「ぷろでゅうさぁ殿。伝えるべきことも伝えましたようでありますな?」

ゆっくりと。
ゆったりと。
電灯の下で影が音もなく前を行くように、気味が悪い程の静けさで。
その男は、殺意と祈りが混在していた静謐な空間に、何一つ気兼ねせず侵入した。
生えそろった芝生を、無邪気に踏み荒らす子供のような自然さ。
一瞬の後、瞬くのは銀閃。
黒死牟の神速の踏み込みと刃が、リンボの首を寸断する軌道で閃いた。

「――ええ、ええ。であれば、これにて退散と致しましょう」

だがしかし。
奇しくも、彼の式が剣鬼の弟、縁壱の剣技を見ていたことが、ここにおいてはリンボに味方した。

「ンン、悪くない太刀筋ではありますが――宿業を斬るには能わず、とまァ。」

呪符による防護と、そのクッションを利用した紙一重の回避。
すれすれの一手ではあるが、しかし一撃の防御には成功した。
尚も追撃を構えようとするが、それを妨げるかのように――澄んだ殺気が

「……猗窩座。成程……この戦場で……何やら掴んだらしいな」
「貴様に語ることはない、黒死牟」

猗窩座が発する
その気になればすぐに撫で斬りにしようかとも思ったが、それをするには幾らか骨を折りそうな程度には――発する闘気の間に、幽かに生前と違う黒い気が見える。
死合ってみたい、という興味が僅かに沸く。
嘗て己の下にいた者と、剣と拳を交えてみたいという気持ちがほんの少し覗いたところではあるが――それをするには、袖を引く彼女と、座り込んだ男。そして何より控える陰陽師が兎に角邪魔をする。

マスターにある程度の連れ合いがいることは、とうに分かっている。
その連れ合い全員――方舟と名乗るその陣営にとって、目の前の存在がある程度鍵となるであろうことも、リンボの表現と先程の言葉の応酬から分かることで。
もしここで鍵となる彼を殺し、それら全てを敵に回せば、きっと己は今度こそ契約を切られかねない――というのが、どうにも厄介な
それは、縁壱との契りの為にも避けねばならぬ事態。

(……面倒な頸木が……増えるばかり……)

味方であるならばともかく、敵と宣言した相手を殺さぬという縛りが、此処に於いてはどうしようもなく足を引っ張っている。
そうして、黒死牟が刹那の一撃を躊躇している間に。
傍らに寄り添っている少女を見下ろすかのように、リンボは霧子の側へと一歩だけ踏み込む。
160センチもない身長と比べれば、まさしく子供と大人のような身長差。
そして、その差を更に大きいモノかと錯覚させるように――リンボから吹き出ている邪気。悪意。唾棄すべき存在感。

「おや、おやおやおやァ。気になる?気になるでしょうねえ。親愛なるぷろでゅうさぁ殿の変わり様ともなれば」

それが、幽谷霧子の身を丸々包み込む。
辛うじて吞まれずに済んでいるのは、傍らの黒死牟の構えが牽制となっているからか。
いやしかし、牽制があって尚、只人であれば膝を折ってもおかしくない程の

「いやいや、然し……拙僧らもそちらも、急ぐ身には変わらぬでしょうねぇ?」

それ程の圧力を擁しながら。
しかしそれでも立ち向かう、立ち向かえてしまう程に、リンボは害意を顕わにしない。
一息に殺してしまおうとすれば、剣鬼の間合いに入るからであるか。

「いやなに、拙僧はほんの少し。ほんの少しだけ――後押しをしたのみであれば」

それが逆に、どうしようもない歪さ、不快感を味合わせる。
掌の上で踊らされているような感覚が、霧子の脳髄を揺さぶった。

「美辞麗句の高説。誠に心打たれるものでありましたが、まぁ。この通り、ぷろでゅうさぁ殿は些かお悩みが多いようでして」

──然り。
正しく、彼は今まさに。
幽谷霧子を、彼の持つ悪意の上で転がさんとしているだけ。
取って食うには如何様にでも。しかしそれでは、此処に足を運ばせた用向きが片手落ちとなるからして。
刷り込むかのように、悪辣な言葉をひとつひとつ上乗せしていく。

「霧子ちゃん」

それを妨げるかのように、声を上げたのは仁科鳥子
既に一度邂逅を果たしている彼女なればこそ、その言葉に聞く価値がないことを知っている。
それを印象付け、せめて彼から引き剥がそうと声をかけるが――しかし。

