とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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匿名ユーザー

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「終わったぜ……くそったれが……」
 一つ、盛大な息を吐き、上条当麻の額から手を離した一方通行が座り込む。同時に、首に巻いてある電極チョーカーを能力モードから通常モードへと変換。
 そう。二時間に渡る激闘が終わりを告げたのだ。
「まア、大丈夫だろうよ……コイツの脳が焼き切れた感触はなかったンだからなァ……」
 振り返ることなく、一人ゴチるように呟いて。
「……オイ……ちゃンと、その超電磁砲を部屋に送り届けてやれ……」
「……気づいていたのですか? と、ミサカ一九〇九〇号は驚愕をあらわにします」
「ったり前だ……つっても気づいたのは終わった今なンだがなァ……今の俺が二時間フルに能力を使い続けて、それでいて通常モードに戻せるなンざ、あり得ねエ……超能力者(レベル5)クラスの充電があったって理由以外はな……」
 しかし一方通行は振り返らない。
 そして御坂美琴も促さない。
 それは仕方がないことだった。
 上条当麻を助ける、という点で二人は協力したが、妹達の一件がある以上、まだまだ二人の間にある大きな溝を、ヘタをすればマラリア海溝よりも深い大きな溝を埋めるまでには至らない。
 一方通行が、その手で一万人を虐殺したという過去。
 御坂美琴が、DNAマップを提供したことで、一万人を死に追いやったという過去。
 双方の過去を二人は許すことができないのだ。
 一人二人救ったところで、それでも命を奪った数の方がはるかに多いのだから許されるはずもない。
 いっとき、協力できたからと言って、それで全てを水に流せるかどうかと問われれば、なかなか難しいのも事実である。
 だから、お互いに顔を見たいとは思わない。
 いつの日か、和解できるかもしれないが、それは残念ながら『今』じゃない。
 美琴もまた、妹達に部屋へ戻すよう促し、一方通行に背を向ける。
「……今回だけは、アンタに礼を言うわ……ありがとう……」
「お互い様だ。俺もオマエが居なけりゃ、確実に失敗しただろうからなァ……」
 たった一言ずつ。
 それもお互い、自分の憎悪を必死で押し殺したような平坦な声で。
 それだけ交わして二人は背を向けたまま、再び、別々の現実へと帰っていく。
 仮に上条当麻が仲介に入っていたとしても、この二人のわだかまりだけは、そう簡単には解けないかもしれない。
 無遠慮にズカズカ人の内側に入ってくる上条当麻であっても、この二人に踏み込むことはできないかもしれない。


