4.5
学園都市と大国の激突。と一言で述べれば、双方の国土が火薬と爆撃、進撃してきた敵軍による
一般市民への蹂躙といった、退廃した雰囲気が両陣営を取り巻いていると連想してしまうだろう。
実際、ロシア側は大勢の国民の強制移住、長期戦に備えての食料の配給、科学サイドを遠隔的に
肯定する言論の弾圧などと、戦争という重みそのものに潰されようとしていた。
学園都市と大国の激突。と一言で述べれば、双方の国土が火薬と爆撃、進撃してきた敵軍による
一般市民への蹂躙といった、退廃した雰囲気が両陣営を取り巻いていると連想してしまうだろう。
実際、ロシア側は大勢の国民の強制移住、長期戦に備えての食料の配給、科学サイドを遠隔的に
肯定する言論の弾圧などと、戦争という重みそのものに潰されようとしていた。
しかし、学園都市側は必ずしもそうではない。
確かに急遽軍勢として多量の警備員が遠征し、その影響で監視の目が大きく穴だらけになったため、
スキルアウト達による反学園都市活動も勢いを増し、今まで以上に風紀委員達の治安維持活動が
活発にはなった。そう、所詮、『治安が少し乱れただけ』に留まっているのだ。
ロシアから降り注ぐ中距離弾道ミサイル、日本海を巡航し、本土爆撃を諦めないマルチロール機。
その果敢な攻撃すら完封する学園都市の防衛システムは、本来交戦国である筈のこの科学都市に、
あらゆる日常の変化を容認しない不自然な平和を維持させ続けていた。
確かに急遽軍勢として多量の警備員が遠征し、その影響で監視の目が大きく穴だらけになったため、
スキルアウト達による反学園都市活動も勢いを増し、今まで以上に風紀委員達の治安維持活動が
活発にはなった。そう、所詮、『治安が少し乱れただけ』に留まっているのだ。
ロシアから降り注ぐ中距離弾道ミサイル、日本海を巡航し、本土爆撃を諦めないマルチロール機。
その果敢な攻撃すら完封する学園都市の防衛システムは、本来交戦国である筈のこの科学都市に、
あらゆる日常の変化を容認しない不自然な平和を維持させ続けていた。
そんな中、特に本国に在駐したままの警備員達によって厳重に守られている、この『学舎の園』も
その擬似的な平和が謙虚に表れていた。
一応、外出の許可は簡単には降りず、自由時間も大きく制限され、外国の暴力的なニュースが盛んに
耳に入る様になった。しかし、その程度では戦争、といった過酷な現実の恐怖は平和ボケした
お嬢様達には実感されない。同じ十代の少女でも、所属する陣営によって互いの生活レベルには
あまりにも隔たりがある落差が存在していた。
その擬似的な平和が謙虚に表れていた。
一応、外出の許可は簡単には降りず、自由時間も大きく制限され、外国の暴力的なニュースが盛んに
耳に入る様になった。しかし、その程度では戦争、といった過酷な現実の恐怖は平和ボケした
お嬢様達には実感されない。同じ十代の少女でも、所属する陣営によって互いの生活レベルには
あまりにも隔たりがある落差が存在していた。
そうして、そのお嬢様の一人に一応該当する白井黒子も戦争については、頭では危険で粗暴な大事だと
理解出来ていても、そこまで深刻には考えていなかった。
理解出来ていても、そこまで深刻には考えていなかった。
だって、すぐ隣に、『御坂美琴たるお姉様』がいらっしゃるのですから。
ここは美琴と黒子が同居している寮の一室である。現在は十八時。白井は今、
風紀委員としての巡回といった仕事を終わらせ、同居人である『美琴』に擦り寄っているわけである。
「お姉様?今朝からどうにもお気分が優れないようですが、この黒子の大接近にも無反応なのは、
一体どういう風の吹き回しなんですの?」
「…………」
現在は初冬で外も中々の冷度であるため、寮の全室には過剰なまでの暖房が室温を暖めている。
それに呼応する様に、白井もどんどん『美琴』に対するお熱とアタックがヒートアップしてくる。
自分のベッドにずんとして腰掛ける彼女に少しずつアプローチのレベルを上げていく白井。
「うぅぅぅむ。どうやら今日のお姉様は、黒子にだけに敷かれる厳重なガードが緩いですの。
ま、まさか、今夜こそが、黒子とお姉様の操を破る運命の解放記念日ではーーーーッ!?」
そうして、純粋無垢で五月のバラの様に紅い愛を解放し、憧れのお姉様に全力でハグしようと
飛びかかる白井。その顔には一点の汚れも無い雄渾な熱情が真っ平げになっていた。全身に降り懸る、
紛う事無きお姉様の蠱惑的な匂いと香りを堪能する白井に対し、抱擁された『美琴』は平然としている。
風紀委員としての巡回といった仕事を終わらせ、同居人である『美琴』に擦り寄っているわけである。
「お姉様?今朝からどうにもお気分が優れないようですが、この黒子の大接近にも無反応なのは、
一体どういう風の吹き回しなんですの?」
「…………」
現在は初冬で外も中々の冷度であるため、寮の全室には過剰なまでの暖房が室温を暖めている。
それに呼応する様に、白井もどんどん『美琴』に対するお熱とアタックがヒートアップしてくる。
自分のベッドにずんとして腰掛ける彼女に少しずつアプローチのレベルを上げていく白井。
「うぅぅぅむ。どうやら今日のお姉様は、黒子にだけに敷かれる厳重なガードが緩いですの。
ま、まさか、今夜こそが、黒子とお姉様の操を破る運命の解放記念日ではーーーーッ!?」
そうして、純粋無垢で五月のバラの様に紅い愛を解放し、憧れのお姉様に全力でハグしようと
飛びかかる白井。その顔には一点の汚れも無い雄渾な熱情が真っ平げになっていた。全身に降り懸る、
紛う事無きお姉様の蠱惑的な匂いと香りを堪能する白井に対し、抱擁された『美琴』は平然としている。
(……お姉様はいつもこんな変態な後輩と散々痴情な行為を繰り返していたのですか、
とミサカは少しお姉様への信頼を疑います)
とミサカは少しお姉様への信頼を疑います)
実は、この『美琴』はロシアに旅立った美琴本人ではなく、妹達の御坂妹が代役しているに過ぎない。
カエル顔の医師による外出許可日が美琴の出発日と重なったため、御坂妹が美琴のデコイになると
名乗り出たのだ。暗視用ゴーグルは外し、あの少年から貰ったネックレスも服の下に隠してある。
無理も無い。いくら戦争という恐怖が蔓延していない学園都市でも、超能力者第三位である常盤台の
エースがロシアに向かったなどという事がバレてしまったら、そのか細い安心感は一気に砂上の楼閣の
様に崩壊してしまうだろう。それ以上に、肝心の戦力としても認識されている美琴が一人学園都市を
抜け出したとなれば、上層部も只では済まさない。
カエル顔の医師による外出許可日が美琴の出発日と重なったため、御坂妹が美琴のデコイになると
名乗り出たのだ。暗視用ゴーグルは外し、あの少年から貰ったネックレスも服の下に隠してある。
無理も無い。いくら戦争という恐怖が蔓延していない学園都市でも、超能力者第三位である常盤台の
エースがロシアに向かったなどという事がバレてしまったら、そのか細い安心感は一気に砂上の楼閣の
様に崩壊してしまうだろう。それ以上に、肝心の戦力としても認識されている美琴が一人学園都市を
抜け出したとなれば、上層部も只では済まさない。
その問題を一時的に姑息的方法で解決するにはこれしかなかった。
だが、御坂妹はそれほど苦に思っていないし、逆に美琴に同情していた。
あの少年がロシアで人知れず戦場で闘っていると聞けた時、世間が許してくれるならば、御坂妹も
この街を飛び出していったに違いないと、自分自身でもわかっていたからだ。
止める資格は御坂妹には無かった。あの少年を追う権利も御坂妹には与えられなかった。
だから、お姉様に全ての思いを託した。そして自分で出来る何かを捜し、この行動を選んだ。
それが、お隣さんの性的攻撃に悩まされる仮の平和だとしてもだ。
白井は未だに御坂妹の胸の中でゴロゴロ甘えている。
それでも御坂妹の胸には別の引っ掛かりがあった。
あの少年の安否もそうだが、もう一つの問題。
だが、御坂妹はそれほど苦に思っていないし、逆に美琴に同情していた。