「聞かなくていい」
「ンン――辛辣でございますなァ。しかし当の彼女は耳を傾けようとしているようでございますのであれば……語るしかありますまい?」

聞こえてくる。
染み入るような、滲み込むような色の音。
墨汁かのように、輝ける色を塗り潰す悪意の音。
それが言霊の形を成して、世界にただまき散らされる。

「そうですねェ――紛れもない真実ととして。拙僧めが、ぷろでゅうさぁ殿の忘れていた、幼い少年を縊り殺した事実!それを思い出させてあげたこともありましょうが――」

幽谷霧子に突き付ける。
彼の所業。
だが、それだけではまだ。
小さく手を握りしめながら、それでもまだ、彼女はプロデューサーと、
その、ある意味いじらしいとすら感じられる様を見ながら――しかし、止まること無きリンボの弁舌は。

「――あと、やったことと言えば。幾何もないぷろでゅうさぁ殿の命の灯火、その使い道を教えて差し上げたということくらいでしょうか」

僥倖、と言わんばかりに。
悪意の塊が、二の矢を告げる。

それで。
幽谷霧子の表情が、完全に固まった。
プロデューサーの口から開示されていなかった、最後の情報。
魂を奪われた彼の余命。
彼女の語った寄り添いの為の時間など、最早存在しないのだと。
それを事実として突き付ける言葉が、
希望が絶望に、光が闇に反転するその刹那。

「故にィ」

瞬間。
ぎちりと世界が歪む。
次の一瞬、突如としてショッピングモールの各地から形容し難き触手が伸びた。
外なる世界の神が末端、アビゲイルの操るそれが世界を覆い――否。世界ではなく、覆うはこの場にいる全員。
ショッピングモール内ではなく、外に仕掛けられた呪術の一斉攻撃。黒死牟達が自動車で移動しているのを突き止めたその時から、彼等を攻撃するよりも先に鏡面世界で回り込み、仕込んでおいた敵性呪術。
事前に看破できなかったそれを、アビゲイルがどうにか食い止めた。それが事態の本質であり。

「ンン――」

瞬時、伸びるは肉食獣の剛腕。
その腕は仁科鳥子を捉え、連れていかんと誘うもの。
何てことはない。
仁科鳥子とアビゲイル・ウィリアムズを擁した新たなる地獄界曼荼羅はこの場に於いて未だ時期焦燥だが。起動する為のパーツとして蒐集することすらも止めないとは、成程一言も言っていない。
故にぎちりと伸びる腕。連れ去らんとする獣の腕。それを妨げるかのように、三日月が飛ぶ。
月の呼吸、壱の型。闇月・宵の宮。
無差別的に斬撃を広げるのではなく、線での攻撃が、直線となってリンボに届く――と。
そう思った黒死牟のその前に躍り出て、拳を振り翳すは猗窩座。
鍛え上げた肉体、練り上げられた闘気を持って、その一撃を阻まんとする。
――されど、それもまた黒死牟に及ばざる。
リンボと共に追い落とさんとする一閃は、迫りくる猗窩座の一撃ごと世界を裂く。
猗窩座を盾に辛うじてリンボは手を収めたが、右肩口から袈裟切りに裂かれた猗窩座の一撃は無為に終わる――筈だった。
だが、聖杯戦争の巡り合わせが、黒死牟に僅かに思いもよらぬ予感を齎す。

(再生が――早い……?)

斬らせた腕も体は故意に。
首だけを避け、それ以外の勢いを全て殺さず。斬られた肉体を瞬時に寄り合わせ、五体満足へと戻った猗窩座は、未だに攻撃姿勢のまま。
そのまま黒死牟の顔面を打ち抜かんとする、音速を越えた拳が走り――

「――」

だが、そう。
羅針を開かずとも、闘気に誰より勘強く。
そして、■■■■■の影響下からもまた抜け出ている彼だからこそ、「ソレ」にいち早く気付いた。
アビゲイルが今まさに呼び起こさんとした、恐怖の呼び声。生命の本能に訴えかける正気喪失の足音、見下ろすは深淵の眼。
生きとし生けるモノであれば逃れられようもない異質な気配に、さしもの猗窩座も一瞬たたらを踏み。
次の瞬間、傍らを通り抜けた再びの銀閃に、改めて距離を取り直すしかなかった。

然して――一合。一瞬。
マスター達にはほんのひと瞬きの間に起こったそれで、雌雄は決していた。
脱落者はあらず。それどころか、かすり傷すらも無い。
ただの小競り合いにすら見たぬすれ違いの間隙――されど、そう。
ほんの時間だけあれば、彼等が悠々と背を向けるには十分に時があった。

