とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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匿名ユーザー

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「大丈夫? ってミサカはミサカは一〇〇三二号を気遣ってみたり」
「えっ!?」
 突然聞こえてきた幼い自分の声を聞いて、驚愕と供に覚醒する一〇〇三二号。
 眼前には、心配げに見つめる最終信号の顔が覗き込んでいた。
「いつの間にミサカは意識を失ったのですか? と、ミサカは上位個体に、愕然と問いかけます」
 上体だけを起こし、しかし、うまく力が入らない。すぐに横に倒れてしまう。
「無理しちゃいけないよ、ってミサカはミサカはあなたを介抱してみる」
「平気です、と、ミサカは歯を食いしばって起き上がります……って、あ!」
 即座に、一〇〇三二号はベッドの方へと向き直る。
 自分が倒れてしまったなら、もう一方通行を支える者はいない。最終信号が自分のところにいるということは――
「えっ!?」
 思わず一〇〇三二号は目を見開いた。
 普段の彼女からは決して想像できないほど大きく。それは間違いなく。
「あなたは……、と、ミサカは呆然と問いかけます……」
 そこにはバッテリーコードを握る少女がいた。
 基本的には一〇〇三二号と同じ顔。
 ただ、プロポーションは明らかに(最終信号は除外される)他の個体とは違う妖艶さ。
 風ではなく能力の余波でバサバサ靡く白とピンクのアオザイに身を包んでいるが、その出で立ちが妙に似合っていない気がするのは何故だろう。
 それは、一ヵ月半くらい前に、突然、感知した新しい妹だった。


「にゃっはー。初めましてかな? お・ね・え・さ・ま♪」
 肩越しに笑顔を向けてくるが、なんとも自分たちと違って表情豊かな個体だ、と一〇〇三二号は思わず考えてしまった。


「それにしても、さっすが、一番年長のお姉様☆ ミサカと違って、最終信号を除けば、同じミサカなのに、こっちのミサカたちの三倍も持つなんてすごーい♪」
 褒められているはずのに、なんだか全然褒められている気がしない。
 と言うか、逆に馬鹿にされている気さえする。
「おっと、挨拶が遅れちゃったかな? と言ってもミサカのことはミサカネットワークで知ってると思うけど、改めて、名乗りマース」
 ……本当にこの個体はミサカなのですか? とミサカは憮然とします。
 と心の中で呟いて、無言のまま、相手の返事を待つ一〇〇三二号。
「ミサカの名前は『番外個体(ミサカワースト)』。検体番号だと何号なんだろ? ま、いいけど。ただ、体中を弄くりまくられちゃったから同じミサカなのに、ミサカのレベルは4なのよん♪」
 名乗る少女はあくまで笑みを絶やさなかった。
 しかも、その笑みはなんとも嫌みったらしかった。