あの少年がロシアで人知れず戦場で闘っていると聞けた時、世間が許してくれるならば、御坂妹も
この街を飛び出していったに違いないと、自分自身でもわかっていたからだ。
止める資格は御坂妹には無かった。あの少年を追う権利も御坂妹には与えられなかった。
だから、お姉様に全ての思いを託した。そして自分で出来る何かを捜し、この行動を選んだ。
それが、お隣さんの性的攻撃に悩まされる仮の平和だとしてもだ。
白井は未だに御坂妹の胸の中でゴロゴロ甘えている。
それでも御坂妹の胸には別の引っ掛かりがあった。
あの少年の安否もそうだが、もう一つの問題。
新たにミサカネットワークに参入した二〇〇〇二号が齎した、
現在、妹達、美琴が内包する最大の懸念。
現在、妹達、美琴が内包する最大の懸念。
〇〇〇〇〇号。
フルチューニングとも呼ばれる、ミサカネットワークから寸断された唯一の妹達。
天井亜雄によって学園都市の『外』に連れ出され、その後の情報は一切不明のままだった個体。
全世界に居場所を造り、あらゆる噂、伝聞を入手し続ける妹達の手すらすり抜ける存在。
だが、その個体に関する朗報が、番外個体によってミサカ達に配布されたのだ。その断片的なデータは、
天井亜雄によって学園都市の『外』に連れ出され、その後の情報は一切不明のままだった個体。
全世界に居場所を造り、あらゆる噂、伝聞を入手し続ける妹達の手すらすり抜ける存在。
だが、その個体に関する朗報が、番外個体によってミサカ達に配布されたのだ。その断片的なデータは、
(お姉様、まだ、〇〇〇〇〇号はこの世界に『生存しています』。
どうか、あのミサカだけには、お姉様は会ってはいけません、とミサカは届かない誓願を送ります)
どうか、あのミサカだけには、お姉様は会ってはいけません、とミサカは届かない誓願を送ります)
嘗て無い危機と、恐怖を妹達に伝導した。
(あのミサカは……お姉様の心を、本当に粉々にしてしまうかもしれないから)
5
地響きと、怒号、銃弾、化学兵器、戦車、爆撃機、が飛び交う戦場。
倒れ伏す遺体。四肢を爆薬で吹っ飛ばされ、死よりも残酷な苦痛に苛まれる兵士。
発生する土煙はロシアの冷風と混ざり合い、排他的で、激越な殺意をも巻き取っていく。
そんな世に咲く地獄の花を芽生えさせる花壇を遠くから眺めている女が一人、
そのガーデンに一歩ずつ近づいていく。
左手の、青い電光を宿した荒々しいアームを振るいながら、新たな玩具を求め、無装備のままで。
女の茶色がかった長い髪が風で靡く。舞い降りる戦火に武者震いしながら、進んでいくと、
ンーー、ンーー、と、手元の携帯が鈍く鳴った。今度こそ間違えずに、女は右手で着信ボタンを押す。
地響きと、怒号、銃弾、化学兵器、戦車、爆撃機、が飛び交う戦場。
倒れ伏す遺体。四肢を爆薬で吹っ飛ばされ、死よりも残酷な苦痛に苛まれる兵士。
発生する土煙はロシアの冷風と混ざり合い、排他的で、激越な殺意をも巻き取っていく。
そんな世に咲く地獄の花を芽生えさせる花壇を遠くから眺めている女が一人、
そのガーデンに一歩ずつ近づいていく。
左手の、青い電光を宿した荒々しいアームを振るいながら、新たな玩具を求め、無装備のままで。
女の茶色がかった長い髪が風で靡く。舞い降りる戦火に武者震いしながら、進んでいくと、
ンーー、ンーー、と、手元の携帯が鈍く鳴った。今度こそ間違えずに、女は右手で着信ボタンを押す。
『どうやら、浜面仕上氏の処分は今だ遂行しきれていないようですね。「原子崩し」の麦野沈利さん?』
誰だ。電話から発せられる淡々とした言葉を述べる人物に、麦野は覚えが無かった。
非通知、の表示を参照する限りでは、『アイテム』の指示役だったあの女と同一の立場の者か、と
麦野は目星をつける。その予測は大体合っていた。
その声の主は、『グループ』のメンバーを取り仕切る、『電話の声』の者だった。
麦野が知る由もないその男は、淡々と用事について話し始めた。
『いやはや、ロシア側に学園都市の持つ切り札を一つ誇示する事で、向こうの戦意を削ごうという
思惑があったとしても、あなたの目的の邪魔をしてしまったのは謝罪しましょう。
その謝意の一つといっては何ですが、幾つか有用な情報を口授したいと思いましてね』
正直、麦野にはそんな余計な助太刀は無用だった。浜面の始末は自分の手のみで完了させる。
これは自分自身のプライドの問題だ。浜面を殺す事で自己の強欲を満たす。それだけだ。
学園都市の意思など間に干渉する余地など無い。そうして、電話を切る前に強談だけ執り行った。
「……あんたが誰だか知らないが、学園都市だろうが、ロシアだろうが、私に一臂したいという意思が
あんなら、無駄な補佐は一切するな。これは私の問題だ。他人の事情なんざ眼中に無いんだよ」
麦野の業腹にも『電話の声』は少しも怯まず、逆に麦野を弄ぶかのように軽口を叩く。
『まぁ、無視して下さっても何ら問題ありませんし、こちら側には何も窮する事情もありません。
つまり、これはあなた自身の保全に関わる話なんですよ』
……黙って、麦野は相手の出方を見定めながら、自分に関わる話の内容を臆見する。
どう慮っても、これは、麦野に訪れる不安因子を掲示しているのではないか?
火薬の匂いが混ざった寒風が、麦野の強固な意志に空いた小さな穴を抜けていく。
『まず、浜面氏は、共に学園都市から脱した滝壺理后嬢の他にもう一人の同行人と連携して動いています。
この同行人が中々やっかいでして、まず超能力者たるあなたが正面から全力、または絡み手を持ってして
でも敵わないような強豪たる猛者なのですよ。詳細はあなたでは理解しかねるでしょうが』
「ああ、あのバカ、無害で脆弱な無能力者って立場を利用して、強靭な偽善者を丸め込んだってワケか?
それが本当だとして、それが何の障害になる? その強者と分離させる策を練ればいいだけだろうが」
誰だ。電話から発せられる淡々とした言葉を述べる人物に、麦野は覚えが無かった。
非通知、の表示を参照する限りでは、『アイテム』の指示役だったあの女と同一の立場の者か、と
麦野は目星をつける。その予測は大体合っていた。
その声の主は、『グループ』のメンバーを取り仕切る、『電話の声』の者だった。
麦野が知る由もないその男は、淡々と用事について話し始めた。
『いやはや、ロシア側に学園都市の持つ切り札を一つ誇示する事で、向こうの戦意を削ごうという
思惑があったとしても、あなたの目的の邪魔をしてしまったのは謝罪しましょう。
その謝意の一つといっては何ですが、幾つか有用な情報を口授したいと思いましてね』
正直、麦野にはそんな余計な助太刀は無用だった。浜面の始末は自分の手のみで完了させる。
これは自分自身のプライドの問題だ。浜面を殺す事で自己の強欲を満たす。それだけだ。
学園都市の意思など間に干渉する余地など無い。そうして、電話を切る前に強談だけ執り行った。
「……あんたが誰だか知らないが、学園都市だろうが、ロシアだろうが、私に一臂したいという意思が
あんなら、無駄な補佐は一切するな。これは私の問題だ。他人の事情なんざ眼中に無いんだよ」
麦野の業腹にも『電話の声』は少しも怯まず、逆に麦野を弄ぶかのように軽口を叩く。
『まぁ、無視して下さっても何ら問題ありませんし、こちら側には何も窮する事情もありません。
つまり、これはあなた自身の保全に関わる話なんですよ』
……黙って、麦野は相手の出方を見定めながら、自分に関わる話の内容を臆見する。
どう慮っても、これは、麦野に訪れる不安因子を掲示しているのではないか?
火薬の匂いが混ざった寒風が、麦野の強固な意志に空いた小さな穴を抜けていく。
『まず、浜面氏は、共に学園都市から脱した滝壺理后嬢の他にもう一人の同行人と連携して動いています。
この同行人が中々やっかいでして、まず超能力者たるあなたが正面から全力、または絡み手を持ってして
でも敵わないような強豪たる猛者なのですよ。詳細はあなたでは理解しかねるでしょうが』
「ああ、あのバカ、無害で脆弱な無能力者って立場を利用して、強靭な偽善者を丸め込んだってワケか?