「では、宣告の件。方舟の皆様にどうぞ伝えていただきますよう」

男を片脇に抱え、悠々と鏡面世界へと歩みを進めるリンボ。
元より、それが狙い。仁科鳥子とアビゲイルの確保ですら、二の次であったかというかのように。
あまりにも自然な動作で、鏡へと足を踏み入れていた。

「ともあれ、皆々様に於かれましては今一たびのご歓談をば。拙僧らもそう遠くないうちに、再びお目にかかるかと思いますれば」
「二度と来なくていいっての」

吐き捨てるような鳥子の言葉に、にんまりと泰然な笑みで返して。
振りまくだけの悪意を振りまいて、アルターエゴ・リンボはその姿を消した。

――そして。
静寂だけが残る。
悪意の嵐が吹き去った後のショッピングモールに、ただただ重い沈黙の帳が降りる。

中でも、その中心。
鬼の傍らで、立ち去った鑑を呆然と見ながら立ち尽くす少女は。
先程までの、祈れる清廉な少女の顔をしていた少女は。
ただ呆然と、見えなくなった鏡の向こうを見つめて、立ち尽くしていた。

「……霧子ちゃん」

声をかけようとして、しかしどう声をかけていいのかも分からず、鳥子は小さく俯いた。
彼女の祈りは、絵空事ではあるのだろう。
祈り。聖杯が違わず祈りを叶えたとして、そこで幸福が終わる訳ではないということ。
誰かと共にあることが幸福であるのなら、それを伝える誰かが傍らにいなければならないこと。
そんな絵空事が、しかし、二人の間では確かに、道筋が通ったかのように見えた。

けれど。
ここが戦争であればこそ。
その絵図は引き裂かれ、悪意が牙を剥く。

「何をしている」

ふと。
声がした方に顔を向け――ついで、轟音。
振り返ってみれば、転がったリムジンを鬼の力で引き起こした黒死牟が、再びそれに乗り込もうとしていた。

「此処に来た腹の裡が如何程だったのか等、知ったことではないが……」

車に乗り込みながら、周囲で立ち尽くすマスターたちを睥睨する。
侍の風体とちぐはぐな車の光景の違和感すら搔き消すように、その振る舞いは覇気を放っていた。

「彼奴等が何かを成し遂げたとするなら、そう時間はない……」

黒死牟のその一言で、悪意に浮つかされていた心が一瞬で引き締まる。
事実、戦局は流動している。
その上で、あのリンボが、あのプロデューサーが此処まで来た目的。
ただ揶揄うというその為、或いは既に決裂が目に見えているであろう交渉を告げるためだけに、来たわけではないのだろう。
時間稼ぎであれなんであれ、相手に何かしらの目的があり、そしてそれが達成されたというのであれば――ますます、手をこまねいている場合ではないのだ。

空魚と会うこと。
その第一目標には
せめて、前へ進まなければならない。
今ここで立ち止まってしまえば、刻一刻と状況は進んでいく。
戦争の盤面を少しでも変えなければ、

振り返る。
未だ立ち尽くす彼女の心の傷が、深いであろうことは想像に難くない。
それでも、ここで進まなければ、彼女
だから、霧子へと声をかけようとして――


「――聞かなきゃ……」

――その声は。

「プロデューサーさんの、お祈りのこと……」

力が籠っているかといえば、そうではない。
元より通りやすい彼女の声が、静寂によく響くから、小さな声でも聞こえただけ。
それでも、その声には――やはり確かに、祈りが籠ったままでいて。

「プロデューサーさんと、にちかちゃんの……ふたりの間の、幸せのこと……」

ああ。
ここに来て、この少女は。

「……そうじゃないと、プロデューサーさんのお祈りが……」

堪え難き現実を見て。
覆せない絶望を抱き。
それでも。
この残酷な世界で、尚も眼は鈍らぬままに。

「…………どこにも………届かない、から…………」

最早退路を断たれ、行き詰まりを迎え、ただ愚直に進むしかなくなってしまった『プロデューサー』が。
それでも、その胸の裡に孕んだ願いを否定されぬように。
歪んだ思考も、最奥の祈りも、その全てを受け取り、臨み、飲み込んで。
たとえ彼の命の果てが何処であろうとも、彼が抱いた遍く想いを、全て等価に。
そこに彼の感情が、彼の世界が──彼がその目で見たものがあったことを、否定しないように。

