「…ところで」
 麦茶を一口啜って仁科鳥子が気まずい静寂を裂いた。
 同盟が成立したのはいいが油断ならない相手であることに変わりはない。
 鳥子は確かにアサシン……吉良吉影の同盟を受けた。
 だがそれだけだ。それ以上の関係ではないし信用など寄せていよう筈もなかった。
「リンボを倒すって言っても……具体的にはどうするつもりなんですか?」
 にも関わらず鳥子が同盟の申し出を承諾した理由は、ひとえに二つのリスクを天秤にかけた結果。
 吉影という真意不明の危険人物か、自分のサーヴァントを明確に狙っているという仇敵か。
 天秤は後者に傾いた。
 吉影が腹に抱えているものが何であるにせよあのリンボは捨て置くには危険すぎる。
 リンボの打倒さえ成れば場合によってはすぐにでもアサシンは排除する。そうでなくとも距離を取るなり何なりする。
 もちろん背中なんて見せない、付け入る隙など晒しはしない。
 吉影の素性を知らない身でありながら、鳥子は彼に対して人間が出来る最善の警戒を布けていた。
「君達はあれと戦ったのだったね。それを踏まえて聞くが……どうだった?」
「…すごい気持ち悪い奴だったけど、強かったですよ。あれで本気じゃなかったら……とか考えたくないくらいには」
「だろうね。そうでなければ地獄を築くなんて大口は叩けないだろう」
 当然そんな相手に手の内を晒すのは避けるべきだ。
 鳥子は自分の手のことについて吉影に一切話していない。
 いかに吉影が聡かろうが、前情報なしに昼間の交戦の真実に辿り着くことは不可能だろう。
 リンボ以外のサーヴァントに対しても役立つかは不明だが、切り札は秘めておくに越したことはない筈だ。
「情けない話だが、私はサーヴァントとしては三流だ。
 直接での戦闘も出来ないわけじゃあないが……君達で苦戦するようなら役に立てるかは怪しい」
 一方の吉影も涼しい顔をしながら事実をぼやかす。
 彼はアサシン、文字通り暗殺のような闇に紛れた戦いをこそ得手とするサーヴァントだ。
 だがその実吉影は自分の力と強さに一定の自信を持ってもいるのだ。
 直接戦ったとしてもそうそう遅れを取るつもりはない、そう思っている。少なくとも目の前の見るからに「青い」女達などには。
「マスターを狙うってことですか?」
 ただ鳥子の頭の回転は吉影が思っていたよりも早かった。
 というより、通常避けたがりそうな手を選ぶことに迷いがないことに驚いた。
 実際には吉影の方策とは違う意見だったのだが…話が早いのはいいことだ。
「半分正解、半分不正解だ。マスターを殺してリンボを消滅させるのも悪くはないが…そうまでしなくてもリンボの目論見は崩せる」
「あ……そっか。リンボは聖杯戦争とぜんぜん関係ないことをやらかそうとしてるんだから――」
「そういうことだ。奴の下らない計画を聞いてなお共鳴できる異常者なら話は変わるが、その可能性は流石に低いと考えてたいね」
 狙うべきはリンボではなくマスターである。
 命を取らずともリンボの地獄構想を密告すれば八割方勝ちだ。
 そうして首尾よくリンボを排除すれば後は残った彼のマスターと手を結ぶだけ。
 そこまで進めば吉影の道に横たわっていた問題は大方消える。
 彼の愛する平穏な日常がようやく帰ってくるというわけだ。
「問題は、どうやって勝利条件を満たすかだ」
「私達、あっちのマスター絡みの情報はまったく持ってないですよ」
「分かっているさ。そこはこれから詰めていこう」
 詰めていこう、って……。
 不満げに言い淀む鳥子に吉影は続ける。
「先刻も言ったが私には標的を『追跡』するスキルがある。
 君達の居所を特定し訪ねることが出来たのはそれによるものだ」
「……一方的に特定されて侵入される方は堪ったもんじゃないですけどね」
「ただしそれも万能じゃあない。少なくともリンボのマスターに対しては現状効果を発揮出来ない」
 今すぐは辿り着けない。
 しかし探ることなら出来る。
 何しろリンボは話に聞いただけでも伝わってくるような目立ちたがりだ。
 確実にいずれ……そう遠くない内に尻尾を出すものと吉影は確信していた。
 そこを突く。
 そこから伝う。
 そしてその時、渦中のフォーリナーと組めている事実は吉影にとってとても大きく作用する。
「だから今はひとまず待ちだ。それに」
 吉影が鳥子にスマートフォンを見せる。
 液晶に表示されたニュース速報を見て鳥子が目を見開いた。
 新宿の崩壊。直下型地震に匹敵、それどころか凌駕する被害。
 不明者を含めれば死者は五桁に達する見通し……。
「……これ、リンボがやったと思います?」
「別口だろう。現場では前々から目撃談のあった"青龍"の姿が確認されたって話もある」
 見た瞬間思わず血の気が引いた。
 現実の出来事だと思えなかった。
 自分にとっても慣れ親しんだ東京の一角が完全に崩壊している光景はショッキングで、裏世界で見たどの冒涜的光景よりも恐ろしくて。
 これがリンボの手引きではないことを心底信じたくなった。
 こんなことをしでかせる奴に狙われているなんて、考えただけでも気が滅入るから。
「都合がいいのか悪いのか…一概には言えないがね。この新宿事変を皮切りにして聖杯戦争は大きく動くと予想出来る」
 東京という都市は広い。
 だが二十三騎のサーヴァントを争い合わせるスペースとしてもそうかと言われれば、答えは否である。
 やる気になれば一対一の合戦でこれだけの規模の破壊を叩き出せる怪物までいるのだ。
 事態が動かない筈がない……町が一つ消えるということにはそれだけ大きな意味がある。
「願わくば末永くよろしくやれるよう祈っているよ、仁科鳥子さん」
 末永く、ね。
 続くその言葉に何故か背筋が寒気立つ感覚を覚える。
 ただ吉影の本性を知らない鳥子はそれを気のせいだとか緊張だとか、そういうもっともらしい理由をつけて片付けてしまった。
 話が終わって、特に何をするでもない時間が流れる。
 そこで彼女がしたのは吉影から意識を背け、アビゲイルに念話を送ることだった。