それが本当だとして、それが何の障害になる? その強者と分離させる策を練ればいいだけだろうが」
『はい、その計略の「駒」の補給地点があなたのすぐ其処に設置されているんですよ。
学園都市の手駒たる警備員、彼らはここの地点占拠に手子摺っているようです。
それに救援していただければ、彼らを道具の如く意のままにお使いになって下さって結構です。
「囮、人質、単なる陽動係、殿」、用途はお好みに。一人二人お捨てになってもよろしいでしょう』
どうやら、体のイイ『捨てゴマ』を何人か拝借出来ると言っているらしい。
今までなら何の躊躇なくこの申し出に首を縦に振り、最低限の労力で目的を果たしただろう。
かつての『アイテム』の仲間すら『捨てゴマ』としか認識していない麦野は、当然、
学園都市の手駒たる警備員、彼らはここの地点占拠に手子摺っているようです。
それに救援していただければ、彼らを道具の如く意のままにお使いになって下さって結構です。
「囮、人質、単なる陽動係、殿」、用途はお好みに。一人二人お捨てになってもよろしいでしょう』
どうやら、体のイイ『捨てゴマ』を何人か拝借出来ると言っているらしい。
今までなら何の躊躇なくこの申し出に首を縦に振り、最低限の労力で目的を果たしただろう。
かつての『アイテム』の仲間すら『捨てゴマ』としか認識していない麦野は、当然、
「だから、んな程度なら眼中にねぇっつってんだよぉ!! あーだこーだ高尚な大言壮語吐くのは
これくらいにしろ! あんたの情報は盛れなく無意味。そこらへんわかってんのかなぁ!?」
真っ向から却下した。
浜面を叩き潰す過程に悦楽を求める麦野にとって、都合や効率の良さなどには興味は無かった。
「アイツは私だけのモノなんだよ、矮小な男妾が!! 余計な手出する権利なんざテメェみてぇな情夫にあ
るはずねぇんだよ! 叩き潰されたくないなら、そっちで勝手に他の仕事に精売ってろ陋劣野郎!!」
暴言を吐き捨て、一方的に電話を切ろうとする。これ以上の時間の浪費には耐えられなかった。
一刻も早く、浜面に会いたい。あの間抜け面をぶちゅ、っと生々しく引き千切ってやりたい。
この自分自身の手のみで。
これくらいにしろ! あんたの情報は盛れなく無意味。そこらへんわかってんのかなぁ!?」
真っ向から却下した。
浜面を叩き潰す過程に悦楽を求める麦野にとって、都合や効率の良さなどには興味は無かった。
「アイツは私だけのモノなんだよ、矮小な男妾が!! 余計な手出する権利なんざテメェみてぇな情夫にあ
るはずねぇんだよ! 叩き潰されたくないなら、そっちで勝手に他の仕事に精売ってろ陋劣野郎!!」
暴言を吐き捨て、一方的に電話を切ろうとする。これ以上の時間の浪費には耐えられなかった。
一刻も早く、浜面に会いたい。あの間抜け面をぶちゅ、っと生々しく引き千切ってやりたい。
この自分自身の手のみで。
しかし、現実は、学園都市の暗部は、そんな小さな翹望すら認めなかった。
『そうですか、では毒を一つ浸してあげましょう。あなたの千切れた左腕や抉れた右目の治療、
その序でにこちらの合図一つで「全器官の生命活動を止められる発信器」を全身に忍ばせて頂きました。
我々の意思を逆撫でしすぎますと、折角拾った命と目的が無泡に帰す事になりますよ?』
『そうですか、では毒を一つ浸してあげましょう。あなたの千切れた左腕や抉れた右目の治療、
その序でにこちらの合図一つで「全器官の生命活動を止められる発信器」を全身に忍ばせて頂きました。
我々の意思を逆撫でしすぎますと、折角拾った命と目的が無泡に帰す事になりますよ?』
ーーー麦野は思わず声を呑んだ。辛うじて留めてきた地盤が瓦解する様な衝撃音が頭に響いた。
麦野は、ある意味では自由になったと錯覚していた。学園都市の上層部や暗部の闇から逃れ、
漸く自分勝手な欲求に従って生きられると勘違いしていた。
その醜くも法悦に満ちた思いが粉々に打ち砕かれた。
蒼白するしかなかった。浜面とまた遊べる。例えそのゲームが殺し合いだとしても、
その瞬間だけは、麦野は、ただの女の子としていられる気がしたのだ。
もう、麦野を女として見てくれる男は、あのバカしかいないのだから。
でも、もうそんな狂った幻想は霧散し、この口から漏れる白い吐息の様に無空に溶けていった。
無情な宣告がまだ続いていた。麦野はそれを耳に垂れ流されるのを許容するしかなかった。
まだ死ねない。死にたくない。むしろ、『死ぬ事が怖い』。
アイツに会う前に。
『では、あなたの目前にある戦略地点、ノリリスクの占拠に尽力して下さい。
成功すれば、浜面氏があなたと闘わなければならない理由をもう一つ逓増しましょう。
では御健闘を。第四位の「原子崩し」、麦野沈利さん』
電話はもう切れていた。
麦野の心に残っていた一本のか細い線も、寸断された。
力の抜けた操り人形の様な足で、ゆっくりと、麦野は戦場の方に歩いていく。
麦野は、ある意味では自由になったと錯覚していた。学園都市の上層部や暗部の闇から逃れ、
漸く自分勝手な欲求に従って生きられると勘違いしていた。
その醜くも法悦に満ちた思いが粉々に打ち砕かれた。
蒼白するしかなかった。浜面とまた遊べる。例えそのゲームが殺し合いだとしても、
その瞬間だけは、麦野は、ただの女の子としていられる気がしたのだ。
もう、麦野を女として見てくれる男は、あのバカしかいないのだから。
でも、もうそんな狂った幻想は霧散し、この口から漏れる白い吐息の様に無空に溶けていった。
無情な宣告がまだ続いていた。麦野はそれを耳に垂れ流されるのを許容するしかなかった。
まだ死ねない。死にたくない。むしろ、『死ぬ事が怖い』。
アイツに会う前に。
『では、あなたの目前にある戦略地点、ノリリスクの占拠に尽力して下さい。
成功すれば、浜面氏があなたと闘わなければならない理由をもう一つ逓増しましょう。
では御健闘を。第四位の「原子崩し」、麦野沈利さん』
電話はもう切れていた。
麦野の心に残っていた一本のか細い線も、寸断された。
力の抜けた操り人形の様な足で、ゆっくりと、麦野は戦場の方に歩いていく。
ーーーはまづら。
とても小さく、幼弱な声でそう呟きながら。
とても小さく、幼弱な声でそう呟きながら。
6
強烈な既視感に襲われた。液晶画面から放たれる淡い光源に包まれながら、美琴はキーボードを操作して
暗澹のみが充満し、一切の瑞光を余す事無く飲み込む暗闇の中、歯を食いしばって煩悶に耐えながら、
狂気のみが根付くレポートに目を走らせる。
強烈な既視感に襲われた。液晶画面から放たれる淡い光源に包まれながら、美琴はキーボードを操作して
暗澹のみが充満し、一切の瑞光を余す事無く飲み込む暗闇の中、歯を食いしばって煩悶に耐えながら、
狂気のみが根付くレポートに目を走らせる。
『「樹形図の設計者」の演算結果算出によって超能力者量産計画が禁圧された後、
天井亜雄の提唱した仮説、「妹達交雑による超能力優勢遺伝傾向進化」に則り、人工超能力者を
学園都市から懸絶されたこの施設で開発する事が上層部に承認された』
天井亜雄の提唱した仮説、「妹達交雑による超能力優勢遺伝傾向進化」に則り、人工超能力者を
学園都市から懸絶されたこの施設で開発する事が上層部に承認された』
既に嗅覚は死んでいた。あらゆる腐臭すら、美琴の意識を逆撫でするのには至らなくなった。
『過去に執行された実験「プロデュース」によって、一般的な「電撃使い」の「自分だけの現実」が
大脳辺縁系の扁桃体に宿る事が証明された。情動を制御するこの器官に直接、投薬や遺伝子操作を
用いて科学的干渉を行えば「電撃使い」の総出力を激甚に成長させられる。即ち、異能力者でしかない
妹達の扁桃体を変質化させる事で恐怖、畏怖、狂気といった感情を色濃く発生させ、能力を底上げする』
大脳辺縁系の扁桃体に宿る事が証明された。情動を制御するこの器官に直接、投薬や遺伝子操作を
用いて科学的干渉を行えば「電撃使い」の総出力を激甚に成長させられる。即ち、異能力者でしかない
妹達の扁桃体を変質化させる事で恐怖、畏怖、狂気といった感情を色濃く発生させ、能力を底上げする』
感覚すら曖昧な違和感に成り下がった。これ程までに人間が二足で自立出来るのが奇妙だと思う事は
なかった。今や、両足が竦み、震え、冷たい機械に凭れなければ、とっくに地面に倒れ伏せていただろう。
なかった。今や、両足が竦み、震え、冷たい機械に凭れなければ、とっくに地面に倒れ伏せていただろう。
『しかし、通常の開発では極端な能力向上に期待出来ない。よって、アプローチの方向を転換し、
妹達を交雑させる事で遺伝子レベルから扁桃体を変異させる』
妹達を交雑させる事で遺伝子レベルから扁桃体を変異させる』
聴覚が捉える全ては、あの狂った曲に絞られた。心臓の鼓動にすら関与しかねない音楽は、
美琴の精神に多しい悪影響を歪みなく与えてゆく。これは正気の沙汰じゃないーーー
美琴の精神に多しい悪影響を歪みなく与えてゆく。これは正気の沙汰じゃないーーー
『妹達が排卵する卵子のインプリンティング遺伝子を弄くり、精子のパターンに変換し、他の成熟卵子の
細胞と融合させ、クローンの胎内に胚を孕ませる。その胎児を妹達にXid-04、Dsc-87、Wuv-20と
いった投薬を用いて扁桃体の機能を拡大させた個体に成長させ、二〇日後に出産される個体の参照データ
を初代の〇〇〇〇〇号と比較し、成長値が許容に達するならば、さらに培養機で一四日後に一般の妹達と