「どうして……あなたたちが……九十分前の召集には応じなかったはずなのに? と、ミサカは疑問を抱きます」
 体力が完全に尽きた痙攣する体を無理矢理起こし、しかし最終信号に支えられた一〇〇三二号が問う。
 相手は番外個体。
「ここに来るのが遅れたのは、そこのお子ちゃまの保護者を説得するのに時間がかかっちゃったからだよん♪ んまあ、お子ちゃまはおねむの時間だしねー」
「むっ、ってミサカはミサカは頬を膨らませる」
「最終信号の……保護者……?」
 一〇〇三二号は、それは一方通行のことではないのかと思った。
 いつでもどこでも、チョコチョコと一方通行の周りをうろついているのが最終信号だ。
 それを時にあしらい、時に気にかけて一緒にいるのが一方通行だ。
 が、これはあり得ない。
 なぜなら一方通行は召集時、自分たちと一緒にいたし、ネットワークを電極で繋いで演算協力しているとは言え、一方通行にはミサカネットワークに配信される情報は読み取れない。
 では保護者とは?
「正確に言えば、家主さん☆」
「なるほど、と、ミサカは嘆息して納得します」
「でもさぁ、運が良かったよ。遅れてきて大正解☆ もし、こっちの第一位がトランス状態じゃなかったら、ミサカたちのことに気づいてしまっただろうしねー。そうなったらミサカはともかく、このお子ちゃまミサカは協力できないもんねー」
 それは確かに、と一〇〇三二号は思う。
「けけっ。じゃあ、もうそろそろいいかな? 第一位が復活させようとしてんのは第一位の敵でしょ? それも天敵♪ ミサカにとっては第一位の敵が増えるのは喜ばしいことだから嬉々として協力させてもらうのよん☆ だから、そろそろ集中させてよ、お・ね・え・さ・ま♪」
「……なんだか素直に感謝できないのですが、この場は感謝します、と、ミサカはどうも釈然としないまま、頭を下げます」
 ちなみに一〇〇三二号が気を失っていたのは十分間。
 番外個体の交代は、タイミングを見計らったように一〇〇三二号が手を離した瞬間に行われたもの。
 つまり、バッテリーコードを握ってから十分経過。
 それでも番外個体には余裕があった。
 他の四人が限界だった時間の倍の時間だというのに余力があった。
 しかしはたして、そんな番外個体でも、大能力者(レベル4)のミサカでも残り五十分持つだろうか。
 さすがに確証を持つことはできない。
 そもそも、本当に余力があるなら話を打ち切ったりせず、まだまだ減らず口を叩くはず。
 この番外個体はそういう性格のはずだ。
 つまりそれはとりもなおさず、もう喋るのが辛くなっていることに他ならない。
(……やむを得ません、とミサカはネットワークを切って次の行動を開始します)
「一〇〇三二号?」
 無理矢理起き上がった一〇〇三二号がきびすを返したのを見て、最終信号が声をかける。
「ちょっと席を外します、とミサカは告げます」
 しかし、一歩歩くことでもかなり辛そうだ。
「一緒に行こうか? ってミサカはミサカはあなたを心配する。今の一〇〇三二号はミサカネットワークにも接続できなくなるほど力を使い果たしているのに、ってミサカはミサカは補足してみたり」
「大丈夫です、と、ミサカは自分の情けなさに思わず自嘲します」
 最終信号の好意を自ら放棄して、一〇〇三二号は病室の外に出た。
 最終信号は誤解した。
 一〇〇三二号が自らの意志でネットワークを切ったことに気づかなかった。
 一〇〇三二号が用足しに向かったものだと思い込んだ。
 一〇〇三二号が向かうのはトイレではない。
 一〇〇三二号が向かうのは、本来であれば、決して巻き込みたくなかった相手の元。
 バッテリー供給源として、残り時間を確実に期待できる自分たちの素体(オリジナル)。
 学園都市二三〇万人の頂点、七人しかいないレベル5の第三位。
 こと、発電系能力者としては学園都市最強を誇る少女。
「不出来な妹をお許しください、とミサカは誰よりも頼りになるお姉さまに望みを託します」
 呟いて、病院の壁に寄り添ってまで歩みを進める一〇〇三二号。
 何度倒れても、その度に起き上がり、這い蹲り、御坂美琴の元へと向かう。
 あの操車場に現れた少年のように、何度倒れようが、その度に起き上がり。
 大切な誰かを守るために進み続ける。