“アビーちゃん、ごめんね”
“そんな…どうか謝らないで、マスター。悪いのは私。謝るべきは、私なんだから……”
 聞こえてくるアビゲイルの声は明らかに沈んでいた。
 無理もないと鳥子は思う。
 彼女は先刻、吉影の手によって自分の触れられたくない過去を切開されたのだ。
“本当はもっと早く…私からマスターに打ち明けなくちゃいけなかったの。
 なのに、私……っ”
“いいよ、その先は言わないで”
 アビゲイルが鳥子に過去を打ち明けずにいたことは確かに不誠実な振る舞いといえるかもしれない。
 しかし鳥子は彼女に対し怒ってもいなかったし、その不忠を咎めるつもりもなかった。
 彼女のことを疑うなんてもってのほかだ。
 これが会ったばかりの頃であったら話は違っていたかもしれないが鳥子はアビゲイルと既に一ヶ月の時を過ごしている。
 同じ部屋で一緒に寝食を共にして、時間を共有してきた相手なのだ。
 ぽっと出のサーヴァントがセンセーショナルな"衝撃の真実"を伝えてきたところでその事実は揺らがない。
“私はアビーちゃんのことを、アサシンが思ってる風になんて見てないよ”
“マスター……”
“アビーちゃんのことは信じてるし、これからも私のサーヴァントはあなただけ。
 だからそんなに落ち込まないで? アビーちゃんが沈んでたら私、一人でこの人とやり合わなきゃならなくなっちゃう”
 そう言って苦笑する鳥子。
 その言葉にアビゲイルは追い詰められた心がふわっと安らぐのを感じた。
“晩ごはんでも一緒に食べてさ。元気出そうよ、ね?”
 気付けば口元に笑顔が戻る。
 吉影に気取られない程度にではあるものの、アビゲイルは確かに笑ってくれたのだ。
 そのことに鳥子までなんだか安心してしまう。
 空魚が聞いたら拗ねること間違いなしだが、やっぱり彼女の存在とその無垢さは孤独な日々の中で欠かすことの出来ない支えだった。
“……ありがとう、マスター。私、これからもマスターのために頑張るわ”
“ん、そうしてくれたら嬉しいな。アサシンのことは正直信用は出来ないし、いざとなったら助けてもらわないとだからね”
“安心して。あなたのことは守ります、必ず”
 何があっても、誰が敵になったとしても。
 この人のことだけは守ってみせる――アビゲイルは改めてそう決意する。
 であればへこたれている暇などないのはすぐに分かった。
 立ち直ってサーヴァントのしての勤めを果たさなければ。
 この優しくて綺麗なマスターが……本当のお姉さんのような彼女が。
 大切な人の、好きな人のいる世界に帰れるように。