差異無き年齢に引き上げる。さらにその個体の卵子に手を加え、同様の作業を繰り返す』
細胞と融合させ、クローンの胎内に胚を孕ませる。その胎児を妹達にXid-04、Dsc-87、Wuv-20と
いった投薬を用いて扁桃体の機能を拡大させた個体に成長させ、二〇日後に出産される個体の参照データ
を初代の〇〇〇〇〇号と比較し、成長値が許容に達するならば、さらに培養機で一四日後に一般の妹達と
差異無き年齢に引き上げる。さらにその個体の卵子に手を加え、同様の作業を繰り返す』
目は既に充血していた。現実にある、平和や良識といった善意との剥離を確実に肌で感じた。
咥内が酸っぽい味に染まる。指は機械に制御されたかの様に、恒常的に小刻みに振動する。
こんな惨状が許されていいのか。何の権利があって、幼気な少女を弄ぶのか。
超能力者を生み出すという利益のためなら、妹達を玩具として扱っても良いというのか。
咥内が酸っぽい味に染まる。指は機械に制御されたかの様に、恒常的に小刻みに振動する。
こんな惨状が許されていいのか。何の権利があって、幼気な少女を弄ぶのか。
超能力者を生み出すという利益のためなら、妹達を玩具として扱っても良いというのか。
『扁桃体の成長に成功した場合にはその個体と同一の妹達を生産、また交配させ、扁桃体の活動をさらに
活発に出来る個体を何世代にも渡って作り続ける。失敗した際には放棄処分し、後述の人格データにのみ
結果を反映させる』
活発に出来る個体を何世代にも渡って作り続ける。失敗した際には放棄処分し、後述の人格データにのみ
結果を反映させる』
狂っていた。何もかもが道理から離れていた。平然と美琴の妹がゴミかモルモットにされていた。
あの一方通行による妹達虐殺以上の惨劇が、この狭く、寒く、一点の光も無い煉獄で惹起されていた。
あの一方通行による妹達虐殺以上の惨劇が、この狭く、寒く、一点の光も無い煉獄で惹起されていた。
『「樹形図の設計者」の新たな計算結果により、四五世代を経る事で超能力者を生み出せる事が判明。
さらに交配を続ければさらに出力の高い個体を製造可という結果も算出された。
ミサカネットワークによって外界にこの実験が公表される可能性があるため、
実験に無関係な個体との接点は抹消し、実験用個体は全てミサカネットワークと断絶させる』
さらに交配を続ければさらに出力の高い個体を製造可という結果も算出された。
ミサカネットワークによって外界にこの実験が公表される可能性があるため、
実験に無関係な個体との接点は抹消し、実験用個体は全てミサカネットワークと断絶させる』
自分が過ごしていた日常が、砕けちった。あの少年や白井、初春、佐天達と共有していたあの生活など
罪深い自分に相応しくないと改めて実感した。
救う、助ける、守る。
そんな単純な言葉と行為で埋め合わせられる筈が無い。
罪深い自分に相応しくないと改めて実感した。
救う、助ける、守る。
そんな単純な言葉と行為で埋め合わせられる筈が無い。
『新たに産まれた妹達の記憶を集積する事で人格データを更新し続け、超能力を扱える器量を備えさせる。
そして、遂に産まれた超能力者「X番雷霆」。交配を続ける事で、何時しかまだ見ぬ絶対能力者をも
目指すために費やされる個体数、世代数は未知数。よってX番を検体番号とする』
そして、遂に産まれた超能力者「X番雷霆」。交配を続ける事で、何時しかまだ見ぬ絶対能力者をも
目指すために費やされる個体数、世代数は未知数。よってX番を検体番号とする』
完全に体温は冷気と一体化した。これ以上の惨苦に触れられる余裕など、とっくに霧散した。
自己の信念や正義とかいう甘ったるい、吐気がする下賎な感情に比類無き厭悪を覚えた。
自己の信念や正義とかいう甘ったるい、吐気がする下賎な感情に比類無き厭悪を覚えた。
『しかし扁桃体に過剰関与する事で、情動のコントロールが難化し、かつ近親交配により
精神と人格に異常が発生し、製造スタッフに反逆する程の反抗心と、群を抜く狂気を抱くようになり、
もはや制御不可となったために学園都市は正式な超能力者第六位の称号を与えず放棄。
よって学園都市一般では第六位が誰かは知られていない。
学園都市に与える利益を第七位に次ぎ、持ち得ないために第六位とする』
精神と人格に異常が発生し、製造スタッフに反逆する程の反抗心と、群を抜く狂気を抱くようになり、
もはや制御不可となったために学園都市は正式な超能力者第六位の称号を与えず放棄。
よって学園都市一般では第六位が誰かは知られていない。
学園都市に与える利益を第七位に次ぎ、持ち得ないために第六位とする』
美琴が眺めた文量は、たったこれだけだった。簡単にまとめればこうだ。
ここにいた研究員達は個人の素養に合致した能力を開発していたのでは無い。
嘱望された能力を発現出来る人間そのものを造りだそうとしていた。
狂気に満ちた刻苦勉励な大実験。
美琴は足下も覚束無いまま、ふらふらと重病患者の様な動きで、頭痛を抑えるために手を額に当てながら
再び妹達だったミイラに真正面から向き合った。
「………………」
涙腺が裂けて、網膜が異常な反応をしているのだろうか。涙を流したいのに、一滴も滴り落ちない。
それとも、この狂ったBGMが美琴の良心の本質を揺るがしているのだろうか。
自我境界が乱れた確信があった。この目の前に居る少女は、研究員達にどんな事をされたんだろう。
理解はしていても、あれだけ抽象的に淡々と行為を記憶されていると、どうしても余計な想像力が働いてしまう。ーーー子を孕む。自分と全く同じ顔の子を。愛とか、そんな素晴らしい感情を挟まない『行為』を
隔てて、出産し、産声をあげる妹達。
「……………あ……あ……………」
ミイラに眼球は備わっていない。だが、美琴には、あまりにも羸弱だったその少女は、その二つの空洞か
ら、確かな視線を感じた。一方的に注がれる感情を察知出来てしまった。
ここにいた研究員達は個人の素養に合致した能力を開発していたのでは無い。
嘱望された能力を発現出来る人間そのものを造りだそうとしていた。
狂気に満ちた刻苦勉励な大実験。
美琴は足下も覚束無いまま、ふらふらと重病患者の様な動きで、頭痛を抑えるために手を額に当てながら
再び妹達だったミイラに真正面から向き合った。
「………………」
涙腺が裂けて、網膜が異常な反応をしているのだろうか。涙を流したいのに、一滴も滴り落ちない。
それとも、この狂ったBGMが美琴の良心の本質を揺るがしているのだろうか。
自我境界が乱れた確信があった。この目の前に居る少女は、研究員達にどんな事をされたんだろう。
理解はしていても、あれだけ抽象的に淡々と行為を記憶されていると、どうしても余計な想像力が働いてしまう。ーーー子を孕む。自分と全く同じ顔の子を。愛とか、そんな素晴らしい感情を挟まない『行為』を
隔てて、出産し、産声をあげる妹達。
「……………あ……あ……………」
ミイラに眼球は備わっていない。だが、美琴には、あまりにも羸弱だったその少女は、その二つの空洞か
ら、確かな視線を感じた。一方的に注がれる感情を察知出来てしまった。
ーーーどうして、助けてくれなかったの、とミサカはお姉様に済世を求め
「ぁああああああああああああああああッ!!!!ぐ…………あ、う、う、う……ッ!!」
美琴は妹達のミイラに購うように、寄りかかる。美琴の疾呼が地下室に響き渡った。
あの少年の助けを得たきりで満足してしまった自分が腹立たしかった。
「……ごめんね、ごめんね……」
もう届いてもどうしようもない嘆きだけが口から排出されていった。
「ごめんなさい…………」
幼い時に不用意に渡してしまったDNAマップ。あの少年は、美琴のおかげで妹達は命をもらえたんだ、
だからお前を憎んだりはしていないし、お前は誇って良いんだよ、と言ってくれた。
でも、産まれてしまったせいで、類比無き惨苦に蹂躙されてしまった妹達は、それでも自分に憎悪を
抱かなかっただろうか。こんな事なら、産まれてこなければ良かったと美琴に訴えたかったのではないか。
「私のせいだ…………私がっ……!あんな事しなければ…………こんな事、になんか…………!!」
「ぁああああああああああああああああッ!!!!ぐ…………あ、う、う、う……ッ!!」
美琴は妹達のミイラに購うように、寄りかかる。美琴の疾呼が地下室に響き渡った。
あの少年の助けを得たきりで満足してしまった自分が腹立たしかった。
「……ごめんね、ごめんね……」
もう届いてもどうしようもない嘆きだけが口から排出されていった。
「ごめんなさい…………」
幼い時に不用意に渡してしまったDNAマップ。あの少年は、美琴のおかげで妹達は命をもらえたんだ、
だからお前を憎んだりはしていないし、お前は誇って良いんだよ、と言ってくれた。
でも、産まれてしまったせいで、類比無き惨苦に蹂躙されてしまった妹達は、それでも自分に憎悪を
抱かなかっただろうか。こんな事なら、産まれてこなければ良かったと美琴に訴えたかったのではないか。
「私のせいだ…………私がっ……!あんな事しなければ…………こんな事、になんか…………!!」
既に心の牙は完全に折れていた。
にもかかわらず、心はもう地盤から崩れてしまったのに頭は勝手に推察を続けてしまう。
にもかかわらず、心はもう地盤から崩れてしまったのに頭は勝手に推察を続けてしまう。