「……だから、まだ……プロデューサーさんの、お祈りを……聞きたいです……」

それが、幽谷霧子という偶像が降り立った先で見た、彼女自身のかたちだから。
斯くして。
幽谷霧子はこの時、拾う祈りをひとつ定める。
落ち行く彼の祈りを、聞いて。
そこから見える、幽谷霧子の歌が。
光に盲いた彼の耳へと、届く日が来ることを願いながら。
彼の祈りを、未来の向こうの世界へ、届かせる。
それが、幽谷霧子の定めた、祈りだった。

「――そっか」

そうして。
それに応えるかのように、躍り出るのは黒服の少女。

「ねえ、霧子さん」
「……?」

裾を引くアビゲイルに、振り向いて目線を合わせる霧子。
その自然な所作がやはり彼女の優しさだと再認識しながら、アビゲイルはその手を強く握った。

「……あなたのお祈りは、とっても、とっても良いものだと思うわ。だから、わたしも」

……幸せなお祈り。それが、為らなかったことがあるから。
誰かの為の祈りが、呪いに変わったことがあると知っている。
弾劾へと変わったまじないの中で、歪み行く人々の様を知っている。
アビゲイル・ウィリアムズの史実は、巫女としての彼女の大本に刻まれた記憶は、そうであるから。

「あなたのお祈りが、幸福なお祈りとして通じますように」

だから、それだけに。
彼女の祈りが、そうならんことを、と。
アビゲイルもまた、祈らずにはいられなくて。

「……うん」

そうして微笑む霧子の顔に、やはりアビゲイルは思う。

(――ああ。彼女は)

生きて死に、循環する命の巡りの中で。
その中に思いを巡らせようとする彼女の祈り。
善なりて、――それでいて。命が生きて、死ぬことを理解し、ならばこそその巡りの中で尚思いを届けようとする彼女に。

(――とっても、綺麗なひと)

彼女の見る、「命」に。
どことなく、興味を覚えながら。



【中野区・百貨店/二日目・早朝】

【幽谷霧子@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、お日さま
[令呪]:残り二画
[装備]:包帯
[道具]:咲耶の遺書、携帯(破損)、包帯・医薬品(おでん縁壱から分けて貰った)
[所持金]:アイドルとしての蓄えあり。TVにも出る機会の多い売れっ子なのでそこそこある。
[思考・状況]
基本方針:もういない人と、まだ生きている人と、『生きたい人』の願いに向き合いながら、生き残る。
0:……プロデューサーさんの、お祈りを……聞きたい……
1:摩美々ちゃんに……会いに行きます……。
2:色んな世界のお話を、セイバーさんに聞かせたいな……。
3:摩美々ちゃんと……梨花ちゃんを……見つけないと……。
4:包帯の下にプロデューサーさんの名前が書いてあるの……ばれちゃったかな……?
5:摩美々ちゃんと一緒に、咲耶さんのことを……恋鐘ちゃんや結華ちゃんに伝えてあげたいな……
[備考]
※皮下医院の病院寮で暮らしています。
※"SHHisがW.I.N.G.に優勝した世界"からの参戦です。いわゆる公式に近い。
 はづきさんは健在ですし、プロデューサーも現役です。

【セイバー(黒死牟)@鬼滅の刃】
[状態]:健康、生き恥、
[装備]:虚哭神去
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:不明
0:呪いは解けず。されと月の翳りは今はない。
1:……ひとつ、位階を上げたか。
2:私は、お前達が嫌いだ……。
3:どんな形であれこの聖杯戦争が終幕する時、縁壱と剣を交わす。
[備考]
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要です。
 記憶・精神の共有は黒死牟の方から拒否しています。

【仁科鳥子@裏世界ピクニック】
[状態]:体力消耗(中)、顔面と首筋にダメージ(中)、右手首欠損(火傷で止血されてる→再止血・処置済)
    ……以上の消耗・疲労を帳消しにするほどのモチベーション。
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:護身用のナイフ程度。
[所持金]:数万円
[思考・状況]基本方針:生きて元の世界に帰る。
0:――空魚。今行くよ。
1:アルターエゴ・リンボを打倒したい。邪魔なんだけど!
2:霧子ちゃん達との協力関係を維持したい。向こうとこっちが持ってる脱出プランを組み合わせたりとか、色々話したい。
3:私のサーヴァントはアビーちゃんだけ。だから…これからもよろしくね?
4:できるだけ他人を蹴落とすことはしたくないけど――
5:もしも可能なら、この世界を『調査』したい。
6:アビーちゃんがこの先どうなったとしても、見捨てることだけはしたくない。
[備考]※鳥子の透明な手はサ―ヴァントの神秘に対しても原作と同様の効果を発揮できます。
式神ではなく真正のサ―ヴァントの霊核などに対して触れた場合どうなるかは後の話に準拠するものとします。
※荒川区・日暮里駅周辺に自宅のマンションがあります。
※透明な手がサーヴァントにも有効だったことから、“聖杯戦争の神秘”と“裏世界の怪異”は近しいものではないかと推測しました。

