく強引に参加者を集めている割には妙なところで気の利く奴だと毒づいたのも今や昔。
一ヶ月の予選期間を経て――彼、
光月おでんは完全にこの東京の街に馴染んでいた。
現にこの地域の人間からは既に、"奇人""変だけどいい人""今時珍しい豪快な漢"としてそれなりに知られている。
今でこそ日雇いの労働に精を出しているが、それまでは街を歩き回っては人助けに勤しみ、その対価として金銭。時には直接食べ物を貰う生活をしていたのだから、その存在が知れ渡るのはある種当然の帰結だった。
時刻はもうじき正午。腹は膨れているが、おでんの表情は芳しくない。どこか険しい。
何かを考えているような、或いは思い返しているような。
この何かと型破りで豪放磊落な男にはあまり似合わない顔であった。
『此処に居たか。おでん』
『……おう、縁壱。お前さっき誰かと戦ってただろう。
魔術回路って言うんだったか? おれの身体の奥がビリビリ疼いてた』
『ああ。戦った』
そんなおでんの傍らに、姿の見えない何者かが立つ。
万全を期すと共に、不要な人目を引かないための霊体化だったが。
おでんは確かに、自分の休む四阿の中に耳飾りの剣士の姿を幻視していた。
ワノ国にその人ありと謳われ、大海原に飛び出して世界を旅した凄腕の剣士――そのおでんに、自分より間違いなく格上だと悟らせた侍。
ワノ国とは似て非なる、されと同じく鬼の巣食う日ノ本を生きた者。
真名を
継国縁壱というその男こそが、界聖杯内界に迷い出た快男児の従えるサーヴァントである。
『その様子を見るに、大した傷も負っちゃいねェようだが……一応聞くぜ。
どうだった、相手(そいつ)』
『強かった』
縁壱の声色は涼やかで、消耗の気配など欠片たりとも窺わせない。
おでんでなくとも、誰でも彼が勝ったらしいことを察するだろう。
圧勝。その二文字が最も相応しいであろう、単純な詰将棋さながらの戦局。
それが真実であることを誰でも察せるのだから、縁壱が口にしたその感想は言葉単体で受け取ればただの嫌味にすら聞こえよう。
だが、彼の短い言葉を聞いたおでんは腕組みをし、「そうか」と頷いた。
疑うでもなく咎めるでもなく、自分の目の無いところで敗れた某を嗤うでもなく。
ただ一つの真実として。
縁壱の答えを、受け取った。
『実はよ。おれもさっき戦ってきたんだが――いやはや、全く弱っちい奴だった!
まず肉付きがヒョロい、明らかに必要な栄養が足りてねェ!
この"飽食の時代"にはてんで似つかわしくねェ、もやし坊主だった!』
一方のおでんは、声を大きくして戦ったという相手をこき下ろす。
やれ弱かった、身体からして弱かった。
眉間に皺を寄せて、嘆かわしいぞとばかりに捲し立てるおでん。
そんな彼に対し、縁壱も問う。先の会話をなぞるように。
『強かったのだな、その子供は』
『ああ。強かった』
矛盾しているではないかと問う無粋を縁壱は働かない。
そも、彼は知っているからだ。
肉体の強さが全てではない。むしろ人の強弱を定義する上で、それは一番最初に削ぎ落とされる部分だとさえ思っている。
最も肝要なのは精神の強さ。心の中に、己を燃やす炎を飼っているか否か。
その点、おでんが相手取ったという"もやし坊主"は――それを持っていたらしい。
『このおれに何度張り倒されても、何度受け止められても、馬鹿な野良犬みてえに向かってきやがる。
おれも思ったよ。ああ、こいつは止められねェ……ってな』
おでんは述懐する。
あの少年は、
神戸あさひは確かに弱かった。
だが。あさひは光月おでんを相手に立ち続けたのだ。
必ず倒す、勝つ、願いを叶える。
その想いだけを寄る辺に――薪木にして。
泣く子も黙る光月おでんに。空を飛ぶ龍すら墜とした光月おでんに、立ち向かい続けた。
『おれ達の目的は変わらねェよ。界聖杯の白黒を見極める。
それが善いなら生かす、悪しけりゃ斬る。今まで通りだ』