超能力者として生まれ変わった〇〇〇〇〇号。結局地獄の淵を生きたその少女は、どうなったのか。
レポートにはその後の経緯は書かれていない。研究員達が全てを廃棄した、としか残っていない。
レポートにはその後の経緯は書かれていない。研究員達が全てを廃棄した、としか残っていない。
ならば、もしや、まさか、彼女は、妹達は、まだここに『一人在る』筈じゃ……
ーーーカン。
その瞬間、美琴の背後から、金属音が鳴り響き、その耳に突き刺さった。
美琴の心と頭が真っ白に成り果てる。
…………絶望はまだ終わりじゃない。
続けて、ポタッ、と水滴が地面に触れて散った触感を含んだ音が聞こえる。
さらには、ベチャ、と水風船が破裂したかの様な生々しい付着音が耳に入ってくる。
そして、あの狂った旋律のおどろおどろしい歌が、機械的なミュージックから、
美琴の心と頭が真っ白に成り果てる。
…………絶望はまだ終わりじゃない。
続けて、ポタッ、と水滴が地面に触れて散った触感を含んだ音が聞こえる。
さらには、ベチャ、と水風船が破裂したかの様な生々しい付着音が耳に入ってくる。
そして、あの狂った旋律のおどろおどろしい歌が、機械的なミュージックから、
肉声へと変貌する。
美琴の全神経が、後ろを向くな、と命令する。美琴自身も、後方を振り向くのは避けたかった。
だが、体は、自然と、操られるかのように背後のモノを覗こうと動いてしまう。
歯がガチガチと汚辱な音を立てる。全身の震えは大地の揺れよりも激しいままだ。
それでも美琴はミイラに寄りかかったまま、強引に首を曲げて、充血した両眼を見開いた。
だが、体は、自然と、操られるかのように背後のモノを覗こうと動いてしまう。
歯がガチガチと汚辱な音を立てる。全身の震えは大地の揺れよりも激しいままだ。
それでも美琴はミイラに寄りかかったまま、強引に首を曲げて、充血した両眼を見開いた。
まず、足が見えた。美琴がかつて履いていたルーズソックスと同じ物が、細い脹脛を包んでいる。
ただ一つ違うのは靴下が妙に黒々としている事だ。太腿は引き締まっていても、女性的な流線が目を引く。
肌は瑞々しく薄くピンクが入っているからか嬌艶さが滲み出ていた。
次に腰。常盤台中学の制服に酷似したミニスカートが両足の始点、即ち秘部を隠している。
これも黒ずみ、更には布の切れ端が解れ、それに所々破れてすらいる。少し屈んだだけで下着が見えかね
ない危うさが、男の淫靡な視線を釘付けしそうな妖艶さを強調している。
今度は上半身。これも常盤台の制服のようだが半袖であるため、夏服なのだろう。この冷度の中での
薄着が痛々しくみえる。制服自体はまた烏の濡れ羽色の様な黒のシミが、均整を取って広がっている。
だが、また先端が破れていたとしても、饐えた匂いはしない。洗っている痕跡は辛うじてあった。
最後に顔。美琴と同じく、明眸皓歯に整った顔立ち。化粧を施さなくとも優艶な眉、睫毛が具備され、
同様に鼻も流麗で高すぎず、低すぎず、万人が見惚れる理想的な形を召している。唇は健康的に淡く桜の花の様に淡い桃色で、そこから流れ出す声は人の好感を抱かせる美声なのだろう。
髪は美琴と同質の茶っ毛で、荒れている筈もなく、髪の毛一本一本の油を取払い、触れて、その流れを
堪能したい程の鮮麗さを持っている。しかし、美琴よりもとても長い。膝まであるかとも思える長髪。
前髪は美琴と同様に束ねてある。髪飾りの替わりに、三本の紅いコードが曲線を経て、両端が繋がっている
電極らしき機具が装着されていた。一本は真ん中が切断されているが。
電極の材質は学園都市製の頑丈なプラスチック。
石油の残りカスから作られるのではなく、純正のプラスチックとして製造されるため、外見も性能も良い
一品のはずだ。
ただ一つ違うのは靴下が妙に黒々としている事だ。太腿は引き締まっていても、女性的な流線が目を引く。
肌は瑞々しく薄くピンクが入っているからか嬌艶さが滲み出ていた。
次に腰。常盤台中学の制服に酷似したミニスカートが両足の始点、即ち秘部を隠している。
これも黒ずみ、更には布の切れ端が解れ、それに所々破れてすらいる。少し屈んだだけで下着が見えかね
ない危うさが、男の淫靡な視線を釘付けしそうな妖艶さを強調している。
今度は上半身。これも常盤台の制服のようだが半袖であるため、夏服なのだろう。この冷度の中での
薄着が痛々しくみえる。制服自体はまた烏の濡れ羽色の様な黒のシミが、均整を取って広がっている。
だが、また先端が破れていたとしても、饐えた匂いはしない。洗っている痕跡は辛うじてあった。
最後に顔。美琴と同じく、明眸皓歯に整った顔立ち。化粧を施さなくとも優艶な眉、睫毛が具備され、
同様に鼻も流麗で高すぎず、低すぎず、万人が見惚れる理想的な形を召している。唇は健康的に淡く桜の花の様に淡い桃色で、そこから流れ出す声は人の好感を抱かせる美声なのだろう。
髪は美琴と同質の茶っ毛で、荒れている筈もなく、髪の毛一本一本の油を取払い、触れて、その流れを
堪能したい程の鮮麗さを持っている。しかし、美琴よりもとても長い。膝まであるかとも思える長髪。
前髪は美琴と同様に束ねてある。髪飾りの替わりに、三本の紅いコードが曲線を経て、両端が繋がっている
電極らしき機具が装着されていた。一本は真ん中が切断されているが。
電極の材質は学園都市製の頑丈なプラスチック。
石油の残りカスから作られるのではなく、純正のプラスチックとして製造されるため、外見も性能も良い
一品のはずだ。
だが、この少女が備える瞳と眼球は、美琴の持つ元気溢れる聡明なそれとはかけ離れていた。
本来白一色であるべき角膜は、真っ赤に染め上がり、明らかな異質さを誇っている。
充血した目とはワケが違う。紅く、紅蓮であらゆる調和を内部から腐食させていくかの様な臙脂の眼球。
瞳は黒どころか、宿す色目は鼈甲色。いわば黄色く、爬虫類独特な瞳の瑕疵の如き鋭い一線が印象を与え
ていた。人として有り得ないこの眼孔は、大脳辺縁系への干渉の弊害によって変質化したのだと、
美琴の頭が非情に答えを弾き出していた。
本来白一色であるべき角膜は、真っ赤に染め上がり、明らかな異質さを誇っている。
充血した目とはワケが違う。紅く、紅蓮であらゆる調和を内部から腐食させていくかの様な臙脂の眼球。
瞳は黒どころか、宿す色目は鼈甲色。いわば黄色く、爬虫類独特な瞳の瑕疵の如き鋭い一線が印象を与え
ていた。人として有り得ないこの眼孔は、大脳辺縁系への干渉の弊害によって変質化したのだと、
美琴の頭が非情に答えを弾き出していた。
そして、その手には信じられない事に、ヒトの『右腕』が握られていた。肘までの部分で引き裂かれてお
り、その欠損部分から骨と筋肉、多数の静脈動脈がはみ出し、赤黒い液体をたっぷり流しながら、その指は
握られていた。その千切れた右腕には、幾つかの『歯形』すらある。それに呼応するかの様に、
り、その欠損部分から骨と筋肉、多数の静脈動脈がはみ出し、赤黒い液体をたっぷり流しながら、その指は
握られていた。その千切れた右腕には、幾つかの『歯形』すらある。それに呼応するかの様に、
その少女の口元にも、血がツター……と一筋の紅い線を描いて、滴っていた。
赤のチークが似合うその『美琴似の少女』が、怯え、恐怖に苛まれた美琴を一瞥して、こう言う。
「ふーん……美琴もこっちに来たってワケか。このミコトに会いに来てくれたってコト? 美琴」
そうして描かれる柔和な笑顔。美琴と全く同じ、人に安堵を与える、楽魚落雁の笑みだったが、
その紅く、毒々しい黄色い眼光が、その全てを混沌へと沈鬱させる。
「アンタ、大丈夫?蒼白になってるわよ。ミコトが拭いてあげようか? 美琴」
美琴に微かに残っていた希望は、残酷な現実によって完全に抹消された。
赤のチークが似合うその『美琴似の少女』が、怯え、恐怖に苛まれた美琴を一瞥して、こう言う。
「ふーん……美琴もこっちに来たってワケか。このミコトに会いに来てくれたってコト? 美琴」
そうして描かれる柔和な笑顔。美琴と全く同じ、人に安堵を与える、楽魚落雁の笑みだったが、
その紅く、毒々しい黄色い眼光が、その全てを混沌へと沈鬱させる。
「アンタ、大丈夫?蒼白になってるわよ。ミコトが拭いてあげようか? 美琴」
美琴に微かに残っていた希望は、残酷な現実によって完全に抹消された。
第三位の超能力者『超電磁砲』と、第六位の超能力者『X番雷霆』。
あまりにも道を違えてしまった二人の少女が、遂に回避出来ない邂逅を果たした。
あまりにも道を違えてしまった二人の少女が、遂に回避出来ない邂逅を果たした。
6.5
「またまた暴動検挙の勅令ですか。こうも件数が多いと、超ダルいですね」
「そう、文句も、言っていられない。被害を、被るのは、罪も無い学生達が、主なのだから」
「……わかってますよ。全くスキルアウト共に加え、一部の事業部まで反乱意思を掲げてくるとは、
この絹旗ちゃんにも超予測出来ませんでしたし」
「またまた暴動検挙の勅令ですか。こうも件数が多いと、超ダルいですね」
「そう、文句も、言っていられない。被害を、被るのは、罪も無い学生達が、主なのだから」
「……わかってますよ。全くスキルアウト共に加え、一部の事業部まで反乱意思を掲げてくるとは、
この絹旗ちゃんにも超予測出来ませんでしたし」
時は二一時。学園都市にも霞がかった暗夜が漂い始め、万が一の爆撃に備えて学生達は自身の家屋に