【フォーリナー(アビゲイル・ウィリアムズ)@Fate/Grand Order】
[状態]:体力消耗(小)、肉体にダメージ(小)、精神疲労(大)、魔力消費(大)、決意
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:マスターを守り、元の世界に帰す
0:霧子さんのお祈りが、叶いますように。
1:鳥子に自身のことを話す。
2:アルターエゴ・リンボを打倒したい。
3:マスターにあまり無茶はさせたくない。
4:あなたが何を目指そうと。私は、あなたのサーヴァント。

田中一@オッドタクシー】
[状態]:サーヴァント喪失、半身に火傷痕(回復済)、地獄への渇望、緊張(極大。一周回って落ち着いてきた)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン(私用)、ナイフ、拳銃(6発、予備弾薬なし)、蘆屋道満の護符×3
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]基本方針:『田中革命』。
0:クソ……ッ。
1:死柄木弔に従う。彼の夢に俺の道を託す。
2:敵は皆殺し。どんな手段も厭わない。
3:SNSは随時チェック。地道だけど、気の遠くなるような作業には慣れてる。
4:リンボに鞍替えして地獄界曼荼羅を実現させたかったけど、今は敵連合にいたい。
5:峰津院大和のことは、保留。その危険度は理解した。
6:星野アイ、めちゃくちゃかわいいな……
[備考]
※界聖杯東京の境界を認識しました。景色は変わらずに続いているものの、どれだけ進もうと永遠に「23区外へと辿り着けない」ようになっています。
※アルターエゴ(蘆屋道満)から護符を受け取りました。使い捨てですが身を守るのに使えます。

◇◆◇


「ええ、ええ。これにて仕込みは終了、と」

鏡面世界から主たちへの合流地点へと戻り、プロデューサーを待機位置まで戻した後。
ひたりひたりと歩きながら、キャスター・リンボはやはり笑みを崩さずに闊歩する。

――プロデューサーに仕込んだ呪術。
先のやり取りで、プロデューサーに対してかけた、過去を思い出させるリフレイン。
あれはまさしく、アルターエゴ・リンボが仕掛けた、正真正銘の呪術であった。
しかし、実のところ大したモノではない。本当だ。もし本気で宿業たるモノを埋め込んでいれば、かのランサーが黙っている筈がないのだから。
ただ、そう。
極限のストレス下にあることを、ただ思い出させただけ。
男にとって、聖杯戦争という環境そのものの残酷さを直接押し付け、ストレスを多重に重ねたことで、その猶予を奪い去り、現実を突き付ける。
ただそれだけの、しかし精神を蝕むには十分すぎる呪術を、リンボは彼にかけていた。

つまるところ。
今のプロデューサーは間違いなく正気であるのだ。
ただ、ストレス下でにおいて余程追い詰められたなら、現実でも起こりうる程度の幻覚、幻聴だって起こりうる。
であるが、逆に言えばそれだけのものでしかない。
即ち――彼が今直面している幻覚と思しきものは、全て彼自身が向き合うべき宿業に外ならない。

本来、キャスター・リンボがそれを突き付けたこと自体は単なる児戯だった。
田中一としたことと同じく、通り魔のような悪意のお裾分けにすぎず。ただ歪んだ様を見たいという、ほんの少しの興味本位であったにすぎなかった。
だが。
こと此処に至って、方舟陣営を抑える一手を探す段になり――彼の主である沙都子がそれを聞いた時点で、悪意の歯車が噛み合った。噛み合ってしまった。

「偶像の少女達が、拙僧たちの手からぷろでゅうさぁ殿を取り戻す。成程成程、それは輝かしい末路であるでしょう」

海賊同盟にとって、梨花とプロデューサーの身柄は壁であったが。
方舟陣営が攻撃を先んじた故に、最早我武者羅に動くしかなく。
プロデューサーの身柄を盾にしようにも、戦争の流れ如何では肉壁や人質としての効果を失いかねない存在となった。

