第二章[奔走する主人公と暗躍する主人公 Hero_And_Hero]―①
<7:35 AM>
世界最大の聖堂である、聖ピエトロ大聖堂。
バチカンに存在するローマ正教の総本山であるその場に明かりはなく、ステンドグラスから射し込む朝日だけが辺りを見渡す材料となっている。
その場はいつも静かであるのと打って変って、荒々しい雰囲気が漂っていた。
「バカな!!ミーナ=シンクジェリと、クエイリス=アーフェルンクスが……『神の右席』の候補者であるあの二人が学園都市に行ったと言うのか!?」
重々しい声を出すのは、腰が曲がっている一人の老人。二〇億の教徒の上に立つ、ローマ教皇。
彼はそんな連絡をしてきた一人の男を睨みながら、少しずつ語尾を荒げていく。
「何を考えているのだあの二人は!!失敗したヴェントに変わろうとでも思っているのか!?」
「ヴェントに変わろうとなど、考えるだけ無駄である。いくら候補者とは言え、候補者は候補者。『前方』『後方』『左方』『右方』の四つの内どれかが欠席になった時の言わば代替機のようなものが、いくら戦果を挙げようともそう簡単に入れ替われる『神の右席』ではないと、私は記憶していたが?」
押すように話すローマ教皇とは裏腹に、連絡をした男、後方のアックアは飄々と言葉を返す。
「だいたい、あの二人はそのような肩書きに興味はなかったはずである。戦果をあげたからでなく、ただ多くの人を救い、ただ大きな力を持っているからという理由で『神の右席の候補者』などという疑問に残るようなものを設立して近くに置いたのは貴方であったであろう?」
「だからこそだ!!」
苛立ちに居ても立ってもいられないローマ教皇がカツコツ、と聖堂に荒々しい足音が響かせる。
聖ピエトロ大聖堂の中の柱の前に立つアックアはローマ教皇の視線を真正面から受けながら、やれやれといった風に小さくため息をついた。
「あの二人はローマ正教徒となってから、多くの人間に主の教えを広げ、救ってきた。そのような人間が、上に立つべき人間なのだ!それが単独で暴走したとあっては……若さでは済まされんぞ!!」
「……、」
(ローマ正教徒、か……いったいあの二人をローマ正教徒と呼んでもいいものか…)
目の前で盛大な愚痴を漏らすローマ教皇を見ながら、アックアはそんなことを考えた。
思えば、あの二人は自分達でローマ正教徒と言ってはいたが、本質的なところではなにか違ったように見える。
例えば、体裁。
彼らは自分達がいかなる立場にあろうとも、誰とでも平等であろうとした。
十字教の教えを考えると特に間違っているようには思わないだろう。隣人を愛せ、と信徒を見守る父は確かにそう言った。
しかし、それは主の前での話である。
主の敵となるものは人間ではない、という考えがある。
信じる者は救われる。それはすなわち、信じない者は救われないということを表す。
主の存在を認めてもなお、敵となるのならそれは神を信じていないこと。
『神は絶対』を掲げる十字教の教えに背くのは、すなわち人間ではないということだ。
あるいは、主を知らぬものには教えを説く、という考え。
主を知らないのは罪だが、主を知ればこの者は救われるとし、多くの人を救うためそれを広める。
しかし、彼らはそれらをまったくしなかった。
主を信じようが、信じまいが対等に、平等にあろうとした。
例えば、術式。
偶像崇拝を基本とする術式だというのは普通なのだが、あの二人はその偶像崇拝を複数織り交ぜることで独自の術式を研究していた。
一つ一つは小さな効果。それをいくつも、いくつも織り交ぜ特殊な術式を構築する。
そのような術式は禁書目録にも載っていないだろう、と自慢げに話す二人の顔をいまだにアックアは覚えていた。
(まあ、考えてみると私も人のことは言えないのである)
自分が心の底からのローマ正教徒でないことなどとっくの昔に自覚している。
「アックア……やつらが何を考えているのか、面倒を見ていたお前にはわかるのか?」
返答のない問いに疲れたのか、ローマ教皇はアックアに質問を投げかけた。
その問いにアックアは平坦に返す。
「わからない。それに面倒を見たと言っても、見ていたのは五年も前の話である。そんな昔から学園都市を攻撃することなどを計画していたとは考えにくい………ん?そう言えば」
と、そこまで言ってアックアは何かに気づいたように後ろに手を回した。
腰の辺りをガサゴソと漁り、一つの丸められた羊皮紙を取りだす。
「なんだそれは?」
「やつらの研究室を覗いてみたところ、こんなものを発見した」
アックアはローマ教皇の方に歩み寄りながら、羊皮紙を広げる。
「いくつもの魔術的トラップを仕掛けて守ってあったからな……それなりに重要なものなのであろう」
差し出された羊皮紙は、そのトラップによるものか、元々こうなっていたのか分からないが、一部が焼けていて読むことが出来なくなっていた。
それを受け取り、一枚目に目を通した瞬間にローマ教皇は目を見開く。
「………本当に、やつらは学園都市で何をするつもりなのだ」
二枚目に目を通し、ローマ教皇は誰に言うわけでもなく、一人でそう言った。
「『パンドラ術式』など……自らがローマ正教徒だということをわかっているのか…」
ほう、とアックアが声を挙げる。
それに続けて、彼は口を開いた。
「羊皮紙を見る限り、それに使われているのは『神の子』の偶像崇拝のみ。特にローマ正教徒の術式として間違ってはいないであろう?」
「問題は内容ではない、その表題だ。自ら誤解を招くような行動で身を滅ぼすことは歴史的に見て多くあるのだから」
三枚目まで目を通したところで、彼は顔を上げた。
扉の前で待機する秘書を呼び寄せ、羊皮紙を渡し、術式の解析を命じる。
秘書が短く返事を返し、部屋を立ち去ったところでアックアが口を開いた。
「調べなくてもわかる。あれは『大規模破壊術式』である」
「わかっている。それでも念には念をだ。ただの『大規模破壊術式』にしては『パンドラ術式』という名前は妙に感じる」
「パンドーラーへの神々からの贈り物、『パンドラの箱(パンドラピュクシス)』であるか……絶対に開くなと言われたパンドーラーが好奇心に負け、開くと絶望と名のつく様々な災いが飛び出し、最後に残ったものは……」
慎重に思い出すようなアックアの言葉に、ローマ教皇が続ける。
「『希望』……か…、」
「『希望』、と言ってもロクなものではない。『偽りの希望説』などがいい例である」
「そう、か……」
険しい表情をするローマ教皇を見て、アックアは薄く笑った。
「すまないが、少しばかり休養をいただきたい」
「休養……? 術式に何か不具合でも?」
「少し、外に出る。二日程度で戻るのである」
そう言って、彼はローマ教皇に背を向ける。
大きな背中を見ながら、ローマ教皇は彼の言葉の意味を理解した。
「どうするつもりだ?」
「なに、少し前まで面倒を見てきたやつが気になってな。様子を見てくるである」
「……………すまない」
「ローマ正教徒の上に立つ貴方が、そう簡単に人に謝るものではない」
そう言って、アックアは部屋から姿を消した。
何かの術式を使ったのか、ただ見えない速度で外に出たかはわからないが、ローマ教皇には消えたように見えた。
まだ、聞きたいことがあったのだが…、とローマ教皇は思わず呟きながら、自分の執務室へと足を向ける。
まだ、やることが残っている。
それらを片づけてから、改めてこの問題を考えるとしよう。
「少ないながらも、『右方』、そして『後方』の資質をもつあの二人はこれからのローマ正教に必要な存在だ。頼むぞ…」
今は、自分にできることなど何一つないのだから。
今は、あの聖人を信じることしかできないのだから。
そうして、ローマ教皇は執務室に向かって、一歩を踏み出した。
バチカンに存在するローマ正教の総本山であるその場に明かりはなく、ステンドグラスから射し込む朝日だけが辺りを見渡す材料となっている。
