破壊という言葉はきっとこいつの為にあるのだろう。
差し込む月光だけが頼りの森の中、振り下ろされる金槌から逃れながらマリベルは冷たい汗を額に滲ませる。

金槌が触れた大地は即座に爆発し、遅れて届く衝撃がマリベルの服を揺らす。もしも直撃していたのならば──そこまで想像したところで寒気と吐き気が襲いかかった。

背を向けて走り出す少女を追う襲撃者は人とは思えぬ形相──否、容姿を持っている。
マリベルの身の丈を優に越えるトロルじみた体格と森に馴染む濃緑色の身体、闇夜に浮かぶ赤い瞳はそれが理性のない魔物であるとマリベルの本能に訴えかけていた。

「くっ、ベギラ──」
「グオオオオオオッ!!」

振り向きざまに獄炎を浴びせんと紡いだ詠唱は薙ぎ払いに妨げられる。
息を呑み、攻撃を中断したのは流石の判断と言えよう。もし身を屈めるのが一瞬でも遅れていたならばマリベルの頭部は塵も残らなかったはずだ。
しかし脅威は未だ去らず。立て続けに襲いかかる縦振りの打撃は少女の歩幅の何倍もの踏み込みを経て必殺となる。
持ち前の身軽さと反射神経により飛び込む形でやり過ごすも続けて振り下ろされる鉄槌はまるで意志を持つかのように的確に、執拗に地面を転げ回るマリベルを追う。

「い、い……かげん、に……!」

土埃を被りながら苛立ちを顕にするマリベルの手には月明かりとは異なる光が宿る。
幾度となく振り下ろされた一撃をギリギリでやりすごし、生じた風圧に乗る形で距離を取る彼女の手は魔物の顔面へ狙いを定めていた。

「──しろッ!!」

豪速を帯びて飛来する火球、メラ。
詠唱する暇さえ与えてくれぬお陰で反撃としては心許ない最下級の呪文を選ばざるを得なかった。無論これは撃退を目的としたものではなく一秒でも長く時間を稼ぐのが彼女の狙い。
一秒でもあれば数ある選択の幅は確実に広がる。的確な判断をすれば勝利を収めることは出来るはずだ。

──そんな彼女の目論見は思わぬ形で破られることとなった。


「ブオオッ!!」
「は……?」

魔物はその火球を金槌で叩き落とした。
威力こそ低くとも速度という点においてはメラ系で最速を誇る呪文を。まるで何が来るか、どこを狙うかを予想していたかのように呆気なく。

結果、マリベルが稼げた時間はゼロ。
どころか進行の勢いを削ぐ事すら叶わず目前に迫る巨体に再び回避に専念する。

(こいつ……っ!? あんな図体の癖になんて動きしてんのよ!?)

マリベルは知る由もないがこの魔物、キングブルブリンは達人であるリンクと四度もの戦いを重ねてきた。
切っても切れぬ因縁の中、成長するリンクに伴いキングブルブリンもまた戦略や装備を変えその都度彼と渡り合ってきたのだ。
それこそがマリベルの誤算。目の前の敵は断じて知性のない魔物などではなく──歴戦の戦士に他ならない。

「はぁ……、はぁ……っ!」

マリベルが息を切らし始めるのにそう時間は掛からなかった。
元より彼女は体力が高い方ではなく、白兵戦よりも後方支援を得手としている性分だ。これがアルスやガボ達であれば自分よりも上手く立ち回れたであろう。
嘆いたところで降りかかる攻撃が収まってくれる訳では無い。回避と共にメラによる足止めを狙うもその悉くが無駄となり、悪戯に魔力と体力を消耗するばかりだ。

「メラゾ──」
「グォォオオオオッ!!」
「──ああもう! 撃たせなさいよ!」

だからといって勝負を焦り最大呪文の詠唱をしようものなら暴力の塊がそれをさせない。
キングブルブリンも彼女が魔法使いスタイルだと理解した上で立ち回っているのだろう。でなければ幾ら彼とてここまで我武者羅に金槌を振り回すような真似はしない。


戦況は劣勢も劣勢。
敵を侮る事を止め本気を出せば事態が好転する、などということはなく。遠距離から知性のない魔物を呪文で薙ぎ倒す戦法を取ってきたマリベルには現状を打破する策が浮かばない。

全力を封じられ、苦労して就いた天地雷鳴士のプライドが削られてゆく音を聞いてマリベルに苛立ちが募る。
あれだけ壮大な旅をして経験を積んだのに、一人だとこんな魔物一体も倒せないのか──その事実を否定するかの如く奥歯を噛み締め迫る打撃を跳躍でかわす。

「あっ──!?」

しかし、マリベルの足は彼女が思うよりも限界だった。
当然だ。不安定な森の足場を駆け抜け、金槌が降り掛かる度に回避による負荷を一身に受け止めていた反動は大きい。
もつれた足に引っ張られるようにマリベルは倒れ込み土の味を知る。悪寒と共に振り返れば、そこには振り上げられた剛腕が目に映った。

