とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

四日目

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匿名ユーザー

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「おはよう、インデックス」
「とうま。てんげは」
「――書き置きがあった。ご飯も作ってってくれたけど」
 書き置きを取ると。インデックスに見せる。
『インデックス、当麻
 私、先に学校にいってるね。
 ちょっと、しておきたいことがあったから、さ』
 天花らしい書き置きだ。
 でも、ちょっとおかしな心地がするのは、上条だけなのだろうか。


 その、一時間前……。
 天花はひっそり帰って来て、料理を作りはじめた。
 出来たから、インデックス達を起こそうとして……ふらり、と倒れかける。
「……っ!」
 慌てて、ガラステーブルにぶつからないように、腕を伸ばすが倒れこむ。
 心臓がバクバクとなり出して、収まらない。指先が震える。
 目は見開かれて、現実世界の全てを見る事が出来なくなってしまった。
 体が熱い。太陽に直接焼かれたみたいだ。今日は涼しいくらいだというのに、こめかみのあたりを汗が流れおちていく。
 そして、しばらくたった後。
「こんな、はやく――起きるなんて」
 こうしてはいられない。発作が起こるところを見られないように、当麻となるべく離れていなければならない。
 インデックスもだ。そこまで思って、泣きたいような顔で笑った。
 当麻に会いたいがためにここに来たのに、当麻と離れなければならないとは、何と皮肉な巡り合わせなのだろうと、思ってしまう。
「当麻。ねぇ、ちょっとだけ。今日で――四日目、だよね。あと少しだけだから」
 私の我儘を聞いて下さい。
 そして、叶うならば。
 ――私が貴方に迷惑をかけることをお許しください。



「……何か、変だな」
 昼休み――、ご飯を食べおえた後、上条はポツリとつぶやいた。
 その呟きを聞いた吹寄が足を止めて、不思議そうに上条を見つめた。
「変って、何が」
「天花が。おれを避けてるみたいだなぁ、と」
 いつもなら、お弁当を一緒に食べて、(見せつけ)ついでに恋人っぽく『はい、あーん』をやらされそうになったりやらされたり(口を開けた瞬間に放り込まれた)後ろから抱きつかれたりするわけなのだが。
 一度も喋ってないどころか、会ってもいない。見かけて、声をかける前にさささっと消えてしまうので、どうしたのだと聞く事も出来ない。
「上条当麻、何やらかしたの、覚えがないと言うなら記憶力ね新発売のウィスキーの香りのするチョコでも食べておきなさい海馬の血流量があがるわよ」
 ぐいぐいと押しつけられるチョコを振り払いつつ、何かしたかどうかを考えてみる。
 ――覚えがない。
 その話題に興味を持ったのか、姫神が近寄って来た。
「たしかに。今日の彼女は。おかしいと思う」
「そうかしら?」
「上条君だけじゃなく。私達の事も避けてるみたい」
「そうなのか?」
 姫神が頷くのを見ながら、上条は仮説を立ててみる。
 誰かが何かしたのではなく、天花自身に問題があるので、あまり人に近寄りたくない、という仮説。
「それは。あり得るかも。彼女。どこか変だし」
「おかしな気はするわね」
「まぁ、少しくらい話できるだろーし、その時に聞けばいいか」
 さすがに夕飯の時間まで上条を避ける事は無いだろうし、天花だって別にそこまでするわけでもないだろう。



「み・こ・と、ちゃーん!」
「へ? あ、あアンタ、天花、だっけ」
 いきなり抱きつかれたので、白井黒子かと一瞬ひやりとしたのだが取り越し苦労だったみたいだ。
 この人懐っこい少女はその奇怪な行動故にちょっと苦手だから、ひやりとしたのは正しいかもしれないが。
「じゃあね」
「ちょっと待ちなさい、それは無いでしょ」
 すぐさま何処かへ行こうとした天花を捕まえる。
 いきなり現れてバイバイってのはちょっとない。用もないのになぜ話しかける。
 なんでだよ、はなせーとか好き勝手言っている天花には、なぜか焦りのようなものがあった。
 いっっつも悠然と構えてる天花らしくない表情。それに疑問を覚えた美琴は、彼女の事情を聞き終えるまで手を離すつもりはさらさらなかった。
「何焦ってんの?」
 疑問を口にした瞬間、天花から表情が落ちた。
 真顔、いや、いっそ能面のような顔に、一歩引く。
「――焦んなきゃやってられないよ。私、もう少ししたら此処から出ていかなくちゃいけないんだから」
「学園都市から? なんで?」
「色々。だから、ズルイ。どうして、インデックスは美琴ちゃんはミサカちゃんは秋沙ちゃんは当麻の傍に居られるの、その幸運に気づきもしないで……。ズルイ。でも」
 天花は苦笑を浮かべた。それは彼女らしくない、と美琴は思った。
「でも?」
「私は、貴女も、他の皆も、何より当麻が大好きだよ」