その場はいつも静かであるのと打って変って、荒々しい雰囲気が漂っていた。
「バカな!!ミーナ=シンクジェリと、クエイリス=アーフェルンクスが……『神の右席』の候補者であるあの二人が学園都市に行ったと言うのか!?」
重々しい声を出すのは、腰が曲がっている一人の老人。二〇億の教徒の上に立つ、ローマ教皇。
彼はそんな連絡をしてきた一人の男を睨みながら、少しずつ語尾を荒げていく。
「何を考えているのだあの二人は!!失敗したヴェントに変わろうとでも思っているのか!?」
「ヴェントに変わろうとなど、考えるだけ無駄である。いくら候補者とは言え、候補者は候補者。『前方』『後方』『左方』『右方』の四つの内どれかが欠席になった時の言わば代替機のようなものが、いくら戦果を挙げようともそう簡単に入れ替われる『神の右席』ではないと、私は記憶していたが?」
押すように話すローマ教皇とは裏腹に、連絡をした男、後方のアックアは飄々と言葉を返す。
「だいたい、あの二人はそのような肩書きに興味はなかったはずである。戦果をあげたからでなく、ただ多くの人を救い、ただ大きな力を持っているからという理由で『神の右席の候補者』などという疑問に残るようなものを設立して近くに置いたのは貴方であったであろう?」
「だからこそだ!!」
苛立ちに居ても立ってもいられないローマ教皇がカツコツ、と聖堂に荒々しい足音が響かせる。
聖ピエトロ大聖堂の中の柱の前に立つアックアはローマ教皇の視線を真正面から受けながら、やれやれといった風に小さくため息をついた。
「あの二人はローマ正教徒となってから、多くの人間に主の教えを広げ、救ってきた。そのような人間が、上に立つべき人間なのだ!それが単独で暴走したとあっては……若さでは済まされんぞ!!」
「……、」
(ローマ正教徒、か……いったいあの二人をローマ正教徒と呼んでもいいものか…)
目の前で盛大な愚痴を漏らすローマ教皇を見ながら、アックアはそんなことを考えた。
思えば、あの二人は自分達でローマ正教徒と言ってはいたが、本質的なところではなにか違ったように見える。
例えば、体裁。
彼らは自分達がいかなる立場にあろうとも、誰とでも平等であろうとした。
十字教の教えを考えると特に間違っているようには思わないだろう。隣人を愛せ、と信徒を見守る父は確かにそう言った。
しかし、それは主の前での話である。
主の敵となるものは人間ではない、という考えがある。
信じる者は救われる。それはすなわち、信じない者は救われないということを表す。
主の存在を認めてもなお、敵となるのならそれは神を信じていないこと。
『神は絶対』を掲げる十字教の教えに背くのは、すなわち人間ではないということだ。
あるいは、主を知らぬものには教えを説く、という考え。
主を知らないのは罪だが、主を知ればこの者は救われるとし、多くの人を救うためそれを広める。
しかし、彼らはそれらをまったくしなかった。
主を信じようが、信じまいが対等に、平等にあろうとした。
例えば、術式。
偶像崇拝を基本とする術式だというのは普通なのだが、あの二人はその偶像崇拝を複数織り交ぜることで独自の術式を研究していた。
一つ一つは小さな効果。それをいくつも、いくつも織り交ぜ特殊な術式を構築する。
そのような術式は禁書目録にも載っていないだろう、と自慢げに話す二人の顔をいまだにアックアは覚えていた。
(まあ、考えてみると私も人のことは言えないのである)
自分が心の底からのローマ正教徒でないことなどとっくの昔に自覚している。
「アックア……やつらが何を考えているのか、面倒を見ていたお前にはわかるのか?」
返答のない問いに疲れたのか、ローマ教皇はアックアに質問を投げかけた。
その問いにアックアは平坦に返す。
「わからない。それに面倒を見たと言っても、見ていたのは五年も前の話である。そんな昔から学園都市を攻撃することなどを計画していたとは考えにくい………ん?そう言えば」
と、そこまで言ってアックアは何かに気づいたように後ろに手を回した。
腰の辺りをガサゴソと漁り、一つの丸められた羊皮紙を取りだす。
「なんだそれは?」
「やつらの研究室を覗いてみたところ、こんなものを発見した」
アックアはローマ教皇の方に歩み寄りながら、羊皮紙を広げる。
「いくつもの魔術的トラップを仕掛けて守ってあったからな……それなりに重要なものなのであろう」
差し出された羊皮紙は、そのトラップによるものか、元々こうなっていたのか分からないが、一部が焼けていて読むことが出来なくなっていた。
それを受け取り、一枚目に目を通した瞬間にローマ教皇は目を見開く。
「………本当に、やつらは学園都市で何をするつもりなのだ」
二枚目に目を通し、ローマ教皇は誰に言うわけでもなく、一人でそう言った。
「『パンドラ術式』など……自らがローマ正教徒だということをわかっているのか…」
ほう、とアックアが声を挙げる。
それに続けて、彼は口を開いた。
「羊皮紙を見る限り、それに使われているのは『神の子』の偶像崇拝のみ。特にローマ正教徒の術式として間違ってはいないであろう?」
「問題は内容ではない、その表題だ。自ら誤解を招くような行動で身を滅ぼすことは歴史的に見て多くあるのだから」
三枚目まで目を通したところで、彼は顔を上げた。
扉の前で待機する秘書を呼び寄せ、羊皮紙を渡し、術式の解析を命じる。
秘書が短く返事を返し、部屋を立ち去ったところでアックアが口を開いた。
「調べなくてもわかる。あれは『大規模破壊術式』である」
「わかっている。それでも念には念をだ。ただの『大規模破壊術式』にしては『パンドラ術式』という名前は妙に感じる」
「パンドーラーへの神々からの贈り物、『パンドラの箱(パンドラピュクシス)』であるか……絶対に開くなと言われたパンドーラーが好奇心に負け、開くと絶望と名のつく様々な災いが飛び出し、最後に残ったものは……」
慎重に思い出すようなアックアの言葉に、ローマ教皇が続ける。
「『希望』……か…、」
「『希望』、と言ってもロクなものではない。『偽りの希望説』などがいい例である」
「そう、か……」
険しい表情をするローマ教皇を見て、アックアは薄く笑った。
「すまないが、少しばかり休養をいただきたい」
「休養……? 術式に何か不具合でも?」
「少し、外に出る。二日程度で戻るのである」
そう言って、彼はローマ教皇に背を向ける。
大きな背中を見ながら、ローマ教皇は彼の言葉の意味を理解した。
「どうするつもりだ?」
「なに、少し前まで面倒を見てきたやつが気になってな。様子を見てくるである」
「……………すまない」
「ローマ正教徒の上に立つ貴方が、そう簡単に人に謝るものではない」
そう言って、アックアは部屋から姿を消した。
何かの術式を使ったのか、ただ見えない速度で外に出たかはわからないが、ローマ教皇には消えたように見えた。
まだ、聞きたいことがあったのだが…、とローマ教皇は思わず呟きながら、自分の執務室へと足を向ける。
まだ、やることが残っている。
それらを片づけてから、改めてこの問題を考えるとしよう。
「少ないながらも、『右方』、そして『後方』の資質をもつあの二人はこれからのローマ正教に必要な存在だ。頼むぞ…」
今は、自分にできることなど何一つないのだから。
今は、あの聖人を信じることしかできないのだから。
そうして、ローマ教皇は執務室に向かって、一歩を踏み出した。
<12:00 PM>現在
『希望ト絶望ノ箱(オペレーション パンドラ)』本格起動まで、残り三時間
本作戦において、必要な事項
『希望ト絶望ノ箱(オペレーション パンドラ)』本格起動まで、残り三時間
本作戦において、必要な事項
- 『パンドラ術式』の生贄のために、約十人の人間の血を必要とする
この案件においては学園都市の人間を使うわけにいかないため、人間ではない体細胞クローンを使うことが理想
検証の結果、体細胞クローンでも充分一人の人間の分を補う事ができるとわかった