 暗闇と静寂が支配する病室。
 一方通行はまだ座り込んでいた。
 その背後には全てが終わった緊張感の疲れから眠ってしまった『打ち止め』と、力を使い果たして意識をなくした番外個体が居るのだが、一方通行もまた、疲労がピークに達しているので振り向くことすらできず、ただただ座り込むしかできなかった。
 無理も無い。
 何と言っても二時間も能力フル稼働で精密作業に勤しんでいたのだ。
 いかに一方通行が学園都市最強と言っても生身の人間である。
 肉体的精神的に疲労があっても不思議は無い。
「……テメエら、何の用だ? ……もう『グループ』は解散したはずだ……」
 それでも一方通行の意識は途切れない。
 背後に現れた三つの気配に声をかけた。
「決まってんだろ。お前を労いに来てやったんだ」
 病室入口に佇む、三つの影の内、真ん中の影が一方通行に声をかけて、一方通行の背後から近づいていく。
「こっちの小さいのは私が運ぶわ」
 言って、打ち止めを抱き上げるのは白井黒子とは違った結び方をしているツインテールの少女。
「本物でないのは残念ですが、こちらの『ミサカ』さんは僕が運びますよ」
 言って、番外個体をお姫様抱っこするのは爽やかな笑顔を浮かべている美少年。
 どうやら、この三人は御坂美琴が病室に戻ったところを確認して、この病室に入ってきたようだ。
 力を使い過ぎていたのか、はたまた他のことはまったく目に入らなかったのか、美琴も、妹達も彼らには気づかなかった。
「俺がお前に肩を貸してやる。さあ、帰ろうぜ。おっと勘違いするなよ。暗部に、って意味じゃない。お前たちの居候先って意味だ」
 一方通行の左肩を自分の右肩にかけたのは、ボサボサ金髪サングラスの少年。
「……余計な真似するンじゃねエ……土御門……」
 一方通行は嫌な顔をするが、それでも土御門元春は無理矢理一方通行に肩を貸して立ち上がる。
「――今回の件、誰よりも頑張ったのはお前ぜよ。超電磁砲や妹達、打ち止めに、番外個体は交代でバッテリーを支えたが、お前はたった一人で、二時間という時間を、誰にも交代せずにやり遂げた。それを賞賛する者が居ないってのは違うだろ?」
「別に誉められるために、やったンじゃねエぜ……」
「それでもだ」
「何……?」
 ふと一方通行は土御門を見た。
 よく見れば、そのサングラスの向こうに光るものが見えた。
「テメエ……」
「へっ……お前と同じだ……俺に、こんな役は似合わねえよ……けどな、お前が助けた相手は、俺が二重スパイってことを知っていながら、何か胡散臭いことをやっているって知っていながら、それでも一緒に馬鹿やってくれる、困ったときには助けてくれる最高の『友達』ぜよ……だから、その礼くらいさせろ……」
「けっ……確かにテメエにゃ、そンな役は似合わねエな……」
 珍しく一方通行は笑みを浮かべていた。
 嫌味でも侮蔑でも嘲笑でもない笑みを。
 そして六人は闇へと消えていく。
 その病室には、いまだ、静かに眠る上条当麻一人だけが残された。


 白い空間にさらに白さが増す。
 二、三日前までの小春日和が嘘のように。
 凍てつく冬の朝に相応しく、学園都市全体が白に染まっていた。
 夕べからの降り続いた雪が全てを真っ白に変えたのだ。
 月詠小萌に、上条当麻が入院している病院の門まで送ってもらって。
 車から降りると同時にインデックスは走る。
 白い修道服を振り乱しながら。
 今にもフードが落ちそうになりながら。
 エレベーターは使わない。使い方は分かっているけど使わない。
 正確には使いたくない。
 何もせず動かないで居ることなどできなかったから。
 何もせず動かないで居ると別のことに思考が行ってしまいそうだから。
 今は上条当麻のことだけを考えたかったから。
 だから、インデックスは走る。
 走っている間は「上条当麻に会いたい」としか考えることができないから。
 いつもの病室、いつもの個室。
 上条当麻が入院しているときは完全に定着した病院の一室。
 ノックはしない。
 もしかしたらまだ眠っているかもしれなかったから。
 それほど早い時間にインデックスはやって来た。
 インデックスは信じている。
 御坂妹を信じている。
 昨夜、彼女は、明日には上条当麻の記憶は戻っていると力強く宣言した。その理由も納得できるものだった。
 でも、と、インデックスは一抹の不安を抱く。
 御坂妹のことは信じているが、何しろ、上条当麻である。
 何らかのトラブルに、言い換えれば、何らかの『不幸』に巻き込まれても何の不思議も無い。
 記憶が戻っていると信じたかったが、予期せぬアクシデントが起こった可能性を否定できなかった。
 正直言って、病院に泊まればよかった、と後悔したほどだ。
 自分の与り知らないところで何度も、命の危険に晒された少年だからこそ、100%信じられないのだ。
 恐る恐るドアをくぐる。
 前を見ると、少年はベッドの上で上半身を起こして窓を見ていた。
 曇りガラスの向こうの、真っ白な風景を、ただぼんやりと見つめているようだった。
 そこに居る少年の佇まいは、一週間前と、そして七月二十九日に酷似していた。
 いや、同じと言っても過言ではなかった。
 一瞬、インデックスの表情が強張った。
 それでもインデックスは走る。
 意を決して、少年に向かってまっすぐ。
 少年は少女に気づいた。
 ゆっくり、と彼女へ視線を向ける。
 ベッドの手前でインデックスは立ち止まる。
 インデックスは、少年の瞳に映る自分を見ていた。
 少年は、インデックスの瞳に映る自分を見ていた。
 一週間前と同じように、七月二十九日と同じように。
 そして――