「てんげ、てんげ」
「インデックス?」
 ご飯はまだだよ? と言うと、違う、と彼女は首を振った。
「今日は久しぶりに何処かに食べに行こうかって、話してたんだよ」
「あら。まだ作る前だし……お兄ちゃんが返ってくるのも時間かかりそうだし、お菓子作ろうかな」
 どうせなら一緒に作りましょうとインデックスへ現代知識を教えてやろうと画策する。
 しばらく、黙々と作業していてふと天花が顔を上げた。
 それに気づいたインデックスが不思議に思って彼女を見上げる。
「どうしたの?」
「ね、もしさ、世界が一週間後に消えちゃうとしたらどうする?」
 いきなりされた質問に、インデックスは迷って、口を開く。
「多分、普段と同じように過ごすよ。私には会いたい人がいないから、最後までとうまと一緒にいられたらいいな。天花は?」
「うーん。私も、お兄ちゃんと一緒にいられればいいや。それと、インデックスともね」
 そう言って、銀髪の頭を両手ではさみこんだ。インデックスははにかんだような微笑みを浮かべた。
 天花はインデックスの事をギュッと抱きしめる。
「大切な妹だもの、私にとって。ねぇ、私の事インデックスは覚えててくれる?」
「当然なんだよ? 私は、絶対に何も忘れないんだから」
 二人は笑って、お菓子作りを再開する。
 電子レンジに入れてチンした後、上条が帰ってきた。
「おかえり、お兄ちゃん」
「あ。天花、今日どうしたんだ?」
「そうだ、私も聞きたかったかも。なんで一人で先行っちゃったの?」
「したいことがあったから。あ、どこか行くのよね?」 
 はぐらかすような答えを告げて、質問する。
 こうなったらきっと答えないに違いないと思った上条は諦めて、最近見つけた安めのおいしいお店の名を言う。



「当麻。口開けて~」
「は? ぇ、こうか?」
 天花が素晴らしい笑顔で口を開けろと言うので首をかしげつつ、上条は口を開けた。
 きらん、と彼女の瞳が光ったのに気づかずに。
「それっ!」
「むぐっ!? ほい、へんえ(おい、てんげ)!」
 抗議の声をあげると、天花がむくれた。
 隣に座っているインデックスを抱きしめている。インデックスはと言えば私もやろうかな、などと目の前に置いたパフェを眺めている。上条としては戦々恐々だ。
「だってぇ。おにーちゃんてばさ、『はい、あーん』ってもやってくんないじゃないのさぁ」
「とうまっ! 私もやるから口開けてっ!」
 むしろ恋人っぽい行為、よりもとうまの口の中に食べ物を放り込む、という目的らしいので、まぁそれくらいなら許容範囲、と仕方なく口を開ける。
 すると天花が本格的にむくれた。
「ひどい……! 差別だ! 横暴だ! 私は当麻の行為を認めない……ん?」
 ふと天花は頭をよぎった考えを整理する。
 上条を想う女子はそれはもうたくさんいる。もしかしてもしかすれば五桁行ってるかも知れない。
 上条が平等に、『はい、あーん』をしてもらうとすれば……。
「ああ、ちょっと見てみたい……。一口ずつでも食べれないだろうな……、でもなぁ」
「さっきから何をおっしゃってるのですか?」
「ん、もし最後に何かを食べるなら当麻は何を選ぶ?」
「さあ。どうせなら手料理だよな」
「私だったらみんなでわいわい言える鍋とかがいいな。賑やかで、楽しく終わりを迎えられれば」
 一番の幸せとは、心残りが何もなく、静かに眠ることかも知れない。
 永遠なんて、死にしかないのだから。
「へぇ。天花は死ぬことって怖いか?」
「怖いよ」
 軽い気持ちで問いかけたのに、返ってきたのは質問を叩き落とすような即答。
 くるくると変わる天花の顔が、無表情へと変わっていた。
 けれど……何となく、その顔が一番彼女らしいかもしれない。
「怖い。死んだら、何も残んない。でも、後悔を残したまま生き続けるのは無と同じだから」
「……だから?」
 一旦途切れた言葉の続きを促すと、天花ははっとした様に首を振る。
「今日をせいいっぱい生きなくちゃね! インデックス、あーん☆」
「むぐむぐ……おいしいかも」
 何となくはぐらかされた気がする上条は黙々ご飯を食べ始めた。
 この後皿をひっくり返してしばらくテーブル拭きをやるはめになる。