このクローンを採集途中に学園都市の第一位、一方通行(アクセラレータ)が邪魔に入ることが懸念される
その場合は命令に従い行動すること
検証の結果、体細胞クローンでも充分一人の人間の分を補う事ができるとわかった
このクローンを採集途中に学園都市の第一位、一方通行(アクセラレータ)が邪魔に入ることが懸念される
その場合は命令に従い行動すること
- 『パンドラ術式』の完成のため、禁書目録(インデックス)と呼ばれる魔導書図書館を回収、拘束する
詳しい事情については魔術側の秘匿ということで不明
学園都市の暗部組織〔パンドラ〕では『禁書目録(インデックス)』がどのようなものかは知らされてはいないため、捜索は断念
学園都市の暗部組織〔パンドラ〕では『禁書目録(インデックス)』がどのようなものかは知らされてはいないため、捜索は断念
- 作戦において一番の邪魔とされる、上条当麻の殺害
『パンドラ術式』をも破壊する『幻想殺し(イマジンブレイカ―)』を持つ少年は極めて邪魔だと判断した
殺害方法は、後述記載
殺害方法は、後述記載
- 『超電磁砲(レールガン)』御坂美琴の捕獲、利用
作戦において、ゴミ掃除をやっていただくこととなった『御坂美琴』が『逃亡』
速やかに確保し、利用する
『御坂美琴』の利用法は、後述記載
速やかに確保し、利用する
『御坂美琴』の利用法は、後述記載
これらのことを速やかに実行し、計画を実行に移す
<12:23 PM>
『むかしむかし
とある王国に仲良し姉妹の二人の王女様がいました
とても頭が良くてとても優しい姉と、とても可愛くて皆に好かれる妹
二人は国の皆の人気者で他の国にも素晴らしく美しい王女様と噂になるほどでした
ある日、隣の国の王子様と、とても頭が良くてとても優しい姉の結婚が決まります
それを聞いた国の皆、そして妹はとても大喜びしました
大きな祭りをして、皆が笑います
そして、深い深い森の中で一人の悪い魔法使いも笑っていました
悪い魔法使いは言います
あんな小娘ごときが幸せを掴もうなんて許せない。王国もろとも呪ってやろう
と
悪い魔法使いは笑います
けらけらけらけら笑います
トカゲの尻尾に爪の垢
そんな気持ち悪いものを混ぜて混ぜて、混ぜ合わせながら悪い魔女は笑います
けらけらけらけら笑います
そうして、悪い魔法使いは黒い魔法を使いました
黒い魔法はあまりに危ないため使ってはいけない魔法ですが悪い魔法使いは使いました
その黒い魔法で悪い魔法使いは一つのかんむりになりました
王国の王女だけがつけることを許される
とても頭が良くて、とても優しい姉がつけている特別なかんむりへと姿を変えました
悪い魔法使いは笑います
けらけらけらけら笑います
その次の日からとても頭の良くて、とても優しい姉は、とてもひどくてとても意地悪な姉になりました
国の皆は悲しみました
とても優しかったはずの姉がどうしてこうなってしまったのかがわかりません
悪い魔法使いの使った黒い魔法のせいだということがわかりません
そして、操られた姉は言います
この国の人間を一人残らず殺してしまおう
と
そんな姉を妹が止めようとしました
とても可愛くて皆に好かれる妹と、姉が大好きな国の皆が、一人の王女を救おうと立ち上がりました
しかし、姉は止まりません
悪い魔法使いに操られて悪い王女様となった姉は止まりはしませんでした
魔法使いは笑います
けらけらけらけら笑います
妹は泣きました
とても可愛い顔をぐちゃぐちゃにしながら妹は泣きました
泣きながら自分の弱さが嫌になりました
その時、一人の青年が姉と妹の間に立ちました
隣の国の王子様が、魔法の剣を手に持って、一つの国の未来を―――ひとりの王女様の未来を変えるために悪い魔法使いの前に立ちました』
とある王国に仲良し姉妹の二人の王女様がいました
とても頭が良くてとても優しい姉と、とても可愛くて皆に好かれる妹
二人は国の皆の人気者で他の国にも素晴らしく美しい王女様と噂になるほどでした
ある日、隣の国の王子様と、とても頭が良くてとても優しい姉の結婚が決まります
それを聞いた国の皆、そして妹はとても大喜びしました
大きな祭りをして、皆が笑います
そして、深い深い森の中で一人の悪い魔法使いも笑っていました
悪い魔法使いは言います
あんな小娘ごときが幸せを掴もうなんて許せない。王国もろとも呪ってやろう
と
悪い魔法使いは笑います
けらけらけらけら笑います
トカゲの尻尾に爪の垢
そんな気持ち悪いものを混ぜて混ぜて、混ぜ合わせながら悪い魔女は笑います
けらけらけらけら笑います
そうして、悪い魔法使いは黒い魔法を使いました
黒い魔法はあまりに危ないため使ってはいけない魔法ですが悪い魔法使いは使いました
その黒い魔法で悪い魔法使いは一つのかんむりになりました
王国の王女だけがつけることを許される
とても頭が良くて、とても優しい姉がつけている特別なかんむりへと姿を変えました
悪い魔法使いは笑います
けらけらけらけら笑います
その次の日からとても頭の良くて、とても優しい姉は、とてもひどくてとても意地悪な姉になりました
国の皆は悲しみました
とても優しかったはずの姉がどうしてこうなってしまったのかがわかりません
悪い魔法使いの使った黒い魔法のせいだということがわかりません
そして、操られた姉は言います
この国の人間を一人残らず殺してしまおう
と
そんな姉を妹が止めようとしました
とても可愛くて皆に好かれる妹と、姉が大好きな国の皆が、一人の王女を救おうと立ち上がりました
しかし、姉は止まりません
悪い魔法使いに操られて悪い王女様となった姉は止まりはしませんでした
魔法使いは笑います
けらけらけらけら笑います
妹は泣きました
とても可愛い顔をぐちゃぐちゃにしながら妹は泣きました
泣きながら自分の弱さが嫌になりました
その時、一人の青年が姉と妹の間に立ちました
隣の国の王子様が、魔法の剣を手に持って、一つの国の未来を―――ひとりの王女様の未来を変えるために悪い魔法使いの前に立ちました』
「………続く」
手元の本をパタンと閉じてから、一人の少女がそう言った。ここは、第一〇学区のとある幼稚園。
第一〇学区。
そこ存在するのは、唯一の少年院や、墓地。そして、原子力関連の施設だ。また、廃墟も多く存在するため『ストレンジ』と呼ばれるスラムのような地域ではスキルアウトが根城としている。
幼稚園と言えば第一三学区にあってしかるべきなのだが、ここに”住む”生徒たちはすべて『置き去り(チャイルドエラー)』と呼ばれる子供である。学園都市でも扱いに困るその子供は極力費用を削減された場所に学びの場所を建築したいという条件で、土地が一番安い第一〇学区が選ばれたのであった。
「えぇ~ダメだよ佐天先生~続きが聞きたいよ!」
「続きはまた明日。ほら、今からお昼寝の時間なんだからはやくお布団にいきなさい!!」
先生と呼ばれる少女、佐天涙子は座った椅子から立ち上がり手でシッシとやりながら子供たちを昼寝の部屋へと追いやった。
ぶー、とぐうたれながらもきちんと部屋へと向かう子供たちを見て、佐天は思わず微笑む。
「絶対だよ、佐天先生。明日にはお話の続きしてね」
「わーかてるって。先生を信用しなさい!」
ビシィ、と親指を立てる佐天に、小さな男の子はビシィ、と親指を立て返す。
そんな微笑ましい光景を目にして、隣にいた女の先生が笑った。
「また明日~」
「は~い! また明日ね~」
手を振りあい、部屋から最後の一人が出ていく。
大きくも小さくもない部屋から子供たちがすべて出終わると佐天は、はぁ~と嘆息した。
「おつかれ様、佐天さん。もう五日目だけど慣れた?」
「はい、だいたいは慣れました。でも疲れるもんですね、『教える』って。私に教えてる先生の苦労が分かる気がしますよ」
なはは、と苦笑しながら佐天は手元の綺麗な挿絵と、綺麗な文章が綴ってある本を広げる。