「う……」「ぐ……」「む……」
 一〇〇三九号、一三五七七号、一九〇九〇号の意識がようやく戻る。
 もっともこれは仕方がないことだった。
 模擬訓練はやったことはあったが、『実戦』は生まれて初めてのため、多少、無菌培養的なところがあり、実際に一方通行と戦ったり、九月中旬にダメージの残る体を無理矢理動かしたことがあった一〇〇三二号とは違い、『回復』の点でどうしても一〇〇三三号から二〇〇〇〇号は難がある。
 ただ、一〇〇三二号とは違い、一時間以上、気を失った分、能力はほとんど回復していないが、体力に関して言えば、ある程度元に戻っている。
 ――が、
「あ、大丈夫、ってミサカはミサカは上位個体らしく、一〇〇三九号、一三五七七号、一九〇九〇号を気遣ったり」
 という最終信号の声は耳に入らない。
 目の前の風景に呆然としてしまったからだ。
 そこには、一方通行を補佐する自分たちの新しい妹が、中腰で、言うなれば構えを取ってバッテリー充電コードを握っていた。
 しかし、一目で分かる。
 自分たちとは明らかにスペックが違う。身体能力が違う。経験が違う。
 この妹に比べれば自分たちなど、温室育ちの箱入りお嬢様としか思えなかった。
「……このミサカに、あのミサカくらいの力があれば……と、ミサカ一三五七七号は悔しがります……」
 拳を握り、前髪で瞳を隠す少女。
 あとの二人も同じだった。
 自分たちは五分でダウンした。
 しかし新しい妹は、最終信号から送られたネットワークを介して知ったのだが、これで十分以上経過しているのに、まだ立っているのだ。
 その違いは、少女たちを気落ちさせるには、悔しい思いを抱かせてしまうには充分だ。
 もっとも、嘆いたところで力が身に付くわけではないし、能力が回復するわけでもない。
「――? 一〇〇三二号はどうしました? と、ミサカ一九〇九〇号は上位個体に問いかけます」
「今、一〇〇三二号とはミサカネットワークが切られています、と、ミサカ一〇〇三九号はさらに追求します」
 ふと気づいた現実に、おそらくは知っているであろう最終信号に問う二人。
「一〇〇三二号はトイレだよ、ってミサカミサカは聞こえていないあの人たちの他に男の人がいないことを利用して、直球で事実を告げてみる」
「……トイレ?」
 一三五七七号は呟き、ふと疑問を感じる。
 トイレだからといってミサカネットワークを切るだろうか。
 最終信号は、あまりに焦っていたのか、気づかなかったのかもしれないが、ミサカネットワークは普段接続状態にある。
 用足し程度、ミサカ全体が起こりうる生理現象なのだから、隠す意味はないし、その程度のことでネットワークが切断されたことはない。
 前に、一人だけネットワークを切った者がいたが、それはあくまで、他のミサカたちに自分がしていることがバレないための処置だったはずだ。
 ということは、一〇〇三二号は、他のミサカたちに悟られてはまずいことをやっている、ということになる。
 真っ先に、その答えに辿り着いたのは、一九〇九〇号であった。