閉じこもっている。基本、下校定時を過ぎればバス等の交通機関も停止し、外出している人間の数は限られ
るが、戦争勃発後は街を放浪する、訳の分からない集団が胸を張って行進するのが多くなった。
戦争を止めさせる、と掲げる大義名分は褒められる大した物だが、その活動は決して善的行為ではない。
学園都市を脱出し、戦力を自ら削いだと発表する事でロシアの提示した条件を呑むのだ、と科学サイドの
敗北を推進しようと呼びかけているのだ。
これは学園都市に所属している社団の一部が、ロシアとの強力なパイプ、即ち政治的権力の維持を支援す
るための種金――または一部の化学実験に必要な資金のやり取り……―――様は利権を守りたいために
ロシアの支援を受けていた社団が始めたもの。
ロシアに降伏すれば、学園都市が誇る最先端の科学力が世間にも公表されてしまうだろう。
ならば、その情報を自ら公開して、世界全てを学園都市と同じ立場に伸し上げて、平等な世界平和を
目指そうと語る、ボケた輩がそれに加わり、『反乱分子』と伸し上がったのだ。
この集団が結構厄介で、日が出ている内には講習会を頻繁に開き、甘ったるい演説で同士を着々と増やし
月が出ている時には、学園都市を徘徊して、『外』の選挙活動のような呼びかけを繰り返しているのだ。
問題なのは、その『呼びかけ』が少々暴力的で、いきなり学生の家に押し入り、退路を断ってから享受を
図って強引に加入するように働いてくるのだ。無論、断った常識的な学生は排除される。つまりは、死だ。
それはもはや無視出来ない、学園都市の第三勢力たる敵だ。こうした内部からの浸食を押さえつけなけれ
ば、ロシアに敗北する一因にも成りかねない。
閉じこもっている。基本、下校定時を過ぎればバス等の交通機関も停止し、外出している人間の数は限られ
るが、戦争勃発後は街を放浪する、訳の分からない集団が胸を張って行進するのが多くなった。
戦争を止めさせる、と掲げる大義名分は褒められる大した物だが、その活動は決して善的行為ではない。
学園都市を脱出し、戦力を自ら削いだと発表する事でロシアの提示した条件を呑むのだ、と科学サイドの
敗北を推進しようと呼びかけているのだ。
これは学園都市に所属している社団の一部が、ロシアとの強力なパイプ、即ち政治的権力の維持を支援す
るための種金――または一部の化学実験に必要な資金のやり取り……―――様は利権を守りたいために
ロシアの支援を受けていた社団が始めたもの。
ロシアに降伏すれば、学園都市が誇る最先端の科学力が世間にも公表されてしまうだろう。
ならば、その情報を自ら公開して、世界全てを学園都市と同じ立場に伸し上げて、平等な世界平和を
目指そうと語る、ボケた輩がそれに加わり、『反乱分子』と伸し上がったのだ。
この集団が結構厄介で、日が出ている内には講習会を頻繁に開き、甘ったるい演説で同士を着々と増やし
月が出ている時には、学園都市を徘徊して、『外』の選挙活動のような呼びかけを繰り返しているのだ。
問題なのは、その『呼びかけ』が少々暴力的で、いきなり学生の家に押し入り、退路を断ってから享受を
図って強引に加入するように働いてくるのだ。無論、断った常識的な学生は排除される。つまりは、死だ。
それはもはや無視出来ない、学園都市の第三勢力たる敵だ。こうした内部からの浸食を押さえつけなけれ
ば、ロシアに敗北する一因にも成りかねない。
よって、それらを叩き潰すために結成された新チームが、今暗躍しているわけだ。
息を潜めたまま地下鉄の改札に繋がる階段に隠れている二人。
その隣の道路を進む反乱分子の一団。
「そろそろ来ますね。超準備は整ってますか、手塩恵未さん」
「とうに、完璧だ。奴らの迎撃に加え、身柄を、拘束するツールも、活躍するのを、待っている。
何も問題無い。絹旗最愛」
「あのドレス女は他のポジションで待機してますが、私達もあっちを超助けに行く必要もありそうですね」
「全く、大能力者は、どうして、こうも過信に陥る輩が、多いのか」
「要は自制の問題ですよ。私なんかじゃ自分の限界ぐらい超把握してますしね」
「それで、すむ、ならいいけど、ね」
「……来ました」
ジャキン!と、手元の銃器を戦闘区域で解放できるよう、手塩が構える。
一方、絹旗の手にあるのは双眼鏡のみ。双眼鏡には遠くを見るだけでなく、
わざとレンズの光を反射させて、自身の位置を誤認させる事が出来る。
そのため、絹旗は火薬を一切使わず、敵側に襲撃のサインを出す。
月明かりが欠けた。その始点に目線を奪われる反乱分子達。彼らが戦闘配置に移行しようとした途端、
息を潜めたまま地下鉄の改札に繋がる階段に隠れている二人。
その隣の道路を進む反乱分子の一団。
「そろそろ来ますね。超準備は整ってますか、手塩恵未さん」
「とうに、完璧だ。奴らの迎撃に加え、身柄を、拘束するツールも、活躍するのを、待っている。
何も問題無い。絹旗最愛」
「あのドレス女は他のポジションで待機してますが、私達もあっちを超助けに行く必要もありそうですね」
「全く、大能力者は、どうして、こうも過信に陥る輩が、多いのか」
「要は自制の問題ですよ。私なんかじゃ自分の限界ぐらい超把握してますしね」
「それで、すむ、ならいいけど、ね」
「……来ました」
ジャキン!と、手元の銃器を戦闘区域で解放できるよう、手塩が構える。
一方、絹旗の手にあるのは双眼鏡のみ。双眼鏡には遠くを見るだけでなく、
わざとレンズの光を反射させて、自身の位置を誤認させる事が出来る。
そのため、絹旗は火薬を一切使わず、敵側に襲撃のサインを出す。
月明かりが欠けた。その始点に目線を奪われる反乱分子達。彼らが戦闘配置に移行しようとした途端、
道路が真っ二つに裂け、その亀裂から電車の車体そのものが飛び出して来た。
恐るべき速度で反乱分子達に叩き付けられる車体。
轟!! と破片が飛び散り、多大な衝撃波が周囲に向かって平等に拡散する。
突然の奇襲に対応しきれない分はこれで無力化させる。
「むふふ。さすがに大能力者が直々に来るとは超予測出来てなかったようですね」
亀裂からひょっこり顔を出す絹旗。幼く、短めの茶髪を持つ少女が、死地を平然と眺める。
自身の位置を知らせてから、一気に地下を彫り上げて、線路に降り、機体を放り投げたのだ。
「く、くそっ!」
まだまだ残兵が反撃しようと、銃器や能力の標準が一斉に絹旗に向けられる。
しかし、自ら視線を制限させてしまった彼らは、一つのミスを犯した。
トリガーが引かれる前に、一人の戦闘員が、反乱分子の生き残りを狩っていく。
「派手な陽動程、便利な隠れ蓑は、無いな」
死角から放たれる銃撃、そして要所要所で混ぜられる正確な体術。これらが効率良く運営される事で、
数を削るのは安易と成り下がった。
恐るべき速度で反乱分子達に叩き付けられる車体。
轟!! と破片が飛び散り、多大な衝撃波が周囲に向かって平等に拡散する。
突然の奇襲に対応しきれない分はこれで無力化させる。
「むふふ。さすがに大能力者が直々に来るとは超予測出来てなかったようですね」
亀裂からひょっこり顔を出す絹旗。幼く、短めの茶髪を持つ少女が、死地を平然と眺める。
自身の位置を知らせてから、一気に地下を彫り上げて、線路に降り、機体を放り投げたのだ。
「く、くそっ!」
まだまだ残兵が反撃しようと、銃器や能力の標準が一斉に絹旗に向けられる。
しかし、自ら視線を制限させてしまった彼らは、一つのミスを犯した。
トリガーが引かれる前に、一人の戦闘員が、反乱分子の生き残りを狩っていく。
「派手な陽動程、便利な隠れ蓑は、無いな」
死角から放たれる銃撃、そして要所要所で混ぜられる正確な体術。これらが効率良く運営される事で、
数を削るのは安易と成り下がった。
―――二人の連携により、たちまち一団は捕縛された。消費時間はたったの十分。
手錠よりも物騒な金網で下手人達を縛り上げる。ついでに単純な仕様の小型AIMジャマーを幾つか設置し、
能力者の反撃を予め切っておいてから、一息入れる二人だった。
「今日の窒素ちゃんは何だか超不機嫌な気がします」
絹旗の能力『窒素装甲』は大気中の窒素を操り、掌に莫大な馬力を宿らせ、あるいは全身に窒素を纏う
事で防壁を作り出す事が出来る。奇襲時の怪力もこの能力あってこその物だ。そのため、絹旗は空気中の
窒素に何らかのイメージを抱く事がある。素直に命令を聞く場合と、演算を一段階複雑にしないと窒素が
掌握から逃れてしまう場合があるのだ。そのイメージを、絹旗は『機嫌』で表現した。
「何か、問題でも、あるのか」
新チームの一員である手塩が返答する。彼女は超能力を秘めていないので、その感覚に実感が
湧きにくい。その代わりに女性とは思えない程の撓る筋力と、警備員の捕縛術を応用した危険極まりない
体術を使っている。能力に頼りっぱなしの人間にも、重火器を振るう人間にも有効だ。
絹旗が目蓋をパチパチと何度か瞬きしながら、手塩の疑問を解く。
「いえ、戦闘には支障無いんですが、こういう感触を得る度に超嫌な出来事が起きるんですよ。
それが超トラウマなんですが」
空気の流れが乱れる感じ。これを二度三度と察するのを繰り返すごとに、絹旗は漠然と
わかってしまったのだ。冷風が自分の五感と空間の境界線をはっきりと浮き彫りにする度に、絹旗の
日常が狂ってしまうのを。
例えば、第二位の超能力者である垣根帝督に敗北する直前にもこれが起きた。