先生は生徒たちが使っていた椅子を片づけながら、その本を横から覗きこみ、感心するような表情を見せた。
「ほんと、綺麗な本ね。私が最初に見たときは本当の絵本かと思ったもの」
「それは言いすぎですって。このお話だって三〇分ぐらいで書いたものですし……」
「まあ、確かに女の子が好きそうなストーリーだったわね」
「…………バレました? …実を言うと、あれの続きまだ書いてないんですよ」
自分の椅子を片付け、絵本を教室の隅に隠す。隅と言っても子供に届く高さではないため、取られはしないだろう。
髪留めに一度触れ、黒髪の長髪を梳いた。きちんと手入れしている髪は、指に気持ち良い感触を与える。
「こんな国のお姫様に小さい頃はなりたかったものですよね」
「そうね……いつからか、お姫様なんていないって思うようになっちゃったけど」
「いるじゃないですか、イギリスに」
「あれは私たちの考える『お姫様』とは違うわ、佐天さん。調べてみると政略結婚も普通にやってるらしいわよ」
「………………………夢、壊さないでくださいよ」
部屋の隅に置いてある自分のカバンを取り、佐天は時計を見る。時刻は12時半近く。
今日のお手伝いは終わりの時間だ。
「今日もありがとね。学校のボランティアか何か知らないけどここまで真剣にやってくれる子は久しぶりだわ」
「いえ、ただ好きでやってるだけですよ。『外』の弟の世話を良く見ていたので、子供が好きなんです」
先生が廊下に出るのに続いて、佐天も教室を出た。教室の前で明日の業務連絡と、注意事項を聞いてから今日のお仕事は終了である。
先生に挨拶をして、玄関へと足を向ける。少し古い廊下を歩き、玄関につき靴を履く。履きなれた靴にすんなりと足が通るのを確認して佐天は玄関から出た。
外に出て、見えるのはいくつもの廃墟と研究施設の壁。ここの研究施設は原子力研究所だそうだ。
こんなものの隣に幼稚園なんて作って学園都市は何を考えているのだろう、と先生が漏らしたのを佐天は覚えていた。
『置き去り(チャイルドエラー)』。
親に捨てられた子供たちにつけられるこの名で、ここまで普通の学生と扱いが変わるものなのだろうか。
佐天が見た子供たちはどこにでも居る普通の子供だったはずなのに。
(――――――まあ、今はこんなこと考えても仕方ない、か…)
今、佐天にはそのことよりも重要なことがある。
佐天の親友にして尊敬する先輩、御坂美琴。彼女が行方不明になってもう一週間。
心配を超えて、イライラしてきた佐天は街を走って探せば見つかるだろうか、と適当に考えながら足を速めた。
(まったく……初春のやつ……なーにが『御坂さんを探すのは風紀委員(ジャッジメント)の仕事ですから』だよ…)
五日前に、捜索の手伝いを名乗り出た佐天を拒否した初春の言葉を思い出し、軽く眉をひそめる。
そりゃ自分は役に立たないだろう。パソコンだって初春や白井のように操れるわけではないし、特別な能力(チカラ)だってあるわけじゃない。
何かの情報網があるわけでもないし、何をすればよいという考えすらない。
だけど。
それでも、力になりたかったのだ。
それでも、何かをしたかったのだ。
それでも、やれることをやりたかったのだ。
自分の力で何ができるかなんて想像もつかないし、あるかどうかもわからない。もし、あったところでなんの役にたつのだろうか。
それでも。
『親友』を見つける――――『親友』を助けるために何かをしたかったのだ。
(………でも、私に出来ることなんて…)
『親友』を助けるどころか、救うための『何か』すら自分はしていない。
そもそも、出来ることなどあるのだろうか。
無能の烙印を押された無能力者(LEVEL.0)。その中でも何かに秀でているわけでもなく、何かが得意なわけでもない自分にやれることが。
「…………やっぱ、きっついな~」
思わず心の声が漏れる。
御坂美琴(LEVEL.5)や白井黒子(LEVEL.4)の近くに居ることがなおさら、能力への劣等感を与えた。
……まあ、それを他人を恨む理由にするつもりは毛頭ないが。
(………御坂さん)
無気力に携帯を開く。リダイヤルの多くが『御坂美琴』で覆い尽くされている画面を見て、佐天は表情を曇らせた。
出ないと分かっていても電話をかけてしまって、何度も落ち込んで、またかける。そんな繰り返しを何度しただろうか。
そして、これは何回目なんだろうか。
ピッ、と短い電子音が響いた。携帯電話を耳に押しあてると、プルルルと機械的な音が聞こえてくる。
いつもならここで留守電になって、通話終了だ。当初は律義に入れていた留守電だが、今はもう入れる気がしない。
しかし、今回は違った。
佐天は機械的なもの以外の音を聞いたのだ。それは美琴が電話に出た音ではない。
手元の本をパタンと閉じてから、一人の少女がそう言った。ここは、第一〇学区のとある幼稚園。
第一〇学区。
そこ存在するのは、唯一の少年院や、墓地。そして、原子力関連の施設だ。また、廃墟も多く存在するため『ストレンジ』と呼ばれるスラムのような地域ではスキルアウトが根城としている。
幼稚園と言えば第一三学区にあってしかるべきなのだが、ここに”住む”生徒たちはすべて『置き去り(チャイルドエラー)』と呼ばれる子供である。学園都市でも扱いに困るその子供は極力費用を削減された場所に学びの場所を建築したいという条件で、土地が一番安い第一〇学区が選ばれたのであった。
「えぇ~ダメだよ佐天先生~続きが聞きたいよ!」
「続きはまた明日。ほら、今からお昼寝の時間なんだからはやくお布団にいきなさい!!」
先生と呼ばれる少女、佐天涙子は座った椅子から立ち上がり手でシッシとやりながら子供たちを昼寝の部屋へと追いやった。
ぶー、とぐうたれながらもきちんと部屋へと向かう子供たちを見て、佐天は思わず微笑む。
「絶対だよ、佐天先生。明日にはお話の続きしてね」
「わーかてるって。先生を信用しなさい!」
ビシィ、と親指を立てる佐天に、小さな男の子はビシィ、と親指を立て返す。
そんな微笑ましい光景を目にして、隣にいた女の先生が笑った。
「また明日~」
「は~い! また明日ね~」
手を振りあい、部屋から最後の一人が出ていく。
大きくも小さくもない部屋から子供たちがすべて出終わると佐天は、はぁ~と嘆息した。
「おつかれ様、佐天さん。もう五日目だけど慣れた?」
「はい、だいたいは慣れました。でも疲れるもんですね、『教える』って。私に教えてる先生の苦労が分かる気がしますよ」
なはは、と苦笑しながら佐天は手元の綺麗な挿絵と、綺麗な文章が綴ってある本を広げる。
先生は生徒たちが使っていた椅子を片づけながら、その本を横から覗きこみ、感心するような表情を見せた。
「ほんと、綺麗な本ね。私が最初に見たときは本当の絵本かと思ったもの」
「それは言いすぎですって。このお話だって三〇分ぐらいで書いたものですし……」
「まあ、確かに女の子が好きそうなストーリーだったわね」
「…………バレました? …実を言うと、あれの続きまだ書いてないんですよ」
自分の椅子を片付け、絵本を教室の隅に隠す。隅と言っても子供に届く高さではないため、取られはしないだろう。
髪留めに一度触れ、黒髪の長髪を梳いた。きちんと手入れしている髪は、指に気持ち良い感触を与える。
「こんな国のお姫様に小さい頃はなりたかったものですよね」
「そうね……いつからか、お姫様なんていないって思うようになっちゃったけど」
「いるじゃないですか、イギリスに」
「あれは私たちの考える『お姫様』とは違うわ、佐天さん。調べてみると政略結婚も普通にやってるらしいわよ」
「………………………夢、壊さないでくださいよ」
部屋の隅に置いてある自分のカバンを取り、佐天は時計を見る。時刻は12時半近く。
今日のお手伝いは終わりの時間だ。
「今日もありがとね。学校のボランティアか何か知らないけどここまで真剣にやってくれる子は久しぶりだわ」