 今日は本当についてなかった。
 毎日毎日不幸だが、それでも今日は格別だ。
 なんせ、帰り道に何処かの魔術結社に襲われるのだから。
 そして、天花がインデックスを庇い、彼らが掲げている紋章を見た瞬間、息をのんで叫んだ。
「……うそっ……! あの組織は、ネセサリウスが壊滅させたはずなのに――っ!」
「天花!? なんで、お前、必要悪の教会知ってんだよ!」
「詳しい話は後がいいかも!」
 インデックスが上条と天花を引っ張り、走る。しばらく走ったところで、天花が立ち止まった。
 それに気づいて二人とも止まったものの、天花との距離は結構空いてしまった。
「――彼らが狙ってるのはインデックスじゃない」
「え? 他に、魔術関係者はいない筈なんだよ!?」
 一応上条の隣人は関係者なのだが……とそんな事を言っている場合じゃない。
 相手はこちらを見失ったようだが、いつ見つかるか知れたもんじゃない。とりあえず天花を走らせようと彼女の元へ歩くが、はじかれた。
「はやく、逃げて頂戴」
「まさか、これ――! てんげ、あの魔道書を持ってるの!?」
 透明な壁が天花と上条・インデックスの間に出来ていた。上条が触れると、壁は消えた。
「……さぁね」
「これ魔術なのか!? 天花、あいつらの狙いって、お前……か?」
「はやく。私は死ねないし死なない。だから、大丈夫」
 そう言うと、天花は上条の左肩を狙って、空気の塊を投げた。吹っ飛ばされて、インデックスが上条に駆け寄る。
 その間に、天花は消えてしまっていた。
「とうま!? 大丈夫?」
「インデックス……あいつは、どっちに行った?」
「右。……天花って、能力者じゃないの?」
「っっ!?」
 上条は、天花がカリキュラムを受けるのを目撃した。教室で、何度か飛んでいるのも見た。
 能力者じゃない訳はない。しかし、今のは魔術だと、インデックスは断じた。
 なら。彼女は血だらけになる筈だ。
「インデックスは待って――」
「とうま、はやく!」
「あ、おいこら待て!」
 人の話も聞かず、銀髪少女は駆けて行く。