(嘘────)

逃れられぬ死の運命。
頭上の鉄槌は月光を浴びて鈍く輝く一番星。
星の墜落へマリベルが咄嗟に取れた行動といえばやはり苦し紛れに下級呪文を放つことだけだった。

「──イオ……!」

たかが下級呪文。
されどそれはメラ"しか"知らない魔物の意表を突く役を担うには十分過ぎた。

魔物本体ではなく足元を狙った爆発はマリベルの目論見通り数センチ分地面を陥没させ、キングブルブリンの身体が傾くと同時金槌の軌道が僅かに逸らされる。
辛うじて直撃を避けたマリベルはしかし真横から襲いかかる衝撃の波に吹き飛ばされ、擦り傷を代償に距離を取る事に成功した。



「──メラゾーマッ!!」


ようやく奪った距離は無駄にしない。
キングブルブリンがマリベルの元へ到達するよりも早く、遂に解き放たれた最大火球呪文が暗い森を照らす。
一時的に宵闇を打ち消す太陽を思わせる光源を前にキングブルブリンは初めて回避行動を行う。彼女の魔力から放たれるそれを迎え撃つ事は不可能と判断したのだろう。
しかし飛来する火球と比べれば魔物の動きは鈍重過ぎる。瞬く間に魔物の全身を灼熱が飲み込み派手な火柱が天を昇った。

「は、ぁ……! はぁ……! どう、よ……ざまぁ見なさい! このマリベル様にかかれば──」

──ごおっ、という風切り音がマリベルの勝利宣言を掻き消す。
炎の檻から覗く赤色の瞳はまるで生気を失っておらず、寧ろ強者との対峙に溢れんばかりの闘気を宿しているように感じた。
そしてそれが気のせいではないと確信したのは次の瞬間。激しい雄叫びと共に魔物の体を覆っていた炎が霧散するというあまりに非現実的な光景への愕然。

全身から血の気が引く感覚がマリベルを襲う。
触れれば即死は免れない猛攻を潜り抜け、いつ死んでもおかしくない恐怖に抗い、ようやく掴んだ勝利の糸口は濃緑の肌を焦がす程度。


納得がいかなかった。


いくら自分が後衛職だからといって魔物一匹相手する程度訳もないという自信に似たプライドが呆気なく砕け散った。
驕りだと言われても構わない。無謀と嗤われても構わない。
自分一人で凶暴な魔物を討ち倒したという実績が欲しかった。揺るぎないそれを引っ提げていれば彼に──アルスに褒めてもらえると思ったから。

けれどきっとそれは叶わない。

もうあの魔物を倒せるチャンスは来ないだろう。あの金槌による一撃をかわせる気が微塵もしないのだ。
最大呪文を浴びせれば勝てると信じていたからこその活力は今や不思議なほど湧かない。

「あ、…………う、そ……」

力の入らない足はマリベルから逃走という選択肢を奪い去る。対するキングブルブリンは他の隠し玉が来ないかと幾分か慎重な足取りだった。
逃走するならば今しかない。しかし肉体的なものとは異なる精神的な疲労がただ立ち上がるという行為にすらもたつかせる。
そうしてようやく立ち上がった頃にはもうキングブルブリンの間合いだった。高く掲げられた金槌を見上げた頃にはもう、全てが遅い。


「あ────」
「ブォォォオオオオ!!」










世界が凍りつく。
音も、風も、炎も、呼吸も。
"それ"の前では等しく頭を垂れ存在すら許されぬ虚となる。

ざわめきが消えた森に襲い掛かるは凄まじい重圧の波。
数秒動きが封じられたのは少女も魔物も同様。二つの視線は突如訪れた異常の元凶へ向かう。

そこに君臨していたのは、殺意だった。
頭上に降り注ぐ月光が映し出すのは長い銀色の髪。闇夜の如きマントと極限まで鍛え抜かれた肉体。と、それだけを見れば人と呼べるかもしれない。
それどころかある種神秘的とも呼べる光景から視線を外す事すら罪と本能が訴えかけている。

けれど、けれども────違うのだ。

男から放たれる濃密過ぎる殺気はまるでそれが本体で、人間の容姿を借りているだけなのではないかと心の底から疑うほどに次元が違う。それこそ彼女の知る絶対悪、オルゴ・デミーラにも匹敵する程の圧倒的な存在感。
陰に隠れた男の眼光が此方を向く。と、全身にかかる重力が何倍にも引き上げられるような感覚に陥った。



「オオオオォォォォ──!!」

キングブルブリンは弾かれるように男の元へ駆ける。まるでマリベルなど眼中に無いとばかりに躊躇のない彼が持てる最高速度。
歴戦の戦士であるキングブルブリンだからこそ分かる。この男は別格だ、と。
強き者を求めるという生物として致命的な欠陥を抱える彼が惹き付けられるのは最早確定された運命と言えよう。
呆然と立ち尽くすマリベルは思考よりも先に彼の足取りを追っていた。


