二つの足音が、響く。
一方は赤髪に長身の神父、ステイル=マグヌス。
「何だい、神裂。日本から帰って来たと思えばこんな書棚に呼び出して……」
もう一方は、極東の聖人、神裂火織。
「すいません、ステイル。ですが、この事実をあまり広めたくはないのです……」
そしてここは、聖ジョージ大聖堂の地下の一角に広がる書庫。表の歴史を国が管理するように、“裏”の歴史を管理し、次代へつないでいく為の施設……なのだが、今現在は埃にまみれた本の巣窟と化しており、今はとあるシスターさんが管理を任されている次第だった。
人の気配を鋭敏に映すこの空間を神裂が選んだのは、それだけこの会話を内緒にしたいのだろう、と思うステイルに、神裂は語り出す。
「あなたは、『時越え』の術式を知っていますか?」
「『時越え』……ねぇ。机上の空論という意味でなら、吸血鬼よりも疑わしい存在であることは、心得ているよ。
十分です、と前に置くと、いきなり神裂は核心を突いた。
「その術式が、もしも机上の空論でないとしたら……?」
「!?」
「確かに、一部に伝わる『時越え』の術式は机上の空論です。人間には決して扱えない魔力量を必要とする、絶対的で決定的な不可能。ですが、それは人間に限った場合だとしたら?」
「ちょっと待ってくれ、意図が読めない。だから、人間にはそんな術式は使えないはずで―――」
瞬間、ステイルも自分の言葉に答えが眠っていることに気付いた。
それを見透かしたかのように、神裂は言う。
「そうです。永遠の寿命を持ち、それに応じるだけの魔力を有し、かつ扱える理性を持った存在………」
「うふふ、不幸だー……」
所変って学園都市。相も変らず不幸な少年、上条当麻は現在、クラスの3バカ(デルタフォース)の裏切り者2名+姫神+吹寄にたかられていた。
理由は、上条がつい3日前までイタリアに居たことにある。
「くそぅ、キオッジアの傷も治ったと思ったら土御門にイタリア旅行(という名の宗教戦争)をばらされるし、青髪以下男子におみやげをねだられるし、吹寄はクラスの分は何が良いか投票するし、姫神からは視線で責められるし、……不幸だー……」
そうこうするうちに話は進み、彼等クラス代表はここ、第14学区へと来ていた。海外からの留学生が集まるこの学区には、世界中の本物の料理、民族衣裳、家具などがそろっていて、おみやげの偽装にはぴったりという訳だ。街を行きかう人も国際色豊かで、半分は外国人ではないだろうかと思う程に多い。
(もっとも、本物な分値段も張るんだけどなー……)
重い溜息をはいた瞬間、金髪グラサンの土御門ががっしりと肩を掴んできた。
「何だか聞き捨てならないことを思っていないかにゃー、カミやん?」
「い、いえいえ!?」
あわてて表情を戻すのと同時、反対の肩に青髪が組み付く。
「カミやん、おみやげは期待してもええんですよね?イタリアのおみやげなんて何があるか知らへんけど、とりあえずむやみに高そうなチョコ辺りで妥協してやらんこともないでー?」
「テメェ……」
思わず殴りそうになっていた上条を制したのは、吹寄の良く通る声だった。
「下らないものに気を引かれている予算は無いわ。多数決による上条へのペナルティはもう決定しているのだから」
「う……それは本当に予算に収まるのでしょうか吹寄様……」
「当たり前でしょう。そもそも、貴様がちゃんとしたものを買ってくれば良かったのよ」
「さりげに論点がずれてる!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ4人に、ふと。
「そういえば」
後ろにいた姫神が頬に指を当てて視線を彷徨わせ、思い出したように問い掛けた。
「「「「………?」」」」
「あの抽選の景品は。2人1組の北イタリア旅行だったはず。……上条君は。誰と行ったの?」
「え……?それは……姫神さんの勘違いではありませんでせうか?」
「間違い無い。私は。この間まであの学校にいたから」
「……え……と…」
ずい、と至近距離に詰め寄られて言葉に困った所で、上条は気付く。
血の涙を流さんと構えている青髪ピアスと、手をボキボキと鳴らしている吹寄と、その背後で全てを知ってニヤついている土御門の存在に。
結局、おみやげ予算が1.5倍になりました。
(く……このままではインデックスの分の予算までも……!!)
結構深刻に食費の心配をする上条のことなど一切無視して、上条以外のメンバーによるおみやげ選びは進んでいく。
今彼等がいるのは、地中海風の白壁の建物に囲まれた地区。……といっても、学園都市の技術による精巧な模造品であり、白い壁は風雨に長年さらされたことでしか出せない筈の“砂っぽい白さ”を完全に再現していた。
「いやー、本場のはこんなに高いとは思わなかったにゃー」
「まぁ、予想の範囲内ではあるわね。あとは小萌先生の分を……」
「ちょっと皆。上条君が。暗いのだけれど」
「ええんですて姫やん。カミやんにはこれくらいの不幸は味わってもらわへんと」
「ステキな友情をありがとうよ、青髪ィ……!!」
再び乱闘に突入しようとしたところで、先を歩いていた吹寄の足が止まった。
その理由を上条が問いかけようとして、彼も理解した。
「貴方……誰なの?」
彼女の視線の先には、一人の少年がいて。
―――素直に、宝石のようだと思った。
日本人にはない、スラリと延びる足。制服の先から覗く、周囲の壁と融け合いそうに白い肌。それらを全て差し置いて、ルビーのように輝く髪が見る者の心をさらっていく。
ファッションにそこまでの知識が無い上条にも、染めていないと何故か分かってしまう、深い深い紅の髪。無造作にハネているはずのそれが、宝石のように美しいのだ。
そんな少年は、これまた爽やかな笑みを浮かべると、こちらの一団に歩み寄って来る。
そして、とある少女の前にひざまずくと、
「貴女が好きです。結婚してください」
柔らかく手を取り、姫君に誓う騎士のようにそう、告げた。
そのとある少女とは、
「え。と。君は……?」
顔を真っ赤にしてかろうじて声を出す、姫神秋沙。だった。
「「「「―――ッッッ!!!」」」」
彼らの行動は、迅速。
目の前のアホ男に対し、クロスカウンター一閃。
ただし、手数が3倍。
「「「珍しく意見が合うわね(じゃにゃーか)(いますなぁ)、3バカぁぁぁ(*1)!!!」
姫神が何らかのリアクションを取るより早く、名も知らぬ謎の少年は彼方へと吹き飛んだ。
20分後。
「にゃー、かみやんを差し置いてここまでアホ抜かす奴がいるとは思わなかったぜい……」
と、土御門が謎の少年に迫れば、
「いいえ、この男には私が鉄拳を下すわ」
と吹寄が土御門を押し退けて少年の前に立ちはだかり、
「べ、ベルちゃん!?」
と、偶然居合わせた可愛らしい声の担任教師による助け船を経由してようやく、
「始めまして。アベル=V=スカーレットと言います。美しい貴女のお名前は……?」
ごちん。
上条の拳で黙ったアベルと名乗る少年を囲み。とある喫茶店で尋問が始まっていた。