 はぁ……はぁ……
 暗闇に包まれた病室。
 ようやく一〇〇三二号は到着した。
 距離にして、わずか十数メートル。
 距離にして、すぐ隣の個室。
 それなのに、ここまで来るのに五分は経過した。
 隣の様子は窺い知ることはできない。
 ミサカネットワークに再接続しようものなら、自分の居場所がバレてしまう。
 一〇〇三九号、一三五七七号、一九〇九〇号ならともかく、番外個体はまだしも、最終信号だけには知られるわけにはいかない。
 今はただ、新しい妹・自分たちよりもスペックの高いレベル4(ミサカワースト)を信じるしかない。
 前に視線を向ける。
 開いた扉のすぐ傍の壁に寄りかかる。寄りかかりながら、壁伝いに進む。
 わずか数メートルの距離なのに。
 普段であればものの数秒なのに。
 こんなのんびりしている時間はないというのに。
 歯がゆかった。悔しかった。
 何の役にも立てない自分が。
 結局は誰かに頼ってしまう自分が。
 それでも、一〇〇三二号は歩みを止めない。
 荒い息遣いのまま、歩みを止めない。
 痙攣する体を引き摺って。
 眼前のベッドに横たわるのは昨日の夜、覚醒したばかりの自分たちの素体。
 体力回復もままならず、長期に渡る植物状態の所為で、全身の筋肉が萎縮してしまっていて、起き上がることすらできない、まだ痛々しさが残る彼女。
 しかしもう、一〇〇三二号にはこの手しかない。
「お願いします……起きてください……お姉様……と、ミサカは訴えます……」
 痙攣する両手で少女を揺する。
 自身も立つことができず、膝をつけて揺する。
 ほとんど力も入っていないのに。
 揺すっている本人が振動を感じられないのに。
「無理を言っているのは分かっています……ミサカがどれだけひどいことを言っているかも分かっています……だけど……起きてください……と、ミサカは再度、訴えます……」
 昼間、自力でペンを持つことすらできなかった少女なのに。
 極限まで体力を使い果たし、いまだ起き上がることすらままならなかった少女なのに。
「お姉さまにやってほしいことがあるのです……お姉さまにしかできないことがあるのです……と、ミサカは再三に渡って訴え続けます……」
 だが、もう頼るしかない。
「ミサカにはもう……あの人(上条当麻)を守ることも……あの人(アクセラレータ)に協力することもできません……どれだけもがいても……どれだけあがいても……絶対に守れないのです……と、ミサカは悔しさのあまり、臍を噛みます……」
 絶対に最悪の結末にはさせない。
 上条当麻がインデックスが御坂美琴が一方通行が最終信号が妹達が番外個体が、みんなで笑い合ってみんなで馬鹿やっている、そんな当たり前の世界を。
 そんな幸せな日常に辿り着くために。
「お願いですから……お姉さまの力であの人たちを助けてください!」
 一〇〇三二号は全身全霊で心の底から願う。


「……ったく、アンタに言われたんじゃ断れないわね……」


 一〇〇三二号は、ハッとして顔を上げた。
「ま、確かに今の私は歩くことはもちろん、起き上がるのもなかなか辛いんだけどさ……」
 一〇〇三二号は、即座に視線を声のするほうへと移す。
「けど、『能力』だけは完全回復してるみたいだし、開放するだけならできるでしょうよ……」
 一〇〇三二号の切なる祈りが、尊い願いが届いた瞬間だった。
「前に私が同じ状況で同じことを言ったとき、アンタは叶えてくれた。だから、今度は私の番」
 一〇〇三二号の瞳から涙が溢れ出す。
 絶望の中に見出せた一筋の光、しかし、絶対的な希望。
「ただし、アンタたちにも手伝ってもらうわよ」
 御坂美琴の鋭い眼光が一〇〇三二号を貫いた。