 アビゲイルは吉影に鳥子と念話していたことを悟られまいと努めていたが。
 それまで目に見えて沈んでいただけに、その表情が急に和らいだのは彼にもあえなく伝わってしまった。
 吉影としてはアビゲイルには多少沈んでいてくれた方が助かったが、とはいえ然程期待はしていなかった。
 立ち直ったことで風除け程度には働いてくれることを祈るとして思考を切り替える。
“当然のことだが…やはり警戒されているな。バカな女ではないようだ”
 同盟を成立させるところまでは首尾よく行った。
 が、流石に彼女達の心にある警戒心と疑心まではどうにもならない。
 長い時間をかけて信頼関係を築いていけば話は違うのかもしれないが流石に望みは薄い。
 期待はせず、逆にあちらから切られるようなことがないようにだけ気を付ける。
 今のところはそれで十分だろう。
 吉影のことを疑ってはいても、鳥子達にとって吉影との繋がりを失うことが痛手なのもまた事実なのだ。
 少なくともリンボの脅威がある内は鳥子もアビゲイルも吉影(じぶん)を切れない。
 人心の把握に長ける吉影はそう分かっていたから、現状彼女達に対しては楽観的だった。
“――爪が、伸びてきたな”
 しかし鳥子に対する情動は依然吉影の中で燻り続けている。
 意図的に抑えている心。堪えている衝動。
 英霊となっても消えることのなかったその性はもはや彼の霊基と結びついて離れようとしない。
 そして吉影の性は今、彼の心の中で絶えず絶叫していた。
 目の前の"美しい手"を手折り己の物にしろという衝動(こえ)が止まない。
“……?”
 そこまで考えて、不意に――。
 吉影は自分の内側がその実奇妙なほど静かなことに気付いた。
 今響いているのは自分の性に基づく衝動の音のみ。
 自分以外の誰の声も響かない時間がずっと続いている。
“親父?”
 吉影達は今非常に重要な局面に置かれている。
 アルターエゴ・リンボの跳梁への対処。
 それに乗じた田中という無能との決別。
 あの過保護な父親のことだ。
 事ある毎に何か念話を飛ばしてくる筈なのだ、普通は。
 だというのに……息子の呼びかけに対して応答の一つも返してこない。
「鳥子さん」
「……何ですか?」
 明らかな異常事態だった。
 田中に対しても念のため念話したが案の定返事はない。
 その時点で吉影は事の次第を概ね察した。
 だが焦りはなく、動揺もなかった。
 遅かれ早かれ起こり得る事態だとそう腹を括っていたからだ。

「アルターエゴ・リンボが動いたようだ。私達も動こう」
 そう語る吉良の目はひどく冷たかった。
 マスターに対する利用価値はこの瞬間ゼロに堕ちた。
 であればこの先待ち受けるのは決裂だけだ。
 田中という名のマスターは結局徹頭徹尾、吉良吉影に何一つもたらすことはなかった。

【荒川区・鳥子のマンション(日暮里駅周辺)/一日目・夜(夜突入直後)】

仁科鳥子@裏世界ピクニック】
[状態]:疲労(小)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:護身用のナイフ程度。
[所持金]:数万円
[思考・状況]基本方針:生きて元の世界に帰る。
0:えっ……?
1:アサシンのことは信用しきれないが、アルターエゴ・リンボの打倒を優先。
2:私のサーヴァントはアビーちゃんだけ。だから…これからもよろしくね?
3:この先信用できる主従が限られるかもしれないし、空魚が居るなら合流したい。その上で、万一のことがあれば……。
4:出来るだけ他人を蹴落とすことはしたくないけど――
[備考]※鳥子の透明な手はサ―ヴァントの神秘に対しても原作と同様の効果を発揮できます。
式神ではなく真正のサ―ヴァントの霊核などに対して触れた場合どうなるかは後の話に準拠するものとします。
※荒川区・日暮里駅周辺に自宅のマンションがあります。

【フォ―リナ―(アビゲイル・ウィリアムズ)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康、決意
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:マスタ―を守り、元の世界に帰す
0:あなたが、あなたの好きな人のいる世界に帰れますように。
1:アサシンのことは信用しきれないが、アルターエゴ・リンボの打倒を優先。
2:マスタ―にあまり無茶はさせたくない。
3:あなたが何を目指そうと。私は、あなたのサーヴァント。