それが、海賊同盟がプロデューサーの身柄を扱うことに対するズレであった。

だが。
ならば。
戦略的なプロデューサーの価値を、変えてみるのはどうであろうか。

これまでは、ただ轢き潰す時の保険として、盾と扱うのが山々だと考えていたが。
283プロダクション、『方舟』がどういう存在であるかということを踏まえて、この『駒』がどのような扱いが最も効果的なのか、ということを考えれば。
そこには、違う絵図が見えてくる。

どれだけ恩があろうとも、283プロダクションのプロデューサーだけは見逃せない、という小娘たちの身内への甘さ。
絶えず行う、相互理解への言及。
それを逆手に取り、「相互理解がし得ないが、さりとて彼を置いて逃げることができない相手」がいることで。
283プロダクションを、方舟を、半永久的に縛り付けることができるとするなら?
『すべての参加者と和解するまで出航はしない』という条件が真であるように、偏執的なまでに対話を求めるのであれば、プロデューサーという存在が聖杯を求め続ける限りはそれを止めることなどできないし。
皮下の想像のように、緊急時に無理矢理方舟に押し込んで出航するような場合ならば。
そのような状態で、『方舟を起動する以外のサーヴァント』が生き残っている可能性が限りなく低いという時点で。
プロデューサー自身が、方舟を破壊する雄として最大の役目を果たすだろう。

無論、呪を使わなかった分、プロデューサーの状態はあくまで精神疾患の域を出ないものとして仕上がっている。
故に、彼の抱える疾患に適した処置さえできるのなら、彼が立ち直る可能性自体はあるだろう。
だが、この場は戦場であり。まして聖杯戦争は、今まさに加速度的にその戦禍を拡張して燃え広がり始めている。
そんな状態下において、精神の健常化を行えるだけの安寧が得られることは、ない。

重ねて。
これが精神疾患であり、治癒することしか許されないということが、果たして一目で分かるものか。
プロデューサーという男の妄執が、かけ離れたように見えれば見えるほど、ヒトはその原因を外に求めたがる。
原因さえ摘出できれば、きっと元に戻るだろうという希望。まさしく釣り餌となる希望があればあるほど、きっと彼女達はそこに執着する。

故にこそ、キャスター・リンボこそが適役。
宿業。呪い。己を食い荒らす自己嫌悪の心を、この陰陽師こそが仕立て上げたのだと。
そう演出することで、『呪いを解く』為に、能動的に此方への戦争を仕掛けてくる可能性も演出できる。

海賊同盟全体の視点としても。
仮にこの戦争の中で、消滅、あるいは離反に寄りリンボを失うことがあろうとも。
呪術そのものではなく、プロデューサーが罪悪感に耐えきれず聖杯を求めることが要因である限り、その心は歪み続ける。
その刺さった棘を、杭を抜くには――あまりにも、何もかもが足りない。
彼を追い詰める原因になったものは――死んだ何某という少年も、原初の失敗たる七草にちかも、全て此処にはなく。
彼が立ち上がる為の成功要因など、この場に聖杯をおいて他にないのだから。

プロデューサーは救われるべきだということを伝える時間も、それを裏付ける為のプロデューサー自身の願望達成もできない。
劇的な一手による感動的な克己など、絶対に生まれないとすれば。

故に――そう。
時間だけが、無為に過ぎる。

プロデューサーを救う為の時間。
プロデューサーを方舟に乗らせる為の時間。

そして、時間が長引けば長引く程に、方舟陣営の形勢が悪くなることは間違いがない。
龍脈の確保によってアドバンテージを得ても、方舟の起動の為にはただ維持するしかなく。
元より対話の為に少なくない時間の浪費をするべくして行い、電撃戦と速度こそを優先したい方舟陣営にとっては。
致命的な隙となって、その身を晒すこととなる。

「ンン――本来ならば、もっと拙僧好みの演出をしたかったところではありますが、なに。
 まさしく手を差し伸べた瞬間に振り払われる彼女の姿もまた、悪くない貌でありましたので、ええ、ええ。良しとしましょう」

その為に。
幽谷霧子は、まさしくお似合いの演出をしてくれた。
差し伸べた手。振り払う男。その表情は正気でなく、何かに取り憑かれたように鬼気迫る。
一連の流れが自然であればあるほど、不自然さの種であるキャスター・リンボの仕込みには気付かれない。
同行者として選ばれた真の理由を、事実彼女達には気取られていなかった。
それで重畳。あとは、勝手に彼を救おうとして、勝手に深みへと沈むのみ。