 番外個体にも限界は近づいていた。
 それは誰しもが一目で分かる。
 ついさっきまで、両足でちゃんと立っていたのに、いきなり膝を付き、コードを持っていない方の手が床に付いたからだ。
 それでも声は絶対にあげない。
 番外個体のプライドがそれを許さない。
 歯を食いしばる。
 学園都市最強の超能力者を倒す――正確には、潰すために造られた個体。
 ネットワーク内から特に悪意に反応することを義務付けられている個体。
 悪意とは何も憎悪とか嫉妬だけではない。
 たとえば、負けん気、とか。
 言い換えれば、潔くない、とか。
 そういうアサマシイ部分に彼女は特化している。
 それゆえ、ここで負けを認めて、コードを手放すことを拒んでしまっていた。
 経過時間は十八分。
 最終信号、一〇〇三九号、一三五七七号、一九〇九〇号は悟った。
 番外個体が耐えられるのは残り二分だ、と。
 しかし、他のミサカたちは何の打開策もなくただただ、時間が過ぎるのを見ているしかできなかった。
 そして無情にも二十分が経過する。
 番外個体は意識を失くして倒れ伏した。
 同時に最終信号がコードを掴む。
 その幼い手で。
 同時に小さな体が悲鳴を上げる。文字通り電撃に撃たれ続けるように体中からバチバチという音が聞こえてくる。
 能力的には番外個体以外のミサカとはそう変わらないはずなのに。
 それなのに、その体が小さい分、他のミサカたちよりもあまりに痛々しく映ってしまう。
 抑えきれない電撃が漏れてしまっている。
 しかし、それでも他のミサカたちは、一方通行がトランス状態であったことに心から安堵した。
 もし、彼が後ろを振り向いてしまうことができたなら、絶対に強制入力(インストール)を中断してしまう。
 さすがに一方通行が、上条当麻を『打ち止め』よりも優先させることはない。
 たとえ、『打ち止め』が望まないことだとしても。
 どんなに『打ち止め』がダメだと言っても。
 その部分だけは、一方通行は譲れない。
 絶対にそこだけは一方通行が譲らない。
 時間は残り四十分。
 五分から十分であれば、最終信号でもなんとかなる。体つきは幼くとも、今はある程度調整されたので、動作不良を起こすことはない。
 そして、最終信号もまた、過去に命ギリギリの戦いを経験している。
 だから、少なくとも能力的には、一〇〇三九号、一三五七七号、一九〇九〇号の上回っている可能性は低くない。
 一〇〇三二号が十五分耐え抜いた。
 ならば最終信号も最低十分は耐えられるのではないか。
 根拠はないが、確信をもってミサカネットワークはそう考える。
 では、残り三十分は?
 その答えは既に一〇〇三二号が持っていた。


(聞こえますか? と、ミサカ一九〇九〇号は、一〇〇三二号に問いかけます)
(――!!)
 繋がるはずがないのに!
 と、一〇〇三二号は驚嘆した。
 ミサカネットワークとは普段接続状態にある。しかし、各ミサカでネットワークとの接続を切ることは可能だ。
 もっとも、個別にネットワークを切った場合、当然、本人にしか識別できないパスワードというものを設定する。
 なぜならネットワークを切る理由は、たった一つ、他のミサカに知られたくないことがあるからであり、他のミサカに簡単に接続させない処置を施すのは当然だからだ。
 しかし今、一九〇九〇号は、『切った側』の一〇〇三二号に接続してきた。
 通常なら絶対にあり得ない。
(何をしているのです? と、ミサカ一九〇九〇号は疑問をそのままぶつけます)
 聞こえる声はあくまで冷静だ。多少は焦燥感を含んではいたが。
(そこはお姉さまの病室ではありませんか、と、ミサカは確認します)
 さらに畳み掛けられる。
 ネットワークに繋げられた、ということは、とりもなおさず自分が見ているものも相手に伝わるからだ。
 もう言い逃れはできない。
 同時に一〇〇三二号は思い出した。
(……なるほど、一九〇九〇号には、他のミサカたちよりも一日の長がありましたね、と、ミサカは苦笑します)
 そう。一九〇九〇号は、(もしかしたら今も秘密行動しているかもしれないが)過去に他のクローンたちからは秘密を持って行動(ダイエット)していた時期があった。
 そのため、ネットワーク排除のためのセキュリティを独自に編み出し、より高度に、より強度にファイアーウォールを作り出せるようになっていたのである。
 その副産物とでも言おうか。
 今、初めて、ネットワークを自分の意思で切った一〇〇三二号程度のセキュリティを破ることなど造作でもなかったのだ。
「……どうしたの?」
 急に肩越しに振り返り、なぜか天井を見上げていた一〇〇三二号に美琴は問う。
 もっとも、彼女の状態は首だけをやっと動かせるまでなのだが。
「……今、別のミサカがコンタクトを取ってきました、と、ミサカはお姉さまに現状を報告します……」
 答える一〇〇三二号は振り向かない。
 ミサカネットワークの総意として、この件に関しては、決して素体(オリジナル)である御坂美琴を巻き込まないと誓っていたから。
 それを率先して破った自分には美琴に合わせる顔がないから。
 しかし、
(ちょうど良かったです、と、ミサカ一九〇九〇号は一〇〇三二号の行動を賞賛します)
(え――!?)
 返ってきた声は、非難よりも、自嘲で満ちていた。
(すでにこちらでも番外個体のミサカは倒れ、あとは最終信号のみとなっています、と、ミサカは芳しくない現状を報告します。しかし、ミサカ一九〇九〇号、一〇〇三九号、一三五七七号には、まだ、ほとんど能力が戻っていません、と、さらに最悪の状況を隠すことなく打ち明けます。よって大変、心苦しいのですが、お姉さまの力をお借りしたく、お姉様を説得してほしい、とミサカは心の底からお願いします)
 やっぱりミサカネットワークはミサカネットワークだ、と一〇〇三二号は、小さくではあったが、確かに苦笑を浮かべた。
 考えることは同じ。
 自分たちではどうしても足りなかった時間。
 だけど悔やんでいたってどうにもならない。
 上条当麻を助ける、ただ、それだけのために行動しているのだからプライドなんて必要ない。
(もう、お姉さまに了解は取っています、と、ミサカも自分の不甲斐なさに自嘲します。ですが、お姉様はまだ、ご自身で動くことはできませんので、大変申し訳ないのですがミサカもお姉様をそちらに連れて行くだけの体力が残っていませんので、一〇〇三九号と一三五七七号をこちらに、多少なりとも休憩時間が多かった一九〇九〇号は万が一に備えて、そちらで待機し、一分でも二分でも構いませんので再度、バッテリーになってください、と、ミサカは提案します)
(了解しました、と、ミサカ一九〇九〇号は力強く首肯します)