【アサシン(吉良吉影)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:健康、殺人衝動
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(一般的なサラリ―マン程度)
[思考・状況]基本方針:完全なる『平穏』への到達と、英霊の座からの脱却。
0:残念だよ、マスター。
1:アルターエゴを排除。フォーリナー(アビゲイル)の覚醒を阻止する。
2:アルターエゴのマスターを探して“鞍替え”に値するかを見定めたい。尤も、過度の期待はしない。
3:あの電車で察知したもう一つの気配(シュヴィ・ドーラ)も気になる。
4:社会的地位を持ったマスターとの直接的な対立は避ける。
[備考]※スキル「追跡者」の効果により、仁科鳥子の座標や気配を探知しやすくなっています。
仁科鳥子の住所を把握しました。
※フォーリナー(アビゲイル)は「悪意や混乱を誘発する能力」あるいは「敵意を誘導する能力」などを持っていると推測しています。
ただしアルターエゴのような外的要因がなければ能力は小規模に留まるのではないかとも考えています。

※田中の裏切りと『写真のおやじ』が人事不省に陥ったことを悟りました。

    ◆ ◆ ◆

 ふざけやがって。
 何なんだよこいつら。
 何なんだよ、あいつ。
 何で俺は一度でもあんなしょぼくれた野郎に憧れてたんだ。
 チェーンの居酒屋でちびちび酒を呷りながら俺は吐き捨てる。
 とてもじゃないが、呑まなきゃやってられなかった。
“いつまで呑んだくれておるのだ…おまえは。 
 おまえも新宿で何があったかは知っておるだろう。もはやそうして自堕落に過ごしていられる時間は終わったのだとまだ分からんのか……?”
「……うるせえよ。心霊写真が人間様に説教すんな」
 新宿の事件は見た。
 驚かなかったと言えば嘘になる。
 すげえと思ったし、自分が非日常の中にいるんだってひしひし感じた。
 ニュースででかい災害や事故を見た時に覚える不謹慎な高揚感。
 あれを何倍にも膨らませたようなそんな感覚だった。
 だけど気分は乗らないままだ。
 俺が新宿の惨状を見て抱いた感想はどうせ、アサシンやこの"写真のおやじ"にしてみればクソ以下なんだ。
 何が出来るわけでもない無能がスリル満点の非日常に憧れて騒いでるだけ。
 あの死んだ魚みたいな目で俺を見て、そう考えるんだろうと分かってるから。
 酒のせいもあってか念話にするのを忘れてた。
 おやじが何かうるさくグチグチ言ってるから仕方なく切り替えてやる。
“俺が何処で何してようと関係ねーだろ? アンタの愛息子が全部なんとかしてくれるんだから”
“何を子供じみたことを言っているのだお前は。マスターとしての自覚というものがないのか?”
“知らねえよ。俺がマスターらしく振る舞ったとして、アンタらは親子揃ってグチグチ文句言うんだろうが”
 ハイボールを喉の奥に流し込みながらする念話は今までより言葉の切れ味が増している気がした。
“とんだハズレだ。やっぱガチャ運ねえな、俺って”
 真っ昼間からアルコールを入れていたのにこの期に及んでまだ呑むのかと言われたら返す言葉もないが、もう知ったことじゃない。
 喫茶店に長々居座るよりはこっちの方が世のためってもんだろ。
 否定するしか能のない老害の言うことなんざ聞いてやる義理はない。
“俺は心底思い知ったよ。アンタの息子が肝っ玉の小せえ臆病者だってことがな”
“きさま……わが息子を愚弄するかッ!? きさま如き小僧がッ!?”
“そら見ろ。マスターに対して使う言葉かよそれが?”
 俺はとことん辟易していた。
 大きな事をする度胸もないアサシン。
 それを盲目にヨイショするだけの紙切れ(おやじ)。
 こいつらは俺に何も求めてないんだってことが心底分かった。
 要するにこいつらが俺に求めてるのは"生きていること"だけなんだ。
 生きていればそれでいい。
 アサシンが現界し続けるための柱でいればそれでいい。