『……、』
『けどよ、縁壱。……希望ってやつには、白も黒もねェんだな』
空を仰ぎ、唸るおでん。
人の想いに二元論を当て嵌めるのには限界がある。
神戸あさひは確かに、界聖杯に"希望"を見ていて。
そのために全てを注げる、そういう熱いものを宿していた。
生まれてこの方、死するその瞬間まで自由奔放。
大名となりしがらみを得てからも、おでんはあるがままに振る舞い続けた。
否。おでんの前に立ちはだかった"敵"は、いつだとて分かりやすかった。
航海の途中で出会った競合相手を倒すのに難しい考えは要らなかった。
ワノ国を支配し、破滅に向かわせようとしていた怪物に剣を向けるのも簡単だった。
だが。あの少年は――あんな、"希望"に縋り付く奴は。
おでんが今まで戦ってきたどの相手とも違う、一言では形容することの出来ない色を帯びていた。
『では、足を止めるか』
『すると思うか、このおれが』
『……だろうな』
お前は、そういう男だ。
続く言葉は口にせずとも、おでんに伝わっていた。
光月おでんは止まることを知らぬ男。
己の主義信条、守るべきもの、それに生き死にを懸けられる豪傑。
なればこそ、一度決めた道を曲げる真似は決してしない。
ただ、彼は学ぶ男でもある。おでんは、あさひという弱くてちっぽけな少年から確かに"学んだ"。
自分達が場合によっては行わねばならなくなることの意味を。
その行為が持つ重さを――あの小さな身体から。張り倒す手から伝わってきた体温から、確かに学んだ。
『時にだ。おでん』
故に縁壱は、心配など端からしていない。
迷うのも躊躇うのも結構。何があろうと最終的には必ず進む、おでんはそういう男だと既に知っている。
異なる歴史の世界を生きた彼に対し先人面をするつもりはないが。
迷い、苦しむのも人の美徳の一つだ。そうして前に出した一歩は、何物にも勝る価値を持つ。
人の歴史というのはひとえに、そうやって続いてきたものなのだから。
そして、なればこそ。
縁壱がおでんに対し此度伝えようとしているのは、それとは全く別の話。
一つの、縁壱が想定し得る限り最も有り得てはならない"可能性"の話だった。
『この発言に根拠はない。
老人の世迷言と片付けて貰っても構わない。それを念頭に置いて聞いてほしい』
『……なんだ、藪から棒に』
『感じるのだ。私が倒すべき、悪鬼の兆しを』
継国縁壱という男は、人間であった頃から誰にも遅れを取りはしなかった。
本人がどれだけ謙遜しようとも、自分は特別などではないと宣おうとも、客観的な事実として彼は紛うことなき最強の剣士であった。
だがその彼をして、果たせなかった使命がある。
あと一歩のところで叶わなかった大願がある。
その失敗のせいで――数百年分の悲劇を許した。
そんな縁壱が、感じている。それは悪鬼の兆し。血と虐を生む、羅刹の気配。
『もしもこの直感が、単なる幻でないのなら』
縁壱は霊体化を未だ解いていない。
されど――おでんは、確かに感じた。
彼が腰から提げた鬼殺剣。それを握る右手に込める力を強めたのを。
『――――私が此処に現界した意味は、きっと其れだ』
悠久の時を越え、時空を越え。
世に蔓延り、敗れた悲願を果たさんとする獣心があるのなら。
それを滅ぼすために生を燃やした者の想いもまた然り。
この東京にて、運命は再び交錯せんとしていた。
【大田区・公園/一日目・午前】
【光月おでん@ONE PIECE】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:二刀『天羽々斬』『閻魔』(いずれも布で包んで隠している)
[所持金]:数万円程度(手伝いや日雇いを繰り返してそれなりに稼いでいる)
[思考・状況]
基本方針:界聖杯―――その全貌、見極めさせてもらう。
1:他の主従と接触し、その在り方を確かめたい。戦う意思を持つ相手ならば応じる。