 オリジナルもクローンも最終信号も番外個体もない。
 『御坂美琴』という、まったく同一の遺伝子が必死で繋いできた、一つの大きな意思で結ばれた襷(たすき)リレーは今、最終ランナーに託される。


「あと……三十分ちょっと……ミサカはミサカは……絶対に……」
 最終信号が歯を食いしばり続ける。
 番外個体は二十分という長時間をくれた。
 ならば最上位個体である自分が負けるわけにはいかない。
 もう代わりはいない。
 傍には一九〇九〇号はいるが能力はまだ回復していない。
 だから、最後の最後まで、その小さな体で。
 誰よりも長い時間を。
 一方通行の行為と上条当麻の思いのためにも。
 絶対に、歯を食いしばり続けなければならない。
 しかし、思考に体は付いてきてくれない。
 力が、握力が徐々に抜けていくのが手に取るように分かる。
 目の前が霞んできた。一方通行の背中がぼやけて、そして暗闇に包まれつつある。
(だ、だめ……、ってミサカはミサカは……)
「よく、頑張ったなー妹。お姉ちゃんは嬉しいぞ」
 え――!
 意識が跳びそうになる寸前、遠いところからのように感じたが確かに聞こえた。
 自分を労わる誰よりも優しい声を。
 全ての感覚が消失する寸前、霞みつつあった瞳が確かに捉えたぬくもり。
 それは、充電コードを握るその手に、添えられる新しい手。
 まるで、極寒の寒さに震える両手に差し伸べられる暖かさのように優しく。
 最終信号は意識をフェースアウトさせながら振り返る。
「あんまり、格好いいとは言えないけどさ。――こっから先はお姉ちゃんに任せなさい!」
「お姉様……!?」
 最終信号は意識を手放す直前に。
 まるで眠りに着くようなまどろみの中で。
 一〇〇三九号と一三五七七号に両肩を支えられていて、コードを握ることさえ一九〇九〇号に補助を受けていて、笑顔を向けているのに表情は弱々しくて。
 その姿は正直言って、とても弱々しいのに。
 それでも、誰よりも頼りになる自分たちのお姉様(オリジナル)を見た。

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