「生きてるとは思ってなかったよ緑青」
 かつて、父母を殺し、天花をさらった魔術結社。
 日本の神はあまたいるが、子孫から祖神として祭ってもらったりするのではなく、生きたまま神になるにはどうすればいいか、を研究してたと思う。
「アンタは、真っ先に殺されたと思ったのに」
「天花……お前に魔道書を読ませて反応を見ようと思ったのが間違いだった。返せ、我らの書を」
「るっさい青かび。名前にカビってつけられるなんてかわいそうな親持ったね」
 天花が逃げ出した時に、丁度ネセサリウスが壊した筈の魔術結社の参謀。
 生きていたとは思いもよらなかった。いつか、この魔道書を誰にも見つからないところに捨て去れば終わりだと思っていた。
「お前が……生きてた所為で! 私はたった一つの願いすら叶えられなかったじゃない!」
「うるさい。今すぐ返せば許してやる。負ける気はしないが、やり合うのは少々辛いからな」
「全部、ぜんぶ、ゼンブお前の所為だっっ!」
 緑青の言葉をすべて無視して、天花は突っ込む。
「浅葱、天花を殺せ」
 緑青の隣に居た男が天花に飛びかかる。
 天花は空中に魔法陣を描き出し、空気を操り始めた。
「なっ? お前、空中に飛び上がる能力を持ってるから魔術は使えないは……」
「その前に疑問に思わないの!? 何故私が生きてるか」
「……そうだ、私がかけた呪いが……解ける訳ないと思ったのに」
 ゴドン! と地面を揺らすような音を立てて、浅葱の体が地面にのめりこむ。
 彼の体から血が流れ出す。生死は不明だ。願いを踏みにじった緑青達の生き死になど、気に留める気すら天花は無かった。
「そう、解けない! だけど私は生きてるの、そして魔術すら使えるのよ!」
 風の刃で緑青を突き刺そうと天花は腕を振りかぶる。
 これは、緑青が実験の為に教えた物だった。そして、緑青も同じ攻撃を仕掛け、天花の攻撃をはじく。
 その刃は、そのまま後ろへ飛んで――インデックスへ突き刺さった。
「え……?」
 インデックスは、今天花が闘ってるのを目にして、こちらへ寄ろうとした、それだけだった。
 遅れて上条が走って来る。
「インデックス、天花! ……! インデックス!?」
 緑青が笑いはじめた。
 魔道書を扱える天花に、緑青は勝てない。魔道書の中身を、緑青は読んでいない。
 逃げる事も不可能。ならば、天花を傷つけてやろうと思ったまでの事。
「お、まえ……! お前は、なんて何て事をしてくれたんだ!」
 もう、人を殺すことへの躊躇いなど天花にはなくなった。
 背後で、上条がインデックスを抱き起こした。
「何処までお前は私の願いを、夢を踏みにじる!?」
 風の刃が緑青の足を切り裂く。血が、噴き出した。天花すら紅く染まっていく。
 緑青が倒れて、尚も嗤っていた。大切な者すら守れなかった天花を。
 目から、涙があふれて止まらない。
「許さない! インデックスを傷つけて、私の命を、両親を奪って! 殺してやるっっ!」
 心臓めがけて刃を向ける。その一撃は大振りだった。
 ――だから、反撃された。
 もう避ける気すらないように、風の刃をはじくためでなく、天花を殺す為に。
 避ける事は出来なかった。



 けれど、天花にとってのヒーローが。ずっと助けてほしいと願った相手が、その攻撃を消してくれる。



 こんな幸せ、他にない。天花の瞳からホロリ、ともう一滴涙が零れた。
 緑青は、結構ひどい傷だけど助かるだろう。急所を、外してしまったから。 
「天花、大丈夫か!?」
「……逃げてって、言ったのに。酷いよ当麻。どうして来てしまうの? 聞いてほしく、なかったのに。関わらないでくれれば、よかったのに」 
 当麻にだけは知られたくなかった事が、いくつか知られてしまった。
 いると知ってても言わずにいられなかった言葉も、聞いてしまっただろう。
「お前をほっとくわけにはいかないだろうが」
 ああ、なんて彼は優しいのだろう。緑青みたいな奴らとは比べたくもない。
「体、壊れてないのか!? お前、魔術――」
「ああ、それは平気。色々あるんだけど……インデックスを回復させるから、ちょっとあっち行ってて」
「え?」
「回復魔術。当麻、打ち消しちゃうから」
「あ、ああ」


 ――しばらくして、戻ると。傷の無いインデックスが倒れてるだけだった。



「く……は、あぁぁぁぁぁっ……うっ、く……」
 暗い、路地に天花は倒れこんだ。
 発作……いや、正しく言うなら、拒絶反応。
 体が燃やされているかのように熱くなり、心臓がドクンと言う音がうるさく聴こえる。
 こんな時に、と思わずにはいられない。天花は秘密を知ってしまった当麻の傍にいる事は出来ない、だから一刻も早く何処かへ、消えなくてならないのに。
「天花っ!? 何処だ!?」
 道の隙間から、インデックスを背負った上条が天花を探しているのが見える。
 無理矢理あげかけた悲鳴を押し殺す。その所為で、涙が頬をつたった。
 最後の秘密を知られる前に。上条へ迷惑をかけてしまう前に。――誰かを、傷つけてしまわないように。
 逃げなくてはいけない。
「土御門さん。失敗、したけど、言わないでね?」
 届くはずもないけれど、何も言わずに消えたなら、失敗だと分かっていても口をつぐんでくれるだろう。
 重たいものを背負わせてしまったかもしれないけど、許してほしい。
「ははは……誰を、傷つけても踏みつけても、当麻の傍にいようと思ったはずだった、のにね……」
 そう呟いて、壁に手をついて起き上がる。ふと、左手が真っ赤になっているのに気が付いた。さっき、インデックスを回復させた時についた血。
 壁にその血をこすりつけてふき取る。
「さぁ……っ!? くは……っ!?」
 いきなり、咳が出て、口から血があふれ出た。たら、と頬から一筋流れおちる。
 これは、発作とは関係ない。
「あぁ……魔術、使いすぎちゃった、な。さすがの光速再生も効かないかぁ」
 軽く言うと、歩き出す。



