とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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匿名ユーザー

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 インデックスは全てを少年に打ち明けた。
 自分との出会いのことも七月二十日からのことも錬金術師のことも八月三十一日のことも風斬氷華のことも大覇星会のこともイタリアでのこともイギリスでのことも。
 二人で過ごしたことであればすべてを。
 もちろん、二度の記憶喪失のことも。
 なのに。
 それなのに。
 透明な少年から返ってくる答えは適当な相槌。
 前のときは、まだ良かったのかもしれない。
 あのときの上条当麻はインデックスの知っている上条当麻を寸分の狂いもなく演じてくれていたから。
 でも今回は違う。
 記憶喪失である、ということは受け入れてくれた違う上条当麻で。
 なのに。
 それなのに。
 記憶の話よりも自分を気遣う言葉ばかりかけてくれて。
 自分よりも目の前の人の心配ばかりする優しさは何も変わってなくて。
 かけられる言葉も口調も自分の知っている上条当麻のままで。
 だから耐えられない。
「もういいぞ。無理しなくていいぞ」
 何度、同じ言葉を聴いただろう。堪えきれない涙がこぼれるたびに声をかけてくれる。
 無理矢理、話を打ち切るための言葉ではない。
 自分に対して嫌悪が込められた言葉ではない。
 本当に純粋に。
 自分を心配しての言葉で。
「俺たちが知り合いってことは分かったからさ。感謝してる。だからさ、そんなに辛いなら無理するな」
 気遣う笑顔さえ浮かべてくれる。
 優しい言葉をかけられる資格なんてないのに。
 笑顔を向けられる資格なんてないのに。
「とうま……」
 少年の顔を見ることができない。見るなんてことが許されるのだろうか、とさえ思ってしまう。
「インデックス、だったな。気にするなよ。別に俺はお前を恨んじゃいねえ。つか、過去の記憶がないんだから、恨みようがねえだろ。だから、そんなに自分を責めるな」
(何でなんだよ……)
 インデックスは思う。
(どうして、そんなにあっけらかんとしていられるんだよ……)
 理不尽な逆恨みは百も承知だ。
 だけど、思ってしまう。
 あれだけ、恨まれても構わないことを言ったのに。
 あれだけ、糾弾されて当然の説明をしたのに。
 それでも、少年は、過去を全て忘れたまま、いつもの優しい上条当麻のままで。
 涙がいけなかったのかもしれない。
 もっと、悪く言えばよかったのかもしれない。
 だけど、そんなことなんてできなかった。
 少年から嫌われるならともかく。
 自分から嫌われるような真似は許されないと思ったから。


「顔上げろ」
「ふえ!?」
 不意に少年が自分の顔を、顎に指を乗せて上を向かせた。
 図らずも正面にはいつもの少年の笑顔。
 しかし、目の前にいるのは自分のことを覚えていない別の少年。
 不意に瞳から涙が一滴こぼれる。
「ほら、顔がくしゃくしゃじゃねえか。上条さんには女の子を泣かせる趣味はありませんのことよ」
 言って、にかっとした笑いを浮かべて、傍にあったタオルで、インデックスの涙を拭う。
 そんな少年の行動に硬直するインデックス。
 こんな資格なんてないのに。
 優しくされる資格なんてないのに。
「だ、大丈夫だよ! それよりとうまは病人なんだから寝てなくちゃ!」
 わざと自分から離れて、両手で涙を拭う。
 でも止まらない。
 涙は止まる気配を見せない。
(何で!? 泣き止まないといけないんだよ! これ以上、とうまに心配と迷惑をかけちゃいけないんだよ!)
 自分に強く言い聞かせる。
 それでも涙は止まらない。
 それを少年はどういう心境で眺めていただろうか。
 少年の立場で考えて見れば。
 この少女が原因で記憶喪失になったらしい、ということは信じるとしよう。
 しかし、それがどうだと言うのだろうか。
 これだけ、顔をくしゃくしゃにして。
 言いたくないことだったろうに、全てを曝け出して。
 どれだけ、記憶を失う前の自分が大切だったかを打ち明けて。
 少年には記憶がないのである。
 無い記憶のことで糾弾しろ、と言われても「ハイ。分かりました」なんて思えるだろうか。
 少なくとも自分は酷い目に合ったという覚えすらないのに、非難しようとする気なんて沸くだろうか。
 少年は真剣な眼差しで、そっと、自分の胸に、泣きじゃくる少女を抱き寄せた。
「と……うま……?」
「ごめんな」
 ――!!
 不意に漏れる謝罪の言葉。
「こんなにも俺のことを心配してくれている君の事を忘れちまっているなんて酷い男だよな、俺は」
(ち、違う! とうまは何も悪くない!)
「本当に悪い。女の子を泣かせるなんて最低だ」
(逆なんだよ! 最低なのは私なんだよ!)
「俺は、君を泣かせている以前の俺の分も君に謝る。これ以上、辛い思いをする必要なんてない」
(そうじゃない! そうじゃないんだよ!)
「俺には、君に泣き止んでくれ、なんて言葉をかける資格なんてないもんな。だから、気の済むまで泣いてくれていい。だけど、泣き顔は見たくないから胸に押し付けさせてもらう。君にとっての俺は俺じゃないだろうけど、俺だって上条当麻なんだ。これくらいで罪滅ぼしになるかどうか分からんけど」
「とうまの馬鹿……」
「ああ、俺は大馬鹿者だ」
 もう限界だった。
 ぐっと、上条の胸の襟元を掴む。