「さァ、偶像の皆様に於かれましては――思う通りに存分に、執着してもらうと致しましょう」

ただ只管に、愚直にすべてを救う、成程結構。
そうでなくとも、勝手に脱出を狙うとするならそれも結構。
ただ――その核、中心に友愛があればこそ、彼だけは見捨てられないのが道理であるならば。
救ってみせろと餌を垂らすだけでいい。
足らした釣り餌に食いついて、無価値に時間を浪費せよ。
それが如何なる愚手であろうとも、信念であろうが欲望であろうが、絶対に見捨てられない一つを永遠に追いかけてゆけ。
そうして走り続けるマラソンが、終わりなきものだと知らぬままに。
疲弊し尽くしたそこが、地獄の入り口であることを知らぬままに。

「はてさて、それでは拙僧も動きましょうかなァ」

此処で仁科鳥子を手中に収める、という動き自体は、成功させたかったが失敗でも別に構わないものではあった。
元より、、ただ成功しただけでは駄目。龍脈を手にした海賊同盟の上役、或いは姑息にも化かし合いを行う同盟内部では、せっかく摑まえた獲物を横取りされてたまらないということもあり得る。
故にこそ、此度のそれは試金石。
花開かせるその瞬間こそを見極める為の、下準備の一環でこそあれば。

他の面子としても、その場で仕留めたり、手駒にできるならば良し。そうでなければ、次の戦争の為の下調べをしておければベスト、という
故に、下調べするは仁科鳥子たちの行き先。
彼等へと攻撃を仕掛ける際、リムジンに仕掛けた呪術の痕。
気取られぬことに大きなリソースを裂いてこそいる為に持続時間こそ長くはないが、それでも方向を特定するには十二分なビーコンである。
の向かう先が、恐らく龍脈か、それを手にせんとする者たちであることを確認し。
そして、その行き先を、これまで得られた情報を以て精査して。
最後に、それを示し合わせれば――後は、そう、流れというものだ。

その戦闘の中核にて、龍脈を己のモノとすれば。
龍脈と降誕者、その両名を中核に据えた地獄界曼荼羅の開帳が成る。
其れは最早、何者にも止められぬ地獄の門。海の皇だろうが人間の限界であろうが、なんであろうが止められるモノなどないのだから。

鏡面世界が連絡通路として保てる
となれば、最早迷っている時間もない。主と連絡を取った上で、間もなく、其処へと向かうとしよう。
モノのついでに、『餌』としてのプロデューサーの存在を再びちらつかせられれば、それもまた善し。

「ええ、ええ。獲物を捕らえるには――先ずはそれを捉える為の餌を」

仁科鳥子を捉える為の最後のピース。
彼女が追いかける『何か』が待つ場所に、先んじて。
それが最後の一手であるからには――仕損じる訳には行かぬとあらば。

「いやはや、狩りというものは何時の世も――変わりませぬなァ」

斯くして、悪意が笑う。悪意が進む。
ただひとつ、甘美なる絶望の坩堝を目指して。


◇◆◇








――笑っている。
あの顔のまま。
今も、目の前で。

「……にちか」

呟いても、返事が返ってくるわけでもない。
咎めるような声は既になく、ただ笑って、そこにいるだけ。
あの笑顔のまま、そこに立って、プロデューサーだった男を見つめているだけ。
たったそれだけの幻覚が、しかし、胸に焼き鏝を当てられたかのような痛みを与えていた。

そして、傍らにいる猗窩座もまた、そんな男の様子を
気をやっている、ということは、すぐに分かった。虚空を見つめて声を漏らす、というだけでは決してない。明らかに、精神を病んでいるに近い状態だ。
それが蘆屋道満の術式でないということも、あの時間近で見届けた者として理解していた。
これは、彼自身のモノだ。道満の呪は、あくまでそれを後押ししたに過ぎない。

「……マスター」
「分かってる」

故に。
救うのであれば、向き合うしかない。

既に、次なる出撃先は知らされている。
リンボと共に、今回襲撃した彼女達の根城に張り込み。龍脈を狙うタイミングで、相乗りして彼等を叩く。
それを聞いておきながら、しかし。
自分の命の使いどころを見失いかけた彼にとって、どのような戦場が与えられるかは最早問題ではない。
どのような戦場であれ、生き延びねば死ぬ。そうなれば、最早何一つ成し遂げられぬというのが道理。
ならばこそ、生存は第一目標。