「いえ、ただ好きでやってるだけですよ。『外』の弟の世話を良く見ていたので、子供が好きなんです」
先生が廊下に出るのに続いて、佐天も教室を出た。教室の前で明日の業務連絡と、注意事項を聞いてから今日のお仕事は終了である。
先生に挨拶をして、玄関へと足を向ける。少し古い廊下を歩き、玄関につき靴を履く。履きなれた靴にすんなりと足が通るのを確認して佐天は玄関から出た。
外に出て、見えるのはいくつもの廃墟と研究施設の壁。ここの研究施設は原子力研究所だそうだ。
こんなものの隣に幼稚園なんて作って学園都市は何を考えているのだろう、と先生が漏らしたのを佐天は覚えていた。
『置き去り(チャイルドエラー)』。
親に捨てられた子供たちにつけられるこの名で、ここまで普通の学生と扱いが変わるものなのだろうか。
佐天が見た子供たちはどこにでも居る普通の子供だったはずなのに。
(――――――まあ、今はこんなこと考えても仕方ない、か…)
今、佐天にはそのことよりも重要なことがある。
佐天の親友にして尊敬する先輩、御坂美琴。彼女が行方不明になってもう一週間。
心配を超えて、イライラしてきた佐天は街を走って探せば見つかるだろうか、と適当に考えながら足を速めた。
(まったく……初春のやつ……なーにが『御坂さんを探すのは風紀委員(ジャッジメント)の仕事ですから』だよ…)
五日前に、捜索の手伝いを名乗り出た佐天を拒否した初春の言葉を思い出し、軽く眉をひそめる。
そりゃ自分は役に立たないだろう。パソコンだって初春や白井のように操れるわけではないし、特別な能力(チカラ)だってあるわけじゃない。
何かの情報網があるわけでもないし、何をすればよいという考えすらない。
だけど。
それでも、力になりたかったのだ。
それでも、何かをしたかったのだ。
それでも、やれることをやりたかったのだ。
自分の力で何ができるかなんて想像もつかないし、あるかどうかもわからない。もし、あったところでなんの役にたつのだろうか。
それでも。
『親友』を見つける――――『親友』を助けるために何かをしたかったのだ。
(………でも、私に出来ることなんて…)
『親友』を助けるどころか、救うための『何か』すら自分はしていない。
そもそも、出来ることなどあるのだろうか。
無能の烙印を押された無能力者(LEVEL.0)。その中でも何かに秀でているわけでもなく、何かが得意なわけでもない自分にやれることが。
「…………やっぱ、きっついな~」
思わず心の声が漏れる。
御坂美琴(LEVEL.5)や白井黒子(LEVEL.4)の近くに居ることがなおさら、能力への劣等感を与えた。
……まあ、それを他人を恨む理由にするつもりは毛頭ないが。
(………御坂さん)
無気力に携帯を開く。リダイヤルの多くが『御坂美琴』で覆い尽くされている画面を見て、佐天は表情を曇らせた。
出ないと分かっていても電話をかけてしまって、何度も落ち込んで、またかける。そんな繰り返しを何度しただろうか。
そして、これは何回目なんだろうか。
ピッ、と短い電子音が響いた。携帯電話を耳に押しあてると、プルルルと機械的な音が聞こえてくる。
いつもならここで留守電になって、通話終了だ。当初は律義に入れていた留守電だが、今はもう入れる気がしない。
しかし、今回は違った。
佐天は機械的なもの以外の音を聞いたのだ。それは美琴が電話に出た音ではない。
バチョン!!というスパーク音が佐天の鼓膜を震わせたものだった。
思わず聞こえた方に目を向ける。廃墟に廃墟、廃墟の後ろに廃墟の続くその街並みの中で異質なものが佐天の目に映っていた。
青白い閃光。ほとばしる雷撃。聞きなれたスパーク音。
発生源は建物に隠れて見えないが、佐天はそれが誰が発したものなのかを確信した。
なぜなら。
なぜなら、一人の少女の声を確かに聞いたから。
「………ッ!」
気付いたら駆けだしていた。
いつもなら怖くて入らないであろう路地裏であるが気にしない。無我夢中で、声のした方へと足を動かす。
何回、転びそうになったかわからない。何回、路地を曲がったかわからない。
久しぶりの全力疾走に足が悲鳴を上げ、額ににじむ汗が頬を伝い地面へと落ち、ペースを考えない走りに呼吸が乱れた。
途中、知らない人に身体から当たった。しかし、相手にロクな挨拶もせずに彼女は再び走りだす。
水たまりなどを踏みつけて、ゴミなどを蹴散らしながら、彼女は角を曲がって曲がって曲がって曲がって、ついに足を止めた。
「………、」
足がガクガク震え、肺におかしな感触がする。手を膝にあて肩で息をしながら佐天は出来るだけ満面の笑みを顔に刻み、こう言った。
「………やっと、見つけましたよ」
彼女の前には一人の少女が居た。
路地裏の壁に身体を預けて、いつもの勝気な瞳を今にも意識を失いそうに細め、足を引きずる一人の少女。
冬服になってまだ間もない常盤台中学の制服と肩まである短い髪を汚して少女――――御坂美琴は信じられないものを見たと言ったふう目を見開き、こう言った。
「佐天、……さん?」
青白い閃光。ほとばしる雷撃。聞きなれたスパーク音。
発生源は建物に隠れて見えないが、佐天はそれが誰が発したものなのかを確信した。
なぜなら。
なぜなら、一人の少女の声を確かに聞いたから。
「………ッ!」
気付いたら駆けだしていた。
いつもなら怖くて入らないであろう路地裏であるが気にしない。無我夢中で、声のした方へと足を動かす。
何回、転びそうになったかわからない。何回、路地を曲がったかわからない。
久しぶりの全力疾走に足が悲鳴を上げ、額ににじむ汗が頬を伝い地面へと落ち、ペースを考えない走りに呼吸が乱れた。
途中、知らない人に身体から当たった。しかし、相手にロクな挨拶もせずに彼女は再び走りだす。
水たまりなどを踏みつけて、ゴミなどを蹴散らしながら、彼女は角を曲がって曲がって曲がって曲がって、ついに足を止めた。
「………、」
足がガクガク震え、肺におかしな感触がする。手を膝にあて肩で息をしながら佐天は出来るだけ満面の笑みを顔に刻み、こう言った。
「………やっと、見つけましたよ」
彼女の前には一人の少女が居た。
路地裏の壁に身体を預けて、いつもの勝気な瞳を今にも意識を失いそうに細め、足を引きずる一人の少女。
冬服になってまだ間もない常盤台中学の制服と肩まである短い髪を汚して少女――――御坂美琴は信じられないものを見たと言ったふう目を見開き、こう言った。
「佐天、……さん?」
<12:33 PM>
「………んっ」
とある廃ビルの屋上。周りを見渡すと空しか広がっていないほどの高い屋上に常盤台中学の制服を着た一人の少女が横になっていた。
少女、検体番号一〇〇三二号、通称『御坂妹』は重い瞼を開くと目の前に広がる黒く厚い雲を見て、自分が今どういう状況に立たされているのかを思い出した。
身体を起こし、周りを見る。その屋上は一言でいうと何もない。無理にでも特徴を見つけろと言われるならただ『殺風景』としか言いようがないほどに何もなかった。
重い身体を引きづり、屋上の縁まで行って下を見ると、多くの廃ビルといくつかの研究施設の敷地のようなものが見えた。
「…………、」
自分の記憶と、ミサカネットワークで検証した結果、そこは第一〇学区の原子力研究所の屋上らしい。
屋上、と言っても人が出入りしそうな屋上ではないし、手入れがされているようにも見えないことから、元から人が来ることを想定して作っていないのだろう。
(はて、それはそれとしてミサカはいったいどうしてこんなところに居るのでしょうか、と首を傾げながらミサカは思考します)
う~ん、とわざとらしく唸りながら、御坂妹はこれまでのことを思い出す。
学園都市の暗部組織〔パンドラ〕に狙われたところを一方通行(アクセラレータ)に救われたところまでは覚えているのだが、その後を覚えていない。
簡単に考えると、一方通行(アクセラレータ)がここに連れてきたと予想できるのだが。
はて、肝心の彼はどこに行ったのだろうか?