「天花……何処行ったんだ?」
 背後で、インデックスが気が付いたようで、首にかけられてた手に力がこもる。
「とう、ま……?」
「あ、ああ大丈夫かインデックス。怪我は?」
 苦しそうではなかったが、一応確認を取る。
 大丈夫、とインデックスが言うのを聞いてほっと息をついた。
「それより、てんげは?」
「今、探してる」
 一人で何処かへ消えた天花。魔術結社と関わりを持ち、魔道書を所持している能力者。
 あれだけの量の魔術を使って、無事でいられるはずがない。
 どくどくとなる心臓の脈拍がいつもより早い。インデックスの手が、上条の服を強く掴む。
「てんげが私を回復させてくれた時にね、言ってたんだよ。『ごめんなさい、これ以上の迷惑はかけられないね』って。迷惑なんて、いくらだってかけてもいいのに……!」
 その時、インデックスは何も言えなかった。何も言えず、引き留める事も出来ず、天花が歩いて行くのを見ていただけだった。
 笑っていたけど、もしかしたら泣いてたかもしれない。
「……そうだな」
「私、てんげにお礼も言ってない。なのに、」
「大丈夫だよ。後で会える」
 けれど――何故だろうか。
 天花は、目を離したら淡雪のように溶けて消えていってしまいそうな気がしてしまうのは。



 辺りばかり見回していて、前を見るのを忘れていた。
 誰かにぶつかる。
「わっ! ……アンタ、どうしたの?」
「みこ……と、ちゃん」
 常盤台のレベル5、上条に向かって十億ボルトの電撃を遠慮なくぶっ放す、中学生の少女。
 一番最初、知っていた事はそれくらい。上条がどう思ってるかが知りたかった。けど、未だに分からない。
「え? ちょっと、その血、本当にどうしたのよ!?」
「……な、んでもない」
 平和な日常を生きているような彼女を見て、泣きだしてしまいそうになる。
 それは許されないし、何より此処から離れなくてはならないのだ、関わってる暇なんて……。
「何でもない訳ないでしょう!」
 ああ、これでは立場が違うと天花はぼんやり思う。
 いつも、お姉さんであろうとしたのに。美琴がお姉さんみたいじゃないか。
 くいっと手を引っ張られても、顔の血を拭きとられても、天花は動かなかった。
 天花にとって、一番羨ましかったのはインデックスで、その次がこの茶髪の少女。
 ――上条は天花だけのヒーローではない。
 奪ってみたかった。誰の手からもかっさらって、天花だけのヒーローに、変えてみたかった。
「美琴、ちゃん」
「なによ?」
「――今、幸せですか?」
 美琴が戸惑いながらも頷くのを見て、天花は顔を歪めた。
 どうしてそれを聞いたのかは分からない。ただ、無性に悲しくて悔しくてしょうがなかった。
 今度こそ、本格的に泣き始めた。もう涙なんて止められない。
 天花は美琴に縋りつくように抱きついた。
 声をあげて泣きだした天花を、どう扱っていいか分からない美琴は、ただ背中をさすってやる。
 しばらく、そうしていて、上条とインデックスが天花と美琴を発見する。
「あ、ちょっとアンタ、天花に何したのよ、泣いてんじゃない」
「え、う、いや、えと」
「……てんげ?」
 天花は必死に涙を拭くと、何かを言おうとした。
 その瞬間、体が燃え上がるように熱くなり、視界が暗転した。


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