「とうま、覚えてない? 私達、学生寮のベランダで出会ったんだよ?」


 インデックスは問いかけた。


「――俺、学生寮なんかに住んでたの?」
 少年は答えた。七月二十九日とまったく同じ答えを。
 インデックスにとっては衝撃的な答えだった。頭の中が一瞬でひび割れて、砕け散りそうな答えだった。
 何かが胸にこみ上げてくる。
 それでもインデックスは続ける。
 嗚咽が漏れそうになる声を必死に抑えて問いかけを続けていく。
「……とうま、覚えてない? とうまの右手で私の『歩く教会』が壊れちゃったんだよ?」
「――あるくきょうかい、って、何? 『歩く協会』……散歩クラブ?」
「…………とうま、覚えてない? とうまは私のために魔術師と戦ってくれたんだよ?」
「――とうまって誰の名前?」
 インデックスの口はあと少しで止まってしまいそうだった。
「とうま、覚えてない?」
 それでも、これだけは聞かなければならない。
 左手で右手を包み込むような形の両手を胸において、無理矢理作った今にも涙が溢れそうな必死の笑顔で、


「インデックスは……インデックスは、とうまの事が大好きだったんだよ?」


「ごめん」
 少年は即答だった。そこには何の感情も篭ってなかった。
「インデックス、って何? 人の名前じゃないだろうから、俺、犬か猫でも飼ってんの?」
 うぇ……、とインデックスに泣きの衝動がこみ上げてくる。
 しかし――




「――――で、一字一句合ってるかどうかは自信ねえけど、大体こんな感じの問答だったろ?」




 少年の口調がいきなり変わった。
 その口調は、いつもの『上条当麻』のものだった。
 片目を瞑り、インデックスに笑いかけながら。
 答えを聞いて、インデックスは我慢するのをやめた。演技するのをやめた。
 自分の気持ちに正直に行動することにした。
「とぉぉぉぉぉうまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 泣き叫んで、上条当麻に飛び込んで、力の限り抱きついた。
 両腕に渾身の力を込めて。
 もう二度と少年を離さない、どこにも行かせない、といった意思表示のように。
「とうまとうまとうまとうまとうまとうまとうまとうま、とうまぁ……!」
 溢れる涙を圧し留めるつもりなんて無い。
 敬謙な使徒の振る舞いなんて知ったことではない。
 一〇万三〇〇〇冊の魔道書の記憶なんてどうでもいい。
 今はただ、普通の少女として、少年のことで全身を満たしたい。
 インデックスは上条当麻の肩に顎を乗せて泣き続ける。
「……ったく、そんなになるんだったら最初からやらなきゃいいだろうが」
 上条当麻は瞳を伏せ、そんなインデックスを左腕で優しく包み込み、背中を優しくさすってやる。
 右手では、せっかく新しく支給された『歩く協会』を再び、壊しかねないことを『知っている』から。
「だって……だってだってだってだって……! 本当にとうまの記憶が戻ってるのか確かめたかったんだもん!」
「語尾がいつもと違うぞ。んで、どうする? もう一つの答え合わせも、やらなきゃいけないか?」
 どこか、上条当麻は、からかうようにインデックスに問いかける。
 それは、少年の、しばらくはまだこうしていてやるが? と、いう裏返しのメッセージ。
「それは帰ってからでいいんだよ! だから今はまだこうしていたいんだよ!」
「へいへい。泣き虫駄々っ子の女の子を優しくなだめる上条さんですよー、って、あ……!」
 上条は思い出す。もう一つ大切なことを。
「なあ、インデックス……」
「それも帰ってからでいい!」
「そっか……」
 再び、病室に歓喜の号泣がこだまする。




 折りしも今日は12月25日の朝。
 十字教では12月25日に創始者の生誕を祝い、厳かに過ごす習慣があるそうだが、その日の朝は12月24日夜、寝ている内に、サンタクロースが持ってきてくれたプレゼントに感謝する朝でもある。

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