 二人だけの静かな病室に、悲痛の号泣がこだました。


「お姉様……」
 白井黒子は呼びかける。
 声を上げて大泣きして、少しはすっきりしたのかもしれない。
 ベッドの手近にあるパイプ椅子に腰掛けて。
 ぎゅっと少女の手を握り締めて。
 反応するはずも無い少女へと声をかける。
「お姉様……」
 顔は笑っていた。
 嗚咽の漏れそうな顔で笑っていた。
 声も震えていた。
 それでも、白井黒子は呼びかける。
「お姉様……お目を覚まされないのであれば……黒子は己が欲望に忠実に動くことにしますですわよ」
 ぎゅっと握る手を自分の胸に押し付けて。
「今のお姉様は抵抗できませんものね……でしたら、あんなことやこんなことを……」
 少女の方へと上体を乗り出して。
 少女の顔に自身の顔も近づけて。
 少女の息遣いが聞こえるまで近づけて。
「……抵抗されないのであれば、本当にお姉様の唇を奪うことから始めさせてもらいますわよ……」
 そっと呼吸機を取り外して。
 あと十数センチ。
 少女を慕うようになってから何度も見た夢。
 あと数センチ。
「本当に……よろしいのですね……」
 白井黒子は呟いて。
 しかし、そこで動きを止める。
 しばし、その態勢で静止して、即座に上体を、椅子に座ったときの位置へと戻す。
 唇に触れてはいない。
 目の前の相手は決して抵抗しないのに。
 白井黒子は結局、少女の純潔を守り通す道を選んでしまう。
「……っ」
 唇をかみ締める。
 前髪で瞳を覆い隠す。
 しばし沈黙。
「お姉様……」
 再び呼びかける。
「今、あの殿方のところには、一人のシスターがおりますのよ」
 これ以上、声を大きくできない。
 少しでも音量を上げようものなら、こみ上げてきそうだから。
「とても可愛らしい女の子。お姉さまに勝るとも劣らぬくらい、あの殿方を慕う女の子」
 白井黒子は再び少女の手を握る。
「既にあの殿方は目を覚まされているのですよ。しかもお姉さまのことが記憶から消えておいでなのですよ」
 だからこそ、目を覚ましてほしい。
 この手を握り返してほしい。
「今のままでは、あの殿方は永遠にお姉さまの方を振り向いてくれなくなるかもしれませんわよ」
 いつのものように、照れ隠しにムキになって。
 だけど、直情的に少年へと向かっていって。
「それでよろしいのですか?」
 白井黒子は問いかける。
 それでも少女は反応しない。
「だから……お姉様……お起きになって……」
 もう涙を堪える術なんて忘れてしまった。
 漏れる嗚咽を抑えることなんてどうでもよくなった。
「お姉様……」
 白井黒子は少女の手を握り締めたまま、再び泣き崩れる。
 今度は静かに、そして偲ぶように。


 それでも少女は反応しない。


 インデックスは病院の出口へと向かっていた。
 単純に面会時間が来てしまったからだが、どこかホッとしていた。
 あの場にいるのが辛いから。
 だけど、あの少年と一緒に居たかったから。
 面会時間ギリギリまで傍にいた。
 矛盾する二つの気持ち。
 インデックスは出口へと向かう。
「お話があります、と、ミサカはあなたを呼び止めます」
 不意に声をかけられる。
 声のした方へと視線を向ければ、そこに居たのは、自分をここまで連れて来た一人の少女。
 正式名称(?)・検体番号(シリアルナンバー)一〇〇三二にして、とある少年からは御坂妹と呼ばれる、学園都市二三〇万人の頂点・七人しかいない超能力者(レベル5)の一人の体細胞から人工的に創られた生命体。


「あの方の記憶回復とお姉様の意識覚醒のために協力を要請します、と、ミサカはあなたの目をまっすぐ見て毅然と告げます」


 しかし、その言葉に宿る意志には、一個人としての確固たる信念が宿っていた。

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