例を挙げれば、浜面が暗殺部隊に追跡されるのを知った際にもこの現象が発生してしまった。
手錠よりも物騒な金網で下手人達を縛り上げる。ついでに単純な仕様の小型AIMジャマーを幾つか設置し、
能力者の反撃を予め切っておいてから、一息入れる二人だった。
「今日の窒素ちゃんは何だか超不機嫌な気がします」
絹旗の能力『窒素装甲』は大気中の窒素を操り、掌に莫大な馬力を宿らせ、あるいは全身に窒素を纏う
事で防壁を作り出す事が出来る。奇襲時の怪力もこの能力あってこその物だ。そのため、絹旗は空気中の
窒素に何らかのイメージを抱く事がある。素直に命令を聞く場合と、演算を一段階複雑にしないと窒素が
掌握から逃れてしまう場合があるのだ。そのイメージを、絹旗は『機嫌』で表現した。
「何か、問題でも、あるのか」
新チームの一員である手塩が返答する。彼女は超能力を秘めていないので、その感覚に実感が
湧きにくい。その代わりに女性とは思えない程の撓る筋力と、警備員の捕縛術を応用した危険極まりない
体術を使っている。能力に頼りっぱなしの人間にも、重火器を振るう人間にも有効だ。
絹旗が目蓋をパチパチと何度か瞬きしながら、手塩の疑問を解く。
「いえ、戦闘には支障無いんですが、こういう感触を得る度に超嫌な出来事が起きるんですよ。
それが超トラウマなんですが」
空気の流れが乱れる感じ。これを二度三度と察するのを繰り返すごとに、絹旗は漠然と
わかってしまったのだ。冷風が自分の五感と空間の境界線をはっきりと浮き彫りにする度に、絹旗の
日常が狂ってしまうのを。
例えば、第二位の超能力者である垣根帝督に敗北する直前にもこれが起きた。
例を挙げれば、浜面が暗殺部隊に追跡されるのを知った際にもこの現象が発生してしまった。
(…………浜面、滝壺さん)
夜空を照らす朧月に視線を向けつつ、絹旗は一人の男とかつての仲間に想いを馳せた。
この空の下で、あの二人は無事に生存しているだろうか。情報規制のせいで、学園都市の内部には
彼らの状況に関わる話は一切届かなくなった。
何故か、胸が張り裂けそうになる。その衝動を抑えるために絹旗は薄い胸に手を当てる。
鼓動の乱れを正常に戻すには努力が必要だった。何とか平常状態に帰還しようとする絹旗を、手塩が
怪訝な目で眺める。
「どうやら、意中の男を、憶っているようだな」
「は、はぁ!? そんなワケありませんよ。超ありえません! これっぽちもあんな粗暴な奴の事なんか
超心配してませんよ!!」
「いや、私も昔は、よくそんな目を、していたのだよ。大体は、好いた異性の人間との思い出に、
浸ると、女性は、そうなるものだ」
経験則から、手塩は幼い絹旗の胸中を丸裸にしてしまった。ドンピシャリで本音を言い当てられてしまっ
た少女は、折角元に戻した心臓の高ぶりと再び闘う事になってしまった。
もう黙ったままでは何ともならなかったので、絹旗は口を沢山動かして精神を安定させる事にした。
「と、とにかく! 捉えた反逆者共は指定のポイントまで超誘導します。
さっさと学園都市も条例に、反逆罪を裁ける項を超加えるべきですね」
突然の変貌に少々面食らった手塩も、仕事の顔に戻る。
「その後、別行動のあの女と、合流するのだな。コイツ等の、後の処遇は、上層部に委ねよう」
と、自慢の怪力で捕獲した反逆者達を丸ごと引っ張る二人。最初はその場から離れないように踏ん張って
いたが、予想以上の負荷を掛けられたために、そのまま反逆者達は徐々に従順になりそのまま誘導される。
夜空を照らす朧月に視線を向けつつ、絹旗は一人の男とかつての仲間に想いを馳せた。
この空の下で、あの二人は無事に生存しているだろうか。情報規制のせいで、学園都市の内部には
彼らの状況に関わる話は一切届かなくなった。
何故か、胸が張り裂けそうになる。その衝動を抑えるために絹旗は薄い胸に手を当てる。
鼓動の乱れを正常に戻すには努力が必要だった。何とか平常状態に帰還しようとする絹旗を、手塩が
怪訝な目で眺める。
「どうやら、意中の男を、憶っているようだな」
「は、はぁ!? そんなワケありませんよ。超ありえません! これっぽちもあんな粗暴な奴の事なんか
超心配してませんよ!!」
「いや、私も昔は、よくそんな目を、していたのだよ。大体は、好いた異性の人間との思い出に、
浸ると、女性は、そうなるものだ」
経験則から、手塩は幼い絹旗の胸中を丸裸にしてしまった。ドンピシャリで本音を言い当てられてしまっ
た少女は、折角元に戻した心臓の高ぶりと再び闘う事になってしまった。
もう黙ったままでは何ともならなかったので、絹旗は口を沢山動かして精神を安定させる事にした。
「と、とにかく! 捉えた反逆者共は指定のポイントまで超誘導します。
さっさと学園都市も条例に、反逆罪を裁ける項を超加えるべきですね」
突然の変貌に少々面食らった手塩も、仕事の顔に戻る。
「その後、別行動のあの女と、合流するのだな。コイツ等の、後の処遇は、上層部に委ねよう」
と、自慢の怪力で捕獲した反逆者達を丸ごと引っ張る二人。最初はその場から離れないように踏ん張って
いたが、予想以上の負荷を掛けられたために、そのまま反逆者達は徐々に従順になりそのまま誘導される。
ポイントに到着し、下部組織の者達が運転する大型トラックに捕まえた人間達を放り込んでから、
二人は漸く仕事から解き放たれる。
しかし、まだ案件が終わったワケではない。『外』での戦争が続行される限りこの手の輩達は減らない。
また、明日も同様の仕事が待っているだろう。溜息まじりに絹旗は自分の多忙ぶりにうんざりする。
「一段落ついたら、新作映画のチェックに入ろうかとも思ってましたが、そんな暇はもう超作れないかも
しれませんね。あのドレス女は散々休暇を超取ってる癖に」
「まあ、仕事と、割り切るしかないな。確かに、休養を取りがちなあの女と、情報管理しか仕事が
割り当てられない、馬場が羨ましく見えるがな」
「あの人、よく戦線復帰出来ましたよね。超不思議です。私達が地下シェルターに助けに行って
顔を合わせた時には超疲弊してたんですが」
「だが、君の顔を見た瞬間、『こ、これは新たな恋の予感……!』とか、ほざいてた覚えが、ある」
「…………超冗談キツいですよねー。新しい生き甲斐を再発見したなら、喜ばしい事ですが」
「成る程、先程の思い人は、あいつだったって、オチか」
「いやいやいや、私のタイプはもっと荒々しく、元気で超ヘタレな男なんですよコレが」
と、多少気が抜け、安堵感からか、二人は自然と打ち解けていた。
暗部の仕事仲間に友情を感じる危険性を知っている二人でも、この関係に好意を抱いていた。
『外』の惨状を考えると、不謹慎だが、この日常が続けば、また浜面や滝壺との交流の機会が必ず
持てると、絹旗は自身の未来に希望があるのを信じていた。
二人は漸く仕事から解き放たれる。
しかし、まだ案件が終わったワケではない。『外』での戦争が続行される限りこの手の輩達は減らない。
また、明日も同様の仕事が待っているだろう。溜息まじりに絹旗は自分の多忙ぶりにうんざりする。
「一段落ついたら、新作映画のチェックに入ろうかとも思ってましたが、そんな暇はもう超作れないかも
しれませんね。あのドレス女は散々休暇を超取ってる癖に」
「まあ、仕事と、割り切るしかないな。確かに、休養を取りがちなあの女と、情報管理しか仕事が
割り当てられない、馬場が羨ましく見えるがな」
「あの人、よく戦線復帰出来ましたよね。超不思議です。私達が地下シェルターに助けに行って
顔を合わせた時には超疲弊してたんですが」
「だが、君の顔を見た瞬間、『こ、これは新たな恋の予感……!』とか、ほざいてた覚えが、ある」
「…………超冗談キツいですよねー。新しい生き甲斐を再発見したなら、喜ばしい事ですが」
「成る程、先程の思い人は、あいつだったって、オチか」
「いやいやいや、私のタイプはもっと荒々しく、元気で超ヘタレな男なんですよコレが」
と、多少気が抜け、安堵感からか、二人は自然と打ち解けていた。
暗部の仕事仲間に友情を感じる危険性を知っている二人でも、この関係に好意を抱いていた。
『外』の惨状を考えると、不謹慎だが、この日常が続けば、また浜面や滝壺との交流の機会が必ず
持てると、絹旗は自身の未来に希望があるのを信じていた。
だが、そんな日常は、ほんの少しの悪意と策謀で、いとも簡単に崩れるモノだ。
次の瞬間、手塩は、絹旗の喉先に、固く握りしめた拳を叩き付けた。
「……ッ!?」
『窒素装甲』の自動発生のおかげで、事なきを得たが、間違って防御し損ねていたら、確実に体の自由を
奪われていただろう。あまりにも高速で正確に人の急所に放たれた一撃は、独特の重みが篭められていた。
「……ッ!?」
『窒素装甲』の自動発生のおかげで、事なきを得たが、間違って防御し損ねていたら、確実に体の自由を
奪われていただろう。あまりにも高速で正確に人の急所に放たれた一撃は、独特の重みが篭められていた。
まるで、世界で一番『憎い』人間に対して狙う様な一撃だ。
その証拠に、手塩の顔は、憎悪と脳乱が入り交じった感情が貼付けられていた。
その証拠に、手塩の顔は、憎悪と脳乱が入り交じった感情が貼付けられていた。
「…………なるほど。やはりそういうことですか。超悪辣ですね」
ゴッ、と更に重い右ストレートを振るう。だが、今度は手塩の攻撃ではない。
絹旗が手塩の土手っ腹に窒素を纏った拳を捻り込めた。静かにその場に倒れる手塩。