「はっ! まさか、この状況をどこかで見ていて楽しんでいるという『ほうちぷれい』でしょうか!? とミサカは最近聞いた言葉で一方通行(アクセラレータ)の知られざる性癖を予想してみます」
本人が居たら本気で怒りそうなことを真顔で言いながら、御坂妹は一人で戦々恐々する。
ちなみに、この思考もミサカネットワークにダダ漏れしているため全世界の妹達(シスターズ)が一斉に戦々恐々としているのだが、その話の根っこたる白髪の少年は何も知らない。
(さて、くだらない予想はヤメにしてさっさと状況理解に努めましょうとミサカ一〇〇三二号は全ミサカに状況説明を依頼します)
目を閉じ、呼吸を整え、ミサカネットワークに接続した。
ぶわっ、と全世界の『妹達(シスターズ)』から入る多くの情報から必要なものだけを取り出し、御坂妹は最速かつ最適に作業を行っていく。
(そんな意味のわからない場所が敵の本拠地とは思えません、とミサカ一四〇二五号は適当な考えを言ってみます)
(敵に捕まったミサカ達は全て通信を遮断されていることからその考えは、あながち間違ってはいないでしょう、とミサカ一八八〇〇号は一四〇二五号の考えに賛成します)
(そもそも、研究所の屋上を本拠地にするバカはいません、とミサカ一六七七〇号は暗にその場所は大丈夫と語ってみます)
(『高さの牢獄』という可能性も捨てきれませんが、おそらくそれはないでしょう、とミサカ二〇〇〇〇号は自分の出した可能性をすぐさま潰します)
ネットワークの意見がまとまる。多くの考えが予想の範疇を超えないが、この状態では仕方ないだろう。
下を見る。能力を使えば降りれないこともないが、やはり一方通行(アクセラレータ)を待つべきか。
まだ捕まってはいない、ということを前提に自分がどうするべきかを聞こうとすると、すでにネットワークでは別の話題へと切り替わっていた。
(というか、当事者であるミサカの状況を他のミサカに聞いてわかるわけないよねってミサカはミサカは……じゃなかった、ミサカ二〇〇〇一号は一〇〇三二号を嘲笑ってみたり!!)
(お子さまは黙っていなさい、とミサカ一五五三二号は一〇〇三二号をフォローしながらも、実際のところ言うとおりだということをあえて口に出さず心の中だけに留めます)
(いや、フォローになってないとミサカ一八四四〇号は突っ込みをいれます)
(そう言う一八四四〇号だって、本当はそう思ってるんでしょ? ってミサカ二〇〇〇一号は顔から剥がれないニヤニヤを抑えられずに聞いてみたりぃ!!)
(何を言うんですか、とミサカ一八四四〇号は―――――)
「………、」
――――――こいつら役にたたねえ。
そう思いながら、御坂妹はネットワークとの通信を切った。思わずため息をつきながら、天を仰ぐ。
「まったく、こちらが真剣に聞いているのに……少しはまともな意見がだせないんですか、とミサカは誰にも聞かれることのないであろう愚痴を洩らしながら頭を抱えます」
「あァ? お前なに一人でブツブツ言ってるンですかァ?」
と、一人と思っていた彼女に声がかかった。その心配そうではなく、バカにするような声には聞き覚えがある。
声の方を見ると白髪の少年、学園都市第一位の超能力者(LEVEL.5)一方通行(アクセラレータ)が杖をつき、ビニール袋を抱えて立っていた。
彼は、紅い目を細めながら御坂妹の方へと歩き、隣に立つ。数秒だけ彼女の顔を見て、一方通行(アクセラレータ)は眉を潜めた。
「……なンか言いたそうな顔だなァ」
「いえ、もう『ほうちぷれい』は終わったのですか? とミサカはアナタの考えなどお見通しということを言外に語ってみせます」
「……………そンな言葉ドコで覚えてきやがった」
「病院の患者がそのようなことを言っていたので調べてみました、とミサカはない胸を張りながら自分の実行力の高さを自慢してみます」
あっそォ、と興味無さそうに呟く一方通行は、『あのカエル野郎、余計なことばっか教えやがってェ』と心の中で思ってたりする。
頭をガシガシとかき、彼は手元のビニール袋からいくつかのパンや飲み物を取りだしてから、御坂妹の横に置いた。
『いちごパン』や『コーヒーコーラ』などという意味不明のものを見て、御坂妹はそれを指さしながら、
「”これ”はなんですか、とミサカは自分の疑問を率直に述べます」
「知らねェよ。なンでも『店員のおススメ』らしいからなァ。不味くはねェだろ」
同じくビニール袋から自分のコーヒーを取りだし、プシュッとプルタブを開きながら、一方通行はぶっきらぼうに返事を返す。
もうちょっとマシなものはなかったのか、という非難の視線を受け流しながら一方通行がコーヒーを口に含んだのを見て、御坂妹は喉の渇きを覚えた。
『コーヒーコーラ』を手に取り、ペットボトルのキャップを外し、うまく表現できない色の飲み物を口に入れる。
喉を潤す液体の味は、言い表すのが難しいほどに、普通の味だった。
「そう言えば、と前置きしながらミサカは、どうやってこれを買ったのですか? とアナタに問いかけます」
「ン? 別に、ただ近くのコンビニから買ってきたンだよ。なンだァ? そンなに気に入りませんでしたかお嬢様ァ」
「いえ、そういうことではなくミサカは『どうやって』これを買ったのか、と聞いているのです、と読解能力が意外とない一方通行にビックリしながらもミサカは再度問いかけます」
ハ? と一方通行(アクセラレータ)の動きが止まる。
不機嫌そうな顔で御坂妹を見て彼は、何を言っているのかわからない、とでも言わんばかりの口調で言う。
「だから、コンビニでって言ってるのがわかンないの、オマエ? テメェらの頭がそンなに出来が悪かったら、オマエらに任せてるオレの演算処理に不安を持っちまうンだけ――」
「アナタ、財布を持っていないじゃないですか、とミサカは何故かとぼける一方通行の顔を見ながら嘘を指摘します」
「――――なンで知ってやがる」
「万引きしたんですか、とミサカは最強のレベル5がまさかそんなことするわけありませんよね、と思いながら一つの可能性を提示します」
「……………、」
「万引きしたんですか、とミサカは最強のレベル5がまさかそんなことするわけありませんよね、と思いながら一つの可能性を…」
「あァそうだよ悪いかァ!? 店員さンが居なかったから、ありがたく頂戴したンだよォ!!」
開き直る一方通行に御坂妹は、もし店員がいたらどうするつもりだったのか、と聞こうとしたが、あまりにも返答に予想がつくため止めておくことにした。
彼女は、一方通行の方を数秒見つめ、自分がもらったパンやジュースを見つめてから、制服のポケットをガサゴソと探り、二つに折りたたむタイプの財布を取りだして、一方通行へと差し出した。