2:界聖杯へと辿り着く術を探す。
【セイバー(継国縁壱)@鬼滅の刃】
[状態]:疲労(小)
[装備]:日輪刀
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:為すべきことを為す。
1:光月おでんに従う。
2:他の主従と対峙し、その在り方を見極める。
3:もしもこの直感が錯覚でないのなら。その時は。
[備考]
※鬼、ひいては
鬼舞辻無惨の存在を微弱ながら感じています。
気配を辿るようなことは出来ません。現状、単なる直感です。
◆◆
「――――、」
一瞬。
何か、霊基(カラダ)に震えを感じた。
その理由は解らず、結果抱えっぱなしの不快感に拍車が掛かるだけの結果となる。
苛立ちを紛らわすようにテーブルへ爪を立てれば、指の形の抉れた傷が残った。
男の名前は、鬼舞辻無惨。人間ではない。バーサーカーのクラスを持って現界した英霊であり――鬼だ。
陽の光に当たれない呪わしい欠点。それを抱える代わりに、定命を超越した悪鬼。
鬼舞辻無惨が現界してまず真っ先にしたことは、自身の社会的ロールの確保だった。
手間は掛かったが、どうにか体裁は整えた。今の無惨は松坂という苗字で資産家業を営む好青年。そういう形で通っている。
社会に潜むための工作と立ち回り自体はこれまで何度となく繰り返してきた行動だが。
しかし――無惨の想定を遥かに超えて、この現代という時代は面倒に過ぎた。
街の至るところに設置されたカメラ。
昼夜を問わず完全に途切れるということのない人流。
もしも自分があの大正で滅びなかったとしても、この時代には鬼など巣食える余地はなかったのではないのかと。
そう考えてしまうほどの――発展を極めた社会。都市。
とはいえ無惨は聡明だ。度を越した激情家且つ癇癪持ちではあるものの、地頭は決して悪くない。
英霊の座から賜った知識があるのも手伝って、無惨は凡そ半月余りで現代文明に適応した。
……だが、それでも不快感は尽きない。
そもそも自分がこれほど労力を使わねばならなかったということ自体が、腹立たしくて仕方なかった。
無惨はサーヴァントである。
しかし陽の光に当たれない致命的な弱点がある以上、日中は巣篭もりを決め込むしかない。
とはいえ、聖杯戦争とはそもそもマスターが推し進めるもの。
昼間は霊体化して指示を下し、夜がやって来ればその都度動き、敵の頭数を減らしていく。
それで問題ないと、無惨は思っていた。
己を召喚した人間が――――マスターとしての役割を欠片ほどしか果たせない無能。否それ以下の狂人であることを知るまでは。
腸が煮えくり返る。
脳内にあの甘ったるい声が響く度。
あの女の、緩んだ笑みを目にする度。
英霊のこの身を呪いたくすらなった。
マスターという要石に縛られることのない身であれば、すぐさまあの女を殺し、この苛立ちを晴らせるというのに――この霊体ではそれも叶わない。
鬼舞辻無惨は現状、狂った女との繋がりを捨てられぬ身であった。
どんなに憎み、殺意を燃やそうとも。代わりの"源"を見出すまでは、彼女という不快な生命に縛られる。
「(……上弦の何れかはこの東京に現界している。
それは解る。元より私の血で生まれ変わった存在なのだから)」
鬼舞辻無惨が千年もの間、鬼の首魁として生き延びられたのには幾つかの理由がある。
その内の一つに、彼が増やした同族に対して絶対的な支配権と監視権を持つことが挙げられた。
鬼の反逆を許さず、自分の名前を出すことすらも許さない。
そもそも同族を増やすことすら無惨にとって苦肉の策であった以上、その辺りを手抜かりなく行うのは筋の通った行動であったと言えよう。
彼が上弦の気配を感じているのは、その支配権の名残だ。
だが、である。そもそも何故、自身の支配がそれほどまでに脆弱化しているのか?