“二人で勝手にやってろよ”
 ふざけんなよ。
 口開けばつまらないことしか吐けない玉無し共。
 マスターは俺だ。俺なんだよ。俺が上でお前らが下なんだ。
 誰がお前らを英霊の座から引きずり出してやったと思ってる?
 ああ腹が立つ、胸糞悪い。
 つまみとして注文した塩辛をハイボールで流し込む。
 そうすると、いつもより躊躇いなく本音を吐き出せる気がした。
 気分がよかった。
“俺はお前ら親子の行く末なんて死ぬほどどうでもいいんだ。
 俺に真面目に働いてほしかったら……おたくの息子さん連れてきて土下座でもさせてみれば?”
“ほざくな! わしの吉影がきさまのようなボンクラに頭を下げるなど天地がひっくり返ってもありえんわッ!”
“別に俺はよ…いいんだぜ? アンタの愛しの息子を切って他のサーヴァントに鞍替えしても”
 例えばリンボとかな?
 そう言って笑うと案の定写真のおやじはすげえ顔をした。
 少し胸がすいた。
 そうだよ、本当の関係性はこうなんだ。
 立場が上なのは俺なんだから。
 俺が上でお前らが下なんだよ。
 なのに威張り散らしやがって。
 バカを見るみたいな目で見下しやがって。
 ふざけんじゃねえ。
 誰が認めるかよ、そんなこと。
 楽しいことだらけのこの世界で俺だけが現実の延長線?
 クソ喰らえ。
 俺の田中革命を……俺の一世一代を。
 てめえらクソ親子の臆病風になんてかき消されてたまるか。
 アサシンにビビり散らかしてた俺の口は見違えたみたいに流暢になってくれた。
 強めのアルコールがローションになってくれたらしい。
“マスターを失えばサーヴァントは死ぬけど、サーヴァントを失ってもマスターは死なない。
 ものの例えだけどさ…俺が令呪でアサシンを自害させたとしても、俺は気分爽快なまま生き続けられるってことだ”
“…きさまこそ忘れるでないぞ田中一。わしは今この場できさまを殺すことも出来るのだと……!”
“やってみろよ。その時泡を食うのはお前ら親子の方だ”
 写真の中のおやじが歯軋りするのが分かった。
 いい気味だ。ストレス発散にちょうどいい。
 酒が進む。もっと早くこうしていればよかった。
 そう思っていた矢先、写真のおやじは口を開き。
“よく分かった。わしはかつてきさまのことを庇ってやったが…それは間違いだったらしい……”
 写真の中にあるその形相を鬼のように顰めて言った。
“きさまはわが息子のマスターを勤められる器ではない。
 なぜ、わしの息子がこうも無能な男と引き合ってしまったのか……考えるだけで惨憺な気分になる。
 わしはこの地に満ちる『引力』を恨む”
“そうかい。ようやくアンタの本音が聞けたな、クソおやじ”
 ほら見ろ。
 こいつらは最初からそうだったんだ。
 リスペクトしてたのなんて俺だけだった。
 こいつらにしてみれば俺はただの石ころ。
 自分達の存在を繋ぎ止めるだけのものでしかなかったんだ。
“もういいわお前ら。マジで失望したよ”
 こんな奴らのことなんて知るか。
 俺はこいつらの親子ごっこのために此処まで来たわけじゃないんだよ。
 もう心は決まっていた。
 マジでイラねえよ、お前ら親子。
“な…待て、きさまッ! 何をする気だ、まさ――”
「令呪を以って命ずる」
 死ねよ。
 モンペのおやじもヘタレの息子も揃って死んじまえ。
 俺が殺してやるよ。
 お前らの願い、全部俺が踏み躙ってやる。
 念話で息子に伝えるか? いいじゃんやってみろよ。
 令呪もないのに俺のとこまですっ飛んで来れるならだけどな。
 それより俺が命令する方がずっと早い。
 もうお前らなんていらねえんだ。
 俺は地獄を目指す。リンボを探して、あいつと組む。
 悪いな、おやじ。
 悪いな、アサシン。
 お前ら親子は――用済みだ。
 おれのために死ね、ヘタレ共。
 さあ、『田中革命』の再開だ。
“や…やめろッ! このちっぽけな小僧がぁぁぁッ!!”
 間に合わねえよな、監視役のお前が今から報告したって。
 おやじの無様な絶叫を心地よく聴きながら。
 おれは命令を下すために口を動かした。