「落し物です、とミサカはさっさと取れよバカ野郎という気持ちを隠しながら、アナタに財布を手渡します」
「………、」
彼は無言でそれを受け取ると、何かを考えるかのように数秒沈黙し、チッと一度舌打ちしてから口を開いた。
「どこで拾った」
「普通、そこはお礼の言葉では、とミサカは恩着せがましいことを自覚しながら、言外に謝礼を求めます」
「ふざけンな。オマエにはそのパンとジュースをやっただろォ。ソイツでプラマイゼロっつうのが妥当だろうがァ」
「……『ありがとう』もまともに言えないとは、とミサカは一方通行(アクセラレータ)の社交性の欠如っぷりを心配します」
言ってろ、と一方通行は吐き捨てるように呟く。御坂妹の隣に座り、現代的な杖を自分と彼女の境界線のように置いてから、彼は何気なく財布を開いた。
直後。
一方通行の表情が変わる。
「オイ…」
「はい? もしかして『ありがとう』を言う気になりましたか、とミサカはアナタの横顔を見ながらその場面を想像し、吹き出しそうになるのを堪えます」
一度、コーヒーコーラを口に含み、彼女は無表情のまま言う。
一方通行はそんな彼女の軽口にピクリとも反応せず、財布の中から御坂妹の方へとゆっくりと視線を動かし、これまたゆっくりと言葉を吐き出した。
「なンで、オレの、カード類が、全部、オジャンに、なって、しまってるンですかァ!?」
一単語ごとを強調して、彼は財布の中から数枚のカードを取りだし、自分と御坂妹の間にばらまいた。
一方通行の所有するカードは、カードの残高や、残り上限などをカード上に示すものだが、今はもうその機能を完全に停止させ、ただの板きれとなり果てていた。
現金がないわけではないがそれほど持っているわけでもないし、カードがダメならば銀行のカードもダメになっているだろうから、補充もできない。
再発行すればいいのだが、ここは天下の学園都市だ。
能力による窃盗が存在する学園都市では本人の証明をするにも大きく手間がかかるためあまり得策とは言えないし、もし時間がかからなかったとしても敵と戦闘中に銀行に行くなんて馬鹿げてる。
「いや、それはたぶんミサカの身体から放射されている電磁波のせいだと…」
「学園都市が作る最先端のもンが常時放射される電磁波でぶっ壊れちまうンだったら、カードなンて作る意味ねェだろうが!!」
実は、先ほど一方通行の戦闘時に焦って一人放電してしまい、ポケットに入る電子機器類を全て破壊してしまったのだが、そのことについて彼女は自覚していない。
そのため答えを持たない御坂妹は、白状しようにも白状できないのだが、そんなことを一方通行は知る由もなく、御坂妹の”作る”言い訳を簡単に打ち破り、学園都市最大の頭脳は徐々に彼女を追いこんでいく。
(うぅ……いったいどうすれば、とミサカは自分の立たされた立場を悲観しながら仲間に助言を求めます)
御坂妹は思わずミサカネットワークに救援を求めるが、返ってきた言葉はすべて『諦めろ』というものしかありはしなかった。
とある廃ビルの屋上。周りを見渡すと空しか広がっていないほどの高い屋上に常盤台中学の制服を着た一人の少女が横になっていた。
少女、検体番号一〇〇三二号、通称『御坂妹』は重い瞼を開くと目の前に広がる黒く厚い雲を見て、自分が今どういう状況に立たされているのかを思い出した。
身体を起こし、周りを見る。その屋上は一言でいうと何もない。無理にでも特徴を見つけろと言われるならただ『殺風景』としか言いようがないほどに何もなかった。
重い身体を引きづり、屋上の縁まで行って下を見ると、多くの廃ビルといくつかの研究施設の敷地のようなものが見えた。
「…………、」
自分の記憶と、ミサカネットワークで検証した結果、そこは第一〇学区の原子力研究所の屋上らしい。
屋上、と言っても人が出入りしそうな屋上ではないし、手入れがされているようにも見えないことから、元から人が来ることを想定して作っていないのだろう。
(はて、それはそれとしてミサカはいったいどうしてこんなところに居るのでしょうか、と首を傾げながらミサカは思考します)
う~ん、とわざとらしく唸りながら、御坂妹はこれまでのことを思い出す。
学園都市の暗部組織〔パンドラ〕に狙われたところを一方通行(アクセラレータ)に救われたところまでは覚えているのだが、その後を覚えていない。
簡単に考えると、一方通行(アクセラレータ)がここに連れてきたと予想できるのだが。
はて、肝心の彼はどこに行ったのだろうか?
「はっ! まさか、この状況をどこかで見ていて楽しんでいるという『ほうちぷれい』でしょうか!? とミサカは最近聞いた言葉で一方通行(アクセラレータ)の知られざる性癖を予想してみます」
本人が居たら本気で怒りそうなことを真顔で言いながら、御坂妹は一人で戦々恐々する。
ちなみに、この思考もミサカネットワークにダダ漏れしているため全世界の妹達(シスターズ)が一斉に戦々恐々としているのだが、その話の根っこたる白髪の少年は何も知らない。
(さて、くだらない予想はヤメにしてさっさと状況理解に努めましょうとミサカ一〇〇三二号は全ミサカに状況説明を依頼します)
目を閉じ、呼吸を整え、ミサカネットワークに接続した。
ぶわっ、と全世界の『妹達(シスターズ)』から入る多くの情報から必要なものだけを取り出し、御坂妹は最速かつ最適に作業を行っていく。
(そんな意味のわからない場所が敵の本拠地とは思えません、とミサカ一四〇二五号は適当な考えを言ってみます)
(敵に捕まったミサカ達は全て通信を遮断されていることからその考えは、あながち間違ってはいないでしょう、とミサカ一八八〇〇号は一四〇二五号の考えに賛成します)
(そもそも、研究所の屋上を本拠地にするバカはいません、とミサカ一六七七〇号は暗にその場所は大丈夫と語ってみます)
(『高さの牢獄』という可能性も捨てきれませんが、おそらくそれはないでしょう、とミサカ二〇〇〇〇号は自分の出した可能性をすぐさま潰します)
ネットワークの意見がまとまる。多くの考えが予想の範疇を超えないが、この状態では仕方ないだろう。
下を見る。能力を使えば降りれないこともないが、やはり一方通行(アクセラレータ)を待つべきか。
まだ捕まってはいない、ということを前提に自分がどうするべきかを聞こうとすると、すでにネットワークでは別の話題へと切り替わっていた。
(というか、当事者であるミサカの状況を他のミサカに聞いてわかるわけないよねってミサカはミサカは……じゃなかった、ミサカ二〇〇〇一号は一〇〇三二号を嘲笑ってみたり!!)
