とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

続編2-2

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「酷い目にあった……」
 そう上条が呟いたのは十五分後、神社裏の森の中だった。
 おそらくは林と呼ぶべきだろう、そう広くない空間の中にいくつか異なった種類の木々、野草が存在していた。季節柄いくつかの木々は葉を落とし、あるいは紅葉させている。そこで上条は息を整えた。幾度目かのため息をきっかけに周囲を見渡す。
「どうにか撒いた……かな」
 一見自然そのものである雑木林だが、実際は全て人の手によるものである。『完全な生態系を人工で構築できるか」という思想の元デザインされた『人工的な原生林』に近い森。管理のためか視界はやや開けているもののそこに追っ手の姿は見えない。やっと身の安全を確保し、背を木々のひとつに預ける。
「さて、これからどうするかなー……」
 普段ならさっさと自宅に帰るのだが、今日はそうも行かない。インデックスを一人、こんな誘惑の多い場所に放置しておいたら絶対に何かやらかすに決まっている。その後の謝罪や賠償を考えると本気で帰りたくなってくるが。
(とりあえずインデックスを探し出して回収、その後にお好み焼きか何かで誘導して帰宅……ってトコか)
 しかも、こちらを探している輩には見つからずに、だ。もはや不幸だー、とか呟く気にもなれず、死んだような目で上条は歩き出した。僅かな救いは、森が比較的歩きやすいことだろうか。そんな些細な(しかも本来なら必要なかった)幸せを数え、自分を励ます。


 適当に当たりをつけて森を歩くと、しばらくもしないうちに開けた場所を見つけた。木の陰に隠れしばらく様子を伺うが人影は無い。周囲を警戒しつつ上条は歩み出る。
「ここは……本殿の裏か」
 幅三メートルほどの、木も草も生えない空間。管理の手間を減らすために特殊な除草剤でも撒いてあるのだろうか、足を踏み入れれば落ち葉と、乾いた砂利の音がする。建物の向こう側には人々の喧騒と、にぎやかな光があった。もう一度、人が居ないことを確かめ――自分の死角、それもすぐ傍に立っていた人影に気づく。
「……ふふ。こんなに近づいても気づかれないのが。私。ふふ。」
「誰――って姫神!? なんでここに!?」
「なんでって。たまたま見かけた友達に声をかけようと思ったら。逃げられたから。追いかけただけ。」
 つまり――上条が絡まれ逃げ出したとき、すぐ傍に姫神がいたのだろう。上条はまったく気づかなかったが。
「森に入るのが見えたから。ここに。非難してくるんじゃないかと。……スカートだから、森にも入れなくて。」
 裏手はもちろん、側面にも細いながら草木の生えない小道があった。そこをあるいてここまで来たのだろう。姫神はスカートの端をつまみ、僅かに持ち上げて「森に入れない」ということをアピールする。
「……ッ!」
「……なんで。目を背けるのかと。」
「いや、なんでって……」
 二人の居る場所には明かりも無く、僅かに漏れてくる縁日の照明で辛うじて相手を判別できる程度だった。だから姫神がスカートを持ち上げたとき、白い足首やなだらかなふくらはぎの曲線が上条の目に映り――
(イヤイヤイヤ! 上条さんはあくまで健全な青少年であって、そんなマニアックな部位に興奮した訳では……ッ!!)
 学校で常日頃から見えているはずなのだが、ロングスカートをたくし上げるという行為のおかげかそこはかとないエロスを感じてしまった上条さんである。
「ってあれ、ロングスカート?」
「……駄目?」
「いや、駄目とかそういう話じゃなくて……」
「さすがの上条くんでも。ロングスカートでは。ぱんつは見えないと思う」
「お前は俺のことをどんな目で見てるんだよ!? そうじゃなくて、巫女服じゃないんだなーと思っただけで!」
「巫女萌え?」
「誰がお前にそんな単語を教えてるんだ!? 青髪か!? 青髪だな!?」
「……上条くん。ちょっと。静かに」
「誰のせいだと思――!?」
 唐突に。
 天幕でも下ろしたかのように、上条の視界が暗くなる。それが姫神の髪だったと気づくころには――腕の間に姫神の細い肩が収まり、押し付けるような体重のせいでたたらを踏む。
「ひっ、姫がっ……!!」
「……静かに。向こうから。人の気配がした」
 姫神は追っ手が来たのかと考え、上条が見つからないように奥へと押し込んだのだろう――それだけなのだが、胸に当てられた姫神の手、鎖骨に当たる吐息、僅かに香る椿が意識を緩ませない。
(――落ち着け。こういうときはそう、素数だ、素数を数えるんだ……!)
 上条の葛藤を知ってか知らずか、姫神は上条の胸でじっと押し黙っている。その様子はまるで自分が抱きしめるのを待っているようだ――と、そんな妄想をしてしまい、上条は素数を数えなおす。
(1、3、5、7、11、13、17……!!)
 1は素数ではないのだが。


 人の声が聞こえたので、姫神は慌てて上条を奥へと押しやり、自らもまたその後を追った――はずだった。だが、周囲が暗かったこと、半ば反射的な行動だったことが理由なのだろう――僅かにバランスを崩し、勢いもあいまって上条の胸へと飛び込んでしまったのだ。
 言うべきことを冷静に言えたのは幸運だった。上条も混乱していたようだが、姫神もまた同じだ。なんとか体勢を立て直したものの、未だ体重を半分預けているような状態。
 胸に当てた手は、上条の鼓動を優しく伝えてくる。早足のようなリズムは動揺からだろうか。布越しではあるものの、鎖骨にキスをするような距離。必死に呼吸を抑え、それでも微かに汗の匂いを感じる。自分の鼓動にも気づかれているのだろうか。匂いは大丈夫だろうか。そもそも、不快ではないだろうか――そんな不安を計りに乗せ、天秤は揺れていた。揺れるまま、不安か期待か、どちらが大きいかも分からず、姫神はしばらく動けなかった。




「……えーと、そろそろ大丈夫なんじゃないかなーと上条さんは思う訳ですがー……」
「……うん。」
 数分間、ずっと何かをめまぐるしく考えていた……筈なのに、終わってしまえば何を考えていたのかすら思い出せなかった。ただ、紅潮した顔を上条から背け、五歩下がる。上目遣いに見た上条は何かを思案するように口元を隠した。表情は、見えない。
 何かを言わなければと考え、しかし言うべき言葉も見つからず、姫神は口をつぐんだ。


「……えーと、そろそろ大丈夫なんじゃないかなーと上条さんは思う訳ですがー……」
「……うん。」
 言って、どちらともなく離れていく。五歩下がったところで、二人ともが立ち止まった。
「………………」
「………………。」
 密着していたときと同じように、しばらく無言が続いた。上条はさりげない(つもりだが実際まったくさりげなくない)仕草で顔を覆う。
 やがて沈黙を破ったのは、上条の言葉だった。
「……えー、とりあえずこの場を離れようと思うんだけど、インデックスを探してきてくれねぇかな? さすがに放っては置けないし……」
「あ……。」
 姫神は背けた顔を上条へと向け――その表情は見えなかったが、うなずいたことだけは分かった。
「……うん。それが。いいと思う。」
 友人を小間使いのように扱うことには気が引けたし、飢えたインデックスを他人に任せるのは保護責任者遺棄かとも考えたが、上条の結論はそれだった。何より、この暗闇の中ずっと二人きりで居たら何か得体の知れないことになってしまいそうだったからである――もしも追われていなければ自分から逃げ去るところだ。
 歩き出す姫神を見送り、上条はそのまま、砂利の上へと座り込む。

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