しかし、


「────目障りだ」


一太刀。
まるで虫を払うかの如く振るわれるただの一太刀がキングブルブリンの腹を切り裂きその巨体を沈め、地を鳴らす。
数瞬遅れて彼の周辺の木々が鏡のような断面を残して崩れ去った。

「────っ!?」

まるで見えなかった。
明らかに剣の射程から外れている位置からの剣戟。ただそれだけで自分が殺されかけた魔物が惨敗した。
悔しさすら湧かない。代わりに浮かぶのは諦念。
この男にはどう足掻いても勝てない──突きつけられた事実がマリベルの足を動かした。

(冗談じゃ、ないわよ……! 死にたくない、死にたくない────!!)

体の疲労も無視し、感覚を失い始めた足に鞭を打ってとにかくこの場から離れようと男と逆方向を走る。
振り返る勇気はなかった。後ろで何やら男の声が聞こえるが、それすらをも拒むように耳を塞ぐ。
音を遮断したせいか己の鼓動が今までにないぐらい脈打っているのを感じる。それが疲弊によるものだと言い訳をする余裕は彼女にはなかった。




「なんのつもりだ?」

銀髪の男、ゴルベーザがマリベルを追わず足を止めた理由は己へ頭を垂れるキングブルブリンにあった。
斬り伏せた後に立ち上がった際には生命力の高さに感嘆しつつ、再び襲いかかると思っていたばかりに魔物の取った予想外の行動に上記を問い掛けた。

「俺達ハ、強イ者ニ従ウ。……タダ、ソレダケノコト」
「……面白い。ならば私の目的の為に働いてもらおうか」

キングブルブリンの実力は自分には遠く及ばないにしても、かつて率いていた四天王の一角に食い込む程の戦闘力を有している。手駒としては十分だ。
この場ではルビカンテもいるが、武人肌である彼は弱者を狙う事を避けるだろう。その点ではキングブルブリンは幾分か扱いやすい。

「まずはあの娘を始末しに向かえ。その後東側を主に攻めるがいい」

低い唸り声により了承を表し、のそりと立ち上がるキングブルブリンはマリベルの逃げた方向へ駆け出す。
その背を見届けたゴルベーザは一人地図を取りだし、飢えた瞳でとある場所を射抜いた。

「気に食わんな」

──大魔王の城。

大仰な名を持つその場所はしかし、幾らか惹かれる者も集うであろう。
それが自身と同じ目的の者でも、殺し合いの打破を目論む者でも関係ない。皆殺しだ。
潰すのならば早い方がいい。皆殺しだ。
結束などさせない。否したとしても構わない。皆殺しだ。

膨れ上がる殺意の中には必ず弟の姿があった。
意識を闇に飲まれながら尚も色褪せぬ記憶は、皮肉にも彼を殺戮の道に歩ませる原動力となる。

「待っていろ、我が弟よ」

漆黒のマントを翻すゴルベーザの足取りに迷いはない。
それが正しい道ではないと咎める存在は未だ現れず。
呪縛にまみれた因果の先は、果たして────



【C-7/森/一日目 深夜】
【ゴルベーザ@FINAL FANTASY IV】
[状態]:健康、呪い
[装備]:皆殺しの剣@ドラゴンクエストVII
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~2、参加者レーダー青
[思考・状況]
基本行動方針:参加者を全滅させ、セシルを生き返らせる
1.大魔王の城を目指し、参加者を殺して回る。
2.キングブルブリンには手駒として働いてもらう。

※参戦時期はクリア後です
※皆殺しの剣の呪いにかけられており、正常な思考ではありません。防御力こそ下がっていますが、魔法などは普通に使えます。

【キングブルブリン@ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス】
[状態]:全身に軽い火傷、腹部に裂傷
[装備]:ウルトラハンマー@ペーパーマリオRPG
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(0~2)
[思考・状況]
基本行動方針:強い奴に従う。
1.ゴルベーザに従い、参加者を減らして回る。
2.マリベルを追い、殺害した後東側を中心に攻める。
3.強者との戦いを楽しむ。

※リンクとの最終決戦後からの参戦です。


【マリベル@ドラゴンクエストⅦㅤエデンの戦士たち】
[状態]:服が泥まみれ、腕に擦り傷、疲労(大)、恐怖
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(1~3)
[思考・状況]
基本行動方針:ひとまずは仲間を探してから考える。
1.とにかくこの場から離れる。

※本編終了後からの参戦です
※職業は天地雷鳴士で熟練度は少なくとも★2以上です。

支給品紹介
【ウルトラハンマー@ペーパーマリオRPG】
キングブルブリンへ支給されたハンマー。
ハンマー系の中では最高峰の威力を持つ。


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最終更新:2021年04月17日 10:36