(お子さまは黙っていなさい、とミサカ一五五三二号は一〇〇三二号をフォローしながらも、実際のところ言うとおりだということをあえて口に出さず心の中だけに留めます)
(いや、フォローになってないとミサカ一八四四〇号は突っ込みをいれます)
(そう言う一八四四〇号だって、本当はそう思ってるんでしょ? ってミサカ二〇〇〇一号は顔から剥がれないニヤニヤを抑えられずに聞いてみたりぃ!!)
(何を言うんですか、とミサカ一八四四〇号は―――――)
「………、」
――――――こいつら役にたたねえ。
そう思いながら、御坂妹はネットワークとの通信を切った。思わずため息をつきながら、天を仰ぐ。
「まったく、こちらが真剣に聞いているのに……少しはまともな意見がだせないんですか、とミサカは誰にも聞かれることのないであろう愚痴を洩らしながら頭を抱えます」
「あァ? お前なに一人でブツブツ言ってるンですかァ?」
と、一人と思っていた彼女に声がかかった。その心配そうではなく、バカにするような声には聞き覚えがある。
声の方を見ると白髪の少年、学園都市第一位の超能力者(LEVEL.5)一方通行(アクセラレータ)が杖をつき、ビニール袋を抱えて立っていた。
彼は、紅い目を細めながら御坂妹の方へと歩き、隣に立つ。数秒だけ彼女の顔を見て、一方通行(アクセラレータ)は眉を潜めた。
「……なンか言いたそうな顔だなァ」
「いえ、もう『ほうちぷれい』は終わったのですか? とミサカはアナタの考えなどお見通しということを言外に語ってみせます」
「……………そンな言葉ドコで覚えてきやがった」
「病院の患者がそのようなことを言っていたので調べてみました、とミサカはない胸を張りながら自分の実行力の高さを自慢してみます」
あっそォ、と興味無さそうに呟く一方通行は、『あのカエル野郎、余計なことばっか教えやがってェ』と心の中で思ってたりする。
頭をガシガシとかき、彼は手元のビニール袋からいくつかのパンや飲み物を取りだしてから、御坂妹の横に置いた。
『いちごパン』や『コーヒーコーラ』などという意味不明のものを見て、御坂妹はそれを指さしながら、
「”これ”はなんですか、とミサカは自分の疑問を率直に述べます」
「知らねェよ。なンでも『店員のおススメ』らしいからなァ。不味くはねェだろ」
同じくビニール袋から自分のコーヒーを取りだし、プシュッとプルタブを開きながら、一方通行はぶっきらぼうに返事を返す。
もうちょっとマシなものはなかったのか、という非難の視線を受け流しながら一方通行がコーヒーを口に含んだのを見て、御坂妹は喉の渇きを覚えた。
『コーヒーコーラ』を手に取り、ペットボトルのキャップを外し、うまく表現できない色の飲み物を口に入れる。
喉を潤す液体の味は、言い表すのが難しいほどに、普通の味だった。
「そう言えば、と前置きしながらミサカは、どうやってこれを買ったのですか? とアナタに問いかけます」
「ン? 別に、ただ近くのコンビニから買ってきたンだよ。なンだァ? そンなに気に入りませんでしたかお嬢様ァ」
「いえ、そういうことではなくミサカは『どうやって』これを買ったのか、と聞いているのです、と読解能力が意外とない一方通行にビックリしながらもミサカは再度問いかけます」
ハ? と一方通行(アクセラレータ)の動きが止まる。
不機嫌そうな顔で御坂妹を見て彼は、何を言っているのかわからない、とでも言わんばかりの口調で言う。
「だから、コンビニでって言ってるのがわかンないの、オマエ? テメェらの頭がそンなに出来が悪かったら、オマエらに任せてるオレの演算処理に不安を持っちまうンだけ――」
「アナタ、財布を持っていないじゃないですか、とミサカは何故かとぼける一方通行の顔を見ながら嘘を指摘します」
「――――なンで知ってやがる」
「万引きしたんですか、とミサカは最強のレベル5がまさかそんなことするわけありませんよね、と思いながら一つの可能性を提示します」
「……………、」
「万引きしたんですか、とミサカは最強のレベル5がまさかそんなことするわけありませんよね、と思いながら一つの可能性を…」
「あァそうだよ悪いかァ!? 店員さンが居なかったから、ありがたく頂戴したンだよォ!!」
開き直る一方通行に御坂妹は、もし店員がいたらどうするつもりだったのか、と聞こうとしたが、あまりにも返答に予想がつくため止めておくことにした。
彼女は、一方通行の方を数秒見つめ、自分がもらったパンやジュースを見つめてから、制服のポケットをガサゴソと探り、二つに折りたたむタイプの財布を取りだして、一方通行へと差し出した。
「落し物です、とミサカはさっさと取れよバカ野郎という気持ちを隠しながら、アナタに財布を手渡します」
「………、」
彼は無言でそれを受け取ると、何かを考えるかのように数秒沈黙し、チッと一度舌打ちしてから口を開いた。
「どこで拾った」
「普通、そこはお礼の言葉では、とミサカは恩着せがましいことを自覚しながら、言外に謝礼を求めます」
「ふざけンな。オマエにはそのパンとジュースをやっただろォ。ソイツでプラマイゼロっつうのが妥当だろうがァ」
「……『ありがとう』もまともに言えないとは、とミサカは一方通行(アクセラレータ)の社交性の欠如っぷりを心配します」
言ってろ、と一方通行は吐き捨てるように呟く。御坂妹の隣に座り、現代的な杖を自分と彼女の境界線のように置いてから、彼は何気なく財布を開いた。
直後。
一方通行の表情が変わる。
「オイ…」
「はい? もしかして『ありがとう』を言う気になりましたか、とミサカはアナタの横顔を見ながらその場面を想像し、吹き出しそうになるのを堪えます」
一度、コーヒーコーラを口に含み、彼女は無表情のまま言う。
一方通行はそんな彼女の軽口にピクリとも反応せず、財布の中から御坂妹の方へとゆっくりと視線を動かし、これまたゆっくりと言葉を吐き出した。
「なンで、オレの、カード類が、全部、オジャンに、なって、しまってるンですかァ!?」
一単語ごとを強調して、彼は財布の中から数枚のカードを取りだし、自分と御坂妹の間にばらまいた。
一方通行の所有するカードは、カードの残高や、残り上限などをカード上に示すものだが、今はもうその機能を完全に停止させ、ただの板きれとなり果てていた。
現金がないわけではないがそれほど持っているわけでもないし、カードがダメならば銀行のカードもダメになっているだろうから、補充もできない。
再発行すればいいのだが、ここは天下の学園都市だ。
能力による窃盗が存在する学園都市では本人の証明をするにも大きく手間がかかるためあまり得策とは言えないし、もし時間がかからなかったとしても敵と戦闘中に銀行に行くなんて馬鹿げてる。
「いや、それはたぶんミサカの身体から放射されている電磁波のせいだと…」
「学園都市が作る最先端のもンが常時放射される電磁波でぶっ壊れちまうンだったら、カードなンて作る意味ねェだろうが!!」
実は、先ほど一方通行の戦闘時に焦って一人放電してしまい、ポケットに入る電子機器類を全て破壊してしまったのだが、そのことについて彼女は自覚していない。
そのため答えを持たない御坂妹は、白状しようにも白状できないのだが、そんなことを一方通行は知る由もなく、御坂妹の”作る”言い訳を簡単に打ち破り、学園都市最大の頭脳は徐々に彼女を追いこんでいく。
(うぅ……いったいどうすれば、とミサカは自分の立たされた立場を悲観しながら仲間に助言を求めます)
御坂妹は思わずミサカネットワークに救援を求めるが、返ってきた言葉はすべて『諦めろ』というものしかありはしなかった。