 ――だけど。
「おやおや。間一髪のところだったようで」
 その声は途中で遮られた。
 というか、俺が止めた。
 そうするしかなかった……そいつの突然の登場は俺にとってそれだけ予想外のことだったから。
「リ…リンボッ!? どうして此処に……」
「貴方に用がありまして。しかし、ンン――なかなかどうして良いところに割り入れたようで」
 居酒屋の暖簾をくぐって当たり前みたいにそいつは現れた。
 周りを見渡せばいつからそうだったのか、客も店員もみんな倒れ伏して眠ってる。
 そんなことをやっておきながら俺の前で笑うそいつは誇るでもなく平常通り。
 何時間前かに始めて会った時と同じ顔をして、アルターエゴ・リンボはそこにいた。
「ご…ごめん。俺、アサシン達を説得出来なくて……」
「それは惜しい。しかしながら致し方ありますまい。
 拙僧の地獄はあらゆる願いを下敷きにして成り立つもの。こと英霊ともなれば受け入れられる者はそうそう居りませぬ」
「で、でも…俺はアンタの方に就くよ。もう決めたんだ、迷いはない。
 俺の言うことを聞きもしないで見下すばっかりのヘタレ野郎なんざ知ったことかってんだ……! ひ、ひひッ……!」
 心はもう決まってる。
 生き延びなきゃいけないのは分かってる。
 でもあいつらは違う。
 あいつらは俺が組むべき奴らじゃない。
 だから決めた。
 俺はリンボにつく。
 リンボについて、こいつの描く地獄を見る。
 地獄の田中革命だ。
 これはその第一歩。
 令呪でアサシンを自害させて、手始めに二人揃って俺を否定しやがったこいつらの夢を終わらせてやる。
 笑顔すら浮かべながら命令に踏み切ろうとする俺にリンボは。
「おやめなさい、田中殿」
「…え。なんでだよ……なんで止めるんだよ!?」
「貴方の決意は実に天晴だ。拙僧、大変嬉しく思います」
 わけが分からない。
 こいつにとってはこれが一番嬉しい選択なんじゃないのか?
、困惑する俺に言い聞かせるようにリンボは言った。
「しかしよく御覧なさい。今此処に、貴方を力ずくでも止める者はいますか?」
「……え」
 そこで初めて俺は気が付いた。
 今の今まで俺と言い争いをしてた写真のおやじ。
 そいつの写り込んだ写真が表情一つ変えない、それこそただの写真みたいに凍りついていることに。
「昔取った杵柄です。死霊の一体二体抑える程度のこと、造作もありませぬ」
「は…はは。マジかよ……何でもありじゃん」
「これで貴方を止める者はいなくなりました。そして貴方のサーヴァントにはまだ利用価値がある」
 自害させ潰えさせてしまうには惜しい。
 リンボは…毒々しい色合いのアルターエゴはそう言って笑った。
 それに続くように俺も笑う。
 そっか。
 ああ、それもいいな。
 あのアサシンをいいように使って…使い潰してやるってのは……結構胸がすくんじゃあねえのか?
「リンボ。俺は……アンタの地獄が見てみたい。
 窮極の地獄界曼荼羅だっけ。あれ、さ……最高にイカしてると思ったよ。痺れた」
 腹は決まった。
 それで死んでも構わないとそう思える。
 それくらい俺は目の前のこいつに憧れていた。
 こいつの目指す地獄とやらが見てみたかった。
「だから俺と組んでくれよ。俺を……アンタのマスターにしてくれ」
「残念ですが、それは叶いませぬ」
 ――え。
 俺は息が出来なくなって間抜けな声をあげた。
 なんで。なんでだよ、リンボ。
 なんでそんなことを言うんだ。
 俺はお前のためにサーヴァントを捨てた。
 お前に全部を賭けたんだぞ?
 大体俺以外の誰がお前の願いを認めてやれるっていうんだ?
「拙僧のマスターは貴方以上に優秀です。それを蹴ってまで貴方を選ぶ理由が、現状拙僧には見出だせません」
「な…なんだよそれ……。じゃあ俺は……俺は、何のために……」
「早合点なさるな、田中殿。拙僧とて鬼ではありませぬ。貴方の行くべき場所は既に見繕っております」
 そう言ってリンボは俺に一枚の紙切れを差し出した。
 そこに書かれているのは誰か宛ての電話番号。
 此処に連絡しろってことなのか。
 リンボの目を見ると、こいつは笑んだまま頷いてのけた。
「この番号の主と連絡を取りなさい、田中一。そこにはきっと貴方に相応しい居場所が待っている」
「お、俺は…アンタを信じて、全部賭けたんだぞ……!?」
「聞くのです。拙僧は決して貴方を陥れようなどとはしておりませぬ」
 声を荒げた俺に対してもリンボは変わらない調子だった。
 俺はリンボと組みたかった。
 こいつのマスターになりたかった。
 けどその考えは面と向かって否定されて、代わりに渡されたのは何処の誰宛てなのかも分からない連絡先。
 でも俺が縋れる先はもうこの電話の主以外にはないんだって、俺の貧弱な脳みそは嫌味なほど迅速にそう理解してくれた。
「その証拠に貴方が彼らと接触出来るまでの間は拙僧が護衛を勤めて差し上げましょう。
 であれば怖いものなどないでしょう? 貴方のことを憎むサーヴァントも手出しが出来ない筈だ」
「信じて……いいのかよ」
「信じるも信じないも、決めるのは貴方だ」
 リンボの言葉に俺はごくりと喉を鳴らした。
 此処から先は引き返せないって俺でも分かった。
 そんな状況だってのに、俺の答えは最初から決まってた。
 これしかないんだ。
 アサシンも写真のおやじも俺を否定した。
 あいつらは俺の邪魔しかしない。
 俺が俺でなくなる以外に、あいつらと組んでいられる未来はない。
 だから……。
「……分かった。分かったよ、リンボ」
 俺は決めた。
「アンタの言葉を信じる。だから…俺を守ってくれ」
 さよならだ、アサシン。
 そして写真のおやじ。
 もうお前らは敵だ。
 精々俺のことを追いかけながら必死に踊ってろ。
 俺は俺の道を行く。
 アンタら親子の下らない人生と心中してやるつもりはない。
「そしていつかアンタの隣が空くことがあったら、さ。
 その時は……俺を選んでくれよ、リンボ」
「ンンン……。その時は考えておきましょう」
 おれの選ぶ道はこっちだ。
 悪いなアサシン。悪いなおやじ。
 一生安牌だけ切って生きてろ。
 そんでもって――地獄に落ちちまえ。

