『人間の洞察力が最も低下するのは、どんな時だと思いますか?』



この殺し合いの会場では、どこにいても放送が届くようになっている。
そして、打ちひしがれたかつての大魔王の所にも届いた。

『♢12 ピーチ姫』

大切な人の死を告げられた瞬間、クッパの視界からは色が消えた。
市街地の色とりどりの屋根も、草原の緑も、土の茶色も、自分が吐いた炎による焦げ後の黒も、全て映らなくなってしまった。
実際に喪ったのは色だけでは無いのだが、それに気づく余裕は彼にはない。
彼の視界から色が失われると、何か思い出したかのようにクレーターから抜け出し、クッパはおぼつかない足取りで歩き始める。
クレーターの中で蹲っていた方が回復はこれ以上体力を消耗しなくていいはずなのに、なぜそのようなことを始めたのかは、誰も分からない。


東から登った太陽が、ふらふらと歩く傷だらけの怪物を照らす。
綺麗に浮かんだ太陽が照らす表情からは、何も浮かんでなかった。
ボトクに利用された挙句捨てられた怒りでもない。
ガノンドロフにひたすら暴行を受け続けた苦しみでもない。
死への恐怖でもない。
大切なピーチ姫を失った悲しみでもない。
何も、沸き上がってこなかった。


一歩前に踏み出すだけで、身体のあちらこちらが悲鳴を上げた。
ただ、ゆっくりゆっくりと、文字通り亀の歩みで無人の市街地を進んだ。
歩くたびに、チャラリチャラリとチェーンハンマーの鎖が振動する音が響いた。
それをザックに仕舞うつもりもなく、鎖の為すがままにして歩き続ける。


不意に胃の中の痛みが強くなり、反射的に口を大きく開けた。
それはかつて得意としていた、ファイヤーブレスの前動作だった。
しかし、鋭い牙の隙間から吐き出されたのは、酸っぱい味のした良く分からない液体だった。
今の彼の身体の中身はぐちゃぐちゃで、骨は何本も折られている。
酸味のきつい液体で汚れた口を拭おうともせず、鎖鉄球を仕舞おうともせず、汚れた傷だらけの身体を自分で手当てしようともせず、ただのそりのそりと歩き続けた。
どこかそれは引きずられた鎖鉄球も相まって、足枷を付けられた死刑囚の姿を連想させられた。


かつて喜怒哀楽が豊かだった彼の表情から、嘘のように感情が抜け落ちていた。
光を失った瞳に映る光景は、色が抜け落ちている。
どこに行っても、何も変わらないことは、理屈でないにしても分かっていた。
けれど、何の目的も無く、何の意味も無く、歩き続けた。


歩いても、歩いても、何も変わらなかった。
全てを失ったクッパにとって、何かを変えたいという意思は無いのだが。




デパートを後にしてからしばらくした後、スクィーラは異変に気付き、耳を澄ませた
(ん?)
少し離れた場所から、ドスンドスンという足音と、ズズズと何か重い物を引きずるような音が聞こえて来た。
建物の影に隠れ、スクィーラは音の主の様子を伺った。


(あれは……もしや、最初に襲って来た怪物?)
建物の影から大きな身体を見て、思い出すのに僅かながらの時間を要した。
あれは、山奥の塔で襲って来た変異主(ミュータント)だった。
後になり、その名前がクッパだということは名簿を見て知った。
しかし、初めて出会った時とあまりにも雰囲気が違っていた。
塔で追いかけられた時は、所かまわず吠え散らす猛虎のような印象を受けたが、今はまるで住処を追放され、死に場所を探す老いた虎のようにしか見えない。


(先の放送で誰かが呼ばれたか……)
遠くから見てもクッパは身体のあちこちを怪我していたことが分かったが、それだけではないような気がした。
あの変異主にとって、大切な人がどの参加者に該当するのかは分からないし、見当のつけようもない。
その時クッパの足元がふらつき、地面に崩れ落ちた。


(ここで殺しておくべきか?)
スクィーラは今にも死にそうなクッパをどうすべきか悩んだ。
手負いの獣とはいえ、迂闊に刺激すれば手痛い反撃を食らいかねない。
放置しておいても別の参加者に殺されてしまいそうだし、なんなら無意識のうちに禁止エリアに入って首輪を爆破されるかもしれない。
しかし、どこかの物好きが回復をさせてしまうかもしれない。
そうなれば、折角の強力な参加者を蹴落とすチャンスを棒に振ることになる。
それに、ニトロハニーシロップの起爆剤になるカルシウムで造られた何かを支給されているかもしれない。


地面に突っ伏したクッパに、スクィーラはゆっくりと近づく。
彼が近づいても、これといった反応は無かった。
両の目は光を失い、2つの穴ぼこになっていた。
使い古されて捨てられた大きな人形と紹介しても、何人かは騙せると思ってしまうほど、クッパの表情から生気は失われていた。


そして近くに寄りながらもなお、反応が無いクッパに対し、スクィーラはある者を連想した。
自分達の塩屋虻コロニーの女王のバケネズミだ。
彼女もまた、かつては目の前に立つ者に対し、誰彼構わず攻撃を仕掛けるほど粗暴な性格だった。
だが、ロボトミー手術で前頭葉を削除されてから、借りてきた猫のように大人しくなった。


その時、スクィーラはあることを思いついた。
自分たちが主たる女王を、同胞を産む機械にした時と同様、この変異主も好きなように出来るのではないかと。
流石に、この場所でロボトミー手術をすることは難しい。
手術場所の環境、手術器具の欠如、そしてクッパとバケネズミの脳構造の乖離など、思いつく限り手術を不可能たらしめる要素はいくらでもある。
そもそも、女王に施した手術でさえ、不完全なものであったため感染症が発生してしまった。