それがまた、無惨の癇に障った。一体何故この自分が、始祖たる己が、部下のために足労してやらねばならぬのか。
――――肝心な時に糞の役にも立たなかった、愚鈍な出来損ないの"月"共のために。
「(私はあの屈辱的な"最期の夜"を以って悟った。
他人など、所詮は何の役にも立たぬのだと)」
しかし単独で歩むにはこの身はあまりにも不自由。
まして、要石が"アレ"なのだ。界聖杯の意思決定になど興味もないが、アレの何処に可能性とやらを見出したのだと心底呆れ果てる。
アレは可能性など無い、停滞の塊。無惨は変化を厭い不変を尊ぶ生き物だが、アレの匂わすそれとは種別が違う。
「(最後に描いた希望もまた、誤りだった。
受け継ぐ意思、それもまた無意味なのだと悟った。
私の意思が継がれなかったことがその証明だ。
もはや私の眼鏡に適うモノなど、全能の願望器を除いて他にない)」
故に無惨は、手足を求めていた。
そうせざるを得ない状況にあった。
ならば己の血を使って鬼を増やせばいい――生前、千年に渡りそうしたように。
そう考える者も居るかもしれないが、それは無惨も既に試している。試した上で、駄目だと悟った。
此処でも無惨の足を引っ張るのが、東京という街が監視カメラに囲まれた監視社会であるということ。
大正の世には、当たり前だが人が居なくともそこで起きた出来事を記録し続ける機械などなかった。
しかし、この世界では違う。鬼を無闇矢鱈に生み出して放っていれば、いずれ必ず騒ぎになる。
そうなればそれを生み出した元凶の存在を他の主従が推察し出すのは自明の理だ。
極めて不安定な土台の上に立つことを余儀なくされている無惨にとって、それは避けたい事態だった。
では、数を絞ってその分質を上げれば良い――無惨はそう考えたが、これもまた、失敗に終わる。
界聖杯は、マスター達のことを"可能性の器"と呼んだ。
どうもそれは逆説的に、この模倣世界に生きる人間は可能性とやらを宿さない、という意味合いであるらしい。
無惨の血を大量に与えられた人間は皆呆気なく自壊した。
試行錯誤の末に何体か、血に耐え鬼と成った者も居たが――それは更なる落胆の呼び水でしかなかった。
与えた血の量に比べて、鬼としての地力があまりに低すぎたのだ。
精々が無惨の記憶する最後の下弦の陸と同等かその少し下程度。
鬼狩りの柱であれば、児戯の範疇で斬り殺せるような雑魚だった。
その"成功した失敗作"は四体程度居たが、全て腹を立てた無惨に消し飛ばされたため、もうこの世には居ない。
「(……兎にも角にも、まずは上弦の鬼を連れ戻すのが最優先だ。
この血を注いで、途切れた支配をもう一度結び直す。そうすれば少しの遣い程度にはなるかもしれない)」
珈琲を流し込みながら、眼前のモニターに意味もなく視線を向ける。
資産家としてのロール、カモフラージュの一環としての"仕事"だ。
纏まった資産を用意してそれを転がし、意味もなく金を増やす作業。
無惨にとってはそれは決して苦ではなかったが、虚無的ではあった。
だが昼間の内の手慰みにはなる。
頭の中の怒りを紛らわすように画面上の矢印を動かし――その時、不意に。
「……、」
メールの着信を告げるウィンドウが出現した。
わざわざ連絡を取り合う意味もないような相手ばかりが並ぶアドレス帳。
その中には確認出来ない、フリーメールのアドレスだった。
すぐにゴミ箱に投げ込んでも良かったが、内容だけでも検めるかとクリック音を、鳴らし――そして。
「……何?」
無惨は、固まった。
そのメールに添付されていたのは、端的に言うならば。
この時代で最も通りが良いだろう表現を用いるならば、"証拠"だった。
資産家としての彼。鬼舞辻無惨ならぬ、松坂某。
その身分が偽りのものであることを物語る、幾つもの書類的疑義。
松坂の台頭と同時期に失踪した資産家の記録。奪われた財産の総額。
鬼舞辻無惨がこの世界で足元を固めるために行った工作と立ち回り、その全てを。
無造作に暴き立て、恣意的にひけらかし、出来の悪い教え子に教授するように纏めた添付ファイル。
――――何者だ。
無惨は、只でさえ不快の絶頂にある脳が煮え立つのを感じた。
握り締めたマウスが音を立てて砕ける。
そんな彼の精神を逆撫でするように、メールの本文に記されていたのは。
『どうぞ、素敵な紅茶とお菓子で持て成してくれたまえ。小さい子どもも居るのでネ!』
『M』
……最後の、恐らくは署名のつもりなのだろう"M"の文字の右には。
青い蝶の絵文字が、貼り付けられていた。
【中央区・豪邸/一日目・午前】
【バーサーカー(鬼舞辻無惨)@鬼滅の刃】
[状態]:肉体的には健康、精神的には不快の絶頂
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数億円(総資産)
[思考・状況]
基本方針:界聖杯を用い、自身の悲願を果たす
1:どいつもこいつも殺されたいのか? ならばどうして素直にそう言わない?
2:『M』への対処。
3:マスター(さとうの叔母)への極めて激しい嫌悪と怒り。早く替えを見つけたい。
[備考]
※『M/アーチャー(
ジェームズ・モリアーティ)』からのメールを受け取りました。
【本名不詳(さとうの叔母)@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:無惨の肉により地下で軟禁中、空腹
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:いつもの通りに。ただ、愛を。
1:鬼舞辻く〜〜ん、おばさんおなかすいたよ〜〜〜
時系列順
投下順
最終更新:2021年09月26日 20:16