「……なら、一つだけ忠告だ」

だからこそ。
猗窩座は、プロデューサーに、たった一言を告げる。

「方法を、間違えるな。そいつの幸せとやらが気になるなら、そいつに直接聞くなりしてみればいい」

それは。
かつて道筋を間違えた鬼から。
寄り添い方を間違えた、滑稽な男から。
今まさにそれを違えようとしている男への、言葉だった。
それきり、鬼は再び霊体へと還る。
最早何も邪魔するもののいない静寂の中で、幻覚の彼女に手を伸ばす。

「……聖杯を、獲る」

ただ。それだけでいいのか。
良くないということを思い知らされ、打ちひしがれているのが今の彼だ。
だが。
罪人としての己が。
最早寿命が幾何もない己が。
彼女の傍に立ったとして、果たして何になろうか。

「……にちかは、幸せになるんだ」

譫言のように。
浮かんできたのは、その言葉。
七草にちかのプロデュースをしようと、そう思った理由。
それを誓った時の胸の熱も、それに残っているというのなら。

「………………………なら」

……だけれど。
君の傍に立つ権利を、とうに失くしてしまった男が。
君の横に立たなければ、君を幸せにできないとするなら。

「…………俺は君に、どう祈ればいい?」

まだ分からない。
まだ分からない。
暗中模索のまま、聖杯に手を伸ばす。
今はまだ、そうすることしかできなくて。

できることを、すべてやるというのなら。
七草にちかの為に尽くす為の命の燃やし方は。
七草にちかのプロデューサーになるということは。
七草にちかを幸福にするということが、どういうことであるのか。


……答えは出ず。
思考の陽炎だけが、ゆらりゆらりと、視界の端で揺れていた。



【プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:覚悟、魂への言葉による魂喪失、魔力消費(中)、幻覚
[令呪]:残り一画
[装備]:なし
[道具]:リンボの護符×8枚、連絡用のガラケー(グラス・チルドレンからの支給)
[所持金]:そこそこ
[思考・状況]基本方針:“七草にちか”だけのプロデューサーとして動く。だが―――。
0:…………………。
1:次の戦いへ。どうあれ、闘わなければ。
2:にちか(騎)と話すのは彼女達の安全が確保されてからだ。もしも“七草にちか”なら、聖杯を獲ってにちかの幸せを願う。
3:283陣営を攻撃する中でグラス・チルドレン陣営も同様に消耗させ、最終的に両者を排除する。
4:神戸あさひもまた今後は利用出来ると考える。いざとなれば、使う。
5:星野アイたちに関する情報は一旦保留。
[備考]
プロデューサーが見ている幻覚は、GRADにおけるにちかが見たルカの幻覚と同等のものです。
あくまでプロデューサーが精神的に追い詰められた産物であり、魔術的関与はありません。

【猗窩座@鬼滅の刃】
[状態]:頸の弱点克服の兆し、霊基の変質
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターを聖杯戦争に優勝させる。自分達の勝利は――――。
0:───方法を、間違えるな。
1:プロデューサーに従い、戦い続ける。

【アルタ―エゴ・リンボ(蘆屋道満/本体)@Fate/Grand Order】
[状態]:気分高揚、魔力消費(中)、ダメージ(中)
[装備]:なし
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:この東京に新たな地獄を具現させる。
0:それでは──総取りに向けて、動くと致しましょう。
1:霊地の収奪と、窮極の地獄界曼荼羅の実行準備。
2:計画を最終段階に移す。フォーリナーのマスターを抹殺する。
3:式神は引き続き計画のために行動する。
4:…のつもりでしたが、やめました。祭りの気配がしますぞ、ンンン――。
5:式神にさせるつもりだった役目は本体が直接担うことに変更。何をするつもりかはおまかせします。
6:それはそうと新たな協力者(割れた子供達)の気質も把握しておきたい
7:“敵連合”は静観。あの蜘蛛に邪魔されるのは少々厄介。


時系列順


投下順


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133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) 田中一 143:地平聖杯戦線-Kaleidoscope-(1)
133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) 幽谷霧子 143:地平聖杯戦線-Kaleidoscope-(1)
セイバー(黒死牟)
133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) 仁科鳥子 143:地平聖杯戦線-Kaleidoscope-(1)
フォーリナー(アビゲイル・ウィリアムズ)
133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) プロデューサー 143:地平聖杯戦線-Kaleidoscope-(1)
ランサー(猗窩座)
133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) アルターエゴ・リンボ(蘆屋道満) 143:地平聖杯戦線-Kaleidoscope-(1)

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最終更新:2023年01月25日 15:05