だが、そんな大それた技術を用いる必要は無い。
ただほんの少し、トンと背中を押すだけでいい。


さらに近づき、囁く。
「神様。今、手当てしますよ。」
その言葉をかけた時、クッパはピクリと動いたようだったが、それ以上反応は示さなかった。

ザックからボトルを取り出し、花に水でもやるかのようにクッパの口の隙間から流し込む。
内臓も痛めつけられているため、急に咳き込んで吐き出してしまった。

しかも、スクィーラのことなど眼中に無いかのように、再び項垂れる。


「神様。お身体の調子はいかがですか?」
「…………。」
繰り返し、スクィーラは優しく声をかけるが、反応は猶も無いままだ。

「粗末ですがお食事もあります。それとも先に治療なさいますか?」
「……………。」
「はぁ…。」

スクィーラはクッパの有様を見て、少しばかり落胆した。
やはり無駄に生きてしまった独活の大木でしかないと捨て置こうとした所……。


「おまえは……わがはいの、ぶかか?」
今にも消えてしまいそうな、かすれた声で言葉を発した。

「ええ、ええ。その通りでございます。まずはその酷い怪我を治しましょう。
布と水ぐらいしかありませんが、無いよりはましなはずです。」

スクィーラの口元は、忠実な部下とはとても思えないほど歪んでいた。
クッパの反応を聞いてから、デパートの衣服コーナーから調達した布を破り、水を濡らしてクッパの傷口に貼り付ける。
傷口が深い所は布切れを直接包帯のように巻いていく。


「わがはい……ぴーちひめ、たすけないといけない。わがはいのつま。」
治療中に、クッパは呻くように、酷く覚束ない口調で話した
「???」
この変異主の妻だというのに、ピーチ姫の姿はまるっきり人間なのはどういうことなのか、一瞬スクィーラは首を傾げた。
もしやこの変異主は、自分達の先祖と同様呪力を持った人間に姿を醜い姿に変えられ、それでいて人間の女性に恋をしているのかと、様々な考察を掻き立てられてしまう。
ともかく、放送でその名前が呼ばれ、それゆえにこのような有様なのだろうと察しがついた。
そして、その事実を受け入れられずに、こうなってしまったのだと。


「承知いたしました。不肖スクィーラ。精一杯神様の部下として、共に神様の妻を探しましょう。」
そう言いながら、クッパの応急手当は終わった。
大きすぎる傷や体内のダメージはどうにもならないが、死神の鎌の刃先からは大きく離れられたようだった。
クッパが今までより大きく体をゆすったため、踏み込み過ぎた発言だったかもしれないと焦ったが、自分に対する疑念は生まれていなかったようだ。


「それと私が聞いた話ですが、神様の妻は、私の調べによると危険な者達に囚われているそうです。まずはその者達を殺しましょう。」

「わがはい、そいつら、ゆるさない。ぴーち、さらうの、わがはい。」
クッパはよろめきながらも立ち上がった。
その表情からは、ほんの僅かな生気が宿ったようだった。
あくまでそれは、造り物の生気でしか無かったが。
それを見たスクィーラの顔に邪悪な笑みが、悪臭放つラフレシアが咲くかのごとく広がった。
彼らの姿は、スクィーラが来ている服も相まって、理性を失った魔獣とそれを従えた魔導士の様だった。



「神様。よろしければ道具を拝見したいのですが。もしかすると、私に使える道具があるかもしれませんし、何より神様の妻を助けるために役立つかもしれません。」
クッパは黙って支給品袋を渡した。


何の因果か、スクィーラ達バケネズミの駆除係である、ある男が知っていた。
状況が最悪な時、絶望的な時こそ、誰もが儚い希望を探し求めるあまり、危険な兆候や獅子身中の虫をあっさり見逃してしまうと。
事実、その通りだった。
絶望的な状況に押しつぶされ、疲弊しきったクッパの脳には、スクィーラの邪悪なたくらみを看破する力は最早残されていなかった。
今のクッパは、どんな言葉でも平然と受け入れてしまうほど精神状態が脆くなっていた。




【F-2/市街地/一日目 午前】

【クッパ@ペーパーマリオRPG】
[状態]:ダメージ(大) 腹に刺し傷、全身の至る所に打撲、深い裂傷 両手に切り傷(応急処置済み) 精神の衰弱(大)
[装備]:チェーンハンマー @ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス
[道具]:基本支給品(名簿焼失)、ランダム支給品(0〜2)
[思考・状況]
基本行動方針: ぴーち、とりもどす。さらったやつら、ゆるさない

※ステージ7クリア後、ピカリー神殿を訪れてからの参戦です
※スクィーラの言葉により、ピーチ姫が生きていると錯覚しています。




【スクィーラ@新世界より】
[状態]:健康 高揚
[装備]:毒針セット(17/20) @無能なナナ 黒魔導士を模した服@現地調達
[道具]:基本支給品、ニトロハニーシロップ@ペーパーマリオRPG 指輪? 金のカギ?@調達
[思考・状況]
基本行動方針:人間に奉仕し、その裏で参加者を殺す。
1:バロン城へ行こうと思ったが、どこへ向かうべきか?
2:クッパを操る
3:ニトロハニーシロップで爆弾を作る。その為にカルシウムになり得るものを調達する。
4:朝比奈覚は危険人物として吹聴する。また、彼を倒せそうな参加者を仕向ける
5:金のカギを爆薬として使うべきか?
6:優勝し、バケネズミの王国を作るように、願いをかなえてもらう



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068:切望のフリージア(前編) 時系列順 070:It is no use crying over dropped moon
投下順
055:回答まであと一歩 スクィーラ 075:見えざる刃
048:暴走という名の救い クッパ
最終更新:2022年04月07日 15:46