内臓は一切傷つけていない。自分を殴殺しようとした者に対しては、あまりにも優しい反撃だった。
絹旗は安否を確認してから、直ぐさま体ごと振り返る。眉間には特別に野太い血管が寄せられていた。
ゴッ、と更に重い右ストレートを振るう。だが、今度は手塩の攻撃ではない。
絹旗が手塩の土手っ腹に窒素を纏った拳を捻り込めた。静かにその場に倒れる手塩。
内臓は一切傷つけていない。自分を殴殺しようとした者に対しては、あまりにも優しい反撃だった。
絹旗は安否を確認してから、直ぐさま体ごと振り返る。眉間には特別に野太い血管が寄せられていた。
「あら、友達ごっこはもうおしまい?あなた達は結構そういうの、好きじゃなかった?」
暗い路地裏から、折れそうな細い脚を忍ばせて歩いてくる女に絹旗は注意を惜しまない。
高価で、きらびやかな豪華さを秘めたドレスで繊細な体を包む少女が、物騒な武器を引きづりながら
現れた。武器は自動擲弾発射器。三〇発まで弾を装填出来る金属型ドラムマガジンが装着されているのにも
拘らず、実際に装填されているのは一発のみ。軽量さを重視したのか、それとも、
「私を狙うとは、学園都市も超堕ちたものですね。暗部の者を消すリスクはかなりキツい筈ですが。
何が目的なのか、超はっきり吐いてもらいましょうか」
一撃で絹旗を沈められる一手を隠し持っているのか。
ドレスの少女は、口元の笑みを絶やさぬまま、少し頭を傾け、空いた左手を唇に当てる。
同性から見れば、向っ腹が立つ仕草だ。こちらの怒りを可能な限り誘いたいのか。
「うーん。私自身はあなたに手を出したくないの。本当よ。でも、統括理事会から直接のオーダーが
回って来たから、どうしても断れなくて。ギャラに目が眩んだのも事実だけど」
「統括理事会から直接……? 待って下さい。私の様な超弱小な大能力者を始末するような依頼が
そんな所から下りる筈はありません。そこまでの危険性が私なんかにあると超思ってるんですか?」
確かに絹旗は強大な大能力者だ。しかし、学園都市のトップに準する彼らが絹旗程度を狙うとは
とても考えられない。不自然だ。
だが、ドレスの少女が嘘を付いているとは限らない。
もっと異質な思惑があると考えれば別に不思議ではない。
そう、自分、絹旗最愛という個人が標的とは明言していない。
つまりは、この事実から導かれる単純な答えとは、
暗い路地裏から、折れそうな細い脚を忍ばせて歩いてくる女に絹旗は注意を惜しまない。
高価で、きらびやかな豪華さを秘めたドレスで繊細な体を包む少女が、物騒な武器を引きづりながら
現れた。武器は自動擲弾発射器。三〇発まで弾を装填出来る金属型ドラムマガジンが装着されているのにも
拘らず、実際に装填されているのは一発のみ。軽量さを重視したのか、それとも、
「私を狙うとは、学園都市も超堕ちたものですね。暗部の者を消すリスクはかなりキツい筈ですが。
何が目的なのか、超はっきり吐いてもらいましょうか」
一撃で絹旗を沈められる一手を隠し持っているのか。
ドレスの少女は、口元の笑みを絶やさぬまま、少し頭を傾け、空いた左手を唇に当てる。
同性から見れば、向っ腹が立つ仕草だ。こちらの怒りを可能な限り誘いたいのか。
「うーん。私自身はあなたに手を出したくないの。本当よ。でも、統括理事会から直接のオーダーが
回って来たから、どうしても断れなくて。ギャラに目が眩んだのも事実だけど」
「統括理事会から直接……? 待って下さい。私の様な超弱小な大能力者を始末するような依頼が
そんな所から下りる筈はありません。そこまでの危険性が私なんかにあると超思ってるんですか?」
確かに絹旗は強大な大能力者だ。しかし、学園都市のトップに準する彼らが絹旗程度を狙うとは
とても考えられない。不自然だ。
だが、ドレスの少女が嘘を付いているとは限らない。
もっと異質な思惑があると考えれば別に不思議ではない。
そう、自分、絹旗最愛という個人が標的とは明言していない。
つまりは、この事実から導かれる単純な答えとは、
「まさか……私の身柄を押さえて、浜面、学園都市最大のイレギュラーたる者の動きに超制限をかけると、
そう言いたいんですか」
そう言いたいんですか」
絹旗自体には価値が無い。だが、人質としてはもってこいの立場にある。
学園都市から逃れた浜面仕上。彼の動向を縛り付けるための『交渉材料』として、絹旗をターゲットに
選んだと取れば、全ての事情に納得がいく。その絹旗の直感にドレスの少女が賞賛を送った。
学園都市から逃れた浜面仕上。彼の動向を縛り付けるための『交渉材料』として、絹旗をターゲットに
選んだと取れば、全ての事情に納得がいく。その絹旗の直感にドレスの少女が賞賛を送った。
「あら、説明が省けちゃった。大体合ってるわよ。じゃあ、素直に投降してくれない?
そうすれば、最良の待遇が受けられるわよ。それでも、私なんかじゃ耐えられない様なヒドい扱いに
されるでしょうけどね。どうかしら?」
「残念ながら」
絹旗の手元に空からの祝福が集中する。莫大な力を携えた少女に迷いは無い。
「超、願い下げ、です!!」
低姿勢を取ったまま、一気にドレスの少女の懐に滑り込む。この程度の距離では、今の絹旗の動きは
この少女では捉えられない。完全に意識外から撃ち込まれる拳が、少女と少女の間を走る。
そうすれば、最良の待遇が受けられるわよ。それでも、私なんかじゃ耐えられない様なヒドい扱いに
されるでしょうけどね。どうかしら?」
「残念ながら」
絹旗の手元に空からの祝福が集中する。莫大な力を携えた少女に迷いは無い。
「超、願い下げ、です!!」
低姿勢を取ったまま、一気にドレスの少女の懐に滑り込む。この程度の距離では、今の絹旗の動きは
この少女では捉えられない。完全に意識外から撃ち込まれる拳が、少女と少女の間を走る。
だが、届かなかった。
絹旗の、重金属すら砕く程の強靭な鉄槌は、ドレスの少女の目前で停止した。
幾ら力んでも、絹旗の体は一歩も進まなかった。全身の関節に脳神経を隔てて、
どれだけ殺せと命令しても稼働しなかった。全ては無駄だった。
『心理定規』。
人の心の距離を自在に設定出来る精神撹乱能力。
絹旗に、目の前にいる、憎い憎い少女を大切な人だと誤認させるだけの能力。
思わず、絹旗の頬から、汗が零れ落ちる。
殴れない。
何があっても、学園都市にある暗部の闇を心底知っている絹旗にも、手放せない感情があったからだ。
あの二人に、自身の牙を向ける事を、良しとはしなかった。
闇の世界にいるくせに、仲間の幸福だけを求めていたあの二人だけには、拳を振るえなかった。
偽りの感情なのに。実際に目前でニヤニヤ笑っている奴は、浜面でも、滝壺でもないのに。
「……やっぱり甘いのね。前々から思ってたけど」
ドレスの少女が、手元のオートマチックグレネードランチャーの銃口を、無防備な少女に押し付ける。
絹旗の、重金属すら砕く程の強靭な鉄槌は、ドレスの少女の目前で停止した。
幾ら力んでも、絹旗の体は一歩も進まなかった。全身の関節に脳神経を隔てて、
どれだけ殺せと命令しても稼働しなかった。全ては無駄だった。
『心理定規』。
人の心の距離を自在に設定出来る精神撹乱能力。
絹旗に、目の前にいる、憎い憎い少女を大切な人だと誤認させるだけの能力。
思わず、絹旗の頬から、汗が零れ落ちる。
殴れない。
何があっても、学園都市にある暗部の闇を心底知っている絹旗にも、手放せない感情があったからだ。
あの二人に、自身の牙を向ける事を、良しとはしなかった。
闇の世界にいるくせに、仲間の幸福だけを求めていたあの二人だけには、拳を振るえなかった。
偽りの感情なのに。実際に目前でニヤニヤ笑っている奴は、浜面でも、滝壺でもないのに。
「……やっぱり甘いのね。前々から思ってたけど」
ドレスの少女が、手元のオートマチックグレネードランチャーの銃口を、無防備な少女に押し付ける。
「暗部にいるには、優しすぎるのよ。あなたは」
人体を粉微塵に吹き飛ばす砲弾が、ガス圧で押し出す様な軽快な破裂音を響かせ、打ち抜かれる。
窒素で全身を覆おうが、気を失わせるぐらいなら簡単な程の威力が、絹旗に直撃する。
頭を鐘木で撞かれたような衝撃が駆け抜ける中、絹旗の意識は黒く染まっていく。
(浜面……滝壺さん……私なんかは超どうでもいいんです)
両目から削がれる薄暗い朧月を見届けながら、絹旗の小さな体が天頂に飛ばされる。
(あなた達に見殺しにされるなら、超納得しますから)
割れた額から湧き出た、生彩な真っ赤な水が紺碧の空に混ざっていく。
(だから、超逃げて下さい。遠くに。ずっと遠くに…………二人で)
ただ、自分の無力さを噛み締め、本当に大切な二人の仲間を思いながら、絹旗は、闇に溶けた。
窒素で全身を覆おうが、気を失わせるぐらいなら簡単な程の威力が、絹旗に直撃する。
頭を鐘木で撞かれたような衝撃が駆け抜ける中、絹旗の意識は黒く染まっていく。
(浜面……滝壺さん……私なんかは超どうでもいいんです)
両目から削がれる薄暗い朧月を見届けながら、絹旗の小さな体が天頂に飛ばされる。
(あなた達に見殺しにされるなら、超納得しますから)
割れた額から湧き出た、生彩な真っ赤な水が紺碧の空に混ざっていく。
(だから、超逃げて下さい。遠くに。ずっと遠くに…………二人で)
ただ、自分の無力さを噛み締め、本当に大切な二人の仲間を思いながら、絹旗は、闇に溶けた。