【荒川区・居酒屋/一日目・夜】

田中一@オッドタクシー】
[状態]:吉良親子への怒りと失望、吉良吉影への恐怖、地獄への渇望
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン(私用)、ナイフ、拳銃(6発、予備弾薬なし)、蘆屋道満の護符×4
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]基本方針:『田中革命』。
0:ヴィラン連合って……何?
1:リンボの意向に従う。アサシンは切った。
2:敵は皆殺し。どんな手段も厭わない。
3:SNSは随時チェック。地道だけど、気の遠くなるような作業には慣れてる。
4:リンボに“鞍替え”して地獄界曼荼羅を実現させたい。ただ、具体的な方策は未だ無い。
5:峰津院大和のことは、保留。その危険度は理解した。
[備考]
※界聖杯東京の境界を認識しました。景色は変わらずに続いているものの、どれだけ進もうと永遠に「23区外へと辿り着けない」ようになっています。
※アルターエゴ(蘆屋道満)から護符を受け取りました。使い捨てですが身を守るのに使えます。

【吉良吉廣(写真のおやじ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:行動不能(蘆屋道満の術で一時封印されている)
[装備]:田中一のスマートフォン(仕事用)、出刃包丁
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:愛する息子『吉良吉影』に聖杯を捧げる。
0:………………。
1:アルターエゴ(蘆屋道満)を抹殺すべく動く。田中一の監視も適宜行う。
2:息子が勝ち残るべく立ち回る。必要があればスマートフォンも活用する。
3:当分は田中をマスターとして受け入れる予定だったが、危機感を抱いている。より適正なマスターへと鞍替えさせたい。
4:『白瀬咲耶の周辺』の調査は一旦保留。
5:田中も遅かれ早かれ“鞍替え”を考えるだろうと推測。
[備考]※スマートフォンの使い方を田中から教わりました。
※アサシン(吉良吉影)のスキル「追跡者」の効果により、仁科鳥子の座標や気配を探知しやすくなっています。
※フォーリナー(アビゲイル)は「悪意や混乱を誘発する能力」あるいは「敵意を誘導する能力」などを持っていると推測しています。 
ただしアルターエゴのような外的要因がなければ能力は小規模に留まるのではないかとも考えています。
※アルターエゴ・リンボ(蘆屋道満)の術によって行動不能に陥りました。今後の処遇についてはお任せします

    ◆ ◆ ◆

 蘆屋道満は陰陽師である。
 その根幹は今になっても変わらない。
 リンボなどという変わり果てた存在になってもなおだ。
 吉良吉廣は宝具になっても結局一体の死霊。それに変わりはない。
 だから術をかけて封じ込めるのは容易だった。
 吉廣が人事不省に陥れば田中の動向をアサシン、吉影に伝える者はいなくなる。
 此処まで含めて全てリンボの思い通りに事が進んでいた。
 田中が堪忍袋の緒を切らして令呪を使おうとした時吉廣に対する封印は既に効果を結び始めていた。
 彼が咄嗟に吉影へ連絡出来なかった理由はそれだ。
 なかなかに間一髪のタイミングだったが、間に合った。
田中一を殺そうとするにせよ鞍替え先を探すにせよ、彼のアサシンはもはや脱落したも同然の苦境に立たされた。
 後は拙僧が携わらずとも十分でしょう。優良な駒だけ残れば拙僧はそれでいい”
 田中は愚図の無能だ。
 一般人という言葉から一切逸脱出来ない役立たずのでくの坊だ。
 だがそれならそれで利用のしようはある。
 他人を誑かして操ることに誰より長けるリンボにはそのことがよく分かっていた。
“それであのフォーリナーが…銀鍵の巫女までもが誘い出されてくれるならなお良し。
 拙僧の計画には一切支障なし、我が野望は前へ前へと突き進むばかり! ンンンン――実に素晴らしい!”
 リンボの式神は今鏡面の世界で交渉にあたっている。
 その結果次第では更に窮極の地獄界曼荼羅は完成へ近付くことになる。
 後はアビゲイルを確実に闇へ堕とせるかどうか。
 彼女の中に眠る本性を覚醒させられるかどうか。
“とはいえ。並行して、"彼"に対しても考えておく必要があるか”
 どちらを選ぶにせよリンボの計画は現状順調そのものだ。
 であれば気にするべきは計画の外側にある存在。
 リンボの式神が先刻接触していたとあるサーヴァントについてのそれが、目下最優先だろうと彼はそう踏んでいた。
“偶像(アイドル)七草にちか。彼女を守る灰髪のサーヴァント……”
 彼と接触した式神が原因不明の断絶(ロスト)をしたことをリンボは把握している。
 果たして何があったのか。彼は何を秘めているのか。
 いずれは確かめねばならないだろうとリンボはそう考えていた。
 もしもアビゲイルを利用したプランが頓挫するのならば、場合によっては……。
“いやはや、実によりどりみどり。拙僧にとってこの地は…巨大な遊技場にしか見えませぬなァ……”
 リンボは嗤う。蘆屋道満、その成れの果てが嗤う。
 瞳の中に地獄を写す彼の跳梁は止まらない。

【アルタ―エゴ・リンボ(蘆屋道満/本体)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:???
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:この東京に新たな地獄を具現させる。
0:地獄界曼荼羅の完成に向けて準備を進める。
1:田中を連合に誘導する。しかし状況によっては利用したい。
2:新宿区の地獄を眺めに行くか、リンクの切れた式神の調査を行うか…。(今のところ興味は後者に向いているようです)
3:式神は引き続き計画のために行動する。
4:…のつもりでしたが、やめました。祭りの気配がしますぞ、ンンン――。
5:式神にさせるつもりだった役目は本体が直接担うことに変更。何をするつもりかはおまかせします。
6:それはそうと新たな協力者(割れた子供達)の気質も把握しておきたい
7:“敵連合”は静観。あの蜘蛛に邪魔されるのは少々厄介。
8:機会があればまたプロデューサーに会いたい。
9:七草にちかとそのサーヴァント(アシュレイ・ホライゾン)に興味。あの断絶は一体何が原因か?

[備考]
※式神を造ることは可能ですが、異星の神に仕えていた頃とは異なり消耗が大きくなっています。
※フォ―リナ―(アビゲイル・ウィリアムズ)の真名を看破しました。
※地獄界曼荼羅の第一の核としてフォーリナー(アビゲイル・ウィリアムズ)を見初めました。
 彼女の再臨を進ませ、外なる神の巫女として覚醒させることを狙っています。
※式神の操縦は一度に一体が限度です。本体と並行して動かす場合は魔力の消費が更に増えます。




時系列順

投下順



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056:汝は魔女なりや 田中一 084:ヴィランズ・グレイト・ストラテジー~タイプ・アサルト~
アサシン(吉良吉影) 088:死ぬんじゃねえぞ、お互いにな
仁科鳥子
フォーリナー(アビゲイル・ウィリアムズ
079:あらし(ワイルドハントあるいは祭り)のよるに アルターエゴ(蘆屋道満) 090:sailing day

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最終更新:2022年02月11日 00:15